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真っ黒な帆を張る木造の甲板の上、佇むファリスは、気まずそうにこちらを見ていた。 「あー・・・・・・その・・・・・」 「・・・・」 「ご・・・ごめんな?」 「・・・・・・・・・」 これは、意図せず初恋を奪ってしまったことへの謝罪だろうか。 だが、非があるのは見抜けなかった私自身だ。 腹が立った事はあったが、謝って欲しいと思った事は無い。 今だってそうだ。 わざわざ夢に出てきてまで謝らなくても・・・・・ ・・・・・ ・・・・・・・・・・ 何だ このやりきれない気持ちは・・・・ Illusion sand − 52 「今日から講師として君達に指導する事となった・だ。 至らぬ点もあるかとは思うが・・・・よろしく」 極短の挨拶にも関わらず、並んだ生徒からは拍手や歓声が漏れる。 大方理由は珍しい女の講師である事と、その容姿に由縁するものだろう。 注意する教官に、生徒らは慌てて背筋を伸ばすが、それでも浮かれた雰囲気は消えない。 年頃の少年達は列こそ乱さないものの、新人講師の顔を見ようと、隙あらば教官の目を盗み、前の生徒の肩から顔を覗かせていた。 微笑ましい事だと頬をつい緩めながら、はこれから先に待ち受ける地獄の修練を知らない少年たちを眺める。 さて、授業が終わる頃には、この元気な生徒達の何人が立っていられるだろうか。 出勤一日目。 一限目からの体術実技のため、は教官と共に室内演習場へ来ていた。 戦いの基礎を学ぶ為に設立された神羅士官学校は、100名近くの生徒が在籍するも、学年は1つだけである。 入隊後、1年間で武器等の基礎知識や軍律、神羅の事を学び、卒業後各地の基地へ配属されるらしい。 そんな彼らの年齢は、募集年齢が決まっていないせいかまるでバラバラ。 12〜3程の少年もいれば20ぐらいの生徒もおり、中にはチラホラではあるが女子もいる。 それだけで、基礎を学ばせる理由がわかるというものだ。 幸い年配の生徒は見られないが、そういう者は何かしら戦闘経験があるため、学校には行かずそのまま軍へ配属されるらしい。 妙なプライドや意地がある中年を相手にするよりは、子供を相手にする方が教える身としては楽だ。 目の前に居る少年たちはどれだけの技能を持っているのか。 「では、15分だけ、先生への質問タイムとしようか」 「・・・は?」 組になっている教官の突然の言葉に、は目を丸くして振り向く。 何故そんなものが必要なのか。 授業をするのだから早く生徒を持ち場につかせるべきだろうと考えるが、それを言葉にするより先に生徒らが騒ぎ出し、声を上げて挙手を始めた。 「教官殿、これは・・・」 「はっはっは!楽しいから、いいんですよ。さ、生徒の質問に答えてくださいね」 楽しいから・・・・か。 大らかな教官に、何を言っても無駄だろうと考えると、は今にも身を乗り出さんとする生徒に目を向ける。 その輝く瞳に、出される質問の察しがつくが、授業に関する質問をする生徒がいるかもしれないと考えると無碍には出来ない。 「並んでいる順に当てる。質問がある者は挙手するように」 興奮する彼らに聞こえるよう声を上げると、は向かって左列の先頭にいる生徒を見る。 見るからに真面目そうな少年は、この空気に機嫌を損ねているらしく、少し睨みつけるように新講師を見た。 「・・・レベルいくつですか?」 「正確にはわからんが、採用試験の試験官をしていたソルジャーには3rdクラスと言われた」 「はいはいはい!恋人いますか!?」 「いない。次!」 「好きなタイプは!?」 「鳥型モンスターだ。次!」 「えぇ!?」 「次!」 「あ、え、好きな食べ物は!?」 「特に無い。次!」 「趣味は」 「修練だ。次!」 「好きな音楽は!?」 「聞かん。次!」 「スリーサイズは?」 「SML。次!」 「え?今の・・・」 「次!」 「姫はぁ〜、王子様を待ってるんですぅ〜。王子様は〜いつ姫を迎えに来てくれますかぁ〜?」 「お前が正気に戻った時だ。次!」 「好きなものは!?」 「ボールペンだ。次!」 「先生って・・・英雄セフィロスに保護された・なんですか?」 「そうだ。次!」 「マジで!?」 「マジだ。次!」 「今の心境は?」 「口が疲れてきた。次!」 「得意技とかありますか?」 「全てだ。しかし・・・そうだな、誰が相手であれ、簡単に手の内を明かすのは得策ではない。覚えておきなさい。次!」 「チョコボ好きですか?」 