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Illusion sand − 81 「外の敵より内の敵の方が厄介だと言うが・・・その通りだな」 「力ある組織の宿命でしょう」 神羅本社に近いホテルの上階。 無駄に広い部屋のテーブルで、とルーファウスは淡々とした会話をしながらフォークを動かす。 少し離れた場所にあるソファでは、レノが二人とは別のメニューの食事をとっていた。 彼とルーファウスの上下関係から考えると、それは失礼にあたるのだが、これはルーファウスの指示だ。 私事での会食なため、費用が会社の経費で落とされるわけが無い。 どうせ自腹になるのなら、わざわざこんな高いホテルのルームサービスなど使いたくないと思ったが、珍しい事にルーファウスが払ってくれるらしい。 それはそれで畏れ多いと遠慮したくなるレノだったが、ルーファウスから命令だと言われれば、従う他なかった。 気前が良いのは、がいるおかげかもしれないが、だからと言って本当にタダで驕ってくれるほどルーファウスは良い人ではない。 それを知っているレノは、これから起こる騒動にまた巻き込まれ、情報収集や戦闘等、馬車馬の如く働かされるのだろうと考えていた。 ならば普段食べないようなものを頼んでやれと、彼は遠慮なく注文したのだが・・・高級だからと言って、必ずしも万人に好まれるとは限らない。 届いた食事は、確かに美味しいのだが、残念ながらレノの好みの味ではなかった。 香草の香りの中に独特の匂いを隠し、まろやかな味の中に僅かな苦味を隠す。 まるで世の中そのもののようだ。 庶民の味に慣れる自分には、はっきり言って何とも言えない料理なのだが、これがお上品な味付けというやつなのだろうか。 しかし、驕ってくれた本人がいる上、自分で頼んだのだから、文句など言えやしない。 塩が欲しいと思いながら、レノはモサモサと目の前の料理を口に入れつつ、とルーファウスの会話を聞き流していた。 「飼い犬の躾すら出来ないようでは、トップにいる者の力も高が知れる」 「それに頭を悩ませているのは私達ですよ?」 「・・・・・・」 「失言でしたね」 眉を動かしたルーファウスに、は詫びの言葉をいいながら小さく笑みを浮かべる。 愛想笑いではなく、相手の表情の動きを楽しんでいる類のそれに、レノはまたからかわれるのにと思いながら時計を見た。 短針は既に7と8の間を指しているが、最後の待ち人はまだ来ない。 「稚拙な罠ではもみ消されるだろう」 「あちらは頭脳派だそうで・・・。本気であれば、相応の策を練るでしょうね」 「裏を返すという事も有りえるがな」 「派手に動かざるを得ない状況にしてやると?下手をすれば、被害が増えますよ?」 「尻尾を掴んでやるには一番いい。だが・・・」 「背水の陣も覚悟せねばなりません。私は、あまりお勧めしませんね」 「私の意志だったとしても、お前はそう言うか?」 「喜べはしないでしょう。しかし・・・どちらにしろ、血を流さずには終われないだろう事は、覚悟しておきます」 「甘いな・・・」 「何とでも・・・」 何を言っているのかさっぱり分からない。 これで会話が成り立っているのだから、大したものだとレノは思う。 発想が似通っているというのもあるが、恐らくこの二人は相性が良いのだろう。 食事が始まってから続けられる会話は、互いの考えを熟知した者達のそれだった。 含みがありすぎる言葉での会話は、到底レノに理解出来るものではなく、今はラジオのように適当に耳に入れているだけだ。 彼自身、頭の回転は良い方だが、此処まで主語を隠し続けられれば、話の流れを見失うのは当然。 だから、すぐに二人の会話の意味もわからなくなった。 セフィロスならば、二人の会話を理解出来るのだろうかと考えながら、レノは飽きた食事にフォークを置いた。 それとほぼ同時に部屋のインターホンが鳴り、彼は億劫そうに立ち上がると部屋の扉へ向かう。 「だ〜れだ、と」 「俺だ」 『俺』さんですか・・・と。 名前を教えてくれない『俺』さんに、レノは小さく笑みを零しながらドアを開ける。 冬が近づいているからだろう。 いつもとは違うが、同じ黒のコートを羽織った彼は、その中に普通の服を着て、長い銀髪も珍しく束ねていた。 任務に出るときの服装しか知らないレノは、普段着のセフィロスを珍しそうに見て、すぐに中へ通す。 漸く着た彼に、食事をしていた二人は腰を上げ、部屋の中央にあるソファへと移動した。 自分の食べ残しをテーブルの隅に避けると、何も言わずそれを手伝うセフィロスに、レノはまた珍しそうに視線を向ける。 