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「セフィロス、私だ」 「どうした」 ザックスらが帰って数分も経たないうちにかかってきた電話。 いつになく早口なツォンに、昨夜の事後処理のせいかと考えながら、セフィロスはが着替えに向かうのを見送る。 受話器の向こうからは、タークスらが慌しく話す声が漏れ聞こえていた。 「申し訳ないが、昨日の騒動で忙しくてな。の泊まるホテルが取れなかった」 「・・・・・・・・」 「すまないが、今日1日だけでも良い、彼女をお前の家に泊めてくれ」 「待て。事前に予約していなかったのか?」 「ああ、少々ゴタついていてな。悪いが今は時間が無い。明日出勤したら私の所に来てくれ。では」 「ツォン、待・・・・」 言葉を遮って切られた電話に、セフィロスはどうしたものかと考える。 どうするもこうするも、泊めるしかないのだが、犬猫を預かるのとは訳が違うだろうに。 失念しているのか、構っていられないほど忙しいのか。 次に会った時のザックスが更に五月蝿くなりそうだと考えると、セフィロスは本日何度目かもわからない溜息を吐いた。 Illusion sand − 46 「お待たせいたしました」 届けられた服に着替えたが、丁度良く再びリビングに現れ、セフィロスは電話を仕舞う。 先程まで座っていた場所に腰を下ろした彼女に、さてどう説明するかと考えるが、自分から泊まれと言わなければ彼女は間違いなく野宿すると言い出すだろう。 「今日は此処に泊まれ」 「・・・・・・・・それはまた・・・」 「ツォンが、ホテルを取り忘れたそうだ」 「私はかまいませんが・・・レノではなくツォンがですか?」 「ああ。レノもタークスだ。昨日の事件を起した組織を追っているんだろう」 「・・・・貴方はよろしいのですか?」 「?」 「私がお世話になっても」 「・・・構わん。そうしなければ、野宿するとでも言い出すだろう?」 「よく分りましたね。では、お言葉に甘えさせていただきます」 「・・・・・・・・」 戦士としての危機察知能力は優れていても、女としての危機感はまるで持っていないのか。 すんなり了承したに、セフィロスはこのまま一人で生活させて大丈夫なのかと心配になる。 自分を男として意識するしないは別として、若い・・・外見は若い女がそうアッサリと男の家に泊まるのはどうか。 そうしろと言ったのは自分だが、もし相手がレノやルーファウスだったなら、組み敷かれる可能性だって無くは無いのだ。 だが、そんな彼の心中を知ってか、は何の疑いも無い笑みを浮かべる。 「信頼しているんですよ」 「・・・っ・・・・」 いつか星を見て話した時と同じ笑みは、それが本音だと分らせるには十分だった。 それでなくとも、自分には決して嘘をつかない女だ。 二心も他意も無い事は十分わかっているが、その正直すぎる言葉は、受け取る側としては恥ずかしいものだ。 胸の内に広がった喜びに押され、再び熱くなり始めた顔に、彼は緩む口元を押さえた。 もしこれが本気でなかったとしても、こう言われてしまえば、余程後先考えない人間でなければ手は出せない。 確信あっての態度であれば、信頼などと口にはしないだろうが。 「お前は・・・・」 呻くように呟く彼を、は嬉しそうに笑って眺める。 からかっているようではないが、余裕のあるが悔しくて、セフィロスは彼女をじろりと睨んだ。 「怒らないで下さい。嬉しいんですよ」 「嬉しい?」 「・・・ええ」 「・・・・・・・」 何が、と、聞こうとする言葉は、彼女の柔らかな笑みに飲み込まれるように消えた。 聞かずともわかるようで、だがそれは何かと考えても答えは出てこない。 もし聞いても、また恥ずかしい答えが返って来るのだろうと考えると、彼はそれ以上聞こうという気にはならなかった。 「貴方が・・・・いて下さってよかった」 「・・・・・・・・ああ」 わざわざ聞かなくても、結局恥ずかしい返事は返ってきた。 口説かれてるのかとも思うが、彼女にそんな気が無いのはセフィロスもわかっている。 その言葉が、今自分が幸せであると、保護してくれた自分への感謝の言葉なのだという事は察しがつく。 嬉しいという言葉と、いてくれて良かったという言葉が結びつかないが、彼女の顔をみるとそれでも良いかと思えてしまう。 他の男なら勘違いしてしまう言葉を出す。 それを仕方が無いと許してしまう上、その言動が心配で手放せない自分は更にどうしようもない。 手放せないのではなく手放したくないのだという思いは、今はまだ認める時期ではないと思った。 「今朝・・・・何故、酔っていた?」 