次話前話小説目次 


車に揺られるうち眠りに落ちたを、セフィロス自宅へと連れ帰った。
自分のベッドの上で眠る彼女に不思議な感覚がしながら、頬にかかる黒髪を指先でそっと払う。
擽ったそうに口元を動かすに、自然と笑みを浮かべた彼は、そのまま彼女の頬を撫ぜた。

眠りながら手に擦り寄る彼女が、セフィロスの笑みを深くする。
解かれた髪を指で梳き、そこに残った温もりに誘われるように、彼は目を伏せた彼女の頬を包んだ。


「・・ん・・・・・ファリス・・・・」
「・・・・・・・・・」


呟かれた名に、セフィロスの手がピクリと動き、その顔から笑みが消えた。
触れた頬は、確かに掌に彼女の温かさを伝えるが、その合間に先程までは感じなかった薄い壁のようなものを感じる。
ファリスが誰かは分らないが、頬に触れられて呼ばれるのなら、男なのだろうか。

そう考えて、落胆している自分と、何処かで自分の名を期待していた事に彼は気付いた。
滑稽だと自嘲する事も出来ず、セフィロスは先程より遠く感じる彼女の体温を求めるように、一度その頬を撫ぜる。
だが、変わること無い隔たりに、彼は微かに目を伏せると、静かに部屋を後にした。

いつだったか忘れるほど薄れた記憶にある微かな胸の痛みが、沈む心を蝕むようだった。







Illusion sand − 45






長い夜は昇り来る朝日に追いやられ、ブラインドの合間から差し込む光が暁から白に変わってゆく。
静かな朝方は過ぎ去り、活動を始めた人々が、日常という喧騒で街を覆っていった。

上階の窓から、米粒大の人々が道行く様を見下ろしていたルーファウスは、デスクに置いたデジタル時計にちらりと目をやる。
汚れたタキシードの上着がかかった革張りの椅子に腰を下ろすと、彼は目を閉じて大きく息を吐いた。
崩れた髪が頬を軽く擽り、薄く目を開ければ落ちた前髪が視界に金色の筋を作っている。
天井を仰ぎながら髪をかき上げた彼は、その手に残る主から離れた腕の感触に、自分の掌を眺めた。


何故、自分はあんな事をしたのか。
行き着く答えがである事を知りながらも、彼は傷つく兵の傍に膝を付いた自分を思い出していた。

自身の護衛が傷を負う事など、目の前で血を流す者など幾度かではあったが目にする事はあった。
だが、以前の自分は彼らの傍に行く事も、『生きろ』などと言う事だって一度も無かった。
まして、切り離された人の腕を持ち、主を探し届けようなどという考えも、存在すらしなかっただろう。
そんな慈悲も善意も、人が持つ慈しみなど無かった。あったとしても、行動を起したりなどしなかったはずだ。

昨夜の爆破の時、廊下に倒れた兵と、床に転がった腕を眺めていた自分に、彼女は慈悲を与えろとは言わなかった。
ただ、『貴方が望むようになさい』と、『どんな道であれ、己の選ぶ道を歩む事は咎ではない』と言っただけだった。
そして自分が出した答えを行動にし、に兵らを救わせた。
ただそれだけだ。だがそれは大きな問題でもあった。

自分の中の何かが、大きく、急速に変化している。
そしてその原因に当たるものが、という存在である事も分っている。

社長から代を継ぎ、この肩が神羅を背負う時に掲げるのは、恐怖による統治。
そう思っているのは、今も変わらない。
だが、そう思う裏で、変わっていく自分がどんどんそれから遠ざかっていくのを、ルーファウスは感じていた。

に、知らぬ間に大きく影響されている事は分っている。
それは彼の望む未来にとって、彼女が敵となるより大きな脅威に思えた。
だが、何より厄介なのは、彼女に与えられる変化を、何処か心地良いと思ってしまっている自分自身だ。

『この程度の気持ちだったか』などとは思わない。
己の野望は確かに根強く胸の内にあり、簡単に消えてしまうものならば、こんな恐れすら感じないはずだ。
ただ、彼女の無意識な影響力が、余りにも大きすぎる。


彼女が仕えていた君主は余程聖王だったのだろう。でなければ、こんな影響などありはしない。
上に立つ者が成さねばならない善と悪、与えるべき慈悲と無慈悲を知り、主の苦を和らげる言葉で迷う足を導く。
傍に置くには、これ以上内逸材と言えるが、彼女の元主が支えていた国と、自分の野望は対極にあるだろう。
故に、彼女の存在を欲しがりながら、傍に置く事で否応無しに変化してしまう事を恐れているのだ。

