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ツォン自ら推薦し、を士官学校の講師にした理由は、半分は彼女の推測と同じだった。 半分というのは、実際それが彼らにとっても手っ取り早く、にとってもに適職であった結果の推薦だった事。 そして残る半分が、彼女がこの数日と今日の手合わせで勘付き、今レノに問い質している事だった。 つまり、士官学校に潜入している反神羅組織と思われる者の調査及び始末である。 事の起こり1年程前、士官学校の講師が事故で亡くなった事から始まった。 教員達の中に不審な者が紛れ始めたのは、その直後。代わりに雇った講師が来てからである。 Illusion sand − 55 新しく入った講師は、当時それ程目立った事も無く、ごく普通の講師であるかに思われた。 だが、彼が来てから各教科の講師や教官が様々な理由により居なくなり、その都度新しい人間が入ってきた。 当然疑問を抱く者は多く、校長は極秘裏に神羅に相談をし、年度変わりに合わせて元ソルジャーの男を教官に招き入れた。 彼の素性を知る者は神羅の中のごく一部と、士官学校の校長、そして教官本人のみである。 校内に入った彼は、すぐに不審な教員に目星をつけたが、それは既に教員の半数を占めていた。 士官学校に入り込むのだから、目的は生徒達である事に間違い無い。 だが、彼らの具体的な目的も、組織の規模もわからぬまま時は過ぎていった。 教員内のいざこざに見せかけ、彼は不穏分子を排除していたが、手引きする者がいる手前きりが無い。 彼もまた、ソルジャー時代の戦友を学園内に入り込ませる事で、彼らを監視し牽制していた。 そんな時が暫く続いていた中、事態は突如急変した。 最も注意していた男を監視させていた体術の講師が、神羅本社の要請により警備に借り出され、命を落としたのだ。 実技旅行という、最も隙が出来る行事の直前に起きた欠員。 その期に浸け込まれるような事があっては、後に起こるだろう惨事は考えるまでも無い。 校長は再度神羅に助力を仰ぎ、事態を重く見た神羅はタークスに事の収集をつけるよう命じた。 「それで、話を聞いたツォンが、私を向かわせた・・・と」 「その通り」 神羅からの人間と言えど、一般人の女が入れば向こうは油断する。 もし向こうが警戒したとしても、の身の回りにいる英雄や副社長の事を考えると、迂闊には手を出せないだろう。 そう考えた上での事だったと、理解は出来るものの、勝手に巻き込まれたにすれば、はいそうですかと言えるはずがない。 「・・・・・・・・・・何故初めから言わない?」 「忙しくて忘れてたらしいぞ、と」 「・・・・忘・・・・・・」 「元気だせよ」 「・・・・肝心な事を伝え忘れては本末転倒じゃないですか」 「ツォンさんも大変なんだぞ、と」 そんな重要事項を忘れていて、ツォンは大丈夫なのかとはガックリ項垂れる。 意図して秘密にしていたのではなく、単なるウッカリだったと聞くと、怒る気も失せる。 苦笑いしながら励ますレノが、彼女の肩をポンと叩くと同時に、の口からは大きな溜息が零れた。 「元ソルジャーは、アベル教官」 「ああ」 「最も警戒していたのが、体術の教官マクスウェル」 「そうだ」 「その教官の下に私を入れて、彼を牽制・・・本来は監視も含まれていた」 「その通り」 「・・・・・・・・」 「・・・・・・・・」 もう、どう言葉を出していいのやら。 否、出すべき言葉など既に分りきっている。 「で、私はこれから何をすれば良い?よもやこの期に及んで監視と牽制だけでは無いでしょう?」 「話が早くて助かるぞ、と」 早いも何も、他にどうしろというのか。 巻き込まれた事が不服でないと言えば嘘になるが、なってしまったものは今更どうしようもない。 ならば早々に彼らの要望を叶え、平和な日常をいただくに限る。 渦中にいるマクスウェル教官や、他の教員の事を、出会って数日のは、まだ何も知らないようなものだ。 向こうも彼女を様子見していたのか、不穏な気配など微塵も見せず、故にも注意などしていなかった。 もしアベル教官が彼女に勝負を挑まなければ、きっと何も気付かないまま、レノの話に驚いていただろう。 しかし、目的は何にせよ、マクスウェル教官が重要な行事の事を今日言い出した理由が何となくだがわかった。 忘れていたというのは口実。 