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「何で誰もいないんだ、と」

無人の職員室の中で、レノは半ば呆れながら呟く。
そこと同じく人っ子一人いなかった事務室を思い出し、どうなっているのかと大きな溜息をつくと、彼は書類を持った手で首の後ろをかいた。

目当ての人物の机も知らず、尋ねる人も居ない。
廊下から聞こえた誰かの声に、ようやく人が来たかと彼は顔を出す。
残念ながら声の主は此処の生徒達らしく、慌しく廊下を走っていたが、職員室から顔を覗かせた赤髪の男に足をとめた。

「神羅の者だ。先生は誰もいないのか、と」
「あ、今、演習場で剣術の教官と鬼神が戦ってるんです。だから多分、皆そっちに・・・」
「おーい!早くしないと終るぞー!!」
「今行くって!じゃ、急ぎますんで」

「あ、おい!・・・・」

士官学校に鬼神?
言っている言葉が理解出来ないレノは、慌しく走っていく生徒の背中を眺めながら首をかしげる。
理解できないが、とりあえずそちらに行けば、他の教官や講師にも会えるのだろう。

案内ぐらいしてくれれば良いものを、最近の子供は気遣いがなっていないと考えながら、レノは彼らの後を追った。






Illusion sand − 54





目の前で繰り広げられる攻防に、生徒も教員も唖然としながらその動きを見つめる。
目で追うのがやっとな剣技を見せるアベル教官に、相応の腕を持つ教官達でさえ思わず唸る。
同時に、その攻撃を全く受けず、絶妙な隙をついて攻撃を浴びせるに、誰一人として目が離せずにいた。

が最初の攻撃を始めてから、もうすぐ10分が経とうとしている。
だが、その時間を感じさせないほどに二人の戦いは凄まじく、達人とも呼べる武技のぶつかり合いは、見る者を虜にした。


「鬼神って・・・・の事か、と」


たった今演習場へ着いたレノは、剣を持つ男に身一つで挑むを眺めて、呆れたように呟く。
先程の生徒らの言葉から察すると、あの剣の男がアベル教官。そして、それと戦うが鬼神という事だろう。

何がどうなってそんな渾名をつけられたのか。
女に対して鬼とは酷すぎないかと思いながら、彼は完全に遊んでいるを見た。
生徒らがいる手前、相手に花を持たせなければならないと思っているのだろう。
律儀に本気で戦うフリをして、思うが侭の場所に攻撃をさせている彼女に、レノは性質が良いのか悪いのかと苦笑いを零した。

それにしても、何故彼女と此処の教官が戦っているのだろうか。


「そこまで!!」


大きな声に思考の中からはじき出されたレノは、ハッとして二人を見る。
予想通り、剣を飛ばされ床に伏した男は、勝者であるに手を借りて立ち上がっていた。

だが、同じくこの一戦を見守っていた者達には、この結果は予想出来なかったものらしい。
驚きざわめく彼らの中から、時折賞賛の声が飛び、は律儀にもそれらに会釈をして返していた。
その中にレノの目立つ赤髪を見つけた彼女は、一度彼に視線を送るものの、声はかけないまま生徒が持っていた剣を受け取る。

もう終ると思っていたレノの期待に反し、は肩で息をしながら立ち上がった教官と再び向き合った。
何の騒ぎなのか、皆目検討もつかないレノが首をかしげている間に、審判らしき人物が開始の言葉を告げる。

だが、その勝負は一度だけ金属がぶつかる音を室内に響かせただけで終ってしまった。
武器を飛ばされて呆然とする男の首筋に、が持つ剣の切っ先が触れる。
宙を舞った剣は男の背後に大きな音を立てて転がり、見事で無残な勝敗を決した。

もしかすると、自分は良い所を完全に見逃してしまったのだろうか。
圧倒的な力の差を見せつけ、完璧すぎる勝利を収めたは、審判が慌てて叫んだ終了の声と共に剣を下ろした。

いつもの彼女であれば、ある程度相手に合わせて戦い、自分の力量を小さく見せる。
そうしない理由があるのだろうか、それとも自分を待たせているからという理由か。
どちらにしろ、らしくないに、レノは小さな引っかかりを覚えながら、静まり返るギャラリーを掻き分けた。