ルーファウスも少し視線を向けたが、興味が無いのか予想していたのか、何か態度を変えるような様子は無かった。 とセフィロスは、何を言い合うでもなく隣り合ってソファに腰掛けてしまう。 目に入ったのはルーファウスの隣だが、食事まで払わせて貰ったのに、更に隣に腰を下ろすなんて事は出来なかった。 この場に連れてこられた以上、ルーファウスの『私事』として位置づけられるの事に関与する事はわかっている。 だが、彼はと違い、ルーファウスの友達でも何でもない、ただの部下なのだ。それに直属でもない。 セフィロスはどう考えているか知らないが、少なくともルーファウスは彼が隣に立っても気にしないだろう。 この3人、それぞれに対する感情はさておいても、ある程度の輪になっているのだ。 子供くさい仲好しこよしという暢気なものではないが、それぞれが何をしても、咎めはしないが賛同もしない。 かといって、互いがどうでも良いのではなく、己の判断で立場を決めて、相手の行動を許すような感じだ。 だが、残念ながらそれはレノには当てはまらず、彼自身そうなる気も今の所無かった。 それを3人は気にもしないだろうし、例えレノがルーファウスから離れ、社長に従うようになっても、何も言わず受け入れるだろう。 それは優しさという理由ではなく、立場を知っているという、大人の割り切りで、だ。 曲者達なりの友情なのかもしれないが、レノにとっては極力馴染みたくない『馴れ合い』にも思える。 もし此処でルーファウスの隣に腰掛ける事を選べば、彼らの中に本当に入る事を意味するのだろう。 逆に、腰を下ろす事を辞して、ルーファウスの後ろに立つことを選んだなら、以後に従う相手を変える可能性を暗示させる。 それは、理屈ではなく、感覚の問題だ。 今自分が決める場所次第で、これから先の事も否応なしに変わってくるだろう。 中途半端な位置にいる事を知っていて、3人はこんな座り方をしているのだろうか。 いっそ命令された方が楽だと思いながら、レノはルーファウスにちらりと視線を送る。 「好きな位置にいろ」 言い放ったルーファウスの目は、レノの心を分っているようで、彼は小さく肩を竦めてみせる。 好きにしろとは言ったが、つまりこの選択から逃げるなという事だ。 それでも、切り捨てても構わないという気を見せてくれないから、余計に性質が悪い。 確かに白黒つけた方が、はっきりしていて楽だろう。 だが、決めかねる人間に決断を迫るのも無理な話で、結局レノは向かい合うソファとテーブルの横。 俗に言うお誕生日席という一人掛けの椅子に腰を下ろした。 保留とも捉えられるが、レノの結論は現状維持。 今のまま、片足を突っ込んだ辺りにいるのが、丁度具合が良かったのだ。 馴れ合うのは冗談じゃないが、今更蚊帳の外に出るのもスッキリしない。 中途半端と言えば聞こえが悪いが、それは逆に一番動きやすく一番居心地がいい場所なのである。 何より、自分がいない状況で、この社長息子にどれだけの自由があるだろう。 勿論ルーファウスの力は、他人が思っている以上の物だが、まさか彼が自分の手足で情報収集できるはずが無い。 指示を受けて動く有能な部下があってこそ、上司は力を振るえるのだ。逆もまた然り。 故に、今自分がルーファウスから離れたとなれば、必ずその力に陰りが出るだろう。 別のタークスを使うという手も当然あるが、この期に及んで新しい人間に深入りさせるのに抵抗が無いはずが無い。 不自由も必ず出てくるし、下手をすれば助力どころか災難が返って来る事になるだろう。 それでルーファウスが失脚・・・なんて事になったなら・・・あっさり聞き流す事は出来るだろうが、スッキリしない。 結局の話、レノはルーファウスの事が心配だという事なのだが、彼自身その事には気づいていなかった。 貧乏くじだ・・・と、内心呟いてしまうものの、座った椅子は意外に座り心地がいい。 中途半端である場所も、腰を据える場所と決めればなかなか快適なものだった。 「さて、これからの事だが・・・レノ、科学部に動きはあるか?」 「目立ったものはありませんよ、と。いつも通り、怪しい研究に精を出してるぐらいだ」 「内容まで探るのは不可能だろうな」 「後手に回ったのは事実。主導権を手に入れる事を優先すべきでしょうけれど・・・」 「尻尾がありすぎて、選別は不可能だろう」 「全部引っ張り出したら、神羅を敵に回すことになりますよ、と」 「防衛線を張った方が、後々楽に動ける」 「私を軟禁でもすれば、向こうは動けなくなりますが・・・こちらも手を出しにくくなりますね」 己の不自由も気にしない様子で言うに、もう少し自分を大切にする気は無いのかと、3人は複雑な顔になる。 