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「え…えーっと、引率の先生は……?」 「……私です。1週間、宜しく頼おねがいします」 交流学習1日目。学校に現れたミッドガル校の一行に、ジュノンの教員はうろたえたように視線を彷徨わせた。 引率の教官を探し、とユージンをちらちら見比べた彼は、名乗り出たの姿を上から下までまじまじと見る。 何度も見る。 確かめるように見る。 「服装については、お気になさらず。生徒とのコミュニケーションの一環です。明日からは普通の格好で来ますので、どうぞご安心を」 「……え?あ、はぁ……」 女子生徒の制服を着ているにもかかわらず、平然とした顔で言うに、ジュノンの教官は僅かに顔を引き攣らせながら一行を中へ案内する。 予想通りの反応に忍び笑いを漏らす生徒を連れ、既に腹を括ったは堂々とした振る舞いで校長室の扉をくぐった。 Illusion sand − 97 「なぁ、聞いたか?ミッドガルから来た奴らの引率の教官の事」 「1時間目に校内案内されてたの見たよー。あっちの教官って髪が長い女の人でしょ?本当に生徒の制服着ててさ。あれはちょっと無いよね〜…」 「馬鹿、そうじゃねえよ。授業の内容だって。2時間目、Cクラスで体術の実技だろ?で、その女教官さ、ウチの体術やってるブラン先生を瞬殺して、授業乗っ取ったらしいぞ」 「えぇ?何それ?」 廊下でひそひそ話すジュノンの生徒を横目に、アレンはひっそりと溜息をついた。 以前、似たような事がミッドガルでも起きたので、彼には事の次第が大体把握できた。 大方、組み手でもして一瞬でに伸され、気を失ったかどうかして授業がとまったために、彼女が授業を進めたのだろう。 見慣れない顔を見つけ、珍しそうに見てくる生徒達に苛立ちを感じつつ、肩にかけた運動着の袋をかけなおす。 廊下の先へ目をやれば、前の時間に体術の実技を受けていたCクラスの面子が、ヨロヨロと歩いてくるのが見えた。 の授業を初めて受けた頃の自分達を思い出し、微妙な懐かしさを感じる。 これから自分と一緒に同じ授業を受けるA組の面子も、授業が終ればあんな状態になるのだろうか。 他所の学校で、がどういう授業をするか気になっていたのだが、どうやら内容はミッドガルでの授業と変わり無さそうだ。 当初、ジュノンの生徒は当然の制服姿について噂していたが、明日には授業の内容以外の噂は消えているだろう。 そう、ミッドガルの生徒が、初日に彼女の容姿を噂し、放課後には地獄の授業へ噂の内容が変わっていたのと、同じ事が起きるのだ。 唯一違うのは、ジュノンではに対する見解に、変人という要素が加わるという点だけだろう。 肩を貸し合いながら歩くCクラスの生徒とすれ違いながら、アレンはちらりと彼らの様子を盗み見る。 全員怪我はしていないし、顔色も悪く無いし疲れは見えない。足が覚束無いのは、精神的ショックによるものだろう。 「おい、あれ、ミッドガルから来た子だろ?」 「女の子一人いるって言ってたの、あの子かぁ」 「結構可愛いな…」 ズボンがスカートにでも見えているのか、お目出度い目をした生徒達を無視し、アレンは男子更衣室に向かう。 扉を開けようとすると、同じくAクラスに振り分けられたユージンが出てきて、アレンは道を譲った。 が、どうした事か、ユージンはその場で足を止めると、アレンをじっと見下ろして動かない。 「何?」 「……アレン、お前……便所で着替えた方がいいぞ」 「どういう意味?」 「ここは野郎ばっかりだ。まだお前が女じゃねぇかと疑ってる奴も多い」 「ユージン、そこ退いてくれる?素っ裸になって着替えてくるから」 「…パンツまで脱ぐんじゃねえぞ。笑い者になるだけだ」 「それは残念だね。まぁいいけど」 「俺は念の為ここにいてやる。何かあったら呼べ」 「何かって何さ。