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「俺の力は、まだお前を超えるには至らない」 茜色に染まる帰り道、隣を歩くセフィロスはポツリと漏らした。 横目で見た先には、空と同じ色を反射する彼の髪が、歩く度にさらさら揺れていた。 「お前は俺を守ると言った。俺はそれを否定も拒否もしない。だが・・・それだけに甘んじたいとは思わない」 言葉を返すでもなく、その横顔を見つめていたに、彼はゆっくりと視線を合わせる。 彼女が見せる無言の肯定に、セフィロスは微かに目を伏せ、そこにある沈黙を柔らかに震わせる声で言った。 「お前は、極力他人の手を煩わせず、一人で物事を解決しようとする所がある。 これまでは反神羅組織が相手だから良かったが、これからはそうもいかなくなる。 一人だけで全てが上手くいく程、楽な道じゃない」 「助力を求めろ・・・と?」 静かに答えたの声と、言葉の影にある僅かな拒絶の色に、セフィロスは咎めるように目を細めた。 変わらない瞳で見つめ返す彼女との間に、一度の沈黙が降りる。 決定的な答えを出さず、次の言葉を求めるのは、彼女が彼の言葉に迷っているからだろう。 「お前が俺を守ると言うのなら、俺がお前を守ろうとする事を否定するな」 そう言って握られた手の温かさに、此処にある現実を感じながら、彼方で薄れた記憶が瞼の裏を過ぎる。 泡沫の夢のような記憶は、同時に感じた漠然とした予感と共に、掴む間もなく消えて行った。 僅かに騒ぎ出した星の意思を感じながら、自分を映す青緑の瞳に捕らわれる。 心地良いと思った。 自分だけを映す瞳も、掌の温もりも、傍にある彼の存在全てが心地良かった。 知らない感覚に惑う胸の奥で、これまであったものとは違う覚悟が生まれた気がした。 同時に、いつか訪れるだろう終焉の予感が形となっていく。 「私は・・・貴方が思っているより、ずっと惰弱な人間かもしれません」 「構わん」 呆気なく受け入れた彼に手を引かれ、二人の足はまた歩き始める。 黄昏の赤は、流れた血が天に還るからだ・・・と。そう言ったのは一体誰だっただろうか。 世界を照らす赤、茜、橙。訪れる闇は魂への安らぎ。昇る月は輪廻の導。 月が見えないこの街では、導に縋る事も出来ず、ただ赤だけが溜まってゆくのだろう。 赤の情景は、その色に染まる未来を彷彿させる。 歩む足は止まらず、この手を引く背に揺るぎは無い。 目を伏せた自分に、彼女は逃げるのかと問いかける。 それでも、確かな掌の温もりの中では、その弱さや臆病ささえ許されている気がした。 一秒先の僅かな未来も、ほの暗い闇が訪れるまでは、天に還れない赤の中にある。 手を引く彼が、紅蓮の炎の中を行くようで、進み行く世界が血に濡れた場所のようで、そんな未来さえ、この手の温もりがあるなら進んで行こうと思った。 Illusion sand − 80 実習旅行後、休養の為に授業が休みとなっていても、教員までもが休みになるわけではない。 反神羅組織襲撃の報告、欠員の補充、担当授業の割り当て変更等、仕事は山とある。 ミッドガル到着の翌日、は士官学校の職員室にいた。 実習前から半分に減った教員達の顔には、少々の疲れが見えるが、それを表に出そうとする者はいなかった。 就任間もないにも関わらず、一番大きな仕事を受ける事となったが、平然として座っていたからかもしれない。 実習旅行での報告の時には、入学当初から反神羅組織の潜入を知り、今回の襲撃でもその渦中にいたアーサーとアレンが呼ばれた。 実習エリアに配置していた召喚獣、ロベルト・ジョヴァンニ・ガイの離反、アルヴァの存在。 その3つを隠し、生徒同士の戦闘を、極度の緊張とストレスのために起きた喧嘩と偽り、報告は終った。 最後に戦ったモンスターについては、ソルジャーが討伐をしたので、士官学校の管轄下からは少し外れるだろう。 多少の無理を作りながら、矛盾が無い報告は、すべてが合理的な説明よりも信憑性を増す。 がそこは知らぬと言えば、アーサーが補足の説明をし、誰かが疑問を口にすれば、アレンが真実だと答えた。 そもそも、ここにいる教員達にとって、同じ神羅側である3人が嘘をつく理由は無い。 