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Illusion sand − 100 肌の上を滑る風が心地良い。 否、これは自然の風ではない。眼前に広がる光景と同じ、プログラムの一つだ。 黄昏に染まる海は静かな波の音を生み、彼が立つ大砲台もまた同じ色に染まっている。 騒々しく、張り詰めた空気の本社ビルの中、このトレーニングルームの中だけは、日頃と変わらぬ長閑さだった。 後ろで思い思いに寛ぐ友人達も、部下や軍部の緊張を気にかける様子が無い。 適度に力を抜いているのは良いが、これでは『気を抜きすぎだ』とラザードに怒られるかもしれない。 そう考えて、小さく笑みを零したセフィロスだったが、だからどうするかと考える事も無かった。 −ウータイ戦争が再開した− その情報は、まだ神羅の一部の人間しか知らされていない。 とはいえ、夕方には社内の殆どの人間の耳に入るだろう。夜のニュースがこの話題でいっぱいになる事は簡単に想像がつく。 その知らせに驚く平和ボケした人間が、果たしてどれほどいるか。考えてみたが、さして興味が湧くものでもなかった。 終戦と考えていたのは平和願望が強い民衆と、一分の上層部が権力誇示の為に出した猿知恵の宣言を信じていた者。 そして、まんまと戦線から外されたソルジャー部門の中の、少数の人間だけだろう。 何時何処から襲撃してくるか分からない敵を相手に、決定打も無く終戦と謳ったところで、信じるのは無理があるのだ。 ラザードは勿論だが、詳細な戦況を知る内部人間は、終戦宣言など信じてはいなかった。 だが、兵士全員が機密を知るような軍隊などあるはずもなく、戦線に遠ければ遠いほど、終戦宣言を信じる人間が多いのが実情だ。 戦況が好転したのを幸いに、軍部が手柄を得ようとソルジャーを戦線から外したのは、誰の目から見ても明らかだった。 ラザードも、ソルジャー部隊撤退の命令こそ聞いたが、その期に乗じてソルジャーの力を増強し、他の部署との繋がりも強くしていた。 元々、ウータイは数で劣る事から、ゲリラ戦を主としている。 反神羅組織と連合し、大きな戦いをする事もあったが、そう何度も大軍を出す兵力は無い。 気を抜き始めた神羅を相手に、彼らが今再び事を起すのは当然だろう。 ウータイが活発に動き始めたのは、丁度一月程前。 時期と記憶を照らし合わせれば、一つの騒動と、それによって露呈した軍部の気の緩みが見える。 士官学校の実習旅行で起きた反神羅組織の行動は、開戦前の調査だったのかもしれない。 事前になされていた準備や、事の大きさ、神羅の中で動いた力の具合を考えると、納得いくものが多い。 「……本当に、巻き込まれやすい女だな…」 その時、本来なら完全に第三者だっただろうの事を思い出し、セフィロスは微かに苦笑いを浮かべた。 もしあの騒動の真相が、今セフィロスが予想する通りだったなら、彼女は無言でウータイに仕返しに行くかもしれない。 『手が滑った』だとか『間違えた』とか言いながら、科学部の研究施設を2〜3箇所吹き飛ばしてくる可能性もある。 もう教員などやめて、家で大人しくしているように言った方が良いかもしれない。 いや、そうなれば、逆に家が騒動に巻き込まれる可能性もあると考えていると、後ろで読書を楽しんでいたジェネシスが恍惚とした溜息を漏らした。 「深遠の謎……それは女神の贈り物…」 どうやら、また頭の中のアレなスイッチがオンしたらしい。 「我らは求め飛び立った。……彷徨い続ける心の水面に幽かな漣を立てて……」 「ラブレス第一章」 振り向き、紡がれた詩の名を言うと、ジェネシスは小さく笑って本を閉じる。 「詳しいな」 「毎日聞かされれば、嫌でも覚える」 腰を上げたジェネシスに、セフィロスは右の人差し指で自分の頭を叩いて見せ、刀を軽く振る。 彼が言わんとする事を理解したジェネシスとアンジールは、それぞれ剣を抜くと、悠然と待ち構えるセフィロスへ向かっていった。 続く空はただ青く、その果ては海の青と混じる。 吹きつける潮風は締め切られた窓ガラスにぶつかると、遥か天上へと舞い上がっていった。 