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家から飛び出して数十分。 住宅街の入り組んだ道の真ん中で、は大きく息をつきながら空を見上げていた。 「此処は何処だ・・・」 Illusion sand − 79 −午後2時48分22秒− リビングで本を読んでいたセフィロスは、帰ってこない家出人にちらりと玄関を覗いた。 が出て行ってから、もうすぐ30分になるが、すぐに帰ってくるという予想は外れたようだ。 金は荷物と一緒に玄関に落としていったので、遠出する事は不可能。 ならば、そろそろ帰ってきても良い筈だが、鍵を開けたままの玄関は開かれない。 彼女に限って、厄介事に巻き込まれる事はあっても、身に危険が及ぶ事はまずない。及んだとしても、それは相手の身が、である。 よもや、大の大人が迷子になっているとは思えないが・・・彼女なら有り得そうだと、セフィロスは身支度を始めた。 家の近くを歩いていれば、そのうち見つかるだろうという安易な考えだが、彼女の行動パターンを考えるとそれで十分だろう。 すぐに帰ってきたなら、自分が折れて事を済ませる気でいたが、少々お灸を据えてやらなければならないと思った。 苛めすぎた自分も悪いが、この期に及んで逃げ出すにも非はあるはずだ。 向こうの・・・彼女が生まれた世界まで迎えに行った時は、全く抵抗しなかったのに、いざ帰ってきて手を出したら拒否するなんて酷いではないか。 拒否するにしても、もう少し反応の仕方があるだろう。 邪な気持ちが無かったわけでは無いが、純粋に彼女の帰りを心待ちにしていた自分の気持ちを、彼女は考えていないのだろうか? 他にもいくつか頭にくることはあるが、一人で考えていて怒りが収まる事ではない。 ここまでに腹を立てたのは初めてだと思いつつ、玄関を開けようとしたセフィロスは、ポケットの中から聞こえた携帯の着信音に足を止めた。 まさか急な任務か。それともが何かして治安維持部門から保護者として連絡がきたのか。 どちらも嬉しくないと思いつつ携帯を開くと、ディスプレイには仔犬・・・もとい、ザックスの名が表示されていた。 下らない用事だったら、明日の訓練で扱きに扱いてやると思いながら、セフィロスは通話ボタンを押す。 「どうした」 『・・・セフィロス・・・』 「何だ?今忙しい」 『・・・に、何したの?』 「ほう・・・」 『・・・セ、セフィロス?』 なるほど。今はザックスと一緒にいるらしい。 居場所が分かった安心感が、一瞬セフィロスの肩から力を抜けさせた。 だが、それは次の瞬間言いようの無い怒りとなり、僅かに好転した機嫌は坂を転がり落ちるように降下していった。 これは嫉妬で間違いないと、冷静に自分の気持ちを見つめる反面、その怒りを抑えるという考えは消え、受話器に語る声が格段に低くなる。 「今何処にいる」 『ぉ・・・・俺ん家だけど・・・』 「絶対に逃がすな」 『ひぃ!セ、セセセセフィ・・・』 地の底から響くような声で命令すると、セフィロスはブツリと電話を切る。 乱暴に玄関を開けた彼は、戦場にいるかのような殺気を垂れ流しながら、ザックスの家に向かった。 血の気が引きすぎて冷たくなった手で、ザックスは受話器を持ちながら放心する。 既に切られた電話からは規則的な電子音しか聞こえてこないが、先ほどのセフィロスの声が、耳の奥で木霊しているようだった。 何故自分があんな恐い声で命令されなければならないのだと、目に涙が浮かんでくるが、男がメソメソ泣くものではないとそれを引っ込める。 静かに携帯を仕舞い、溜息も堪えて振り向けば、自分のベッドに座って呆然としているがいた。 セフィロスをあれだけ怒らせるなんて、本当に一体何をしたんだか。 とりあえず、迷子になっていた彼女を保護した自分は安全だが、目の前の彼女はそうもいかないだろう。 