の才を使いこなす自信はある。
もし彼女が自分に忠誠を誓ってくれたなら、その才を余す事無く使わせてやる事が出来るだろう。
しかしそれも、彼女に何かを一任したとなれば、出された令はいずれ必ずルーファウスの意図と離れた場所に行き着く。
そしてそれに気付く頃には、自分は『恐怖』とは程遠い、聖人君主になってしまっているのだろう。

いずれ世界を背負うものとして、一人の友として彼女を傍に置きたがりながら、否応無しに感化させる彼女を酷く恐れている。

自分にも、まだ何かを恐れる気持ちがあった事、恐れる存在があった事に、彼は自嘲の笑みを浮かべた。
そして、彼女が言った言葉のまま、己が歩まんとする未来の為、今選ぶ道が胸の内に微かな憂いを与える。


深く腰掛けた椅子の背もたれが軋む小さな音が、彼だけの室内に響き、携帯から充電完了を知らせる電子音が鳴った。
立ち上げたままのパソコンへ手を伸ばしたルーファウスは、数日の休日の後暫くジュノン支社勤務の予定を入れる。
執務を全てそちらに合わせるよう、まだ出勤していない秘書にメールを打つと、彼は席を立った。

次にに会う時は、決して揺るがない自分でいなければならない。
難しいようで、実際彼女に会う前の己でいれば良いという、案外簡単な事だと分っている。
恐らくセフィロスとは今より格段に仲が深まっているだろう。
呻き声も出ないだけからかってやるかと、意地悪く口の端を上げながら、ルーファウスは出勤してきた社員がいる廊下を歩いた。

エレベーターホールに差し掛かり、待ち人の中に行けば、早朝の副社長に社員は驚きながら挨拶をする。
熱のある視線を向ける女性社員に、朝から元気なものだと考えていると、廊下の先から珍しい人物がこちらに歩いてくるのが見えた。

今日もまた朝から赤いスーツを着て、タークスを連れて歩く父親に、一体何着同じスーツを持っているのかとルーファウスは無表情の裏で呆れる。
副社長に続き現れた社長に、社員は何事かと思いながら、慌てて頭を下げて挨拶をした。
軽く頷いて答える社長は、挨拶もせずエレベーターのドアを見るルーファウスの傍まで来ると、息子の姿を上から下までまじまじと見た。
その奇行に、いつもなら殆ど無視をしているルーファウスも、眉を寄せて社長へ振り向いた。


「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」

「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」

「・・・・・・・・」
「挨拶ぐらいせんか!」

「・・・おはようございます社長」
「・・・・・・・・おはよう」


目を逸らして他人行儀な挨拶をするルーファウスに、社長は眉をピクリと上げながら挨拶を返す。
物物しい雰囲気に、エレベーターを待っていた社員は逃げる事も出来ず、冷や汗をかいて知らぬフリをしていた。


「ふんっ。怪我は無いようだな」
「・・・・・・・・」


誘拐された時ですら言いはしない言葉を吐いた社長に、ルーファウスは怪訝な顔をして視線を向けた。
よもや社長型ロボットなどという、非生産的な物でも作ったのではないかと思ってしまう。
が、どう足掻いたところで親子という事か、それが本物であると分ってしまう彼は、柄にも無い事を口走った父親に眉を寄せるのが精一杯だった。


「何だその目は」
「・・・・別に、何でもない」

「何でも無い奴が眉間に皺を寄せるか」
「・・・・・・・・・・」

では正直にお前が気色悪い事を言うからだと言ってよいのか。
言ったら言ったで、寝不足の頭に怒鳴り散らされるだけだと、ルーファウスは口を閉ざした。


「・・・今帰るのか」
「ああ」

ルーファウスが返事をした所で、丁度着いたエレベーターが開いた。
出てきた社員は、目の前にいる社長親子に驚き一瞬足を止めたが、何事も無かったかのように挨拶をして出てゆく。
待っていた社員らと共に、ルーファウスもエレベーターの中に入ったが、社長室に行くかと思われた社長はそのまま同じエレベーターに乗り込んだ。


