次話 ・ 前話 ・ 小説目次 | ||
希望は、意図せず手の内から離れ始める。 全てを見つめる意思は、己が予想から外れた未来を感じた。 希望が希望たる由縁となった力故に、惑いは恐れへ、悲しみは怒りへ変わる。 万物を育む大地の下、密やかに終焉は決められた。 それは全ての終焉か、それとも希望の終焉か。 Illusion sand − 77 「久しぶりだな・・・」 実習旅行最後の夜。 会議という名の飲み会の最中、強く訴えるような耳鳴りに、はポツリと漏らす。 学校側への被害が最小限であった安堵からか、他の教員は既に酔いが回り、大層盛り上がっていた。 唯一静かなのは、まだ全快に至らずアルコールを控えていると、酒が飲めないアベル教官が座っている場所だけ。 しかも、二人はあまり騒ぐタイプではないので、淡々と食事しながら、他の教官達を眺めているだけだった。 箸を置いて耳を押さえたに、アベル教官はチラリと目を向け時計を見る。 宴会が始まってから、まだ30分も経っていないが、この騒がしさの中ではそうなるのも無理は無いと思った。 「少し、出てきます」 立ち上がったに、アベル教官は無言で頷き、気配を消して部屋を出る彼女を見送る。 断りを入れられたアベル以外、物音も立てず居なくなった彼女に気付く者などいなかった。 襖一枚隔てただけだというのに、室内の騒がしさは大分遮られ、廊下は夜の僅かなざわめきしかない。 広間と言うには狭い一室の外は、温暖な気候と落ち着いた治安だからこそ可能な、障子の窓があった。 誰かが開けっ放しにしたままらしい、その中の一つから外を覗くと、丁度生徒達が使っている部屋が見える。 就寝時間を過ぎた部屋の何処にも灯りは見えないが、起きている気配はちらほらと見えた。 その中に、窓を開けて顔を出している不届き者を見つけ、は足を止める。 どの生徒だと目を凝らした瞬間、こちらに気付いた生徒は隠れるどころか身を乗り出して手を振ってきた。 「ガイ・・・」 潔いのか馬鹿なのか。 きっと両方だろうと考えている間に、ガイは室内に引きずり込まれ、すぐに窓が閉められる。 わざわざ部屋を訪ねなくとも、今頃アーサー達によって布団に押し込まれているだろうと考えると、はそのまま宿の出口へと向かった。 夜も更け、人気が無くなった通りを抜けて、は町の外れへ出る。 耳に届く声ならぬ意思を辿り、近づくに連れて出始めた頭痛に眉を寄せながら、町を囲む林の中へ足を踏み入れた。 魔光炉によって地上へ引き出されたミッドガルとは違い、ただ地中深くを流れるそれは探しにくい。 それでも、此処まで彼女に影響を与えるのだから、この地は他に比べて星の力が流れる場所が浅いのだろう。 恐らく最もその流れが近いだろう場所に着くと、は静かに腰を下ろし、地に掌を着く。 ざわめき始めた星の力に、以前とは違うものを感じ、彼女はその先を探るように瞼を伏せた。 感じたのは、彼女を受け入れる意思でもなく、為すがままにさせる意思でもない。 以前あった、星の奥深くへの導きは無く、それどころか、彼女の介入を妨げるような感覚があった。 何故、と思う。 騒ぎ、呼んだのは自分達だろうに、用があるかと探ってみれば、星は彼女を拒絶するように深い場所へ立ち入らせない。 警戒心で固めた意思の中に、僅かな恐れと敵意を見つけ、募る疑問には目を開けた。 背中に感じた気配に、はゆっくりと立ち上がる。 振り向いて見た先には、やぶ蚊を払いながら歩いてくるアベル教官の姿があった。 「こんな所まで、何を?」 「それはこちらの台詞だ」 怪訝な顔で聞き返す彼に、はただの散歩だと言って返す。 これ以上星の意思を探るのは不可能。そして無駄だと考えると、彼女は元来た道を戻り始めた。 だが、すれ違う瞬間、彼女はアベルに腕を掴まれ、足を止められる。 何のつもりだと見上げてみると、彼はじっとを見下ろし、数秒の後に深い溜息をついた。 「歩けなくなる程具合が悪いなら、一人でフラフラするものではない」 「あ・・・?ああ、それは、すみません」 どうやら、が地に膝を着いていた姿を、具合が悪いのだと勘違いしたらしい。 否定する理由も無いので、は適当に返事をし、早く離してくれと言いたげに腕を掴む手を見た。 外してやるのは簡単だが、それをして体調に問題無い事を知られれば、ではしゃがみ込んで何をしていたかと問われそうだ。 心配してくれるのは嬉しいが、わざわざ捕まえる事は無いだろうと思っていると、漸く気付いたらしいアベルは彼女を解放する。 