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轟音と共に舞い上がった岩の欠片が、天から降り注いでは葉の上にぶつかり、地に落ちる。
雨上がりの空は陽炎に染められ、地響きと共に誰も知らない魔物を赤く照らした。

強大な姿のそれは、夜空の濃紺に似た殻と青紫に光る瞳を持ち、虹色に揺らめく霧のような光を纏う。
地底から這い上がってきたように、上半身だけを地上に見せ、何かを求めるように叫びを上げる異形の者。


それはまるで、この世界の終焉のような光景だった。





Illusion sand − 71







「ギーギー喚くな。耳障りだ」


魔力を求め、目の前でもがく魔物を前に、は顔を顰めながら背負っていた男を地面に下ろす。
まだ僅かに温みを残す体は、力なく地面に横たわり、うっすらと目を開けて自分を助けた者を見ていた。


「生きたければ足掻け。そうでなければ、好きにしろ」
「・・・・甘・・・すね・・ぇ」



力なく笑いながら、マクスウェルは掠れた声でに言う。
既に多くの血を流し、助かる見込みなど無い自分を、わざわざ拾う理由が何処にあるだろう。
感覚が消えた腕は動く事さえ出来ず、指先一つ動かない事に小さく溜息をつくと、マクスウェルはゆっくり眼を閉じた。

深く沈む闇は冷たく、だが仄かに見える青緑の光が、温かな道筋を照らす。
溶け込む意識はやがて光の一部となり、消え行く自我すら心地良い感覚に、彼は星へと帰っていった。







揺れる視界に舌打ちをし、は剣を構えて魔物を見据える。
目の前の餌に、力を得んと伸ばされた腕は、霧のように渦巻く魔力を巻きつけていた。


「人の魔力で好き勝手な真似をしないでいただけるか?」


貪欲な魔物に、は眉を潜めると地を蹴る。
飛び込んできた彼女を捕らえようとした手は、それを得るどころか簡単に足場にされた。
予想より愚鈍な魔物の動きに、少し拍子抜けしたは、そのまま分厚い殻の隙間に見える筋肉組織に刃を差し込む。
魔物が痛みに腕を振り払う前に、剣を抜いて飛び上がり、再び捕らえようとする魔物の掌に彼女は剣を付き立てた。
刃は再び筋肉組織に突き刺さり、しかも今度は魔物自身の力もあったため、先程より深く刃を肉に沈めている。

自滅おめでとう。

そう言ってやりたい所だったが、魔物自身の力で突き刺さった剣は、抜き取るのが一瞬遅れる。
剣とごと地面に叩き潰す気か、魔物は腕を大きく振り上げると、そのまま振り下ろした。
だが、巨大な身体での動きは、彼女にとってやはり遅く、は地面に叩きつけられるより前に飛び立つ。

少し離れた場所に着地するものの、頭を振ったせいで起きた眩暈に、は目の前が一瞬白くなった。
体調不良なのに、無理して激しい動きをしたせいだろう。
だが、普段の彼女にしてみれば、この程度は準備運動のようなもの。

改めて、奪われた魔力の量と、それによる影響を思い知らされた。
平衡感覚まで狂い始め、瞼を押さえた彼女は、傍にあった木の陰に身を潜める。
すぐに見つかる事は分っているものの、少しでも眩暈が軽くなるまでの時間があればよかった。

抑えても引き出されていく魔力が、彼女の体から徐々に感覚を奪っていく。
身を隠す事で眼をくらませる事が出来ないことは、自身感付いてはいた。
だが、魔物が自分から注意をそらした時にある、魔力の吸収が緩む瞬間が、彼女にとって重要な体力温存時間だった。


仕留めたと思い込んでいた魔物は、ゆっくりと掌を上げるが、彼女がいなかった事に辺りを見回す。
眼で探すよりも、餌となる魔力を探す方が明瞭で、魔物はすぐにを見つけた。

こちらに向けられた気配に、は木の陰から出ると、魔物の腕の下に走りこむ。
急に鳴り出した耳鳴りと、その奥から聞こえる砂の音に顔を顰めながら、殻の隙間に見えた筋肉組織に狙いを定め、は剣を振り上げた。

丁度手首に食い込まれた刃は、剣圧で裏側まで裂き、魔物の手と腕を寸断する。
傷口から血が溢れる事はなく、体液が出るでもない。
次の攻撃に備え、そこから離脱しようとしただったが、脳に突き刺さるような耳鳴りと、急激な脱力感に、体勢を直す事も出来ず膝をついた。

