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胸の奥で誰かの声がした。

それはとても懐かしい声で、けれど最近聞いたような気もした。
『行かないで』と叫びながら、『逃げて』と泣いているようだった。

近い場所で聞こえているはずなのに、風化した声はずっと遠い場所から聞こえてくるようで、耳を澄ますほど、眩暈を呼ぶ。


きっと帰れない。


何処からか浮かんだ言葉を返し、胸にあるクリスタルを握り締めた。


「すまない」


その言葉が何処へ届くのか、誰に届いてくれるのか、わからなかった。




Illusion sand − 85






「次から次へと申し訳ない」
「いえ、こちらも退屈せずに済みますので、お気になさらず」


生徒交流と書かれた資料を広げながら、はアベル教官と内容に目を通す。
実習旅行が終わったばかりだが、すぐに新たな行事が出てくるのは、学校だから仕方ない。

交流先は、軍事の要所ジュノンにある士官学校。
お互いの生徒数人と教員1名を1週間交換し、交流を深めると共に、闘争心を芽生えさせるという目的らしい。
とはいえ、実際は両校の腹の探り合いのようなものだろう。
去年はジュノンの生徒が優秀だった為に、募集人数や予算が大分あちらに回されたのだと聞いた。
のんびりした性格の校長が、そんな事に躍起になるとは思えないので、多分彼は楽しそうだから力を入れているだけに違いない。

連れて行く生徒は、成績上位者を10名。そして引率はが勤める事となった。
講師から教官になったばかりの彼女が、教官の代表として行くのは違和感を覚えたが、多分そこにも校長の悪戯心があるのだろう。
当初アベル教官が行くはずだったのに、今日になって急にに役目が変えられたのが良い証拠だ。


「あいつは、昔から悪知恵ばかりを働かせる・・・」
「私の事も、よいカモを見つけたような目で見ていらっしゃいますね」

「お互い苦労する事になるだろう」
「あの程度なら、可愛いものです」


ルーファウスの性根の悪さに比べれば、校長の悪戯など・・・

少し遠い目をしているに、アベル教官は咳払いをすると、生徒の名が書かれた資料を差し出す。
ざっと内容を見た彼女は、とっても覚えのある名ばかり並んだそれに、ちらりと教官室の奥を見た。


「ガイ、何で俺のパン食ってんだよ!」
「え〜?カーフェイさっき2個食べてたじゃーん。仕方ないなぁ。じゃぁ僕のしめ鯖あげるよ」
「いらねぇよ!仕方なくもねぇし!っつか、何でそんなの持ってきてんだよ!?」
「ネタの為に決まってんじゃ〜ん!」
「何のネタですか・・・」

「おーいアレン、俺の弁当に箸入ってねぇぞ?」
「あ、ごめんジョヴァンニ。じゃぁ悪いけど、僕の使ってよ」
「おう、悪りいな。すぐ食っちまうからよ」
「いいよ。ゆっくり食べないと、消化に悪いよ。それに、ちゃんと味わって食べてほしいしね」
「ヘヘッ。わかったよ」

「アーサー、その愛妻弁当みたいなの・・・何?」
「母親だ」
「LOVEってのも・・・?」
「親父のと間違えたらしい」
「だから、ガイの誘いに乗ってきたんだね・・・」
「ああ」

「マイラ、お前また海苔弁なのか?毎日それだよなー・・・料理出来ねぇの?」
「あぁ!?・・・えー、姫は〜海苔が好きなんですぅ〜。料理ぐらい出来ます〜」
「でも作ってねぇじゃん。だから男出来ねぇんだよお前」
「ハァー!?っと・・・・・・姫はぁ〜面倒な事は嫌いなんですぅ〜。ムカつく奴も嫌いですぅ〜。だからぁ〜アンタ後でヤキいれるからぁ、覚悟しておきやがれですぅ〜」
「・・・俺が悪かった」