絶対無いから。じゃあね」 「…………」 ジョヴァンニ並の身長をもつユージンを押しのけると、アレンは不機嫌さを隠さない顔で男子更衣室に入る。 彼が中に足を踏み入れた瞬間、驚いた顔をしたり、泳がせたりする先客達に、アレンは冷たい一瞥をすると近くにあったロッカーを開けた。 ジュノンの生徒達は、気にせず着替えを続ける者、アレンをちらちら見ながら着替える者、着替えの手を止めてアレンを見る者、三種類いる。 ミッドガルの生徒も、入学した頃はこんな感じだったと思いながら制服を脱いだアレンは、ベルトに手をかけた瞬間に上がった声に驚いて手を止めた。 「…………」 怪訝な顔をして叫んだらしい人間に振り向くと、彼らは慌てて着替えを再開する。 彼らに聞こえるのも構わず、大きく溜息をついたアレンは、さっさとズボンを脱いで運動用のズボンを履く。 背中から聞こえる落胆の溜息は、完全に無視する事にした。 逐一相手にするのは馬鹿らしいと考え、制服の中に着ていたTシャツを脱ぐと、今度は驚いたような声が上がる。 何故こうも過敏に反応されるのだと思いながら、袋の中から引っ張り出したTシャツを着ると、傍で着替えていた男子が話しかけてきた。 「ア、アレン君」 「何?」 「あの、ちょっと聞いてもいいかな……?」 「何を?」 ロッカーを乱暴に閉めながら振り向いたアレンに、話しかけた生徒は少しビクつきながら、アレンの脇腹を指差す。 シャツに穴でも空いているのかと見てみたアレンだが、衣服に異変は無く、怪訝な顔で男子と目を合わせた。 「服装でもおかしいの?」 「そうじゃなくて、アレン君の脇腹にあったのって……何の傷跡?」 その言葉に、アレンは漸く納得し、表情を和らげた。 脇腹と言っても、背中寄りだが、そこにある比較的新しい傷跡を見て、彼らは驚いたのだろう。 このご時世、体に傷跡がある人間は珍しく無いが、彼らが驚いたのはその形に違いない。 「実習旅行で撃たれた跡だよ。弾を取るためにナイフで傷を広げたり、少し強引に傷口を塞いだから、形が少し変わってるだけ」 「え……?」 「早くしないと、授業始まるよ」 呆けた顔をする男子にそう言い捨てると、アレンはさっさと更衣室を出る。 入り口に立っていたユージンは、さほど機嫌が悪くなっていない彼の顔を確認すると、それ以上構う気が無いらしくさっさと演習場に入っていった。 「ミッドガルから生徒の引率として来た・だ。あちらでは体術の教官と剣術の補助講師を兼任している。こちらでも、担当する授業は同じなので、後でまた顔を合わせる事もあるだろう。1週間、よろしく頼む」 「このクラスにいるミッドガルの生徒さんは…アレン君と、ユージン君だね。俺は体術の教官の、ブランって言います。……1週間、よろしくね……。えー……それじゃぁ、皆…いつも通り、準備運動して…演習場内、5分間走って、またここに並んでね。じゃぁ……始め」 いつもどおり、堂々とした仁王立ちで挨拶したとは対照に、ジュノンの教官ブランは疲れ切った顔をしていて、声に覇気も無い。 ジュノンの生徒同様、思わずブラン教官が心配になったアレン達だったが、とりあえずは指示通り準備運動を始めた。 指示された内容をこなし、再び整列すると、二人組になって組み手をするよう指示される。 とりあえず傍にいた人と組になったアレンは、すぐに授業に集中し始めたが、残念な事にすぐに退屈し始めた。 「ちょ、アレン君、待、早すぎるよ!しかも、何でこんなに重いの!?」 「腰落としてないから重く感じるんだよ。タイミング掴めないのに跳ね返そうとするから防御になってないし。あと君、拳下げすぎ」 組になった男子の腕にバシバシ拳を叩き込みながら、アレンは確認出来る限りの場所を指摘してかかる。 当初は純粋に感動していた男子は、段々と顔色を青くし、対するアレンは段々と不機嫌なものへ顔色を変えていた。 