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「先生〜、この湿地、今日中に越えれると思うー?」 「無理だろうな」 「だよねー。大量って言うから心構えはしてたけどさー、これ異常じゃなーい?」 「ああ。カームの宿屋で聞いた話は、本当だったようだな…」 大蛇を相手に、懸命に戦うソルジャー達を眺めながら、はガイと暢気な会話をする。 目の前に広がる広大な湿地は、地を埋め尽くさんばかりのミドガルズオルムで溢れていた。 懸命に戦うソルジャー達とは対照に、達は加勢するでもなく、ただ彼らの戦いを見学する。 中にはこちらに目掛けて突っ込んでくる魔物もいるが、生徒達はが魔法で作った氷の壁の中。 近づいた瞬間、流れてくる冷気に当てられ、文字通り尻尾を巻いて逃げていった。 既に空は茜に染まり、夜の闇が訪れ始めている。 今頃はコンドルフォートの魔光炉に着いている予定だったが、この分では明日にならなければ山を抜ける洞窟にすら着けないだろう。 野宿するにしても、食料が無い。 久しぶりに狩りでもしなければならないだろうかと考えていると、最前線にいたセフィロスがやってくるのが見えた。 「お疲れ様です」 「ああ。こちらはまだ時間がかかる。お前達はチョコボファームで待機していろ。0時を過ぎても連絡が来なかったら、そのままそこに泊まれ。」 「了解致しました。では」 「気をつけて行け」 やはりそうなったか…と、暢気に考えながら、はセフィロスに礼をする。 『チョコボ』という言葉にウキウキする心を抑えつつ、士官学校一行はチョコボファームを目指した。 Illusion sand − 87 「さん、そんなに落ち込むなって…」 「落ち込んでなどいない。驚いただけだ…」 「………そっか」 チョコボファームの宿。 静かに食事する生徒達は、もくもくとパンを口に運ぶを、アーサーは哀れむように見る。 彼の視線を無視し、スープを口に運んだ彼女の額には、赤く大きな嘴の跡がついていた。 生徒達がチョコボファームに着いたのは一時間前。 牧場主に事情を説明し、夕食までの時間を潰す事にした生徒達は、殆どがチョコボを見に行った。 時間を持て余したも、当然のようにチョコボを見に行き、久しぶりに見たその姿に密かに胸を躍らせていたものだ。 独特の匂いも、フワフワの尻も、大きな嘴も。 何処をとっても、生まれた世界のチョコボと変わりなく、懐かしさと嬉しさを感じた。 チョコボ…という生き物に、何か忘れているような気がしたが、興奮の方が大きくて気にしなかった。 柵の傍にいたアレンに餌を分けて貰ったが、寄ってきたチョコボにそれをやろうと思うのは当然だろう。 だが、悲劇は予期せず訪れる。 「うわぁぁぁぁ!!」 「ぉぉぉぉおお!?」 突然牧場に響いたアレンとジョヴァンニの悲鳴に、外にいた生徒達が一斉に振り向く。 宿の中にいたロベルト、アーサー、ユージンも、何事かと武器を持って外へ出た。 「…は…?」 「…先生……」 「…何だ……ありゃぁ………」 驚きに呆然とする3人の目には、真っ青な顔をするアレン。 必死にチョコボの頭を掴むジョヴァンニ。 そして、チョコボに頭をかじられて固まるの姿があった。 差し出されたままの餌は、横から顔を出した別のチョコボがガツガツ食べている。 「さん…!」 「先生、何やってるんですか!?」 「…………」 助けに向かったアーサーとロベルトは、アレン達と一緒にからチョコボを引き剥がそうとする。 1人その場に残ったユージンは、目の前で起きている珍騒動を呆れた顔で眺め、すぐに興味を失って中に戻った。 結局、騒ぎを聞きつけた牧場主がチョコボを鞭で叩き、漸くは解放された。 大人しい子なのにと不思議がる牧場主に謝られながら、頭を唾液だらけにされたは一足先に風呂に入る。 上がる頃には食事が出来、生徒達もテーブルについていた。 だが、椅子に腰を下ろしたの額には、クッキリと残る嘴の跡。 見事噴出した生徒、必死に笑いを堪える生徒、同情の瞳を向ける生徒、心配そうに見る生徒、無関心の生徒。 子供達の様々な反応を見ても、予想通りとしか思わないは、気にせず食事を始める。 