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家に帰ったを待っていたのは、ダンボールを抱えて廊下を行き来するセフィロスだった。 Illusion sand − 56 「セフィロス、夕食が出来ましたよ」 「ああ。これを運んだら終わりだ」 前掛けを外しながら声をかけたに、扉を開けっ放しの部屋から返事が出る。 が2人分の食事をリビングに運んでいる間に、彼は自室からの部屋へ荷物を移動させた。 すぐにリビングに来た彼がソファに座ると、彼女も向かいに腰掛けてグラスに酒を入れる。 流しっぱなしにしていたテレビの音量を下げると、どちらからとも無く姿勢を正し、同時に両手を合わせた。 「「いただきます」」 一緒に住むようになってまだ1週間も経っていないが、そう言って食事を始めるのは既に日常になっていた。 以前のセフィロスは、一人暮らしであるため、言ったところで空しくなるだけと、食膳に挨拶などしなかった。 対するもまた、この世界に来てからはするようになったが、狭間に居た頃はセフィロスと同じ理由で、出来たらそのまま口に運んでいた。 互いに、共に食事をする相手がいる事が何処か不思議な感覚がしながら、しかし当然のように同時に手を合わせる。 他の誰かがいる時のような賑やかさも悪く無いが、静かながらも孤独がない食事は、2人にとって丁度良かった。 どんな相手であれ、人と人が向かい合った状態でいると、潜在的に敵対心が出てしまうという。 世界が違えど、その感覚は同じらしく、その知識を持つ二人は、最初の食事の時、座る場所に少しだけ躊躇いがあった。 しかし、向かい合って置かれるソファがあるにも拘らず、わざわざ隣り合うのも妙な図である。 そもそも、互いに争う気が更々無い上に、喧嘩をする自分達は想像がつかない。 結果、どちらから言うともなく、そのまま向かい合って食事をするのが通例になった。 会話をする上でも、実際食事をしてみた具合も、向かい合っているのも悪くは無かった。 もセフィロスも、よく喋る方ではないので、食事中は殆ど無言である事が多い。 会話があるのは、その日何か目立った事があった時ぐらいで、傍から見れば淡々とした食事風景だろう。 かと言って、息苦しさがあるわけではなく、目が合えばどちらともなくぽつりぽつりと会話が出た。 そして今もまた、セフィロスは自分に向けられた視線に箸を止め、へ目をやる。 「・・・・これは美味い」 どうした?と、聞く必要も無く、この状況でいつも出す答えを彼は口にする。 それに対し、はふわりと頬を緩め、再び箸を動かした。 そんな彼女に、つられるように微かに目を細めたセフィロスは、彼女に習うように箸を動かし始めた。 食事中、が彼に視線を向けるときは、セフィロスが口に入れたものに何かしら反応をした時だ。 反応といっても顕著に出ているのではなく、ほんの小さな変化に過ぎない。 だが、人の気配や感情の動きを敏感に感じる事が出来る彼女にとっては、セフィロスの小さなそれも難なくわかるものらしい。 反応すると言っても、それは口にした料理を気に入った時か、味付けに違和感を感じた時に限られていた。 その味付けの違和感も、育った環境の食文化の違い故だが、彼女がこの世界に来てから暫く経っている分、突飛な違いは無い。 初めてセフィロスの家で台所に立った彼女は、包丁の代わりにナイフで調理をしようとし、彼を大層驚かせた。 旅をしながらの料理しかした事が無いという彼女に、正しい包丁の握り方を教えたのは、神羅が誇る英雄セフィロスである。 家では雇っていた料理人が食事を作っていたというに、彼は今更ながら彼女が貴族の娘であった事を思い出した。 ならば味付けも上品に仕上げるのか、それとも尋常ではない不味さか。 そう考えるセフィロスの予想を裏切り、出来上がったの料理は、程よい味加減ながらも大雑把な味がする、男の料理であった。 予想しない珍妙な部分で、自分の予想を裏切ってくれる彼女に、セフィロスはよく分らないが流石だと思う。 