「両足の位置もしっかりさせて。脇が開きすぎ。上半身もフラつかせすぎないで、姿勢をちゃんと維持して。前かがみになるのもやめなよ。こめかみ殴られて死ぬよ?基礎の基礎は出来てるんだから、意識すればわかるだろ?」 「え?まま待って、一気に言われても…」 「相手の攻撃もちゃんと見る。僕がさっきから足使ってないのわかる?君の防御姿勢も上半身に集中しきってるだろ。組み手なんだから足も出てくるって事忘れてないで。訓練だからって油断してたら実戦で即死だよ。また上体がフラついてる。君、僕の話聞いてるの?ホラ、足もフラつかせないで。それに、さっきから後ろに下がりすぎだよ。何時になったら反撃するわけ?防御ばっかり考えないで攻撃する事も考えて!」 「わ、わ、わー!わー!うわぁぁぁぁぁぁ!」 攻撃共に飛んでくる注文に、どんどん後退して隣の列まで割り込んだ相手は、アレンが少し声を荒げた途端姿勢を崩して引っくり返った。 受身こそとっていたものの、大声を上げて転がった相手に、アレンは目を丸くして彼を見る。 唖然として見つめる周りに気付き、小さく溜息をついたアレンは、起き上がろうとする相手に手を貸し、元いた位置まで戻った。 普段ジョヴァンニかアーサーとばかり組になっているせいか、神経質な性格によるものか……小さな事にまで目がいってしまうのは、自分でも悪い癖だと思っている。 周りの生徒が向ける視線に、少しだけ居心地悪さを感じたアレンだったが、自業自得な面もあるので諦める事にした。 「ごめんなアレン君。俺、体術の成績、あんまり良くないんだ……」 「いいよ。相手の実力見測らずに突っ込んだ僕にも非はあるから」 「ありがと……」 「ちょっとずつ直していこう。速さは君に合わせるから、僕がいう事、よく聞いてね」 同じ生徒なのに、完全に指導役に回ってしまった事に内心首を傾げつつ、アレンはより目につく箇所から注意していく。 生徒に指導して歩いていたは、根気良く教えているアレンの姿に小さく笑みを零すと、もう一人のミッドガルの生徒に目をやった。 「ふざけた事ばっか言ってんじゃねぇぞゴルアァ!喋る暇があんなら体動かしやがれ!伸されてぇのか!?」 「何だと!?頭きた。泣いて謝らせてやるからな!」 「ハッ。泣くのはテメェだ!オラ、止ってねぇでかかって来い!」 「くそ!手加減しないからな!」 ユージンの方は、やっている事は組み手だが、台詞は完全に喧嘩だった。 周りやジュノンの教官はハラハラして見ているが、ユージンのアレはいつもの事なので、は気にせず生徒の指導に回る。 一通り注意を促して回ると、ユージンの方は納まったらしく、口の端に血を滲ませて髪を乱した彼が、倒れた相手を見下ろしてダメ出ししていた。 その光景も割りと見るものなので、は気にせず端にいた生徒に声をかけて組み手を代わる。 ミッドガルの生徒は、毎日のように見て指導しているので、大分安心して放置できるようになっていた。 ……つまり、そう思えるだけの技術が染み付くような鍛錬をしたわけだ。 しかし、今のジュノンの生徒の様子は、初めて会った時のミッドガルの生徒と似たり寄ったりと言った具合。 彼女の目から見ると、注意したくなる箇所がわんさかある。 前の時間は、一端全員を止め、ジュノンの教官相手に手本を見せたのだが、途中で向こうの防御姿勢が崩れて鳩尾に1発入れてしまったのだ。 蹲ったまま動かないジュノンの教官に流石のも少し焦った。 幸いすぐに教官は復活したが、本調子ではないようなので、大事を取って休ませていたのだが、次の授業が始まっても彼は落ち込んだままだ。 流石に2時間同じ事になっては面倒な問題になるので、今日の体術では教官相手に拳を振わない事に決めた。 授業終了時の生徒がどうなるかは予想出来たが、流石にこれ以上教官を痛めつけるのは、の良心が痛む。 