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『何やってるんですか貴方…』
「それほど気に入ってもらえたとは、からかい甲斐があるというものだ」


「花束は気に入ってもらえたか?」
『申し訳ありませんが、罠かと思い、鞘で何度も突付いてしまいました』
「そうか、それは残念だ」

心底呆れきった電話先の声に、ルーファウスは小さく笑い声を漏らす。
予想通りの反応に満足しつつ、片手でパソコンを操作した彼は、数日間のスケジュールを開いた。

『それで…あの奇怪な文章は、貴方が?』
「手紙の事か?あれは、レノが考えてくれた。……気に入ったか?」
『……ルーファウス、あまり部下を苛めるのは……褒められませんよ?』
「人聞きが悪いな。私は、可愛がっているつもりだ」
『屈折しすぎです』
「それが私の魅力だと思っているが?」
『あぁ……そうですか。なら、良いのではないでしょうか…ええ」

完全に呆れた反応をしてきたに、ルーファウスは声を上げて笑う。
僅かに沈んでいた心が晴れるのを感じながら、比例して別のどこかが苛立っているのを感じ、知られぬよう溜息をつく。

「ところで、明日……いや、4日後の夜、時間を作れるか?」
『こちらでの仕事の具合次第ですが、時間が少々遅くても構わないのでしたら、かまいませんが』
「それは良かった。では、詳しくは、追って連絡する。それと…」
『何です?』
「あの制服を着たら、必ず写真を撮って私に送るように」
『…………』

十数秒の沈黙の後に聞こえた、静かに受話器を置く音に、ルーファウスはつりあがった口元をそっと押さえる。
切れた電話を見つめ、微かに目を緩ませた彼は、しかしすぐに表情を消して耳に残る彼女の声を思考の外に追いやった。





Illusion sand − 96



「まさか、これがお前の差し金だったとは、私も予想していなかたぞ、カーフェイ。私が言いたい事の意味が分かるか?」
「睨まない、睨まない!いいじゃないですか、たまにはこういうサービスを生徒にしてくれたって!」
「僕、カーフェイがここまで馬鹿だとは思わなかった」
「ガハハ!そう言うなよアレン。偶にはハメ外してもいいんじゃねぇかぁ?」

夕食後、部屋に遊びに来た生徒に囲まれながら、は制服片手にカーフェイを正座させていた。
跡がつきそうなほど眉間に皺を寄せる彼女を前に、カーフェイはニコニコしたまま試着を進めるジェスチャーをしている。
聞けば、これは湿地を越えた時に彼が言っていた、罰ゲームというやつらしい。

てっきりもっと可愛らしい罰を予想していたは、部屋に入った瞬間制服を見て全てを暴露したカーフェイに、思わず正座命令を叫んだ。
大人しく説教を受ける姿勢のカーフェイだが、いくら叱っても何処吹く風。
妙な期待で目をキラキラさせている少年の思考は、既に煩悩に支配されていた。

「だからと言って何故制服なのだ?セフィロスやルーファウスまで使って……お前は自分がどれだけの事をしたかわかっているのか?」
「そう固く考えるもんじゃないっスよ。協力してくれたって事は、二人だって見たいと思ったって事っスよ!男ですから!」

「変な所で力説するな。常識的に問題があるだろう。お前は私が幾つだと思っている?私の実年齢は、お前たちが思っているよりずっと上なのだぞ?それで若者が着る制服を着ては、犯罪を通り越して災害だ。分かるか?お前は老婆のミニスカートを見たいと言っている事なんだぞ?」
「実年齢より見た目年齢っスよ!先生の年は知らないけど、見た目は二十代半ばぐらいなんでギリ大丈夫っス!それに、本当に災害レベルだったら、先にセフィロスさんが止めてたはずです!」

「そうだとしても、少しは私の心情を察しろ!お前はオムツ姿でおしゃぶり咥えて歩き回れと言われたらどうする?!」
「何考えてんスか先生!オムツとミニスカは別物っスよ!?ミニスカ馬鹿にしないで下さい!あれはは見えそうで見えない危うさと、普段見ることの出来ない腿が露になると言う喜びが詰まった、男の八大ロマンの1つなんです!」

「そんな煩悩は捨ててしまえ!そもそもお前は普段から私物の種類が如何わし過ぎる!どうしてそう女の裸ばかり持ち歩くのだ!」
「俺は自分に正直に、自分に嘘をつかずに生きたいんです。それに、あれは裸じゃなくて水着と下着姿です!」

