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「・・・・・・初恋・・・か。フッ・・・」
「話したくないなら、かまわん」
「そ、そうだよ。ホラ、初恋は上手くいかないって言うだろ?」

「私の初恋は・・・・笑い話にしかなりませんよ・・・・」


鼻で笑ったかと思うと、片方の口の端を上げて笑う
地雷だったかと内心苦い顔をした二人を横目に、彼女は杯の酒を一気に煽った。



Illusion sand − 51



「父が死んだ頃ですから、私は17〜8でした。ファリスといって、少し年下でしたが落ち着きがあって、とても綺麗な方でした」
「・・・ファリス」

年下だったのかと呟くザックスの向かいで、セフィロスはファリスという名を反芻する。
ほんの数日前、彼女が眠りの中にありながら呼び、彼の中に行きどころの無い僅かな嫉妬を与えた存在だ。
思考の隅に追いやっていたその名を口にされ、やはり恋した男の名だったのかと、セフィロスは暗雲がかかりはじめた心を晴らすように酒を口に含む。


「私の行いを知りながら、何も言わず傍にいてくれました。
 お互い立場がありましたから、人目に着く場所では一緒にいられませんでしたが」
「行い?」
「立場って・・・?」

「父を・・・死に追いやった者達への復讐です。
 ・・・子供でしたからね、その時は何の迷いもありませんでした。
 ファリスは、海賊の若頭でした。彼らの世界では、落とし前をつけるのは当然だった事も、何も言わない理由の一つだったのでしょうけれど・・・」
「お前は、賊の取り締まりをしていたんじゃなかったか?」
「そうなのか?」

「ええ。ですが、縁がありまして・・・手合わせしたら気に入られたようです。
 初めは情報をくれるので、それが目的でしたが、気付けば友人に。父が亡くなってからは、暫くは喪に服すと言いながら、賊が溜まっている店に出入りしていました。その時、傍にいてくれたのがファリスです」
「・・・・・」
「それで好きになったのかー」

「ええ。しかし、家の者は婚姻を許されません。私もその掟を破るつもりはなかった。
 婚姻とまでゆかずとも、互いの立場が違いすぎる。だから、思いを伝える気などさらさらありませんでした。私は、それで満足していたんです」
「・・・・・・」
「何か・・・乙女〜」

「・・・ハッ・・・ここで終れば綺麗な話だったんですがね・・・」


杯を握り締め、鼻で笑いながら壮麗な笑みを浮かべた彼女に、聞き手二人の背筋に悪寒が走った。
怒りと羞恥が垣間見れる彼女の瞳に、どんな続きの物語が隠されているのか。
恐いもの見たさの興味本位故か、二人は話を遮るでもなく、彼女の言葉の続きを待った。


「ファリスとの付き合いは10年近く続きました。次期頭領ともなれば、女などいくらでも傍に置けるでしょうに、あの人はそうしなかった。あの人は何も言いませんでしたが、私以外の女を隣に置かないでいてくれることが、とても嬉しかったんです。そう・・・ここまではまだよかった!」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

ダンッと音を立てて、杯をテーブルに置いた彼女に、二人はビクリと肩を揺らす。
酔いのせいか、その後辛い事があったのか、目に薄く涙を浮かべた彼女は、大きく息を吐く。


「やがて私は国を追われる身となり、共に旅をする仲間達と出会いました。
 ファリスとも再会し、共に旅をしてくれると・・・。目的の為に、浮ついた気持ちではいられませんでしたが、嬉しくなかったと言えば嘘になるでしょう。・・・・・・なのに・・・なのに・・・!」
・・・?」
「大丈夫か?」


言葉に詰まったは、眉をギュッと寄せ、苦渋に満ちた表情で俯いく。
ここまで負の感情を見せなかった彼女のその姿に、二人は興味よりも心配の方が勝っていた。

彼女の隣に座るザックスが、落ち着くように水を渡し、それを数秒見つめた彼女はゆっくりとそれを口に運ぶ。
追加された酒を持ってきた店員は、3人の様子に微かに驚いていたが、その面子を見るとそのまま戻っていった。
通路を挟んだ向かいの席の客も、こちらの不穏な様子に気がつき、チラチラと好奇の目を向けている。

傍から見れば三角関係の縺れにでも見えるのだろう。
目障りな視線に、セフィロスはじろりと睨み返し、彼らが慌てて視線を逸らすと、杯の中の酒を口に含んだ。


「ファリスは・・・女だったんです」
「ブッ!」
「わっ!セフィロス汚い!」


の衝撃発言に、セフィロスは驚き、口の中の酒を僅かに噴出した。
霧状のそれを食らったらしいザックスは、彼に抗議しながら紙ナプキンで顔とテーブルの上を拭く。
あまりの驚き様に、は呆気に取られながら、口の端から酒を零すセフィロスにハンカチを差し出した。