出来れば前日の放課後ぐらいまでは知らせずにいたかったに違いない。 しかし、職員会議がある手前、言わずにはいられなかったのだろう。 どちらにしろ、自分に多少なりとも混乱を与え、当日必要になる段取りを覚える事に集中させたかった、というところか。 そうすれば、仮に教員内で不自然な欠員が出ても、考える事と覚える事が多すぎて構う余裕は無くなる。 上手くいけば、他への注意が散漫になり、命を取る事も可能。 とはいえ、そう易々と殺されてやるほど、は弱くない上に、書類の内容も必須項目ぐらいしか覚える気がないが。 非難するでもなく、自棄を起したようでもない彼女の様子に、レノは笑みを浮かべてテーブルの書類を渡した。 受け取った紙には、マクスウェル教官を初めとする教員達の顔写真が印刷されている。 ここ数日で見慣れた顔を眺めながら、教員の約半数を占めるその数に、は眉を潜めた。 アベル教官や校長の顔が無い事を考えると、紙の上にいる彼らが例の不穏分子なのだろう。 「随分多いな」 「後任は元ソルジャーの奴らに声をかけてある」 「いつでも始末出来る・・・か。だが、今日明日には出来んだろうな。すぐに実習旅行だ。生徒が混乱する」 「残念ながら、そう言ってもいられないぞ、と」 「どういう事だ?」 「アッチはこっちの考えを既に分ってる。表面には出さないが、相当焦ってるぞ、と」 「では、今日明日こちらが警戒している事も予測済みか・・・。 事を起すなら実習旅行中だな。 こちらの戦力が分散している上、生徒を連れている以上否応無しに向こうへの注意力も欠ける」 「現地での軍の救援にも限りがあるしな、と」 「既に罠を張っている可能性も無くは無い。こちらの守備は?」 「一応罠は張ってるぞ、と。でも、向こうも動いてる以上、大きな仕掛けは作れない。ルートは70%が荒野だ」 「限られた地形の中での伏兵・・・か。上策とは言えんが、他に方法も無いな。向こうも同じ手を使うだろう」 「数で勝負なら余裕だ。生徒がいなきゃ・・・の話だけどな」 「生徒の半数を質にとられたも同然。あちらの敵は・・・無差別だろうな。周りは神羅の人間だらけだ」 「そのうえヒヨッ子達は力の差が大きすぎて戦力外」 「そちらに策は?」 「残念ながら」 「そうか・・・」 神羅の兵力という後ろ盾があるなら、結果的に勝利を掴む事など容易い。 だが、それまでにかかる犠牲を考えれば、万全の安全は難しく思えた。 全員まとめて行動してくれれば助かるが、班毎に分散しての行動は、軍に上がった後の実戦の為の訓練。 今更段取りを変える事など出来ないだろう。 兵に尾行させようとしても、敵味方が入り乱れての荒野では、向こうに見つかるリスクが遥かに大きくなる。 散り散りになった生徒達、その中で最も危険に晒されるだろう半数の生徒に、犠牲が出る事は避けられそうになかった。 「難儀だな・・・」 「子守に護衛に戦闘に・・・大変だな、と」 他人事のように笑うレノを、はじろりと睨みつける。 怒りではなく呆れを見せるその視線にも、彼は動じる事無くニッコリ微笑み返した。 レノ彼に当たったっても仕方が無いのは分っているが、どうも厄介事を持ち込んでくれる彼らに不満が出る。 とはいえ、今日まで自分が受けた神羅の力添えを考えれば、力を貸す程度の事で不満など漏らせはしない。 そう分っていても、すんなり引き受ける気にならないのは、彼らの話の持って来方が悪いせいだろう。 騒動に片足を突っ込み既に巻き込まれた状況になってから、思わしくない事態だと説明しにやってくる。 備えも何もあったものではないのだから、不満を感じるのは当然。 だが、考えてみれば彼らが事前に物事を、用意周到な説明を携えて頼んできても、それはそれで裏があるように思えてしまう。 結局、面倒だと思わせる事も、世話になったのだと自分を納得させる事についても変わりは無いらしい。 「仕方ないな」 事が起きていない以上、万策尽きたわけではない。 とはいえ派手な事が出来ない事に変わりは無く、は講師としての仕事を放棄出来ないのも事実だ。 状況によっては、担当する生徒を近くにいる兵に預けて、エリア内を走り回る事になりそうだが、生徒を受け持つ手前それは避けるべきだろう。 しかも、近場に兵が居なければ成す術が無い。 事が起される前。 例えば現地到着直後に、不穏分子である教員の一部を捕縛でもしてしまえば、後の心配は大分減る。 