深く瞼を伏せ、不意に瞳を奪った景色を闇に掻き消すと、彼女は小さく息を吐いて振り返る。 椅子に腰掛ている客人は、何時に無く寡黙で、時折思い出したように冷めたコーヒーに口をつける。 埒が明きそうにない空気に、は自らも椅子に腰掛けると、流しっぱなしだったテレビの電源を切った。 「…話があるのではありませんでしたか?」 「…………」 「……黙っていては、何もわかりません」 「…………」 「………ザックス」 呼ばれて、ザックスはそっと彼女に視線を合わせる。 見つめ返す彼女の瞳は静かで、彼は、僅かに波立つ自分の心が、静かに変わっていくのが分かった。 けれど、それはセフィロスが得るような、温かさによってもたらされた静穏ではない。 ただ冷静に、平静に、感情の波が静まっていくだけの感覚だった。 「……何か、厄介な事にでも……」 「一晩」 「?」 「……一晩……考えた」 「………」 「でも…考えたって、答えは……聞かなきゃわからないと思った……」 ぽつり、ぽつりと零されるザックスの言葉に、は口を閉ざして彼を見つめる。 今日、初めてだろうか。彼女としっかり向き合ったザックスは、意を決したように口を開く。 「レノが言ってた。神羅と…科学部ともめてるって、本当か?」 ザックスの口から出た思いもよらない言葉に、は僅かに目を見開く。 それに微かに目を細めた彼は、誤魔化しを許さないように言葉を続けた。 「何で・・・言ってくれなかったんだよ」 「………」 「足手まといになるから?だから一人だけ蚊帳の外に追い出して、何も知らせないまま全部解決させようと思ってたのか?」 「…………」 徐々に感情的になっていく彼の声に、は僅かな焦りを覚えながら言葉を探す。 だが、どう答えたところで、火に油を注ぐ以外の結果にならないのは明白で、そう考えている間にも、ザックスの表情は苦悶の色に変わっていった。 「俺には関係ない事だから、黙ってたとか言うのか?!やセフィロスに何かあっても、俺には全然関係ないからとか…そんな風に思ってたのか?タークスの奴や副社長とは組んでも、俺は放っておいても良いって?関係ない…部外者なのか?」 「少し落ち着いてください」 「ふざけんなよ!馬鹿にしてるのか!?」 「そんな訳ないでしょう」 「なら…!」 「そもそも言う暇が無かったじゃありませんか。貴方任務でずっといなかったでしょう。とにかく落ち着いてください」 声を荒げる傍から肩透かしを食らわせてくる彼女に、ザックスは感情を抑えきれないまま口を閉ざす。 空になったカップに、残り最後のインスタントコーヒーを入れたは、深く息を吐き出すと椅子に背を預けた。 「ザックス……」 「…………」 「貴方が仰る事は……半分は正解ですよ。本来なら、私達だけで事を済ませたいと思っていました」 「っ……!」 の言葉に、ザックスは弾けたように顔を上げると、その顔に怒りを滲ませる。 分かりやすい感情の動きに、彼女は微かに目を細めながら、苦笑を浮かべて彼にカップを勧めた。 カップに手を出さない彼に、は小さく肩を落とすと、観念して口を開く。 科学部の手に渡った血液、宝条の目的、湿地の魔物、科学部の息がかかった刺客。 一通り説明すると、は一仕事終えたように肩の力を抜いた。 渋い顔で話を聞いていたザックスは、カップを両手で握りしめ、やがてゆっくりと口を開く 「何で…ずっと言ってくれなかったんだよ……」 抑えた声に彼の感情を読み、は小さく息を吐く。 半ば予想していた反応だが、出来れば知らずにいてほしかった事だけに、返す言葉は容易に思い浮かばなかった。 「……身を守る術を…大きな術を持たなければ、残る事は出来ないかもしれない」 「だから何だよ!ふざけんな!少しぐらい…相談してくれてもいいだろ!?俺はの何なんだよ!セフィロスの何なんだよ!何で一緒に戦おうって言ってくれなかったんだよ!」 声を荒げたザックスは、乱暴にカップをテーブルに置くと立ち上がる。 僅かに潤んだ彼の瞳を見上げ、きつく目を閉じた彼女は、自然と皺が寄った眉間を指先で押さえた。 ザックスが、安全地帯に放置されて笑っていてくれる性格ではない事は知っていたが、この反応は予想外だ。 