「・・・・・・・・」 一段落つき、話題を変えた彼の質問に、は数秒固まり笑みを消した。 視線を逸らし、黙った彼女の表情は、無表情に近いが怒りと悔しさが垣間見れる。 とはいえ、その感情の大きさも、話せない内容ではないようで、セフィロスはが話し始めるのを待った。 「ホテルが爆破された時、ルーファウスとそのフロアにいました」 彼に望まれ、は兵らの傷を魔法で癒した。 しかし、彼女の本気の力は余りにも大きく、人目の多いそこでは憚られる。 ケアルガと言いながらケアルをかけ、結果彼女は、二人の兵を見殺しにした。 うち一人は、失った腕からの出血が激しく、彼女がどう足掻いたところで助かりはしない傷だったが。 しかし、そんな非情を口にする事は出来ず、諦めなど与えてやる気も無く、彼女は何度も魔法をかける。 やがて静かに目を閉じた兵に、彼の仲間は名を呼んだが、失われた命は蘇る事など無かった。 十数回に及ぶ回復魔法は、常識的な高等魔法の使用回数を既に越えていた。 それを知っていたルーファウスは、の体を抱え、大人しくしているよう囁くと、被害が無かった部屋に連れて行った。 疲れ切ったように、彼に体を預ける彼女に、ツォンはエーテルを差し出した。 部屋に入ると、彼女は自分の足で歩き始め、ルーファウスと共に無言になる。 数時間が経ち、テレビから流れる緊急特番を眺めていたルーファウスは、ふと何か思いついたように立ち上がった。 時折報告がてら様子を見に来るツォンらのために、ベッドに寝転がっていたはそれを横目で眺める。 室内の冷蔵庫を明け、グラスを出してきたルーファウスに、は自棄酒かと思ったが、彼はテーブルではなくベッドにそれを持ってきた。 『付き合ってほしいのか?』 『いや、飲むのはお前だけだ』 『・・・は?』 『血色が良すぎる。それに、まだ少々元気がありすぎるようだ』 『ルーファウス・・・・酒を入れては逆効果だと思うが?』 『一定量を越えれば顔色は逆転するだろう。丁度具合も悪くなる』 『それは余りに不健康すぎる気がするが?』 『タークスは馬鹿では勤まらん。勘付かれては面倒だろう』 『・・・君の事だ。拒否権などくれんのだろうな』 『よくわかっている』 『少しは付き合ってくれるんだろうな?』 『無論だ。眠らせる為と言えば、何も言わんだろう』 『次期主殿に口答えする者などいないさ』 仕方ない、と起き上がったに、ルーファウスは琥珀色のシャンパンを差し出す。 長い間口にしていなかった酒に、慣れないが酔うのは案外早いものだった。 それでなくとも、式典最中口にしたアルコールはまだ彼女の体の中に残っている。 付き合うと言いながら、殆ど飲んでいないルーファウスを咎める事も無く、はひたすら杯を重ねた。 が、炭酸ものは否応無しに腹にたまり、ボトル1本を開け切らない内に彼女は限界を感じた。 それを言うと、ルーファウスは少し考え、暫く休憩だと言ってグラスをベッド脇に寄せる。 部屋の外ではまだ兵らが動き、世間話などする雰囲気ではなかったが、何度も同じ映像を流すテレビを見る気も起きなかった。 暇を持て余したルーファウスが、どうでも良いがと言いながら、式典最中リーブを見ていたことを口にする。 惚れたのかと言われ、まさかと笑い流したは、父と生き写しだったのだと教えた。 式典前のリーブとの事と、思い出せる僅かな父の記憶を語れば、ルーファウスは再び彼女に杯を勧めた。 どんな父だったかと聞く彼に促されるまま思い出を語り、だが口にすればするほど父の記憶は蘇ってきた。 思えばこんなに父の事を語った事は初めてだった。 共に旅をした仲間達もまた、様々な過程で肉親を失い、多くを語らなかったためだろう。 父の死に目に涙も見せず、復讐の悪鬼となる事すら厭わなかった時点で、親不孝になったのは分っていたが、ここまで口にしないとは尚更親不孝だと思った。 だが、ルーファウスはそれを、少しだけ羨ましいと呟き、零れた言葉を拭い去るように酒を煽る。 付き合うと言った人間が酔うような事はするなと言った彼女に、では更に飲めとルーファウスは酒を注ぐ。 失言だったと思いながらも、目的が目的だけに断る事が出来ないは、仕方なくまた酒を飲み始める。 しかし、冷めかけた酔いに追い討ちをかけるようなアルコールも、赤らむ彼女の顔色を反転させはしない。 選んだ酒が悪かったかとボヤいたルーファウスは、もう胃が限界だと言った彼女に水を与えると、酒を冷蔵庫の中に戻した。 これではただの酔っ払いだと考えていると、彼は再び彼女の元に戻り、何を考えたか突然その頭を両手で掴む。 