だが、その姿が更に彼らの笑いを誘う。 の口からポツリと漏れた「チョコボは好きなんだが…」という言葉に、生徒達の半分がテーブルから離れて笑い声を上げた。 漸く落ち着いて会話を始めた生徒達だったが、視線はどうしてもの額に行く。 チョコボに突付かれたり、蹴飛ばされる話は聞いた事があるが、ガブリと噛り付かれるだなんて聞いた事が無い。 まして、その光景を目撃する事になろうとは…。予想外すぎる光景は、かなり衝撃だった。 種類は違うが、衝撃を受けたのはも一緒で、此処に着いた時より元気が無い。 そのあまりにショボくれた様子に、流石の生徒達も笑うのをやめて…いるが、やはり視線は嘴の跡に向かっていた。 「いつ連絡が来るかわからん。全員、いつでも出れるよう準備しておくように」 食事が終ると、はそう言って出て行こうとする。 が、ドアのガラスに映った黄色い影に、彼女はゆっくりノブから手を離して、部屋の隅に移動した。 「…ドアの外に…何かいるんだが…」 心なしか怯えた顔で言うに、牧場主は目を丸くしてドアを見る。 そこにある大きな黄色い影に、彼は声を上げて驚くと、慌ててを家の奥に連れて行った。 「…なあアレン、あれ、先生の頭齧ったチョコボじゃねえかあ?」 「さあ。硝子越しだし、僕はチョコボの区別とかつかないから、わからないよ」 ジョヴァンニとアレンの会話に、生徒達はドアの向こうの影をじっと見る。 バタバタと戻って来た牧場主は、奥へ続く扉を閉じると、ドアを開けてチョコボを連れて行った。 「…何故だ…」 宿の寝室に連れて行かれたは、ベッドに座りながら一人ごちる。 チョコボに齧られた瞬間、何故か懐かしいような気がしたのだが、それに繋がる記憶は思い出せなかった。 鳥型モンスターに攻撃された時の記憶だろうと適当に片付け、彼女はベッドの上に寝転がる。 だが、窓の外から聞こえるチョコボの鳴き声が、気持ちを落ち着かせてくれない。 もしかすると、自分にも恐いものが出来たのかもしれない。 早速後でセフィロスに報告しようと思いながら、は額に出来た嘴の跡を抑えた。 そんなに強く齧られていた気はしなかったのに、すぐに消えるかと思った跡は、一時間経っても残ったまま。 まさかずっとこのままという事は無いだろうが、万が一という事もある。 念のためと思いながら、は額にケアルをかける。 刹那、僅かに視界が揺らいだ気がして、次の瞬間頭の奥が疼き出した。 まさか脳にダメージを食らっていたのか? 恐るべしチョコボ…だが、それでこそ、私が恐れるに値する生き物だ。 素晴らしい。 そんな妙な感動をしつつ、は魔法を強める。 疼きは薄れ、だがその代わりに、何だか覚えがある痛みを感じた。 耳の奥はざわめき、遠い場所で耳鳴りがする。 なぜ今この現象が起こるのだと思いながら、は溜息をついて目を閉じた。 休みたいだけなのに、ざわめきは大きくなって脳に響いてくる。 聞き取ろうかと思ってみても、それらは理解できない言葉ばかりで、彼女はすぐに諦めた。 騒ぎ立てる音は、追い払おうにも執拗で、は溜息をついて目を開ける。 気だるげに身体を起こし、頭を振って眉間を押さえると、音は徐々に遠のいていった。 「…何なんだ…」 訳がわからん、と大きく溜息をついたは、何気なく窓の外を見る。 「……何故だ……」 窓の外には、黄色い毛をフワフワ風に揺らしながら、じっとこちらを見つめるチョコボがいた。 鳴きもせず、じっと見つめる青い瞳に、は眉間に皺を寄せながら暫く見つめ合う。 「せぇ〜んせ、い…まぁぁぁああああ!?」 「ガイ、どう…ぅぁああああ!!」 元気よくドアを開けたガイは、窓ガラス越しに見つめあうとチョコボに悲鳴を上げた。 次いで顔を出したカーフェイも、その姿に驚いて叫ぶ。 二人の悲鳴に、チョコボはクルッと彼らの方を向き、ガイとカーフェイはビクリと肩を震わせた。 だが、チョコボは数秒彼らを見ると、すぐにへ視線を戻す。 完全に戦闘態勢に入りつつ、相手の出方を見る彼女に、チョコボは小さく鳴き声を上げると何処かへ歩いて行ってしまった。 「………二人とも、何の用だ?」 