「嫌いではない。次!」 「何処に住んでるんですか!?」 「7番街だ。次!」 「マクスウェル教官の印象は?」 「誰だそれは?」 「・・・先生の隣にいる人です」 「・・・失礼。・・・・・ほがらか。次!」 「一人暮らしですか!?」 「同居人がいる。次!」 「え、それ男ですか!?」 「そうだ。次!」 「恋人居ないって今言ってたじゃないですか!」 「そうだ。次!」 「え・・・その人と、どんな関係なんですか?」 「恩人で保護者だ。次!」 「・・・・そ、その同居人って、もしかして・・・セフィロスとかじゃ・・・ないですよね?」 「セフィロスだ。次!」 「それマジっすか!?」 「マジだ。次!」 「記憶喪失って本当なんですか?」 「本当だ。次!」 「記憶が無いのに指導できるんですか?」 「出来なければ此処に居ない。次!」 「信じられないんですが・・・」 「ではその目で確かめろ。次!」 「セフィロスって、どんな人ですか!?」 「気苦労が絶えん人だ。次!」 「好きな男性のタイプは!?」 「特に無い。次!」 「俺とかダメっすか!?」 「さてな。次!」 「ソルジャーになるには、どうしたらいいんですか?」 「試験を受けろ。次!」 「あの・・・じゃぁ、ソルジャーになる為に心がける事とかは?あ、成り上がる方法とかでも・・・」 「武を磨き心を磨きその力を示せ。だがまずは戦場で生き残る事だ。死地においても決して諦めぬ強き心を持て。次!」 「戦闘経験は?」 「多い。次!」 「一番苦戦したモンスターは?」 「この世のものではない。次!」 「僕らに言いたいことは?」 「死ぬな。ヤバイと思ったら逃げろ。次!」 「恐いものはありますか?」 「特に無い。次!」 「俺達の中で付き合うなら誰がいいッスか!?」 「補習は無いようにしろ。次!」 「欲求不満の時、どうしてるんッスか?」 「謙虚な気持ちを心がける。次!」 「マジかよ。じゃ、胸何カップですか〜?」 「乳は二つついている。次!」 「え・・・何か答おかしくないっすか!?」 「そんな事は無い。次!」 「あの・・・質問意味分ってて答えてます?」 「当然だ。次!」 「もしかして天然ですか?」 「養殖された覚えは無い。次!・・・と、もう終わりか」 噛み合っていない問答がようやく終わり、ポカーンとする生徒を尻目には息をつく。 いたって真面目に言い放ったの返答は、彼らの想像を遥かに超えていたらしい。 傍観していた教官マクスウェルは、随分楽しかったらしく、上機嫌で生徒を組にすると配置につかせた。 教官の号令に、生徒達は先程の雰囲気の一切を捨て去り、真剣に組み手を始める。 それを眺め、特に目に付く生徒を見つけていると、教官はに彼らへの指導をするよう言った。 彼らの中を歩き、気になる箇所がある生徒に指導するという単純な作業である。 指示した彼は早速近くにいる生徒の傍へ歩き、もまた助言が必要な生徒に目星をつけると、彼らの元へ歩いた。 「背筋が曲がっている」 「え?はい!」 「重心がやや高い」 「あ、はい!」 「もっと脇を締めろ」 「え?はい!」 「もう半歩間合いを詰めて戦え」 「えぇ!?」 「集中しろ」 「はい」 「攻撃に緩急をつけてみろ」 「あ、はい」 「顔以外の急所を狙う癖をつけろ」 「きゅ、急所って・・・股間ですか?!」 「馬鹿者。脳天、脇腹、二の腕、腰。他にもある。後で人体の急所の本を読んでおけ」 「あ、はい」 目的の生徒の元に行くまで、はすれ違う生徒らに声をかける。 全く見ていないように歩くのに、細かな指導を言い渡す彼女に、生徒らは驚きながらその言葉を受け取っていく。 少々厳しい口調のようにも思えるが、その声が彼らの集中を削ぐ事は無く、逆に適度な緊張感を与えた。 やがて一組の生徒の傍で足を止めたは、実戦さながらの攻防をする二人を見る。 頭二つ分もの身長差がある少年達は、他の生徒らより実力が僅かに上回っているようだが、それを見る彼女の目は変わらない。 「小さい方、速度重視の攻撃に変えてみろ。 大きい方は少し肩の力を抜け。 それと、訓練とはいえ、お互い手を抜くのはやめろ。 過度の手加減は、成長の妨げになる。 次の体術の時には、その腕についている重りを外しておくように」 出された指示に、生徒二人はちらりと新講師を見やり、口角を上げる。 粛然とする彼女の、明らかに只者ではない雰囲気に二人は目を合わせると、すぐさま指示通りの動きを始めた。 ふざけた空気が抜け切れてはいないが、それが彼らのスタイルなのだろうと考えると、は別の生徒の下へ行く。 