二人が争いらしい争いをした話など聞いてもいないし、言い合う前にお互い妥協するだけの大人さはある。 何よりセフィロスはにかなり甘いので・・・いや、何だかんだでもセフィロスに甘い気がするが、とにかく仲が良いのは確か。 だからそれほど騒ぎにもならないだろうと、ザックスは楽観的に考えた。 道端で迷子になっているに偶然会い、家まで送ると言った時、彼女の顔は耳まで真っ赤になった。 何があったのかと聞けば、しどろもどろに意味不明の言葉を並べるばかり。 とりあえず今は帰りたくないのだと察し、人の目もあったので家に連れてきたが、事情を聞いても「不埒」と「不忠」の言葉をブツブツ言って話しにならなかった。 セフィロスの名を出した瞬間、再び真っ赤になって放心したので、二人の間に何かあったと見て間違いないだろう。 二人が何処までの関係なのか。それを聞くほど、ザックスは野暮でも不躾でもないし、相手が相手だけに聞いていない。 だが、ザックスから見れば、多少種類は違うかもしれないが、二人は互いに好意を持っているように思う。それ以外の何だというのか。 そんな大人の男女が一緒に住んでいるのだから、どうなっていてもおかしくないと思っていたので、彼女がセフィロスの名で赤くなる事など見当がつかなかった。 よもや健全な青少年でもあるまいし、これだけ長くいて何も無いはずがないだろう。 だから、大方がとんでもない赤っ恥を晒し、恥かしくて飛び出してしまった。 もしくは、セフィロスに赤っ恥をかかせた・・・というぐらいだと考えていた。 自分の予想する二人の関係が、未だ『よもや』の健全な青少年状態である事など、ザックスは考えていない。 どうせセフィロスが来たら、すぐにを連れ帰るのだろうと思いながら、ザックスは再び彼女の様子を見る。 独り言は収まったが、放心状態は変わらない。 自分が知るとは間逆と言えるほど、今の彼女は隙だらけだった。 「今、セフィロスが迎えに来るって」 「・・・・・・・今・・・何と?」 「セフィロスが、を、迎えに来る」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 ゆるゆると顔を上げた彼女は、ザックスの言葉を徐々に理解し、それに比例して目を丸くし、顔を赤くしていく。 ポカーンと明けた口は、何かを言いたげにパクパクと動かされるが、言葉も唸り声も出てこなかった。 初めて見る表情だと思う心の片隅で、平和だな・・・と、ザックスが暢気な事を考えていると、インターホンが鳴らされる。 ビクリと肩を震わせたに、ザックスは苦笑いしながら、届け物か何かだろうと言う。 セフィロスと考えてしまうのは無理も無いが、お互いの家の距離を考えるなら、全力疾走でもしない限り数分では着けないだろう。 通信販売をした覚えは無いので、実家からかもしれないと思いながら、ザックスは玄関を開く。 「はーい」 「を迎えに来た・・・」 扉の向こうには、銀の髪の鬼がおりました。 その存在から溢れ出る凄まじい殺気と威圧感に、ザックスは生命の危機を感じた。 生きようという本能が反射的に腕を動かし、残像が見えそうな速さでドアを閉めようとする。 だが、それを凌ぐ速さで出されたセフィロスの足がドアと壁の間に入り込み、更に増した怒りのオーラに、ザックスの顔から血の気が引いていった。 「・・・何のつもりだ?」 「こ、こここ恐いってセフィロス!マジ恐いって!!ってか来るの早すぎないか!?」 「走ってきたからな。・・・はいるか?」 「いるけど・・・あ・・・まぁ、その・・・立ち話も何ですから、上がってください」 本気で怯えているザックスに、セフィロスは幾分か殺気を和らげるが、それも恐い事に変わりない。 意図せず敬語になってしまったザックスに促され、セフィロスは中に足を踏み入れた。 