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遠い日にあった花の香りがする。



導かれるように、ゆっくりと瞼を開けたは、鮮やかな緑の中で咲き誇る花達に視線を彷徨わせた。


柔らかな日の光の中、草木が揺れる音だけが響く場所。


孤独を与えない穏やかな静けさの中、ゆっくりと身を起した彼女は、大きく根を張り枝を広げる大樹を見上げた。




此処が一体何処なのか。

知っているはずのそれを、呆然とした頭で考えながら、自分を繋ぎとめてくれる彼の手の感触を、空になった掌に探した。




亡き友の墓標は、遠い日と同じ木漏れ日を彼女の上に落とす。




長きに渡る戦いを終えた戦士へ、天が与えた慈悲の光を







Illusion sand − 73





熱くなる瞼に視界が滲みそうになるのを堪えながら、ザックスは森を駆ける。
追いついたアンジールがすぐ後ろにいるのを感じても、振り向く余裕などない。

木々の間を抜けながら、浮かんでは消える思い出を振り払う。
認めたくない未来を考えている自分へ憎しみすら感じ、歯止めが効かなくなった感情が、剣を握る彼の手に血を滲ませた。

折れたばかりの木の枝が、僅かな足止めをするかのように幹の間に転がる。
行く手を阻む者全てを切り捨てるような勢いで、ザックスはそれらを剣でなぎ払った。
弾かれて飛んだ小枝が頬に赤い筋を作っても、その目は目指す場所から僅かばかりも逸らされない。

胸を締め付けるようだった痛みは、暗く重いものへと変わり、ザックスの視界に魔物の姿が見えた瞬間溢れ出す。
血潮のように体中へめぐるそれが、何の感情なのかを考える理性は、既に無くなっていた。
魔物の気配や大きさなど意識を捕らえる瞬間も無く、身も心も支配する感情のまま、ザックスは走る速度を上げた。


「!?ザックス、待て!」


制止するアンジールの声を、まるで風の音のように聞きながら、ザックスは地に這い蹲る魔物へ刃を振り上げる。
やってきた新たな獲物に、魔物は首だけで振り向くが、腕の自由を奪われた体はその身を守る術を持たなかった。
眼前に迫る刃に、不可思議な色の瞳が細められる。
首を差し出すような体制で、ザックスの剣を待っていた魔物は、その刃が身に触れる直前、彼の身を食らうかのように大きく口を開いた。
固い殻の裂け目から現れた牙は獣のように鋭く、青緑の尖った舌には唾液ではなく虹色の霧が絡み付いている。

血肉を求めるように向けられた口に、ザックスは狙いを上に改めた。
魔物の口の少し上に刃を立て、ギリギリの所で噛み付かれる事から逃れる。
刃を防ぐ殻の上の霧に、ザックスは顔を顰めると、切っ先が触れている殻の傍を蹴り、反動で宙へ逃げる。

その姿を追うように首を伸ばした魔物の首は、いつの間にか頭上を捕らえていたアンジールの攻撃を食らい、地を舐める形となった。
それでも、その攻撃は殻を割るにも霧を裂くにも至らず、ただ衝撃を与えただけに過ぎない。
舌打ちをしたアンジールは、自分に注意を向けた魔物に気付くとすぐに離れ、同時にザックスが魔物の横面に攻撃を浴びせた。

衝撃で地を擦った魔物の体に、アンジールはザックスを見る。
一瞬の隙さえ許さないかのように、幾度も攻撃を与える彼は、新米の3rdソルジャーと言ってしまうには余る技量が見えた気がした。
だが、完全に感情に捕らわれているその姿は、やはりまだ少し未熟としか見えず、それ故に人間味を感じられる・・・というのは、願望だろうか。

剣を振り上げるザックスの瞳は憎しみに染まり、鎖から解かれた獣のようにも見えた。
彼を支配する感情の波は、余りに大きく、ともすればあっという間に彼を飲み込むだろう。否、既に飲み込まれているのだろうか。
出来るなら、その先にある狂気の扉までは行かないで欲しいと思いながら、アンジールは再びザックスの援護に回った。


噴出さない血に、引き裂けない肉に、苛立ちが生まれ、負の感情が積もっていく。
刃を阻む霧は、ぶつける感情さえ塞き止め、ザックスの腕に、体に、湧き出る憎悪を巡らせた。

