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「本日は、随分とお美しい方を連れていらっしゃいますな」
「ええ。自慢の・・・友人です」

妻と思しき女性を連れ立ち、にこやかに話しかける男へ、ルーファウスは意味深な素振りで答える。
関係を言う際、を見下ろすと同時に、彼は僅かにセフィロスへと注意を向けて見せた。
僅かな間の後に友人と答えれば、相手は勝手に何かを感付いて、すぐに話題を逸らす。

そして、皆3人の関係を気にしながらも、立場上口にする事は出来ず、大概の者は周りの噂話を聞く為にその場を後にした。
一人でいても人目を引く人間が、3人揃って歩いていれば、周りの反応は言わずもがな。
本人達に聞こえない位置で噂話をしていても、向けられる好奇の視線に、彼らが気づかないはずがなかった。

誰に聞いても、核心となる話題が出る事は無いのだが、数日後の週刊誌に載るだろう大ボラ記事を信じやすくなる。
油断しては足を掬われる元だとわかっているが、ルーファウスは勿論、とセフィロスも、心中笑わずにはいられなかった。




Illusion sand − 83




会う顔会う顔に、代わり映えのしない美辞麗句を並べられ、その度には一言二言の相槌と愛想笑いでやり過ごしていた。
幸い笑顔が引き攣る事は無いが、心中の退屈は彼女の中に降り積もる。

容姿が美しかろうと、振る舞いに品があろうと、心中が醜ければ雌豚の囲いの中だ。
社交辞令とやり過ごそうにも、品定めし、舐めるように見てくる視線は、半ば本気が伺える。
褒められて嬉しくならないほど、の心は捻じ曲がっていないが、下心を隠して物を言われてどう喜べと言うのか。
恐らくは、今着ているドレスに原因の半分があるのだが、それにしてもこんな下品な挨拶をされるのは初めてだった。

妙な目で見てくる相手には、ルーファウスがさりげなく話題を変え、距離をとってくれる。
ルーファウスに話しかけられるほどの地位が無い者は、少し離れた場所から見てくるが、それはセフィロスが目ざとく見つけて軽く威嚇していた。
まさに虫除け。遠くの蚊も逃がさない。

男二人に守られる女一人とは、まるで騎士と姫君のような構図だが、実際一番強いのはである。
事実を知る側にとっては、最終兵器の起爆スイッチを守る勇者2人。と、言った方が当てはまるだろう。
とはいえ、これだけ人目がある場所で事を起すほど、は凶暴ではないが。



、疲れたか?」
「・・・ええ、少し」

声をかけてきたルーファウスに、僅かな疲れの色を見て、は頷き返した。
適当に聞き流すだけの自分と違い、相手の話を聞いてそれにあわせるルーファウスの方が、疲労するのは当然だ。
彼に引かれるまま、壁際のソファに腰を下ろしたは、ずっと黙ったままのセフィロスを見る。
当然というか、こういう護衛も慣れているらしい彼は、全く疲れた様子が無かった。


「やはり、この面子では挨拶しにくる者も多いな」
「他人の玩具に興味が湧くのは人の性でしょう」
「下らん」

「気が合うな。この私がせっかく話をしてやっているのだ。もっと建設的な話題を振ってもらいたいものだ」
「・・・流石ですよ、ルーファウス」
「・・・・・・・・・」


彼らしい言葉だが、それにしたって何て俺様な男だろう。
たとえ仕事の利益になる話をされようと、見向きもせずに話を変えるだろうに、言い放つ言葉がこれとは・・・。
これぐらいでなければ、神羅を背負う事など出来ないのだろうが、それにしてもこの態度は人としてどうか。
そんな彼が嫌いではないのだが、その扱いにくい性格に、彼を見る二人の視線は自然と生暖かいものになった。

座って休んでいれば、話しかけてくる者もいなくなる。
暫くその場で会場内を眺めていたルーファウスは、少し歩いてくると言い残し、セフィロスと共にいなくなった。
つまりはトイレである。


虫除けがいなくなると、それまで抑えていた好奇の視線が一気にへ向けられた。
話しかけたそうにしている人間達の視線を無視し、飲み物に口をつける彼女は、時折場内を盗み見ては宝条の姿を探した。