「ディーンは一言余計だよね。でもマイラも、それじゃぁ栄養が偏るだろうなぁ。面倒でも食事には気をつけなきゃ、美しい肉体は手に入れられないよ。規則正しい生活とバランスが取れた食事があってこそ、理想の筋肉が手にはいるんだから。それに、例えどんなに綺麗に筋肉をつけても、肌がガサガサじゃ意味が無いんだよね。だから食事は凄く重要で・・・」
「うっせぇんだよテメェ!俺は筋肉抗議なんか興味ねぇんだ!飯ぐらい静かに食わせやがれ!!」
「何言ってるんだよユージン!食事は本当に大切なんだよ?程よいツヤと張りがあってこそ、肉体は更に美しくなるんだから。美容と同じで食事も栄養素をきちんと・・・」
「テメェの耳と頭はどうなってやがる!!俺は静かに飯を食いてぇんだよ!!」


狭い剣術教官室の床で、生徒達は腰を下ろして賑やかな昼食をしていた。
よもやこんな大人数で来るとは・・・と。は感心するやら呆れるやら。

先日の実習旅行でが引率した8班の面子に、今日は4名程追加された顔ぶれだ。
就任初日の授業で、自称姫を謳ったマイラ。日に日に『姫』から本性らしいものが出てきたが、は見てみぬフリをしてあげている。
彼女と仲が良い、隣のクラスのディーン。時折一言多い子だと思っていたが、普段もやはり一言多いらしい。
初めて見たとき、その頭髪から何かの爆破に巻き込まれたのかと驚かせたイザーク。彼の髪は今日も火事場から出てきたような、素晴らしいアフロヘアーだ。
口と態度は粗暴だが、成績や素行には問題がないユージン。隻眼では兵になりにくいので、出世コースを進むつもりらしが、礼儀作法も学ぶべきだと思う。

本来この部屋の主であるアベル教官は、騒がしい彼らに大きく溜息をつき、資料を閉じると自分の弁当を机に出した。
もまた、賑やかな少年達の会話を聞きつつ、自分の弁当を出す。

も仕事上、普段の彼らをそれなりに見ているが、この10人の接点に見当はつかなかった。
偶然か、それとも彼らは何か繋がりがあるのか。
必要があれば聞く事になるだろうと考えながら、彼女は生徒達が勝手につけたテレビに目をやった。


『次は、神羅の副社長ルーファウスさんと、英雄セフィロスさんの、危険なラブロマンスの話題です』


何て語弊がある紹介の仕方だ・・・。

まるでセフィロスとルーファウスが恋愛関係のようだと、は呆れた顔で箸を動かす。
頭に浮かんだ二人のそんな図に、つい箸を止めてしまいそうになったが、妄想の産物を脳内から消し去って玉子焼きを口に入れる。


『この二人だけでも素晴らしい顔ぶれですから、今日は何処のニュースもこの話題で持ちきりですね』
『ええ。事の起こりは昨日のオルフェ製薬会社のパーティー。ルーファウスさんは特別ゲストとして・・・』


本当に、この世界は他人の事に敏感だな・・・。

画面には、ルーファウスとセフィロス。その二人の間にいるの姿が映し出されている。
シーンと静まった室内は、殆どの人間が会話を止めてテレビを見つめていた。
気にせず食事しているのは、当のと、静かな食事を求めていたユージン、普段から口数が少ないアーサーの3人ぐらい。

ルーファウス、セフィロス、
この3人の中の微妙な雰囲気や、関係について、テレビの中の他人は好き勝手に言い合っていた。
真相はどうなっているのか。この先どうなるのか。
ソルジャー1stセフィロスと、次期神羅社長ルーファウスの、どちらが本命なのか。
神羅が誇る最高の男二人を手玉に取ったはどういう女なのか。
同棲しているセフィロスがリードしているのか。
の一切の責任者であるルーファウスの方が上なのか。
男達はどんな争いをして彼女をモノにするのか・・・などなど。


よくもこれだけ単純に騙されるものだと思いながら、は食べ終わった弁当の空を仕舞った。
自分はまだ静かな方だが、今頃ルーファウスやセフィロス達は大変・・・いや、彼らに物申せる人間は少ないので、そうでもないかもしれない。