自分が消えれば良いと言わないだけ、まだマシな気がするが、事態が悪化すればきっと彼女はそれを言うだろう。 自己犠牲の精神でない事は分っているが、幾ら状況がこれでも、自分を駒のように見るのは良い気がしなかった。 一体誰を守るために考えているのだと言いたくなるが、客観的に事を見るのは必要なので、止める事は出来ないのだが・・・。 「首謀者だけを叩いて事が終るなら、それに越した事は無ありませんが・・・」 「お前の血を取ったのは科学部。極秘裏の任務となれば、頭は間違いなく宝条だろう。だが、奴を狩るのは難しい。あれでも一応重役だ。 その上、用が無ければ研究室から出ない」 「時々社内で行方不明になるらしい。行き先は、タークスでも割り出せない重要機密だぞ、と」 「私の耳に届く範囲ではないなら・・・社長か」 一番面倒な人間が敵になるのは、当然ながら勘弁願いたい。 こちらにその気が無くとも、部下を消されて動かないはずが無いのだから、宝条の首を取ることは不可能だろう。 社長という最大の権力者を好きにさせないためには、こちらに正当性がなければならない。 裏で動くとなれば、そんなものは必要ないが、こちらにはルーファウスとセフィロスがいるのだ。 日々目を光らせるマスコミに、情報を掴まれないとは言い切れない。 今日もホテルの周りに隠れていた数人のカメラマンを思い出し、ルーファウスはちらりと窓の外を見る。 最上階近くにある部屋なため、外に他の建物は無いが、地上に降りれば片手で数えられるくらいの人間は潜んでいるだろう。 ルーファウスを追う者に加え、セフィロスを追う者もいるのだ。 しかも場所はミッドガル、神羅本社近くのホテル。それぐらいの数は当たり前だった。 経済雑誌ならまだしも、三流ゴシップを大々的に載せる週刊誌など、ルーファウスが読むはずはない。 だが、品の無い取材のしかたをする記者が、手に入れたネタをもって行く先が何処であるかぐらいはわかっていた。 同時に、自分達の行動が、あちらにどう書き上げられているかも予想が着く。 特に今日のような日は、向こうにしてみれば最高の日になるだろう。 神羅の副社長ルーファウスが、タークス1人同伴とはいえ、女をホテルに連れてきた。 しかも相手は・。一時期騒ぎは収まったが、保護したのはまだ半年前で、人々の記憶に新しい。 ルーファウスと仲が良いのは周知であるが、現在はセフィロスと同棲中。 そんな二人がホテルに入り、まっすぐ部屋に入ったのだから、ネタにならないはずがない。 その上、後からセフィロスがやってきて、同じ部屋に入って行く。 事情を知らない人間から見れば、中で一体何が起きているのかと思うだろう。 ドロドロの修羅場か、子供にも大人にも見せられない濡れ場か。 何をどう想像してもおかしくはない状況だった。 しかし、例えそんな記事を書いても、発行前に神羅から権力をかけられ、日の目を見ない事は日常茶飯事だ。 でなければ、今世にある週刊誌の内容は、ハイデッカーや社長の乱痴気騒ぎの記事ばかりになるだろう。 全て露見してしまえば、難なく失脚して神羅が自分の物になるのにと、ルーファウスは何度考えたか知れない。 流石に副社長という地位では、社長の痴態を暴く許可を出す権限は無く、結局使えそうに無い脅しのネタだけが溜まるのが現状だ。 の登場により、世間の目が自分達に向いてから、社長達を追っていた人間がこちらに流れてきたりもした。 彼女を巡ってセフィロスとルーファウスがいがみ合っているという、どう返答したら良いのか分からない記事をもみ消したと言う報告も多い。 先日社長が呼び出したのも、これらの報告があった上での事なのだろう。 下らない内容に踊らされるのは滑稽だが、それはそれだけ自分達に関する記事が多く、社長も気にしているという事だ。 勝負の基本は、相手が嫌がることを率先してやる事。 渋顔をする社長を想像した瞬間、ルーファウスは心の中で「これだ」と叫び、ニヤリと口の端を吊り上げた。 突然笑い出した彼を、他の3人は当然訝しんだ目で見たが、何か考えが浮かんだのだろうと判断した。 彼が楽しそうな顔をしている時点で、ロクな方法ではない気はしたが、その性格を考えると相手にとっては嫌な方法だと想像がつく。 笑みを浮かべたまま、数秒思案したルーファウスは、3人の顔をざっと見回した。 その表情が自身に満ちた笑みに変わり、3人・・・特にセフィロスは酷く嫌な予感を感じる。 横目でを見てみれば、彼女は早くも諦めたようで、覚悟を決めた顔をしていた。 