校長からは容赦せず潰して良いというような事を言われたが、実際何もしなくても良さそうな気がした。 予想通り、ジュノンの生徒達は授業終了時には酷い有様となり、鬼だ悪魔だと言われるの噂は尾鰭をつけて更に広がった。 連れてきた生徒の事も、同じだけ噂にはなっていたが、彼らの平均レベルが36という、生徒としては少々有り得ない数字だと知っていたせいか、目立って騒ぎ立てられる事は少ない。 生徒の噂と言ってもその内容は、アレンは女か男か、ユージンが恐すぎる件、ガイは変人という事、カーフェイの鞄からエロ本が発掘された事、イザークがアフロ頭から筆記用具や飴を出す事など、ミッドガルでは噂になるほどでもない、普通の事でしかなかった。 その後は、1時間目に体術の教官を伸した事以外、特に問題をおこさないまま午後を迎えた。 休み時間になる度に、各教科の教官がの所へ報告に来たり、鬼気迫る顔で生徒のステータスが載ったデータを見に来たりしたが、至って平和に時間は過ぎていく。 ミッドガルから連れてきた生徒達も、数名がと同様誤って教官を伸したり泣かせたりしたらしいが、各々で問題を解決していたので、が出てゆく事はなかった。 生徒同士の交流も、様子を見る限り上手く行っている。 生徒数と比例し、各教科の教員が多いジュノンでは、1つの科目につき教員が2組ほどあり、それぞれ半分ずつクラスを担当しているらしい。 今日の午後は全クラスが教室での授業のため、は制服から着替えると、午前中一緒に授業していた体術の教官と今後打ち合わせする事にした。 午後の授業終了前にミッドガルの学校へ報告の連絡をし、放課後すぐに生徒を呼び出して追加連絡をすると、今度は明日の剣術の授業の打ち合わせを始める。 それが終わって学校を出るとまっすぐホテルへ戻り、放課後の自由時間を終えて帰ってくる生徒を出迎えた。 夕食の後、生徒が今日の記録を書いているか確認すると、授業で出された課題をさせて自室に戻る。 就寝前、部屋にやってきたアーサーに『ウチの親父がすみません』と頭を下げられたが、言い出したのはカーフェイなので、気にしないよう言って戻らせた。 翌日から普通の服装で学校へ行ったは、制服じゃない事に何故か驚かれながらも、1日目と同じように仕事をこなす。 生徒と共に多少小さな騒動を起しはしたが、ジュノンの学校での日々はほぼ順調に過ぎていった。 「私は今夜用があって部屋にいないが、予定通り定時には就寝しておくように。何かあったら、最上階にあるレストランにいるから呼んでかまわない」 交流学習4日目の夕方、自由行動から戻って来た生徒達にそう言うと、は彼らを夕食に向かわせる。 一階の安い食堂で食事を終えた生徒が戻ってくると、彼女はアーサーに事後を任せ、入れ違いにフロアを出た。 最上階へ着くと、連絡されていたレストランに入り、店員に席へ案内される。 一番奥の窓側で、悠々と景色を眺めていたルーファウスは、が来た事に気がつくと、嬉しそうな作り笑いを見せた。 「お待たせしました」 「いや、私も今来たところだ」 席につきながら、レノや他の護衛がいない事を確認したは、どういう事だと視線で問う。 笑みを崩さないルーファウスは、微かに眉を上げて見せただけで、何も言わずメニューを開いていた。 「まさか、お一人でいらっしゃった訳ではありませんね?」 「当然だ。ただ、馬鹿は星の数ほどいる。そう心配するな、じきに戻ってるだろう」 「お一人になられるのは、お勧め出来ませんが……」 「お前がそれほど私を大切に思ってくれているとは、光栄だ」 「間違ってはいませんが正しくもありませんね」 溜息混じりに言ったに、ルーファウスは微かに笑みを零し、店員を呼ぶ。 適当に注文する彼を横目に、水を口に含んだ彼女は、店員が消えると同時に懐から数枚の書類を出した。 「話はセフィロスから聞いていらっしゃるでしょう?