再びは書類を手に取り、内容に目を通す。
生徒達の方からチラチラと視線を感じたが、彼らに説明しなければならない理由は無いので、放っておくことにした。


「食べ終わったら話がある。全員此処から出ないように」


コンビニの袋を丸めながら立ち上がったユージンへの制止も込め、は今だ呆然としている生徒達に言う。
それが悪かったのか。
生徒達は一斉にに注目し、何かを期待するような目で見てきた。


「俺はアンタの自慢話なんかにゃ興味ねえぞ」
「生憎そういった趣味は無い。これからある行事ついて連絡だ。座っていなさい」


顔を顰めたユージンは、彼女の言葉に納得すると、大人しく椅子に座りなおす。
生徒の準備が整ったのを確認すると、はアベル教官と共に彼らの方へ椅子を向ける。
放課後呼び出して配るはずだった資料を回すと、彼らの表情がそれぞれに変化していった。


「3週間後、ジュノンにある士官学校との生徒交流がある。例年通り、10名の生徒を1週間交換留学させる事となった。引率は私。ジュノンに行くのは、此処にいるお前達10人だ。詳しい内容は資料に書いてある。今日中に目を通し、質問があれば明日にでも聞きに来るように。話は以上だ。解散して良い」


言い終わると同時に、ユージンが教官室を出て、次いでアーサーが立ち上がった。
テレビの中では、まだ達の事について、好き勝手な憶測で物を言っている。
彼女の傍まで歩いた彼は、立ち止るとテレビを一瞥し、再び彼女に視線を戻した。


さん、謎多すぎるんだよ」
「らしいな」

「・・・何も言わないなら、俺は首を突っ込まない」
「そうか」

「どうせ、何か理由があるんだろ」
「さて・・・な」


肯定とも否定ともとれない笑みを浮かべる彼女に、アーサーはそれ以上何も言わず教官室を出る。
言外に、何かあれば手を貸すと言う彼は、何かを感じているのかもしれない。

実習旅行で、彼は、通常とは遥かに威力や効果が違うの魔法を見ているのだ。
アレンとカーフェイはただ感心するだけだったが、頭の良いアーサーはやはりそれだけで終われなかったようだ。
何かしらの予感を持つには十分。
それでも何も言わないのは、内に溜め込む彼の性格のせいだろう。


先生〜、実際どうなの〜?深いところでさ」
「さて、私は普段通りのはずだったが・・・何故こうも騒がれるか、さっぱりわからないな」


椅子を後ろ向きに座りながら、ガイ首を傾げて聞いてくる。
報道は事実だが、三角関係は嘘八百。
しかし、言ってしまっては作戦の意味が無いので、は嘘にならない程度の曖昧な返事を返した。

それに対する反応は様々。
殆どは『普段通り、三角関係をしている』と受け取ったようで、少し驚いた顔をしてみせた。
だが、質問をしてきたガイは、少し考えると、不服そうな顔をして口を尖らせる。


「抽象的すぎ〜。・・・それじゃぁ、僕が考えてる通りだって、思っていいの?」
「私の口から言える事は無い。好きに想像しなさい」

「・・・先生、実は逃げる気無いでしょ」
「後退もまた前進の一つだ」

「なるほどね。そういう事なら、僕も傍観しとく〜」



『言う事』ではなく『言える事』が無い。
の言葉をすぐに理解したガイは、不機嫌だった顔を食えない笑みに変え、あっさりと引き下がった。
やはり彼はアルヴァより頭が良い。

これだけ少ない言葉で納得出来るとは、少し将来が楽しみで、同じくらい不安にもなった。
あれこれと聞かれなかった事に、は拍子抜けしながら安心する。
だが、そんな彼女の頃を裏切るように、野菜ジュースを掴んだままのカーフェイが顔を赤くして立ち上がった。


「俺は納得出来ないッスよ!」


納得してもらう気は無いのだがな・・・。

気の抜けた顔をするに、カーフェイは口をヘの字にして歩み寄る。
彼女の目の前まで来ると、彼はジュースを飲み干し、空をゴミ箱に捨てると彼女の両肩を掴んだ。


「カーフェイ、これは私事・・・」
「俺もその3角形に入れてください!」

「・・・・・・・」
「大人の男女が繰り広げる愛憎劇!繰り広げられる官能の世界!英雄と副社長を虜にした手腕で、是非俺にも手ほどきを!!」


・・・・・馬鹿がいる。

至極真面目な顔で頼むカーフェイに、室内にいた全員が呆れた顔になった。
ボケてみせているだけなのか、それとも本気で言っているのか。
は判断がつかず、とりあえず彼の手を肩から下ろした。