脳裏に霞んでは霧散する思い出が、剣を握る手に力を与える。
掌に食い込む爪が柄を赤く染めても、胸から広がった、軋むような苦しさの中では、痛みと感じる事すらなかった。

彼女が来て、自分を止めてくれる事を、何処かで願っているのだろうか。

そんな自分に気付いた瞬間、ザックスは奥歯を噛み締め、叫びたくなる衝動を抑えた。
を返せ』と、何度も心の中で叫びながら、口に出せなかったのは、目の奥にある熱が溢れそうになるのを知っていたのか。
『殺してやる』と強く思っても、言葉にしなかったのは、それが泣き声になるのが分っていたからだろう。


幾度刃をぶつけても、魔物には何の傷もつかず、その力も衰える気配が無い。
ただ衝撃に体を揺らし、地を抉るだけの、不毛な時間だった。
無駄なのだと、心のどこかで分っていながら、それでもザックスは刃を向けずにはいられなかった。
そうしなければ、この底無しに溢れる感情で、気がどうかしてしまいそうだった。

と、セフィロスと、自分と。
この痛みと苦しみを思い知らせてやりたいと。その存在すら消してしまいたいという思いのまま、ザックスは剣を振り下ろし続けた。


魔物を覆う霧は消えず、それでも攻撃を止めないザックスの剣が、段々と刃を零していく。
どれだけぶつけても終わりが見えないそれに、いつの間にか彼の息は切れ始め、知らぬ間に攻撃の威力も衰えていた。












鳴き声が止った空の下に、森は静寂へと帰る。

木の葉を揺らす秋の風は、彼女の元へ辿り着くと冬のそれに変わった。
踏みしめる草は凍りつき、硝子細工のように砕け散る。

凍え輝く風を纏う彼女は、細い木の根元にいる二人に足を止めた。
結局自分の忠告を聞かなかった友を、彼女は歩み寄るでもなく静かに見下ろす。
友の体を抱いた男は、顔も上げず、気配も向けず、額を合わせて瞼を伏せたまま動かない。

時を止めたその場所に、冬と秋の風が吹き、草の上に落ちたクリスタルの光が淡い光を放っていた。


よ・・・我らは、そなたを見捨てた償いをせねばならぬ」


春の日のように、柔らかく微笑んだ氷の女王は、クリスタルを拾い、の手に返す。
力なく開かれた手に、段々と光が消えていくクリスタルを握らせると、彼女はゆっくりと立ち上がった。


「そなたが逝くと言うのなら、我らも共に・・・。
 だがその前に、そなたの望みを叶えようと足掻く事・・・・・・どうか許して欲しい。
 ・・・・・・・・・もはや聞こえてはおらぬだろうが・・・な・・・」


小さく笑みを零し、シヴァは肌に感じる魔力に目を伏せる。
未だ懐かしく思えてしまう、の心地良い魔力は、今や他の手に渡り、その中に淀みを見せていた。
手に余っているのがよくわかると、シヴァはまだ見ぬ敵に嘲笑を浮かべる。

冷えた風が更に凍てつき、揺れる木の葉さえパラパラと砕け落ちる。
己が支配する空間に近い、心地良い冷たさを感じながら、女王は銀に色を変えた森の中を悠然と歩いて行った。
















藍に変わり始めた空の下、舞い踊る火炎が雲を茜色に染める。
溢れる灼熱に景色は揺らぎ、獣の咆哮が空気を振るわせた。

魔物の背に乗り、霧の鎧を掻き毟る獣の爪は、血と炎で赤黒く染まっていた。
一つ獣が吼える度、天に漂う赤い雲から、炎の矢が落ちてくる。
何本ものそれを背に受けながら、霧に守られる魔物は背にのる獣を振り払おうともがき、その度に天雷の王が裁きの光を下す。
天から伸びた光の筋は、炎の矢と混ざりながら大地に落ちるが、魔物の血肉を焦がす事は出来なかった。


召喚獣達が突如現れたのは数分前。
魔物の体を包んだ炎に、何事かと思った刹那、その背に見覚えがある獣が飛び乗った。
一体誰が召喚したのか、その力は何度か戦闘で呼び出した時の一撃を遥かに凌ぎ、去る事も無く魔物を襲い続ける。
怒り狂うイフリートは、身に纏う業火を撒き散らし、鋭い爪と牙を魔物に突きたてていた。
霧に阻まれ、その身にある刃が血に塗れながら、獣は爪を立てて天に咆哮を上げる。

