次話前話小説目次 


動かない私とセフィロスに、ザックスは以前渡したフェニックスの尾とエリクサーを使ったらしい。

半分異世界の力で出来ている魔物に、異世界の剣をこの世界の彼の手が使う。
異世界で生まれた私には、同じく異世界の回復アイテムを。

そう安易に考えた結果の行動だったらしいが、それは正解だったようだ。
詳しい理由を知りたい気もしたが、シヴァやラムウも、何故私が戻って来れたのかは解らないらしい。

経緯はどうあれ、私がこの世界に戻って来れたことに違いは無い。
考えたところで、出てくる答えは憶測の域を出ないだろう。
考えても仕方が無いのなら、とりあえず喜んで、先の事を考えた方が良い。


まずは・・・・



このエリクサーの匂いをどうするかだ。




Illusion sand − 75





「セフィロス、そんなあからさまに距離をとらなくてもいいだろ?」
「・・・わかっている」


広がる濃紺の空を、淡く小さな星が瞬き、その中で一際大きく輝く月が大地を仄かに照らす。
小休憩の後、森を出た、セフィロス、ザックス、アンジールの4人は、ミディールを目指し夜道を進んでいた。
意識もあり、立ち上がることは出来るものの、の体力はまだ完全に戻ったとは言えず、長い距離を歩くには支障があった。
セフィロスもまた、精神だけが異世界へ飛んだせいか、時折軽い眩暈を感じる。
とはいえ、彼はさほど酷い体調不良があるわけでもなく、今は誰の肩を借りる事無く歩けてはいたが。
そのため、セフィロスがを抱えて歩く事は困難と判断し、彼女は今アンジールに背負われていた。
当初はザックスがその役を勤めたいと言い出したが、戦闘後の彼の体力を考慮した結果だ。
極度に疲労した彼女は、背負われてすぐに寝息を立て始め、時折妙な寝言を言いながら夢の中にいる。

目覚めたセフィロスの様子から、もしや渋るのではと思ったザックスとアンジールだったが、彼は拍子抜けするほどあっさり了承した。
何があっても、セフィロスはセフィロスなのだと、二人は妙な安心をする。
が、数分後、妙に3人から距離を置いて歩く彼に、二人は首を傾げながら顔を見合わせた。
どうしたのだと駆け寄ったザックスに、セフィロスは1歩引いて距離をとり、顔を顰めてザックスの手を見た。

そこには、数日前ザックスがから貰い、つい今しがた彼女を呼び戻すのに活用したエリクサーの空瓶。
中は空になっているものの、残った数滴の液体からはく、今も凄まじい刺激臭が放たれていた。
その臭い。
物凄く覚えがあると思えば、セフィロスがこの世界に戻ってくる直前に感じたあの匂いだ。

彼女と共に戻って来れたのは、確かにこの年季が入ったエリクサーのお陰だ。
しかし、臭い物は臭い。

口に入れてしまえば臭いは消えるらしく、幸いの口からその刺激臭が放たれる事は無かった。
だがそれにしても、鼻が裂けるかと思うようなあの臭いを体験しながら、全く気にした様子がないアンジールには驚きだ。
そして最も驚くのは、まだ匂いがある瓶を持ったまま、平然とした顔をしているザックスである。
しかも彼は、何を考えたのか、その瓶を記念に持って帰り家に飾るとまで言う。
もしやザックスは、臭いで脳がどうかしてしまったのだろうか。


「ザックス、いい加減その瓶を仕舞え」
「・・・これか?だって綺麗だろ。何かずっと見てたくなるっつーか・・・」

「いいから仕舞え。臭くてかなわん」
「え?慣れればそうでもないけど・・・」

「慣れるな」


とんでもない適応能力だと、内心悪態をつきながら、セフィロスは足早にアンジール達の元へ向かう。
置いていかれたザックスは、果実のような甘い香を放つ瓶に首を傾げた。

これを臭いと思うなら、普通の果物など吐き気を感じて良いほどだろう。
体に合わないだけだろうかと思いながら、瓶を道具袋に仕舞ったザックスは、少し離れてしまった3人を慌てて追った。









「第8班、ただ今到着しました」

時計の針が日付を変える頃、アーサー達はミディールへと着いた。
静かさに覆い隠された喧騒は、張り詰めた空気となって、真夜中の温泉街を包んでいる。
淡く灯された街灯の光が、この街には不釣合いなソルジャー達を照らし、否応無しに事の大きさを分からせた。