「いや、何の用って…」 「遊びに…来たんスけど…」 何事も無かったかのように声をかけてきたに、二人は呆気に取られつつ答える。 少し距離があるせいか、彼女の顔が僅かに強張っている事には気づいていないようだ。 このまま部屋にいる気にもなれず、ならば少し遊んでやろうと、は剣を取ってベッドから出る。 「で、何をして遊ぶ?」 「やった!俺ね、花札持って来たんだ〜」 「俺花札わかんねぇなぁ。トランプならあっけど」 「花…?とかいうのは分らないが、…カーフェイの『虎風』とかというのは楽しそうだな。少し違うかもしれないが、私もバーサーカーのジョブは持っているぞ」 「バーサーカー?」 「何すかソレ?」 「常にバーサク状態になるのだ。制御はきかないが、その分攻撃力はある」 「………え…」 「バ…バーサクって…」 「他にも、魔獣使いや魔道剣士、風水士、侍、忍者…色々あるぞ。見ているだけでも楽しめるし、良い勉強になるだろう」 「…ど……」 「…どうも……」 ふわりと優しく微笑みかけるに、ガイとカーフェイは引き攣った笑みを返しながら目で会話する。 これは命がけの遊びになるかもしれない。 というか、何故カードゲームを誘って、職業だか戦闘スタイルだかの話になるのだろう。 並べられたジョブの名と数に、二人は本当にこの人は何者なんだろうと思いながら、大人しく後をついて行った。 「ギャァァァ!!」 「ガ、ガイーー!」 牧場の裏手から聞こえた少年二人の悲鳴に、チョコボと戯れていたアレン達は顔を上げる。 周りにいた面子も、何だろうと顔を見合わせると、足早に牧場の裏へ向かった。 「防御姿勢のまま動くなと言っただろう」 「無理!無理無理無理!」 そこにいたのは、剣を手に呆れた顔をすると、地面に倒れて真っ青な顔をするガイ。 彼に寄り添って同じく青い顔をするカーフェイと、牧場の裏口辺りに立っているアーサー、ロベルト、ユージンだった。 「見たいと言ったのはお前だろう。何を今更…」 「だってもっと色っぽい踊りだと思ったんだもーん!」 「そうっスよ!だって踊り子なんでしょ!?だったらこう、フェロモンたっぷりの誘惑視線とかあってもいいじゃないっスか!今だけでもメロメロにしてくれたって良いじゃないですか!!」 「馬鹿者。お前たちを誘惑してどうする。せっかく珍しいものを見せてやっているのだ。見逃しては勿体無いだろう」 「うわーん!詐欺だぁああ!!」 「期待してたのに…あんまりだ!俺達の喜び返してくださいよー!」 わんわん叫ぶ二人の言葉に、アレンは心底呆れた顔をしながらアーサー達の元へ行く。 ぞろぞろとやってきた友人達に、3人はちらりと顔を向けると、小さく溜息をついて達へ視線を戻した。 「ロベルト、何があったんだあ?」 話しかけてきたジョヴァンニに、ロベルトは苦笑を浮かべながら振り向く。 「ガイ達が、先生を遊びに誘ってね。そしたら、珍しい物を見せてくれるって言って…」 「何見せたんだぁ?」 「先生が踊り子やってたって話したら、二人が踊ってほしいって言って、剣の舞っていうのを…ね」 「お、踊り子ぉ!?」 ロベルトの言葉に、ジョヴァンニは勿論、アレンも他の面子も驚いてを見る。 あの真面目に頓珍漢で鬼のように厳しい先生に、情け程度に部分を隠すあられもない姿で踊っていた過去が…! 容易に想像出来ない姿は、それぞれの脳内で複雑に形成されていく。 だが、舞台の上で可憐に舞うの姿は、容姿と雰囲気故か、即行でお子様には見せられない淫らな舞い姿となった。 「悪くねえかもしんねえ…」 だらしなく鼻の下を伸ばしてニヤケるジョヴァンニに、ロベルトは小さく笑いながら、こちらへ歩いてくるガイとカーフェイを見る。 かわいそうに、二人は儚げな笑みを浮かべながら、肩を寄せ合っていた。 その後ろから、やれやれといった顔をするが、ゆっくりと後を追ってくる。 「多分、ジョヴァンニが想像してる踊り子と、実際の先生の踊りは全然違うと思うよ」 「え?だってよ、踊り子の踊りつったら、こう…腰振って、胸揺らして、ムラムラ来るような…アレだろ?」 「うーん…むしろ、雄雄しくて猛々しかった…かな…。本当、剣の舞って感じで…凄い攻撃だったよ」 「…こ…?」 