自身にさえ飛んでくる炎に、アンジールはザックスの体を担ぐと、魔物の手が届かない場所まで退避した。
同時に、轟音を孕む閃光が景色を白に変え、大地が大きく震える。
迸る雷が波のように大地を覆い、一つに纏まると、そこには杖を持ち、薄く目を開いたラムウがいた。

何がどうなっているのか理解できない彼らなど、召喚獣達は目にも入っていないようで、ひたすら魔物へと攻撃を与える。
ラムウの雷もまた、マテリアを使って呼び出していた時の比では無いほどに激しく、その顔には怒りが満ちていた。


閃光と業火に撒かれても、魔物には傷一つ与える事が出来ず、その身を守る霧さえ揺らがない。
人ならざる者達の戦いを、ザックスはアンジールに抑えつけられたまま、歯を食いしばって見つめていた。
額に汗を浮かべ、呼吸を乱しても尚、ザックスは剣を手放そうとしない。
そんな彼を無理矢理前線から引き摺り下ろしたアンジールもまた、僅かに息を乱しながら、もはや自分が割り入る事が出来ない境地へと変わった戦いを見ていた。


「アンジール、離してくれ!」
「俺達が出る幕じゃない」

「だからって、じっとしてなんかいられるかよ!」
「足手まといになるだけだ」

「それでも・・・は戦ったんだ!セフィロスも戦ったのに、俺だけ黙ってられるか!」
「お前が行って何か変わるのか!?」
「別によかろう」

「え・・・?」
「な・・・・」
「戦に必要なのは戦う意思。小僧、お前の戦、このシヴァが許す。存分に刃を振るうが良い」


突然背後から出てきたシヴァは、驚く二人の元へ寄ると、アンジールの腕を掴む。
人ならざる者の力は、ザックスを捕らえていた腕をあっさり外し、彼を解放した。

呆ける二人を見つめたシヴァは、掴んだままだったアンジールの腕を引くと、彼をザックスから引き離す。
すぐに体制をなおした彼だったが、顔をあげた彼の前には分厚い氷の壁がり、見れば四方も上も、同じ氷の壁で覆われていた。
声を上げようと口を開きかけた彼だったが、その前に壁から「内緒話をする」というシヴァの声が聞こえる。
意味がわからないと、アンジールは更に声を上げるが、それは氷の壁に阻まれ、外にいる二人には届かなかった。

氷の箱に閉じ込められてしまったアンジールに、流石のザックスも焦ったが、シヴァは何処吹く風で魔物を見ている。


「小僧・・・・事実を言えば、我らがいかに全力でぶつかろうと、あれは倒せぬ。
 我らはあれと同じく、魔力を食らい、力とする。故に、あの霧の前では何の意味も無い」
「でも、剣も効かなかった」

「・・・左様か。そうであろうな。あの力はこの世界にあるものではない」
「この世界のモンじゃないって・・・・」


ならばあの世か、異世界か。
そう口から零しそうになった瞬間、それに繋がる存在を思い出し、ザックスの言葉が途切れる。


「あれはの魔力を食らい、目覚めた。
 本来は、星の力と、その意思によって目覚めるはずであったが・・・人の愚かさが理を曲げた・・・か。
 魔力を食らう事も、元はただの技でしかなかったはず。しかし、今やから得た魔力は、あれの力となっておる」
「・・・が・・・あんなふうになったのも・・・」

の体・・・否、この世界での存在は、魔力無くしては成り立たぬ。
 奪われれば力は弱まり、本来あるべき世界、それに繋がる次元の狭間に引き込まれる。
 尽きれば・・・の存在は崩壊。・・・死となる」
「っ・・・!」

「この世界の力、そして異なる世界に生きるの力を得たあれを倒すには、双方の力が必要となろう」
の力が必要なのか?・・・でも、は・・・・・・」

自身の力と、限られた事ではない。そうであるなら、食らいつくされる前に倒せていただろう。
 仮に今此処にがいたところで、また餌になるのがオチよ」
「じゃぁ・・・どうすりゃいいんだよ!?」

