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「全員無事のようだな」

地の裂け目から漸く上ってきた3人を前に、セフィロスは小さく息をついて、少年に背負われるを見る。
視線に気付き、僅かに瞳を反応させた彼女は、しかし常のように顔を上げる事はなかった。

それに引っ掛かりを覚え、微かに首を傾げたセフィロスだったが、それよりも先にボロボロの姿の少年達へ目を向ける。
無残に破れた制服やシャツは、真紅と黒が混じる色に汚れ、僅かに見える肌にも乾きかけた赤い色。

聞くまでも無くの消耗の理由を察した彼は、小さく息を吐いて生とから彼女を受け取る。
青い顔に汗を浮かべ、微かに呼吸を乱す彼女を背負った彼は、足の踏み場も無いほど広がる魔物の肉片を踏みつけながら、味方が待つ洞窟の出口へと向かった。



Illusion sand − 94




「ねぇアーサー、俺達がいない間になにがあったの〜?」
「それはこっちの台詞だと思うんだが・・・・・・」

目を疑うほど酷い姿で帰ってきたガイが笑顔で出した言葉に、アーサーは半ば呆れながら二人の体を見る。
一体どれだけ壮絶な戦いをしてきたのか、致命傷になってもおかしくない場所の服が破れ、血塗れになっている彼らに、待っていた面子も集まってきた。

無事を喜び、互いの状況を報告し合う彼らから離れた場所で、はセフィロスからエリクサー貰う。
洞窟内の惨状から予想はしていたが、自分達が落ちた後、上ではモンスターの群れが現れ、救出できる状況ではなかったらしい。
ミドガルズオルムの異常発生により、洞窟に足を踏み入れる人間がいなかったのだから、天敵がいなくなった魔物達が増えてしまうのは当然だろう。
情報もあり、予想出来る事態だったにも関わらずこうなったのは、詰めが甘いのは勿論、湿地を抜けた事で油断していたからに他ならない。
人の事は言えない立場だが、後で生徒に教訓として言い聞かせなければと思いながら、は空になったエリクサーの瓶を仕舞った。

万能の回復薬を使っているのに、ゆっくりとしか回復していかない魔力に、彼女は小さく息を吐く。
一刻を争う事態に加減もせず回復魔法を使ったツケは、思ったより大きかったらしい。
以前のような、命が危ぶまれる事態にならないよう加減はしていたが、胴体に開いた穴を塞ぐだけの魔力を使ったのだから、致し方ないだろう。

耳に届く生徒やソルジャーの会話は、地の裂け目に落ちてからの、互いの詳しい経緯の説明に変わっている。
口止めしてはいなかったが、ガイとカーフェイはがした事については口にしなかった。
とはいえ、死にかけの状態から回復した経緯が、目の当たりにしなければ現実味に欠ける事なので、当然といえば当然だが。


「はい」

「あの二人に……何をした?」

仲間と笑うガイ達を見つめたまま言ったセフィロスに、はちらりと視線を向け、彼が見つめる先に視線を合わせる。
二人の少年の気配には、僅かではあるが、この世界とは異質な何かの気配が混じっている。
それが、が持つものと同じ事に、最も彼女と長く時間を共にしているセフィロスが気付かないわけがなかった。
それに、彼は僅かな時間とはいえ、彼女が生まれた世界に足を踏み入れたのだ。
彼が気付くのは当然だろうと、は微かに瞼を伏せ、クリスタルが無くなったペンダントを彼に差し出す。
ゆっくりと振り向いた彼は、彼女の手の中にあるそれを暫し見つめると、やがて深く目を伏せ、眉間に皺を寄せて深いため気ついた。

「怒って下さっても、かまいません」
「そうしたいのは山々だが、言葉が思いつかん」

「そうですね……。私が貴方でも、そうかもしれません」
「……それは、どうだろうな……」

後先を考えない行動に、セフィロスが呆れるのは当然だ。
それに至るだけの事態だったと、彼ならばすぐに察する事ができるだろうが、理屈と感情は別物。
納得できる理由があるからと言って、簡単に流せるものでもないだろう。