「どっちも同じだ!情け無い事をカッコ良さ気に言うな」
「違います!全然違います先生!先生は男心が全く分ってません!いいですか?確かに全部見れたらそれはそれで嬉しいですが、少なくとも俺は見えそうで見えない恥じらいのラインが最高だと思ってます。もう少しという欲求を掻き立てるあの姿が良いんです!男なら皆そう思います!セフィロスさんだって絶対そう思ってるはずです!」

「何でもあの人を引き合いに出すな!お前は本当に、何故そんな所だけどうしようもないんだ!」

胸を張って力説するカーフェイと、頭を抱えながら叱るを眺め、アレンは溜息をつく。
隣で勝手に備え付けのコーヒーを飲んでいるジョヴァンニは、さり気無く二人の様子を写真に収めながら、時折携帯をいじっていた。

「ハァ……わかった。罰を了承したのも、好きにしろと言ったのも私だ。自分が言った事の責任はとろう」
「マ・ジ・っ・ス・か!!やった〜!やった!やった!!アレン、俺やったぞ〜!」
「僕に振らないでくれる?先生、彼の事、あんまり甘やかさない方がいいと思う」

「約束したのだから、仕方ない。だがカーフェイ、あまり浮かれるな」
「フッハッハッハッハ!ィヤッホ〜イ!じゃ、罰ゲームの詳細を宣告します!」

喜びを隠さないカーフェイの言葉に、アレンは深い溜息をつき、ジョヴァンニは携帯を弄る手を止める。
埒が明かないからと思い折れただったが、詳細という言葉に眉をピクリと動かす。
その先を聞くのはかなり気が進まないが、約束し再度了承した手前、大人しく諦める事にした。

「…制服を着るだけではないのか?」
「当たり前っスよ。俺達危うく死に掛けたんスよ?それに、幸せはお裾分けするもんスから!」


あのまま死なせておけばよかった。

もよや、こんな形で命を救った事を後悔するとは思わず、は痛くなってきた頭をそっと抑える。
子供が考える罰ゲームなど、安易に了承するのではなかったと後悔するが、今更だ。
これ以上駄々をこねられるのも面倒で、ならば好きにさせるしかないと諦めたところで、カーフェイがゆっくりと立ち上がる。

先生を思いやって……でも、俺のロマンや皆の夢も尊重し、期間は半日という短さにしましょう」
「半……日、だと?」
「そうです。明日、ジュノンの学校に行く時から昼休みまで…あ、でも実技の指導もあるから、授業中は着替えてOKっスけど、それ以外は、その制服で過ごしてもらいます」
「貴様そこに直れぇぇぇ!」
「おぉおおおう!」

青筋を立てて剣を鞘から抜いたに、カーフェイは悲鳴を上げながら壁まで逃げる。
驚いて抑えにかかったジョヴァンニに羽交い絞めにされるも、無理矢理剣を振り回そうとするに、アレンはがっくりと項垂れてカーフェイを元の立ち居地に引き摺り戻した。

「殺人はダメっス!」
「先生、壊したら弁償ですよ」
「弁……くっ」

弁償という言葉に、その金額を支払う事になる人の顔が思い浮かび、は悔しげに剣を仕舞う。
怒り収まらない彼女に、カーフェイは完全に逃げ腰になっているが、アレンが逃げる事を許してくれなかった。

「カーフェイ、君、物には限度があるって分ってる?」
「でも校長はOKしてくれたし…」
「校……長だと?」
「さっきアーサーの携帯借りてたの、それだったのかぁ?」

「ジョヴァンニ、僕、ちょっと頭が痛くなってきた……」
「生徒と同じ目線で物を見られる良い機会だから、良いでしょうって。ついでに生徒のフリして、ジュノンの教員に吠え面かかせてやってもいいって言ってたんスよ?」
「…………」
「ミッドガルとジュノンの教員、仲悪いって噂、本当だったんだな…」


吠え面も何も、ミッドガル校の教員の名に傷を付けて終るのがせいぜいだ。

というか、何故校長がそんな事を了承するのか……いや、あの校長だからだろうか。
暇さえあれば生徒を悪戯に引っ掛け、そうでない時はアベル教官をからかって遊んでいる校長だから、嘘だと思えないのだろうか。
それとも、部下一人の体面など気にしないほど、ジュノンの教員達が嫌いなのだろうか。