セフィロスの寝室程しかないワンルームだが、ザックスの給料から考えると、その広さは妥当だろう。 セキュリティを考慮する必要も無く、同居人もいないのだから、彼にはそれで十分なのかもしれない。 棚の中にはよくわからない物がゴチャゴチャと乗せられ、何となく慌てて片付けた様子が伺える。 ザックスらしいと思いながら、セフィロスは部屋の中を見回すが、目当ての彼女の姿は何処にも・・・・ベッドの陰に頭が見えた。 「・・・隠れているつもりか・・・?」 「、出てこないと、セフィロスがもっと怒るぞ」 「・・・・・・・・・・・・・・」 二人の言葉にビクビクと体を揺らしたは、数秒考え、ゆっくりと立ち上がる。 逃げられた上に隠れられたセフィロスの怒りは、ザックスが言うとおり更に増したのだが、顔を上げた彼女の真っ赤な顔に、それは一瞬緩んだ。 目が合った瞬間、耳まで赤くなって俯いたと、それを無言で見下ろすセフィロス。 初々しいのか、ウザったいのか、物騒なのか。 微妙な空気で向かい合う二人に、まさかここで話し合いするんじゃないだろうかと思いながら、ザックスは冷蔵庫まで飲み物を取りに行った。 傍観を決めてしまうと、ある程度心は落ち着いてくる。 セフィロスの殺気が恐い事に変わりは無いが、当事者ではないためか、高見の見物でもするように二人の事を見る事が出来た。 てっきりが赤っ恥を・・・と考えていたが、どうやら違ったらしい。 一体何をしてセフィロスをこんなに怒らせたのだと、呆れと感心が混じる目でザックスは二人の様子を眺めていた。 これから話し合いをして仲直りをするのは間違いなさそうだが、黙ったままの二人の様子を見る限り、かなり難がありそうな気がした。 特に、怒るセフィロスに対し、が逃げ腰になっているのは良くない。 戦闘能力から考えると、彼女の方が上なのかもしれないが、これはそういった力関係で解決されるものでもないのだろう。 そういう目で眺めてみると、今の二人は何と言うか・・・・セフィロスがを苛めているようにも見える。 彼が本気で怒っているのだから、仕方ないとはいえ、俯いて何も言えないでいる彼女が不憫に思えてきた。 こういった喧嘩に第三者が介入するのは、喜ばしい事ではないかもしれないが、このまま放っておいても何も解決しないだろう。 「二人とも、突っ立ってないで座れって」 俺ってお人好しだな〜と、内心苦笑いを浮かべながら、ザックスは二人を椅子に促す。 と言っても、ワンルームの狭い部屋にソファなど無く、はベッドに。テーブルを挟んだ所にある折り畳みの椅子にセフィロスは腰を下ろした。 何処に座ろうか迷ったザックスだったが、他に腰掛ける場所は無いので、少し間を空けての隣に腰を下ろす。 座った瞬間、セフィロスの眉がピクリと動き、ザックスは座る位置を間違えた事に気づいた。 不機嫌な男の前に、その女とこの部屋の主である男が隣り合って、しかもベッドに座る。 まるで三角関係の縺れの図ではないかと思ったが、今更場所を移動するのもわざとらしい。 自分に敵意は無く、むしろ仲裁役のつもりなのだと嘆きたくなったが、ザックスは溜息を飲み込んで二人の顔を見やった。 「俺、何にも聞かされてないんだけど・・・何があったわけ?」 「・・・・・・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・・・・・」 イエナイ事デスカ? 聞いた瞬間、は更に顔を赤くし、セフィロスは思案するように視線を逸らすと、彼女の様子を伺う。 よもや口に出してはいけない、教育的によろしくない、放送禁止用語的な事が原因なのだろうか。 聞かないほうが良かったのかと思うものの、既に口に出してしまったものは仕方が無い。 肝心の質問に答えてくれないのでは、話し合いの「は」の字にもならないが、ならばセフィロスの嫉妬を抑えようとザックスは考えた。 