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「暇だな〜」 「おいザックス、サボるなよ?」 「あ〜、わかってるって」 隣で一緒に警護をしている同僚に注意されているのに、ザックスは怠惰な態度を崩さないままで返事をする。 肩を竦める同僚を横目でみやり、灰色の空を仰いだ彼は、大きく息を吐いて後ろを振り返った。 棘のような形の山々と、その合間から零れる淡い青緑色の光。 厚い雲の中で唸る雷鳴が、強い風の音に混じって聞こえるが、麓にある街の入り口にいては微かに聞こえる程度だった。 街の中央に建つ貯水塔の傍には、神羅のロゴが入った科学部の車が停まっている。 その更に奥には、まだ数台の車が停まっているのだが、ザックスが立つ場所からは見えなかった。 「何だってソルジャーが科学部の護衛なんかしなきゃならないんだよ……」 「上の命令だ。仕方ないさ。そうでもなきゃ、ニブルヘイムなんて田舎、来る事ないだろ?」 「可愛い子もいないのに、来たってなぁ……」 「もしいても、仕事中にナンパなんかするなよ?俺まで怒られるんだからな」 「はいはい……」 真面目に辺りを警戒する同僚に肩を落としつつ、ザックスは頭の後ろで手を組んでブラブラと歩き始める。 耳に届いた音にふと空を見上げると、遠くの空から近づいてくる1台のヘリが見えた。 「あの大きさ、運搬用か?荷物って、トラックで運ぶんじゃないのかよ?」 「さあな。俺は自分の仕事の事しか聞いてない」 機材の護衛かと思いきや、単に人間の護衛だったとは……。 実際仕事内容は変わらないのだが、だったら科学部も大所帯で動かなくてもいいだろうと、ザックスは内心ボヤく。 街の上を飛んで行ったヘリは、山の中に消えると、暫く経ってから大きなコンテナを吊って戻って来た。 「なあ、わざわざソルジャー使ってまで運ぶものって、何だろうな…」 「どうでもいいだろ。頭がいい奴が考える事なんて、どうせワケがわからない。科学部の奴らなら尚更だ」 確かにその通りだ。と、返しながら、ザックスは遠ざかっていくヘリを見つめる。 一体何を、何処へ運んでいくのか。 考えても分からない事と知っているが、目の前で大きな荷物が運ばれていけば、誰だってそう考えるだろう。 暇な時は、些細な事にだって好奇心が刺激されるものだ。 「おいザックス、ボーっとするなよ。仕事だ」 「あん?」 呼ばれて街の外を見れば、枯れ草の中に身を潜めるモンスターが見える。 近づいてくるでもなく、単に様子を伺っているようだが、これからこの街を出る事を考えれば、始末しておいた方が良いだろう。 丁度良い暇つぶしが出来たと、ザックスは剣を抜いて同僚と目配せすると、モンスターの方へ走り出す。 気付いたモンスターは、すぐさま仲間を呼び、草陰から数匹の同型モンスターが姿を現した。 「よかったなザックス。可愛い子がいっぱいだ」 「モテる男は辛いねえ」 からかいの言葉をかける同僚に、ニヤリと口の端を吊り上げると、ザックスは走る勢いを使って目の前のモンスターを切り裂く。 感心したように口笛を吹いた同僚に、ザックスは得意気に笑ってみせ、新たな敵に剣を振り下ろした。 Illusion sand − 90 封じられたのか、失ったのか。 時が経つほど判別は曖昧になり、残された現実だけを置き去りにしていく。 けれど、幾許かの曖昧さを拭えなかった現実も、言の葉に乗せることで、静かに彼女の中で一つの事実になった。 「………掻い摘めば、そういう事です。つまるところ、召喚獣を呼べなくなった事に変わりはありません」 「…………」 事の重大さに反し、サラリと説明したに、セフィロスはかけるべき言葉がわからなくなる。 声は若干沈んでいるものの、気まで塞いでいる様子のない彼女は、昨日の今日だというのに妙にスッキリした顔をしていた。 