「他に……方法は思いつかなかったのか?」
「この手段も、結果は予想出来ないものでした。今も、彼らがこれからどうなるかわかりません。…私のようになるか、それとも、人として生を終えられるか……」

その言葉は、彼女達がいかに切羽詰まった状況にあったか知らせるには十分で、セフィロスはそれ以上口を開くのをやめた。
救える手立てを持つ者が、死の淵にある者に手を差し伸べるのは、当然の道理とも言える。それに、あえて彼らを見殺しにする理由を、彼女は持っていない。

先が知れないと言う彼女は、常と変わらないまっすぐな瞳で、しかし、何処か遠い場所を見ているように思えた。
過去を見つめているのか、それとも、知れない先という未来か。
憂いを潜める瞳の先を知る事は出来ず、その胸の奥にある思いも知る事は出来ない。
けれど、自分がそれを知られぬ事も、彼女の願いの一つだろうと、セフィロスは静かに目を伏せた。

「お前が信じるようにやれ」
「…・・・……」

「ルーファウスには俺から言っておこう。お前は何も気にするな」

静かに言った彼に、はゆっくりと彼を見上げる。
既に視線を別の場所に移したセフィロスは、彼女の視線に気付きながらも、振り向く事は無い。
けれどそこに怒りや拒絶の色はなく、ただいつものように、何処かを眺める彼がいた。

許されたのだ、と。漠然と感じたが、そこに喜びは無く、何処か物足りなさを感じる。
彼は既に答えを示したのに、それでも心は別の何かを欲しがり、指先は自然とセフィロスの服の袖を掴んでいた。

「どうした?」

振り向いた彼に、心の半分が冷静さを取り戻す。
自分の行動に気付き、すぐに手を離そうとしたが、その理由が思い浮かばず、何故か逆に手に力が入ってしまった。

一瞬混乱し、僅かに瞳を泳がせても、彼は目を逸らさない。
自分が何をしたかったのか、慌てて考えただったが、頭が答えをだすより先に口が動いていた。

「……叱って…くださらないんですか?」
「…………」

微かに目を見開いた彼に、は自分が言った事に気づき、慌てて彼から身を引く。
同時に腕を動かしたセフィロスに、自分がまだ彼の服を掴んだままだった事に気づいた彼女は、また慌てた顔をして彼から手を離した。

「っ、す、すみません!今のは……その……」

自分の行動が理解出来ず混乱した彼女は、怪訝な顔をしているだろう彼を見る事ができず、顔を伏せる。
失態を晒した羞恥のせいか、顔に熱が集中するのを感じたが、何故だと考えるほどそれは酷くなった。

頬どころか耳まで熱くなっていく自分に、顔を上げられず固まっていると、耳に抑えたような笑い声が届く。
恐る恐る視線を上げると、口元を押さえたセフィロスが、小さく肩を震わせながら目を細めている姿があった。

「っ……!!」
「すまん………何でもない」

驚いたに、セフィロスはすぐに笑みを抑えたが、目は少し笑ったままだった。
ムキになれば酷くなるだけだと、大人しく表情を正した彼女は、小さく息を吐いて生徒達に目をやる。
不貞腐れたようなその姿に、セフィロスはまた笑いそうになるのを抑えると、掠り傷が出来ている彼女の首筋に手を伸ばした。

「お前は……他人の傷の事は考えても、自分の事は頓着しない」
「この程度、怪我の内に入れていては、キリが無いでしょう」

「そうだな……だが、以前は……それが酷く顕著だった。死ぬ気が無い目をしているのに、いつ死んでも構わないと思っているように見えた」
「……長年染み付いた癖です。今は、そうは望んでいない」

「わかっている。大分、自分の身を守ろうとするようになった。……だが、それでもお前は、最後には自分の体を切り刻むような真似をしてでも、事を収めようとする所が……変わらない」
「…………」

「俺は、お前の昔の仲間や、召喚獣達ほど、お前と長く一緒にいるわけじゃない。だが、それでも、お前が最後の最後に出す手がどんなものか……それが想像できてしまう。それは……正直、嬉しいものではない」