「じゃぁ、何でが此処にいるかだけど・・・」 「・・・・ああ」 「・・・・・・・・・・・・」 「俺の家の前で迷子になってたから、拾ったんだよ。で、セフィロスに迎えに来てもらおうと思って電話したってワケ。 言っとくけど、それ以外に何にもないからな?」 「・・・」 「・・・すみません・・・」 やっぱり人様に迷惑をかけていたのか・・・。 そんな瞳で見つめてくるセフィロスに、は面目無さそうに頭を垂れる。 やっと普段の二人らしくなってきたと思いながら、自分が嫉妬される理由が無くなった事に、ザックスは心の中で大きな安堵の息をついた。 「で、もう1回聞くけど、何があったわけ?ってか、何でがご近所で迷子になってたわけ?」 俺、お兄ちゃんだな〜・・・。 まるで意地を張り合う子供を仲直りさせているよう・・・というか、実際その通りの状況だった。 よもやこの二人を、こんな風に仲裁する日が来るとは・・・。 出会った頃の大人な二人が嘘のようだと、ザックスは懐かしいのか空しいのかわからなくなる。 「・・・が・・・飛び出して行った」 「な!?貴方にも原因があるではありませんか!そんな端的すぎる説明では誤解されるでしょう!?」 「お前が迷子になったのは、それが理由だろう」 「だからと言って、そんな端折りすぎた説明がありますか!そもそも貴方がふふふらふらふら・・・」 「不埒だとでも言うのか?帰って来た人間におかえりと言って何が悪い」 「言い方に問題があるんです!何だってみみみみみみみ・・・・!!」 「落ち着け。・・・耳元で言っただけだろう。それより、その後のお前の行動の方が俺は重要だ」 「その後だって十分・・・・その・・・顔を寄せて・・・!!」 「前にした時は平気だっただろう!何故今回は駄目なんだ!!」 「ま、前?前って・・・あの時は・・・いいじゃないですか!」 「良くない!いや、良いなら今回だって受け入れてくれてもよかっただろう!」 「だ、だ、だから・・・それは・・・!」 結局、バカップルの痴話喧嘩ですか・・・。 真っ赤になって声を上げると、珍しく声を荒げて怒るセフィロスを横目に、ザックスは耳掃除を始める。 完全に呆れきった目で眺める彼は、今や完全に蚊帳の外に出されていた。 自ら口出しを止めたとも言えるが。 自分は一体何をしているんだろうと、早くも現実逃避する頭で、ザックスは言葉に詰まって黙ったを見る。 二人の会話で、何とはなしに状況が飲み込めてきたが、彼にしてみれば、今更何を・・・という気持ちの方が大きい。 まるで付き合ったばかりのカップルの会話だと思い、だが、その考えが過ぎった瞬間ザックスは手を止める。 まさか・・・と思いながら、耳から耳かき棒を出し、注意深く二人を観察してみた。 「、百歩譲って、抵抗するのは仕方ないとしよう。だが、だからと言って投げる事は無いだろう!」 「貴方が如何わしい事をなさらなければあんな事はしませんでした!」 「それでこの先どうするつもりだ!俺は何度お前に投げられなければならないんだ!!」 「こ、これからって、貴方一体私に何をするつもりなんですか!?」 「考えずともわかるだろう!そんな事も言わなければ分らないのか!」 「な、な、なななななな・・・・・・恐ろしい!何て恐ろしい人なんですかセフィロス!!」 「何が恐ろしいだ!男はそんなものだ!!大体、俺が今までどれだけ我慢していたと思ってる!?」 「が・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 彼の言葉に、の顔から一気に血の気が引いていった。 流石にそろそろ助け舟を出そうと思っていたザックスも、セフィロスが最後に言った余計な一言に、フォローの言葉が思い浮かばなくなる。 それは言ってはいけない一言だったと、セフィロスが気づいた時には既に遅く、は石化したように固まっていた。 