怒るのはかまわない。 彼がソルジャーである以上、敵として対峙する可能性も考えなかったわけではないが、対処は考えていた。 だが、目に涙を浮かべられるなどとは、流石のも考えなかった。 恐らく、ここで突き放す言葉の一つや二つを放てば、間違いなく彼の泣き顔を拝んでしまう事になるだろう。 大の男の泣き顔云々ではなく、ザックスにかける情ゆえに、その選択だけは断固として避けたかった。 涙目にさせている時点で、既にアウトなのかもしれないが・・・。 「……だから、言いたくなかったんです」 「………」 「知られたくなかった……貴方を巻き込みたくありませんでした。ですが……」 「………」 「……今更……でしたね」 「………」 危険を承知で引き込むか、決別を覚悟で突き放すか。 考えてはみたものの、思い返せば、彼はを見つけた時から、既に巻き込まれていたのだ。 むしろ、今が神羅に近い場所にいるのは、ザックスが切欠だったと言ってもいい。 幾度も行動を共にし、散々懇意にしておきながら距離を置こうなどと、本当に今更だ。 「…貴方に多くを背負わせるかもしれない。それが、貴方の道を阻むのではないかと……道を途絶えさせるのではないかと。……それが恐ろしかった」 「俺はそんなに弱くない」 「だから…ですよ。ザックス、貴方はきっと、貴方が思っている以上に強い。何があっても、己の道を諦めない」 「…………」 「相手は神羅です。……私は、貴方が持つ夢を打ち壊す人間になるかもしれません。それでも、共に来ると言えますか?」 「…………」 自分が所属する組織を敵に回すのだから、事が表に出れば、ソルジャー1stになる道は果てしなく遠くなるだろう。 セフィロス達には知らせながら、ザックスに何も知らせなかったのは、そのためだ。 『2ndに昇格した』と、嬉しそうに報告しに来た時の姿が、彼女の口を重くさせていた。 ここで引くなら、それもまた良し。 むしろ、そうしてくれた方が気が楽かもしれないとさえ思っていた彼女だったが、対するザックスは不服を絵に描いたような表情だった。 「今更その質問はナシ!!」 「…しかし…」 「ナシったらナシ!あのなぁ、そこで引くなら始めっからこんな話するわけないだろ?そこまで馬鹿じゃないっつの!!これ以上言ったら怒るからな!」 「…それは…失礼しました」 一人で考える事と、目の前に突きつけられて考える事では、全く現実味が違う事もある。 そういう意味もあって、は言っていたのだが、ザックスにはあまり大差なかったらしい。 相応の覚悟の上で。 それを理解すると同時に、次から次へと人を巻き込んでしまう自分に、少しだけ憂鬱になる。 まるで疫病神だな、と自嘲し、けれをそれを表に出さないまま、は再びザックスとの会話へ意識を戻した。 口をヘの字にしてむくれるザックスに、まるで子供だと思いつつ、最後の念押しをする。 「後悔はなさらない…と?」 「俺が勝手に決めてる事なんだから、は気にしなくていいんだよ」 「それは、ご自分の夢が叶わなくとも、構わない…そういう意味ですか?」 「……さ、俺の夢が何か知ってる?」 「1stソルジャーになる事では?」 「んー……残念。ハズレだなぁ」 若干ニヤけつつ、もったいぶって言うザックスに、は怪訝な顔になる。 セフィロスを追いかけてソルジャーになったという彼の夢が、1stになる事でないとすれば、一体何だというのか。 よもや『セフィロスになる』なとどいう、意味不明の答ではあるまい。 では何か? 移動や置き場所に不便で、手入れに手間がかかる正宗のような武器を持つ事か。 それとも、何百人という会員がいるファンクラブとやらを持ち、日用品のメーカーなんて細かい情報までバラされる事か。 はたまた裸にコートでも文句を言われないどころか、一部からは喜ばれさえする人間になる事か。 どれもこれも、正直あまりお勧め出来ない。特に最後のは。 「俺の夢は、英雄になることだ」 マトモな夢でよかった。 「もう間違えるなよ?」 軽く口の端を上げて言うザックスに小さく笑みを返しながら、はそっと胸を撫で下ろした。 憧れから抜けきれない少年のような夢だが、常識の範囲内に納まるものなので、心配する必要は無いだろう。 