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暗く光さえ飲み込まれるような闇の中、ぽっかりと開いた空間が水鏡のように一組の男女を映す。
映し出された長い銀髪の男と、その前に跪き彼の服の裾へ口付けた黒髪の女。

その世界の人々がするはずの無い、忠誠の義を行った彼女に、闇色の空間からその光景を見つめていた存在は拳を握り締めて奥歯をギリリと噛み締めた。

『許さぬ・・・』

搾り出された声に呼応し、その身の周りを炎が揺れる。

『許さぬぞ小僧・・・』

地獄の底から響くような声は怒りに満ち、強張った獣のような腕に炎が巻きついた。
向けられる憎しみを知らぬ銀髪の男は、頬を染めた女に微かな笑みを向け、それを睨みつける存在は赤い瞳を更に鋭くする。
が、男が何事か言い、女が笑みを返した途端、その光景を睨みつけていた瞳からは怒涛のような涙が溢れた。

!ならぬ!ならぬぞー!!そなたは我の娘も同然!父の許可無く男と同棲など絶対に許さぬーー!!』
『五月蝿い』
『ホッホッホ。親馬鹿も此処まで来ると病気じゃのう』
『芋が焼けた』

泣きながら叫んだ炎の獣に、氷結の女王は冷たく言い放ち、天雷の賢者は声を上げて笑い、戦の神は槍の先に刺した芋を嬉しそうに引き寄せた。
自分の気持ちを全く理解してくれないどころか、人の炎で焼き芋を楽しむ召喚獣仲間に、彼は涙も止まって悲壮な顔をする。

『そなた達・・・この光景を見て何とも思わんのか!?がこの小僧の毒牙にかかるやもしれんのだぞ!?』
『オーディン、我もその芋が食べたい』
『心配するでないイフリート。嫌なら小僧の腹に風穴でも何でも空けられるじゃろうが』
の意思を尊重する。そう決めたはずだ。あ、シヴァ、これは我が狙っ・・・ん、いや、何でもない。食ってくれて・・・構わん・・・うん』


泣いて訴えるイフリートなど目に入っていないように、シヴァはオーディンから芋を奪う。
呆れるラムウと、寂しそうに残った芋を槍から取るオーディンも、彼に味方する気は無いようだ。
その態度にイフリートは口を尖らせ、再び涙を浮かべて炎を撒き散らす。

『オーディンよ、我の炎で芋を焼くな!ラムウ、そう暢気な事を言って、が不良になったらどうするのだ!?』
『イフリート、そこの芋も焼け』
『オーディンよ、はもう子供ではないんじゃぞ?老人もいいところな年なんじゃ。あ、オーディンや、ワシも芋食うぞい』
『ラムウ、それは我の・・・・・・何でもない』

『えええい!とにかく認めん!は嫁になどやらん!』
『誰に惚れようが何に服従しようがの自由であろう。が可愛ければこそ、己が道を選ばせてやるのが優しさぞ』
『シヴァの言う通り。いい加減子離れせんか。おふぉ!結構熱いのう』
『・・・・・・・・・我の分が・・・無い・・・』

『・・・しかし、が・・・が・・・』

涙目で呟くイフリートは、輪から離れ隅に移動して座り込む。
ラムウとシヴァはそんな彼に目もくれず、オーディンから半ば強引に奪った芋を頬張っていた。

美味い美味いという仲間の声を聞きながら、イフリートは体育座りで大きな図体を小さくする。
そのままゴロリと転がり、暫くいじけていた彼は、ふと肩を優しく叩かれ、顔を上げた。

『イフリートよ・・・』
『・・・オーディン・・・?そなたは分ってくれるか?』

希望を抱くイフリートの瞳に、オーディンは気まずそうに視線を逸らし、背に隠していた槍の先に刺さった芋を、イフリートに向ける。


『焼いてくれ』
『・・・・・・・・・』


『・・・・・・・・』
『・・・・・・・・』







Illusion sand − 48





ツォンに紹介された仕官学校講師の話に、はセフィロスが良いと思うならばと付け加えながらも、難なく了承した。
体術と剣術では多少勝手は違うが、ザックスのレベル上げの事を考えても、指導力や技量は申し分ない。
すぐにツォンへ連絡を入れ、必要な書類を用意するよう指示を受けた二人は、ほぼ白紙になってしまう履歴書に悩まされる事となった。

生年月日、学歴及び職歴に加え、資格及び免許やその他の主な項目全てが不明又は空欄である。
末尾にある保護者欄だけは、セフィロスのサインが入っているが、流石にこれでは書類審査で撥ねられるのは明白だった。

とはいえ、履歴書などまだ序の口。
詳細が書かれた書類と共にセフィロスが受け取った、専用申込み用紙には、身長体重血液型、その他諸々のステータスも書かなければならない。