現地で待機する伏兵も、作戦の要だろう彼らが動けないのであれば、混乱は避けられない。 そこを神羅軍が上手く突けば、解散した生徒達への襲撃は脆弱なものとなるだろう。 しかし、それでは捕らえた教員達の尻尾を掴むまでには至れない。 今の今まで手が出せなかったのは、手錠をかけるための証拠が無かったからだろう。 事実がどうあれ、彼らの立場は神羅の士官学校の教員。神羅の人間なのだ。 シラを切られてはそこで終わり。 危険地帯だと知りながら生徒を現地に放り込むのは、それにより事を起す彼らが否応無しに残してしまう証拠を掴むためだ。 つまり、彼らが事を起してくれるまでは、こちらは傍観するしかない。 いるかどうかもわからない向こうの味方も、それまでは泳がせなければ途中で作戦を中止される可能性がある。 中止とまでは行かずとも、こちらの目が届かないのを良い事に、僅かな証拠すら隠蔽される事は最低でも免れない。 必要なのは、事を起した彼らを迅速に捕らえ、また気付かれないよう監視できる人材だ。 両手で数えなければならないその人数を、急に用意するには無理がある。 例え神羅に腕利きの兵を出すよう頼んだとしても、海に囲まれた列島にでは嫌でも誰かの目に入るだろう。 無理難題・・・・と思われるが、既にの脳裏には漠然とした策が出来上がっていた。 具体的とは言い難いながらも、ある程度被害を回避、軽減する方法を叩き出した彼女は、鞄を手に取り立ち上がる。 「暫くは流れに任せよう」 「いい方法があるのか?」 「・・・無くも無い・・・という程度だ。犠牲は・・・少なからず覚悟せねばならんだろうな」 「何も無いよりマシだ」 車のキーを指で遊んでいたレノは、微かに口の端をあげると立ち上がる。 はっきりとした作戦を言わなくとも、考えがあるというのなら、それほど不安を覚えはしない。 神羅軍へ指示が無い事も、既に段取りをしてしまっている方としては好都合だった。 外の気配を伺いながら、レノは滅多に足を踏み入れない我が家の扉を開く。 荷物置き場と偶の休息場所でしかないアパートの廊下は、磨かれた床に明るいライトが反射していた。 丁度エレベーターが着いたようだったが、間に合うわけが無いので、彼は気にする風でもなくポケットから鍵を出す。 「レノ・・・・」 「何だ?」 鍵をかけながら、レノはエレベーターの方を眺める彼女に答えた。 視界の端に、誰かが乗る姿は見えていたが、別に珍しい事ではないだろう。 「此処は、どんな人間が住んでいるんだ?」 「一応神羅の社宅だぞ、と」 「家庭を持つ者は?」 「ワンルームに、2人も3人も住めるか?」 「全て同じ間取りか」 「それが、どうかしたのか、と」 「・・・・後でな・・・」 不審な人物でも見たのか、エレベーターから目を離さない彼女に、レノは黙って非常階段へ向かう。 細い路地に面した螺旋階段は、降りるごとに生ゴミの臭いがしてきた。 汚れたアスファルトの上を歩いていた犬は、レノ達の足音にピクリと耳を動かし、ちらりと姿を確認すると逃げてゆく。 首輪がついていたという事は、何処かから逃げてきたのだろう。 よくある話だと考えながら、彼は助手席のドアを開けた。 「・・・どうした?」 中に入ろうとはせず、アパートの裏口をじっと見つめるに、レノは首を傾げる。 その視線を辿ってはみるものの、建物の外からでは、中は暗くてよく見えない。 「行こう」 「あ?ああ」 または答えを言わず、彼の車に乗り込んでしまう。 何か妙な物でも見えるというのだろうか。 季節外れの怪談話などやめてくれと思いながら、レノは運転席に座りキーを回す。 妙に無口な彼女を乗せながら、狭い駐車場から出た途端、先程の犬が道路の真ん中で尻尾を振っていた。 スピードこそ出していないため、強い衝撃はなかったが、強く踏み込んだブレーキに二人の身体はグッと前に傾く。 シートベルトのお陰でハンドルに頭をぶつけるような事は無かったが、今度はガクンとシートに身体を戻された。 犬はレノ達の気持ちも知らず、尻尾を振ったまま別の路地に入っていく。 プリプリと揺れるその尻に、少々の悔しさこそ感じるが、とりあえず轢かなくて良かったと彼は小さく息を吐いた。 「レノ・・・」 「轢いてないぞ、と」 「ああ。・・・社宅には、士官学校の生徒も入れるのか?」 「・・・ガキ共には、ちゃんと寮があるはずだぞ、と」 「では、士官学校の指定鞄、簡単に入手出来るか?」 