それぞれの立場が、何より彼らの言葉を真実とし、報告は難なく終了した。 続いて始まった会議は、欠員となった講師・教師をどうするか。 反神羅組織潜入においても、ロクに人員を派遣してくれなかった軍へは、今更大きな期待をする者はいなかった。 問題になっていた実習旅行中でさえ、配置されていた兵は一握りで、しかも全て反神羅組織に消されてしまったのだ。 その上、反神羅組織メンバーは軍に化け、それを士官学校側の人間が処理したのだから、軍の面子もなにもあったものではない。 実際は、が出した召喚獣が相手をしたのだが、報告ではと8班が相手をしたと言っている。 幾ら軍とその下の士官学校であっても、今や信頼関係はあって無いようなもの。 今更面子を守ろうと人員を派遣されても、学校側が手放しで喜べるわけがない。 現実、既に軍からその話はきており、新たな教員を募集する手間や労力は無かったが、軍の頭があのハイデッカーだ。 此処にいる教員の誰も、有能な人材が来るとは思っておらず、人数も良くてギリギリ。欲しい人数分の人員を与えてくれる事は無いと考えている。 とりあえず、軍から新たな教官が来るまでの間。 同時に、その教官が使えない人間だった場合、追い出した後に受け持つ教科が校長の口から伝えられた。 は、マクスウェル元教官に代わって体術の教官となり、補助にアベル教官がつく。 同時に、剣術の補助講師も兼任する事になった。 これまでアベル教官の補助をしていた講師が、狙撃と魔法の講師を兼任する事になるかららしい。 それぞれの教官や講師が担当する、教科の変更。 それに伴う今後の時間割の変更や、軍から補充教員が来てからの動き等を話し合うと、時計の針は正午に近づいていた。 もし軍から来る教官が使えないようなら、無能さを思い知らせて追い出しても構わない。 そんなとんでもない事を、校長が笑顔で言うと、会議は終了し昼食となる。 午後からは、新たに組む事となる教官と打ち合わせをする為の時間らしい。 弁当を広げ出した他の教官達と同じように、も自分の机から弁当を出そうとする。 だが、彼女がそれを出す前に、アベル教官が彼女の名を呼び、薄水色の巾着を差し出した。 「・・・何です?」 「アレンからだ」 差し出されたものは、どう見ても弁当・・・だろう。 思わぬ差し入れに驚きつつも、可愛い生徒の気遣いには頬を緩めてそれを受け取った。 だが、手に取ったそれは思っていたより随分軽い。 何が入っているのだろうと思いながら、アベル教官に礼を言うと、彼女は早速巾着の中身を取り出した。 中に入っていたのは、きっとアレンのものだろう、巾着と同じ色の弁当箱。 漂ってきた甘い香りに、益々何が入っているのだと思い、は期待と不安を抱えて蓋を開けた。 「こっ・・・これは・・・」 水色の弁当箱の中には、ギッシリミッチリ隙間無く、シュークリームが詰め込まれていた。 出した瞬間、皮が破れそうな気がする。それ以前に、指を差し込む場所すらない。 一体どうやって取り出せば良いのか。 嬉しいがちょっと困った贈り物に、は一先ず蓋をすると机の隅に置く。 ふと視線を上げると、申し訳なさそうな顔をしたアベル教官と目があったので、とりあえず苦笑いを返しておいた。 気を取り直し、自分の弁当を取り出すと、彼女はしずかにそれを食べ始める・・・つもりだったのだが・・・。 『先生、先生!』 斜め向かいの席にいる、この学校では数少ない女性教員。校医のエリザが、不安そうな目をしながら小声で話しかけてきた。 フォークを持ったままの彼女に、食事しながらの会話で良いと判断したは、そのまま箸を動かす。 『今アベル先生から貰い物していましたよね?アベル教官と、そういう仲なんですか!?』 『・・・いえ、これはアレンからですので、貴方が思っているような関係ではありませんよ』 なるほど。確かに他人から見ればそう思うかもしれない。 綺麗に化粧をして、少し派手な服装をしているものの、頬を染めて真剣な顔をするエリザは少女のようだった。 それだけで簡単に事が読めてしまったは、そんな彼女を微笑ましく思いながら、彼女に合わせて小声で答える。 だが、その言葉で納得するかと思いきや、エリザは驚愕の表情を浮かべて、次いで涙まで浮かべ出した。 『エリザ教官、どうかなさいましたか?』 