「下手に近づいたら、本当に死ぬと思うよ?」 「…………」 どんな踊りだそれ…。 ポカーンとするジョヴァンニの傍で、ロベルトの言葉を聞いたディーン達も同じような顔をする。 雄雄しいだの猛々しいだの言われても、どういう踊りかは想像出来ない。 だが、踊り手がだと思うと、それも納得出来てしまうから不思議な事だ。 本当に死ぬという言葉に、恐い気もするのだが、見てみたいという気持ちも強くなる。 しかし、誰が相手をするのかと考えると、皆が皆、自分は嫌だと思っていた。 「全員、来ていたのか」 「先生、先生の踊り、俺達も見てえ!」 「…構わないが…誰が相手をする?」 「俺は嫌だ!」 「俺も!」 「俺も!」 「僕もヤだ」 「私も絶対にイヤ」 「……相手がいないのであれば、見せられないな」 見たいと言っておきながら全力で拒否する生徒に、は少し呆れた声で言う。 では…とアーサー達の方を見てみるが、既に剣の舞を見ている彼らは、即座に顔を背けた。 どうしようかとカーフェイの顔を見れば、彼は真っ青な顔でブンブンと首を横に振る。 ガイなど少し離れた場所にしゃがみ込み、背を向けて耳まで塞いでいた。 …無理だな。 「大分冷えてきた。皆、そろそろ中に……」 「あー、いたいた!お客さん達、ここだったんですね!」 入れと言おうとした瞬間、牧場主が裏口を開けた。 彼女達の姿を確認した牧場主は、全員いるかを確認しないまでも、安堵したように息をつく。 「神羅のソルジャーさんがいらしてます。連絡があるそうですよ。今、表にいます」 「わかりました。全員、中に入りなさい」 もうあの蛇の大群を始末したのだろうか。 思っていたより早いと感心しながら、は生徒達を中に入れる。 テーブルについた彼らの横を通り、表へ続く扉を開けたは、トラックの前に立っている1人のソルジャーを見た。 「討伐が完了したのですね?」 「いえ、まだです」 「…と、申しますと?」 「ソルジャー部隊は、負傷者多数のため、これより5分後にチョコボファームへ撤退。1stソルジャーセフィロスを除く全員が、こちらへ戻って参ります」 ソルジャーの言葉に、は微かに眉を動かす。 余程味方が邪魔だったか、それとも切羽詰まっているか。どちらも彼にしては考えにくい事だった。 全員撤退するなら分かるが、彼1人残る理由がわからない。 よもや自己犠牲などするはずもないだろう。それぐらいなら、素直に救援を求める頭はある人だ。 納得しかねる報告に、は目の前のソルジャーを探るように見る。 一瞬、科学部の回し者かと考えたが、彼の顔は少しだけ見覚えがあった。 と言っても、流石に名前までは知らないが…。 ジュノンやミッドガル、ミディールと、事ある毎にソルジャーとは関わっているので、その中にでもいたのだろう。 「随分と…無茶苦茶な指示ですねぇ…。セフィロスの言葉とは信じ難い…」 「はあ…足手まといとの事で…」 「それはまた…。酷い人ですね…」 「そうですね。我々も、ちょっと傷つきました」 「敵の様子は?」 「変わりませんよ。倒してもキリが無いと言いますか…。ですから、セフィロスが1人残した方が、思いっきり戦えるでしょう」 「……なるほど」 確かにその通りだが、やはり何か腑に落ちない。 余程味方が足を引っ張るなら…セフィロスの身が危険に晒されるほど邪魔でなければ、こんな事を言わないだろう。 まさか、本当にそれぐらい邪魔だったわけではあるまい…。 だが、セフィロスとの直接の連絡手段が無い今、あのソルジャーの言葉の真偽を確認する事は不可能だった。 身軽な状態なら、深く考えずに突っ込んで、彼らに見えない場所から手を貸すことも出来る。 しかし、今の自分は生徒の身を守らなければならないし、セフィロスにも部下がいるのだ。 易々とは動けるわけがない。 「敵の数は、それほどソルジャー側にとって予想外だったのですか?」 「…恥ずかしながら、その通りです。過去の大量発生であっても、此処まで多くはありませんでしたから…」 「情報収集はしていたのでしょう?」 「ええ。ですが…どうやら、急激に増えたのはここ数日の間らしく…」 「そうですか…それは仕方ありませんね。