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晩秋の朝は寒く、吐く息も白く変わる。
澄んだ空はまだ暁を残していたが、目覚め始めた街には僅かにざわめきがあった。

眠気眼の生徒達に、は仕方ないと思いつつ、さり気無く顔を背けて欠伸をする。
5時30分を指す校舎の大時計に、彼女は出発を告げると、生徒達を連れて校門を後にした。



Illusion sand − 86



月日が流れるのは早く、まだ先と考えていた学校の生徒交流は、あっという間に当日を迎えた。
引率であるは、訪問に選ばれた10人の生徒を連れ、早朝に学校を発つ。

成績優秀者を集めたお陰か、遅刻欠席は無く、今の所勝手に騒ぐ者もいなかった。
メンバーは、実習旅行でが引率をした8班の6人と、他4名の生徒。
偽三角関係計画を最初に行った翌日、剣術教官室で昼食をとっていた面子だった。

仲が良いのか…と思い、暫く彼らを観察したりもしたが、個々は仲が良くても、全体で集まる事は無いようだ。
しかし、険悪な関係の人間がいるわけでもなく、彼らの雰囲気は至って普通。
連れて行く側としては、丁度纏めやすいくらいだった。


正午にカーム到着を目指し、徒歩でミッドガルの平原を進む。
はカームへ行った事が無いが、これは旅の定番ルートらしく、歩いた事がある生徒が何人かいた。
なので、迷う事は無いだろう。

普通は道に疎い人間を引率にするものではないのだが、何分ミッドガル校は人員不足。
この行事による変更時間割を出した結果、実技授業しか出来ないは否応なしにあぶれる形となったためだ。
他の教員は、元々軍に関わっていた者が多く、多少復習さえすれば教科書を開かせてチョークを持てる。
神羅の軍律やら、この世界の戦略やらを知らないには、それは無理なものだった。

そもそも、一般人であるが採用されたのはタークスのコネがあったからで、教官になれたのは人材不足という幸運があったからだ。
来年新たに教員が補充されるのは明白で、教室でも演習場でも指導できる人間が入ってくるだろう。

もしかしたら、来年は継続雇用されないかもしれない。
そんな一抹の不安を抱えながら、は現れたモンスターと戦う、生徒達を眺める。
ある程度の腕を持つ彼らは、特に口を出さねばならない戦いはしておらず、実戦を積んで伸びるだけの状態だ。

安心して見ていられるのは良いが、何もする事が無いというのは結構寂しいものがある。
持ってきた剣は、ただ腰にぶら下がっているだけで、今日は一度も鞘から出ていなかった。

戦闘を終えた生徒達が戻ってくると、は2〜3の助言をして、再び歩き始める。
何か面白い物は無いだろうかと、不謹慎な事を考えていると、少し離れた場所で戦っている人間を見つけた。

辛うじて分かるのは、その人が金髪で、剣を手に3匹程のモンスターを相手にしている事ぐらいだ。
後ろを歩いていた生徒達も、その人物を見つけて声を上げる。
達の歩行速度は割と早く、すぐにその状況がよく見えるようになった。

戦っているのは、四方八方…所により重力に逆らって跳ねた髪をしている、少年か女性。
先程生徒達が倒したのと同種のモンスターを相手にしているが、苦戦している様子だった。
体力が無いのか、長い時間戦っているのか、かなり疲労しているように見える。


先生、あの人に手貸してきていいですか?」
「そうしたいと思うなら、行ってきなさい」


助けたからと言って必ずしも感謝されるとは限らない。
勝手なことをしたと怒る者や、あえて自分を窮地に追いやる人間だっているのだ。
背丈や特徴はわかっても、まだ戦っている人間の表情が見えない。
だからどうしようかと考えていただったが、生徒が名乗りを上げたので、彼らに任せる事にした。

了承の言葉を貰うと、ロベルトとカーフェイが走って行く。
戦っていた人と、少し会話をした二人は、あっという間に魔物を倒した。
同時に、それまで戦っていた人は、剣を支えにしてその場に膝をつく。
カーフェイがその人に回復魔法をかけ、その間に達は彼らがいる場所に着いた。


