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Illusion sand − 91 湿り気を帯びた空気は、日の光が薄雲を越えて射しても温まず、朝の香と肌寒さを与える。 平原に溢れていた草の香は、進むに連れて濁る水と僅かな腐臭に染まり始め、目的の地に付く頃にはあえて香りを吸い込む気も起きなかった。 程なく始まった戦いが、血と火薬の匂いを広げ、ぬかるんだ地は魔物の咆哮と人の叫び声に包まれる。 ソルジャーを前線とし、後方から生徒が支援する形で進む彼らは、剣を抜いて早々、溢れるような大蛇に終る気配を諦めた。 昨日に比べれば、幾分か数が減っていると思っていたが、現実はそう温くないらしい。 単体で生きる魔物なおかげで、連携攻撃をされずに済むのは良いのだが、もし群れという習性があったらと考えるとゾッとする。 それは、巨大な赤い蛇という形という事も勿論だが、噂に上るに相応しい強さを目の当たりにしているからだ。 こちらにも、噂に上る『英雄』という心強い存在はいるが、向こうは単体でも恐れられる存在が大勢。 対し、こちらは実戦や訓練を積んでいるとはいえ、噂にされるほどの技量は無い者達の集団だ。 分担や連携という形をとる事で対抗してはいるものの、先陣に立つセフィロスの負担は考えるまでも無い。 死に物狂いで戦う面子に混じり、もまた真剣な顔で補助魔法を連発する。 が、真剣なのは顔だけで、実際は5回目の欠伸を噛み殺している気の抜けっぷりだった。 率先して戦うほど血の気が多いわけでもなく、そうしなければならない状況でもない。 今回ばかりは「面倒だ」の一言で手を出す事もできず、は大人しくセフィロスの指示通り動いていた。 横から攻撃を仕掛けてくる敵を、風の魔法で自然に吹っ飛ばし、強行突破できる程度に退路を確保しておく。 敵全体に鈍化の魔法をかけ、味方には加速の魔法と防御力上昇の魔法。 それらもまた、ある程度の加減をしなければならないので、1匹倒すのに3撃分の時間がかかる。 正直、暇でしょうがない。 ソルジャー達の攻撃に死にかけたミドガズオルムは、例に漏れる事無く、息絶える直前に強力な炎系攻撃をしかけてくる。 食らえばひとたまりもないそれを、放たれる前に処理しているのはセフィロスだ。 鈍い日の光さえ反射する刃は、鎌居達のように敵の胴を切り裂いては、絶える事無く新たな赤を生んでいく。 迸る血の雨の中にいても尚、穢れを受けず流れる銀の髪は、水鳥の羽が舞う姿にも見えた。 地獄絵とも言える場所にあって尚、その戦姿は美しく見える。 けれど、彼が最も危険な場所で、最も危険な仕事をしている事実に変わりは無く、は己の力を出せない歯がゆさを感じる。 同時に、自分が周りにこういう思いをさせていたのか、と、今更ながらに感じたりもした。 とはいえ、自分が前線に立つ場合は、心配させる点が全く別の場所になるのだが。 通常、徒歩で湿地を越える為にかかる時間は1時間半。 地形がこれなので、トラックは平原の外れで降り、今は3分の1ほどまで進んだ辺りだ。 長くても2時間でこの戦闘を終らせれば、予定通り湿地の先の洞窟へ着くが、味方の戦いぶりを見ると、あと半日はかからないとここから進めないだろう。 「厄介だな…全く」 「そりゃ皆同じっスよ先生。だから、面倒な事はサッサと済ませちまいましょ!」 ボソリと呟いたに、傍にいたカーフェイが笑いながら支援魔法を発動する。 厄介と指したものが何なのか。 勘違いしているだろう彼に、彼女はちらりと彼へ視線を向けるが、小さく息を吐くだけですぐに敵に目を向けた。 隙が出来たと思い込んだのか、横にいた蛇の1匹が、パーティーの後方に回り込んでくる。 攻撃姿勢をとろうとするそれに、は蹴ろうか殴ろうか考え、結局無難に剣を抜く事にした。 身構えようとする蛇を無視し、その首を半分ほどまで斬ると、は止めを刺しに来るセフィロスのために場所を空ける。 血走った目で睨む蛇に、目の前にいた生徒達は僅かに怯むが、睨まれた本人は既に別の方向に興味を向けていた。 