「先月ジュノンに転校した女子生徒・・・お前とは随分仲が良かったそうだな」
「・・・・・・・・・・・・・」

「今回の生徒交流では、彼女がお前達の案内役になってくれるそうだ」


彼とその女子生徒の話は、噂程度の情報でしかなかった。
だからも、試しに言ってみただけだったのだが、彼女の言葉にカーフェイの表情は面白いぐらい固まる。
少し面白くなって情報を付け加えると、カーフェイは下を向き、苦悶の表情で悩みだした。
本気で悩む彼に、はまたも呆れて手を離そうとする。
だが、答えを出したらしい彼は、バッと顔を上げると、逃れようとする手を強く掴んだ。


先生は遊び!あいつは本気です!」


馬鹿正直にも程がある。

あんまりにもあんまりなカーフェイに、は怒りを通り越して脱力した。
他の生徒も、哀れみや同情が混じるなんとも言えない目で彼を見ているが、当の本人はそれに気づいている様子は無い。


「大人になってから出直しなさい」
「大人になったらイイんスか!?」

「世界は広い。これから、多くの事を学ぶといい・・・」
「意味わかんないッスよ」


遠い目をするに、カーフェイは眉をハの字にして首をかしげる。
すると、それまで眺めているだけだったジョヴァンニが、何も言わずカーフェイの肩を叩いた。
目をパチクリさせる彼に、ジョヴァンニは生暖かい視線を向け、そのまま彼を教官室から連れ出す。
他の生徒達も、彼らに続くように片づけを始め、挨拶をして部屋を出て行った。



再び書類を開いたは、カレンダーを眺め、これからの予定を考える。
これから暫くは、セフィロスとルーファウス。どちらとも、他人にと二人でいる姿を見せねばならなかった。
その予定を事前に考えなくてはならないのは、今更だが、結構面倒だ。

だが、引き受けたのは自分達だし、あの時は他に良策など思い浮かばなかった。
これはこれで良策とは思えないが、実際人々の注目はに向かっている。

彼女自身にとって、この世界の自分の存在は不可思議なものだが、何も知らない他人には謎めいている人だった。
少ないながらも、に関わる人たちは、彼女ならば何があっても不思議は無いように思ってくれている節がある。

事実、学校側も、事実はどうあれ私事まで口出しはしないと言っていた。
風紀を乱す一因にはなりそうだが、指導に影響が無いなら問題ないという事で、寛容な姿勢で見てくれるらしい。

ただ、授業中の生徒の集中力が欠けるのは問題だ。
勿論、それを見逃してやるほどは甘くないので、殺気と威圧をかけて彼らを無理矢理集中させてあげたが・・・手間が増えている事に変わりは無い。



予鈴が鳴ると、校舎の中にあった生徒の気配が固まり始める。
次の授業は、アーサー達の1組が魔法。ロベルト達の2組が軍略・統率基礎だったはずだ。
なので、午後からはが受け持つ授業が無い。


生徒交流は、陸路でミッドガルからジュノンまで行く事になる。
例年通りのルートらしいが、今年は湿地にいるモンスターが大量発生しているらしく、ソルジャーが数名同行する。
きっと、一緒に行くのはセフィロスになるだろう。
大嘘三角関係作戦による予想ではあるが、もはや確定と言ってもいい。

思えば、彼と遠出する事など1度も無かった。
仕事とはいえ、少しだけ喜んでいる自分に、は浮かれるなと叱咤する。
だが、気を引き締めようと思う心とは裏腹に、今朝自分を送り出したセフィロスの顔が頭に浮かんできた。