大勢の人間がいて、その中で座っているのだから、当然彼をすぐには見つけられない。
見つけたらどうするか。
セフィロスとルーファウスという番犬がいるよりも、単独で動いた方が得られる情報は多いだろう。
多少ではあるが、あちらの油断を誘う事も出来る。
ただ、問題は自分と宝条の接点が殆ど無いという事だ。
血まで取られたのだから、十分繋がりはあるのかもしれないが、彼と顔を合わせたのは神羅の式典での1度きり。
ただでさえ注目されている今、大勢の中で話しかけるには、多少の不安を覚えた。


「お隣、よろしいかしら?」
「・・・ええ、どうぞ」


考えに没頭していたは、突然話しかけてきた女に思考の中からたたき出される。
思わず出そうになった『あ?』という下品な返答を飲み込み、品の良い笑みと同時に返事をすると、彼女は静かに腰を下ろした。

赤茶色の髪をきっちりと結い上げ、艶やかな唇で微笑み返した女は、今日のにも負けない程の色気があるドレスを着ている。
ふわりと香ってきた甘く上品な香りは品が良く、女性らしさを感じたが、これ以上近づいたら臭く思うだろうとは頭の片隅で考えていた。

他にも空いた椅子はあるが、近くにあったから座ったのだろうと、は気にせず場内に視線を向ける。
だが、隣の彼女は自分の姿を上から下までじっくり見つめ、考えるように顎と口元に指をやった。


「羨ましいわ。近くで見ても、本当に御綺麗ですのね」
「光栄です」

お前の御綺麗な言葉遣いには負ける。

なるほど、自分に話しかけるために此処に座ったのかと思いながら、は彼女に振り向いて上品に笑ってみせる。
彼女の瞳に、僅かばかりだが敵意のようなものを見て、『良く言われる』と言ったほうがよかっただろうかと少し考えた。
何処かで会っただろうかと記憶を探ってみはするものの、彼女の服装からか、思い出したのはスカーレットぐらい。
一体何処の小娘だろうと考えていると、女性はあからさまに品定めする目でを見てきた。


「貴方のお話は伺っておりますわ。何でも、任務中のセフィロス様に保護していただいたそうですわね。以前の記憶を無くされていらっしゃるとか・・・大変でしょう?」
「いえ、彼らが不自由のないよう取り計らってくださいますので」

セフィロス"様"とな!

彼女の口から出た言葉に、は笑顔の裏でひっくり返った。
この小娘が凄いのか、セフィロスが凄いのか。
恐らく両方なのだろうが、初めて聞く呼び方に、は何だか一気に楽しくなってきた。
何が目的で話しかけたのだと思っていたが、こんな呼び方をするからには、この女性の目当ては自分ではなくセフィロスだろう。
話は聞いていても、の名を覚えていない・・・否、呼ばないのが良い証拠である。


「まあ、そうですの?流石はセフィロス様ですわね。ところで、ミッドガルにはもう慣れまして?大きな街ですけれど、不便を感じる事も多いでしょう?」


不憫そうな顔で心配している様子を見せる女性に、は彼女の狙いを半ば予想する。
典型的すぎる話の持って行き方に、もうすこし頭を捻ってかかってきてほしいと思ったが、それを知らない女性は優しそうな顔をしての手を取った。


「私、貴方とお友達になりたいの」
「結構です。友人には恵まれておりますので」

ホーラな、やっぱり。
予想していた言葉に、は最も人受けする微笑と同時に拒否の言葉を返した。
予想外の言葉だったのか、彼女の微笑みに見惚れたのか。女性は目を丸くして言葉を失い、は握られた手を引き抜いた。


「俺の話題を出して友人になろうとする奴は、相手にするな。と、セフィロスから言われております」
「な・・・そう・・ですの。残念ですわ」


実際そんな事をセフィロスから言われた事は無いが、それは言わなくても分っているからである。
セフィロス"様"のお言葉なら、大人しく諦めるだろうと踏んで言っただが、女性はそれまでの笑みから不機嫌そうな顔へと変わる。

こうなると、来るのは負け惜しみの言葉だろうと予想していると、案の定女性はを見下した目で見てきた。
遊んでやってもいいが、騒ぎになるのは避けたい。
一番は感情的にならないように引き剥がす事だが、ルーファウス達が帰って来てくれれば何もしなくても事は収まるだろう。