傷だらけで帰って来た最後の生徒に、街の入り口に立っていたアベル教官は一人一人その顔を見る。
欠員が無い事に僅かな安堵を覚えながら、しかしそこにいるべきはずの一人がいない事へ、眉間の皺を深くした。


「・・・・・・・・・引率はどうした」
「後で来ます」

「・・・どういう事だ」
「途中の森に、大型のモンスターがいました。
 俺達のレベルでは、討伐は不可能でしたので、先生がその相手を。
 俺達は先にミディールへ戻るよう指示を受け、此処へ向かいました」

「一人で残ったのか!?」
「こちらへ戻る途中ソルジャー3名と会い、救援に向かってもらいました。
 1stのセフィロス、アンジール、3rdのザックスさんです。
 先生は、モンスターを討伐後、3人と戻ってきます」

「・・・・・わかった」


アーサーの報告に、暫く思案したアベル教官は、静かに言うと宿に行くよう指示する。
が、負った傷を回復していない6人に、彼は微かに眉を上げると彼らを引き止めた。


「アーサー、何故怪我の回復をしていない」
「回復アイテムが切れたので。魔法は・・・大型のモンスターが、魔力を吸収するので控えました」

「此処へくる途中回復出来ただろう」
「・・・いえ、あれは・・・対峙していなくても魔力を吸いとるだけの力がありました。
 現に、森の中の離れた場所にいたロベルトが、別の魔法を発動した途端MPを全て吸い取られたようなので。
 念のため、此処へ着くまでは魔法を禁止しました」

「・・・何・・・そんな魔物聞いた事もない・・・」
「ミディールへ着いたとはいえ、油断は出来ません。
 討伐完了の報告を受けるまでは、他の生徒にも魔法を禁止するよう指示してください」

「わかった・・・いや、待て。では、教官・・・先生は、一人でそれを相手にしに行ったのか」
「そうです」


アーサーの答えに、アベルは目を見開いて言葉を失った。
毅然とする生徒達の顔に、ただの実習を超えた疲労の色を見て、アベルは何処か納得する。
だが、それはほんの一瞬で、すぐに事態の大きさを理解すると、彼は生徒の間を抜けて街から出ようとした。


「待ちなよ」
「ガイ、とめてくれるなぉぁぁ!!」


今から助けに向かうつもりなのか。
道を塞ぐように並ぶ8班を掻き分けたアベルに、ガイは呆れた声で止めると、その膝を裏から軽く蹴る。
不意打ちの膝カックンを食らい、思いっきり地面に転んだアベル教官。
雷を恐れて身を竦める班員などそ知らぬように、ガイはアベル教官の傍へしゃがみ込むと、自分が転ばせたにもかかわらず彼を起す。


「必ず帰る。・・・そう言ったんだよ、先生は」
「・・・ガイ・・・」

「こういう時は、信じて待つべきじゃないのー?」
「・・・・・・・」

「あの人強いから、あーんな魔物なんかグニャって捻って勝っちゃうって。ね?」
「お前・・・・・・・・髪はどうした?」


呆然とするアベル教官の視線は、ガイの頭部へと注がれている。
そういえば、と、思い出す他の班員は、どう嘘をつこうか思案し、ガイは表情を固めたまま考える。


「・・・・・・・・・・・生えた!」
「生えた!?」

「嘘だよーん。坊主頭はズラでした。騙されちゃったね先生。やーいバーカ」
「バッ!?人に向かって馬鹿などと言うものではない!」

「もう言っちゃったもーん。ぅえ〜んカーフェーイ!アベル先生が怒った〜!」
「何だその態度は!ガイ、反省しろ!」
「いやぁ、ガイ。俺の胸は女の子限定だから」

「・・・使った事無いじゃん」
「カーフェイ・・・お前・・・」
「あのさぁ、アベル先生はまだいいけどさぁ、皆まで俺を哀れんだ目で見ないでくんない?!何コレ、いじめ?」