こちらが、例の生徒の資料です」 テーブルの上に出された紙にちらりと目をやったルーファウスは、さして興味を引かれた様子も無い顔で、それをポケットに仕舞った。 手を煩わせて申し訳ないという彼女に、いつものように「気にするな」と答えた彼は、窓の外で動く灯りに目を向ける。 夜の海上を、ゆっくりと向かって来るのは、恐らく軍のヘリだろう。 朝から晩まで、忙しない街だと思いながら視線を戻すと、向かいに座っている女は窓の外の夜景を興味津々で眺めていた。 夜景というか、恐らく興味の対象は軍事施設にある大きなクレーンや機械だろうが。 「それほど面白いのか?」 「暗くてよくは見えませんが、大掛かりな機械が沢山あるのは気になります。特に、あの大きな屋根がついた施設が……」 「あれは飛空挺の開発をしている施設だ。今は科学部の管轄下、完成すれば、軍の物になるだろう」 「飛空挺……」 「そういえば、お前は以前乗っていた事があったと言っていたな……」 「ええ。眺めが良くて…ですが、油断すれば風圧で吹き飛ばされるので、何度も空中に投げ出された覚えがあります。命綱は必須でした」 「……そうか」 何故そんな恐ろしいものにわざわざ乗っていたのか…。 言いかけたルーファウスだったが、必要だったからという言葉が返って来るのが予想出来たので、それ以上何も言わない事にした。 明るい室内からでは施設のおおまかな形しか確認できず、室内に視線を戻したは、微妙な苦笑いをしているルーファウスに首を傾げる。 「どうかしましたか?」 「お前は、私達に少なからず影響を与えているが……お前自身は、あまり変わらないと思ってな」 「褒めているわけではありませんね?」 「安心するといい。貶しているつもりもない」 しれっとした顔で言い、運ばれてきた料理に手を付けたルーファウスに、は少々憮然とした顔でフォークを持つ。 庶民の味に慣れてしまったせいか、お上品な味付けに少々物足りなさを感じたが、流石に「醤油をくれ」と言うほど彼女は無作法ではなかった。 「ジュノンまでの道はどうだった?」 「思いのほか、楽しく過ごせました。今までは街の中ばかりにいましたから、ああして外を歩いたのは、新鮮で……少々はしゃいでしまったかもしれません」 「では、機会があれば、今度別の場所へ連れて行こう。勿論個人的に」 「そして洩れなく、貴方の護衛任務が付いてくるのでしょうね」 「ほう。流石に察しが良いな。だが、私が個人的感情でお前を連れて行く……そう考えてはくれないのか?」 「……ルーファウス、貴方、私が来るまでに何本飲んだんですか?」 「相変わらず、つれないな。お前の一言で、私の心は深く傷ついたのだが……」 「貴方が、何の疑いも無く手放しで喜ぶ私を御所望とは思っていませんでしたが、私の勘違いでしたか?」 「フッ……確かだな。だが、二人きりの時ぐらい、私に期待を持たせてはくれないか?」 「……あー……はぁ…………?」 期待と言っても、一体どうしろと言うのかこの子は……。 考えて理解するべきなのだろうとは思うが、どう考えたら良いのか検討がつかず、は視線を逸らして考える。 が、元来朴念仁な彼女が、男と女の駆け引きについて数秒考えても、すぐに答えを見つけられるわけがなかった。 とりあえず、深読みし過ぎて突っ撥ねる形の言動をしないよう注意すれば良いだろう。 このルーファウスの性格だ。本気で口説くつもりなら、わざわざ宣戦布告して警戒させるような、子供染みた真似をするわけがない。 それこそ、気がついたら雁字搦めになっている、蜘蛛の糸のような手を使ってくるに違いない。 無駄と思えるほど頭を使って追い詰めてくる事だけは確かだ。 看破する脳も、それによるメリットもないなら、蜂の巣は突付かない方が良い。 無難な結論を出したは、気を取り直して食事を再開する。 その姿をどう捉えたか。ルーファウスは数秒彼女を見つめるも、やがて静かにナイフを動かし始めた。 