「セフィロス様もお可愛そうだこと。お忙しいのに、何処の誰とも知らない女の面倒を見なくてはならないなんて。しかも、上神羅の副社長まで誑かす女性を・・・。私、セフィロス様が不憫でなりませんわ。貴方も、そうは思いません?」
「慈悲深くいらっしゃるのですね。彼を哀れんでくださるなんて」

「哀れむだなんて、なんて事。それではまるで、私がセフィロス様を下に見ているようではありませんか」
「可哀想という言葉や不憫に思う気持ちは、同情や哀れみの心から出るものですよ。ですが、貴方のような優しさに満ちた方々が、あの方の支えになっていらっしゃるのもまた事実。彼に代わってお礼を言わせていただきます」

「な・・・」


貶されて、褒められて、差を見せ付けられて。
言葉を失った女性は、口をパクパクさせてを見つめるしかない。
これで引き下がられるのは、少し物足りないと思うだったが、あまり遊びすぎるのも人が悪いというものだ。
の様子を見ていた他の出席者達も、こちらの空気を察したのか、会話を潜めて聞き耳を立て始めている。
当初の目的は目立つ事なので、状況的には喜べるのだが、あまり長くやりすぎて会場の空気を壊すわけにはいかない。


「貴方、何なんですの?」
「何処にでも居る、ただの女ですよ」


自分のような人間がそこら辺に大勢いたら、大変な世界でしかないのだが、その辺りは考えずには言葉を返す。
憮然とする女性は、小さく息を吸って気持ちを落ち着けると、何をどう考え直したのか余裕のある表情を浮かべた。
粘り強い子だと、微笑ましい気持ちになってきているに、彼女は全く気付いていない。


「私、セフィロス様のプレミアムファンクラブに入っておりますの」
「左様ですか」


何だそれは。そんなものがあるのか。というか、だから何だ。

もはや驚いていいのか、笑っていいのか、呆れていいのかわからない。
そのプレムマ・・・何とかに入っていれば何かあるのだろうかと、は逆に興味をそそられ始めた。
この場でそれを聞く事は無いが、帰ってからセフィロスに聞いてみようと彼女は決める。


「ですから、セフィロス様のレアな情報も沢山知っておりますのよ?愛用のブランドから、お好きな本の種類まで。よろしければ、教えて差し上げましょうか?」
「ハッ・・・」


何を寝言を言っているのだこの小娘は。

自分はよりセフィロスに詳しいとでも言いたいのだろう、この女性は。
だが、残念ながら当のは、そのセフィロスと一緒に住んでいるのだ。
好きな食べ物から服のサイズ、パンツの柄そして、偶にパンツを履いてない事があるという、驚きの事実も知っている。
とはいえ、よもやセフィロスが履くパンツの形まで言ってやる事は出来ないが・・・。

の気を悪くさせようと一生懸命な女性の、あまりの微笑ましさに、はとうとう笑いを堪えられなくなった。
噴出すのを堪えた結果、鼻で笑ってしまう形になったが、出てしまった物は仕方が無い。

だが、笑われた女性にしてみれば、それは侮辱以外の何者でもなく、案の定神経を逆撫でされたようだ。
女性の顔からは、取り繕っていた余裕が落ち、険しい顔でを睨みつけてきたが、当然ながら効果の程は全く無い。
幕引きには丁度良い頃合だろうと考えると、は嘲笑するような表情から、真面目な顔に変え、口元だけに笑みを浮かべる。


「その程度で、私の心を揺さぶる事など出来ませんよ?」
「・・・・・・・」

「可愛らしい方ですね」
「・・・もう結構です!」


勝った。

侮辱に耐えられなかったのか、それとも相手にされず遊ばれていた事を悟ったのか。
女性は憤慨の表情で立ち上がって行ってしまった。

よく粘った方だろうと、心の中で女性を褒めながら、はその背中を見送る。
結局彼女は誰だったのかと思ったが、意気揚々とやってきて惨敗したのだ。
余程底意地が曲がっていない限り、もう自分の前に現れる事は無いので、気にしない事にした。

問題は集まってしまった人の目をどうするか。
英雄と未来の社長を両天秤にかける女として、悪評を生む事は出来ただろうが、ちらちらと盗み見る視線は少しうっとうしい。
先程の女性のように、正面から向かってきて欲しいわけでも無いが。