傷ついた大蛇の体が鈍く赤色に光り、裂かれた首と開けた口から濁った炎が零れる。 生徒達の顔からサッと血の気が引くのを視界の端に、セフィロスとの距離を目で測ったは、首をもたげようとした大蛇に向けて時間停止魔法をかけた。 数秒の時間稼ぎは十分な余裕で、気付いたセフィロスが目にも留まらぬ速さでやってきて止めを刺す。 瞬間、彼の視線は彼女の瞳と重なったが、彼はそのまま新たな敵に向かって行った。 胸を撫で下ろし、すぐに援護に頭を切り替えた生徒の中で、はあちこちに飛び回るセフィロスを目で追う。 長い刃を、3度宙で空振りした彼の合図に、は風の魔法を発動すると、大蛇の合間を縫って進むその風を辿った。 流れる魔力は群れを抜け、敵の大凡の数を把握する事が出来た。 群れの端は大分遠いが、難がある距離ではない。 久しぶりに派手にいきたい所だが、そんな事をすれば後々面倒になるのは目に見えている。 程ほどに安全牌で行くか、と考えると、はそよぐ風に魔力を乗せ、仕上げ途中の魔法を一気にそこへ流し込んだ。 広がる魔力に、セフィロスが一瞬だけこちらを振り返る。 重なる視線に、が下ろしていた剣を立てると、彼はまた刀を振って3度宙を斬った。 瞬間、彼女の魔力は生を得て、此処からは見えない魔物の群れの中で形となる。 その気配を感じたセフィロスは、口を開けて向かって来る大蛇の鼻面を蹴ると、それを足場に高く跳んだ。 目に映ったのは、数メートル先から外側にいた大蛇達が白く凍りつき、更に無数の氷の刃に貫かれる姿。 降り注ぐ刃に串刺しにされた蛇は、粉々に砕け散り、赤い輝きとなって風に攫われていった。 最後の一撃を出す時間すら無いまま、膨大な群れが一瞬にして消え去り、何もなかったかのように湿地だけが残される。 完膚なきまでに命を攫うそれは、殲滅戦の中にありながら、虐殺という言葉を思い出させる。 この光景に、への恐れを抱かないのは、初めて会った頃に見た炎の壁のお陰だろう。 けれど、この力が味方であると喜べるほど、余裕をもてる光景ではなかった。 なのに、何故だろう。 心も感情も、決してそうとは思っていないのに、己の肉体を構築する細胞が、歓喜している。 戦いが染み付きすぎた体は、それでもこの心に支配され、故に己であるはずなのに。 錯覚か。 無意識に目を背けた心の端が、肉体で何かを訴えているに過ぎないのか。 この光景を目にしても尚、を恐れる事も無く、向ける思いの欠片すら変わらない事を、嘆いているとでもいうのか。 彼女の魔法は、その群れの中腹一帯にかけられ、氷の刃が現れたのも、セフィロスの背丈の倍ぐらいの高さまで。 上から見なければ、何が起こっているかも、起きていることすらわからない。 群れの外側やこの中央からも、勿論見えはしないだろう。 味方にもわからないよう、一切証拠を残さず、敵を大量に殲滅できるか。 聞いたセフィロスに、彼女は二の句もなく頷いた。 その他の監視という可能性を考慮し、自分の仕業という証拠も、攻撃した証拠も残さないその働きは、完璧と言っていい。 ルーファウスがそこまで知っているかどうかはさておき、これならば欲しがるのも当然だと、セフィロスは何度目かの納得をした。 同時に、彼女が反神羅組織に拾われるような事がなくてよかったとも思う。 正直、こういう攻撃はかなりの脅威だ。 次にザックスに会ったら、よくぞを見つけたと褒めやろう。 いや、その頃にはその気持ちも消えているか……。 『酷い!』と叫ぶザックスの姿が脳裏に浮かんだが、セフィロスはそれをあっさり振り払い、止め待ちのミドガズオルムに刀を振るう。 もはや目に見える数だけに減った敵に、彼は味方への励ましの言葉をかけ、再び自分の仕事に戻った。 セフィロスが何の反応も出さない事を確認すると、は視線だけで周りを見る。 目の前の敵に集中している味方は、敵の気配が格段に減っている事には気付いていないようだ。 あと20分ほどあれば、この戦闘も終るだろうと考えながら、彼女は塵になりはじめた魔物の気配を見た。 