何をする気だと言うに、ルーファウスは危険だが仕方が無いと言うと、事もあろうか彼女の頭を思いっきり振ったのである。 慌てて腕を振り払ったものの、一度狂った平行感覚はアルコールのせいで正常に戻らない。 途端、は一気に胸がモヤつくのを感じたが、不幸にも丁度ツォンが脱出口が出来たと知らせにきた。 せめて一度吐かせてくれと思うものの、ルーファウスは真っ青になったを抱え部屋を出る。 一人で立っていられない彼女に、兵らは驚いていたが、MPの事を口にすると心配そうな目を向けていた。 道を開けろというルーファウスの声に、彼女の限界を超えての介抱を知る兵らは大きく道を開ける。 お陰で彼らには酒の匂いなど知られず済んだが、足元の覚束無いは終始ルーファウスに支えられる事となった。 スタッフ用のエレベーターでは、ルーファウスの力を借りても立っていられず、下に着くまで床に座り込んでいた。 地上に降りたものの、外の空気を吸う間もなくヘリに乗せられる。 結果、吐く事も出来ないは、神羅ビル屋上で迎えたセフィロスに預けられ、彼の同僚が持つバケツに胃の中身を吐き出したのである。 「・・・・ま、こんなところです」 「・・・・・・・・・・・」 よくもあの社長息子はそんな無茶をしてくれたものだ。 もし急性アルコール中毒で倒れたらどうするつもりだったのだと、セフィロスは大きく溜息をつく。 それで今既に回復しているの体力や消化能力にも驚く。 ベロンベロンに酔っ払わないのはもっと驚きだが、それは精神力で何とかなるものである。 以前ルーファウスと拉致された時、モンスターも毒が効かなかった事を考えると、彼女は毒物関係には相当な免疫があるのだろう。 確かにルーファウスの行動のお陰で、彼女に疑問を持つ者はいなかったはずだ。 だが、それによりの嘔吐物を見る事になったセフィロスは、それを褒める気は起きなかった。 「明日・・・ツォンに呼び出された。留守番をさせることになるが・・・」 「貴方がよろしければ、私に異論はありません」 「そうか。・・・来い、中を説明する」 立ち上がったセフィロスに続き、もリビングから出る。 さして説明の必要は無いと思いながらキッチンの前で足を止めたセフィロスだったが、そこをじっと見るに、中に足を入れる事にした。 「冷蔵庫の中はあまり入ってないが、腹が減ったら好きに食え」 「あ、いえ、おかまいなく」 「水も中だ。水道水は飲まない方が良い」 「はあ・・・・」 「・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・」 別に何か引っかかる事があるのか。 相槌をうちながらも、キッチンの中を確認するように見る彼女に、セフィロスは首を傾げた。 「どうした?」 「・・・釜戸は何処ですか?」 かっ・・・ 冗談のつもりかと考えそうになったセフィロスだが、見上げてくるの瞳は本気である。 ウータイや魔光電力が行き届いていない場所では、まだ薪を燃やして火を作る釜戸は使われていた。 だが、戦争が終わった今はそれらの地方にも電気やガスが行き渡り始めている。 ミッドガルで釜戸など使う者など無く、それ以前に集合住宅であるマンションでそんなものを使えば火事になる。 が生まれた世界では、そこまで文明がなかったのだろう。 そう納得は出来るのだが、ではもし彼女が一人暮らしなど始めたらどうなるか。 きっと魔法で何とかするのかもしれないが、神羅が用意する家だ。 そんな事をしたら、毎度毎度火災報知器が鳴り、他の住民に多大な迷惑がかかるだろう。 その上、水やガスの元栓、温水器のスイッチ、電気のブレーカー等、実際生活の場に立って考えると問題点は余るほどある。 この世界の文明にある程度慣れたとはいえ、それらの科学は日々進化し続けるのだ。 限りなくゼロに近い知識から、今現在の状態までこの世界の文明に慣れ、物事を覚えたの知能が高い事はわかっている。 しかし、ガス台の前に立って釜戸を探すを、そのまま一人暮らしさせられる訳が無い。 使い方を教えたとしても、それは料理を覚えたばかりの子供に一人暮らしさせるのと同じに思える。 「・・・・・・・・・セフィロス?」 「・・・・釜戸は・・・・無い」 「料理はなさらないのですか?」 「いや・・・そうじゃない」 首を傾げるに、セフィロスはガス台の使い方から換気扇の説明をする。 その度に感心したように唸る彼女に、彼は更に不安をかき立てられた。 風呂の沸かし方や玄関にあるブレーカーの説明に、一つ一つに驚く。 「とりあえず・・・ガス台は、そこで火を使えばよいのですね?」 「ああ・・・・は?」 「わざわざ金をかけずとも、ファイアで何とかなるでしょう?」 