古典的だとは思いつつ、場内をざっと見回してやると、視線は晩餐の賑やかさに隠れた。
いつまでも帰って来ないルーファウス達に、大きい方だろうかと失礼な事を考えていると、髪を一つに束ねた猫背の男が近づいてきた。


「なかなかの見物だったよ」


まさか向こうからやってくるとは。
ゆっくりと歩み寄る宝条は、口元に笑みを浮かべて彼女の前に立った。
以前も思ったが、本当に明るい所が似合わない人だと思いながら、は薄く笑って返す。


「隣に座っても良いかね?」
「どうぞ」

「会うのは二度目だね。。私をおぼえているかね?」
「勿論です、宝条博士」

「それは光栄だ。先日は私の部下が失礼をしてしまったようで、申し訳ない。もっと穏便に進めるよう言っておいたのだがね・・・まったく困ったものだよ」
「何が狙いです?」


探って引っ張り出す必要があるかと思っていたが、宝条はの予想を裏切る態度に出てきた。
絶対の自信によるものか、それとも本当に悪意が無かったのか、混乱させようという魂胆か。
急いた判断は愚考でしかない。
せっかく向こうが口を開けてくれたのだから、乗ってやるのも良いだろうと、はあえて焦りを伺わせる言葉を返した。

彼女の言葉に、微かに目を細めた宝条は、暫く考え、ゆっくりとこちらを見る。


「君は愚か者かね。それとも切れ者なのかね?」
「どちらがお好みで?」

「なるほど・・・思ったより面白い子だ」
「褒め言葉として受け取っておきましょう」


愉快そうに自分を見る宝条に、は会話の主導権を与えてやる事にした。
恐らく彼は、ガッついて言葉を出せば、興味を無くしてしまうだろうと考えたからだ。
天才科学者殿を楽しませる会話が、どの程度頭を使わせれば良いものなのかはわからないが、今の所問題はあまりないらしい。


「セフィロスとはどうかね?」
「・・・どう・・・とは?」

「ラブラブかね?」
「博士、少し休暇を取られた方がよろしいのでは?」

「別に疲れてはいないよ。私は、君と彼の関係に期待しているだけさ」
「・・・しかし、それだけではない」


もしそれだけの為に部下を動かすとすれば、彼は相当な暇人になる。
興味を持てば何でもするのかもしれないが、わざわざセフィロスやルーファウスを敵にしてまでする事ではないだろう。

誤魔化しているのか、本心の一部なのか。
カマをかけるつもりで先を促してみると、宝条は目を細めて肩を揺らした。


「その通り。私はね、セフィロスの遺伝子を持つ者に興味がある。だから、君と彼の関係に期待しているのだよ」
「・・・子を生せ・・・と、いう事ですか」

「出来れば君にもソルジャーになってほしいのだがね。それは二人目からでも遅くはないだろう」
「協力する気になるとお思いで?」

「君達の抵抗ぐらいは予想しているよ。そうでなくては面白くない。だが、母は強く弱いものだ。そうだろう?」
「人の親になった事がありませんので、解りかねます。もし私とセフィロスが仲違いをなさったら、どうなさるおつもりですか?」

「クァックァックァ!!」
「・・・・」


アヒル?

いきなり笑い出した宝条に、傍を歩いていた人々は驚いて振り向く。
奇怪な笑い声に、も僅かに目を開いた。

宝条が何を喜んでいるのか分からず、は首を傾げながら彼の笑いが収まるのを待つ。
彼の口から独特の笑い声が漏れる度、その口に黄色いクチバシの幻が見えるのは気のせいだろうか。


「君は、鋭いのか鈍いのかどちらなのかね?」
「・・・後者であるとは、よく言われます」

「だろうね。しかし・・・ククククク。何故セフィロスが突然女に現を抜かしたかと思っていたが・・・ふむ。確かにこちらも興味深い」
「・・・・・・・・」


埒が明かない方向に進んでしまったかと、は内心舌打ちする。
彼が自己完結する前に、何か言ってしまわねば、勝手に満足して退散されそうな気配だ。
まだ見えない部分が残っているが、そこまで口を突っ込んで、果たして成果は得られるのか。
これまでの話が嘘である可能性も否定は出来ないが、彼の口を動かすのは、相応の自信があるからだろう。
慎重にならざるをえない状況だが、外す事も出来なかった。