「ぬぐぁぁ!!」
「?!」


突然叫びを上げたに、背を向けて座っていたアベル教官は驚いて振り向く。
額を押さえて頭を振る彼女に、アベルは恐る恐る様子を見る。


「・・・どうした?」
「いえ・・・何でもありません」

「・・・そうか」
「ええ、お騒がせしました」


振り向きもせず答えるに、アベルは怪訝な顔をするも、大人しく姿勢を戻す。
その気配を感じながら、大きく息を吐いた彼女は、熱くなる頬を冷ますように手を当てる。

昨夜、セフィロスと飲みなおしたという記憶はある。
その時、自分が何かを言っていたような覚えはあるのだが、一体何を彼に言ったのか。
それがの記憶からは綺麗サッパリ消えていた。

大方昔話でもしたのだろうが、彼の顔が赤くなるまで飲ませてしまったのは申し訳ないと思っている。
確かに自分の足で部屋に戻ったはずなので、そのまま酔いつぶれたという事は無いだろう。

しかし、深酒してしまったせいか、今朝のセフィロスはいつもより様子がおかしかったのだ。
まだアルコールが残っていたのだろう。
頬は少し赤かったし、視線も結構逸らされていた。
もしや彼の予想以上に自分は飲んでしまって、それを怒っているのかとも思ったが、その気配は無い。
家を出る頃には目を逸らされる事は無くなったが、今度はいつもより表情や雰囲気が柔らかくなった。

一体セフィロスに何が起きたのか。

送り出す時の、彼の柔らかな瞳は、見事の顔を茹蛸にさせた。
学校に着く頃には何とか戻ったが、思い出しただけでも彼女の顔は熱くなっていく。


「ええい!しっかりせんか!!」
「な、何だ!?」


再び叫びだした彼女に、アベルはまた驚いて振り向く。
さっきから、一体何を叫んでいるのか。書類に不備でもあったのか。
そう話しかけてはみるものの、はウンウン唸ってばかりで、彼の言葉など聞いちゃいない。

奇怪な行動をする彼女に、アベルはそれ以上かける言葉がみつからず、仕事をもってこっそり教官室から逃げ出すのだった。











役目を終えた太陽がビルの合間に沈みはじめる頃、はミッドガルの中心にいた。
一際高く天に伸びたコンクリートの塊りからは、一足先に家路へ急ぐ人々が出てくる。
排気ガスに塗れた風に、彼女は小さく鼻を鳴らして眉を寄せた。

徐々に冬へと近づき始めた風は、此処ではまるで命の息吹を持たず、まるで死んだ風のようだ。
仄かに橙に染められた建物は、季節に色づく山々とは違いすぎていて、それだと思いこんで楽しむ事も出来やしない。

人それぞれ趣味思考が違うのはわかっている。
住んでいる環境が違えば、尚更だ。
だがそれでも、はこの街に生きている人間が、何が楽しくて此処に住んでいるのか理解出来なかった。

娯楽が沢山あるのは頷けるが、空気が臭すぎる。
勿論、色々な意味で。

暫く神羅本社ビルを見上げていたは、辺りの気配を伺ってみた。
昨日から尾行してくれている人間達はさておき、それ以外にへ意識を向けている不審者はいないようだ。
まさかこんな騒動の最中に、虎穴の手前へと自ら来る事になるとは・・・。
仕事とはいえ、軽はずみな行動と判断されても仕方ない。
念のため、後で咎められる覚悟はしておいた方がよいだろう。

別に怒られるのが好きなわけではないのだが・・・。
軽い溜息と共に少しだけ肩を落としたは、気持ちを切り替えるとビルの中に入る。
中にいた人々の驚きや興味の視線に、まるで珍獣になった気分になる。それはそれで面白いが。

気にする理由も、その気も無い彼女は、まっすぐ受付に向かうと、ソルジャーのオフィスがあるフロアを尋ねた。






、どうしたんだ?」


ミッションルームから出てきたザックスは、廊下にいたに目を丸くした。
グレーのパンツスーツを着ている彼女は、彼に気付くと緩く微笑んで、手に持っていた書類を見せる。


「仕事です」
「書類?」

「ええ、今度行事でお世話になるので」
「へぇー。教官も忙しいんだな。あ、セフィロス中にいるけど、呼ぶか?」

「いえ、担当の方にお会いできれば、それで・・・。しかし、彼は今日は非番では?」
「緊急召集だって。つっても、単なる報告だけらしいけどな。もう終ったみたいで、アンジールと雑談してる」