お疲れ様でした」 「あ、いえ」 それはつまり、ツメが甘かったという事だろうと思いながら、は人受けがいい笑みを浮かべて労いの言葉をかける。 たった数日で状況が変わったにしても、あそこまで大量に蛇がいれば話ぐらい聞くだろうに…。 彼女の心中など知らないソルジャーは、微かに頬を染めて、慌てたように頭を下げた。 納得出来ないことばかりで、どうも気持ち悪い感じがする。 もしや、セフィロスはこの状況を予想していながら、部下に情報を与えなかったのか。 カームで抗議した時、彼は聞いていると言っていたし、別段驚いた様子も見せなかった。 驚いていたのは、自分が少し怒っていた事に対してだ。 しかし、もし本当にセフィロスがこの状況を作ったのだとして、彼に何の利があるのだろう。 段々と暗雲が広がる心を表情に出さないまま、は他に報告は無いのかと、ソルジャーを見た。 「彼から、他に指示は?」 「いえ。ですが、・殿には、セフィロスより伝言を預かっております」 「伝言?」 「はい。そのー…『寒々しい女王様を歓迎する』と」 「………それだけですか?」 「え?はい」 「…………わかりました。先に中へお入り下さい」 中に入って行ったソルジャーを見送ると、は大きく溜息をついた。 伝言の中に、が一連の指示を納得する為に必要な言葉は無い。 もしも、セフィロスが「そっちを頼む」だとか、「安全を確保しつつ待機」とでも言えば、彼が1人残るという事にも納得できるのだが…。 言わずとも分ってもらえると考えたのか、それとも、元々そんなつもりはないのか。 ハッキリ言って、セフィロスの事を心配などしていないが、あえて言うという事は手助けしてほしいという事だろう。 寒々しい女王とは、恐らくシヴァの事だろうが、いくらなんでもその言い方はどうなのか。 妙な言い回しのおかげで、伝言を頼まれたソルジャーもわけがわからない顔をしていたが…。 本人が知ったら、ミドガルズオルムより先にセフィロスを氷漬けにしてしまうだろう。 もしかして、味方か誰かのコンフュでも食らったのだろうか。 そうすれば、この妙な指示や伝言にも納得がいく。 「…フッ…。まさか」 一瞬、「なるほど。そういう事か!」と納得しかけた自分に、は思わず鼻で笑った。 もし本当にセフィロスが混乱状態だったら、伝言どころかソルジャー部隊が壊滅していてもおかしくない。 彼にエスナをかける余裕も、殴って正気に戻す力も、彼の部下達には無いだろう。 精神力でカバーしていたとしても、それはもはや根性を通り越して執念に近い。殺しても、タダでは死なないようなものだ。 となると、シヴァに話があるか、単に自分が召喚した召喚獣と戦いたいだけか。 とりあえず、前者は無いだろう。 話したいのなら、こんな時ではなく、家にいる時にでも頼めばいい。 後者は、まるで夢見る少年のような考えだが、強ち否定は出来ない。 召喚獣は術者の魔力によってその力が変わる。 強力な召喚獣の力を見た事があるなら、共に戦い、又は刃を交えたいと思ってしまうのも頷ける。 けれど… そんな興味本位で、彼が軽はずみな行動をするとは考え難い。 となれば、純粋に助力を求めているという答えに行き着くが…。 「後で聞くか…」 1人で考えていても仕方が無い。 ソルジャーも関わっているとはいえ、ただの学校行事で何故こんな問題が起きるのか。 いっそ湿地を諦めて、船で海岸を沿って行ったほうが良いのではないかと思ってしまう。 ただ、ソルジャーの目的がミドガルズオルムの討伐なので、それは不可能な願いだが…。 わざわざ伝言で言うのだから、とりあえずシヴァを行かせ、様子を見させても良いだろう。 自分で召喚すればいいのにと思いながら、は建物の影に行く。 召喚する間は、通常それだけに集中して他の事は出来ない。 部下に召喚させても良いが、そうしないという事は、の力を反映する強力な召喚獣の力が必要という事だろう。 特に用が無かったので、召喚獣を出すのは、実習旅行の時以来だ。 沙汰も無くいたのは失礼かもしれないが、こちらの魔力が通常なのだから、向こうも無事を知っているだろう。 丁度窓が無い場所まで行くと、は自分の回りにある魔力を探る。 