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「俺はお勧めしませんよ・・・と」

窓の外を眺め、ワイングラスを傾けるルーファウスに、レノは出過ぎた口を覚悟で言う。
隠す気が無かったとはいえ、自分の腹を読んでしまっている彼に、ルーファウスは小さく笑みを浮かべる。
二人だけになった室内は何の音も無く、眼下に広がる夜の喧騒という世界から、切り離されたようだった。


「そんな事にまで心を砕く必要は無い。お前に疲れられて困るのは私だ」


それに、余計なお節介を焼くような部下はいらない。

グラスの中の赤を口に含み、付け加える言葉と共に飲み込む。
随分甘い人間になってしまったと心の中で吐き捨てながら、それとも程なく決別するのだと思うと、何故か心は感傷的になっていく。
それは、これから始まる自分への手向けのせいだろうか。


「所詮茶番だ。すぐに終る」


呟いた言葉はレノへ向けてか、それとも自分自身に向けてか。
考えると嵌る思考の沼地を避けるように、ルーファウスは静かに目を伏せた。






Illusion sand − 82







「少し肌を出しすぎていないか?」
「・・・選んだのは・・・何と言いましたっけ?金髪で笑い声が甲高い・・・」

「スカーレットか」
「ええ、たしかそんな名です」


背中と胸元が大きく開いた濃紺のドレスを着ているに、セフィロスは渋顔をして溜息をつく。
視線を落とせば、深く入ったスリットから白い足が腿まで見えていて、歩いたらどうなるのだと思わずにいられない。
いつも流している黒髪は結い上げられ、風呂上りぐらいにしかお目にかかれない項が露になっていた。
しっかりと乗せられた化粧は、彼女の整った顔立ちを一層引き立たせ、普段は表に出さない色気を押し出している。


数日前、ホテルでの会議で決めた作戦は今夜から決行する事となった。
そのため、は今、以前スカーレットが強引に連れて行った買い物で、買ってもらったドレスを着ている。

当初はルーファウスが用意するはずだった彼女のドレスは、店側の手違いにより違うサイズが届いてしまったのだ。
新たに用意をさせる時間もなく、頭を悩ませた二人が思い出したのが、以前スカーレットに買ってもらったドレス。
ルーファウスが用意したドレスとは、大分イメージが離れるが、色や形は他の装飾品と合わせても問題無い。
髪や化粧をする時間もあると、自室に入ってしまったを待つ間、セフィロスも自分の仕度をした。

タキシード姿の自分に違和感を持ちながら、一応護衛でもあるので、腰と胸ポケットにナイフや銃を潜める。
暇を持て余してテレビをつけると、これから行くパーティーの会場が中継されていた。
神羅関係ではないので、何か起きる可能性は少なく、しかしそれなりに注目されているのでマスコミも大勢いる。
確かに、誤解を与えて騒がせるには打ってつけな場だろう。

がとんでもない女にでっち上げられるのは明白だが、それは彼女も了承しての事。
何かあっても、一人で対処するぐらいはできるし、面倒なら逃げれば良い。

それに、他人に「3人で交際している」などという嘘まで言ってやる気は無く、単に目立つ場所で3人もしくは2人でいる姿を見せるだけの計画だ。
男二人が女一人を挟んでおけば、真実がどうであっても、周りは勝手に想像し、話を膨らませてくれるだろう。
自分達は何も言っていない。向こうが勝手に勘違いをするだけなのだ。

ルーファウスらしい、意地の悪い作戦だと考えていると、仕度を終えたらしいが部屋から出てくる気配がする。
ソファから立ち上がり、ドアを開けて迎えたセフィロスだったが、彼女の姿を目にした瞬間、彼は微かに目を見開いて固まった。

着飾った彼女を見たのは二度目で、それでも改めて見た彼女に、一瞬見惚れたという事もある。
だが、それ以上に彼を驚かせたのは、彼女が着ているドレスだ。

失念していた、とセフィロス思った。
そのドレスは、ルーファウスが選んだものではなく、スカーレットが着ているような、色気を重視したものだったのである。

それをが着ているのだから、セフィロスにしてみれば悪い虫がついたらどうするかと考えずにいられない。
勿論彼女ならば、飛んで火に入る夏の虫の如く燃えカスにするか、叩き潰すかしてしまうだろう。
彼女に対する心配は勿論あるが、同時にそれらの「虫」への心配もある。

