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「ルーファウスはどちらに?」
「レノがついている」

入り口に目をやったセフィロスと同じ方向を見れば、壁に背を預けている二人を見つけた。
何かあったのだろうかと考える前に、彼はの手をとるが、すぐに離して腰に手を回す。

触れた手の感触は、ルーファウスのものとは違う感覚がして、布越しに伝わる体温さえ心地良く思えた。
胸の奥でざわめく感覚は、いつか彼に触れた時のそれに似ている。
だがそれは、静まる心と柔らかな感覚に飲まれ、一筋の風に揺れた水面のように消えていった。


「遅れてすまなかった」


呟くようなセフィロスの声に、は束の間の夢から覚めて彼を見る。
まっすぐに前を見る瞳はそれ以上何も語らず、それでも、彼女が僅かに零れた己の心を知るには十分だった。

手を握っていたなら、握り返す事で。
人がいないなら、その肩に身を預ける事で、意思を返す事が出来ただろう。

目ざとい人だと苦笑いしたくなる心を抑え、自ら触れられない小さな歯がゆさを感じながら、彼女は微かに目を伏せた。


「貴方が・・・謝る事は無い」


微かな声はしっかりと彼の耳に届き、それを教えるように、彼女に触れる手に、僅かに力がこもる。
その手が与えてくれる多くのものに、どれだけの事を返せるだろうかと、はぼんやりと考えていた。






Illusion sand − 84





「収穫はあったか?」
「さて・・・どうでしょうか」


むしろ逆にあちらへ利を与えてしまったかもしれないと、は呟くように続けた。
多少なりとも予想していたのか、ルーファウス達はそれを咎めず、会場の隅にいる宝条をちらりと見る。


「貴方がたが警戒するだけの事はあるかもしれませんね。ただ・・・」
「なんだ?」

「・・・自惚れかもしれませんが、最悪の事態になっても、負ける気だけはしません」
「自惚れだな」

「元々、頭を使う方ではないのですよ。前線で剣を振るう方が、性に合っている」
、君は、私を失望させたいのか?」


言葉を重ねるごとに、ルーファウスの声が硬く、冷たくなっていく。
彼女の言葉にある自棄と慢心が気に食わないのだろう。
だが、には彼をからかう気など更々無く、本音を吐いただけの事だった。


「なーにイラついてるんだ、と」


固まりかけた空気に、レノが冷めた声で風を入れた。
どちらにも当てはまる言葉に、二人が同時に振り向くと、レノは「アンタだ」とを指し、セフィロスも頷いた。

ちらりとルーファウスを見れば、てっきり怒っているのかと思っていた彼は、呆れた顔で自分を見ていた。
感情に押された独り相撲をしていただけだと気づき、は深い溜息をつく。
それでも収まらない腹の虫は、ともすれば彼らにまで暴言を吐きそうで、そんな自分に情けなさを感じた。


「・・・私もまだまだ・・・若いですね」
「頭平気か?」

「子供と言える年ではないもので。・・・頭を冷やしてきます」


愛想笑いも忘れた彼女は、気だるそうに言うと、3人が止める間もなくバルコニーの方へ行ってしまった。
いつに無く機嫌が斜めのに、残された男3人は顔を見合わせ、その背中を見送る。

セフィロスまで遠ざけるほど、彼女の機嫌が悪い事など今までにない。
だが、本人が一人になりたいと言うのに、追いかけるというのも野暮なもので、結局3人は残りの時間を男だけで過ごす事になった。










騒ぎが起きたのは、パーティーが終りに近づいた頃だった。

バルコニーにいた客達が何やら騒ぎ始め、開けられた窓の外からサイレンが聞こえてくる。
レノとセフィロスは、すぐにルーファウスを挟むよう立ち位置を変え、まだ賑やかさの中にある会場の中へ注意を向けた。
すると二人は、騒ぎを聞いて窓へと行く人々の中から、上機嫌でこちらへ歩いてくるを見つける。


、何があった?」
「大した事ではありませんよ」


行った時とは真逆で、満面の笑みを浮かべてルーファウスの隣についた彼女に、3人は揃って怪訝な顔をする。
彼女が持っていたシャンパングラスの中身は半分ほど残っていたが、紅色に染まる頬と潤んだ瞳が、その1杯だけではないと教えた。