「……お前を見ていると、時折思う事がある。」 「……?」 「お前は…謙虚なのか、大らかなのか、それとも、極度に大雑把なのか、自暴自棄が性根から染み付いているのか……寛大で無い事は確かだが……」 「…………」 いきなり失礼な事を言ってきたルーファウスに、は手を止めて彼をのぞき見る。 ふざけているでもなく、ただ思ったままを口にしているらしい彼の姿は余計に失礼だが、彼女は何も言わず彼の言葉に耳を傾けた。 ほんの数秒、ルーファウスは、彼らしからぬ、考えるように視線を彷徨わせる仕草を見せる。 だが、彼が何かを企んでいるような気配はない。 言葉を選んだのか、それとも、言葉を続けるべきか迷ったのか。 内心首を傾げるをよそに、ルーファウスは諦めたような微苦笑を浮かべると、僅かに視線を落として口を開いた。 「……自由になりたくはないか?」 何の事だ、と眉を上げた彼女の瞳には、手を止めて静かに見つめるルーファウスが映る。 いつもとは違う、冷徹さが消えた彼の瞳に、は僅かな不安と違和感を覚えた。 「何の事を仰っているか理解しかねますが……私は、束縛された覚えはありませんよ?」 「私やセフィロスは神羅の人間だが、お前まで同じになる必要は無い」 なるほど、そういう意味だったかと納得しながら、は小さく息を吐く。 同時に、彼の言葉が意図する事に、怒りに似た感情が生まれる。 「今更ですね。現状を作り上げた原因は、私にもある。そもそも、私は自分を悲観する気など更々ありませんが?」 「私が言っているのは、先の事だ。、状況が分っているというなら、私達まで抱え込もうとせず、切り捨てる事も考えるべきではないか?」 「私が、それをするとお思いで?」 「私達が望むなら、お前はそうするだろう」 「買いかぶりですよ。私は貴方が思っているより、ずっと愚かで強欲です。己の意にそぐわない行動はしません」 「自分を犠牲にされるよりはマシだ。お前はそれで満足するだろうが、私達までそうとは限らん」 「耳に痛い話です」 「それが、お前が私達に与えた影響の代償だ。覚えがあるのなら、学習してもらいたいものだ」 言って、細切れにした肉を口に運んだルーファウスを眺め、は苦笑いを消す。 いつか、誰かの口から言われるだろうと思っていた言葉は、彼女の予想に反して心の中に落ちてきてはくれなかった。 捨てるという選択は、考えても間違いではないと思う。 だが、それを選択した先に何を求めろと言うのだろうか。 今ある不安定な安寧は、安息と言うには不足だろう。けれど、それでも心穏やかでいられる時があるのだ。 捨て去った先にもそれはあるのかもしれない。しかし、それは決して今あるものと同じではない。 常人には不安ばかりが募るような日々さえ、彼女にとっては至上だった。 それ以上のものなど、記憶の隅にある掠れた残像でしかなく、形にすらならないそれは、忘れてしまったものと同じだ。 セフィロスがいる、ルーファウスやザックスという友がいる、自分がいる、平穏を感じられる日々がある。 それが、彼女がこの世界で手に入れ、最初から今まで存在し続けている全てだった。 「……貴方達を捨てて……私に何が残るでしょうか」 「失ったのなら、また掴み取れば良い」 「簡単に言わないで下さい。貴方は、私にまた全てを失えと?」 「新たに手に入られるものもあるとは思わないか?全ては、お前次第だ」 「絶望を知らない人間の言葉ですね。弱者への慰めのつもりですか?おやめ下さい。柄にも無い滑稽な言葉を吐かれても、反吐を出せるほど私は下品ではないのです」 「…………」 いつもとは違う、剣呑さが漂う瞳で口の端を上げたに、ルーファウスは目を眇める。 僅かに余裕を消した彼に、彼女は小さく鼻で笑うと、少し気だるげな表情でワイングラスに手を伸ばした。 「貴方には難儀な環境に思えるでしょうが、私にとってはそれでも失いたくないものなのです。