再び歩きながらの叱咤を飛ばす彼女に、彼らが当初期待していた手取り足取りの優しさや甘やかしは微塵も無い。 その中で、質問タイムに妙な質問を出した生徒が、彼女を雑談に引き込もうとしたものの、演習場全体に圧し掛かるような威圧を出されて撃沈した。 それは、一般兵より腕の立つ教官やソルジャー等ならば平然としていられる程度のものだったが、相手はまだ基礎を固めたばかりの生徒。 その瞬間、彼らの中にあった『真面目でそっけないが、かなり天然な新人美人講師像』は未練も無いほど綺麗に崩れ去ったのである。 変わりに出来上がったのは『冗談が通じず無愛想で思考が少しズレた、リミットブレイクしているマクスウェル教官並の威圧を普通に出す、恐怖の新人講師像』であった。 青ざめながら組み手をする生徒に、彼らにとって唯一の頼みである教官は、実戦さながらの雰囲気だとニコニコしている。 助け舟を出すどころか、講師にその威圧を消さないでくれという教官は、至極楽しそうに生徒達を見ていた。 素直に頷いた講師は、一度緩めた威圧を再び出し始め、そのまま生徒らの間を歩き始める。 思うように動かない数人の生徒達に、教官と講師は少し話し合うと、しっかりやらねば補習だとまで言い放った。 その二人の笑顔の眩しい事といったら無い。 生徒らの緊張を解そうとしたの笑顔と、同じ意図であるかに見せながら、焦る生徒らを見て喜んでいるだろう教官の笑顔。 否、もしかすると講師も教官と同じく、腹の底では焦る自分達にほくそえんでいるのだろうか。 講師が鬼なら、教官は悪魔か。 生徒達の心は一つになり、また皆が同じように補習を免れようと己の力を最大限に出し始める。 入学してより数ヶ月。 教官の補習の噂を聞いた事がある者はこれでもかと言うほど必死に。 補習を受けた事がある者は、それに加えられた鬼講師というオプションに、垣間見る地獄から逃れようと死に物狂いでペアになった相手に向かっていく。 指導する者からの言葉に、素直に従っていく生徒に、教え甲斐のある生徒だと目を細めた。 その隣にいる教官の笑顔が、闇のように真っ黒である事に、彼女は全く気付いていない。 程なく教官から組み手をやめるよう指示があり、生徒は列もなく一塊にされる。 残り時間を確認した教官は、にも場所を指示し、自身も配置に着くと、声高々に言い放った。 「じゃぁ皆、僕と先生、好きな方にかかってきなさい! 3人でも4人でも、何人で束になってもいいですからね! あ、でも体術以外は使っちゃダメですよー? 一発でも入れる事が出来たら、しっかり成績に反映させてあげましょう! これが終ったら、今日の授業は終了です!わかりましたねー!?」 輝くような笑顔で、しかしどす黒いオーラを放つ教官の声に、生徒達の顔が更に青くなる。 成績に反映という言葉に反応こそすれ、その禍々しいオーラに挑もうと思う生徒は皆無だった。 中にはガタガタと震え出す者まで現れる。 「・・・君達、大丈夫か?」 「先生・・・・」 「そう緊張するな。これは授業なのだ。死んだり怪我をさせる事はしない。心配いらん」 「・・・・先生・・・・」 励ましの声に、生徒達は目に涙をうかべてを見る。 鷹の前に出てしまった野兎のように怯える彼らを見て、心配するなと言う方が無理であった。 授業中盤からずっとその威圧を解かない講師だが、戦々恐々としていた彼らにとって、今の彼女は救いの女神にさえ見える。 その遣り取りを眺めながら、相変わらず笑顔を絶やさない教官に目をやった生徒は、大きく深呼吸すると覚悟を決めた。 「皆さん、遠慮はいりませんからねー。それでは、ヨーイ・・・はじめ!!」 「先生ごめんなさーい!」 「先生の事忘れませーん!」 「悪魔より鬼の方が生存率高いんですー!」 「教官には逆らえませーん!」 「む・・・!?」 生徒は、全員一斉にの方へ走っていった。 多勢に無勢は承知の上ではあったが、砂埃を上げて向かって来る30名の生徒に、彼女は一瞬目を丸くする。 よもや全員で挑んで来るとは思わなかったと考える彼女の目の前には、涙目で謝りながら向かって来る生徒、生徒、生徒。 余程あの教官は恐れられているのかと考えながら、生徒の一斉攻撃に備えて構えた彼女は、教官が放つ黒のオーラを上回る殺気と威圧を彼らに向けた。 敵にする相手を、間違えました。 瞬時に悟った生徒らの表情が面白いほど同じになったが、走り出した足は止まらない。 この期に及んでUターンなど出来るはずも無く、どちらにしろ彼らは地獄へ一直線に進むしかない。 