少しフラつくその足元に、セフィロスが手を差し伸べると、彼女はふわりと笑ってそれを取る・・・どころか、彼の腕を支えにして、その胸にしなだれかかった。
目を丸くするルーファウスとレノを気にせず、はセフィロスに身を寄せてその顔を見上げる。
落ち着いて彼女の体を支えながら、しかし微かに目を丸くして言葉を失う彼に、彼女は妖艶な笑みを向けると、ルーファウス達の方を向く。



「玄関前で、宝条博士が転倒なさったんです」
「それで・・・あのサイレンか」


まだサイレンが鳴る窓の外へ、ルーファウスは視線を向ける。
が、かれがそちらを向く前に、彼女の手が彼の頬に触れてそれを妨げた。
そっと頬を撫でた指は、優しく彼の前髪を払い、ゆっくりと彼の顎まで滑ると、唇をなぞる。


「ええ、上から全て見ていました。何もない所でいきなり足を滑らせて、腰から地面に。さぞ驚かれたでしょうね。この時期にまさか路面が凍っているだなんて・・・」
、お前・・・」


「もういいお歳なのだから・・・無理をなさらず、このまま隠居なさればよろしいのに・・・そうは思いませんか?」
「・・・・・・・・・・・」


口元に笑みを浮かべたまま、残念そうな顔をするに、3人の中には同じ考えが浮かんだ。
遠ざかって行くサイレンの音に、客は会場内に戻り始めたが、そのど真ん中にいたセフィロス達の状態に皆を丸くする。


「・・・本当は頭を打って、そのまま消えてもらいたかったのですが・・・酒が入ると、少しコントロールが狂うようです」
「・・・・・・・」


やはりお前が犯人か!!

3人だけに聞こえる小さな声に、彼らは心の中で叫ぶ。
彼女が上機嫌な事にも納得出来たが、褒めて良いのか、呆れて良いのか。
特に、こんな状況・状態・体勢では、どう言葉をかけるべきか迷ってしまう。


「衝撃で、少し頭がマトモになっていらっしゃれば良いのですが・・・ね?」
「アンタの言う通りだぞ、と!」
「「レノ」」


小首を傾げて笑ったに、レノはつい満面の笑みで言い返してしまった。
声を揃えて咎めたセフィロスとルーファウスに、ハッと我に返った彼は、気まずそうに視線を逸らす。

此処で仲良く見せるのは、セフィロスとルーファウスだけで良いというのに、は何を考えているのか。
渋い顔をする二人に、彼女は少し目を丸くすると、クスクス笑ってセフィロスの腕を離れた。

そのままルーファウスの手を取り、彼の手が腰に回ると、今度はルーファウスの胸元に頭を預ける。
あまりにもいつもと違いすぎる彼女に、彼らが順応しきれないのは無理も無いが、は気にする様子が無い。


、あまりくっついてやるな」


セフィロスにそっと耳打ちされると、は少し目を丸くし、すぐにルーファウスの胸から離れる。
セフィロスにも葛藤や嫉妬はあるのだろうが、その忠告が誰の為であれ、今のルーファウスにとってありがたい事に変わりは無かった。

ゆっくりと歩き始めると、彼女は大人しく足を進める。
掌へ服越しに伝わってくる、熱くなったの体温に、ルーファウスは少し考えると彼女の耳に顔を近づけた。


、一つ聞いても良いか?」
「何です?」


ちらりと上を向いた彼女は、艶麗に微笑んで、持っていたグラスを差し出す。
それを受け取り、一口飲んだルーファウスは、そのアルコール度数の高さに一瞬顔を顰め、すぐにセフィロスに回した。
いぶかしむ彼に、飲んでみろと目で促され、セフィロスもグラスに口をつける。
パーティーで出されるものとは思えない強い酒に、彼も微かに眉間に皺を寄せ、通りかかったウェイターにグラスを渡した。