「見事だぞ、と」
「こんにちはレノ。大体1週間ぶり・・・ですね」


他の誰に目を向けるでもなく、まっすぐこちらに向かってきた
やはり早々に勝負を決めたのは自分が理由らしい。
しかしそれは、待たせないための気遣いではなく、何か急ぎ話す事でもあるに違いない。
近くにいる生徒に持っていた剣の片付けを頼んだは、呆然とする教師陣に振り向くと申し訳なさそうな笑みを浮かべた。


「すみませんが、迎えが来てしまいました。今日はこれで失礼させていただきます」
「え、あぁ、はい・・・どうぞ」

「お疲れ様でした。レノ、行きましょう」
「ああ。・・・アンタらも、邪魔したな、と」



穏やかではあるが、否とは言わせない威圧を出して別れを告げると、はレノをちらりと見て出口へ向かう。
何かある事を言わずとも理解したレノは、彼女に合わせて生徒や教員に適当な言葉を投げかけて背を向けた。
道を開ける生徒の中を、堂々と歩く彼女の後を追い、その一歩後ろにつく。

互いに言葉を発しないまま演習場を出た二人は、人気が無くなった廊下を歩き、階段の手前で立ち止まった。


「荷物を取りに行きたいのですが・・・お付き合い願えますか?」
「かまわないぞ、と・・・・」

「ありがとうございます」


やはりらしくない。
そう思いながらレノは彼女の隣についた。

たかが荷物一つ取りに行くだけの事、普段の彼女ならば、彼女でなくても同行など頼まないだろう。
それに、約束もしていない突然の訪問者を、都合もきかず連れ出したりなどしない。
連れ出しておいて2人になっても口を開かないという事は、この校舎内では言えない事があるのだろうと察しはつく。
一見無防備な彼女が人一倍用心深い事を、レノは身を持って知っていた。
そんな彼女がこうあからさまに事を成すという事は、相応の危険が伴うか、厄介な事に足を突っ込んだという事だろう。


傍から見れば・・・そう、先程演習場にいた生徒のように、害意が無い者にしてみれば、2人は何か深い関係としか見えず、事実そう思うだけだろう。
だが、もしそうで無い者。彼女に害を与えようとする者にしてみれば、タークスで腕利きの自分の存在は邪魔以外でしかないのだ。
そう思うのは、彼女が意図無く悪戯に人を傍に置かないからである。

故に、それらを踏まえ、彼女の思考を読み解けば、今自分を傍に置く理由と役割は自ずと理解できる。
答えは簡単。
彼女に害を与えようとする者、又はその危険性がある者に、今僅かな時であれタークスという護衛がいる事を知らせられる。
とはいえ、の力量では護衛など不要なのだが、ここで重要なのは技量ではなくタークスという名である。

結果、何か事を起すにしても慎重さが必要とされ、余程のキレ者でなければ、この期は逃さざるを得ない。
そうでなければ、その瞬間、護衛役になっていたレノが証人へと変わるのだ。
今後についても、タークスの情報力と力を知らない限りは、無闇に手出しが出来なくなる。

何故そんな事をするのか。一体何に巻き込まれたのか。
いつもならばそう考えるはずのレノだったが、恐らくその答えは彼の頭の中、そして手の中の書類に書かれているものと同じだろう。


「・・・レノ」
「ん?」

「あの・・・流石に中までは・・・・」
「・・・あ・・・」


彼女の背を見ていたレノは、自分が踏み込もうとした部屋に気がつくと足を止めた。
女性更衣室のプレートがついた扉に、危うく変質者になるところだった彼は、苦笑いを浮かべて後ろに下がる。
小さく笑みを零したは、ドアを開けたまま中に入ると、素早く自分のロッカーを開き荷物を持ってきた。


「行きましょうか」
「ああ。何処がいいんだ?と」

「ゆっくりお話できる場所・・・何処かご存知ですか?」
「2人っきりでか?」

「ええ、勿論」
「了解、と」


魅惑的な笑みを浮かべながら、妙な意味ではないと念を押す彼女の瞳に、レノは極上の笑みを返しながら少々残念な気持ちになる。
とはいえ、もしの瞳が艶の在るそれであっても、自分は何を企んでるかと勘繰るのだろうが。