「大丈夫ですか?・・・・」
「・・・・すまない」
「気持ち分らなくもないけど・・・あの、って・・・ソッチじゃないよな?」

「当たり前ですよ。その頃、ファリスは性別を偽っていたんです。そうとは知らず・・・まんまと騙されましたよ・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」

「お頭が女じゃナメられるから・・・だそうで。こちらはそれ以上の精神的被害を受けているというのに・・・あの人は・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」


「私の初恋を返せ・・・!」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」




何と言うか・・・


ご愁傷様です。



それは大層ショックだっただろうと、今までのどれより深い溜息をついたに、二人は生暖かい視線を送る。
彼女の話を聞く限りでも、どれだけファリスの事が好きだったのかは想像がついた。

想像がつくだけに、慰めの言葉が見つからない。

相手が女であった事に、妙な安心をしてしまう心を隠しながら、二人はに酒を勧めた。
何も言わずそれを受け取った彼女は、ゆっくりそれを飲み込むと、途中だった食事を再開させた。


「そ、そうだ。セフィロスの初恋は?」
「・・・・8歳の時、良くしてくれた研究員の若い女だった。だが、一度間違って『おばちゃん』と呼んでしまってな。それから掌を返したように冷たくなった・・・」
「それは・・・そうでしょうね・・・・」

「若い女の人にその言葉は禁句だからな」
「わざとではなかったんだが・・・聞く耳もってくれなかったな」
「余程傷が深かったんですね」


幼さゆえの失敗に微笑ましさを感じながら、3人はその後の話題に花を咲かせる。
暫くの談笑を続け、杯と皿が空になると3人は席を立った。

時計の針は9と10の間を指し、酔いのせいで僅かに平衡感覚を奪われながら、3人は店を出る。
ネオンに照らされる街は、店に入る前より人通りが少なくなっているが、その分酔った人は多く見れた。

すぐにタクシーを捕まえたザックスは、明日手伝いに来る時間を告げると、短い挨拶をして岐路につく。
それを見送り、別のタクシーを捕まえようとした二人だったが、セフィロスは何か思い出したように彼女の手を引いて歩き始めた。


「どうしました?」
「明日の朝食が無い。荷物を開くのは面倒だろう」


なるほど、と思いながら、彼に連れられるままは道路向かいにあるコンビニに向かう。
別に手を繋ぐ必要は無いように思えたが、それを解く必要も、その理由も無い。

アルコールであまり働かなくなった頭で、まあ良いかと考えた彼女は、さして気にする事無く彼の大きな手に引かれて歩いた。
夜風でさらさらと流れる銀髪を眺めていると、彼以外の景色がぼやけてくる。
眠いのだろうかと考えるが、その割りに意識も足取りはしっかりしていた。


?」
「はい?」

「・・どれにするんだ?」
「え?」


彼に問われ、はようやく自分が陳列棚の前に居ることに気がついた。
慌てて品物を選ぶ彼女に、そんなに酔っているのかと考えながら、セフィロスは彼女が選んだ品を受け取った。

朝食用にと言ったはずだが、妙にコッテリしたものを選ぶのは、あまり考えていないのか、酔っているせいなのか。
顔色はそれほど変わっていないが、そういう体質なのだろうと考えながら、セフィロスは会計を済ませた。

先程から妙に向けられる彼女の視線に内心首をかしげながら、セフィロスはどこか危なっかしい彼女の手を再びとる。
酔っているのはお互い様なのだが、こうじっと見られると、妙に恥ずかしい気分になった。


「どうした?」
「・・・何がです?」

「見ているだろう」
「・・・なんだか、貴方以外の景色がボヤけるんですよ・・・」

「そんなに酔っているのか?」
「意識はしっかりしているんですが・・・おかしいですねぇ」


首を傾げて考え込むだったが、答えは見つからなかったようで、顔を上げると帰ろうと言った。
大方酒のせいだろうと考えたセフィロスは、彼女に頷き返すとタクシーをつかまえる。

車に揺られ、は窓の景色を眺めるが、はやり全てがぼやけて映る。
目がおかしくなったのだろうかと、隣のセフィロスを横目で見るが、はやり彼だけははっきりと見えた。


どうなっているんだ?