小さく溜息をついたルーファウスは、いつの間にか赤みが引いた彼女の頬を眺め、笑みを浮かべたままの彼女をまじまじと見る。


「どれだけ飲んだ?」
「さて・・・どれぐらいでしょうね・・・」

「覚えていないのか」
「ええ。しかし・・・確かに酔ってはいますが、平常心はある方ですよ」

「そう思っているのは、本人だけだ」
「そうかもしれませんが、ね。エスナをかけましたので、もう半分ほど酔いは冷めてきましたよ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「アルコールは毒に似ていますから。完全とは言えませんが、魔道の基礎さえ分っていれば不可能では・・・どうしました?」


こめかみを押さえるルーファウスに、が首を傾げると、隣でセフィロスが小さく溜息をつく。
つまり、先程のは酔っ払ったための行動ではなく、この作戦の為の演技。
機嫌が良かったから気合が入っただけという事なのだろう。
言ってやりたい事は山ほど出てくるが、口から出すべき言葉が見つからず、密かに振り回された男二人は頭が痛くなる思いだった。
それに、彼女に自棄酒を飲ませ、明確な殺意がある陰湿な仕返しまでさせた、宝条の話も気になる。


「会場を一度回ったら、今日はもう終りだ」


耳元に唇を寄せ、囁くように知らせたルーファウスに、はふわりと微笑んで、彼の肩に軽く頭を預ける。
来た時より何倍も集まる視線の中、終始笑顔のと、満更でもなさそうな顔で挨拶をしてまわるルーファウス。
時折足元をフラつかせる彼女に、真っ先に手を差し伸べるセフィロスと、一人だけ無関心そうなレノの存在が、他人の興味を更にルーファウス達へ向けさせた。

渦中の男二人が、疲れに疲れている事など、当然誰も気づきはしない。








「それで、結局宝条はどうだった?」

車に乗るや否や、ルーファウスはネクタイを外してミネラルウォーターを口に含む。
欠伸をしていたは、ルーファウスが水を飲み込むのを待つと、腕を組んで大きく息を吐いた。

正直、このまま胸に仕舞っておきたいぐらい言いにくい事なのだが、先の事を考えると黙っているわけにもいかない。
ちらりとセフィロスに視線を向け、暫く彼の顔を見つめていたは、観念したように口を開いた。


「・・・私と貴方・・・セフィロスの・・・・子・・・嫡子を御所望だそうです」


彼女の言葉に、車内は一瞬で凍りついた。
深く息を吐いた彼女の周りで、セフィロス達は言葉の意味を必死で考える。
理解するにつれ、視線は自然とからセフィロスへと向けられ、彼は背中によくわからない汗をかいた。


「何故・・・宝条が欲しがる?」
「貴方の遺伝子を受け継ぐ者に、興味があるそうですよ」

「・・・そういう事か」
「そして、私の力を継ぐ者でもある。だから余計に期待するようです」


理由がセフィロスとなれば、宝条が動くのも納得できる。
そう考えて終わりにしようとした彼らだったが、次に彼女から出た言葉に眉を上げた。


「彼は、私が持つ力も、知っているようでした。何のかは知りませんが・・・データは手に入っているそうです」
「・・・そうか」

「ルーファウス」
「何だ?」

「私の血・・・本当に処分したのですか?」
「・・・そのつもりだったが・・・どうだろうな。もしかすると、まんまと騙されたのかもしれない」


研究員から取り上げた、彼女の血液と思しきサンプルは小さなもの。
大きな騒動になる事を避けるため、早々に事を済ませて退散したが、もしこちらの動きを予想していたのなら、どうとでも隠す事は出来ただろう。
焦りから爪が甘くなってしまった事に、ルーファウスは苦虫を噛み潰した顔になる。


「私だけでも手に入れたいと言われました。まったく・・・こういった種類の下心で求められたのは初めてですよ。・・・人を化け物のように言いおって・・・あの糞餓鬼め・・・」
、聞こえている。女性がそういう下品な言葉を使うのは、感心しないな」
「・・・餓鬼・・・か」

「思い出しただけでも腹立たしい。何が『全てに於いて人の領域を超えている』だ。自分の顔の方が人の領域を超えているではないか!己はアンデットモンスターのような顔をしておきながら、無礼にも程がある!そもそも、人を物扱いするあ奴は一体何様もつもりだ!何が手に入れたいだ。ミッドガル市民の命がかかっていても御免被る!」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」