「学校のっつっても、軍の制服みたいなもんだ」 再び進んだ車は、細い道を大通りに向かってゆっくり進んでいく。 窓の外を眺めながら聞いてくるに、レノはその質問が差す答えを予感しながら、淡々と言葉を返した。 「先程、エレベータの扉からそれが見えた。そのまま上に向かっていったよ」 「部屋の前にはいなかったぞ、と」 「なかなかの手練だ。ほぼ完全に気配を消していた。頭は悪そうだがね」 「・・・・・」 「あの家には、暫く帰らない方が良いだろう」 「そうだな・・・・と」 感付けなかった悔しさと、思い知らされる彼女との技量の差に、レノは胸のモヤつきを感じる。 殆ど使っていないとはいえ、自分の家に誰かの手が伸びているのだから、気色悪くて当然だろう。 気配を消して廊下を歩く者も、用が無い階に下りてまた上がっていく者も、普通はいない。 しかも士官学校の指定鞄など、不吉で仕方が無い物まで持ってくれているとは・・・。 「学生の中に不審な者がいないか、今から洗うのは無理でしょう。 配備される兵と神羅側の教員に、生徒にも注意するよう連絡をお願いします」 「了解、と」 レノの家と同じく、7番街にあるとセフィロスのマンションにはすぐに着いた。 フィルムが張られた正面玄関の中にはパネル式のロックが見え、その更に奥にはフロントらしきものまで見える。 先程の事を考えると、自分も此処に引っ越してしまおうかと考えたくなったが、使用回数と家賃を比べれば大きな無駄になるだろう。 頷いたレノに、ドアを開けた彼女は静かに降りる。 さらりと流れた黒髪の合間から覗く白い首筋に、正常な男が色気を感じるのは仕方が無い事だろう。 頭の隅で、見惚れるのも悪くないと考えるレノの視線は、剣を握っているとは思えない綺麗な手を眼で追っていた。 もっとちゃんと口説いておけばよかったと思いながら、もうセフィロスは彼女の肌を知ったのだろうかと、野暮な事を考える。 しかし、の雰囲気を見る限り、それらしい気配は無く、この性格では何かあれば顕著に出てしまうだろう。 相当奥手である事が伺える上に、自分の好意にすら気付くかどうか・・・。 貴族育ちの箱入り娘という言葉に頷けずにいられないほど、は恋愛沙汰に極めて鈍感だ。 向けられる下心には相応に理解できているが、口説くとすれば相当な根気が必要だと、レノは知っている。 それにセフィロスが合わせるとなると、道は果てしなく遠い。 いや、遠い以前に、とセフィロスの間に身体での繋がりがある事が想像し難い。 「レノ」 「ん?」 視線に気付かれたかと、レノは動揺する胸の内を隠し、自然に答える。 が、船底での素晴らしき思い出のおかげで、彼の体は本能的に警戒し身構えていた。 僅かに強張った彼に、が気付かないわけがない。 だが、状況が状況だけに緊張しているのだろうと考えると、特に気にする風でもなく彼に視線を合わせた。 「貴方も、お気をつけて」 傾き始めた西日に照らされる彼女の姿は、まるで芸術家が魂を注いで作り上げた彫刻のようだった。 時が止る瞬間というのは、きっとこんな時の事を言うのだろう。 そう思いながら、造形物のように完璧な作りの顔にある、確かな生と瞳の奥に見える大きな存在感に、彼はまたいつかの寒気を感じた。 それは彼女の力の根源を知る直前に感じた、人ならざる者との対峙のような感覚。 神への恐れにも似たそれは、人である彼女の中にある、天地を支える力故だろうか。 人並み外れた洞察力と、当たり過ぎる勘が、それを自分に見せているのかもしれない。 「・・・アンタも、気をつけろよ」 「ひよっ子に負けるほど鈍ってはいません。では」 己を『人』だと言いながら、根底では決してそうなり得ないに、わざわざそれを言うだけの無神経さをレノは持っていない。 僅かに掠れた声で返事をする自分に、人間らしい笑みを返して去っていく彼女を見送りながら、レノは小さく息を吐いた。 |
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一度最後まで書いたのですが、どうも納得できず途中から書き直しました。 まぁ、ボチボチこんぐらいかな〜と・・・。 レノをね、カッコよく書いてあげたかったんですが・・・・うん、いつかカッコよく書ければいいなぁ。 2007.08.06 Rika |
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