「俺がなりたい英雄は、友達を見捨てたりなんかしないんだよ。どんな敵が相手でも…さ」 「貴方は……」 「それに!俺とセフィロス、に副社長。このメンバーなら、何が相手でも恐いもの無し!だろ?どんな敵でもかかってこいっての!」 確かに普通の人間が聞けば、真っ青になる面子ではある。 だが、だからこそ目に留まりやすく、それが枷にもなるのだ。 故に、達も、切り崩される切欠の隙を自覚している。 今も、彼女にはセフィロスとの間にある隙の正体が目に見えていた。 「ザックス…貴方は戦ってくださいますか?」 「当然」 「私がどんな選択をしても、そう仰いますか?」 「…………」 まっすぐに見つめて言う彼女に、ザックスは僅かに首を傾げた。 彼女の言葉が、どんな未来を予測しての事か。 一瞬だけ考え、けれどの瞳に揺らぎが無い事を確認した彼は、笑みを作って彼女の前に人差し指を突きたてた。 「一つだけ、約束」 「……」 「俺達の前から、いなくなろうとか、全部一人で持って行こうとか、考えない事」 「…それは……」 「いいだろ?」 答など分っているような顔で言う彼に、は小さく頷く。 それに満足そうに笑みを深くしたザックスは、カップに口をつけ、だがすぐに中身が入っていない事に気づいた。 無くなってしまったコーヒーに、は冷蔵庫から缶ジュースを出して差し出す。 少し照れながら受け取ったザックスは、何故か斜めに折れ曲がっているプルタブに一瞬手を止めたが、すぐに何事も無かったように缶を開けた。 その姿をぼんやり眺めながら、は先ほどの彼の約束について考える。 やはりあの言葉は、過去の行いのせいなのだろうか。 随分な無茶をしたと自覚はしているが、過去は過去、今は今だ。 もはや、遠い記憶に感情を奪われる事も、追憶の情景に縋る事も無い。 「……ザックス」 「ん?」 「私は……そんなに自分から死にに行くように見えますか?」 「うん」 「…………」 いくら何でも即答する事は無いだろう……。 そう思うの目の前で、ザックスは気にした様子もなくジュースを飲んでいる。 次の言葉に悩んでいる彼女を尻目に、彼は缶をテーブルに置くと、腕を組んで唸り出した。 「の場合……何て言うかさ、死にに行くっつーより……それに抵抗が無い気がするんだよな」 「そ……」 「そりゃ、他に手がない状況になれば、誰だってそうするかもしれない。けどは……迷わない気がするんだ、その選択に。それで解決するって考えたら、全部連れて、俺達の事置き去りにしても、何処かに行くんじゃないかって……」 「…………」 間違いなく過去の行いによるものだ。故に完全に否定できない。 だが、生憎今のは、死なば諸共ではなく、肉を掠らせて咽笛を掻っ切る心積もりである。 確かに、場合によっては相打ちの形を選ぶかもしれないが、道連れにする相手だって選びたい。 相手がモンスターならば致し方ないが、同属である人間相手となれば、選ぶ権利を十二分に行使したくなるものだ。 変態科学者と心中。地獄の底まで同伴など、たとえ大金を詰まれたとしても御免被る。 「私は、貴方方が思っているより、何倍も生き汚いのですが……」 「……え?何言ってんの?」 「冗談で言っているのではありませんよ。本当に生に執着していなければ、此処にはいません」 本当に命が惜しくなければ、とうの昔に……。 次元の狭間にいた頃に、異次元の塵になるのも覚悟で、次元の狭間の破壊に勤しんでいただろう。 砂漠を駆ける最中、無抵抗のままモンスターの口に飛び込んでいてもおかしくはない。 仲間との約束が心にあった事は嘘ではない。 だが、同時にあった希望を遠ざけた心こそ、生き続けたいという意思だったのだと、今なら分かる。 きっと、絶望に甘んじる事さえ、己が心の奥底にある望みを守る術だったのだろう。 生きたいと、強く願う事も、何かを得たいと願うことも、手放す事を惜しみ、恐れる事も。 思い出させたのは、この世界だ。 他の誰かが思う以上に、自分はこの世界に執着している。 それはきっと、醜悪なほどに。 「貴方達が私の事をどう見ているか、少々気になりますね」 「え?