込み入って話をしたがるという事は、は今自分が足を突っ込んだらしい事が、子供の遊び程度のものではないと分っているのだろう。
それが根拠あってのものか、勘によるものかも、どこまで知っているのかも分らないが、彼女の申し出はレノにとっても好都合だった。

レノもまたに用があると分っていると分っている彼女は、再び無言で玄関へ向かう。
演習場へ続く廊下からはまばらに人が出てきているが、皆の顔を見ると一様に足を止め深く頭を下げていた。

まるで社内を歩くプレジデントのようだと思いながら、彼らの前を動じる事無く歩くを見る。
普通はそこで何かしら反応するだろうに、恐れと畏怖が篭る生徒らの態度にも、彼女の態度は全く変化が無い。
その姿に、レノはの鬼神という渾名を思い出し、密やかに納得するのだった。










「散らかってるけど、気にするなよ、と」
「・・・・・此処は・・・」

「俺の家だぞ、と」
「・・・・・・・・」


あれ?

こんな所まで来るはずじゃ無かったんだが・・・・。


「どうした?」
「いえ、何でもありません」


思った事を無表情の中に隠し、は狭い1ルームの部屋に入る。
物が少ないという事は無いが、所々埃が溜まっているレノの部屋は、あまり生活感が無い。
テーブルの上にあるテレビのリモコンにさえ、薄っすらと埃がかかっている事を考えると、彼があまり此処に帰らないのだと分った。
唯一埃を被っていないベッドに腰掛けるが、布団も起きた状態のままグシャグシャに寄せられている。


「で、何の話なんだ?」


封が切られていない水を差し出し、隣に腰掛けたレノは、持っていた書類を埃が浮いたテーブルの上に置いた。
僅かに舞い上がった埃が、ブラインドの合間から差し込む西日に浮かぶ。
それを眺めながら、数秒考えたは、何時に無く真面目な顔をしているレノを見上げた。


「・・・そちらの御用からどうぞ」
「レディーファーストだぞ、と」


それは今使うような事ではないだろう。
しかしレノのこの態度は、言う気が無いわけでは無いが、先に言うと都合が悪いという事だろう。
相手の様子を伺いたいという思いは同じらしい。
どうせ言う事になるのならば、早いか遅いかの違いでしかない。


「曲者ですね・・・貴方も、ツォンも・・・」


言った言葉の意味を理解しているらしく、レノは薄く笑みを浮かべた。
だが、その反応を既に予想していたは、彼に反応を返す事は無く、自分の荷物を取り出す。
鞄を開き、教官から受け取った実習旅行のファイルを出すと、彼女はそれをレノに手渡す。

彼はそれを数秒眺めると、ちらりとに目をやり、それを受け取った。
薄いパイプ式のファイルを手にした彼は、上や下から閉じたファイルを眺める。
背の部分を数秒覗き込んだレノは、ファイルを開くと金具を開き、背表紙に沿った綴る金具の裏をなぞった。
指先に引っかかる冷たい突起を軽く爪で引っ掛けば、それはコロリと外れてくる。

掌に取ったそれは、小指の先程の大きさの小さな機械。
職業柄よくそれを目にするレノは、自分とは対照にその正体を知らないに掌の機械を見せた。


「こんな物、普通は講師に仕込まないぞ、と」
「・・・・これは?」

「盗聴器」


ニヤリと口の端を吊り上げて言うと、レノは掌の機械を床に落とし踏み潰した。
案外脆い作りだったらしく、それは小さな音を立てるとただのゴミになる。
少し土が付いたレノの革靴が浮くと、機械の残骸が埃にまみれて床の上を転がった。

大凡教官が講師に渡すような物ではない。
黒い小さな鉄屑となったそれを拾い上げたは、立ち上がり部屋の隅にあるゴミ箱に捨てた。

何の変哲も無いファイルを渡されながら、真っ先に盗聴器を探した彼は、間違いなく自分が聞きたい事を既に知っている。
タークスに見事ハメられた事を確信しながら、はゆっくりと顔を上げ、無表情のレノと視線を交えた。