例年より数が多いとか、数年置きに大量発生するとかいう話はとうに知るところだが、実際その数は異常だ。 これだけの数になるなら、昨年までも十分大量発生と言われ、駆除されているものだが、セフィロスの話ではそれは無かったと言っていた。 士官学校の生徒を向かわせるのだから、それは確かな話だろう。 地に潜って冬を越す種族なのだから、数が増える年があっても不思議は無い。 しかし現状は、それだけを根拠にするには、納得しきれないものだった。 「…………」 怪しいのは言わずもがな。 しかし、何者かの作為があるとまで考えを至らせるのは早計だろう。 必要とあらば、すぐに神羅が調査に動き出す。 巻き込まれている以上気にはかかるが、闇雲に首を突っ込むべきではないと、はすぐにそれらの考えを振り払った。 大まかな予想通り、その戦闘はさほど時間をかけず終了した。 小休憩を挟むも、勝利の余韻もそこそこに出発した一同は、湿地の先にある洞窟を目指す。 時折生き残りのミドガズオルムが現れたが、悲しいかな、先ほどの戦闘でかなりのレベルアップを果たした一行に瞬殺されるだけだった。 ソルジャーに混じって戦闘をする生徒も少なくなく、皆己の成長に喜んで剣を振るう。 明日には筋肉痛で凄い事になっているだろうと思いつつ、は何も言わず、他の面子に戦闘を任せていた。 自分の力を試したがる人間達に、わざわざ割り込む気も起きない。 結局、彼女は戦闘可能な状態になっても、味方の補助に徹していたのである。 そんな戦闘を繰り返しつつ、一同は談笑しながら足を進める。 もはや気分は遠足である。 が、徐々に洞窟が近づいてくると、皆、少しずつ口数が減り、目指す場所を凝視し始めた。 首を傾げるに、セフィロスが小さな双眼鏡を渡し、覗き見てみれば…… 「随分と見事なのがいますね……」 ぽっかりと口を開ける洞窟は大きく、入り口は人の丈の3倍ほどはあるだろう。 だが、その天上付近と入り口の上にある崖の所々には、いくつもの白くて丸い物体がある。 大きさは、人の身の丈ほどあるか無いか。 しかも、肝心の洞窟の入り口は、大きく赤い蛇の頭で塞がれている。 その蛇も例にもれず大きく、頭だけでも先ほど倒した大蛇より、二周りは大きいだろうか。 周りにある白いものが卵だとすると、大量発生の原因は、この女王蜂ならぬ女王蛇と見て間違いない。 「根本を叩き潰せる、良い機会ですね」 言外に、『貴方なら何とかなるでしょうから頑張ってください』と言うに、セフィロスは無言で頷き、差し出された双眼鏡を仕舞う。 既に味方が確認した状況では、彼女があれを始末する事は出来ないだろう。 時間に余裕がある今、敵が突然姿を消したとなれば、捜索して始末すべきという意見が出てもおかしくない。 「お前達は氷系魔法で卵を破壊しろ。俺はあの蛇を洞窟から引きずり出す。…、お前は俺と来て補助に当たれ」 「承知しました。生徒は洞窟を挟んで、左右に適当に別れなさい。こちらに巻き込まれないよう、洞窟から遠い卵から処理するように。くれぐれも、ソルジャーから離れるな」 いい加減、蛇の相手は飽きた。 そう言いたげな一同の尻を叩くように、二人は指示を出してパーティーを3分する。 大体数が合うように別れると、それぞれ進行方向を変えながら、バラバラと歩き始めた。 「どういやって引き摺り出すおつもりですか?」 「今考えている」 早速魔物の卵を破壊しにかかった一同を横目に、とセフィロスは顔を寄せ合いながら、腕を組んで洞窟の中の大蛇を眺める。 卵が破壊される度、ミドガルズオルムは生徒やソルジャーに襲い掛かろうとしているが、一定の距離より洞窟の外へは出てこようとしない。 このまま殺してしまうのは可能だが、洞窟の中に潜られたら決死の特攻をするハメになるだろう。 「貴方の刀で横から差して、そのまま引っ張り出してみては?」 「悪いが、そこまでの怪力は無い。それに、引っ張った途端に真っ二つにして終るだけだろう」 「では……風の魔法で中から外へ押し出しますか……」 「……目立つ方法だな」 「他に方法も思いつかないでしょう。