何より、ルーファウスの心情を考えると、これは残酷以外の何者でもないだろう。
確認してはいないが、セフィロスは自分の感が当たっている確信がある。
現実を自分に見せ付けるような真似をする彼の考えは、セフィロスにもわからない部分がある。
ルーファウスが望んで作った現状なのだから、変に口出しする気は無いが、これでは蛇の生殺しも良いところだろう。


「寒くはないか?」
「この程度ならば、平気です」

「・・・悪くは無いが・・・複雑だな」
「似合いませんか?」

「いや、よく似合っている。・・・だから複雑だ」
「・・・服に着られているのでなければ、問題無いでしょう」

「そうだな・・・」


格好や化粧だけでは、娼婦のようにも思えそうだが、彼女が持つ空気か、それとも育ちのせいなのか、そこにある品格が落ちた様子はない。
それどころか、身奇麗にして着飾ったその姿は、貴婦人と言っても十分通じるだろう。


「そうしていると、何処かの育ちの良い女のようだ」
「・・・・・・一応、貴族育ちなのですが・・・」

「・・・そうだったな」
「ええ」


言われて思い出したセフィロスは、ならばそう見えて当然だと納得する。
失礼だったかと思ったが、彼女は気にした様子も無いので、セフィロスも気にしない事にした。

料理の材料を食べれる場所ギリギリまで使ったり、インクが切れ掛かったボールペンさえ捨てずにおいたり、明らかに妙な匂いがするアイテムを大事にとっていたり。
そんな、貧乏臭すぎる彼女の行いに、セフィロスがその育ちの事を忘れてしまっていても、仕方が無い事だろう。

無駄遣いばかりされるよりはよっぽどマシ。
口うるさくする気も無いので、セフィロスはの好きなようにさせていた。


「他に何か・・・おかしな所はありませんか?」
「無い・・・と、言いたいところだが・・・」


改めての姿を見直したセフィロスは、彼女の肩に触れた。
ゆっくりと下ろした掌が、腕にある傷を撫で、そのまま背中へと滑る。
そこにある1本の傷跡は、彼の掌から指先で覆っても少しだけ先が見え、すこしずらせば彼女の心音が伝わってきた。


「傷跡は、隠した方が良さそうだ」


素肌に触れても拒絶しないに、少し無防備ではないかと思いながら、セフィロスは彼女の傷を指先でなぞる。
彼女が自分に対して持っている感情は何であれ、普段触れない肌を触られるなら、少しは反応しても良いだろう。

傷跡には何の感覚も無いのだろうか。だが、そんなはずはない。
ならば触れる事を許すのかと、試しに彼女の首筋を撫でると、途端に彼女の肩が震えた。


「・・・セッ・・・」
「・・・冗談だ。魔が差した」

「・・・・・・・・・意味がわかりません」
「そうか」

振り向いたの、仄かに赤く染まった頬を見て、セフィロスは笑いを堪えながら言葉を返す。
表情が見えない角度だった事が幸いだったのか、彼女は納得しかねる表情ではあったが、何も言わず視線を前に戻した。
再び彼が背中の傷に指先を戻すと、今度は彼女の体が僅かに強張った。
もう一度振り向きかけた彼女だったが、悪戯するでもなく傷跡を触れている彼に、少しだけ身をずらしてセフィロスの顔を見る。


「目立ちますか?」
「お前自身が目立ちそうだからな。見つける奴がいてもおかしくはない」


少なくとも、この傷を負ってから露骨に肌を見せる事は、今まで無かったのだろう。
自分では見えない場所なのだから、分からなくて仕方が無いと思いながら、セフィロスは滑らかな肌に出来た古傷を見つめる。
長い月日を生きていても、まだ消えきらないこの傷は、一体どれほど深かったものなのか。
もし僅かでもずれていたなら、刃は心の臓を貫き、彼女と会う事も無かったのだろう。

傷跡は彼女が何かに劣る技量であった事の表れで、それが何故か、彼女に人間らしさを与えている気がした。
それがたとえ小さなものであっても、傷を負ったことの無い戦士などいないと知っているからだろう。
ふと、昔の彼女はどんな風だったのかと聞きたくなったが、記憶が残っていない可能性の方が大きいのでやめておいた。


