次話前話小説目次 


「先生、あれ、絶対先生のせいでしょ?」
「何の事だ?」

「氷ですよ!あの氷の塊!真上から石とかいっぱい落ちてきたんスよ!?死ぬかと思ったじゃないですか!」
「…………」

セフィロスと共に味方と合流したは、落石に逃げ惑っていた生徒達から思いっきり不満をぶつけられた。
不慮の事故じゃないかと内心ボヤいたが、本気で怒ってはいない彼らに、は視線を逸らすだけに留まる。

ソルジャー達は、あの巨大な蛇を倒す為なら仕方ないと思っているのか、何も言わず笑って見守っている。
時間と予定を確認するセフィロスは、何処かからかかってきた電話を取り、何やら話し込んでいた。
そうでなくとも、じゃれ付く子供を抑えるような事はしなかっただろう。

「もうね、俺は走馬灯を見ました。死んだ家族が花畑の向こうで手を振ってましたよ!」

それは既に走馬灯じゃない。

拳を握って力説するカーフェイに、はやれやれと溜息をつき、ついでに「あれは回避の練習だ」と大ボラを吹いてみる。
しかし、当然騙されてくれるはずがなく、彼は腕を組んで何かを考えると、何やら嫌な笑みを浮かべてを見た。
この子が二ヤけた顔をする時は、大概ロクでもないおバカ事を考えた時だ。

「わかりました。じゃ、罰ゲームです。罰ゲームというか、詫び入れてもらいます」
「…………」

「生真面目で朴念仁な先生が絶対してくれないような事をしてもらいます!これは生徒との大事な交流。スキンシップです!」

この子はいつの間に天性の馬鹿に生まれ変わったのだろうか…。

命知らずというか、何と言うか……。
いや、子供の悪戯如きで殺生をするほど、は冗談が通じない人間ではないが…。

内容がどういうものかは分らないが、たまには彼らの遊びに付き合うのも必要だろう。
そう考えると、は仕方ないという風を隠さないものの、了承の意を伝える。

すると、カーフェイは喜色満面で電話しているセフィロスの方へ走り、何やらボソボソと話し始めた。
何故セフィロスに言う必要があるのか……そう考えたものの、セフィロスは人々の憧れの英雄だ。
何かしら構ってほしいと思っても仕方ないだろう。

怪訝な顔をして振り向いたセフィロスに、は付き合ってやってほしいという意味で頷き返す。
一瞬彼が微妙な顔をした気がしたが、所詮は遊びなのだから…と、は気にせず生徒達に集合をかけた。


その時、ちゃんとその『罰ゲーム』の内容を確認しておくべきだった……と。
セフィロスの表情の意味を、もっと気にしておくべきだった……と。
彼女は少しだけ後悔する事になる。






Illusion sand − 92




正午が近づく社内は、社員や取引先の人間が行き交い、それに混じって武器を持った兵達がウロついている。
軍事要塞に組み込まれた社内の廊下は、歩く度に五月蝿く鳴る鉄板張りで、慌しい時間を余計に騒がしくするようだった。

そんな中、エレベータから降りてきた人物を見に、彼らは慌てて道を譲り、礼儀正しく挨拶する。
一気に靴音が減った廊下は、まるで彼を畏怖すべき人のように思わせ、しかし当の本人は全く気にしていないようだった。
頭を下げる部下に頷く事も無く、彼は黒いスーツの男を連れて、社員達の前を通り過ぎる。
失礼と言える態度を取られても、それが許される立場にある彼へ、不平を持つ者は誰もいない。
思わぬ遭遇に、媚の売り時と近づこうとした者はいたが、彼が持つ近寄り難い雰囲気に、無謀な事をする者はいなかった。


鉄で囲まれた廊下を行き、奥にある上等な木製のドアを開くと、五月蝿かった床は毛足の長い絨毯に変わる。
革張りのソファと艶のあるテーブル。奥には上質の木材を使ったデスクと白い皮が張られた椅子があり、その先には三重に硝子が張られた大きな窓から、青く広がる空と海があった。

降り注ぐ日差しは波の上で踊り、大きな船舶がゆっくりとその中を滑っていく。
けれど、そこから少し視線を逸らせば、巨大なクレーンと大きな倉庫、海の上に突き出た港に泊まる鉛色の船。
その中を行き来する、沢山の兵士達。