自然に出てきたように見せかければ良いのですから……。尻尾の方から氷系魔法でチクチク攻撃すれば、自ら出ようともするでしょう」 「なら、それで行くか。お前は俺の補助をしているフリをしろ。出てきたら、俺が奴を潰す」 刀を構え、おびき出す姿を見せるために、セフィロスはミドガズオルムに向かっていく。 剣を抜き、少し遅れた彼を追ったは、早速モンスターが占拠する洞窟の中へ風の魔法を突っ込んだ。 「長いですね……」 頭も大きいのだから、体も大きくて当然だが、魔法で触れた大蛇はかなりの長さがある。 完全に追い出すまで、どれだけ時間がかかるのやら。 すぐに氷計魔法で大蛇の尻尾を突付き始めただったが、思いっきり後ろから叩き出してやりたくなった。 目の前では、セフィロスが早速大蛇の顔に太刀を浴びせはじめている。 後方の異変に、大蛇は落ち着きを無くし始めているが、セフィロスの相手を優先させるだけの脳はあるようだ。 洞窟内を氷で固めて温度を下げてやると、大蛇は自ら外へ出る動きを始める。 それに従い、セフィロスもすぐに後退を始め、は彼の後ろに控えつつ魔物の進路を氷系魔法で誘導した。 洞窟から50m程離れると、ようやくミドガズオルムの体が洞窟から全て出る。 生徒やソルジャーの顔は見えないが、唖然としている事は間違いないだろう。 既に頭を高く上げ、攻撃姿勢へ変わっている大蛇の全長は如何程のものか。 リヴァイアサンにも負けない大きさだ……と、暢気に考えていたは、此処で漸く剣を抜いて攻撃の姿勢をとった。 「、手加減はいらん」 「嬉しいお言葉ですが……一撃で仕留めても良いのですか?」 「やっぱり手加減しろ」 「でしょうね……」 さきほどからずっと補助ばかりしていたに向かい、大蛇が牙を剥いてくる。 その攻撃をさらりと交し、ついでに頭に軽く蹴りを入れたは、前方で戦闘を見守るソルジャー達にちらりと視線を向けた。 姿が見えないだけ離れた場所なら、が前に出て戦う事が出来るのだが、ソルジャーの視力が追いつかない場所となると更に此処から離れなければならなくなる。 それは言うまでも無く面倒な事なわけで、ならばやはりセフィロスにこの蛇の相手を一任すべきなのだが、そうなるとが彼と組んでいる意味が他人にはわからない。 どんな形であれ、一緒に戦っている理由を見せる必要があるのだ。 それもやはり面倒なのだが、わざわざまた洞窟から離れるよりは手間はかからないだろう。 と、彼女は、ふと彼の長い刀に目を止め、その刃が作る剣圧を目で追う。 「……セフィロス、面白い事をしてみましょうか……」 「……何だ?」 言うと同時に、は首を傾げたセフィロスの後ろにぴったりと付く。 怪訝な顔をして見下ろす彼の傍で、刀の柄にそっと触れた彼女は、微かに笑みをうかべながら何やらブツブツと言い始めた。 が言葉を続けるほどに、刀が少し重くなり、かと思えば、刀身の周りに冷気の靄が渦巻き始める。 彼女の世界には、普通の刀をアイスブランドにする魔法があるのか……。 属性がある敵ならかなり便利だと喜ぶものの、その後この剣は無事なのだろうかと、セフィロスは何とも形容し難い気持ちになった。 「魔法剣士の資質の有無と、使い手の腕次第では失敗しますが、貴方なら大丈夫でしょう」 その言葉は、本当に信用していいのか? 生まれてこの方ソルジャー一筋。 その魔法剣士とやらになった覚えが無いセフィロスは、刀の無事がかなり不安になる。 任務中の破損なのだから、会社に言えば新しいものを支給してもらえるが、同じものでも手に馴染むには時間がかかるのだ。 「ご安心を。失敗して技が貴方に返って来ても、私が防御しますので」 それは安心だが、お前は俺にどれだけ恐ろしい事をさせるつもりだ? 守ると言うからには、それは絶対なのだろうが、自分が失敗する可能性があるとはどういう意味か。 いや、悪い方向に考えるのはやめておこう。 普段使えない技を、今だけ特別に使えると思えばそれで良いのだ。 出来ない事を挑戦させるほど、彼女は目が悪い人間ではない。 