「隠した方が良いだろうな・・・念のため」


言って彼女の部屋に入った彼は、鏡台から化粧品を取って彼女の傷跡に乗せていく。
肉が盛り上がるような跡でなかった事が幸いか、それだけでも傷は大分目立たなくなった。


「凝視でもされなければ、これで平気だろう」
「そんな輩がいる宴ではないでしょう?」

「・・・宴か・・・」
「違うのですか?」

「いや・・・。そろそろ時間だ」
「はい」


やはり彼女は、物の言い回しが少し硬いというか、古臭いというか・・・。

気にするほどでもないだろうと考えると、セフィロスはの手を引いて家を出る。
エレベーターから降りた所で、丁度運転手のレノから家の前に着いたと電話があった。
予定時間ぴったりに到着した彼らに、これは気合の表れだろうかと考えながら、二人はマンションの前に停まっている黒塗りの高級車に近づく。
ドアを開けに出たレノは、タキシード姿のセフィロスに軽く噴出し、その隣に立つに目を丸くした。


「これはなかなか・・・いや、かなり・・・」
「御機嫌よう、レノ」
「鼻の下が伸びているぞ」

上から下まで舐めるように彼女を見たレノは、ニヤリと口の端を吊り上げるとドアに手をかける。
上品な笑みを浮かべて返すを、彼は目を細めながら眺め、セフィロスは呆れ顔で彼女の手を取る。


、今日のアンタはかなりそそるぞ、と。もう少し胸があった方が、俺好みだけどな」
「それはそれは。光栄です」


からかいの言葉をさらりと流され、肩を竦めたレノは、二人が中に入るとドアを閉める。
既に中にいたルーファウスは、一度達を横目で見ると、読んでいた経済雑誌を閉じた。


「今晩はルーファウス」
「ああ・・・」


隣に腰を下ろした彼女を、ルーファウスはレノ同様、下から上まで見る。
座った事で、スリットから見えた足に一瞬視線を止めつつ、ゆっくりと全体を見た彼はセフィロスへと視線を向ける。
動き始めた車に、ちらりと窓の外を見たセフィロスは、彼の視線に気づくとそちらを向いた。
何か言うでもなく、じっと見つめてくるルーファウスの視線に、彼は少しだけ嫌な感じがして眉を寄せた。


「何だ?」
「まさかとは思うが・・・この服は、お前の趣味か?」
「ブフッ!!」
「ルーファウス、貴方が用意してくださった服は、サイズが間違えて届いたんです。これは、以前他の方からいただいたものですよ」


運転席で噴出したレノを、セフィロスはじろりと睨みつけ、が苦笑いしながら説明する。
納得したルーファウスは、もう一度彼女の姿を見ると、悪戯を心底楽しむような笑みを浮かべた。


「脱がせたくなるな・・・」
「助平小僧は説教と拳骨をご所望のようですね」

「冗談だ。だが事実でもある。お前のその姿を見れば、誰でもそう思う」
「私に限らず、女がこの服を着ていれば、男性の本能はそう思わせるのでは?」

「それは違うな。そうだろう、セフィロス?」
「俺に振るな」
「貴方は何を聞いているんですか。セフィロスがそんな不埒な事を言うわけが無いでしょう」

「・・・・・・哀れすぎて涙が出そうだ」
「・・・・・・」
「・・・何ですか、その目は・・・?」


心底不憫そうな顔で自分とセフィロスを見るルーファウスに、は憮然としつつ首をかしげる。
無視を決め込んだセフィロスは、ちらりとを見ると、視線を窓の外に向けた。

澄ました顔のセフィロスに、返答を拒否するのは肯定と同じだと思いながら、ルーファウスは苦笑いを浮かべる。
まるで何もないように言葉を返すは、二人の進展の無さを分からせるには十分だった。
まだ自分が立ち入れる二人の間の距離と、セフィロスに感じてしまう同情に、ルーファウスは今の自分が馬鹿らしくなってくる。
それを悪くないと思う心の片隅に、僅かに安心している自分を見つけても、何の感情を起こさずにいる余裕まである。
その気になれば今すぐにでも手放せる程度の思いだと、わかっているからだろうか。