セフィロスだけではない、貴方も、ザックスも、レノも、私にとってはこの世界を構築する大切な存在です。その他大勢とは訳が違う。不可欠なんですよ、貴方達一人一人が。誰かが欠けるだけでも、私にとっては世界が成り立たない。それを捨てるのは、全てを…この世界も捨てろと言っているのと同じです。惰弱ですか?そうでしょう、私は愚かです。先ほども申し上げました。貴方方という存在に甘えたくて仕方が無い。甘えなければ自分を保てない。醜悪なほど弱い人間です」 素面とは思えないほど饒舌になったは、一端言葉を区切るとグラスの中身を一気に煽る。 無表情だが、微かに驚きの色を見せるルーファウスの前にグラスを置いた彼女は、気を取り直したようにナイフとフォークを手に取った。 「生きる世界を失った事の無い人間だからこそ、簡単に言える。知らないのだから、当然です。ですが、私には、捨てる事を求められるより、死を求められた方が余程楽だ」 「それほどに……恐ろしいか」 攻め立てるような言葉や態度とは裏腹に、捨てないでと縋り付く。 哀れんで手を差し伸べる事は求めず、思うほどの価値は無いと言って、だから傍に置いても置かなくても変わらないのだと暗に訴える。 それが、彼女なりの、相当遠回りで不器用な甘え方なのだと、ルーファウスは判断した。 「例え貴方達が私を捨てたとしても、私は貴達を捨てる事は出来ないでしょう。情はあります。でも、自己防衛の方が強い。結局は、自分のためです」 「…………それが人間だ」 熱くなったと思ったら、すぐに冷静に戻ってしまった彼女に、ルーファウスは気にした素振りも無く食事を再開する。 甘えさせてほしいと訴えられた事も、初めて明確な怒りの感情を向けられた事も、不愉快ではない。 それだけ心を許されていると理解しているからこそ、密やかに喜びさえ感じている。 だが、この期に及んで馬鹿正直に反応しでいる自分の滑稽さも、彼は理解していた。 「、お前がそれほど私を思ってくれていたとは……光栄だ」 「何を都合の良い解釈をしているんですか。貴方『達』です。単体ではありません、あくまで全体です」 「誰が欠けても嫌なのだろう?ならば同じ事だ。お前が私に特別な情を持っている事に変わりはない」 「……好きにしてください」 満足そうな顔で言うルーファウスに、は諦めて小さく肩を落とす。 こういう時の彼に噛み付いても、遊ばれて終るだけという事は良く分っていた。 目の前の食事に集中し始めた彼女に、彼も同じように手と口を動かしながら、当たり障りのない会話をする事にした。 「…では、自ら力を削いだ今回の失態は、先日の制服着用写真で相殺しよう」 「写真など、撮った覚えはありませんが?」 「フッ……。タークスの力を甘く見るな」 「…………」 レノか! なるほど、今ルーファウスの護衛任務のはずのレノがここにいないのは、そういう理由からだったかと、は納得しつつ悔しさ表情を険しくする。 丁度デザートを持ってきたウェイトレスが、の様子に少し驚いていたが、同席するルーファウスは笑みを浮かべて見ているだけだった。 溜息を飲み込み、桃色のシャーベットを食べ始めた彼女を確認すると、ルーファウスは新しく運ばれてきたワインを口にする。 何気なく目に入った時計は9時30分を指していて、も、そろそろ戻る時間なのか、腕時計を確認していた。 「そろそろ時間か……。できれば、もう少し話したいところだったが……」 「いえ、まだ30分ほど余裕があります」 「そうか。では、飲み物を追加しよう。希望はあるか?」 「出来ればアルコールが低いものを」 「わかった」 注文するルーファウスの顔を眺めながら、は店内の様子を見た。 音や気配で感じてはいたが、先ほどまで賑わっていた周りのテーブルは、不自然に空席になっている。 