大樹の枝のように幾多に分かれる感覚の中、慣れた道を辿るように彼女を呼び出す扉を目指す。 一瞬で辿り終える道は、本来言の葉に乗せて紡がねばならない呪文があるが、がそれを省略できてしまうのは今更の話だ。 語りかける魔力の波動が召喚獣に届き、互いの魔力が交わる事で、初めて召喚獣は目の前に現れる。 これまでの彼らの行動を考えると、どうやらあちらは好き勝手に出てくる事も出来るようだ。 だが、あまり長居し無い事を考えると何かしらの制約はあるのだろう。 恐らく、魔力を込めた言霊は、こちらから彼女達が存在する場所を開く為の、鍵を作る肯定に過ぎない。 しかも使い捨ての鍵な上、そこに込めた魔力の殆どは召喚獣の餌となる。 何だかんだと考え事をし、集中力を乱していても練成する魔力を誤りはしない。 今でこそあまり呼び出すことも無いが、昔は事ある毎に彼らを呼び出して共に戦っていたのだ。 もう、感覚が覚えてしまっている。 今回も、はいつもと同じように、召喚獣を呼ぶために魔力を注ぐ。 だが、不意に感じた耳鳴りと同時に、自分と、その周りにある空間…否、自分を囲むこの世界に、奇妙な違和感を覚えた。 広い世界に感じる開放感と、自分を囲むこの世界の圧迫感。 いつもとは違うそれに、は微かに眉を潜め、澄ませた感覚の中に僅かな耳鳴りを感じた。 同時に、シヴァを呼び出す為の扉の前に、正体のわからない壁を感じ、の魔力を阻んでしまう。 彼女の意思ではない…と。 漠然と感じながら壁を探れば、やはりそれにシヴァの力は感じない。 代わりに、強くなった耳鳴りが脳に痛みを与え始めた。 「…っ…」 耐えられない程の痛みではない。疼きが僅かに強くなった程度だ。 だが、シヴァを呼ぶための扉に、手が届かなくなった事だけはわかった。 魔力を解き、同時に消えた頭痛と耳鳴りに、は軽く頭を振る。 「……星の意思…か…」 自分に影響を与える力の存在など、二つしかない。 次元の狭間と生まれた世界の力か、この世界・この星の力。 前者は、最終的に帰ってくればそれでいいと納得したのか、命の灯火が消える時ぐらいしか顔を出さない。 此処が違う世界だからか、滅多に干渉もしてこない。 だが後者は、事ある毎に口出ししてくるし、味方にしようとしていると思えば、掌を返して敵視してくる。 口出ししてくる割りに、接触は強制的だわ、頭痛やら耳鳴りやらをプレゼントしてくれるのだ。 シヴァ召喚を阻むのも、耳鳴りがした事を考えると、恐らくこの世界と、星の仕業なのだろう。 何が悪いのかも、どうすれば良いのかも言わず、何の理由があるのかも教えないまま敵視妨害するとは…。 「意味がわからんな…」 例のジェ何とかを倒してほしいのなら、この世界に置いてくれている恩で引き受けるつもりでいる。 だが、「倒して欲しい奴がいる」の一言だけで放置し、よくわからないままに「お前は敵だ」というのは、いくらなんでもあんまりだろう。 仕事をしている手前、以前のように精神体で接触して何ヶ月も寝ているわけにもいかない。 そんな隙を作れば、科学部に漬け込まれるのは目に見えているのだ。 星にとっては大勢の中の1人なのかもしれないが、1人にもかならず事情や生活というものがある。 「ちゃんと言ってくれなければ、私はお前の意思なんぞ分らんぞ」 聞こえているかどうかなど定かではないが、はとりあえず地面に向かって不満そうに言ってみる。 これで又耳鳴りやら頭痛やらで攻撃してくるなら、大地の裂け目でもプレゼントしてやろうかと思ったが、星からの反応は無かった。 やれやれと溜息をついて、は長く口にしていなかった言葉を思い出す。 否応無しに威力が上がるが、仕方ないだろうと思いつつ、彼女はシヴァ召喚の為の呪文を唱えた。 魔力を注いだ言の葉が紡がれる度に、敏感な草木がざわめき始める。 徐々に構築されていく魔法は、この世界に無い理の上にある。 しかし、この世界の召喚との違いは、最終目的地である召喚につく為の道が違うだけの事でしかなかった。 魔道書を読み、魔道の基礎から理解している分、一つ一つの工程に魔力が込められる。 お手軽簡単ほぼ全自動で魔法がつかえるマテリアとの違いは、そこにあるのかもしれない。 