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自分の中の何かが抜け落ちたような感覚があった。
それが心からなのか、体からなのかはわからない。
清清しさも無く、寂しさも無く、ただ『無い』という感覚だけだった。

魔力が回復すれば元に戻ると思っていたが、ミッドガルへ着いても、それは変わらない。
変わらず、出た日と同じ空の下にある街へ足を踏み入れると、燻る敵意が自分を見つめていた。

守らねばならない。そしたいと思う者がいて、あって、進むべき道は未だ照らされず、向けられる敵意だけは嫌と言うほど感じる。
その感覚を、懐かしいと思える暢気さはあるようだった。


急いては事を仕損じると言うが・・・
もしかして、少しは焦った方がよいのだろうか?




Illusion sand − 78




人工物で溢れる街は、正午を前にすると動く鉄の塊りが増える。
自然にあったはずの人が生きるそこは、遠くに薄っすらと見える山並みの他に、本来生きるはずの場所を見せない。
人が作り上げた、厚く巨大な鉄の板の大地の上にあっては、それすらも、高く聳える建造物達によって見る事は叶わなかった。

天上にある神を真似たのか。はたまた土地代を儲ける為なのか。
円形の街の中央に位置し、一際高いビルの最上階から、プレジデント神羅は何を思うでもなくその街を見下ろす。
ゆっくりと振り向いた先には、応接用のソファに腰掛ける息子が、優雅にコーヒーを飲んでいた。

賢い息子は、呼び出しの理由も、言われるだろう事も分っているだろうに、余裕の顔でこちらを見る。


「早く用件を言ってくれないか?コーヒーを飲ませる為だけに呼んだ訳でもないだろう」
「科学部の実験サンプルを奪ったそうだな」

「最近モンスターの研究に興味が湧いてきたのでな」
「そんな話は、私の耳には入っていない」

「最近だからな」
「セフィロスまでもか?」

「セフィロスは戦闘経験が豊富だ。モンスターにも詳しい」
「・・・・・・・・何を考えている」


此処まで冗談に付き合うとは、随分警戒してくれていると思いながら、ルーファウスはカップを置く。
思い出す度腹の内で蠢く怒りに、さてどうしてくれようかと考える彼の顔は、その感情とは裏腹に笑みを浮かべていた。


「考えているのは・・・そちらではないのか?」
「質問しているのは私だ」

「それはそれは・・・」


心とは裏腹な言葉を放つ口を、間逆の表情を作る顔を、ルーファウスは我ながら器用だと思う。
時折起す口論と、さして変わり無い会話でも、その彼の腹の内にある感情が如何程の物か、社長は分っていないのだろう。
もう少し、感情を表に出す性格だったなら、今頃この部屋を滅茶苦茶に破壊・・・否、それはまだ可愛いぐらいだ。
頭にきすぎて、逆に冷静になっているのかもしれないと、暢気な事すら考えながら、彼は自分の父親と見合う。


「俺がとぼけていてくれた方が、助かるのではないか?」
「お前に何が出来るというのだ」

「有能な飼い鳥と凶暴な鷹をけしかけるぐらいだろうな」
「・・・・・・・・・・・・・・」


宣戦布告にも、プレジデントは表情を変えず、その鳥が誰なのかと考える。
知らぬ間に、セフィロスを飼いならしたとでもいうのか。
そして、もう片方の鳥は誰だと考え、脳裏に過ぎった一人の女の顔を、まさかと振り払う。
次いで脳裏に浮かんだ赤髪の男に、ならば納得出来ると思うものの、しかし何故かしっくり来ない気がした。


「彼女は私の篭に入れた鳥だ。勝手な事をしないでもらえるか?」
「随分入れ込んでいるようだな」

「あれの囀りは心地良い」
「鷹を懐かせる程に・・・か?」


無理も無いが、やはり分っていないと、ルーファウスは笑みを深くする。
を知らない社長は、鷹を、別の小鳥だとでも勘違いしているのだろう。
とはいえ、元よりそれを知らせてやる気も無いので、勘違いしてくれているならそれでよかった。
知った時の顔が見物だと、黒い感情が情の無い言葉を囁き、それすら自分が短気を起すか否かの小さな決断にかかっている。
もし決めたとすれば、事を順調に運ばせるだけの脳は持っている。
己の采配一つで、目の前の男と、この世界の命運が左右されてしまうのに、下らないと冷めている自分がいた。
世界の命運などどうでも良いと思うのに、女一人の事は大事なのだろうか。
全てを知りながら何も知らない父親と、感情に流されながらそうなり切れない、崩壊の切り札を持つ息子。
真の愚者はどちらだろうかと、零れた自嘲は答えを出さぬまま消えた。