砕けた空気で騒ぐ彼らに、宿の窓が幾つか開かれる。
何人かが顔を出したかと思うと、中で生徒が騒ぐ影が見え、その声が外に漏れてきた。
声の半分は女子。

その原因である、アーサーとロベルトを横目に見て、アレンは大きく溜息をつくと、隣にいるジョヴァンニに目をやった。
普段は割と大人しい二人の取り巻きが、この実習旅行というイベントに目をつけている事など予測済み。
否応無しに何も出来なかったこの数日から解放れた女子達が、この後数日どうなるかは考えるまでも無い。
とりあえず、宿に入った瞬間彼らを囲むだろう女子生徒の群れを思い浮かべ、二人はこっそり班員と距離を取った。

森を出てからかなりの時間が経っている。
もう決着はついただろうかと考えていると、ソルジャー達が慌しく動き始めた。

それをすぐに察した班員は、ふざけるのをやめて彼らを見た。
無線を通して何度か言葉を交し、何人かが彼らの横を通って街から出て行く。
アベル教官がソルジャーに呼ばれ、彼は班員に宿に戻れと指示するが、彼らはそこを動かない。

安心したように肩を落とし、無線機を借りて会話するその表情は、僅かに和らいでいた。
まだそこにいる生徒に気付いたアベル教官に、早く宿に戻れと怒鳴られながら、6人は顔を見合わせて笑みを浮かべる。

ぞろぞろと歩き出し、溜息をついたアベル教官が背を向けると、アーサー達は足音を立てないように彼の後ろに回って聞き耳を立てた。
ブッと噴出したソルジャーに、アベル教官が驚いて後ろを見る。
揃ってニッコリ笑う彼らに、眉間をピクピクさせたアベル教官は、彼らの頭に盛大な雷を落とした。











先生、まだ来ないのかなー。あ、僕上がり〜」
「僕達の足でも3時間かかったからね」
「さっきヘリが出たし、もうすぐ・・・ロベルト、お前・・・」
「アーサー、態度に出したらババ抜きの面白みないよ。しかも引くの僕だし・・・」
「何か、また俺に帰ってきそう・・・」
「ダハハ!まぁ、気にすんなよカーフェイ」


宿へ着いた8班は、食事と風呂を終えると、部屋での帰りを待っていた。
到着したのが夜中だったため、6人はすぐに布団に入ったが、まだ残る緊張と不安は彼らに眠気を与えてくれなかった。
ガイがトランプを出した事から、特にする事も無かった彼らは、布団に入ったままババ抜きを始めた。
6つ並んだ布団から上半身を出し、真剣な顔でババ抜きをする15歳〜21歳。

当初は部屋に置かれたテレビでも見ようと思っていたものの、有料のテレビは誰の差し金か・・・間違いなく学校からの指示なのだろうが、いくらお金を入れても普通の番組しか映してくれなかった。
高く積み上げた硬貨は、彼らの気合そのものだったが、チャリンという音と共に戻って来た硬貨が彼らの希望を打ち砕く。
やり切れなさに溜息をついたのはアーサー、カーフェイ、ガイ、ジョヴァンニ。
最初から見る気が無く、一緒に武器のカタログを見ていたアレンとロベルトは、項垂れる4人の背中を呆れと哀れみが混じる目で眺めていた。

何をするにしても、寝る気が無いのは皆同じ。
最大の楽しみが無くなった4人は、すごすごと布団に戻ると、ロベルト達から雑誌を奪い、強制的にトランプを始めた。

時計の針はもうすぐ2時を回る。
いい加減眠らなければとは思うものの、窓の外から聞こえる僅かな声すら気にかかるほど、彼らの神経は澄まされていた。
時折窓の外を覗いては、変わりの無い様子に、ガイは小さく落胆する。


「ぐぇっ!アレン、お前引いたら引いたって・・・」
「態度に出したら意味無いの。頑張ってね」


どうやら、最初にカーフェイが持っていたババは、そのまま彼の元へ帰って来たらしい。
このままではまた彼が負けるのだろうと、4連敗している友を眺め、ガイは窓辺に腰を下ろした。

到着時こそ騒ぎ、玄関まで出迎えがあったものの、時間が時間だ。他の生徒は既に夢の中のようだった。
街の明るさに埋もれる星は、一人で過ごした昨日の空と変わらず、物言わず輝きを落とす。
その下にいる今日の自分は、きっとまた血に濡れているのだろうと、今度は何も知らぬ友の血に濡れているのだろうと、そう思っていたが・・・。