「・・・・・・・・」 「・・・・・・・」 「えーっと・・・我慢するしないはさておいて・・・」 どうする?どうすればいいんだこの状況!? 一応場を仕切りなおすような事は言ったものの、次の話題が思い浮かばず、ザックスは嫌な汗をかく。 そもそも何故自分が、こんな形で人様の恋愛事に首を突っ込んでいるのだと、内心泣きたくなってきた。 今のにこれ以上妙な事を言っては、本気で意識を失うかもしれない。それだけはわかる。 ならば真面目に話すことが出来る話題に振ろうと考えるが、この問題でそんな真面目な話題に繋げられるのか、甚だ疑問だった。 「あのさ、今回の喧嘩について。何が不満なわけ?特にセフィロス」 「さっきも言った通りだ。前は平気だったのに、今回だけ拒絶されるのが納得出来ん」 「・・・何を拒絶されたの?」 「・・・・・・・・・」 何と言ったらよいのか、上手い言葉が見つからず、セフィロスは考え込む。 それを見るザックスが、彼の思考を理解出来るはずもなく、彼なりの常識と先入観から『夜の営み』だと推測してしまった。 隣で再び真っ赤になっているの様子を見、勘違いするザックスは間違いないと思いこむ。 なるほど。ならばセフィロスが此処まで悔しがり、怒るのも納得できなくもない。 「あのさ、セフィロスは俺より経験豊富だと思うけどさ、そういうのは相手によるだろ?にだって気分とか体調とかあるんだし。 それに、今日って確か実習旅行から帰ったばっかりだろ?疲れて帰って来たのに、更に疲れるような事するってのはさ、だってキツイんじゃないか?」 「・・・?別に疲れるような事はしようとしていない」 「そりゃセフィロスは体力ありそうだし、男だからそう思うけどさ・・・」 「体力など関係ないだろう」 「あるだろ!?メッチャクチャ関係あるだろ!!優しくしてるつもりでも女にとったら重労働って事もあるだろ!?」 「何故だ」 「何故ってダンナ、それを聞きますか!?」 「・・・・・・ザックス、お前は何を指してそう言ってる?」 「え・・・・・・・・・・H」 「そうか。ザックス、残念だ。もし今此処に正宗があったら、俺はお前を親愛を込めて串刺しにしてやっただろうに」 先程までの口論で沈下していたセフィロスの怒りと殺気が、ザックスの一言で再燃する。 恐れに青くなり、勘違いに赤くなり、混ざって平常の顔色になった彼は、慌てて話の道筋を直し始めた。 隣にいるは、意識こそ失っていないものの、呆然とした顔でザックスを見ていた。 頼まれたわけではないが・・・否、頼まれていないにも関わらず、仲介役をしている人間に対し、この二人の態度は何々だろうか。 腹が立つ気持ちもあるが、馬鹿馬鹿しいという気持ちもあり、結局なんとも言えない気分である事に変わりは無かった。 「セフィロスは・・・何をかはわかんないけど、拒否されたのがそれが不満なんだよな?」 「他にもある」 「な、何?」 「俺を投げ飛ばした事だ。確かに俺も油断していたが…嫌なら口で言えば良かっただろう」 「そ、そんな余裕・・・ありませんでしたよ」 「え?そんな急に何かしようとしたの?」 「逃げる時間も避ける時間も与えた」 「ですが・・・いきなりあんな事をされては・・・・理解するまでに時間がかかります・・・」 「二人の思考のペースが合わなかったって事だな」 「顔が赤くなっていても、理解出来ていないと言えるのか?」 「う・・・それは・・・顔が近かったから・・・」 「乙女・・・」 「で、その乙女に投げ飛ばされた男の気持ちを、お前は分かるか?」 「・・・それは・・・すみません。混乱していて・・・ですが、ちゃんと手加減はしました」 「それは・・・」 「それだ。俺はそれが一番腹が立つ」 一番やってはいけない事だった。と、ザックスが言う前に、セフィロスが言葉を出した。 