窓辺に寄ったルーファウスは、その光景を何を考えるでもなく見つめ、すぐに視線を室内へ戻す。
白い皮の椅子に腰掛け、ランプが点灯している電話機のボタンを押すと、この街にいる間だけの秘書の声が数件の伝言を告げた。

毎日補充されるメモ用紙に内容を走り書きし、手帳を開いて今日の予定を確認すると、ルーファウスはちらりと腕時計を見る。
一緒に来た黒服の男は、いつまでも用件を言わない彼に不満を見せるでもなく、大人しく部屋の入り口に立っていた。

「レノ」
「何ですか?」

「あの二人はどうだ?」


書類を見ながら言ったルーファウスに、レノは微かに口の端を上げ、壁の時計を見る。

「湿地のモンスターに手こずって、チョコボファームに泊ったそうですよ、と。多分そろそろ洞窟に着いてるんじゃないですかね」
「こちらへの到着は何時ごろだ?」

「洞窟を抜けたらまっすぐジュノンに向かってきますから、夕方には着きますよ」
「科学部はどうだ」

「動きは全くありませんよ、と」
「そうか。セフィロスに連絡し、今夜時間を作るよう言っておけ」

「……了解、と」

任務を終え、今日の真夜中にミッドガルへ戻るセフィロスに、無理矢理時間を作らせるとは……。
やっている事は少し意地が悪いが、他意は無いのだろうと思いながら、レノはセフィロスに電話をかけた。




会話を始めて間もなく、チラチラとこちらへ視線をよこし始めたレノに、ルーファウスは視線だけで彼を見る。
何故か眉を顰め、怪訝な顔で会話するレノは、切れた電話を数秒見つめると、ゆっくりルーファウスに振り向いた。


「セフィロスから……副社長に頼みがあるらしいですよ、と」
「何だ?」


あまり言いたくなさそうなレノに、ルーファウスは書類を眺めつつ答える。
セフィロスからの頼みとは、珍しい事もあるものだと思ったが、彼は無理を吹っかけてくるような男ではない。
レノの雰囲気からも、深刻な頼みではなさそうだと察しつつ、ルーファウスは読み終えたばかりの書類に流麗な字でサインを入れる。

のサイズで、士官学校の制服を1着、急いで用意してほしいそうです」

名前の最後のSの字の先が机の上まではみ出した。

「…………」
「…………」

失敗したサインを少し見つめ、決済してある書類の上に置くと、ルーファウスはようやくレノの方を見る。

何の冗談か。セフィロスの冗談なのか、いや、あれはそんな冗談を言う男ではない。ならば本気か?それは更に否定したい。しかし本気でなければ自分に頼んでこないだろう。そもそも何故そんなものが急に必要なのか。用意する事は可能だ。の服のサイズも知っている。指定の靴から靴下、鞄まで、用意しろと言われれば30分せず揃えられる。だが問題はそこではない。何故そんなものが必要かという事だ。何に使う?のサイズと言うからにはが着るのだろうが、着せて一体何をするつもりだ?生徒のフリをさせて科学部の目を眩ませるのか?確かに年齢層が幅広い士官学校の生徒の中でならば可能だが、戦闘技術や彼女が持つ雰囲気で無理がある。そもそもは引率として行くのだから、学校でそんな格好をしては余計に目立つ上に変な印象までつくだろう。セフィロスはそれが分からないような男ではない。では一体何故着せるのか。よもや妙な性癖があるわけでもあるまい。そんな馬鹿な。


「そんな物を、何に使う?」
「生徒とのバツゲームとか何とか言ってましたよ、と」


負けたのか。

レノの言葉にホッとしたルーファウスだったが、それは表に出さず、小さく鼻で笑う。
新しい書類を引き寄せ、先ほどと同じように、今度はしっかりとSの字を終わりで止めてサインすると、ルーファウスは再びレノと視線を合わせた。