『・・・アレン君から贈り物なんて・・・。凄いわ先生。最大の難関を一気に突破しちゃうなんて・・・』 『は?』 『アレン君は、アベル教官以上にガードが固いんです!全然人に懐かないんですよ?まぁ小姑ってやつですね。アベル教官に近づく女には容赦なく・・・』 『僕より可愛くなってから出なおしな!だろ?』 突然口を挟んできた声は勿論だが、その声が言った台詞には目を丸くする。 の向かい。エリザの隣の席にいる、彼女と同じ校医のレオナルドである。 そうそうと、力強く頷くエリザを横目に、レオナルドはサンドイッチをモサモサと食べていた。 自分が可愛い事を否定するアレンがそう言うとなれば、相当頭に血が上っている状態での言葉言だろう。 『アベル先生って、近寄り難い雰囲気があるじゃないですか。真面目な一本気っていうのかな〜。顔も悪くないし、だから結構興味持つ女の人いるんですけどね?皆アレン君に追い払われちゃってるんですよね〜』 『僕の叔父さんに変な事するな!ってね。まぁ、それが彼の可愛い所なんじゃないかな。まだ親に甘えたい年頃だし』 『なるほど』 『そうねぇ。アベル先生も、アレン君のそんなところが可愛くてしかたないみたいですし。まぁ、アベル先生が彼女作らないのは、元々恋愛に興味ないってのもあるんですけど、でも・・・そんなところがまた・・・』 『はいはい、わかったよ。お前の話聞くと飯が甘くなるな・・・』 『若いですねぇ・・・』 頬を真っ赤にしてアベル教官を盗み見るエリザに、レオナルドは慣れた様子で食事を続ける。 大人と呼ばれる年になっても、女性は少女の心をもっているものだと、はしみじみ呟いた。 が、その一言に、目の前にいた二人は食事を止め、じっとの顔を見る。 「何です?」 「先生って・・・幾つ?私と同じくらいよね?」 「ゴメン、なんか今の言葉・・・っつーか言い方?凄い年季入ってるように聞こえたんだけど」 だろうな。 少し発言には気をつけたほうが良いだろうかと考えながら、は覚えていないと言って返す。 彼女の記憶喪失という経歴・・・実際は嘘だが、有名なその話を思い出した二人は、慌てて謝罪の言葉を口にした。 その後も続くエリザとレオナルドの会話を聞きながら、は弁当をたいらげてアレンの差し入れに手を伸ばす。 ギューギューに詰め込まれたシュークリームは、やはり出そうとするのには苦労して、の人差し指はカスタードクリームだらけになった。 しかし、幾ら詰め込まれていても、一つでも取り出せば余裕が出来る。 ティッシュで手を拭い、最初の一つを口に含むと、バニラの香りと控え目な甘さが口に広がった。 軍人より、菓子職人の方が向いているのではないかと思いながら、は二つ目に手を伸ばす。 幾つか味があるようで、二つ目に掴んだのは生クリームが入っていた。 何時ぞやのクッキーのように、妙な記憶まで思い出さずに済むのは幸いだ。 甘いものが好きというわけではないが、息抜きには最適だと思う。 可愛い教え子の手作りとなれば、その思いも一入だ。 満足。 それ以外の言葉が思い浮かばない心持で、は口を動かす。 すると、それまで恋だ奥さんだと話していた向かいの二人が、じっと自分を見つめている事に気が付いた。 「・・・何か?」 「先生、貴方、今、凄く幸せそうな顔してるわ・・・」 「可愛い生徒の手作り・・・しかもアレンのだからなぁ・・・」 そんなに緩んだ顔をしていたのだろうか。 まったく自覚無く食べていたは、二人に言われて顔を引き締める。 あからさまに物欲しそうな目でシュークリームを見つめられ、彼女は苦笑いしながら二人にそれを分け与えた。 「で、先生、どうなの?」 「は?」 「は?じゃなくてぇ、先生の彼氏はどんな人かって聞いたんですよ。そしたら凄く幸せそうな顔でシュークリーム食べてるんだもの」 「恋人と同棲してるんだよね?」 「・・・・・・・・・・・」 恋人? 同棲? レオナルドの言葉を頭の中で反芻しながら、の思考はフリーズする。 条件として、それが誰を指しているのかは分かるものの、人物と単語がすんなり繋がってくれない。 固まってしまった彼女に、二人は顔を見合わせると、何か理解したようで、またへ視線を戻した。 『先生、英雄セフィロスと同棲してるんだよね?』 『恋人なんじゃないんですか?』 