「大丈夫か?」
「うん…ありがとう。助かった」


額の汗を拭って顔を上げたのは、何処かで見覚えがある少年だった。
彼はの顔を見た瞬間、小さく声を上げ、少し慌てたように立ち上がる。
ツンツンと撥ねた金髪がチョコボのようで、そう考えた瞬間、は漸く彼の事を思い出した。


「君は、以前学校で会った…」
「はい。クラウドです」


そんな名前だったか…いや、あの時名乗られただろうか?
辛うじて記憶の端にはあったものの、は彼の事を殆ど忘れてしまっていた。
確か、入学希望だが妙な時期に来てしまったので、何か言った気がするが…何を言ったのか思い出せない。
というか、一体いつごろあったのかも、よくわからない。


「レベル上げか」
「はい。あの時、外で戦ってレベルを上げて、入学に備える手もあるって、教えてもらったから…」

「そうか…」


そんな事を言ったのか…。
言われてみれば、そう言ったような気がしなくもない。
入学に備え、今こうしているという事は、来年入学したいと思っているのだろう。
だが…


「入学希望なら、そろそろ学校へ書類を貰いに行ったほうが良いはずだが?確か先週から受け付けている」
「え…?」

「受験や入学に必要な書類もいくつかある。早めに準備をしなければ、間に合わないものもあるのだが…」
「そ、そうなんですか?」


の言葉に、クラウドは目を丸くして周りを見た。
すると、去年それを経験した生徒達は、うんうんと頷いて、心配そうに彼を見る。
当惑する彼に、アーサーは少し考えると、少しだけ表情を柔らかくしながら口を開いた。

「躍起になってレベル上げしなくても、出世したいなら、勉強だけ出来れば何とかなる」
「そうだね。上に行くなら、剣より頭の方が必要だし。剣をやってて損は無いけど、少ししか使わないらしいよ」
「下手に使えるって分かると、ずっと兵士で戦場ばっかり回されるらしいしなー」
「学校で成績上げるには、ある程度の戦闘能力は必要だけどね。実際軍に入れば…どうかな」

「あの…俺、別に出世する気は無いんだけど…」


先輩のアドバイスに、クラウドは困った顔をして言う。
すると、彼の言葉を聞いた生徒達は驚いた顔をして、何を言っているんだと言わんばかりの顔をした。


「出世したくないってお前…士官学校入るって事は、出世コース希望なんじゃないのか?」
「え?俺は…ソ、ソルジャーになりたくて…」

「…だったら、ソルジャー試験受けろよ」
「でも、士官学校を卒業してから軍に入らなきゃ、受けれないって…」

「は?何だそれ?誰だよそんな嘘言った奴」
「う、嘘!?でも、神羅の兵の人がそう言って…」


必死なクラウドに、生徒達はポカーンとして彼を見る。
彼らの会話を聞いていたは、そういえばクラウドは前にそんな事を言っていたと思い出した。

軍に入りたいなら、手続きをすればすぐに入れる。ソルジャーになりたいなら、試験を受かればよい。
士官学校は、出世コースを希望する者や、金持ちのボンボンが入るところ。
若しくは、身体的な理由があって兵になれなかった者が、多少遠回りでも入隊できる場所。
今でこそ、はその事を知っているが、彼に会った時はその事を知らなかった。


「…お前…騙されたんだよ…」


哀れそうな顔をするカーフェイの一言に、クラウドは悲壮な顔をして固まる。
同情する生徒達の顔を見回したクラウドは、と目が合うとパクパクさせた。

彼が言わんとする事は、容易に察する事が出来る。
なので、は彼が言葉を出すより先に、怒られるより先に、素直に謝ることにした。


「すまない。私もあの時は、知らなかった」
「し、知らなかったって…だってあの時、明日から教員になるって…!!」

「就任した次の日ぐらいに知った」
「そんな馬鹿な!!」

「本当だ。面目ない」
「………」


が謝ったところで、事態はどうにもならないし、そもそもこれは彼女のせいではない。
だが、せっかくミッドガルに着いた彼を外に戻らせ、1ヶ月近くも野生生活させていた事に変わりは無いのだ。
無知ほど恐ろしい物は無いと、見当違いな事をしみじみ思いながら、は放心するクラウドの肩をそっと叩いた。