一人で怒るに、ルーファウスとセフィロスは彼女を止める役を目で押し付けあう。
じわじわと彼女から漏れ出る殺気と、決して大きくはない声から出る威圧が、車内の空気を重く震わせていた。
ここまで感情を出しているのは、まだ酒が残っているからか、それだけ自分達に心を許しているからか。
どちらにしろ、女性らしくキーキー怒るのではなく、雄雄しく唸るような怒り方をするのは、あまり許したくなかった。
らしいといえばそうなのだが、女性らしい体つきがわかるドレスを着た姿でする怒り方ではない。

気持ちを落ち着けるように、は大きく溜息をついて足を組みなおした。
脚の上を滑ったドレスの裾が、彼女の腿を露にするが、今日最初にこの車に乗ったときのような色気は何処かに飛んでしまっている。
宝条の文句を吐き出して、大分心が落ち着いたのか、彼女の空気はいつものそれに戻っていた。
不機嫌さを引き摺らないのは良いが、さっぱりしすぎる性格が、男らしいと思ってしまうのはどうしたら良いのだろう。



「警告はしておきました。多少の脅しもかけましたが・・・あまり通じた様子はありませんでした・・・」
「神羅の上層部は、大概そういう奴らだ。マトモなのは、私ぐらいだろう」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・ルーファウス、マトモな人というのはですね?凡庸な一般人と同じ常識を・・・」
「軽い冗談だ。本気にするな。私ほどの才気を持つ人間が、生ぬるい常識に縋る人間と同じ尺度の中にいるはずがないだろう。己の才も見極められないほど、私は愚かではない」
「・・・・・・・・・」

「・・・・・・そうですね・・・貴方の言うとおりですよ・・・」


当然のように言葉を発するルーファウスに、とセフィロスは哀れみと同情が混じった、生暖かい気持ちで眺める。
小さな子供へ向けるように、優しい声で話を合わせる彼女の顔は、慈愛とともに、彼女の中にある何ともいえない気持ちが浮かんでいた。
それを彼がどうとったのかは定かで無いが、車はセフィロス達のマンションの前に着く。


「尾行されてますよ、と」
「予想範囲内だな」


誰が追ってきたのかはわからないが、その正体は二つのうちのどちらかだろう。
どちらであっても、自分達にとっては問題にするにも至らない事で、セフィロスは気にせず車から降りた。
パーティー会場に着いた時のように、彼はに手を差し出して、車から降ろす。
続いて降りてきたルーファウスは、セフィロスとに向き合い、一度だけちらりと後続の不審車を見る。

一丁前にライトを消す車の中が、対向車のライトで一瞬だけ照らされると、運転席にいる人の影だけが見えた。
複数でないという事は、科学部ではなく単に執拗なだけのカメラマンだろう。
あちらは金儲けのために自分達を利用するつもりなのだろうが、こちらも自分達の計画のためにあちらを利用させていただく。

フッと笑ったルーファウスは、セフィロスに「釣れたぞ」と口の動きだけで言い、の顔に手を伸ばした。
一度だけ彼女の頬を撫で、その手を額へ滑らせて前髪を避けると、ルーファウスは彼女のそこに唇を近づけた。

が・・・


「誰がそこまでしていいと言った」


ガッと音がしそうな勢いで、セフィロスがルーファウスの額を押さえた。
いつもより5割り増しで眉間の皺を深くし、上から睨み下ろす彼に、ルーファウスはニヤリと笑ってから顔を離す。
同時に、脇腹にある軽く掴むような感触に目をやると、の指がいつでも抓れる状態でそこにあった。

ただ軽く抓るだけのつもりだったのか、それとも内出血するぐらいに捻り上げる予定だったのか。
どちらにしろ、何て仕打ちをする二人だと思いながら、ルーファウスは残念そうな顔を見せての手を取る。


「なかなかに楽しい夜だった。おやすみ、


言って、彼女の指に軽く音を立てて口付けると、ルーファウスはピクリと眉を上げたセフィロスに満面の笑みを向ける。
セフィロスをからかうのも楽しいが、あまりやりすぎると・・・特に今のようにを使うと、永遠におやすみをさせられそうだ。
二人が口を開く前に、ルーファウスは車に逃げ、ドアが閉まると同時に車が動き出す。