まあ、そんな事はどうでもいいだろうと思いながら、はゆっくりと魔力を組み立てていく。 唇から出る言葉は、生まれた世界の古代語だった。 4柱のクリスタルへの感謝、加護と慈悲を請う言葉に、胸にあるクリスタルが僅かに熱を持つ。 紡ぎ続ける呪文の中、微かにシヴァの魔力が返って来るのを感じた。 だが、本来感じるはずの力に比べると、それは余りにも微弱なもの。 ともすれば、見逃しそうな程に小さくはあったが、そこには常に無い強いものを感じた。 彼女もまた、答えようと必死なのだろう。 それを感じながら、何故今、シヴァがそれ程必死になるのだろうと、漠然と考えていた。 最後の扉を阻む力を感じながら、は最後の言葉を唱えようとする。 だが、途端、痛みを感じるほどの耳鳴りが彼女を襲い、は驚いて目を見開く。 途切れそうになった言葉を続けても、耳鳴りに触発されたように頭痛が襲ってくる。 痛みを押さえ込んだ彼女の声は、低く、掠れながら異世界の言葉を続ける。 耳鳴りに掻き消される自分の声が、本当に正しい言葉を唱えられているかもわからなかった。 けれど、確かに構築されていく魔力が、紡ぐ言葉が正しいと教えてくれる。 一気に全身に浮かんだ汗とは対照に、の顔からは血の気が失せ、唇も紫色に変わっていた。 けれど、気を失う程ではない。 まだ耐えられる痛みだ。 言い聞かせるが、呪文を言い終えた途端、目の前の景色が歪む。 慌てて壁に手をつき、乱れた息に肩を上下させるが、視界はぐるぐると回って平衡感覚を狂わせた。 後は、シヴァの名を呼ぶだけ。 そう思っているのに、乾いた喉が張り付いて上手く声が出ない。 咳と共に押しあがってくる吐き気を押さえ、震える唇で息をしながら、はきつく目を閉じる。 組み立てた魔力が揺らいでいない事に、僅かに安堵を覚え、彼女は大きく息を吐いた。 僅かに緩んだ耳鳴りと痛みに、ゆっくりと瞼を開ける。 浮かんでいた汗が雫になってこめかみを伝った。 呼吸を整え、大きく息を吸った瞬間、彼女の意図を知ったように、再び痛みが強くなった。 常人なら、とっくに頭を抱えてのた打ち回っているだろう。 よくもここまでやってくれたものだ。 朦朧としてくる意識の中、は半ば感心すらしながら口を開く。 だが、名を呼ぼうとする声は、耳鳴りでも、痛みでもなく、脳に響いた悲鳴のような叫びに阻まれた。 『もう止めよ!!』 シヴァが、声を荒げる事があるとは…。 意外な事があるものだと思った瞬間、構築していた魔力が一気に崩れていく。 彼女の声に従うように、召喚の意思をやめると、痛みも耳鳴りも嘘のように掻き消えていった。 楽になった体から、一気に力が抜けて、は壁にもたれかかる。 ずるずると壁を擦りながら腰を落とし、震える掌を眺めた。 行き場の無くなった魔力は、ゆらゆらと彼女が立っていた場所を漂っている。 例えるなら、炎に歪んだ景色。或いは、水底から眺めた水面の揺らぎ。 色も無く、風に消える事も無いそれは、自然に消えるにはかなりの時間を要するだろう。 普通、魔力は目で見る事など出来ない。 目に見えるほどの魔力となれば、発動する瞬間に見える程度だ。 目の前にあるこれは、普通の人間には到底使いこなせないほどに強い。 その気になれば、吸収して、消してしまう事も出来る。 だが、星の力の影響を受けながら出したそれを、再び手に戻す気にはなれなかった。 一気に疲労した体と精神に、は大きく息を吐いて目を伏せる。 草原を揺らす風が、頬に浮いた汗を乾かし、冷たくなった体を余計に冷えさせるようだった。 「シヴァ…」 名を呼んでも、彼女は何の返事もしない。 小さく息を吐いたは、ゆっくりと瞼を伏せ、腰に下げた剣を取った。 鞘に入れたまま、地面に立てるように剣を見る。 柄に施された装飾の中央。赤く透明な石に刻まれる文様を眺め、同じ色の瞳をした獣の姿を脳裏に描いた。 「イフリート」 やはり、彼が答える言葉も聞こえなかった。 目を閉じて、は思い浮かぶままに彼らの名を呼ぶ。 ラムウ、オーディン、フェニックス、バハムート、リヴァイアサン。 