「・・・何故、彼の遺伝子に興味が?強いソルジャーは、他にもいるでしょう」
「当然の疑問だね。だが、君はセフィロスの事を何もしらない。恐らく彼も、知りはしないだろうがね」

「貴方は・・・」
「セフィロスは、君の事を知っているのかね?」


言葉を遮ってかけられた疑問に、は一瞬その意味がわからず、眉をピクリと動かした。
すぐに宝条が言わんとしている言葉の意味を理解し、しかし明瞭な答えを持ち合わせていない彼女は、ただ静かに彼を見る。


「データを見る限り、君の能力は素晴らしい。全てに於いて人の領域を超えている。そう、ソルジャーさえも・・・だ」
「お褒めいただき、光栄です」


そこまで知られているなら、取り繕うだけ無駄な事。
はっきりと肯定してやる善意は無いが、否定ではない答えを返し、は楽しそうに喋る宝条を眺める。
彼の中では、一体どんな計画が立っているのか。
想像するにも馬鹿馬鹿しく、彼女は冷えた内面を隠しながら、自分を見透かそうとする瞳を見返した。


「それで、私とセフィロスの能力を受け継ぐ存在が欲しい・・・ですか」
「何なら君単体でも構わないが、研究材料は多いに越した事は無い」

「常人には理解できませんね、貴方の考えは」
「天才とはそういうものだよ。しかし、そういう君はどうなのかね?」

「理解できないと申・・・」
「君は人かね?果たして、本当にそうだと言い切れるかね?」

「・・・・・・・・・・・・・・」
「面白い存在だね、。君は人の形をし、人によく似た存在でありながら、この世界のどの生物とも合致しない」


ただ思ったままを口にしているだろう彼に、答える必要は無いと判断しながら、は静かに息を吐く。
彼の言葉を逐一真に受けるのは馬鹿馬鹿しいが、感情は自然と波立った。
まるで躾がなっていない子供の相手をしているようだと思いながら、感情を鎮めるように瞼を伏せる。


「君は、自分を形容する種の名をもっているかね?」


思い出すのは、『』。そう言ったセフィロスの言葉だった。
どんな存在だろうが、どんな生物だろうが、そんなものはどうでもいい。
力を疎んじたのはもう過去の事で、化け物染みているのも今更だ。


帰って来ない答えを迷いととったのか、宝条は享楽に酔った顔で腰を上げた。
人の合間に見えた二人の男を視界の端に止めると、彼はゆっくり彼女を見下ろして手を差し伸べる。
瞼を上げた彼女は、目の前にある手を一瞥し、静かに立ち上がる。


「そんなものは必要ない」


笑みを消し、何の感情も纏わない顔で、ははっきりと言い放った。
迷いの無い瞳に、宝条は感心したような顔で、差し出していた手を戻した。


。私に必要な名はそれだけだ」


柔らかさが消えた空気は、ざわめきの中にありながら、静謐の中にあるようで、しかし張り詰めてもいない。
存在を誇示するでも隠すでもない彼女の姿は、その空気に溶け込みながら、決して揺ぎ無いもののようにも見えた。


1歩踏み出した彼女の姿を、まるで風が通り過ぎるかのように見送る宝条は、彼女が隣に立った瞬間に始めて背筋に冷たさを感じる。
それすら何処か愉快と感じる心に、彼女への興味が増すが、視界に入った銀の髪が彼を現実に引き戻した。


「哀れみで忠告してやる。自分が可愛ければ、二度と私達に関わるな。
 ・・・お前の遊びに、付き合ってやる気は無い」


囁く声と言葉は、心の臓を1本の針で貫くように彼の中に響く。
胸の奥では、僅かな恐れと共に、喜びにも似た感覚が湧き上がる。

通り過ぎる彼女に答えを返さぬまま、宝条は再びその顔に笑みを浮かべ、こみ上げる愉悦に肩を震わせていた。








前半のは、私が楽しみたいが為に書きました。
はい。書いてて凄く楽しかったです。後半が、今回書く予定だった部分。
欲張って両方書いたら長くなりましたなぁ(笑)次回は・・・セフィロスいっぱい出します。
2008.07.09 Rika
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