「・・・餌をぶら下げてやろう」 餌= 嫌な予感が的中してきたと、セフィロスは静かに肩を落とす。 これから口に出される言葉は、きっと以前のように自分の胃を締め付けてくれるに違いない。 と同じく、覚悟を決めてしまったほうが得策だとは思う。 だが、彼女を取り巻く状況が悪化するだろうそれを、容易に覚悟する事など出来なかった。 「には、暫く目立つ行動をしてもらう」 「と・・・申しますと?」 「マスコミの餌になってもらいたい。だが、だけではない。セフィロスにも、同じ事を頼む。勿論、私もな」 「・・・レノは・・・」 「レノはタークスだ。騒がれて顔を知られれば、今後に大きく関わる。社長達に動かれた時、一番に切り捨てられるだろう。それは避けねばならない」 「承知しました」 嫌な予感がどんどん大きくなっていく。 もう十分な気もするが、これで終ってくれるほどルーファウスは良い人でもない。 明日からまた胃薬を持ち歩いた方が良いかもしれないと考えながら、セフィロスはグラスの水に手を伸ばした。 労わるようなレノの視線が、今日はやけに心に染みる。 「具体的には何をすれば?」 「私とセフィロス。二人の間を行き来してもらいたい。と言っても、主に私との時間を増やす事になるだけだがな。勿論、3人で過ごす時間も割いてもらう」 楽しそうなルーファウスの背に、黒い翼が見えたのは、きっと幻じゃない。 彼が言わんとしている事を察した瞬間、が僅かに動きを止めた。 やはりそうかと目を伏せたセフィロスに、レノは一人難を逃れたからこその同情を感じ、ルーファウスは更に笑みを深くする。 「・・・面白い記事が書かれるでしょうね」 「世界で最も贅沢な三角関係の出来上がりだ」 「それには証拠と思えるものをやらなければ、説得力が無い・・・か。それに見合う注目はあるだろうが・・・」 「これに関する情報の押さえは、解いておきますよ、と」 それはつまり、の見聞が悪くなる事で、セフィロスは当然渋い顔をする。 偽りの情報だと知るのがこの4人だけなら、彼女の日常生活に支障が出ないはずがない。 ここまで穏便に作ってきた人間関係を、壊さないとも言い切れなかった。 しかし、彼女が世間に注目されたなら、それだけ彼女を見る人間が増えるという事。 執拗に追いかけるマスコミも、人の目である事に変わりは無く、結果、頼まずとも監視してくれる存在が出来るという事だ。 に手を出せば、セフィロスとルーファウスが敵になると、大々的に知らせる事も出来る。 故に、科学部も社長も、迂闊に手を出す事は出来ないだろう。 反神羅組織にも狙われるだろうが、そちらは何の憂いも無く相手にできるので、危惧する事ではない。 ルーファウスがこんな馬鹿げた茶番を言い出したのは、その考えがあるからだと、セフィロスも分かっていた。 だが、だからと言って二の句も無く了承する気になれるはずがない。 全く気にした様子がないに、胸の奥にある独占欲が小さな嫉妬と苛立ちを吐き出してくる。 逆に、その警戒心の無さが、彼女のルーファウスに対する気持ちを代弁しているようで、僅かばかりの安堵も感じた。 ルーファウスという男が、狡猾であっても卑劣ではない事を、セフィロスはこれまでの関係でわかっている。 その信用があってこそ、彼が出した案に乗ってもよいと思う自分がいるのは事実だ。 だが、笑みをうかべたままのルーファウスの瞳には、相変わらず油断できない色がある。 それが無くては彼らしくないのだが、覆い隠したその内に、有耶無耶に出来ない何かが見えるのは気のせいだろうか。 邪ではないが、捨て置く事が出来ない気がして、セフィロスは彼の瞳の奥を覗く。 気づいたルーファウスと視線が交わり、二人は数秒見合う。 戦意は無く、だが、漸く知れたその色は、この策とは別の場所にある、彼の本気のようだった。 気づいた瞬間、セフィロスは眉を潜め、ルーファウスは僅かに目を伏せてへと視線を向ける。 目を逸らしたのは、逃げたという事。 彼らしからぬ反応に、セフィロスは少し驚き、同時にルーファウスの心を垣間見た気がした。 屈折した愛情表現も、彼らしいと言えば彼らしい。 何処までも彼女を苛めたいらしいその性根は、本当に曲がりきっていると思う。 だが、それ以上の足掻きが出来ず、しようとしない彼に、セフィロスは腹を決める事を選んだ。 | ||
セフィロス頑張れ!ルーファウスも頑張れ!! Rikaさん楽しくなってきちゃったよ〜(笑) 2008.05.28 Rika | ||
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