「花束とリボン、それとメッセージカードを入れてやれ」
「なんて書くんですか?」

「お前が思いつく、最も有り得ない言葉……いや、ポエムを書いて入れてやれ。差出人の名はセフィロスだ」
「ブッ!了解、と」


女子の制服を着て、羞恥と屈辱に顔を強張らせるを想像し、ルーファウスはニヤリと口の端を吊り上げる。
付け加えた悪戯に唖然とすると、誤解されるセフィロスを想像し、レノもまた嫌な笑みを浮かべた。



すぐに電話で手配し始めたレノを横目に、ルーファウスは笑みを消すと、椅子に深く座りなおす。
目を伏せ、薄目で窓の外へ目をやった彼は、海上を飛び交う海鳥に目を向けた。

汚れた鳥は、油やゴミが浮く海面に飛び込み、目当ての物を咥えると再び空へと飛び立つ。
篭に入れられた愛玩動物のような美しさの無いそれは、飼ったところで人の笑いを誘うだけだろう。
けれど、多くの人間が好むのが、鷹や鷲という決して懐く事のない鳥であるのも事実。
それらを己の鳥篭に入れた様を見れば、誰もが驚き羨むだろう。
篭の鳥に価値があればあるほど、それに手を伸ばそうとする者も増える。


ルーファウスにとって幸いなのは、その鳥が己が判断で害ある者を排除できる事だ。
しかし、問題はその鳥が力を持ちすぎ、その身を守る篭さえ枷になっている事だ。
それでも得ようと伸ばされる手は絶えず腐臭は放ち、気を抜けばルーファウスにまで害をもたらす。
その上、執拗で手段も問わない。

「…難儀なものだ」

呟いて、ルーファウスはペンを置き、水差しに手を伸ばした。
冷たい水が咽を通っていく感触に小さく息をつくと、彼は電話を終えたレノに目をやる。

有能だが気まぐれな猫は、自ら鳥を狙う輩に爪を立ててはくれないだろう。
この猫を失う痛手を考えれば、今はそれで構わないと思う。
だが、番犬1匹で鳥を守れなくなっているのも事実だ。

篭の中にいるのが小鳥でない事を勘付かれている以上、極力目を離さない方が良いのかもしれない。


「面倒な鳥だ……」

過ぎた情は不要だと理解しているはずなのに、全く行動に反映されていない。
適度に懐いた猫を放し飼いにするぐらいが丁度良かったはずが、今の自分はどうしたことか。
セフィロスの過保護さがうつったのだろうかと溜息をつきながら、ルーファウスは窓の外へと目をやった。

「……レノ」
「何ですか?」

「暫く外していろ」
「……了解、と」







「とりあえず〜、生き延びたはいいけどさぁ……そうすればいわけ?この状況〜」
「うーん。上、全然見えないッスねぇ〜」

ゴツゴツとした岩に挟まれた暗い場所で、二人の生徒は遥か上に見の明かりを眺めて肩を落とす。
篭る空気は冷たく、湿り気を帯びたカビ臭さが心を暗鬱とさせるようだ。
洞窟の中に突如現れた地割れは思いの外深く、はずみとはいえ落ちてしまった事が悔やまれる。
暗闇の中で見ても、薄灰色の制服は無残なほど血や埃で汚れ、所々大きく破れた場所もある。
岩壁に軽く手をかけてみるが、力を入れた傍からそこはボロボロと崩れ始めた。

「先生〜、どうしよ〜〜。どうにかしてよ〜」
「悪いが、今は無理だ」

情けない声を出して振り向いたガイに、岩の上に腰掛けていたは無情な返事をして、緩慢な動きで額に浮いた汗を拭う。
ちらりと崖の上に目をやり、誰も降りてこないのを見た彼女は、小さく溜息をつくと再び視線を落とした。

「……10分待つ。それまでに助けが来なければ、何とかしよう」
「ウ〜ッス」

深く息を吐きながら言う彼女に、カーフェイは小さく頷いて返しながら、シャツが破れた胸元に手をやる。
塞がったばかりの傷と、その皮膚の中にある硬い感触を確かめた彼は、自分を見つめるガイに小さな笑みを返した。
ふと視線を落とせば、彼の手もまた、自分と同じように、塞がったばかりの脇腹の傷跡にある。

未だ腰を下ろしたままのへ目をやり、再び視線を合わせた二人は、互いに感じる変化に小さな苦笑いを浮かべた。



2009.12.15 Rika
次話前話小説目次