「簡単な事。あの霧を破ればよい。
 あれは魔力によって作られた鎧。つまりはの魔力。この世界とは異なる世界に属する力。
 それを破るには、同じ世界の力を用いれば良い。
 そなたはと知己であろう?何ぞ物騒な物は託されておらぬのか?」
「ぶっ、物騒な物ったって・・・」


確かにから、昔使っていたアイテムを貰った事はあるが、物騒なものを人に渡すわけが無いだろう。
そう思いながら、ザックスはとりあえず道具袋を開き、中から彼女に貰った品々を漁った。
昨日貰ったエリクサーと、数日前に貰ったエーテル、濁ったポーション、皹が入ったフェニックスの尾。

それらの回復系アイテムを除いてあるのは、いつ貰ったのかも定かではない・・・むしろ貰った記憶すら無いような、よくわからない瓶がいくつか。
多分、会って間もない頃、物珍しさに貰ったものだろう。
謎の黒い液体や、魔物の髭のようなもの、少しカビが生えた何とも形容しがたい物体が入った瓶は、シヴァが言う物騒なものに入るのだろうか。


「・・・こんな感じ」
「小僧・・・軟弱かと思っていたが、思ったより度胸があるのだな。
 ・・・・・よくも斯様な恐ろしい品々を受け取り、持ち歩くものだ・・・」

「・・・エ?」
「しかし、勝機は見えた」


『恐ろしい品々』を受け取ったシヴァは、それが一体どんな品々なのかわからないザックスから、氷に閉じ込めたままだったアンジールへ目を向ける。
閉じ込められながらじっとこちらを見ていた彼へ、シヴァは全く気にした風でもなく近づくと、氷の箱に指先で触れる。
その瞬間、氷は粉々に砕け散り、アンジールは漸く自由の身となった。


「何を話していた?」
「えーっと・・・」
「なに、この小童を、軽く口説いていただけよ」

「・・口説・・・」
「シ、シヴァ!?」
「小僧ども、此度だけは特別に、我と共に戦う事を許してやろう」

「・・・随分偉そうだな」
「具体的な作戦は?」
「この調合材料を使えば、あの霧は僅かに晴れよう。
 その隙に、この世界にあるお前達の剣で、等しき世界にあるあれの殻と肉を裂け」

「・・・世界?」
「ごめんアンジール。説明は後な。で・・・あの背中で暴れてるのとか、雷はどうするんだ?」
「捨て置け。邪魔なら蹴り落としても構わん」

「仲間だろうが・・・」
「クールすぎる・・・」
「数は限られておる。好機は決して逃がすな。
 この戦いには、この星に生きる者の命運、そして・・・あれに挑み倒れたの誇りがかかっておる」



揺らぐ凍気が光となり、幾多の氷の刃を作り上げる。
宙に浮かぶその周りには、食らいつく獲物を待ちわびるかのように、針のように細く鋭い氷が回っていた。

肌を刺すような冷たい空気と、同時に感じたシヴァの威圧に、ザックスとアンジールは僅かに身震いする。
魔物を見る薄青の瞳は、氷の女王たる名を知らしめるかのように冷たく、表に出たその殺気は体の中心から凍りつかせるかのようだった。


「敗北は許さぬ。勝利以外は許されぬ。人の子らよ、心して戦え」



閃光の中、降り注ぐ業火の中に、氷の刃が混じって落ちる。
雷を捕らえ、火の矢を包んだ氷は、空中で砕けると、光の粒となって舞った。
攻撃の手を止めたラムウとイフリートは、漸くやって来たシヴァに視線を向け、その後ろから来る二人の人間を見た。

事を察した二体は、場を譲るように魔物から離れ、遠距離からの援護へと戦法を変える。
時間稼ぎをしてくれたラムウとイフリートをちらりと見ると、シヴァはゆっくりと腕を上げた。
それに従い、彼女の周りにあった氷の刃が、その切っ先を魔物に向ける。

新たな敵へ、魔物が顔を向けると同時に、シヴァの腕が振り下ろされる。
空中の水分を引き寄せ、幾本もの刃になった氷が魔物の視界を覆うと同時に、シヴァは地を蹴って魔物に向かう。

目隠しとなった氷は魔物の顔面へぶつかり、その間にシヴァは持っていた小瓶を魔物の頭部に向かって投げつけた。
瓶が割れ、漏れた材料が混ざり合って、黒い爆発を起す。
その威力と爆風に霧は飛び、シヴァの後ろから来たアンジールとザックスは、霞が消えた魔物に刃を振り下ろした。