数日もすれば早速慣れた彼女が台所の主となり、暇を見さえあれば勉強している甲斐あってか料理のレパートリーはどんどん増えていた。 暫くは共に台所に立って調理をするつもりだったセフィロスだが、既に食事は殆どが作るものになっている。 とはいえ、の帰宅時間が概ねセフィロスより早く、彼の帰宅時間が不規則である事が、その理由だが。 何分セフィロスが帰ってくる頃には、彼女は既に食事や風呂の準備を殆ど済ませてしまっているのだ。 朝食こそ、早く目が覚めた方が仕度をするが、その他の家事はセフィロスの出る幕が無くなってしまっていると言って良い。 それでも、手が空いていれば互いに片方を手伝い、2人で何かするのは珍しい事でもなくなっていた。 共同生活は、上手くいっていると言えるだろう。 「どうしました?」 じっとみつめてくるセフィロスの視線に、は箸を下げて首をかしげた。 声をかけられた事で、いつのまにか彼女を凝視していた事に気がついた彼は、口の中のものを飲み込んでグラスに手を伸ばす。 「随分慣れたと思ってな」 「・・・ありがとうございます。ですが、まだまだですよ」 「・・・そうか」 『まだまだ』という言葉に、何処か安心している事を見せないまま、彼は水を飲み込む。 食事を再開したに、彼も箸を持ち直し、食べなれ始めた彼女の食事を口に運んだ。 当初こそ心配で気が気でなかったセフィロスだったが、の適応能力は彼の予想を超えていたようだ。 あと一月もすれば、一人暮らしさせても何一つ心配の必要が無くなるだろう。 だが、仮にそうなったとしても、きっと自分はその事を口にしないだろう事をセフィロスは感じていた。 何故と考えて、はっきりとした答えがすぐに出ないほど、それは漠然とした思いだが、出て行けと言わない事だけは確信が持てる。 もしが出て行くと言ったならば、止める権利が無い彼は送り出す事しか出来ないが、その可能性すら彼の中では小さい。 自分一人で生きていける自信が出来たら、頼る事をやめるだろう彼女の性格を、セフィロスはわかっているつもりだった。 だが、それでもその未来を考えようとしないのは、予想を願望にすり替えてしまっているからか。 共にいることで得られる、微温湯のような時を手放したくないのだろう。 それを知れば彼女が離れる事は無いと、何処かで知っている自分の狡ささえ、彼は自覚していた。 身勝手な駄々を抱えて、それすら何処か嬉しく思える自分はどうしたものか。 どう考えたところで、結局の考え次第なのだが、この生活を楽しんでいるらしい彼女を見ると、気分が落ち込む事はなかった。 いくらずっと・・・と思ってしまっても、先の事を話し合うには、自分にも彼女にも、時期尚早すぎる。 とりあえず、今日彼女が傍にいて、明日、明後日、その後も、この生活があるならそれで良いと思った。 「あ、セフィロス。明後日から4日程ですが、学校の行事で留守にします」 「は?」 考えている事を読んだかのようなタイミングで、不在の報告をしたに、セフィロスはつい抜けた声を出した。 今日、明日はあっても、明後日から4日間はこの生活が無いらしい。 残念、セフィロス。 一方のは、いつもとは違う彼の反応に目を丸くし、何か不都合があっただろうかと考える。 口にだしてしまっていたかと考えるセフィロスの眉間の皺に、その理由を知らない彼女は何か約束でもしていたかと記憶を探った。 「・・・・随分急だな」 「ええ。私も今日言われたもので、驚きました」 「・・・泊まりか?」 「はい。実習旅行でミディールとかいう場所の近くまで」 「そうか・・・。必要な物はあるか?」 「普通の野営と同じですから、特には」 「わかった」 セフィロスはそれ以上何も言わず、食べ終わった食器を重ね始めた。 特に咎める様子もない彼に、急な事で驚いただけだろうと考えると、もテーブルの上を片付け始める。 帰宅時の荷物移動以外、普段と何ら変わり無い彼に、彼女は今朝見た光景が夢であったようにさえ思えた。 今朝見た光景とは、勿論セフィロスが背中にの下着を引っ掛けていた姿である。 せわしなく荷物を分けていた彼に、気付かずにいて欲しかった彼女の期待が外れた事はわかる。 