「でぇ!?クッソー・・・やりやがったな?」
「ヘッヘッヘ。何度も負ける俺じゃないってね。俺、あ〜がり!」


どうやら今回は、カーフェイは勝ち逃げられたらしい。
悔しがるジョヴァンニに笑いかけると、カーフェイはニヤニヤしながら布団に潜る。
ビリケツにならなかった事が、余程嬉しかったのか・・・。

同い年の彼を子供だと思いながら、その光景を平和だとも思う。
そのなかにいる自分さえ、まるで良い夢を見ているようで、ならばずっと覚めないでほしいと思った。

冷たい夜風が、肌蹴た浴衣から胸元に触れ、ガイは僅かに身震いする。
この寒空の下を一人で過ごすアルヴァは、今頃どうしているだろうか。
能天気に見えて頭の回転が早く、子供に見えてそれと同じくらい大人な考えをする子だ。
そうなってしまったのは、育った環境のせいでもあるが、原因は彼を連れて反神羅組織に入った自分だろう。

硝煙と血の匂いに包まれた故郷で、たった二人残された子供が生きるには、他に道など無かった。
その時の選択を後悔した事は一度も無いが、兄弟のように傍にいた従兄弟を、戦いに巻き込んだ事を悔やんだ事は数知れない。

血の臭いを漂わせながら帰って来た自分に、何一つ聞かずにいてくれたのも、ずっと知らぬフリをしていてくれたのも彼だった。
何処かで落として、無理矢理作った子供らしさを貼り付けた自分に、我侭を言って気まぐれを見せて、手本となってくれたのも彼だ。
血に汚れ、その手で誰かの命を奪ってしまう前にと、引き剥がした自分の我侭すら、アルヴァは知らぬフリをして受け入れた。

甘えていたのは・・・依存していたのはどちらだろうか。


「死相出てますよ兄さーん!」
「うわっ!」


思考に没頭していたガイは、叫びながら抱きついてきたカーフェイに、驚いて声を上げる。
危うく窓の外に落ちそうになったが、カーフェイが支えているので、すぐに体制を直せた。
何をするのかと顔を上げると、そこにはカーフェイだけではなく、他のメンバーも揃って突っ立っている。


「な、何?」
「何じゃねーだろ。一人だけ沈んだ顔すんなっての」

「・・・ごめん」

呆れたような、困ったような顔で言うジョヴァンニに、ガイは視線を落として謝る。
解放したカーフェイに、ガイは室内へ戻ろうとした。
が、彼が畳みの上に足をついた瞬間、端に立っていたロベルトがハッとした顔で、窓の外へ顔を出した。
彼の体に弾き飛ばされた、ガイはカーフェイの足に突っ込むと、二人で畳みの上に倒れこむ。
ドタンと鳴った大きな物音に、アレンは怒られるだろうと咎めようとした。
だがそれと同時に聞こえた、遠くから近づくヘリの音に、ロベルトと同じように窓の外へ顔を出す。


「・・・帰って来た」
「マジ!?」

アレンの言葉に、倒れていたカーフェイ達も慌てて窓の外を見る。
まだ遠くはあるが、夜の空から近づいてくる明かりを、じっと見つめた。
すると、ガラガラと戸を開ける音がして、彼らは教官かと肩をビクつかせて振り向く。
先ほどの物音を考えると、教官がやってきてもおかしくない。

俊敏な動きで窓を閉め、電気を消して布団に潜った彼らだったが、内戸は一向に開けられない。
息を殺しながら十数秒待ってみるが、内戸の向こうで人が動く気配はなく、誰かが廊下をゆっくり歩いて行く足音しか聞こえなかった。


「・・・今、誰か戸開けたよね?」
「入ってこないね。誰かの悪戯?」
「こんな夜中にかぁ?」
「よ、夜這いとか?ワォ、ウェルカム!」
「この大人数相手に?んー・・・それはそれで楽し・・・ううん、凄いねー」

「ガイ、君って人は・・・」
「揃いも揃って馬鹿じゃないの?」
「ヘリ、大分近づいたなぁ」
「なぁ、先生、コッソリ迎えに行かね?」
「この大人数じゃバレそうだけど・・・出来なくもないねー」

「アーサー、どうする?」

布団から顔だけを出し、小声で会議する彼らは、近づいてくるヘリの音に耳を澄ませる。
カーフェイの提案に、皆賛成のようで、ロベルトが班長であるアーサーへ指示を仰いだ。
指示と言っても、彼の役柄を利用し、怒られた時の責任を擦り付けているとも言うが。