「そうですか」
「うん。じゃ、来いよ。中まで案内してやるからさ!」



案内も何も、今自分が出てきた部屋に入れば良いだけでは・・・。

そう口から出そうになっただったが、嬉しそうなザックスの様子に、何も言わず彼の後ろについた。
やはり、今しがた自分が出てきた部屋に入ったザックスは、苦笑いする彼女に気付かず司令室に入る。
中には数名のソルジャーがおり、入ってきた二人に目を向けると、驚いた顔で入り口とは反対側の壁に目をやった。
壁に背を預けて立っていたセフィロスは、ちらりとの方に目をやる。
だが、声をかけたり歩み寄る事はせず、会釈をした彼女に小さく頷き返すだけだった。

噂の人物の登場に、司令室の中の注目は二人に向けられるが、当の本人達の態度は他人に近い。
それがいつも通りだと分っているザックスでさえ、二人の間に何処か他所他所しい雰囲気を感じた。


、セフィロスと何かあったのか?」
「何もありませんよ?」

「んー・・・でもがいるのにセフィロスが来ないのって、珍しい気がするんだよなあ」
「公私混同はしない主義なんです。それだけですよ」


自分達の周りが、噂で浮ついている事ぐらいは分かる。
目立つには良い状況かもしれないが、後の事を考えれば、過ぎた行動は害になるだろう。
は生徒に、セフィロスは部下や同僚に。示しがつかないようになってしまっては困るのだ。
どちらかが言い出して、公私を区分しているわけではないが、それでなくとも二人は元々ベタベタするような性質ではない。
ザックスはそれが分かったわけではないが、本人達がそう言うのならと、気にしない事にした。

係りの者に書類を渡すと、は暫く話をする。
その間、ザックスはセフィロスに呼ばれて席を外したが、彼女の話が終る頃には戻ってきた。


「下まで、一緒に行かないか?」
「ええ、喜んで」


お守でも頼まれたのだろうか。
だとすれば、随分信用されていない気がする。いや、場所が場所だから、そうするのは当然か。

確かに、何も知らない人間から見れば、セフィロスは過保護なのかもしれない。
まるで幼子にでもなった気分だと思いながら、はセフィロスにもう一度頭を下げ、司令室を出た。
玄関ホールへ着くと、ザックスは周りを見渡し、を端に連れて行く。


「ザックス?」
「セフィロスがすぐ来るから、それまで一緒に待ってろって」

「お手数おかけします」
「アハハ。お気になさらず〜って、ホラ。もう来たみたいだ」


早いな・・・。

ザックスが指す方向に目をやれば、一際目立つ男が階段から降りてくる。
何処にいても目立つ人だ。と、暢気に眺めていると、こちらに気づいたセフィロスはまっすぐ向かってきた。

ザックスは二人に軽く挨拶すると、彼と入れ違うように玄関へ歩いて行く。
その背中を黙って見送ったは、何処か不機嫌なセフィロスの様子に、内心首を傾げながら彼を見上げた。


「何故来ると連絡しなかった」
「仕事ですし、お伺いするだけで、貴方に電話を通していただくのも、どうかと・・・」

「携帯があるだろう」
「私は持っていません。貴方の番号も知りませんし」

「・・・教えて、いなかったか・・・」
「ええ」


不覚だったと思いながら、セフィロスは少しだけ肩を落とす。
物珍しげに建物の中を見回すに、携帯を持たせるべきかと、彼は少しだけ考えた。

だが、知識はあるとはいえ、今だ文明の利器に不慣れな部分がある彼女に、それを持たせて大丈夫なのかという不安もある。
何しろ、彼女はほんの2日前に、電子レンジで生卵を温めようとして、爆発させたばかりだ。
電子レンジを壊してしまったと、本気で謝った彼女の姿を思い出すと、下手にハイテクな物を与える気になれない。
その数日前だって、DVDのディスクが数枚、皿と一緒に水切り篭に入っていた。
他にも、彼女がやらかした事は山ほどある。思い出そうとすれば、いくらだって出てくる。