『・・・・・・・・・・』 セフィロスが・・・恋人? いや、彼は恩人で・・・同居人で・・・家主で・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・恋? 再び固まる事数秒。 漸く二人の言う事が、自分の頭の中で形になった瞬間、の体温がいっきに上がった。 見る間に耳まで真っ赤になった彼女に、目の前にいた二人は目を見開き、すぐにニヤリと口の端を上げた。 固まったまま呆然とするは、今頭の中にある事を何度も繰り返し考え、先日の家出直前同様パンク寸前である。 「赤くなっちゃって、先生可愛い〜」 「若いね〜。いやぁ若い。俺のカミさんにもそんな頃あったな〜。・・・今じゃ見る影もねぇや・・・」 「そ、そういう訳では・・・私と彼は別に・・・別に・・・ん?・・・・」 別に、恋人だと互いに言っている訳ではない。言葉で契った事も無い。 そこに気づいた瞬間、の脳は冷静さを取り戻した。 顔の赤みも引き、平常の顔色に戻った彼女は、頭の中にある疑問へ腕を組んで考えはじめる。 そう、別にとセフィロスは互いに好きだのなんだのと言い合った事は無い。 共に生活をし、これからもそうしていくだろう事はお互いわかっているが、元々色恋沙汰の理由でそうなったのではなかった。 だからと言って、離れる事はないだろうし、お互い傍にいるという事は、言葉は違えど言っている。 二人の間に好意があるのは、これまでの付き合いで理解しているが、しかしその好意も恋愛感情が全てはない。 傍から見れば恋人と見えるのだろうが、『恋人だ』とセフィロスから言われた事もなければ、から言った事も無かった。 言う言わない以前に、そういった概念が無いと見た方が良いだろう。 そもそも、恋人とは何処から何処までがそう呼ぶものなのか。 そう呼び合う事で何があるのだろう。 相手の独占権だろうか。 だがそれは、別に欲しいと思わない。 わざわざそんな鎖で繋ぐ必要が感じられないし、少なくとも自分はそんなもので繋がなくとも離れる気は無い。 恐らく彼も、そういう鎖で縛り付けられるのは嫌いだろうし、自分もそうする気は無い。 となると、やはり恋人というものとは違うように思える。 思い合うなら、その時点で恋人成立だろうか。しかし、一般的には少し違うのだろう。 ならば自分とセフィロスの関係は何か。 そうだ。 自分はセフィロスにとって何で、セフィロスは自分にとって何なのだ? 「・・・・・官」 「・・・私は・・・何だ?」 「・・・・教官」 「・・・・・分からん」 「教官!」 「む?」 「む?ではない。もう昼休みは終わりだ」 呆れた顔をして見下ろすアベル教官に、は時計を見る。 1を指す短針の通り、職員室は既に人気が無く、今まで話していたと思っていた向かいの席の二人もいなくなっていた。 「・・・調子が悪いのか?」 「いえ、何でもありません。授業の打ち合わせですね」 頷いて返したアベル教官を追い、は体術の成績表を持つと廊下に出る。 他の教員もそれぞれの教科の準備室を使っているらしく、生徒がいない校舎の廊下は、当然ながら人気が無かった。 これまで過ごした僅かな日々にあった、密やかな緊張感も、不穏因子が消えた今は無くなっている。 当然と考えれば当然で、本来の姿なのだが、だからこそ、居なくなった人間の事を思い出させる。 己の信念に従う事。裏切る道を選んだ少年達が、再び訪れる日常に心を痛めない事はないだろう。 折れるほど弱くはなく、立ち止まる足に手を引く友もいるなら、見守るだけで良いのかもしれないが・・・。 窓から差し込む日は暖かく、長閑な午後と言うに相応しい。 屋外演習場に面した渡り廊下を行き、室内演習場の奥にある体術教官室で、二人の教官による会議は行われた。 「科学部からは何も無いか?」 話し合いが粗方終わり、窓の外が茜に染まり始めた頃、アベルはマクスウェルが残した成績表を眺めながら言った。 この後予定があり、先に帰り支度を始めようとしていたは、手を止めて彼に向き合う。 「ええ。血液も、友人達が始末してくれたそうです」 「そうか。だが・・・ならば尚のこと気を抜くな。恐らくこれで終わりではない」 「気をつけましょう」 「わざわざ出向いてまで血液を採取するのだ。