そうか?」 「ええ。随分と誤解があるようです。現実とは、大きな隔たりがあるのは間違いありません」 「……そうは思えないけどなぁ……」 首を傾げるザックスに、は小さく笑みを零す。 もしも今、『お前たちの事は、這い蹲ってでも離さんつもりだ』と言ったら、どんな顔になるのやら。 と言っても、引かれるのは目に見えているので、本当に口にする気は更々無いが。 「……ザックス、私はね……」 「ん?」 「……生きたいんだ……」 呟くように言った彼女に、ザックスは僅かに目を見開く。 意外そうな目をする彼に構わず、は穏やかな笑みを浮かべながら言葉を続けた。 「私は生きたい。……この世界で、お前達と共に、生き続けたい」 「此処にいるだけでは駄目だ。お前達がいるだけでも。…穏やかでなくとも良い。進む先が赤く染まる嵐であっても、それが代償であると言うなら、喜んで向かって行こう。この世界で、お前達と共に在れるなら、幾度剣を抜く事になっても構わない」 「…………」 強い瞳で捉える彼女の言葉を聞きながら、ザックスは自然と頬が熱くなっていくのを感じた。 彼女の意図はわかるのだが、並べられた言葉のせいか、どうにも熱烈に口説かれているような心地になる。 だからどう感情が動くという事は無いのだが、嬉しさよりも恥かしさのほうが勝ってしまう。 そんな気持ちを知ってか知らずか、は立ち上がると、剣を抜いてザックスの前に立った。 「え、な何?」 「ザックス・フェア、剣を抜け」 「…は?!」 「剣を抜けと言ったのだ。早くしろ」 頬を緩めながら、剣の先で鞘を叩いてくるに、ザックスは意味が分からないまま剣を抜く。 柄を逆手に持ったは、ゆっくりと跪くと、刃の先をザックスの方へ傾けながら剣を床の上に立てた。 剣を持ったまま呆然としていたザックスは、彼女に目で促され、目をぱちくりさせたまま彼女に習う。 向かい合わせに跪くと同時に、の剣がザックスの剣と軽くぶつかる。 斜め十字に交わった剣から響いた小さな金属音は、外から届く僅かな喧騒を掻き消すように、室内の空気を静寂に変えた。 祈りを捧げるように目を伏せた彼女に、ザックスは自然と自らの瞼を伏せる。 荘厳ではなく、厳粛でもない。 清閑な空気に飲まれながら、これが意味する事を理解できずにいたザックスの耳に、静かな声が届く。 「双刀の刃ならずとも、志は共に……」 「…………」 ゆっくりと顔を上げる気配に、ザックスも自然と瞼を上げた。 まっすぐに見つめる彼女は、ゆっくりと頬を緩めると、重なった刃を再びぶつける。 「…共に、戦ってくれるか?」 「…あ……うん……」 「……締まりの無い返事だな。……まあいいか」 「え、あの……これは……」 「・。我は之よりザックス・フェアを真の仲間とし、如何なる敵、如何なる障害にも、互いの剣を信じ、誇りを信じ、志を信じ、戦う事を誓おう」 「…………」 「……お前の返事は?」 「え?あ、よ、よろしくおねがしいます…?」 「………………」 「………………」 「………………」 「………………」 「…………仕方ないか」 ザックスの返事に、は奇妙な物を見る目で彼を凝視したものの、やがて諦めたように溜息をついた。 何が何だかわからないザックスは、悪い返事をしてしまったのだろうかと戸惑うが、彼女は気にせず立ち上がって剣を収めた。 「……えーっと……?」 「いつまでそうしているんですか?早く剣を収めて席につきなさい」 「え?いや……うん」 一人さっさと椅子に掛けたは、いつまでも床に跪いているザックスを見て首を傾げる。 とりあえず、言われたとおりに剣を仕舞い、席に着いたザックスだったが、今のは一体なんだったのかという思いで頭がいっぱいだった。 の世界の風習なのだろうか。 だろうかというか、多分そうだ。何かしらの儀式とか、様式とか、そんなものに違いない。 若干混乱する頭でそう理解するものの、突然謎の文化的行動に巻き込まれたザックスは、欠伸を噛み殺すを呆然と見つめていた。 | ||
2010.09.20 Rika | ||
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