「・・・・帰るぞ」
「はい」


に携帯電話を持たせるのは、もう少し文明の利器を知ってからにさせよう。
そう結論を出したセフィロスは、彼女を連れてビルを出る。
仄かに残る夕焼けが、魔光の光と混ざる空は、空と言うには相応しくないような色だった。

ドブ川にオレンジの塗料を流した色。そう言ったのは、誰だったか。
想像したくない表現だが、見慣れている空の色は、確かにそんな風にも見える。

少し冷たくなった風は、すぐに冬を運んでくるだろう。
それも、数える間もなく過ぎ去り、新たな季節を向かえ、その先の季節との合間・・・彼女に出会った季節になる。
まだ1年も経っていない。それは暦を見るたび、何度も思った事だった。
驚く事は少なくなったが、代わりに、まだ共に過ごす時間が多く残されているのだとも思う。
この先、自分達がどうなっていくのかは、わからないが・・・


「悪くないな・・・」
「・・・何がです?」


呟く声に、は少し目を丸くして、隣を歩く彼の顔を見上げる。
微かに笑みを浮かべていたセフィロスは、ちらりと彼女に視線をやり、目を細めて前を見た。


「夢を見る事は、愚かではない。願う事は、罪ではない。叶えようと足掻く事を、止める権利など誰も持ってはいない。何故ならば、人は生まれながらに多くの自由を持つ生き物だから。心の自由を奪う事は、神にも、運命にも出来はしない。この世に真の束縛などありはしない」


謳うように言葉を並べるセフィロスを、は少し放心しながら見上げる。
それは彼らしくない言葉で、何かの本の朗読のようだと思った。

ゆっくりと振り向いた先に居る彼女は、何もわかっていないようにも見える。
ただ、じっと自分をみつめる瞳に、彼は、覚えていないのかと、小さく笑みを零した。


「お前の言葉だ」
「・・・私の・・・ですか?」


そんな事言っただろうかと、は首を傾げるだけ。
この様子では、本当に全て忘れているのだろうと考えたセフィロスは、再び口を開いて言葉を紡ぐ。


「凡庸な生活」


言った瞬間、の肩がピクリと動いた。
思い出したのか、と。一度言葉を止めたセフィロスだったが、止める様子が無い彼女に、そのまま言葉を続ける。


「凡庸な結婚、凡庸な幸せ。子を成して、孫が出来て、凡庸な老後を向え、いつか、同じ日、同じ時、同じ場所で死に、同じ墓、同じ棺桶に入れられて、同じ場所で眠る」
「それは・・・」

「お前が言った。昨日、酔っ払っている時にな」
「・・・・・・・・」


少しだけ笑いが混じる声で言った彼は、呆然としている彼女に振り向いて軽く噴出した。
放心したように立ち止る彼女の顔色は、赤とも青ともいえない色をしている。

驚きと困惑の表情には、昨夜この言葉をくれた彼女にあった、色濃い憂いが無い。
その事に、セフィロスは僅かばかりの違和感を覚えたが、酔っていたせいなのだろうと考える事にした。


「お前となら、叶えてみるのも悪くない」


動きそうに無い彼女の手を、セフィロスは苦笑いを浮かべながら取る。
その手に引かれ、は漸く足を動かしたが、心中は混乱が渦巻いていた。

自分は何を言ったのか。
覚えていないからこそ、不甲斐なさと恐れが増していく。
何を知られて怯えるというのかもわからない。
ただ、己の中にある恐れが、何処か別の事へのものだと。それだけは、漠然とわかった気がした。




一度書き上げたのですが、物足りなく思ったので削除・加筆・修正しました。
そしたら、予定より進んでしまいまして・・・・(苦笑)
その分、内容を詰められましたし、読み応えについても、多分これぐらいが丁度良いのかもしれませんね。
そんな感じで、次回は一気に日にちが飛んで、生徒交流珍道中編(何だそのタイトルは)にいきます。
つっても、生徒は触り程度しか出ません。
ま、セフィロス夢ですから、多分彼がメインになるでしょう(笑)
2008.08.16 Rika
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