二人の刃は鉄のように硬い殻を深く切り裂き、その手には先ほどまで無かった手ごたえを感じる。
大きく皹が入った殻の奥で、刃が肉に届いた感触がするものの、魔物は痛みに暴れ始め、二人は距離を取らざるを得なかった。
アンジールとザックスが魔物から離れた瞬間、再び集まり始めた霧の合間を覆い始める。

傷を負わせた二人に、魔物は手首から先が千切れた腕を伸ばしたが、それは彼らに触れる前に、イフリートの炎に阻まれた。
腕を覆い、魔物の瞳へと伸びた炎が再び視界を遮る。
魔物の背中へと移動したシヴァは、その首元に再度瓶を投げ落とし、ザックスとアンジールは先と同じように攻撃を与えた。
殻の合間に見えた筋肉組織は、殻よりも柔らかいが、力を入れなければ斬る事が出来ない。
急所であるそこに、深く刃を沈ませる事は出来たものの、苦しむ魔物の動きが筋肉を収縮させ、簡単に抜けなくなった。
舌打ちして剣を引き抜いたアンジールは、刃を肉に捕らえられてそれが出来ないザックスを見る。


「諦めろ。そのままでもダメージは与えられる」
「クソッ!」


再び戻り始めた霧が、二人の足に絡みつき、アンジールは慌ててその場を離れる。
だが、共に離れようとしたザックスは、絡みついた霧に足を捕らえられた。
引き剥がそうとした瞬間、足場にしていた魔物の体が揺れ、ザックスは体制を崩す。

殻に挟まれた剣が折れると同時に、彼の体は傾き、形という形の無い魔物の足の方へ転がり落ちた。
溶けたような魔物の下半身は、上半身より更に濃い霧に覆われており、その上を滑る彼の体を覆っていく。
肌の上から侵食していく感覚の中、地面に落ちた衝撃を背中に感じ、ザックスは軽く咳き込む。
纏わりつく霧を振り払いながら、体を起した彼の視線の先には、攻撃を再開したシヴァとアンジールの姿があった。

自分も行かなければと思うものの、武器が無くなったザックスには、もう戦う事が出来ない。
出て行ったとしても、足を引っ張るだけになる。

弱者から無力に落ちてしまった自分に、ザックスは拳を強く握り締めた。
再び開いた掌の傷に小さな痛みを感じながら、不甲斐なさに大きく溜息をついた彼は、せめて邪魔にならないようにとその場から去ろうとする。
が、踏み出した瞬間、何か硬いものを踏んだ感触がして、彼は足を上げた。

魔物の体から流れ、地面を覆う霧はザックスの膝までを隠している。
その中に、恐る恐る手を突っ込んだ彼は、そこにあった棒のようなものを掴んだ。

丁度手に収まる太さのそれは、木の枝にしては滑らかで、慣れた重さを感じる。
まさかと思いながら、恐る恐る引き抜いた彼の掌にあったのは、金の紋様を埋め込んだ赤い宝玉と、細かな装飾が施された剣だった。
主を失い、置き去りにされても、歯零れ一つ無いその刃は、藍の空に散る星とザックスの姿を鏡のように映している。

手の中にある、見覚えがある剣を呆然と見つめていたザックスは、静まっていた怒りが蘇るのを感じながら目を伏せた。
こんな時、の剣を手にし、戦う事になるなど、まるで敵討ちのようではないか。
彼女が自分に託したのだと思う事は、まだ知れない彼女の生死を、認めてはならない未来を認めるという事。
そう思っていながら、自分の意思を無視して熱くなった瞼が視界を滲ませ、彼はそれを乱暴に拭った。

偶然だと自分に言い聞かせながら、しかしそれにしては出来過ぎている現状に、ザックスはそれ以上考える事を放棄する。


早く目の前の化け物を倒し、この落し物を持ち主に返さなければ。

礼と侘びを言いながら、これを受け取る彼女の姿を思い浮かべると、ザックスは剣を持ち直して戦いへと戻った。






やっぱ自分は召喚獣大好きなんだなぁ・・・と、書きながら思いました。
そんでもって、ギャグにしそうになるのを抑えるのに必死でした。
2008.01.30 Rika
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