目を丸くした彼女に、二人は顔を見合わせると、同時に溜息をついて肩を落とす。 「いいか。俺はソルジャーだ。今までずっと、戦いの中で生きてきた。それに誇りも自負もある。自分の力量も知っている。 だが、実力的には仕方ないとはいえ、咄嗟の状況で手加減されたのは、戦う者として許せなくなる・・・自分自身がな。それが例え小さな喧嘩であっても・・・己が非力さを思い知らされれば、余計だ」 「・・・そうだな。真剣勝負で生きてるからこそ、特にそれは思うんじゃないか?ならどうだ?喧嘩で、相手に手加減されるってのはさ。まして、自分が守る側なはずなのに、その守る対象に咄嗟で、つまり本能的に手加減される。なら、わかるんじゃないか?」 「・・・すみません。・・・・・・ですが・・・・」 「何だ?」 「何かあるのか?」 「手加減しなければ・・・・・・確実に死にますよ?」 ソウダネ。 確かにその通りだ。 そして家も破壊されるだろう。 とて戦いに身を置いて生きていた人間。 彼らの気持ちが分からないわけではなかった。 だが、願いが現実と重なってくれる事など、世の中そうそうあるわけではなく、セフィロスの願いもその一つであった。 仮にセフィロスの希望通り、が手加減せずに防御・攻撃したならば、彼の体は家の壁諸共木っ端微塵。 同じマンションに住む無関係の住人を巻き添えにし、命の灯火を消してしまうだろう。 万が一魔法など出してしまったら、更なる惨事が起こるに違いない。 思い出すのは、出会って間もない頃に起きた、アバランチの襲撃事件。 巨大な炎の壁を作り出した彼女は、疲労の色など露程も見せず、ただのファイアの応用だと言ったのだ。 本当に本気を出されたら、セフィロスの体や家どころか、ミッドガルが消し飛ぶぐらいは考えて良いかもしれない。 手加減されるのは嫌だが、殺されるなんてもっと嫌だ。 手加減するなと言って、本当に言われた通りにするほども馬鹿ではないだろう。 だが、彼女に殺されるかもしれないと考えると、そちらの方が勘弁して欲しいと思った。 かと言って、手加減してほしいと言うのも、情け無さ過ぎて言いたくない。 「私は、自分の手で貴方を消す事だけは嫌です。絶対に」 「・・・そうだな」 「じゃ、それはそれで解決って事で」 はっきりと言い切ったに、セフィロスとザックスは複雑な心中のまま頷く。 こういう微妙な問題は、なあなあで解決するに限るのだろう。 これ以上この事で頭を使うのも、空しいやら悲しいやら・・・。 「えー・・・・じゃぁ、セフィロス、他に何か不満は?」 「・・・・・・・・・・・・・無い」 喧嘩した後に、友人と言えど男の家に居たことが気に入らない。 そう口に出しそうになったセフィロスだったが、あからさま過ぎる嫉妬だと、言葉を飲み込んだ。 嫌な気分になったのは本当だが、頭にくると言う程ではない。 が進んでザックスの元を訪れたのではないのだから、ここは黙っているべきだと考えた。 言われたも困るが、一番困るのはザックスなのだ。 彼に世話になる日が来るとは思っていなかったが、今現実にそうなっているのだから、これ以上迷惑はかけられない。 「は?セフィロスに何か不満っつーか・・・あるのか?」 「・・・不満などありませんよ?」 「え?じゃぁ何で出てきたの?」 「頭を冷やそうと思ったんです」 「ああ、ソウデスカ・・・」 「あの場で冷静になるのは無理そうでしたし・・・混乱していましたからね」 てっきりもセフィロスに言いたい事があると思っていたザックスは、その言葉に拍子抜けした。 それは彼女らしい答えで、何のつっかえも無く納得できてしまう。 だが、セフィロスの方は納得出来なかったらしく、眉間に皺をよせてを見ていた。 「、腹に溜めて忘れようとするのは、お前の悪い癖だ」 「・・・・はい?」 