をどうするつもりでいた?」
「お前が知ってどうする」

「・・・知っての通り、彼女は私の所有物だ。使いたければ私の許可をとってもらいたい」
「セフィロスのものになったと聞いているが」

「女としてはな」


に聞かれたら、後から物ではないと怒られるかもしれない。
いや、苦笑いして済ませてくれるだろうか。

剣呑な会話をしているというのに、ルーファウスの頭の中は、さっきからずっと暢気な囁きばかり浮かんでくる。
誰の影響か、考えずとも分かる事に内心苦笑いし、その心地良さだけで腹にあった感情が軽くなる事に、彼は僅かばかりの胸の痛みを覚えた。
それでも、がセフィロスの隣にある事を良しとし、嫉妬や羨望という感情は生まれてこなかった。


「彼女は既に神羅の保護下ではない。一般人だ。どちらにしろ、手を出すならば正当な理由が必要だと思うが?」
「・・・・・傾倒しすぎだ」

「それこそ、そちらには関係の無い事だな。反神羅組織相手でもあるまいし、私が誰を友にしようと、口出しする権利など無いだろう。上司としても、父親としてもな」
「手に入らん女に気を砕いて何になる」

「友人だと言った筈だ」
「そうやって逃げるのか。随分腰抜けに育ったものだ」


段々と苛立ち始めたルーファウスの声に対し、プレジデントの声は平静のままだった。
論点がずれている事に気づいていても、意地になって譲らない子供臭さが、更にルーファウスの中に苛立ちを募らせる。
浮かべていた笑みを消し、険しい顔で睨む息子に対し、父親兼上司は同じ色をした瞳で、彼を冷たく見つめていた。


と言ったか。お前が彼女に初めて会った日、お前は私に早く隠居しろと言ったな」
「・・・・・・・・・」

「私の答えは変わらん。今のお前には十年早い。感情も抑えられず、自分からも逃げるような弱い人間に、神羅を受け渡すほど私は愚かではない」
「・・・っ・・・」


握り締めた拳は、己の思いを履き違えて否定されたためか。それとも深い場所に隠していた心を見透かされたからか。
どちらと答えを出す事をしないまま、言われた言葉の通り感情を抑え切れていない自分に、ルーファウスは顔を顰めた。


「忠告は有り難く肝に銘じておこう。だが、私との関係がこの先変わることは無い。今の地位が惜しいなら、二度と彼女に手出しをするな」


此処でどんな言葉を返しても、それが負け惜しみにしかならない事ぐらいはわかっている。
肯定し、しかし念押しも忘れずにすると、ルーファウスは席を立った。

直情的過ぎる自分を冷静に見ながら、社長室に来た当初とは形を変えた怒りに、心が意のままにならない。
それに対する苛立ちが悪循環を生むのだと、その事を理解する冷静さだけは持ちながら、ルーファウスは社長室を出た。


怒りの表情を隠そうともせず降りてきたルーファウスを、社長秘書達は戸惑いながら見送る。
それに一瞥すらせず、すれ違う社員の挨拶すら返さない彼は、自分の執務室に入ると音を立てて扉を閉めた。


感情を抑えられていないという社長の言葉が、事実であるからこそ頭に響く。
以前は、その程度の事など造作も無かったというのに、今の自分は何だろうか。
意図せず脳裏に浮かんだ彼女の姿が、影響されている事を漠然としか考えていなかった自分へ、真実を見せ付けるようだった。
自嘲にも似た笑みを零しながら、心は戸惑い、酷く揺れ動かされている。

諦めたのでも、逃げたのでもなく、この現実に満足しているのだ、と。
自然と出ていたはずの答えが、他人の言葉で揺れてしまう事に、いつからか脆くなっていた自分への怒りを感じた。
それでも、と共にいるセフィロスへの、嫉妬も劣等感も生まれはしない。

彼女を手に入れたいか。傍に置きたいか。触れたいか。抱きたいか。
幾多の自問をけしかけても、本音が返す答えはNOで、ならばどうしたいのかと問えば、友人兼部下として傍に置きたいという答えが出る。

怒りを目覚めさせた心の奥底で、自分が一体何を望んでいるのか。
それを知ったところで、自分が出す答えが変わることは無いのだろうと、漠然とした予感が言う。

を友として思うようになってから、女として触れたいと思った事は一度も無かった。
女として見なくなったと言えば、相当な嘘吐きになるが、出てくる答えは変わらない
まるで不可触の女神に恋しているようだと、馬鹿な言葉が思い浮かんだ自分に苦笑いしながら、その言葉に漸く納得した。

誰のせいでこんな不毛な自問をしているのか。
考えると頭にくるが、結局を女として手に入れたいのではないという答えに変わりない。
下らない事に時間を使わせるなと盛大な溜息をつくと、ルーファウスは自分の椅子に腰を下ろした。