「・・・・・・・・・・・・・」 長時間弱火でコトコトファイアをかけ続けるのか? 常識的にはまず無理な事を、何でも無い事のように言う彼女の目は、釜戸発言の時を同じ色をしていた。 冷蔵庫も、ブリザドで何とかなると言い出す彼女に、セフィロスはもはや声も出ない。 ドライヤーをエアロで補うまでは感心していたが、此処まで来るとどう言って良いのやら。 これは絶対に、少なくとも暫くの間は、彼女に一人で生活などさせられないと、セフィロスは強く思った。 その夜、と初めて過ごした我が家での時間は、セフィロスにとって一生忘れられないものとなった。 食事を作っている時、手伝ったは火力が足りないと言った途端ガスを止め、ファイアを使い始める。 焦げ目が付いた方が美味しそうだと言ったと思えば、フライパンの上に薄い炎の膜まで出た。 風呂を沸かそうと湯船に水を張れば、ボタンを押す前にお湯に変わっている。 驚き振り向けば、傍にいたはファイアの応用だと言い、何かおかしな事をしたかとまで言って首を傾げる始末。 風呂から上がり、ドライヤー代わりにエアロで髪を乾かしてくれた時は、手間がかからず良いと思ったものの、それ以外の殆どの時間、セフィロスは驚きっぱなしだった。 まるで童話の中に出てくる万能な魔法使いがやってきたようだと思ったが、如何せんその行動が突飛過ぎるのだ。 しかも、それは魔法の名を呼ばず、彼女がボヤいた瞬間、又は何の前触れもなしにその力が出てくるから尚心臓に悪い。 他の人間の前でそんな事をするほど、も抜けてはいないだろう。 だが、そんな彼女の「貴方の前でだけですよ」という特別な言葉すら、嬉しいのかそうでないのか微妙だった。 夜も更け、彼女を寝室へ送ると、セフィロスはリビングのソファの上で毛布に包まった。 今日だけで一生分の驚きを得てしまったような気がするが、それに慣れ始めている自分にどうしたものかと考える。 とりあえず、今後任務の中でどんな不測の事態が起きたとしても、今まで以上に冷静でいられる自信はついた。 それも、あまり嬉しくはなかった。 翌日、ツォンに呼び出されているセフィロスは、かなりの心配を残しつつ家を出た。 留守番をするは、本でも読んで過ごすと、彼を安心させて見送る。 主がいなくなった家にいるのも妙な感覚だと思いながら、彼女は朝食の後片付けをすると彼の寝室に戻った。 本棚に並ぶ本は、仕事柄と性分故か、戦いに関するものが多い。 分厚い兵法書を手に取り、細かい文字が羅列されるページを捲れば、所々に彼の字で注釈が書かれていた。 ざっと内容に目を通しただったが、自分の世界のそれとは、かなりその内容が違う事に驚く。 弓兵も槍兵も、騎馬や魔道士部隊もないそれは、銃や兵器を用いる事が前提で書かれている。 人の血の匂いより、火薬の匂いがする戦場とは・・・。 この世界は、随分変わった方向へ科学力を傾けるものだと、は幾分も読んでいない本を閉じた。 戦い方が違いすぎる。 全国土から集めた勇ある智謀の士が出した知略を預かり、陣を敷きぶつかり合っていた自分の世界の戦とは、此処の戦いは余りにも違いすぎていた。 如何にして迅速にその戦に勝利するかと戦うあの世界と、如何にして敵を殲滅するかというこの世界の戦。 大戦終結後生を受けたは、国家間の大戦という舞台に立った事は無い。 だが、稀に起きる小競り合いや、戦災故に賊となった民らを討伐に出た事はある。 しかし、それでも軍略無く犠牲は抑えられず、その犠牲も後の禍根を踏まえた上の、敵味方双方に対しての意味だった。 根本的な考え方が違うのか。それとも、この世界の戦が、ツメが甘すぎるのか。 敵を根絶やしにすれば、確かに後の統治は難なく済む。 被害の具合で講和を結び、水面下で冷戦を続ける策を出す自分の世界の戦より、分りやすいと言って良いだろう。 結局はどっちもどっちだと結論を出すと、はベッドの上に横になった。 持ち主の匂いが染み付いた布団は、彼が留守であるというのに、すぐ傍にいるような感覚がする。 「悪くないな・・・・」 呟きながら、昨日驚きっぱなしだったセフィロスを思い出し、は小さく笑みを零す。 出会った頃より格段に表情が豊かに、そして口数も多くなった彼が、我が事のように嬉しかった。 |
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良い子も悪い子も、酔ってる人の頭を振ってはいけません。 酔っていない人の頭も振ってはいけません。 2007.06.02 Rika |
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