「この位置から攻撃出来ます。一撃で頭を落としてください」 数歩離れた彼女を確認したセフィロスは、舌を鳴らせて威嚇する蛇へ視線を移す。 恐らく、この刃に絡む冷気が剣圧と共に吹っ飛んで行くのだろうが、魔物の首とセフィロスの距離は結構なものだ。 しかも、巨体のミドガルズオルムの胴体は、当然結構な太さがある。 とはいえ、が大丈夫と言うのなら、大丈夫なのだろう。 失敗しても、彼女が責任をもって尻拭いをしてくれると考えると、セフィロスは早速刀を振り上げた。 の行動に我が目を疑った事は何度もあるが、例に洩れず今回もそうだった。 予想していた通り、彼が刀を振った瞬間、刃に絡み付いていた冷気が剣圧と共に吹っ飛んでいく。 それは空中の水分を取り込んだのか、鋭利な氷の刃となり、大蛇の首を難なく斬りおとす。 が、問題はそこからだ。 崩れ落ちる大蛇の体は、が魔法で凍らせ、念押しのように最後の力を封じたのでいい。 それはいいのだが、大蛇の首を飛ばした巨大な氷の刃は、そのまま空に飛んでいき、やがて重力に従って落下していく。 その先には、戦いを傍観していた味方と、これから入るはずの洞窟の入り口があった。 「…………」 視線の先には、慌てて逃げ出す味方の姿。 洞窟入り口の上部に激突する氷の刃。 崩れる崖と落下する巨石。 爆風で吹っ飛ぶ味方。 巻き上がる砂煙。 「セフィロス………方向ぐらい考えてください」 俺のせいなのか。 威力を知っていれば、多少は考えて攻撃の方向を調整した。 そう思ったセフィロスだったが、それは単なる負け惜しみに思え、また、言ったところでどうしようもないので、何も言わない事にした。 遠くには、3分の2が塞がった洞窟の入り口と、ゆっくり起き上がる味方が見える。 その傍から、洞窟の上に刺さっていた氷の塊りが崩れ落ち、新たな落石と共にまた洞窟の入り口が狭くなった。 「……中は無事なのか?」 「ええ。入り口までは手を出せませんでしたが、中は風で保護しておきましたので、問題無く通れます」 「そうか」 なら良いか……。と、それ以上どうしようもない状況に、セフィロスは楽観的方向へ思考を切り替える。 不都合があるなら、後で軍が入り口をなおしにくるだろう。 そもそも、ソルジャーの任務で付近に被害が出るのは、さほど珍しい事ではない。 民間人に被害が出ているわけでもないのだから、怒られる可能性も低かった。 味方の無事を遠目に確認したセフィロスは、戻ろうかとへ振り向く。 だが、は剣を仕舞わないままの横を通り過ぎ、首が無い大蛇の体に近づいた。 剣の先で軽く死骸を突付いた彼女は、凍りついた大蛇の体に触れ、セフィロスへと目をやる。 「どうした?」 「これを……」 の傍に歩み寄った彼は、微かに首を傾げつつ、彼女が触れている場所を見る。 そこには、少し薄くなり掠れてはいるものの、大きな黒い文字で番号が刻まれている。 「先ほど倒した魔物にはありませんでしたが……この魔物は、管理されているものなのですか?」 「いや。そういう話は、聞いていない」 見るからに、科学部の実験体でしたと言う証拠に、セフィロスは小さく息をついて携帯を出す。 を避けさせ、数枚写真を撮った彼だったが、それがさほど有効に使えないだろうと感じていた。 皮を剥いで突き出す事が出来れば良いが、魔物の死骸は数時間もすれば塵になってしまう。 今とった写真も、作る気になればさほどの手間もかけずに作れるのだ。 科学部に事実を問い質しても、実験中の施設から逃げ出したと言い逃れられるのがオチだ。 此処にいるのも、帰巣本能があったのだと言われれば終わり。 何かできるとしても、管理不足の責任を問い、今回の任務にかかった諸費用を出されて終わりになるのがせいぜいか……。 1ソルジャーでしかない自分が突き出しても、事は上司と科学部の遣り取りになり、想像する通りの経過と結果をもって終るだろう。 だが、被害を被ったのがソルジャーだとしても、喧嘩を売られているのはセフィロス達個人だ。 「それは、どうなさるおつもりで?」 