「お前は自分に不満があっても、大した事ではないと考えて、気にしないようにする所がある」 「・・・・・・・・・・」 実際大した事ではないので、本当に気にしていないのだが・・・。 真剣な顔で言う彼に、はどう説明したらよいものかと考え、口を閉ざす。 前にも似たような遣り取りがあった気がすると記憶を手繰れば、コスタ・デル・ソルのホテルでの会話が思い出された。 あの時も今も、彼はすぐ自分を心配してくれる。 それだけ大事にしてくれているのか、それとも単に心配性なだけなのか。 どちらであっても構わないが、いつか気苦労で禿げるのではないかと、はセフィロスの毛根が本気で心配になった。 「セフィロス、私は本当に・・・」 「、不満が無いと言うならそれでいい。ならば俺は・・・お前の言葉を信じ、これからは今日と同じように挨拶する事にしよう」 真顔で言ったセフィロスの言葉に、は思考諸共固まる。 何とはなしに状況を予想するザックスが、呆然とする彼女を同情の眼差しで見つめていた。 ニヤリと口の端を吊り上げたセフィロスに、彼女は漸く時を取り戻し、瞬間顔を真っ赤にさせる。 「なななな何ですかそれは!あの行為は不埒だと言ったではありませんか!あああああ貴方はいつからそんな猥褻な人になったんですか!」 「俺は猥褻じゃない。不満が無いと言ったのはお前だ」 「それとこれとは話が別です!如何わしい!如何わしい!嘆かわしい!!」 「別ではないだろう。お前はこれまでの俺との関係で不満が無いのだ。ならば先程の事も不満ではないのだろう?コレまでの関係・・・だからな」 「ぐぬっ・・!」 「話は終ったな。これで仲直りだ。帰るぞ」 反論する言葉がみつからず、悔しそうな顔をするへ、セフィロスは満足気に言い放つ。 素晴らしい仲直りのし方に、ザックスは感心と呆れが混ざり、流石英雄だという言葉しか思い浮かばなかった。 その間にも、セフィロスは玄関の方へ向かってしまい、もギリギリと歯軋りしながら立ち上がる。 結局従うのかと、ザックスは苦笑いと共に小さな溜息を零すが、ふと思い当たる事があって彼女を引き止めた。 「、納得してないだろ?」 顔を近づけ、彼女にしか聞こえない小さな声で、ザックスは言葉をかける。 立ち止まって振り向いたセフィロスに、少し待って欲しいという意味で視線を送ると、彼は外で待っていると言って部屋を出た。 このまま二人を帰しても良いのだが、そうなれば、また同じような喧嘩を起しかねない。 そう考えてを引き止めた事を、セフィロスが分っているかは定かではなかった。 だが、自分の言葉より他人の言葉の方が、相手に理解してもらえる時がある事を、彼は分っているのだろう。 「納得するしないではなく、対処に困るだけです」 「対処って・・・嫌なのか?」 「嫌とは・・・思いません。ただ、どうしたら良いのか分からない。あの方に・・・どんな反応を返せば良いのか・・・私は知らない」 単なる初心者・・・いや、彼女の性格を考えると、恋愛下手というやつなのかもしれない。 以前初恋について聞いた事はあったが、それは結局相手が女だったと言うし。 それに、自身家柄や立場から、傍にいても触れる気など無かったと言っていた。 きっと、その先の事など考えた事も無かったのだろう。 家督だの、仕来りだの、年頃の女の子が背負うには随分重いものだろうに、捨てたいと思った事は無かったのだろうか。 たとえそれを聞いたとしても、返ってくる言葉は予想できるが、昔の彼女が少し可哀想だと思う。 もしも、その頃の彼女にしがらみが無く、普通の女の子のように恋をしていれば、今こうして惑う事は無かっただろう。 だが、そんな経験が無かったからこそ、今のがあり、そうでなければではないと思えてしまう。 考えても仕方が無い事だと、早々に思考を止めたザックスは、彼女に言うべき言葉を考える。 どう反応したら良いのか、それを知らないならば、知れば良い。 