無理に平常心でいる様子も無いのだが、彼女と召喚獣との仲を考えると、その態度は解せない。 「お前は……自分で答えを出したという事か?」 「そう・・・なるでしょう。この世界での生活が、あまりにも居心地良すぎて、少々強欲になっていたのかもしれません。私は……自分の手の大きさも考えず、繋ぎとめようとしすぎたのでしょう」 「前にも言ったが…お前はもう少し欲を持った方がいい」 「溺れたくはないんです。それでは、本当に離したくないものまで手放してしまいかねない」 微かに苦笑いを浮かべて言うに、セフィロスは微かに目を細め、開きかけた口を閉ざす。 既に答えを出してしまった彼女に何を言ったところで、それは無粋な事でしかないと理解している。 だが、この類の事については、本当に必要最低限の欲しか持とうとせず、己を戒めすぎる節があるが相手では、口を出したくなるのも致し方ないだろう。 僅かに眉間の皺を深くしたセフィロスに、は笑みを零し、頬にかかった髪を払う。 彼の心中を半ば予想しつつ、どうしようかと考えたが、知恵を絞るよりも肩の力を抜く事を選んだ。 「正直に言えば……今回の事に付いて、私自身、何がなんだか分からないのが本音です。どうしたらいいのか、見当もつかない。八方塞がり……というやつでしょう」 笑みを浮かべて言ったに、セフィロスはその真意を探るように彼女を見つめる。 投げ出したといえば聞こえが悪いが、実際の選択はその通りだった。しかし、それ以外に方法が無いのだから仕方が無いのも事実。 手と目が届く範囲に打開策がないなら、足掻きようが無い。力でゴリ押しする方法は、昨夜既に失敗し、それに伴うリスクも身をもって知っている。 「私が本当に欲しいのは、一つだけです。それさえ失わなければ、他はどうとでもできる」 その態度とは対象に、覇気の薄れた姿が彼女の心中を如実に物語る。 彼女らしい結論だが、それは少々極論すぎるのではないかとセフィロスは思った。 裏を返せば、その欲しいものを失えば、全てがにとって無意味になるという事だ。 無意識なのか、あえて危うい橋を作る節がある彼女に、セフィロスは小さく溜息をつく。 何故こんな時まで、寄りかかろうとしないのか……。 言葉にしなかった思いは、今の彼女には追い討ちをかけるだけに思えて、彼は深く目を伏せるしかなかった。 「傍にいられなくて……すまなかった」 言って、セフィロスは彼女の頬に指で触れる。 一瞬だけ、の表情が強張り、けれど彼はそれに構わず彼女の頬を包んだ。 伝わる温かさが、静かに波立つ心を穏やかに静め、彼女の顔には自然と淡い笑みが浮かぶ。 抑えていたはずの感情も、隠していたはずの表情も、セフィロスはその指先一つで解きほぐしてしまう。 時に、自分ですら困難な事にも関わらず、彼にかかれば造作も無い。 「貴方が謝る事はない。……何も」 呟くように答えながら、彼女はそっと彼の手に触れる。 柔く握り返される感触に頬を緩め、しかしすぐにそれは微苦笑へと変わった。 打ちひしがれて甘える器用さは無く、泣いて縋る強さも無い。 それが出来る女だったら、彼もきっと楽だっただろうと思いながら、は静かに目を伏せた。 自分に出来るのは、求められるまま静かに感情を曝し、揺れ惑う心を静謐に繋ぎとめる事ぐらいだった。 それに触れる事を受け入れるのか、拒絶するのかさえ曖昧にしながら、セフィロスが傍らにある事を許し、求める。 踏み込んだ彼に、何も言わないまま、心の中で微かに背を預ける事が、精一杯で最大の甘えの形だった。 本当に、面倒な人間だと思う。 けれどセフィロスは、抱える思いは多いだろうに、それを伏せて柔らかな言葉を与えてくれるのだ。 それは心苦しく、申し訳ない事だったが、それ以上の何かを受け止める余裕は、今の彼女には無かった。 それを察しているからこそ、セフィロスはに何かを求める言葉を与えない。 