「少し付き合ってくれ」 「・・・かまいませんが・・・」 具合悪い事になってるのにか? 変わった子だと少し呆れながら、断る理由が無いは頷いて返す。 町の方へ歩き出したアベルを追い、ゆっくり進む彼に、一応気は使っているのかと考えた。 どうせ気を使うのなら、このまま宿に戻らせるべきだろうと思うが、それを措いても話す事があるのだろう。 何かしただろうかと記憶を探ってみるものの、元より深い交流がない間柄では、目ぼしい事は見つからなかった。 「貴女は、科学部とどんな関係がある」 「関係という程のものは・・・接点は無いと言っていいくらいですが?」 「それは良かった。今後も、二度と関わらない事だ」 「貴方は関係があるようですね」 出会って間もない頃、同じような事を念押ししたセフィロス達の事を思い出した。 生徒ぐらいしか参考になる人員はいないが、一般人は神羅を恐れても、科学部限定で恐れている様子は無い。 セフィロスや、ルーファウスの事を考えても、神羅の中に入っている者ほど、科学部を危険視しているように思えた。 それだけ危険な集団を野放しにしているからには、神羅にとって相応の利があるのだろう。 だが、権力がその身の内にある力を恐れるという状況は、少し考えものである。 時が流れれば人は変わり、それに応じて状況も変わっていく。 予測と不確定で想像するしかない未来の事を考えると、後の世に神羅を背負うルーファウスの事が、少しだけ心配になった。 「ソルジャーには大きく分けて、一般からのスカウトと、軍から試験を受けて入る者の二通りがいる。俺は後者だった」 少しの沈黙に、思考へ没頭しかけたは、アベルの声に顔を上げる。 その背中を見つめながら、まだ遠い町の明かりに、思ったより遠くへ出ていた事に気がついた。 よく見つけたものだと、暢気な事を頭の片隅で考えていると、アベルは足を止めて振り返り、もまた足を止めて彼と向き合う。 「ソルジャーが如何にして作られるか、知っているか?」 「・・・作る?」 それはまるで物のような言い方ではないかと、は眉を潜める。 自分が知る彼らの顔を思い出し、正直に腹が立ったのだが、目の前に居る男も元はソルジャーだったのだ。 ならば相応の、その地位を捨てたからこその理由があるのだろうと、彼女は感情を静めて青緑色の瞳を見る。 「ソルジャーになる者は、まず魔光を浴び、それに耐えねばならん。 そして、手術により肉体を強化する。と言っても、仰々しい施術ではないがな。 肉体を改造するようなものだ。そして、それらを行うのが科学部」 「耐えられない者は・・・・」 「さてな。魔光中毒になった者は元に戻らん。その後彼らがどうなったかも・・・俺は知らない」 随分と恐ろしい事を思いつき、それを実行するものだと、垣間見た闇には微かに瞼を伏せる。 嫌悪感を呆れで覆い隠す事で平静を装いながら、その中に身を置く友人達を思った。 心配にならない方がおかしいが、彼らが全て覚悟で神羅にいるのなら、それは余計なお世話だろう。 急に出てきて、まだ半年程しか共にいないた自分には、止める権利も、咎める権利もありはしない。 彼らは、出会った時、その最初の時からそこにいて、そんな彼らに自分は惹かれたのだ。 もし仮に出来る事があるとするなら、それは今ではなく、共に見る未来にある。 その闇に、共に落ちるなどという、間違った甘やかし方をするきは更々無い。 だが、彼らのその部分に関わるとなれば、片足を突っ込むぐらいの事にはなるだろう。 彼らが、それを自分にさせるかどうかは、正直首を傾げるところだ。 彼らは放任主義な面もあるが、何だかんだでに対し、少々過保護すぎる。 「試験に合格し、正式なソルジャーとなるまで、候補生は科学部の管轄になる。他の目は届かない。奴らにとっては、格好の餌場だ」 言うと同時に、アベルは浴衣の襟を広げて上半身を曝け出した。 いきなり胸板を見せた彼に、は殴って正気に戻してあげた方が良いのだろうかと一瞬考えたが、見る限りアベルが変な気を起した様子は無い。 否、特に変わった様子も無く脱いだのならば、逆に危険度は増しているのかもしれない。 危険度と言っても、それはの身の危険度ではなく、アベルの頭の危険度である。 別に見たいとも思っていなければ、言っていないのに、この子は一体何をしているのだろうか。 