セフィロスは不機嫌な顔で、は呆れた顔で、ルーファウスの車を見送り、顔を見合わせると建物の方へ足を向ける。
未だ止まる不審車を横目で見たセフィロスは、ルーファウスがそうしていたように、の腰に手を回して引き寄せた。
彼の胸に軽く頭を預けた彼女は、ちらりと彼を見上げると、目が合った彼に微笑んで見せる。


「気配も消せない小童どもが大勢おりますね・・・」
「隠れているつもりだろう・・・」

「寒いのに、ご苦労な事です」
「趣味と仕事だろう。面倒な事だ・・・」

「寒いのがお好きなのでは?」
「では、もっと寒くしてやるといい」


晩秋に近づいた夜の風に、セフィロスは髪を結っていた紐を解く。
彼の言葉に、苦笑いを浮かべたは、目の前を流れる銀の絹糸を指先に絡めた。


「冬が近いな・・・」
「冷たい雨の季節ですね・・・あまり好きではありません」


洗濯物が乾きにくいので。
そう考えた上での答えだったが、少し意味深になってしまった言葉に、セフィロスはどう受け取ったのか、少しだけ目を細める。


「雪を見た事は?」
「昔、シヴァが見せてくれた気がしますが・・・覚えていませんね」

「そうか・・・」


大昔、一度だけ仲間達とシヴァを本気で怒らせて、その時に見た気がする。
だが、何せ随分昔の、しかも僅かな時間の記憶だ。
覚えているのはそういう事実があったという事だけだった。

当時は普通の人間が及ぶ程の力しかなかった彼女達が、本気で怒ったシヴァに勝てるはずがない。
初めて見る雪を堪能する間もなく、達は即行でボロボロにされた。
運悪くナイトだったせいで、仲間を庇いまくったは、一番に戦闘不能になって気を失ったので、最もあの雪と恐怖の記憶が少ない。

が、それを知らないセフィロスは、彼女が過ごした時間のせいで、記憶が無くなってしまったのだと勘違いしていた。
半分ぐらいは、間違いではないのだが、二人が互いの誤解に気づくはずはない。

マンションのエレベーターに乗り、ボタンを押したセフィロスは、まだ腕の中にいるの顔を見下ろす。
視線に気づいて顔を上げた彼女は、黙って見つめる彼に少し首をかしげたが、彼が視線を逸らしたので何も言わなかった。


「アイシクルエリアという場所がある。一年中雪に覆われた場所だ」
「そんな場所があるのですか?」

「お前が生まれた世界には、そういう場所は無いのか?」
「砂漠はありましたが、何処も温暖な気候です。常春の世界・・・ですね」

「まるで夢の国だな」
「そうかもしれませんね・・・」


エレベーターが着くと、セフィロスはポケットから部屋の鍵を出す。
家の扉を見た瞬間、結い上げていた髪を解いた気の早いに少しだけ目を細め、少し癖がついたその髪をそっと指で梳いた。


「今度、連れて行こう」
「・・・・・・私が生まれた世界にですか?」

「違う。アイシクルエリアだ」
「ああ、そっちですか」

「きっと気に入る」
「楽しみにしておきます」


これは彼女がボケたのではない。自分の言うタイミングが悪かっただけだ。

話を戻してから言えばよかったと、少しだけ反省しながら、セフィロスは家の扉を開く。
真っ暗な廊下に、彼女が来る前の事を少しだけ思い出していると、先に中に入ったがパチリと電気をつけて振り向いた。


「おかえりなさい」
「・・・ただいま」


たったの1歩違いだろうという言葉を、苦笑いで飲み込むと、セフィロスは玄関の扉を閉める。
窮屈なタキシードに襟を緩めたセフィロスが、手を差し出したに上着を預けると、彼女は家の電気をつけながら彼の部屋に向かった。
その背中を眺めながら、ゆっくりと追う彼は、空腹を知らせる音に自分の腹を押さえる。
作戦とはいえ、一応でも護衛の役をしていた自分は、会場ではロクに飲み食いしていない。
冷蔵庫の中身を思い出しながら、自室の扉を潜ってみると、先に入っていたがベッドの上に着替えを出している最中だった。