「ルーファウスにでもプレゼントしてやろう。使えるかどうかは分らんが…情報の一つとして持っていて損は無いだろう」 言いながら、セフィロスは写真を添付してルーファウスへのメールを打つ。 いきなりモンスターの死骸写真など送られては、気分を悪くするかもしれないが、セフィロスがそんな悪戯をする人間ではないとルーファウスは知っている。すぐに気付いてくれるだろう。 物の有効性は使う人間によって変わるものだ。 ならばこの不穏な証拠物件は、最も意地が悪く頭の回転が速い副社長様に預けるのが妥当だろう。 思わぬ戦利品と喜ぶか、価値の無いガラクタと考えられて終るか。彼がどんな判断をするかは分らないが、無闇にリスクを背負う事も時期を測り間違う事もしない男ないので、彼自身の事は心配せずとも良いだろう。 携帯を閉じ、洞窟の入り口へ目をやれば、無事落石から免れた味方が大ブーイングしている。 騒ぐのは無事な証拠だと考えると、セフィロスはモンスターの死体からアイテム探しをしているへ目をやった。 「目ぼしいものはあったか?」 「残念ながら、今……」 「どうした?」 「体に何か入っています」 砂石のように乾燥しはじめたモンスターの死体を触っていたは、大蛇の腹にある膨らみに気付き手を離す。 灰のように白く変わった皮膚は、見る間にボロボロと崩れ始め、その中から白い何かが出てくる。 眉を顰めるセフィロスに、はそっと彼を下がらせて剣を抜き、白い何かに刃を深く突き刺した。 「何だ?」 「…………」 首を傾げる彼に答えないまま、は突き刺した剣をグリグリと動かす。 やがて大蛇の肉体同様、白い何かもボロボロと崩れ始め、剣を突き刺した穴が広がると同時に中にあるものが現れた。 「これが女王だったようですね」 彼女の剣に貫かれているのは、子蛇の形にすらなれていない、歪な核のようなもの。 持ちえる知識でそれが何かは予想できるが、卵として産み落とされていないものの中身を見ただけでは……しかも、考える傍から干からびて崩れている物体を前にしただけでは、正体などすぐにわからないだろう。 「まだありますね……念の為、全部潰しておきましょう」 死骸の中に詰まっている卵を眺めると、は歩きながら魔物の腹に剣を突き刺していく。 はたから見れば無慈悲な行為だが、昨日今日の大量発生と任務の内容を考えると、後顧の憂いを徹底的に絶つ彼女の行動は正しい。 女性としては、進んでやるべき行動ではないだろうと思いつつ、しかしそれをする姿に全く違和感を与えないに、セフィロスはよくわからない感心をした。 「これで終最後です」 言って、彼女は大蛇の腹に最後の一突きを与え、剣を払う。 刃についた塵を布で拭い、鞘に戻すその姿を眺めていたセフィロスは、遠くで味方の傷を手当てしている女子生徒に目をやり、すぐにへと視線を戻した。 「どうしました?」 恐らくあの女子生徒が、普通の女の行動に近いものなのだろう。 献身的に手当てする事など殆どなく、やったとしても軽くボヤく程度の労力しか使わず魔法で直してしまう彼女に、アレを期待しても無駄だろう。 そもそも、彼女は怪我の手当てではなく、怪我をしない方向へ労力を注ぐ。戦闘なら、それが当然で一番的確だ。 「…………」 「セフィロス?」 期待に答えてくれる事があったとしても、パーティーを組んだ場合なら、相当強い敵が相手でなければまず不可能。 自分が怪我をする事も、まず不可能。 例えそんな事態になったとしても、実際は能天気に喜んでいられる状況ではないだろう。 間違いなく死活問題、絶体絶命の状況なのだ。心温まる余裕など皆無である事は、考えずとも分かる。 「何か、気になる事でも?」 「……いや、何でもない。…少し疲れただけだ」 任務の最中だというのに、平和ボケした妄想をする自分に溜息をつくと、セフィロスは首を傾げるを連れて仲間の元へ急いだ。 | ||
2009.12.08 Rika | ||
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