剣を杖にし、倒れる事だけは堪えるが、力が入らなくなった体は立ち上がることも出来ない。
ぐるぐると回り出した視界に、自分の身体から流れ出る歪みが写り、その行く先には魔物の傷口があった。

負った傷を、魔力によって治そうとしているのか。
それとも、肉体の内部を晒す事によって、更に魔力を得る力が増したのか。

全ての音を掻き消すように、彼女の中に鳴る砂の音が大きくなり、何処からともなく吹いた乾いた風が髪を揺らした。











 まだ終われないだろ?・・・















バッツ?



急に響いた仲間の声と同時に、五月蝿かったはずの砂の音が消え去る。
耳鳴りは遠ざかり、抜けていたはずの力は戻ったが、相変わらず眩暈は消えない。
それでも、剣を持って立ち上がるには十分で、は再び剣を掲げ、捕らえようとする魔物のもう片方の手を切り落とした。

まだ足りない。
これでは致命傷になり得ないと、彼女は魔物の腕に飛び乗る。
視界は揺れ、不安定な足元に足を取られながら、は魔物の首目掛けて走った。
魔物が彼女を振り落とそうとする度、殻の合間に見える肉を刺し、その動きを止める。
腱や神経を捜す余裕など無く、目に付いた場所を適当に刺しながら進んでは、払い落とそうとするもう片方の腕をすれすれで避けた。

いつ落ちてもおかしくないと思いながら、漸く魔物の肩まで着き、関節部分に深く剣を差し込む。
悲鳴を上げて暴れる魔物にしがみつき、抉るように刃を動かすと、それまでの攻撃で血塗れになっていた腕の動きが鈍くなった。
剣を抜き取りとったは、目の前にある開けられた口に一瞬足を止める。

下手に突っ込んでは食われるだけ。
そう思うと、彼女はすぐに、その上にある青紫の瞳に狙いを定めた。

片腕を失った事を悟った魔物は、まだ自由に動く片腕で彼女を振り払おうとする。
それを視界の隅に見ながら、数秒の余裕を見た彼女は、魔物の顔にぐっと近づくと、その瞳に深く刃を入れて引き裂いた。

体液か、水。
どちらかを被る事になると思っていただったが、それの代わりに魔物の瞳にあった青紫の光が溢れる。
炎のようなそれは、剣を伝い、彼女の腕へと伸びると、その身体に捲きつき始めた。

不快な痺れが広がると同時に、光が触れた部分から更に力が吸い取られていく。
再び戻ってきた砂の音と耳鳴りに、消えていたはずの脱力感が加わり、肩に足を着いた途端、彼女は体制を崩した。

近く遠い場所で、無くしていたはずの時計の針の音が聞こえる。
砂の音に混じるようなそれを感じながら、残り僅かとなった魔力さえ得ようとする魔物に、身体の感覚は消えていった。
伸ばされる魔物の腕に、辛うじて手放さずにいる剣を向けようとするが、僅かに動いた指先から剣が滑り落ちる。

魔物の上に受け止められたの身体は、背中に受けた衝撃にさえ、痛みを感じられなくなっていた。
音という音を支配する砂の音が、時空が歪む音のように、彼女の体を違う景色に蝕んでいく。

目の前に開けられた魔物の口を眺め、内から食らうという手もあるかもしれないと、出来るかどうかもわからない悪あがきを考えていた。






「必ず帰る」などという言葉を言ってしまったからだろうか。

きっともう守れる約束になっていると思っていたのは、驕りでしかなかったのか。



やはりあの言葉は不吉だ。





牙が身体に突き刺さる感覚がしながら、僅かな苦痛さえ訪れない。
噴出す血も無く、骨が砕ける音も無く、だが魔物は確かに彼女の体を食らっていた。



















青紫の光を片目から溢れさせる、巨大な化け物。
その口に咥えられ、力なく四肢を揺らすの姿に、セフィロスは夢を見ている感覚に陥る。

地面に突き刺さった彼女の剣が、戦いで倒された木々により差し込む夕日を、茜色に反射していた。




世界の終焉のような光景。

その先にあったのは、絶望と憎悪を呼び起こす光景だった。







ちょっと短いですが、キリが良いので今回はココマデ。さぁ〜て、この先どうなる事やら(笑) 2008.01.14 Rika
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