一体何処まで引っ掛けて歩いていったのか、聞きたいような、聞きたくないような。 とはいえ、気付いた彼が大恥をかいた事は間違いなく、それをわざわざ聞くほども酷ではない。 セフィロスが話題に出すはずも無いので、誰かがそれを言うまでは知らないフリをしてあげようと思ったのだ。 それまでは、この話題に触れてはならない。 出来れば忘れてあげた方が良いのかもしれないが、それなりにインパクトがある光景だ。 そう易々と記憶から消える事は無いだろう。 「俺も・・・」 「え?」 「・・・5日後から任務でいなくなる。早く終れば、お前と同じ日に帰るだろう」 「そうですか。お気をつけて」 「ああ・・・・5日後だがな」 「ええ、5日後ですが」 「・・・・・・・」 「・・・・・・・」 見送りには早すぎる言葉に、2人は黙って見詰め合う。 それ程面白い内容の会話でもないのだが、そこに流れる妙に擽ったい空気に、2人の中からは沸々と笑いが溢れてきた。 互いにそれを押さえ込もうとするものの、堪えようとすればするほど笑ってしまうのが人の性。 真面目な顔をしていたの眉が微かに動いた瞬間、セフィロスは口から零れた笑い声に口元を押さえた。 そんな彼に、とうとうも堪えきれず、彼と同時に声を上げて笑い始める。 何がそんなに面白いのか、二人揃って声を上げるほどの事など無かったが、きっと偶にあるどうしようもなく笑ってしまう時なのだろう。 薄れた思い出と重なる時に、彼女の胸に僅かな懐かしさが掠める。 だが、いつの間にか遠い思い出に捕らわれなくなっていた心は、目の前にいる彼との新しい記憶を蘇らせた。 声を上げて笑う彼を見たのは、これで2度目だ。 「どうした?」 「・・・いえ、何でもありません」 笑い声が収まったに、セフィロスは笑みを残したまま問いかける。 だが、頬を緩めたままの彼女は、当たり障り無く答えを流し、さして気にした風でもない彼に目を細めるだけだった。 日常というありふれた時の中、この僅かな間でさえ、心安らいでいる自分が居る。 長く生きた末に得た、何に気を憂いる事のない安寧の時は、どの記憶より温かかった。 それはきっと、彼の存在故の事なのだろう。 出会った頃を思い起こせば、目を見張るほどに表情豊かになったセフィロスに、彼女は知られぬようにまた笑みを浮かべた。 いつか感じた危うさは随分根が深いようで、表面的には消えたように見えても、まだ奥底に深く眠っているに過ぎない。 だからこそ、いつかその闇に飲まれる彼の未来に、不安を拭えずにいるのだが、それはこれからのの働き次第だろう。 この世界の在るがままを幸と考えていた頃とは、自身も変わり始めていた。 悪く言えば慣れてしまったのだが、それは人並みに望みを持つようになったという事でもある。 醜くも美しい、人として当然の貪欲さの中で、彼と共にあるこの穏やかな日々が永久であれば良いと、そんな事を願っていた。 「届かぬ思い出は・・・もういらぬ」 空の食器を抱えて台所へ向かいながら、同じく台所へ向かう彼の背に、の唇から小さく言葉が漏れた。 その声が耳に届いたらしいセフィロスが、足を止めないまま僅かに振り向く。 言った言葉までは聞き取れなかっただろう彼に、はそしらぬフリをし、視界の端にそれを確認した彼も声をかけはしなかった。 人と一緒にいるのに独り言とは、やはり自分は老人だと考えながら、もセフィロスの後を追う。 口に出してしまうとは、余程自分は強くそう思っているらしいが、それも無理の無い事かもしれない。 永久と信じ、未来と疑わずに無くした鮮やかな日々には、必ず終焉があった。 それがあってこその今だと分ってはいるが、この時までそれらと同じであってほしくないのだ。 思い出はどんな時も美しい。 それが例え血塗られていようと、過去という箱に入ってしまえば否応無しに美化される。 手が届かないのならば尚の事、その瞬間の感情が蘇っても、それは過去があたえる甘美さに惑わされたに過ぎない。 過去となった日々にある穏やかさは、この平穏に良く似ている。 