「失敗は、誰にでもある」


それは、クラウドに言うと同時に、自分自身へも向けた言葉。
反省しているかどうか微妙な言葉だが、お前が言うなとは誰も言えなかった。クラウドは、言う気力すら無くなっていた。


「ソルジャーも軍も、入りたいなら神羅本社の受付に行けば、書類をくれるはずだよー。今から行けば、丁度良い時間になるんじゃないかな」
「そうする…」


腕時計を見て言うガイに、クラウドは力なく答える。
すると、ガイはポケットに入っていた、ちょっと皺が寄ったフェニックスの尾をクラウドに手渡した。


「僕は使わないからあげる。頑張ってねー」
「…ありがとう」


少しだけ元気が出たクラウドを見て、他の生徒達もそれぞれも持ち物から餞別を手渡す。
ポーション、ナイフ、エーテル、飴玉、マテリア、エロ本、100ギル硬貨、整髪料、ギザールの野菜、道具屋の割引券。
最後に、が出した新しいエリクサーが渡された。

掌に乗せられていく品々は、半分ぐらいおかしな物が紛れ込んでいるが、クラウドには既に突っ込む気力が無い。
何だかんだで、貰ったのは実用的な物ばかりだし、自分の持ち金や年齢では買えない物も混じっている。
物が増えたのは勿論嬉しいが、何より初対面の自分を気遣ってくれるのが少し嬉しくて、クラウドは素直に礼を言うとそれらを道具袋に入れた。


「それじゃぁ、俺はこれで…」
「本当にすまなかった。道中、気をつけて」


上手く物に釣られて気力を回復したクラウドは、達に別れを告げるとミッドガルへ向かって歩き出す。
達は、暫くその背中を見送り、やがて逆方向にあるカームへ向かって歩き始めた。






東の空に浮かんでいた太陽は、薄雲に隠れながら高く昇る。
山々の合間を抜けてくる風は冷たく、僅かに湿っていたが、まだ青みが残る空に雨の気配は無かった。
踏み均されて草がまばらな道を行けば、高い塀を築く町が見える。
平野の真ん中にあるそれは、一見巨大な城壁のようでもあったが、開かれた門から見える町並みには活気が溢れていた。

門から町の中央まで。
素朴さが残る石畳の道を行けば、広場に停まっている神羅のトラックが見えた。
様々な店が囲む広場は、昼時のせいか、少しだけ人が多い。
屋外のカフェで昼食を楽しむ人々の横を通り、待ち合わせの宿の扉を開いたは、中を陣取るソルジャー達に一礼した。


「士官学校生徒、ただ今到着しました」


人数が多いせいで、宿屋の食堂はソルジャー達の貸切状態だ。
達の到着に、彼らは一旦食事を止めると、奥にいるセフィロスに目をむけた。

顔を上げた彼に、達はもう一度頭を下げて、彼の元へ向かう。
1stか2ndのソルジャーが来る事は知っていたが、やはり彼が来たか…と、は言葉には出さず納得した。

士官学校側は計画を立てて動いていたが、ソルジャーはいつ任務がはいるかわからない。
誰が来るのか、何人来るのかはおおまかにしか聞かされていなかったし、何だかんだで多忙なセフィロスが割り当てられる確率は決して多くは無いのだ。
ルーファウスの指示、レノの裏工作、セフィロスのスケジュール調整。
この3つを揃えても、急な任務が入れば誰か別の人間が来る。
これまでの騒動の数々でセフィロスが来たのは、はっきり言って殆ど運だ。そして今回も、その運が巡ってきた。

心強くはあるが、公私に渡って縁があるというのは、一見良いように思えるがそうでもない。
周りは否応なしに色眼鏡を使って公私混同を感じるので、お互いの距離をいつもの2割り増しぐらいで取る必要があるのだ。
まぁ、それほど長い道程ではないので、雑談をしなければいいだけなのだが。