「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

「・・・アーサー?どうなの?」
「・・・まさか、寝てないよね?」
「・・・おーい、アーサー。どうしたんだぁ?」
「・・・ってか・・・なぁ。アーサー・・・居なくね?」
「うん。だってアーサー、さっき出てったし」

「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

「何で言わないんだよガイ!」
「信じられない」
「ダハハハハハ!」
「ずっりぃ!アーサー一人で行ったのかよ!俺も行く!」
「じゃ、皆で行こうかー」


一向に返って来ない返事に、5人は首を傾げて暗闇に目を凝らす。
が、アーサーの布団の中に彼がいる気配は無かった。
異変に気付いたカーフェイの言葉に次いで、さらりと不在を暴露したガイに、4人はそれぞれ声を出しながら、もぞもぞと布団から這い出た。
内戸を開き、並べられた靴を見ると、やはりアーサーの靴だけが無い。

抜け駆けだ何だとブツブツ文句を言いながら、靴を履いて部屋から出ようとすると、廊下に面した外戸がガラリと開けられた。
今度こそ先生かと、一瞬身を硬くした5人だったが、そこにいたのは不思議そうな顔をする、8班班長アーサー。


「何でお前ら来ないんだよ?」
「「「「何でじゃねぇよ!」」」」


ガイを除く4人に声を揃えられ、アーサーは目を丸くしながら首を傾げる。
声をかけてくれても良いだろうと言ったロベルトに、彼らが怒った理由を理解したアーサーは、軽く謝罪の言葉を言うと、彼らを連れて廊下へ出た。
エレベーターや階段前は、教師が見張りをしていたからと、アーサーは5人を非常階段の方へ連れて行く。
足音が響かないように駆け下り、通りへ着くと、丁度ヘリが地上に下りてきた所だった。

ソルジャーの中にいるアベル教官に、6人は物陰に隠れながら、風に捲れ上がる浴衣を押さえる。
それはまるで、スカートを抑える女子高生のようで、足を閉じて身を屈める男達の姿は、かなり気色悪い光景だった。

悪戯な風に恥らいつつも、固唾を呑んで見つめていた彼らの前で、漸くヘリのドアが開く。
ゆっくりと降りてきたアンジールが、中に手を伸ばして誰かを受け取る。
身につけている服と、風に弄ばれる黒髪が、見守る少年達にそれが誰なのか教えた。
だが、力なく抱かれるその姿に、彼らが知るの姿は無く、まさかという思いが頭を巡る。

金縛りにかかったように動けないアーサー達の前で、降りてきたザックスとセフィロスが彼女の元へ歩み寄る。
駆けて行ったアベル教官が、の顔を覗く姿を、彼らはただ呆然と見ている事しか出来なかった。
様子を見ても、全く表情を変えないアベル教官に、不安と期待が入り混じる。

その時、その様子を見ていたアレンが「あ」と小さく声を上げ、次の瞬間達の方へ走り出した。
驚いたアーサー達も、つられるように彼の後を追い、ソルジャーを掻き分けて同じ場所を目指す。


先生!!」


叫ぶ声、そこにいた誰もが目を向け、次の瞬間数名を覗いた全員が、慌てて目を背けた。
小柄な体と綺麗な顔立ちのアレン。
彼の腿の上側まで捲くれ上がる浴衣の裾と、肌蹴ける胸元を抑えながら走ってくる姿。

そんなアレンの姿は、何も知らないソルジャー達にとって、年頃の女の子のあられもない姿にしか見えなかった。

顔を赤くして目を背けるアンジールとその他のソルジャー達。
ポカーンとするザックスとアベル教官。
微かに目を見開いたセフィロスは、それ以上表情を動かす事無く、アレンの後ろから走ってくる他の8班の班員に目を向けた。

抑えながら走るアレンの後姿を見たからだろうか。
アーサー達は、胸元や裾を押さえることをせず、そのままこちらに走ってくる。
飛び立ったヘリの風で、思いっきり裾が捲れ上がり、パンツが丸出しになっているが、彼らは悟りを開いたかのように身じろぎしなかった。


流石の教え子だ。

妙な感心をしながら、セフィロスはいつか着替えを見られて平然としていた彼女の事を思い出す。
体を洗ったときは意識が無かったので別だが、そうでない時に全裸を見られても、彼女は全く動じなかった。
既に見てしまった物は仕方が無いという理屈は理解できるが、まさかそんな事まで生徒に教えたわけではあるまい。