「俺の事より、先に着替えてこい」


自分の格好を忘れているのか、自分のベッドの前で動く彼女に、セフィロスはやれやれと内心溜息をつく。
スリットの間から覗く足と、髪の合間から見える白い背中、屈んだ拍子に覗く胸元の影。
襲ってくださいと言わんばかりの状態の自分に、全く気がついていないは、素直にセフィロスの言葉に従って部屋を出る。


「何か召し上がりますか?」
「軽い物を頼む。・・・お前が着替えてからな。風呂は、明日の朝シャワーを浴びるからいい」

「はい」


言っておかなければ、は全部準備しだすだろう。
彼女の返事を確認し、扉を閉めたセフィロスは、手早く着替えて携帯を開いた。

早速何処かのテレビ局がニュースに流したのか、ザックスやジェネシスから、妙なタイトルのメールが数通来ていた。
ザックスは、どういう事かという質問と、自分はの味方であるという内容。
ならば本人に直接言えばいいだろうと思いながら、今度はジェネシスのメールを開いてみたが、愛の試練が云々という冒頭の1行に目を通してすぐに携帯を閉じた。

が部屋から出た音が聞こえ、セフィロスは携帯を枕元に置くと、すぐに部屋を出る。
台所で作業を始める彼女の後ろからグラスを二つ取り、冷蔵庫から酒を出した彼は、リビングのソファに腰掛けるとテレビのスイッチを入れた。

よくわからないお笑い番組から、ニュース番組へとチャンネルを変えると、丁度先程のパーティーの映像が流れる。
画面の中にいる自分達に、キャスターが自分達の画策通り誤解したコメントを出しているが、あまり興味がわかなかったので別の番組に変えた。
時間が遅いせいか、面白そうな番組はなく、何度かチャンネルを変えた結果、クラッシックコンサートを流している番組に落ち着く。

何処かで聞いた事がある曲だと考えていると、料理を持ってきたが向かいに座り、何とも言えない顔で自分と画面を見比べ始めた。


「どうした?」
「・・・この曲・・・以前貴方が見せてくださった・・・女装した演劇の曲だと・・・」


セフィロスは高速でテレビの電源を切った。

余計な事を思い出してしまったと考えながら、彼は二つのグラスにワインを注ぐ。
彼の行動に、小さく噴出したをジロリと見ると、セフィロスはグラスの片方をに差し出す。



「今は、酔いは冷めているのだろう?」
「まだ少し残っていますが・・・お付き合いします」



セフィロスは知らなかった。
の酒の限界がどの程度かを。

セフィロスは知らなかった。
が深酒をするとどうなるかを。

セフィロスは知らなかった。
が、昔仲間に飲酒禁止令を出された事があるという事実を。


その後、パーティーでのご機嫌な彼女を思い出し、セフィロスは好奇心と少しの期待から、に酒を飲ませ続ける。

数十分後、酔いが回ったは、目に涙を浮かべて父親の話をし始めたが、今ではもうあまり覚えていないのか、それはすぐに終ってしまった。
それこそが、彼女の昔の仲間が、彼女に深酒させなくなった理由の一つだったのだが、覚えていない事がセフィロスの救いとなった。

だが、そこからは、本人を目の前にしながらセフィロスの話をし始めたのだ。
深い意味や自覚が無いとはいえ、素で口説いているような言葉を出す事がある彼女だ。
胸の内を赤裸々に語った言葉は、セフィロスの想像を遥かに越える威力があり、彼の顔を酒の効果以上に赤くさせるという快挙を成し遂げた。

結局は、恥かしくて聞いていられなくなったセフィロスが、を無理矢理寝かせるという結果に終ったが、彼は自分の軽率すぎた行動を深く後悔するのだった。





ノリノリでさんの暴走を書きながら、「自分は一体何を書いているのだろう」と考える自分がいました。今回も、描いてて楽しかったっス。
最後なんか崩れましたけどね・・・本当に、私は一体何を書いているんだ・・・?!(楽しけりゃいいんだ!!)
2008.07.17 Rika
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