要塞都市という特殊性か、軍と仲が良いジュノンの学校は、この生徒交流でミッドガルへ行く生徒を軍のヘリに乗せて向かわせたらしい。
対し、ミッドガルの生徒はソルジャーと共にトラック+徒歩+ミドガルズオルム討伐。しかも、たまたま日付とルートが重なったソルジャーの任務に同行させてもらった形だ。
両校の待遇の差に、ミッドガルの生徒は当然不満を漏らしたが、同行するソルジャーがセフィロスだと知ると何も言わなくなった。
今日までの道中、彼らの口から洩れた不満は『腹減った』以外に無いので、相当喜んでいたと見て良いだろう。

本来なら、ソルジャーに頼まず軍に頼むものだが、ミッドガルの士官学校と軍の仲は、あの実習旅行で壊滅的になった。
少数精鋭という点と、機動力を生かし、即座に救援に来たソルジャー部門と仲が良くなるのは当然かもしれない。
が……士官学校が軍の管轄下である以上、お互い角が立つ結果になったのも事実だ。

待遇の差は自然と態度の差に変わり、元々ライバル関係にあった両校の仲が今どうなっているかなど、言うまでも無い。
出発前日の挨拶で『1度でいいので教員連中をボコボコにして来てください』と激励し、一行を唖然とさせた校長が、両校の間にある溝の深さを物語っていた。


「あ、そうそう。それで、校長、先生の代わりに、アレンにカツラ被せて、先生の服着させて、代わりにさておちょくってやると良いって……」
「僕絶対嫌だからね!」
「それは流石に出来ないだろう……」

「ん〜、それは俺も思うけどな。でも校長、ジュノンの教員は馬鹿ばっかりだからどうせ気付かないって言ってたぞ?」

本当にジュノンの教員が嫌いなんだな…。

これはもう、生徒の悪戯を利用してジュノンの教員にちょっかいを出したいだけと判断して良いだろう。
犠牲になる身の事も考えてほしいと思いつつ、は肩を落としてベッドに腰を下ろした。
何か飲み物でもと思い、テーブルの上にあるポットを見てみるが、まだ残っていたはずのインスタントコーヒーが無い。
何処に…と、視線を彷徨わせれば、それは既にジョヴァンニの手にあるカップの中で湯気を立たせていた。

「…………」
「んぁ?どうしたんすかぁ先生?」
「……いや。何でもない……」
「そっすかぁ?」

首をかしげながらコーヒーを口に運ぶジョヴァンニに、は少しだけ切なくなりながら視線を外す。
何が起きたのか気付き、無言でうろたえるアレンに小さく笑みを返したは、ウキウキしながら制服の皺を伸ばしているカーフェイを眺めた。

「カーフェイ、お前が嬉しいのは良く分かったが……事を起すなら、もう少し考えを至らせるよう心がけなさい」
「え?どういう意味っすか?」
「お前は、この1週間、ジュノンの生徒と共に教育を受ける」
「そりゃわかってますけど……?」
「ミッドガルへ向かったジュノンの教員に代わり、実技を指導するのは誰だ?」
「……………」

ミッドガルに残った皆、ゴメンな。俺、生きて帰れないかもしれない……。

の言葉に、明日からの授業を想像したカーフェイは制服を掴んだまま真っ白になった。
ジョヴァンニはゲラゲラ笑い、アレンは当然慰めるはずもなく、それまで頭に花畑を広げていたカーフェイは力なく床に崩れ落ちる。

「雑談はさておき…ジョヴァンニ、アレン、悪いがガイを此処に呼んでくれ。カーフェイと3人で話がある。それと、全員に明日の私の格好について、事前に連絡をしておいてくれ。経緯を説明する事も勿論忘れるな」
「ゥイ〜ッス」

カップの中を全て飲み干すと、ジョヴァンニはアレンと共に部屋を出て行く。
一人残され、床の上で燃えカス状態になっているカーフェイをベッドに座らせたは、ジョヴァンニが残したカップにこっそり肩を落としつつ椅子へと移動した。

すぐに部屋に来たガイをカーフェイの隣に座らせたは、彼の口から棒付き飴を引っこ抜くと、抱えているお菓子袋を取り上げる。
早くもパジャマに着替えているガイに目を丸くしたカーフェイは、彼のポケットにあるガムを取り上げるまでは成功したが、髪についたカーラーを取ろうとした瞬間裏拳を食らっていた。

「ふざけるのはそこまでにしよう。手短に話すが、今日、洞窟で私はお前達に私の力の一部を与えた。それがどの程度の力か、お前達は既に感じているはずだ」
「ん〜、まぁねー。全体的に力が上がった気はしてますよ〜」
「あ、でも、魔力だけはズバ抜けて上がってる気がするんスけど」