美味さに惹かれてつい買ってしまったミディール饅頭の袋を手に、は漸く我が家へと着く。
いつも何かと世話になり、今回の科学部の件でもまた世話になる、いつもの面子へのお土産だ。
デカデカと印刷された、『ミディール温泉』の文字と、湯煙が上がる温泉風景。
旅行に行ってきましたと言わんばかりの、少し恥かしい紙袋を肘にかけ、彼女は道具袋の中から部屋の鍵を探した。
持って行った回復アイテム全てを使い切った袋の中は、洗面道具と残りの所持金3ギルぐらいしか入っていない。
すぐに鍵を見つけて取り出したものの、それに引っかかって脱いだ下着まで引っ張り出してしまった。
周りに人がいない事を幸いと思いつつ、少し急いで外していると、家の扉が開かれてセフィロスが顔を出す。


「おか・・・・・・何をしている?」
「引っかかってしまいまして・・・」

「早く入れ」
「はい・・・」


玄関前で下着を引っ張り出しているに、一瞬思考が止ったセフィロスだったが、彼女の言葉を聞いてすぐに中に入れる。
少し気まずそうな顔をしながら、下着を道具袋に仕舞ったは、数日振りの我が家の廊下を感慨深げに見渡した。

僅かな時間だったとはいえ、濃い数日間だったせいか、かなり久しぶりのような気がする。
一時は本当に帰れないかもしれない状況だったのだから、当然と言えば当然なのかもしれないが、此処に来て漸く本当に帰ってこれたのだと実感した。
自然と抜けた肩の力に、完全に根を下ろしていると内心苦笑いして顔を上げると、いやに機嫌が良い彼と目が合う。


「セフィロス、どうかしましたか?」

首を傾げて見上げる彼女に、セフィロスは数秒考えるとニヤリと口の端を上げた。
嫌な予感を感じ取っているだろうに、全く身構えていないの耳元に、セフィロスは唇を寄せる。


「・・・おかえり」
「・・・・・・・・・」


囁く声とかかる息が、の体をぶるりと震わせる。
途端、ガチガチに固まった彼女の体に、セフィロスは笑いを堪えながら、信用しすぎだと内心意地悪な事を考えていた。
さてこれからどう反応してくれるだろうと顔を覗き込むと、は目を見開いて固まっている。
半ば予想していたが、もう少し進展しても良いだろうと、セフィロスは彼女の額にじぶんのそれを重ねてみる。


・・・」
「・・・・・・・・」

「返事はないのか?」
「た・・・た・・・た・・・」


息がかかるほど近くにある顔と、額から伝わる暖かさに、は思考が停止したまま、言葉にならない声を出す。
早く言葉を返せと促す目は、言葉の先を待ちながら細められるが、急に起きた激しい動悸と顔の熱に、彼女の中の何かは限界への階段を駆け上っていた。

脳内で危険信号と警報がガンガン鳴り響いてるにも関わらず、すぐにが手を上げなかったのは、これまで培ってきた信頼関係の賜物だろう。
だが、楽しんでいるセフィロスの身へ危険が迫っている事に変わりは無い。

言葉を返すべきか、それとも離れてくれと言うべきか。
どちらも最優先事項なのだが、残念ながら今の彼女には、順を追って言えるだけの余裕はなかった。


「た・・た・・・・」
「・・・・・・・?」

「だぁああああああ!!!」
「っ!?」


嫌な予感がして顔を離そうとした刹那、セフィロスは体が宙に浮くのを感じる。
視界を流れてゆく廊下の床や天井に、苛めすぎたと思いながら、床に落ちる瞬間体勢を立て直す。
勢いに負けた体が僅かに揺れたが、背中を打ち付けなかったのだから、相当加減はされたのだろう。

顔を上げた先には、耳まで真っ赤になったが、わなわなと震えながら自分を見ている。
完全に冷静さが消えている彼女に、これ以上の拒否反応を起される前に謝らなければと立ち上がるも、セフィロスが謝罪を口にする前にが叫びをあげた。


「あ、ああああ貴方は何て事をしてるんですか!私も何て事をー!」
、落ち着・・・」

「いい!いいです!セフィロス、貴方は、あな・・・う・・・うあぁあああ!!」
!」

「不埒者ーー!!出直して参るーー!!」
「待て、!!」


我が家にいながらどう出直すと言うのか。

完全に混乱しているは、目に涙を浮かべると、セフィロスの制止もきかず家を飛び出してしまった。
慌てて後を追ったセフィロスだったが、彼女が落としていった土産の袋に足を取られ、勢い良く床の上に転がる。
床を伝って、非常階段を駆け下りる足音が聞こえ、何段も飛ばしているらしいその音に、彼は現段階での捕獲は不可能と悟る。

無様に転んでしまった事に溜息をつきつつ、打ち付けた膝を摩った彼は、彼女の土産を拾い上げる。
結局関係が進展していない事に、残念な気持ちになってしまうが、急いだ上にからかい過ぎた自分にも非はある。
人様に迷惑をかける事をしなければ良いが・・・と思いつつ、時計を見たセフィロスは、30分経っても戻ってこなければ探しに行こうと決めた。





ルーファウスさーん・・・出張ったね。
はい。そんな訳で、さんプチ家出です(笑) 2008.04.17 Rika
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