もしかして手を叩いて褒めてあげたりした方がよいのだろうかと、幼児扱いの反応まで考えただったが、目に入った傷跡にその思考は止められた。 胸の中程から腹まで、大きく出来た1本の傷跡は、剣で受ければ間違いなく致命傷だろう。 医術の心得は無いが、何かしらの手術をするにしても、それは大きすぎた。 「俺がソルジャーになった時、科学部が極秘裏にソルジャー候補生を使い実験を行った。それがこの結果だ。 同期の仲間は皆同じ傷を持っていた。だが・・・その殆どはすぐに死んだ。戦場以外でな。 何の実験をしていたかは知らん。だが、結局は失敗に終ったようだ。 後にソルジャーになった者は、誰も同じ傷を持っていなかった。俺が神羅を去ってからも、何も沙汰は無かったからな」 「・・・・・」 「その時の実験と、その後の調整を担当していたのが、今日来た男だ」 「私の血を持って行った、科学部の・・・?」 頷きながら浴衣を直すアベルに、ならばあれだけ険悪だったのも頷けると、は納得した。 同時に、事態は思ったより厄介だったようだと、内心深い溜息をつく。 セフィロスやルーファウスの力を借りるのは、今に始まった事ではない。 だが、この事に関しては、これまでよりも更に苦労をかけるだろうと考えると、申し訳なさに頭を垂れたくなる。 この先一体どれだけ彼らに頭を下げる事になるのか。ロクな力を持たない時分、侘びも礼も思いつかなくなりそうだった。 「・・・・気をつけろ。科学部は、お前を狙っている」 無関係の勢力や、敵勢力であったなら、どれだけ気兼ねなく潰しにかかれるだろうか。 争い事に気兼ね無いと言うのもおかしな話だが、一応身内にあたる場所に敵がいるのは本当に厄介なものだ。 外の敵より内の敵。ならば孤立無援の方が余程動きやすいのだが、そう易々と事が運ぶほど、人生は甘くない。 刺客を放って一気に片をつけてくれるような、割と肉体派の集団であればよかったと思いながら、はアベルの言葉に頷き返した。 仄暗い室内に規則的な電子音が響く。 ビーカーの中を照らす青緑色の光が、機械だらけの室内と、資料で埋もれたデスクを照らしていた。 巨大なビーカーの中、溶液に浸された何かからゴボリと空気が漏れる。 歪んだ気泡が上がると同時に、異変を知らせる音が鳴り、デスクに腰掛けていた宝条はゆっくりと顔を上げた。 赤く色が変わったビーカーの中、量を増した気泡が中を濁らせ、内側から何かがぶつかる音が響く。 異常であるはずのそれに、彼は気にした様子も無く視線を戻すと、傍にあったキーボードに手を伸ばした。 キーが押される音と共に、赤かったビーカーの中は青色へ変わる。 同時に、中にあった何かが、大きな気泡と共に砕け、バラバラになって水の中を浮遊した。 「また失敗ですか」 「遅いお帰りだね」 ケースを抱えてやってきた男に、宝条はディスプレイから顔を上げる。 室内に入ってきた研究員が、次々とサンプル入りのケースを床に置いて出て行った。 「帰ってきたら、副社長とセフィロスがいましたよ。・の血液をよこせって、せっかく採取したモンスターの血を全部取られちゃいました」 「ほう?セフィロスが…そりゃぁいい。彼女の血液は無事かね?」 問う彼に、男はズボンのポケットから、小指程のサンプルを取り出す。 中に入っている血液に口を歪めた宝条は、それを受け取ると日に透かすようにそれを眺めた。 「嬉しそうですね」 「勿論さ。だが、出来れば本体が欲しかったところかね・・・」 「それは無理ってものですよ。それこそ、僕らがセフィロス達に殺されちゃうじゃないですか」 「彼女にはそれだけの価値があるのだよ。だが、まだ手に入れる時期じゃぁ無い」 「セフィロスとの掛け合わせですか?その前に、科学部が潰されそうですよ」 「科学者として、興味を持つのは当然の事さ」 「気をつけたほうがいいですよ。副社長から、『彼女に手を出せばタダじゃおかない。神羅を継ぐのが誰か忘れるな』って、伝言です」 「子供の戯言だね。気にする必要は無い。そうそう、モンスターの血液サンプルは、忘れずに採りなおしてきたまえ」 「第二調査団に言っておきます」 ルーファウスの脅しを聞いても、鼻で笑っただけの宝条は、引き出しから数枚の書類を出すと研究室の奥へ消える。 付け加えられた一言に、男は嫌そうな顔をすると、既に向かっている研究員に連絡すべく部屋を後にした。 | ||
2008.03.25 Rika | ||
次話 ・ 前話 ・ 小説目次 |