「うむ。よく分っているな」
「ってゆ〜か〜、力を与えたって、何入れたわけ〜?ガラスの破片突っ込まれたような覚えしかないんだけど〜」
「え?そんな事したんスか?!俺何されたか全然わかんなかったんスけど……」

「ガラスではなく、クリスタルだ。分かりやすく言うと………まぁ、色々な力の結晶だ。それ自体はご利益があると思え。魔力は私の能力の影響だろう」
「先生〜、ご利益って言葉で、せっかく納得しかけた所が混乱しはじめたんだけど………」
「先生の温もりがこもったありがたいナニカをくれたって事ですか?」

「……まぁ、そういう事だな。体に害があるものでは無いようだから、そこら辺は安心しろ」


どうしてこの子は話をいやらしい方向に持って行きたがるのだろうと思いながら、は頷いて返す。
心なしか嬉しそうなカーフェイの隣で、ガイは思案するように視線を彷徨わせながら、ゆっくりと足を組みなおす。

「先生を……許しちゃダメとか、死にたくなる日が来たら捨てろって……どういう意味?」
「そのままだ。遠い先の事はわからん。私が与えた物で、そう思う時が来るかもしれない」

「…………ちょっと分かりづらいかな〜。今はそれでいいとか、言ったりしないでね。僕は今答えが欲しいからさ」

当事者なのだから、そう思うのは当然だろうと思いながら、はカーフェイへ目をやる。
あの時の事を殆ど覚えていないらしいカーフェイは、少し考え込んだ様子だが、あまり深刻な顔はしていなかった。

「クリスタルの力が、今後どう影響するかはわからんが、それのお陰で命拾いする事があるかもしれない。だが逆に、死にたかったのに死ねなかった、死にたいのに死ねないという事も起こり得る。その時、その体からクリスタルを取り出せという事だ」
「そのまんまだねぇ〜」

「分かりやすいだろう。だが、あくまで仮定だが、あまり長く体に入れておくと、本当に死ねなくなるかもしれない。だが今は取るな。本来負うはずだった怪我が全快するだろう期間……大体半年の間は、念の為中に入れたままにしておけ」
「ふーん……」

「私の説明では上手く納得出来ないだろう。近いうち、適任者を紹介する。クリスタルを取り出す時の事や、お前たちの今後の事も含め、話をしておこう」
「誰?」

「ルーファウスだ。知っているだろう?神羅の副社長だ」
「………………ワォ」


よもやそんな形で副社長様とお話できる日が来るとは……。
もしまだ反神羅組織にいたなら、間違いなく懇意になって暗殺しろと言われていたところだと思いながら、ガイは小さく頷いて口を閉ざした。

当事者であるから説明を受けるのが妥当とはわかっているが、確かにルーファウスからの説明の方が常識的で納得できそうだ。
今の彼女の話を聞いて生まれた新たな疑問にも、分かりやすく答えてくれるだろう。
クリスタルを取り出す時の事を話しておくとなると、その際の手術代についても、の言葉であちら持ちになる可能性が大きい。
とはいえ、話を聞く限りも長く自分達の体にクリスタルを入れているのは避けたいようなので、その半年以上が経ったら摘出手術の話が来る事になるだろう。

「あの、先生、それはいいんスけど…」

とガイの会話が終るのを確認すると、カーフェイはおずおずと手を上げる。
同時に振り向いた二人に、一瞬目を丸くした彼は、少し言いにくそうにしながら口を開いた。

「うーん、先生ってさぁ……なんでそんなクリスタル持ってんスか?どんな効果とかも良く知ってるみたいっスけど…、そんな効果がある石、俺、聞いた事無いんスけど……」
「……たまたま手に入った…というのが、一番妥当な答えだろうな。効果は私の経験から予想した事にすぎない。正直、あれでお前たちが助かるかどうかも、賭けだった。結果は知っての通りだが、今後どうなるか、詳しくは私にも予想しきれない」

「あー……んじゃあ、質問変えます。先生は何者なんスか?」
「…………」

分かったような、分からないような顔をしたカーフェイは、疑問を保留にする事にしたのか、仕切りなおすように自分の膝を叩いて言う。
『何者』という言葉に、は思い浮かんだ言葉から彼が分かるものを探す。
が、何分教えない方が良い事が多すぎて、それらを避けて考えると、間違ってはいない答しか残らなかった。

「分かりやすく言うなら……新種の天然記念物…だな」
「ハイ?」

真面目な顔には不釣合いな言葉を出したに、カーフェイは勿論ガイも思わず首を傾げる。
予想通りの反応をした少年達に、はもう少し分かりやすい言葉を捜したが、言ったところで同じような反応をされるだけなのでそれ以上言わない事にした。