自身、それを理解しているのだが、それ以上の事が出来ずにいる今の自分の心に、僅かばかりの歯がゆさも感じていた。 「……すみません」 「何故謝る?」 「私は、貴方に甘えてばかりいる」 「……覚えが無いな」 「貴方の存在に甘えている。……絶対だと……私の中で、貴方の存在こそが何より確かなもので、だからこそ私が在るのだと……貴方がいる限り、崩れる事は無いと、そう思っている」 「…………」 「愚かな事です。しかし覆せない。己の心すら意のままにならないのに…………それすらも、心地良い……」 「……」 遠ざけていた激情も、諦めと共に受け入れるしかなかった喪失感も……。隙間だらけになった心は、彼と過ごす僅かな時で緩やかに満たされていく。 静かに目を伏せて、温もりと共に伝わる鼓動に心を澄ませた彼女は、微かに引き寄せた彼の腕に従ってその胸に身を預けた。 「お前は……妙なところで素直じゃない」 「善処します」 「お前のその言葉は、あまりあてにならない」 「…そうですね」 溜息混じりに指摘され、は小さく笑みを零す。 ちらりと見えた窓の外は霧に包まれたままで、まだ時間が許される事に、彼女は小さく安堵した。 「セフィロス」 「……何だ?」 「………誓いを…もう一度」 「…あの長い言葉を、また言うのか?」 微かに笑いながら見下ろすセフィロスに、彼女は目を伏せながら彼の胸に頬を寄せる。 彼の手に指を絡め、その感触を確かめながら、静かにそこへ額を寄せた。 「貴方と共に在る」 驚き、僅かに目を見開いた彼に、はまっすぐ視線を重ねる。 額から離した彼の手を強く握り、自分の胸に引き寄せると、彼女は再び彼に身を預けて目を伏せた。 「…………」 「はい」 「…………それだけか?」 「……短すぎますか?」 「いや…………悪くない」 言って、彼は彼女の体を腕に包む。 前回が前回だけに、また長々恥かしい事を言われると思ったのだが、実際は予想以上に短かった。 少し構えていたので、軽く肩透かしを食らった気分だが、だからと言って長々誓われてもアレなので、黙っておく事にした。 ちらりと窓の外を見れば、徐々に明るくなってきた景色を、霧が風に流れてゆく。 もう少ししたら、出発の事を考えようか…。 そう考えながら、ふと何か視界の端で動くものを見つけ、セフィロスは何気なく部屋の入り口に目をやった。 「…………」 「や、やべっ!」 「見つかったぞ!」 「逃げろ!」 「…セフィロス、どうかしましたか?」 薄く開いた扉から、興味津々で覗いている、同僚達がいた。 目が合った瞬間、蜘蛛の子を散らすように逃げた彼らに、セフィロスの額に青筋が浮かぶ。 声を聞いて顔を上げたは、ちらりと扉の方を見たが、気にした様子もなくセフィロスと視線を合わせる。 「…………」 待て、何故お前が動じない? 一番慌ててもおかしくないはずのが、今の事を全く気にしていない事に、セフィロスはじっと彼女を見る。 声が聞こえていただろうに、何故こんなに普通に……いや待て。彼女なら、わざわざ視線を動かさずとも、奴らが部屋の戸を開けたときから気配でわかっていたはずだ。 わかっていたはずだ。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 ちょっと待て。 「」 「何です?」 「…あいつらに気付いていたか?」 「気付いていなかったんですか?」 「…………」 「最初頃から、窓の外から覗いていましたし、召喚獣の話が終わって少ししてからは、部屋の入り口から覗いていましたが……」 待て。 「話は聞こえていませんでしたし、こちらに来てからは秘密にするような話ではありませんでしたので…………セフィロス?」 固まっているセフィロスに、は首を傾げて彼を見上げる。 軽く目の前で手を振ってみるが、彼は自分を凝視したまま意識をどこかに飛ばしているようで、全く反応しなかった。 「先生、セフィロスさん、どうしたんスか?」 