入院していた時に受けた血液検査の結果は、機械の誤作動で出た事になっているデータなため、既に抹消されていた。
レベル等を調べるため、昼間の内にセフィロスはを連れ、神羅本社にある機械で測定を試みたが、結果は血液検査と同じ。
適当に書いても、相手は一応戦いのプロである教官である。もし数値にズレがあっては、簡単に見破られるだろう。
全て最高値で埋めてしまえば楽だが、その場合彼女はセフィロスより強い事になる。
例え真実がそうであっても、書類を受け取る側はセフィロスが最強という常識の元にいるのだから、嘘だと思われる可能性が大きい。

まさに八方塞がりの状況で、結局その専用申込書すらほぼ白紙で出すしかなかった。
見かねたツォンが推薦状を書いてくれるという事で何とか安心は出来たものの、やはり多少の不安は残る。

タークスの統括と、英雄セフィロスの後ろ盾があるとはいえ、些か物には限度があるだろう。
案の定苦言を漏らした士官学校の事務長と学長に、セフィロス自ら赴く事となったが、生徒の未来を左右するのだから、当然彼らの態度は頑なだった。
結局、力不足であれば落としてかまわないという言葉で、相手を渋々了承させ、何とか試験に参加する資格を得たのだった。







数日後、は試験を受けるべく、セフィロスに連れられ士官学校へ赴いた。
随分多くの希望者がいたらしく、そこにいる人数はざっと見ただけでも10人以上はいるだろう。
体術の教官という事もあり、それらは皆一様に屈強な体つきをしている。
その中にいるは殊更小さく見える上、送りにきたセフィロスの姿もあって更に目立った。

「では、行って参ります」
「終る頃、迎えに来る」

「よろしくお願いします」
「ああ」


英雄の登場に意図せず静まり返った会場に、二人の会話は見事に響いた。
只ならぬ関係とまでは行かないが、微かに目を緩めた英雄の顔は、親密さを匂わせるには十分である。

徐々にざわめきを取り戻す会場を見渡したセフィロスは、そこにいる面々をざっと眺め、問題は無さそうだとその場を後にする。
建物を出、待たせてあるタクシーに乗ろうとした彼は、駐車場から出てくる見覚えのある男に顔を上げた。
向こうもセフィロスに気付いたらしく、微かな笑みを浮かべると軽く手を上げて近づいてきた。


「どうしたセフィロス?今日の試験官は俺だったはずだが」
「見送りだ」

「本当に過保護だな。噂以上だ」
「・・・好きに言っていろ」


微かに眉間に皺を寄せ、溜息混じりに答えたセフィロスに、男はクスクスと笑みを零した。
じろりと睨むセフィロスに、彼は軽く謝ると、神羅のロゴが掲げられた士官学校の正面玄関を見上げる。


・・・と言ったか?テレビで見た事はあるが・・・・楽しみだな」
「・・・・・・目はどうした?」


いつも青緑色のはずの瞳が、その髪と同じ茶色をしている事に、セフィロスは怪訝な顔をして彼を見る。
ソルジャーの証と言っても過言ではないその特徴的な目は、今は色を変えて愉快そうに彼を見据えた。


「ただの試験官じゃ、つまらないだろう?」
「・・・・・・・」

「じゃあな、セフィロス」
「・・・・・」


ひらりと手を振った男は、意味深な笑みを残して建物の中に消えた。
何も言わずそれを見送ったセフィロスは、厄介な事になったと表情を険しくする。
しかし、今更戻ってに忠告をする訳にもいかず、結局彼はそのままタクシーに乗り込んだ。




試験開始前から自己主張を始める人々は、その存在感と威圧感を散々撒き散らす。
だが、実力的に一般人から少し頭が出る程度の彼らのそれなど、にとっては可愛いもの。
注がれる視線すら、セフィロスといる時より軽いと考える彼女は、まっすぐ受付に向かい手続きを済ませた。

華奢な体に女性特有の曲線を持つは、一見しても武術とは結び付かない。
ちらちらと見える女性の受験者でさえ、その体にはしっかりとした筋肉がついていた。
そんな中、異色としか言い様のないの存在は、鞄からはみ出た料理雑誌によって、更に不釣合いなものとなる。

用意された椅子に腰掛けた彼女は、鞄の中から出した本を開いた。
目の前で体を動かし始めるものがいようが、隣でブツブツ言いながら精神統一する者がいようが、彼女は眉一つ動かさない。
だからといって存在感が無いわけではないが、本に集中しているように見えて隙が全く無い彼女は、逆に不気味ささえ与えた。

一方のは、別段気を張ってるわけでもなく、普通にしているだけなのだが、そんなものを初対面の人間たちが分るはずが無い。
その後数名の受付が終ると、係りの者が声を上げ、受験者達は演習場へと案内された。

数分の準備運動の時間が与えられ、受験者は思い思いに体を動かし始める。
だが、は彼らを適当に眺めるだけで、筋肉を解すような素振りも無い。
他にも何人かが彼女と同じように何もせずにいたが、不幸にも先程の事で視線は否応無しに集められていた。

はたから見てもやる気の感じられないその様子は、受験者の数名には不快に映ったらしく、時折棘のある視線が向けられる。
試験官らもそんな空気に首をかしげ、書類審査の件もあり、意中となっている彼女に話しかけた。