「知りたくなるのは当然だが……他の生徒達にも教えている事以外、私の情報は伏せなければならないものだ。相手が神羅の人間…、たとえ社長であってもな。私の責任者がルーファウスで、保護者がセフィロスだという事は知っているだろう?」
「あー、はい」

「ごく普通の一般人に、責任者など付くか?既に成人している人間に、保護者など付かないだろう?しかも、神羅の副社長とソルジャー1stにそんな役をさせている。私に関する情報を一つ知る為には、それがどんな些細なものであれ、彼らの許可が必要だ。この意味がわかるか?」
「…………」

「私がお前達を生かしたのは、抜き差しなら無い状況だった以上、やむを得ない。クリスタルの事を教えたのも、それが必要だったからだ。しかし、お前たちにはそれ以上の事を知る必要性は避けなければならない。下手に知れば、お前達の身は勿論、ルーファウスやセフィロスの立場まで危うくなる」
「…………」

「クリスタルの事は口外するな。何も無かったと思い、忘れても良い。わかったな?」
「……はい」


事の規模に見当はついていても、理解しきるには至らない。
そんな顔で、しかし下手に口を開けない事と、それ以上の言葉がもらえない事だけは理解したらしいカーフェイは、大人しく頷いて返す。
隣にいるガイへ視線を向けると、彼は言葉の意味を理解できたらしく、僅かに表情を強張らせながら頷いた。

「私の話は以上だ。悪いが、お前達に教えられる事は、今の所そう多くはない。クリスタルの影響による体の変化については極力対応するつもりだから、何かあったら来るといい」

就寝時間10分前を指す時計に目をやると、は生徒を下がらせた。

自分から報告するまでもなく、セフィロスが既に二人の生徒とクリスタルの事をルーファウスに報告しているかもしれない。
今夜ミッドガルへ発つセフィロスに、その時間が無かったとしても、ルーファウスに会う4日後までには連絡するはずだ。
あの二人の後の処遇は、ルーファウスが決める事になるだろう。

それにしても、よもやこんな風に生徒に警告する日が来るとはと、彼女は大きく息を吐いてベッドに腰を下ろした。
綺麗に畳まれていたはずが、変なポーズに崩されている制服に小さく苦笑いし、それをハンガーにかける。
明日、これを着て行かなければならないと考えると憂鬱になるが、了承してしまった手前引くに引けない。
罰ゲームというより、むしろ嫌がらせの域ではないかと考えたが、罰のゲームなのだから当然なのか……。

「明日だけの屈辱だ……」

呟いて溜息をつくと、は気持ちを切り替えて就寝の準備を始める。
普通の教官なら、断固として拒否し、明日も普通の格好で行く事を選ぶところだが、何せ彼女はこの世界の人間とは少し常識がズレている。
が生まれ育った環境や世界では、制服という物は、城や上流階級の家に勤める者が着用する衣服ぐらいしか存在しかなかった。
そのため、彼女にとっての制服とは、『それぞれ階級に相応して指定された衣服』でしかなく、生徒の制服を着るという事も、将軍が歩兵の服を着るような感覚でしかない。

つまりは、分不相応な服を着せられる屈辱ぐらいしか無かった。
それでジュノンの学校へ赴き仕事をするというのは、両校の間で問題になりうる無礼と思ったので、快く了承した校長に呆れたのだ。

ムキになって拒絶したのは、与えられた制服のスカートが短く、腿の中ほどまでの長さしかなかった事が大きな理由である。
しかし、この世界には、幼い少女は勿論、30代後半でもそれぐらい脚を晒す女性は大勢いる。
これまでの生活でそれを目にしていたは、年齢もあって自ら進んでそんな服装をする事は無かったが、この世界の感覚に合わせる努力は必要という強い考えを持っていた。

ミニスカートを了承した事は、にとって帰化の一環という感覚でしかなかったのである。
セフィロスが了承したのも、ルーファウスが楽しそうに制服を用意してくれたのも、カーフェイが言っていた単なる男の性だとしか感じていなかった。

大の大人が、年齢制限無しとはいえ、若い子が多い士官学校の制服を着る。
この世界の普通の人間が、それをどう考えているか、どう見るかという事を、彼女は全く知らない。
些細な問題だとして済ませた事がある意味大問題である事に、彼女が気付くのはまだまだ先の事だろう。




2010.01.03 Rika
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