、お前は少し、男と女について勉強した方がいい。・・・セフィロスの為にも・・・」
「余計なお世話だ」
「ルーファウス、貴方、頭でも打ったのですか?」

「では、そういう事にしておこう。もうすぐ着く」



ゆっくりと速度を落とす車は、機材を構える人だかりの中央にんで停まる。
会場のスタッフがドアを開けると、セフィロスがゆっくりと外に出て、中に入るへ手を差し伸べた。

作戦開始。

一瞬だけ口の端を吊り上げたは、優雅な微笑みを作ると、彼の手を取ってその顔を見上げる。
視線を絡め、愛想笑いとは違う柔らかな微笑みを浮かべると、さり気無く視線をそらして車の外に出た。

彼らの意図など知らない者達は、この数秒だけで、笑い出したくなるほどのフラッシュを焚く。
に次いで車から出たルーファウスは、彼女がセフィロスにそうしたように、一度彼女を見つめて微笑んで見せた。
微笑み返す彼女の瞳には、心底楽しそうなルーファウスの顔が映り、その腕が腰に回されるのを合図に視線が逸らされる。
が前を見る少しの間に、ルーファウスはセフィロスへと視線を向け、無表情な彼の顔に口の端を上げた。

二人が視線を絡めたのは、ほんの一瞬。
だが、それを見つめていた者達には、何かを感じさせるに十分だった。
興味と同時に、小さな動揺を見せたカメラマン達の中、3人は何の気負いも無く進む。

ルーファウスにエスコートされると、彼女を挟んで僅かに後ろを歩くセフィロス。
本来ルーファウスの護衛であるはずのセフィロスが、そんな立ち位置にいるのだから、異変の確信を与えるには十分だろう。

そっと顔を近づけてきたルーファウスに、がゆっくりとした動作で振り向くと、セフィロスも二人に顔を向けて見せる。
少しあからさま過ぎないかと、ルーファウスが彼をちらりと見ると、セフィロスは無表情で視線を前に戻した。


『思っていたより、出だしは好調のようだ』
『楽しそうですね・・・本当に』

『面白くも無い悪戯など、するわけがないだろう?』
『相変わらず、いい性格をしていらっしゃる・・・』


捻くれた性格の彼が浮かべる、心からの微笑みは、傍から見れば屈折したものとは見られないだろう。
呆れる気持ちを抑え、少し困ったように、しかしそれも楽しんでいるように、は笑い返す。
気合が漲るルーファウスの瞳に、少しだけ子供のような無邪気さを見た彼女が、『若い』としみじみ思ってしまったのは内緒だ。

この調子なら、今夜はさほど気を揉む事も無いだろう。
以前ジュノン観光をした時のように、また頬の筋肉が痙攣するかもしれないと考えながら、3人は会場へ足を踏み入れた。





「・・・予想外の展開だな」
「面白くなってきたとは、仰らないのですね」
「・・・誰がいようと、作戦に変更は無い。それでいいな?」


ゲストで溢れる会場の中、社交的な笑みを貼り付けたまま、ルーファウスは微かに目を細める。
自分達が思ったより、魚は餌を求めていたのかと思いながら、の腰を抱く手に力を込めた。

淡々としたままのセフィロスと、全く動じた様子が無いに、お前達の方が何倍も面白いと内心呟く。
話しかけてきた取引先の重役に、ルーファウスは形式的な挨拶を返し、視線の先にいた男から視線を逸らした。

品の良い愛想笑いを浮かべ、ルーファウスと共に挨拶をするは、言葉少なく受け答えしながら、意識を別の場所に向ける。
護衛であるセフィロスもまた、会場内をぐるりと見回し安全を確かめるが、その目は自然とこの場にいるはずがない男の元へと向けられていた。

派手な事が起きる事は無い。
そうは分っていても、話しかけられなどしたら、油断できはしない。

薄暗い研究室で、実験サンプルと仲良くする事を好む変態が、何故この会場にいるのか。
つくづく明るい場所が似合わない男だと、侮蔑を腹の中に押し込めながら、セフィロスは十数メートル先にいる宝条を見据えた。





この先一体どうなる事やら・・・(笑)
2008.07.02 Rika
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