さんでしたね。準備運動はなさらないのですか?」
「・・・戦場でそんな事をする暇があるのか?」

「え?いえ・・・恐らく無いと思いますが・・・」


剣や銃を主とする戦場で体術を使うならば、咄嗟の時が主だろう。
戦場での戦い方を教える人間が、のらりくらりと準備運動しての体術など教えるはずがなく、その人間が準備運動をするというのもどうか。
怪我が無いようにと考える気持ちも分らなくは無いが、戦に怪我はつきもの。それにこれは武術大会ではない。
仮にこの試験で怪我をする事になったところで、それは自業自得というものだろう。
そもそも、教官、講師を選ぶ試験で準備運動の時間を与える事自体、には理解出来ないものだった。

一言だけでは、の意図はわからなかったらしいが、彼女にはそれ以上口を開く気配が無い。
試験官は首を傾げたが、試験開始時間が迫っている事もあり、口を閉ざして元の位置に戻った。


拡声器で集合をかけた試験官に、散らばっていた受験者が集まる。
試験は受験者同士の組み手で決められていくらしく、受験番号順に抽選のクジを引かされた。

教官の審査とは違い、講師は補助として武術指導が出来ればそれで良い。
最も腕の立つ者を選び、勝った者が採用される形らしく、ボードに書かれたトーナメント表には番号順に名前が書かれていった。

受験者は17名だったらしく、奇数になってしまった末尾の者はシードになっている。
その他の者は第1試合が8組で4名になり、第2試合で4名から2人へ。
そうち番号が後ろの組み合わせの勝者が、第3試合でシードの17番と戦い、第4試合が決勝となる。

手に取った手札の番号に、は広げられたトーナメント表を見た。


「17番・・・か」
「シードだ。運がいいね」

突然話しかけてきた隣の男に、はゆっくりと顔を上げた。
セフィロスと同じか、少し小さいぐらいの長身で、鍛えられた体をしている青年は、振り向いた彼女に小さく笑みを向ける。

何処かで会った事があったか、それとも単にそこにいたから話しかけただけなのか。
茶色の髪と同じ色の瞳をした秀麗な顔立ちの彼は、見上げる彼女にクスリと笑うと、そのままその場を後にした。

何だ今のは、と、は内心首を傾げるものの、長く生きていればそんな人間に会うこともあるだろうと適当に片付ける。
間もなく始められた第一試合に、彼女はやる事もなく彼らの戦いを眺めた。

案の定というか、受験者達の力量はに危惧を与えるまでに至らない。
が引いたのは末尾の番号だったらしく、会場内では8組の受験者がそれぞれに拳をぶつけ合っていた。
試験官らは彼らの間を渡り歩きながら、持っている用紙に何か書き込んでいく。

早々に決着を着けた者は勝者が受付に名を伝えに行き、敗者は係員に言われるまま会場を去っていった。
半分程に減った組み合わせは、まだ戦いを終えていない。
その中に、先程話しかけてきた青年の姿を見つけ、はしきりに攻防を繰り返す彼らを眺めた。

彼の相手は、と同じく試験を受けた数少ない女性らしく、青年に向かいしきりに拳を浴びせている。
それを難なく避けては攻撃をする彼は、息を切らせて赤い顔をする女性とは対象に、汗一つかかず涼しい顔をしていた。
女性も決して弱い部類ではなく、女性の体術使い特有の素早い攻撃を繰り返しているが、それも彼には及ばないらしい。
緊張のためか、体の動きが硬い女性が、実力を出し切れていないのは見て取れる。
それに対し、青年が手加減をしているのは明白だが、その手加減が最低限の気遣い以上のものであるのを、は感じた。

も伊達に長い間戦って生きていたわけではない。
青年にとって、それが茶番に等しいものであることはすぐに分った。

目にしていた受験者らの技量を見る限り、あの青年は上まで勝ち上がるだろう。
他にも目に付く者はいたが、どんぐりの背比べと言ったところか。
加減を無くしたあの青年の実力が如何程のものかはわからないが、そこそこ楽しめなくも無いだろうと、は口の端を吊り上げた。


数分後、第一試合が終了し、受験者は半分に減る。
15分の小休憩が挟まれると、8名になった勝者はそれぞれの相手と再び試合を始めた。

先程の青年はやはり残っているらしく、今度は小柄で筋肉質な男と戦っていた。
勝負が始まって数秒。
皆まで見ずとも、彼の勝利を確信したは、組み合わせ表に目を向ける。

第1試合で女性と当たった者は2人いたが、勝ち進んだ者は1人。
第3試合にシードと当たるのは、その一人だった。


「ジェネシス・・・・か」


呟くと同時に、試験官から第2試合終了の声が上がった。






冒頭の召喚獣は、私の息抜きみたいなものだと思ってください(笑)
え?何でジェネシスがいるかって?
・・・・それは私にも謎です。何で出したんだろう・・・(汗)
2007.06.09 Rika
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