「予定通りだな。すぐに昼食をとれ。20分後に出発だ」
「了解致しました」

無表情で言ったセフィロスに、も同じ顔で答える。
二人の根本にある性質のせいか、交わされる事務的な会話は妙に寒々しい。

お互い他人だと、こういう雰囲気になるのか…と。
は新たな発見をしたような気持ちになりながら、同時に、彼がどれだけ自分を内側に入れているのかわかった気がした。
であった頃でさえ、二人の会話にはもう少し柔らかい雰囲気があった気がする。
それを考えれば、確かにこの差は、過保護だ何だと言われてもおかしくないだろう。

生徒達はすぐに空いた席に座り、いつもより口数が少ない昼食をとる。
少なからず憧れを持つソルジャーに囲まれているからだろうか。生徒達の顔には少しだが緊張の色が見えた。
だが、これまでの道中では、あまりそういう様子が無かったので、このぐらいが丁度良いのかもしれない。

食事が終ると、は生徒達を先に外に出し、店員に声をかける。
カウンターにいた中年の男性が店主だったらしく、彼女は渡された伝票にサインを入れて、請求書の宛先として名刺を渡した。

「学生さん達も、ミドガルズオルム退治に参加するのかい?」
「いえ、私達は見学の予定です。まだ未熟な者達ばかりですから」
「そうかい。でも気をつけたほうがいいよ?アイツは数年に一度大量発生してね、今年がその年なんだ。しかも、噂じゃあ、いつもより数が多いみたいでな」
「そうですか…気をつけます。どうもありがとう」
「おう。気をつけて行きな〜」
「ええ、是非」

礼を言って店を出ると、はセフィロスの姿を探す。
彼の姿はすぐに見つけたが、生憎他のソルジャーと話をしており、は話しかけるかどうか考えた。
だが、それを決める前にこちらに気がついた彼は、同僚に一言二言相手話すと、の方へ歩いてくる。

「どうした?」
「少し伺いたい事が。今、店主からミドガルズオルムが大量発生していると聞いたのですが」
「だからソルジャーの討伐に生徒が同行すると…最初に連絡があったはずだが?」
「例年の大量発生よりも数が多いと…それは聞いておりませんでしたので、そちらがご存知か伺いたかったのです」
「噂程度だったからな。言うほどのものでもない」
「ただの噂であろうとも、近隣の住民が言う程の事なのですから、連絡をいただけないのは困ります」
「・・・悪かった」


機嫌が悪いに、セフィロスは少し驚きながら謝る。
周りの者は、二人の関係を知ってはいたが、あの英雄に面と向かって抗議するに驚いていた。
言外に、生徒の身の安全がかかっているのだと言うは、同時に己の力を過信するなと言っているようでもあった。
考えすぎだろうと思いながら、セフィロスは久々に自分へ怒っているをまじまじと見つめる。

「万が一の場合には、私と生徒達の戦闘行為を許可していただきたいのですが?」
「わかった。だが、極力戦闘は避けろ」
「ありがとうございます」

ニコリともせず淡々と答えた彼女は、本当に家にいる時とは違う。
これが学校にいる時のなのかと思いながら、面白いぐらいに引かれた『他人』という壁に、セフィロスは苦笑いを浮かべた。
それに、は少しだけ表情を変えたが、何事も無かったかのように頭を下げて踵を反す。

今更他人とは言えない間柄になっているが、壁があったなら、それはそれで面白い。
今日1日だけだが、偶にはこんな風に、遠くからを眺めてみるのも良いかもしれない、と。生徒達に集合をかけるの背中を見て、セフィロスは微かな笑みを浮かべた。





はい、サックサクと進んじゃってます(笑)
クラウドは、以前布石として出してたんですが、先の事を考えるとある程度突付いておかなきゃならなかったんで出しました。
これでクラウドは無事神羅兵になれるでしょう。だから彼はこれで見納め。サラバ。
2008.8.31 Rika
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