最後にシルドラの名を呼び、彼らから何一つ反応が無い事を知ると、は天を仰いで大きく息を吐いた。 「封じられたか…」 彼らではなく、彼らを呼び出す為の力を。 一体いつからだったのか。 この世界に来てから、彼らは勝手に出てくる事もしばしばだったので、最後の召喚の記憶は曖昧だ。 けれど、一つだけ納得した事がある。 実習旅行の折、この世界に戻ってきて、僅かに感じた違和感。 あの時にあった、何かを失った感触は、きっとこれだったのだろう。 魔法や技まで封じられていないのが、せめてもの救いか。 しかし、彼らを失ってしまったというのは、正直少々痛かった。 昔の自分を知る者、薄れた記憶の断片を知る者は、もう傍にいない。 それでも生きていけるのはわかっているが、のんびり昔話が出来ないのは、少しだけ寂しい気がした。 失ってしまったものは仕方が無い、と…。 割り切ってしまうには、彼らとの仲はあまりに深すぎた。 いつか、また会う事も出来るだろう。 自分が召喚出来なくとも、セフィロスが召喚マテリアを手に入れてくれれば、彼に召喚してもらう事も可能だ。 「心配するな……私は平気だ」 届くかどうか分からない言葉をかけて、は静かに目を伏せる。 漂う魔力が風のように頬を撫で、そこに感じた星の力の欠片に、気だるい腕を持ち上げて頬を拭った。 耳には、先程の耳鳴りの代わりに、草を揺らす風の音が届く。 家の中から聞こえる生徒達の話し声と、遠くから聞こえる野犬の遠吠え、段々と近づいてくるトラックの音。 随分此処に長居してしまったのだろうか。 考えながら、冬に入りかけた乾いた空気に、枯れ草の匂いを感じる。 雪を知らない地の冬は、故郷の冬に匂いが似ていて、彼女は少しだけ懐かしくなった。 きっと、もう帰れない。 与えられた100年の猶予を知っているのに、何故そう思ってしまうのか。 漠然と、しかし確信に似た予感が、何を指して存在するものなのか。 それを知ろうと頭を働かせても、答えに近づこうとする度に恐れがそれを阻む。 恐れる度、まるで本能のように、セフィロスの存在を探そうとする。 それが何を指すのか、何処かでわかっていながら、は目を背ける事を選んだ。 直視すれば、全て認めてしまうような気がした。 否。帰れないと思う時点で、認めているのだろうか。 その答えにも、は目を閉じて見ないフリをする。 「誓いを…」 彼への誓いを違えなければ、それでいい。 彼の望みを絶たなければ、裏切る事がなければ、それでよかった。 軽く握り締めた掌に、彼の温かさを求める。 それが傍らに無い事を思い出し、僅かに胸の奥に痛みを感じた。 彼に触れる度、彼を思う度、ざわつく胸と体には慣れたが、この痛さだけはどうにも慣れない。 痛いはずなのに、心地良くもある。 何とも奇妙な感覚だと思うが、そこにある戸惑いを鎮める術も、もう知っていた。 召喚獣を封じられた事、セフィロスに、何と説明したら良いか。 いや、シヴァを向かわせない時点で、何か気づくかもしれない。 言われればすぐに従う自分の性格を、彼はもう知っている。 説明するには、出来るだけ早く。且、人目を憚りながらでなくては。 ジュノンにも神羅の支社はあるし、本拠地でないにしろ、当然科学部がある。 となると、やはりジュノンに行くまでの道の間、一度彼と二人きりにならなくてはならないだろう。 「………馬鹿者」 二人きりという言葉に、一瞬喜びそうになった自分を、は公私混同禁止だと叱咤する。 別に家でも二人なのにそう思うのは、恐らく普段と違う環境にいるせいだ。 まだまだ修行が足りないと1人ごちながら、は天井に広がる星を見上げる。 今頃、彼もこの星の下で……辺りを血の海にしている事だろう。 その様がすぐに思い浮かんでしまい、は1人苦笑いを浮かべて目を閉じた。 | ||
ぅぉおお!間に合った! 2008年以内にUPできたー!よかったー!! 連載に手をつけたのは2ヶ月ぶりぐらいなんですが、結構サクサク進めれましたねぇ。 というわけで、さんは召喚獣を出せなくなりました。 2008.12.31 Rika | ||
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