奴らはただの血ではなく、貴方が目的だろう。執着されていると考えても、用心に越した事は無い」 実験体にされた経験があるからこその言葉だろうか。 忠告に頷き返しながら、物騒な事を注意されるようになったものだと、は微かに自嘲の笑みを浮かべた。 ほんの少し前までは、自分が危険物であるかのように・・・実際その通りだが、そんな注意ばかりされていた。 実力を知る者も知らない者も、今は揃って気をつけろと言って来る。 それだけ、危険だという事だとは分かるが、これではまるで自分が何も出来ない弱者のようだ。 この世界では、事実自分は弱者なのかもしれないが、それでも戦いとなれば別だ。 そう。 考えてみれば、ある程度自分の実力を知っているセフィロス達でさえ、自分の本当の力を知らない。 話として聞いていても、目の当たりにした事が無いのだ。 彼らの前で、自分は万全の状態で、本気を見せた事が無い。 彼らは、自分の力を知りながら、何も知らない。 死ぬ事も出来ず、殺してくれる存在すら無くした者の力がどれ程か。 自分達がどれだけ危険な存在を傍に置いているのか、きっと誰もわかっていないのだろう。 だが、知らないのなら、それでも良いと思っている。 この世界に来て、人と関わり、一人の男に心動かされる今の自分は、きっと過去の自分より弱い。 人の身に余る力は、この平穏な日々の中で衰えたとしても、不自由する程にはなれないだろうけれど。 目の前に力があれば、人は自然と手を伸ばしてしまう。 それが抱える力が如何程か知らずに、欲望に従って求める先に何があるのか。 降りかかる火の粉を払う事は造作も無い。 だが、そこから飛んだ火の粉は、時に思わぬ場所に行き着く事もある。 僅かばかりとはいえ、同じ地に立つ者に、それが飛んで行かぬとも限らないのだ。 「アベル教官」 呼ぶ声に、アベルは顔を上げて彼女を見る。 暫く彼の顔を見つめていたは、一度目を伏せ、小さく息を吐くと、ゆっくり口を開く。 「貴方は、何もなさらないで下さい」 「・・・・・・・・」 「何があろうと、全てこちらで処理致します」 「・・・出来るのか?」 「私は、良い友人に恵まれております。事は全て、彼らが治めようとなさるでしょう」 「・・・・・・・・・」 「私も、それに従うつもりです」 「・・・わかった。俺は、何も知らない。それでいいな?」 「ご理解いただけたようで、嬉しく思いますよ、アベル教官」 巻き込ませたくない。足手纏いはいらない。 その二つの意思が、本当にアベルに伝わったかはわからないが、何を言わんとしているかは理解してくれたようだ。 科学部がこれで諦めないだろうというのは、セフィロス達に言われているし、も半ばその言葉を予想していた。 血液サンプルは失い、再度手に入れようにもそれは不可能。 本体であるには、ルーファウスからの圧力やセフィロスの存在故に、容易に手出しが出来ない。 ならば今後は、手の込んだ方法で接触を図ってくるだろう。 いつ、誰が質にとられるか分からない。どんな計略をしかけてくるかわからない。 熟練の戦士であっても、僅かな隙を突かれ、首を落とされる事もあるのだと、はずっと昔にそれを知っている。 アベルに一礼し、は体術教官室を出る。 また誰か失う事になるのだろうかと、脳裏に浮かんだ言葉が、失くした主と父親の影を呼び起こし、彼女は首を振って振り払った。 何度も同じ失敗を繰り返すわけにはいかない。 誰を失うのも、冗談じゃない。 そうならない為に、セフィロスは頼る事を許し、ルーファウスは物言わず受け入れてくれるのだ。 その話し合いと、久しぶりに歓談したいと誘ってきた彼は、そろそろ校門の前に着いている頃だろう。 恐らく運転手は赤髪の黒スーツ男で、面倒臭そうな顔をしながら待っているに違いない。 腰を据えられはするものの、自分の日常はどうも物騒なものに溢れている気がする。 凡庸で平穏な日々は遠いと、溜息混じりに呟くと、玄関から見えた真っ白な高級車に、彼女は急いで校舎から出た。 | ||
今回は、出てこようとする8班を押さえつけるのに必死でした(笑) 2008.05.19 Rika | ||
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