目を伏せ、瞼を指先で軽く押さえると、セフィロスがこちらを見る気配がする。
どうしたと聞く彼の声が妙に頭の中に響き、何でもないと答えようとした瞬間、耳の奥でザラザラと砂が流れる音を感じた。
何が起きたのかと考える間も無く、耳鳴りが脳の奥まで響き、視界が真っ暗になる。

一切の音と光が消え、虚無の空間に放り出されたような感覚の中、視界の隅に小さな炎の揺らめきが見えた。





『どうしてこんな時、傍に居てくれない?』
彼の中に宿る者がの力で消えて
『いつか・・・同じ日、同じ時、同じ場所で死に・・・』
変えられない未来を
『何処へ行けばお前に会えるんだ・・・?』
の中に宿る力が彼の中に宿る者に消されて
『同じ墓、同じ棺桶に入れられて・・・・・同じ場所で眠る』
変える事が出来るのかわからないのに
『俺は・・・・・・・・・一人か?』
もいつか土に還れるんじゃないかなんて
『お前と・・・・・・・叶えてみたかった』
彼を愛さないで
『お前が居たら・・・耐えられるか?』
私達、どうしたいのかな?












「!?」


叫ばれた己の名に、の視界から黒の世界が消え去った。
代わりに瞳に映ったのは、目頭を押さえている自分の手と視界の端でさらさらと流れる銀の糸。
一瞬の夢だったのかと、顔を上げた彼女は、顔を覗き込むセフィロスをじっと見つめる。


星の意思に導かれ目にした光景。
あの時流れ込んできた彼の苦痛が、今更になって思い起こされるようで、は彼に知られぬよう拳を握り締めた。

約束を忘れるなという事だろうか。
それにしても随分強引な手で、脅迫めいた夢を見せてくれたものだと、は内心悪態をつく。
仄かな光と闇の中に響いた、昔の仲間と彼の声は、彼女の中に妙な焦燥を与えた。

心配の色が見える彼の瞳に、眠りかけただけだと言い、はシートにもたれかかる。
先程までぼやけていた景色は、いまは鮮明に見え、原因が何だったのか嫌でも理解させた。

程なく車はマンションへ着き、車から降りた二人は何か話すでもなく、そのまま自宅のドアを空ける。
電気をつければ、昨日とは違う殺風景になった廊下が、ダンボールだらけのリビングへ続いていた。


「では、おやすみなさい」
「・・・


空けようとした寝室のドアを、セフィロスは手で押さえつけて彼女を呼ぶ。
振り向いた彼女を見下ろし、その瞳が一瞬自分の姿を映したが、すぐに彼女は目を伏せた。
いつもは真っ直ぐに見つめてくる彼女らしからぬその態度に、彼が気付いたのはたった今ではない。
つい先程まで、じっと見つめられていたなら尚の事、その変化はわかりやすかった。

「どうした」
「・・・・何がです?」

「・・・何故目を逸らす?」
「何故と言われましても・・・瞼が重いので」


そうじゃないだろう。
そう言いたげなセフィロスに、はどうしたらよいかと考えながら視線を泳がせる。
先程の夢、あの光景で知った彼の感情を抱えながら、どうセフィロスの目を見れば良いのか。
視線を交えれば、あの苦しみの残像がぶりかえすようで、表情を歪めずにはいられなくなるだろう。


「・・・・・俺が、何かしたのか?」
「いえ・・・・少し、思い出に浸りすぎただけです」

「・・・・・・・そうか」
「貴方のせいではない」

「・・・ああ」


聞き出すのは無理だと判断したセフィロスは、諦めたように扉から手を離す。
彼の視線を痛いほど感じながら、は何でもないように部屋の中に入った。
いつから自分は、これ程感情を隠す事が出来なくなったのか。
考える間にも、瞼の裏には地下室で名を呼んでいた彼の姿が蘇り、彼女は殺風景になった部屋のベッドに倒れこんだ。




閉ざされた扉を見ながら、セフィロスは胸の内の蟠りに小さく息を吐いた。
誰にでも言う事が出来ない悩みや、口にするまでもない考えはある。
それを分りながら気にかけずにいられないのは、瞳が合った瞬間の彼女の表情が、何処か痛みを耐えるように見えたからだろうか。
それで自分が原因じゃないと考えない方がどうかしているのだろうが、理由が思い当たらない以上彼にはどうしようもなかった。
結局の話、今ここで一人どう考えたとことで、明日の朝には彼女がいつも通りに戻っているだろう事しかわからない。

もう少し一緒にいたかったと、同じ家にいながら考える自分に、セフィロスは自嘲交じりの笑みを浮かべる。
問い質すのは、彼女が自分の目を見なくなったときで良い。
そう考えると、彼はリビングのソファに横になると、静かに目を閉じた。






ちょっと短かったかな。ま、1日で書き上げればこんなもんです。
やっとさんの爆笑初恋秘話が書けた(笑)
今回はその為にある話と言っても過言ではないかもしれません。
2007.06.17 Rika
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