その向こうには、他の客が談笑しながら食事している姿があったが、入ってきた時にいた客とは顔ぶれが大分違っていた。 偶然なのか、故意なのか。 前者であれば騒動の前触れだが、後者なら重要な話があるのだろう。 判断しかねてルーファウスを見ると、彼は何の反応も返さず、窓の外へと視線を移してしまった。 注文した飲み物が届くと、ルーファウスは改めてグラスを掲げ、彼女のグラスと軽くぶつけ合わせる。 何も言わずグラスに口をつけたは、口内に広がる果汁の味に小さく息をつき、彼の言葉を待った。 「、分っているとは思うが、我々の状況は、決して良いとは言えない。現状を完全に打破するのは不可能と言って良いだろう」 「時が必要だとは、セフィロスと話していました。事を急いては、後の影響は私達だけに留まらないでしょう」 「悠長に構えたところで、良い方向に転ぶ保証も無い。後ろ向きにばかり考えては、事は進まないが、正面から挑んだところで結果は言うまでも無いな」 「あちらの頭を闇に沈めても、早計過ぎる愚策に終るだけです。罠をかけ、糸を巡らせるにも、時間がかかりますが、今は他に考えられる事が無い」 堂々巡りと分っていても、自分達の事だけを考えて動けるほど、短絡的思考にはなれない。 それぞれの社会的な立場を考えれば、それは尚更の事。 何度考えてみても、結局こちらに出来るのは、長い時をかけながら降りかかる火の粉を払う事だけだった。 仮に短期決戦を選んだとしても、後始末を最小限に抑える為の工作は必要。 どう足掻いたところで手間と時間がかかる事に変わりはなかった。 じわじわと首を絞めにかかるこの状況を覆すには、どんな手があるか。 考える度、向こうの目的であり、事の原因である自分が消えるのが最良だとは答を出す。 元より、自分がこの世界にいる事が間違いであったのだと。本来いるべき世界ではないと知っているのだから、当然そんな思いに思考が流される。 皆が望むなら、それ以外に一つも道が無い状況であるなら。例え死という形であったとしても、自分がこの世界との決別を選ぶ事も分っていた。 その時、どんな思いを抱えたとしても、感情を捨てて動く事は出来る。 だが、今はまだ、その選択をする時ではない。 今、この僅かばかりの猶予の中、少なくともセフィロスは、その選択をする事を許さずにいてくれるだろう。 死に急ぐ気も、生き急ぐ気も無い。遠い先にある結果の形もわからない。 けれど、今はまだ、自分がここにいる事を許したかった。 殆ど中身が減っていない自分のグラスに、ちらりとルーファウスを見てみれば、彼は既に2杯目を注がれている。 ウェイターが下がると同時に、一気にグラスの中を煽ったルーファウスは、小さく息をつくとぼんやり窓の外へ視線を移した。 「平気ですか?」 「これぐらいでは酔わない」 「……無理はなさらないでくださいね」 念の為というように念を押す彼女に、ルーファウスは微かに笑みを零して視線を戻す。 グラスを置いた彼女は、どうかしたのかという視線を向けてきたが、彼は視線を微かに落とすだけだった。 「何か、気がかりな事でも?」 「……、私は、希望が無いとは思っていない」 「……皆、同じですよ」 「手段を選ばないのなら、すぐ事を片付ける事も可能だ」 「……何か良い考えが?」 呟くように言う彼に、は微かに違和感を覚えながら言葉を返す。 空になったグラスにちらりと目をやり、ゆっくりと彼女に視線を合わせたルーファウスは、その瞳の奥を覗き込むように口を開いた。 「私の妻になる気はないか?」 | ||
何か・・・修正に時間かかったわりには、あんまりな出来な気が… 詰め込みすぎたかな・・・。端折すぎたか・・・。ん、まぁいいや。とりあえず進めます。 2010.04.05 Rika | ||
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