先頭にいた生徒数名が一斉に拳を突き出し、同時に二列目にいた生徒が飛び上がって足を伸ばす。 だが、彼らの攻撃がの体にぶつかる事は無く、気付けば前2列にいた生徒は宙に浮いていた。 集団の後列が講師の後ろに回り込んでいる姿。 室内演習場の天井。 遠くで満面の笑みを浮かべる教官。 一斉に講師に向かっていったクラスメートの頭。 隣で同時に拳を突き出したはずのクラスメートが空を飛んでいる姿。 それぞれが一瞬では理解出来ない景色を目に映し、直後鈍い衝撃と共に地面に叩きつけられる。 目を丸くした彼らの視界には、間髪入れず宙に舞い上がるクラスメートの姿が映る。 地面に落ちる彼らを見ている間にも、講師を囲む人込の中からは間髪入れずに数人の生徒が宙に舞い上げられていた。 まるで下から強風が吹く場所に飛び込んだように、生徒達は空中に投げ飛ばされていく。 一体何が起きているのかわからないまま、彼らは減っていくクラスメートを眺めていた。 「・・・ポップコーンみてぇ・・・」 その光景を眺めていた誰かが呟いた言葉に、弾けるように飛んでいく仲間を見ていた生徒らが頷く。 徐々に輪が小さくなっていくクラスメートは、すでに殆どがそこかしこに倒れていた。 いつ捕らえられたのか、囲まれて間合いも何も無い状況でどうやって人間を投げ飛ばしたのか。 残る生徒が減っていくにつれ、生徒が空を飛ぶペースがゆっくりになっていくが、それでも彼らにはが生徒を投げる瞬間さえ全く見えなかった。 やはり挑む相手を間違えたと考える彼らの視線の先に、最後の生徒が落ちてくる。 自分達と同じように、何が起きたかわからない顔をしているクラスメートに、彼らは声をかける気さえ起きなくなっていた。 「全員終了だな」 「お疲れ様でした!いやー皆、面白いぐらい飛ばされてたね!映画みたいだったよ!」 人間業とは思えない事をしながら、澄ました顔で見回す講師。 それを目にしても笑顔を絶やさない教官。 死屍累々と転がる生徒の中、今起きた事も何でもない事のように振舞っている二人に、生徒達は呆然とする他無い。 授業終了の時刻が近づき、教官が集合をかけると、生気を失ったような顔の生徒はバラバラと集まり始めた。 新人講師の、予測を遥かに上回る、上回りすぎる実力に、誰一人声を発する者はいなかった。 卒業までの数ヶ月よろしくと、握手を交わす生徒一人一人に、は知られぬようケアルをかける。 体力が回復した所で、気力まで回復してはくれないが、これで彼らもキングベヒーモスが相手だろうと臆せず向かってゆける事だろう。 剣ではなく体術で30人も一斉に相手にした事など、にとっても初めての経験だった。 順番に向かってきてくれたなら、多少どう負かされたのか見せてやれたのだが、一斉にとなるとそう悠長な事もしていられない。 思った以上にショックを与えてしまっただろうかと考えるものの、やってしまったものは仕方が無いだろう。 葬式にでも向かうように、生徒達は意気消沈して演習場を出ていく。 数分後、次の授業に体術を割り当てられた生徒が、先程の生徒らと同じく新しい美人講師に意気揚々と演習場の扉を開いた。 彼らもまた、1時限目のクラスと同じ道を辿る事となったが、狭い学校となれば噂が広まるのも早い。 また、噂には必ず尾鰭がついてくるものである。 「じゃぁ、さっきのクラスもやりましたし、先生への質問タイムにしましょう」 「はい!先生、キングベヒーモス100匹を素手で倒したって本当ですか!?」 「・・・・・・・・・そんな事をした覚えは無いが・・・・?」 「じゃぁ、ニブルドラゴンを素手で倒したっていうのは!?」 「それは・・・いや、違うな。魔法で倒・・・ん?どうだったかな・・・」 「まさか本当なんですか!?」 「うそぉぉ!?」 「待て。それは・・・そうだ!魔法と体術で倒した。主に魔法だ」 「・・・・何か思いつきっぽ・・・あ、いえ、何でもないッス」 「はいはいはい!じゃぁ、ミドカズオルムを手で3枚におろしてリボン結びにしたっていうのは!?」 「ミド・・・・って、何だ?」 再び設けられた質問タイムに出された生徒からの質問は、時間を追う毎に凄まじいものへと変わっていった。 |
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生徒が可哀想なのか、が可哀想なのか・・・。 2007.06.24 Rika |
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