少しだけ、目の前の少年達の将来と、の教育内容が心配になるセフィロスだった。

着くと同時にを囲んだ彼らに、セフィロスはザックスと共に数歩引いて場所を空けてやる。
アンジールに抱かれたを覗き込むかれらに、アベル教官が何故部屋にいないと怒鳴ったが、案の定聞く耳もってもらえなかった。
口々にに呼びかける生徒は、目に涙を浮かべている者までいて、もはや浴衣の事など気にしていない。
飛び立ったヘリが更に風を起こし、裾どころか上まで脱げかけていて、軽く引っ張ればパンツ1丁になるだろう。

感動的なシーンであるはずだが、そんな場面ですら妙な事が起きるのも、やはりの影響なのだろうか。
だとすれば、少し不憫かもしれない。自分も気をつけなければ。
そしても、これだけ騒がしい状況でよく熟睡しているものだ。

そんな事を他人事として考えているセフィロスは、律儀に生徒達の浴衣を直してやっているザックスを適当に眺める。
と共に生徒に囲まれたアンジールが、少し困った顔をしているが、セフィロスも今回の事で大分疲れが出ていた。
放置、決定である。


さん・・・しっかり・・・」
先生・・・」
「・・・・ねぇ、ジョヴァンニ。これ・・・」
「ん?・・・・・・・・・・・・ん?」
「・・・・・・もしかして・・・これ、寝てる?」
「しっかり寝てるねー・・・・・・」


騒ぐ事数分。
漸くの様子に気付いた生徒達は、それまで声を張り上げていたのが嘘のように放心する。
まぁ、そうだろうと考えるセフィロスは、苦笑いするザックスとアンジールを見、放置されて呆れ顔になっているアベル教官に少し同情した。
そんな周りなど眼中にない少年達は、暫くの顔を見つめると、ガックリと項垂れる。


「「「「「「・・・・・・ありえねぇ」」」」」」
「あり得んのはお前らだ」


声を揃えて呟いた生徒に、アベル教官が怒りが篭る声で言った。
漸く彼の存在を思い出した少年達は、次の瞬間ハッと顔を引き攣らせると、恐る恐る振り向く。


「誰が部屋を出て良いと言った?アーサー、お前がついていながら何という事だ!全員今すぐ私の部屋へ来い!」
「ちょ、アベルさん、勘弁!」
「叔父さん、今回ぐらい大目に見てよ」
「僕達心配だったんです!」
「また反省文かぁ・・・俺苦手なんだよなぁ作文」
「・・・アベル先生の部屋に行けば、俺のエロ本を取り戻す事が・・・いでででで!耳、耳引っ張らないで下さい!もげるー!!」
「アベル先生ー、実はカーフェイの本貰おうとし・・・痛!痛いよ先生!何で僕までー!?もう、カーフェイのせいだからねー!」

「どっちもどっちだ馬鹿者!いいから来なさい!」
「俺ら命がけで帰って来たのに・・・」
「世知辛すぎ」
「・・・でも、仕方ないね。団体行動乱したんだし」
「あ、お邪魔しやしたー」


ガイとカーフェイの耳を引っ張り、先に行ってしまったアベル教官を追って、アーサー達も宿へ戻って行く。
軽く会釈して行ったジョヴァンニ達を見送ると、セフィロスはアンジール達とを町の病院へ連れて行った。
恐らく医者になどかからなくとも、明日の朝になればピンピンしているか、エリクサーを飲めば一発なのだろうが、一応形は作らなければならない。

朝になると同時に、部隊はミディールから撤収するので、の目覚めを待つ事は出来ないだろう。
少し後ろ髪引かれる気はしたが、家に帰ってくる彼女を出迎えるのも悪くないと思いながら、セフィロスは微かに頬を緩める。
「ただいま」と言う彼女に「おかえり」と返すのが、とても楽しみだった。







実習旅行のシメ・・・みたいな感じですね。
「実習旅行編」、「帰還編」のエピローグみたいな感じでしょうか。だから8班も出張ってます。
って事で、久々に生徒背景verあります。ところで・・・私は、8班の子達を一体どうしたいんだろうね(汗)
2008.02.11 Rika
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