「さあ……私にもよくわからん」 午前8時。 幸いにも霧が晴れ、出発のためトラックに乗ろうとしたに、生徒が寄ってきて話しかけた。 その視線の先には、無表情・無言で部下をトラックに押し込むセフィロス。 部下達の扱いは悪いが、機嫌が悪いようでもなく、かと言って機嫌が良いようにも見えない。 とセフィロスが話をしている間、宿の裏で体を動かしていた生徒達は、何があったのかわからず、首を傾げるしかなかった。 「同僚に話を聞かれたのが、嫌だったのかもしれないが……」 「なに話してたんですか?」 「聞かれて困る話はしていないはずだ。何故ああなったのか、私もよくわからない」 「質問とかしづらいんっスよ。先生〜、何とかしてきて下さい。可愛い生徒からのお願いっスから」 「そう言われてもな…。私が言っても直らなかったんだ。放っておきなさい。質問は他のソルジャーにすればいい」 「……先生が言っても直らないって……ちょっと待って。本当に何話してたんスか?」 あれだけ機嫌がおかしくなるなら、よほどの事を立ち聞きされたのだろう。 本人は匙を投げたようだが、生徒の目線から見ても、は有り得ない場所で感覚がおかしい。 原因の一端になっていてもおかしくないと確信できた。 不審の目で見つめるカーフェイに、は少し考え、先ほどの会話を頭の中で反芻する。 思ったままの事実を言ったに過ぎないし、おかしな事を言ったならセフィロスが指摘するので、問題がある事は言っていないはずだ。 会話全てを教えるのも億劫で、ならばどう要約しようかと、はそのまま数秒考える。 「……別におかしな事は話していない。距離はあったし、会話は殆ど聞こえていなかったはずだ。気配に気付かなかったのが、悔しかったのかもしれないな」 「ふーん……」 「とはいえ、気にするほどの事ではないだろう。長い人生、話を盗み聞きされる事ぐらいある。湿地に着く頃には、彼の機嫌も治っているだろう」 「…………」 疑いの目を向けたままのカーフェイを無視し、は生徒達をトラックに乗せる。 湿地に着いてからの作戦は既に知らされているので、着いたらすぐに戦闘が始まるだろう。 ソルジャーが乗るトラックの中が、道中どんな事になるのかは知らないが、生憎にとって彼らの安否はどうでも良い事だった。 「」 呼ぶ声に振り向けば、少しトラックから離れた場所にいたセフィロスが手招きする。 もう復活したのかと思いつつセフィロスの元へ行っただったが、横目で同僚達を睨む彼に内心苦笑いを零す。 「頼みがある」 「私に出来る事でしたら……」 腰を屈め、声を抑えて言う彼に、も同じように声を返す。 そっと顔を近づけた彼に、差し出すように耳を向けると、昨夜の戦況と今日の作戦について説明された。 「普通に戦ったところで、今日湿地を越えるのは無理だろう」 「私は何をすれば?」 出発準備前、全員に知らせた作戦では不足があると、も十分理解していた。 何かしら頼まれる事を予測していたので、彼女は驚く事も無く、彼に言葉を返す。 話が早い彼女に、セフィロスは微かに笑みを浮かべると、彼女の耳へ『個人的な頼み事』を囁いた。 「…これで進めないようなら、予定通りミッドガルに引き返す事になる」 「善処しましょう。……程ほどに、ではありますが」 「それでいい」 頷いた彼に笑みを返し、は生徒達が乗るトラックへ向かう。 歩きながら、ふと、彼と共に戦うのは今回が初めてだと気付き、彼女は微かに頬を緩めた。 面と向かって、戦う力を借りたいと言われたのも、きっと初めてだろう。 考えれば、自然と緩んでしまう頬に気付き、は気を引き締める。 ニヤニヤしている生徒達の視線を軽く流し、荷台の中に乗り込むと、トラックは黒煙を吐いて動き始めた。 | ||
2009.11.28 Rika | ||
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