「私を士官学校に行かせたのは、講師の欠員ではなく・・・別に理由があるのですね」
「・・・・・」

返事の代わりとは言えない、曖昧な笑みを返したレノに、は微かな引っ掛かりを覚えた。
だが、今そこに突っ込んでも、答えなど返してくれはしないだろう。


「先程、剣術のアベル教官と手合わせしました。最中・・・私とアベル教官を狙っていた者が多数。
 それも、他の教科の教官や講師ばかりです」


狙われていたという言葉にも一切動揺を見せず、笑みを消す事すらしないレノを、は静かに見据える。
彼にとっては、それも予測の範囲内だったのだろうか。
だとしたら、随分迷惑な話である。


アベル教官と手合わせしている最中に感じた殺気。
上手く消しているつもりのようだったが、例え一人では微々たる殺気であれ、数人寄れば少し注意するだけで丸分りだった。
とはいえ、それもアベル教官が彼らを警戒していなければ、は気にも留めなかっただろう。
それ程に彼らの技量は高く、そして慣れている事が伺えた。

そんなもの、教官同士の手合わせを見る者が出すはずが無い。
当初狙いはアベル教官だけかと思ったが、こんな公衆の面前で事を起すとなると、相手をしているが犯人扱いされるだろう。
仮にそれが私怨だとしても、何も知らない教員や生徒が溢れる中、そんなリスクが高い事までするとも考えにくい。
それも1人2人ではないのだ。
その上、時は教員講師の欠員が許されない実習旅行の直前。

引っ掛かりを覚えるには十分だろう。

「手合わせしている最中、アベル教官は対峙している私より、審判をしているマクスウェル教官に注意を向けていた。
 そのファイルを私に渡した体術の教官です。盗聴器を仕込んだのは間違いなく・・・」
「マクスウェル教官」

「・・・・知っていて、私をあそこに行かせたのですね」
「・・・・」


元々は、そのタークスの筆頭であるツォンに勧められた話である事。
穏やかでないこの状況で、タークスであるレノがわざわざ学校まで会いに来た事。
そして今の彼の態度。

全て、始めから彼らの意図に乗せられていたのだろう。
僅かに感じた事から、此処まで考えられれば上出来だろうと考えながら、はレノの傍に行く。
これ以上推測しなくても、これからレノが全てを吐いてくれるのだろうと、彼女は静かに腰を下ろした。


「私を士官学校の講師にさせたのは、初めからそれが狙いだった。
 目的は・・・マクスウェル教官、それとその協力者を消させる・・・・か?」
「・・・・・・・よくそこまで考えられたな、と」

「・・・分らない訳が無いでしょう」


盗聴器まで仕込まれて、それをタークスであるレノが躊躇い無く潰したのだ。
敵味方の区別をつける事など簡単な事。

アベル教官が自分を引っ張り出しながら、それ程警戒していなかったのは、タークスからの推薦で入ってきたためだろう。
その上は、セフィロスと同居し、副社長ルーファウスと友人関係にあるのだ。
本人の意思はどうあれ、何処をどう見ても、神羅の人間としかいえない。

アベル教官の経歴や環境は知らないが、彼もまた神羅の人間と言って良さそうだ。
講師を雇っては解雇させているにも関わらず、彼が免職せずにいられるのが良い証拠と言える。
通常であればそれなりに処置をとられるだろうが、それが無いという事は神羅側の人間を欠けさせられないという事だ。

故に、その根拠の上でアベル教官が警戒していたマクスウェル、及び達を狙っていたのは、反神羅組織である可能性がある。


「レノ・・・・洗いざらい話してもらいましょうか?」
「せっかちだな」


吐けと言わんばかりのに、レノはニヤリとに笑いながらからかいの言葉を吐く。
だが、ゆっくりと壮麗な笑みへと変わっていく彼女の表情に、彼はに冗談は通じない事を思い出した。

「わ、わかったっての!怒るなよ、と」
「・・・では、お願いします」

「ああ。・・・・・・・こえー」
「聞こえてますよ」

「・・・・・・」
「・・・・・・」

「・・・・・・まず、アンタを士官学校に行かせた理由だ」


至近距離での呟いてしまったレノは、呆れた顔をしたと数秒見詰め合う。
無言のまま気を取り直した彼は、何事も無かったかのように説明を始めるが、は突っ込む事は無く聞き手に回った。




久々にレノ登場・・・なんですが・・・・あれ、何かゴチャゴチャしてきましたな・・・(汗)
2007.07.14 Rika
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