だが、だからこそそれらと同じように、手が届かない思い出にはしたくなかった。 これは今、そしてその先と、継続する時の記憶として、傍にあってほしいのだ。 こんな事を考える日が来るとは・・・・ 常に更に上をと考えていた自分が、しがらみの無い状態で、現状の無期限な継続を望む日が来るとは昔は思いもしなかった。 悪くは無いと思うものの、そう思う理由が分っている彼女は、自分自身に呆れ小さく溜息をつく。 「どうした?」 水道から流れる水の音に混じり、隣から聞こえた彼女の溜息に、セフィロスはスポンジに洗剤を乗せながら目を向ける。 横目で自分を見るに、それがはぐらかす気が無い時の反応であると知っている彼は、手を止めて聞き手に回る。 何でもない時、答えを有耶無耶に流す時には、は大凡振り向いて視線を合わせる。 大事な話や本音を語る時はは場を作るが、感情での本音を語る時は一度ちらりと相手を見て、別の方向を見ながら口を開くのだ。 それは、癖というより、彼女なりの合図のようで、セフィロスも知らず知らずの間に分るようになっていた。 だから、こんな時は余計な口を出さず、彼女が思った事を言えるように待つ。 「・・・・焦っているんです」 「・・・・・」 「焦っている自分にも焦っている」 「・・・・・」 「後悔まで思い出しそうです」 「・・・・・・・」 漠然としすぎている言葉は、感情の整理が出来ていないという事だ。 の言葉にしては、何時に無く要領を得ないものだったが、それは逆に、その感情の正体が分かりやすい。 「・・・不安か?」 「・・・え?」 「不安は焦りを生む。冷静さがあればその焦りに焦りを感じる。そして過去の苦い記憶まで蘇らせる」 「あ・・・・」 彼の言葉に、すんなり答えを見つけてしまったは、余りの呆気なさに気が抜けた顔になる。 不安と単に括っても、人それぞれ、時によっても異なる形の感情だが、確かに今彼女が抱えているのはそれだった。 確たる目的も無く、背に忍び寄る刃に気を張る事も無い。 そんな状態で許される安寧と、それが未来に続けと思える日常は、彼女にとって初めてだった。 警戒心が強い人間ならば、初めての事に恐れと不安を感じるのは仕方が無い。 それに付加するものがあるのならば、気を抜きすぎている自分への不安ぐらいだろう。 しかし、年をとりすぎて図太くなったと思っていた自分が、よもやまだ不安に心乱す事が出来ようとは・・・・ 面白いではないか・・・ 「ククククク・・・」 「!?」 突然笑い出したに、セフィロスは驚いて振り向く。 彼女の答えが出てひと段落と思っていたのだが、何がどうしたのか、今の彼女にいつもの微笑みは無かった。 黒さと言うにはまだ足りないが、微笑とも決して呼べないその笑みは、彼の不安を十分煽る。 もしや先程の言葉は失敗だったのかと考える彼の隣で、は企みを抱える悪者のような笑みを浮かべていた。 こんな形での不安。 それは未知なる者との遭遇のようで、それに立ち向かうかのような現状が、の中に眠る戦人としての闘争心を呼び起こす。 己自身に立ち向かうのと、誰かに立ち向かうのでは勝手が違うのだが、そんなものは今の彼女には些細な問題でしかなかった。 には、不安を感じた事への愉快さ、心乱す不安への闘争心、それを蹴散らした瞬間の快感しか頭に無いのである。 人が心捕らわれる負の感情すら楽しんでしまっている彼女は、その楽しみを見出した瞬に不安を蹴散らした事に、まだ気付いていない。 いきなり笑い出した自分に、セフィロスがどう対処すべきか考えている事にも、彼女はまだ気付いていない。 |
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何かセフィロスっぽく無・・・・(汗) エセセフィロス・・・略してエセフィロス・・・更に略してエロス(待てよ) すんません。嘘です。えー・・・・そんな感じで・・・・ラブラブです(爆) 2007.07.25 Rika |
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