傷に触れていた指先が、風に揺れた彼女の髪をそっと払う。
微かに頬を霞めた指は、それ以上触れる事無く離れ、彼女の手にあるペンダントへ伸ばされた。
透明な輝きが消えた首飾りは、小さな鎖の音を掌に残し、彼の手の中に納まる。

「預かっても良いか?」

手の中のペンダントを見つめて聞いた彼に、は何も言わず頷く。
仲間から託されたペンダントも、その中にあったクリスタルも、決して手放したくないものだったのに、すぐに頷けた自分に少しだけ驚いた。

空になったペンダントの中身は、その気を起さなければ手元に戻ってくる事は無いだろう。
心は、過去を手放そうと……その時を迎えているのかもしれない。否、切欠がなかっただけで、本当はずっとそう思っていたのか。
けれど、セフィロスに預けるペンダントだけは、亡き友の形見であるそれだけは、いつか手元に戻ってきてほしいと思う。
それを失っては、昔の仲間を思い出せるものが、他に無くなってしまう。

「代わりと言うにはおかしいが、お前に渡すものがある」

言って、懐に入れた彼の手から、シャラリ、と耳に心地良い音がする。
金属の鳴る音など、どれも同じなのに、それが何の音なのかには分ってしまった。

黒いグローブから零れた銀の鎖が、日の光を反射しながら揺れる。
鎖の先についた飾りには、覚えがある紋章が刻まれ、それを託した友の顔が脳裏を過ぎっていった。

「お前に何かあると……これが騒ぐ。時計の針が狂ったり、砂の音を鳴らしたり……チョコボに乗った男が夢に出てきた事もあった」

言いながら、彼はの手を取り、銀の懐中時計を置く。
その形、重さ、掌に感じる装飾の感触、伝わってくる針の音。全てが、遠い仲間の姿のように、懐かしく思えた。

「妙に体に馴染んで、返すのが遅くなった」

絡み合う蔦の中に隠し彫りされた大国の紋様を指で撫で、そっと蓋を開ける。
蓋の裏に刻まれた文字は、幾度と無く眺めた記憶と変わらず、永久の絆を思い起こさせる。

消える事は無い。傍にいる…と。

耳の奥に響いた声は、彼らの思いか、記憶の欠片か。

だが、答えなどどちらでも良い。
狭間の砂に埋もれ、手の中に帰る事は無いと諦め、忘れようと努めていた友の思いが、今この手の中にある。
それだけで十分だった。


「ありがとうございます」
「……何故礼を言う?」

「……さあ、何故でしょうね……」
「長いこと返さずにいたんだ。怒られる事はあっても、礼を言われる理由は無い」

「そうですね……」

小さく笑ったに、セフィロスは微かに目を細め、自分の手にあるペンダントへ視線を落とす。
ハンカチで丁寧に包み、時計を入れていた胸ポケットにそれを入れた彼は、じっと見つめる彼女と視線を合わせた。

「ミッドガルに帰ったら返そう」
「どうするんですか?」

「空のままでは、格好がつかないだろう。何か良い石を探す。……高価な宝石は無理だがな」
「道端の石ころでも、気にしませんよ?」

「そんなものを女に贈る奴が何処にいる」
「……そういう意味での…贈り物ですか」

気まぐれかお詫び程度だと思っていたは、彼の言葉に少し驚き、微かに頬を緩める。
腕時計に目をやり、歩き出した彼を慌てて追うと、待ちくたびれていたらしい他の面子がニヤニヤしながら腰を上げた。

「どんな石がいい?……希望はあるか?」
「…………では……赤い石を」

「赤……か」
「……はい。血の赤ではない…暁の……炎に似た赤を」

「……わかった」

彼女らしく、しかし簡単なようで難しい注文に、セフィロスは微かに目を緩めながら考える。
確かに、赤と一言で言っても色合いは様々だ。
同じ色でも、見る人間によって印象は変わるのだから、選ぶのに苦労するのは間違いない。

さて、何件石屋を回る事になるのやら。
普段なら面倒だと思う事も、嫌ではないと……むしろ、楽しみだとすら感じている自分に、セフィロスは苦笑いと共に溜息をついた。



2009.12.28 Rika
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