だが、彼女にとって未知であるそれを、口で言ったところで、理解するのは難しいだろう。 こればっかりはザックスが直接教える事ではなく、当然セフィロスの役割だ。 ならば、答えは至って簡単な事である。 「は、セフィロスの事信じてるか?」 「勿論です」 即座に肯定した彼女に、ザックスは思わず笑みを零した。 裏表のない人だとは分っているが、考えるまでも無く答えを出す彼女の素直さは、時々子供のそれに似て思える。 まるで親に懐いている子供・・・いや、まさかそんな気持ちで信じていると言う意味ではあるまい。 外見年齢や二人の関係における立場から考えると、少し否定出来ないでもないが、実年齢はの遥かに上なのだ。 まさかそんな事は無いと思うが・・・・もしそうだとしたら厄介だ。 有り得ないとは思うが・・・セフィロスにとっては大問題。 決して無いと思う・・・二人のこれからの事を考えると、事は重大だ。 「、念の為聞くけど・・・セフィロスの事、男として見てるよな?」 「・・・・・・は・・・・」 「セフィロスの事、男として意識してるんだよな?」 「・・・な、何を聞いてくるんデスカ貴方?!ああああああアタリマエじゃないデスカ!!そうでなれば、こんなに右往左往していませんヨ!」 「あ、だよな・・・ならいいんだ、うん。・・・あーよかった」 少しヒヤヒヤしながら聞いたザックスだったが、顔を赤くして声まで裏返したに、ホッと息を吐く。 最悪の事態を免れ、安心と共に妙な達成感を感じながら、彼は肩の力を抜いた。 もし違うと言われたらどうしようかと思ったが、そこまで彼女はぶっ飛んでなかったようだ。 気を取り直し、少し考えた彼は、まだ頬を赤らめたままの彼女を見て、少しだけ頬を緩めた。 「うん。じゃぁ、はそのままでいい」 「は?」 「セフィロスの事信じてるなら、そのまま信じてれば良いんだ。無理に何かしようとしなくても、セフィロスはのそういう所、分ってて、ちゃんと考えてるからさ」 「・・・・・・」 「今までどおりついてけばいいんだ。セフィロスは、絶対にを裏切らない」 「私は・・・・」 「どうしたらいいか。それは、セフィロスが教えてくれると思う。必要なら、ちゃんとを引っ張ってくれる。だから、大丈夫だ」 「・・・ザックス」 お前に諭される日が来るとは・・・・大きくなって!! 感無量とはまさにこの事。可愛いザックスの成長に、の胸は熱くなった。 別方向で感動するに、それを知らないザックスは柔らかく笑ってみせる。 見つめ合う彼女は、彼の手をそっと取り、両手で優しく握り締めた。 驚いたザックスの顔がほんのり赤く染まり、その瞳に幸せそうに微笑む彼女を映す。 何の意図が無いにしても、これはちょっとマズイのではないかと内心焦るザックスだったが、次の瞬間彼女の口から出た言葉がそれらを吹き飛ばした。 「孫よ・・・!!」 「・・・・・・」 孫なんだ・・・ 可愛い可愛い孫・・・ザックスの言葉を無駄にしてはならない。 そう決意するとは対象に、ザックスはガックリと頭を垂れる。 彼女にはかなり気に入られているような気はしていたが、よもや孫というポジションになっているとは思ってもみなかった。 せめて息子か弟ぐらいにしてほしい。 「ザックス、貴方の言葉、信じてみます」 「・・・うん」 「私は、あの方の傍で、あの方に、ついて行きます」 「うん」 これで一件落着。 そう思うのに、晴れ晴れした気持ちになれないのは何故だろう。 理由は分かるが考えたくないと、孫は微妙な気持ちで部屋を出て行くを見送る。 いつか、孫よりも少し大人の段階の友人に思ってもらえれば・・・と。 そう願わずにはいられなかった。 | ||
今回は長かったッスね。うん。 2008.05.03 Rika | ||
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