「・・・・見送りのつもりか?」
「散歩だ」

「・・・・・・・医者に言われたか・・・」
「知っとったのか?」

「・・・言われたのか?」
「知っとったのではないのか?」

「・・・・・・・体系を見ればわかる」
「・・・お前もいずれこうなる」

「それは無い」
「そう言っとる奴がこうなる」

「絶対に無い」
「・・・私も若い頃はそう思とったわ」

「私は母親似だ」
「私の若い頃にそっくりだ」

「・・・・・・・・・嫌だ」
「なんだと!?」


会話を遮るようにチンッと音が鳴ると、エレベーターのドアが開くと同時に社員らが一斉に出てゆく。
一気に空いたエレベーターには、社長親子と護衛のタークス1名だけが残った。
静かに閉じたエレベーターは、朝日が照らす街を望みながら、ゆっくりと降りてゆく。
その間二人の間に会話など一切無く、やがてエレベーターは地下駐車場へと着いた。
降りようとしたルーファウスに、社長が一言だけ偶には家に帰って来いと呟いたが、彼は振り向いただけで何も言わぬまま父親を見る。

返事を返す気は無く、言うとしてもどう返せというのか。
そう思いながら、自分より目線が下になった父親を見下ろしていると、その姿は閉じてゆく扉に消えていった。








瞳に刺さる午後の日差しに、眠りから覚めたは、まとわりつくような気だるさと頭痛に眉を寄せた。
まだ重い瞼を無理矢理こじ開けて起き上がろうとするが、頭の痛みは強くなる。
諦めて再び枕に顔を埋め、痛みが引くのを待ちながら、彼女は目を閉じて大きく溜息をついた。

真っ白なシーツの上、覚醒し切らない頭で、鼻腔を擽る香りにセフィロスの匂いだと考える。
ヘリを降りてから彼に預けられた事を思い出し、ならば彼の残り香かと納得する。
しかしそれにしては随分香ると考えた所で、彼女はようやく何かおかしい事に気がついた。

頭痛を堪えながら目を開けば、枕の向こうにはホテルの室とは明らかに違う部屋がある。
しかし、見覚えの無い空間は、彼女の思考を停止させるに十分で、は横になったまま人形のように固まった。


此処は何処だ


いつの間に連れて来られたのか、思い出そうにも記憶はヘリを降りてセフィロスに会った辺りで途切れている。
ならば、その後面倒を見てくれたのは彼だろう。
布団から感じる彼の匂いも踏まえると、此処はセフィロスの部屋という結論に行き着く。


む?

何故宿屋ではないのだ?


いやいや、確か今日から宿が変わるような事をレノが言っていた。
時間を考えるならばそれは仕方が無い問題だ。
いやしかし嫁入り前の娘が男の寝室にいるというのはどういう事だ?
何を言うか、これは彼の善意だ。
セフィロスに限って邪な考えなどあるはずもないだろう。
大長老クラスの年の女・・・女とも呼べるか微妙な奴にそんな気起すわけがなかろうが。
よお前もまだまだ甘い。いやだが体はまだ20代のままだ。
ええい、だからセフィロスに限ってそんな事はせんと言うのに!
そもそも自分が彼でもそうするだろう。よもや道端に捨て置く事などせんだろうが。
いやそれ以前にセフィロスの体重は支えられんな。
ってそうじゃないだろうが。それは今どうでも良い事だ。
混乱か?混乱しているんだな私は。
落ち着け。さぁ落ち着くのだ。
とにかく今考えなければなら無い事は何だ。
そう、嫁入り前の娘が・・・いや、それはもう良いだろうが!いつまで混乱しているつもりだ貴様!


貴族育ちの箱入り娘であったは、目覚めたら男の部屋にいるという初めての状態に、制止したまま静かに、しかし胸の内では激しく混乱していた。

このままでは埒が明かず、黙っていても何も分りはしないと無理矢理自分を落ち着けると、彼女は恐る恐る起き上がる。
妙な汗をかきながら、ゆっくり部屋を見回した彼女は、それまで向いていた方向とは逆の壁にかけられた二つの衣服に目を留める。

一つは黒く長い、セフィロスがいつも着ているコート。
それで此処がはやり彼の部屋だと理解すると、はその隣にかけられた女物のドレスを見る。
一瞬女装趣味でもあるのかと考えそうになったが、その大きさを考えると彼のものではないだろう。
土埃と僅かな血痕がついたそれは、セフィロスのコートが隣にあるせいで、かなり小さく見えた。
思い出の品かなにかかとも思うが、こんなものを飾る趣味など彼には無さそうだ。あったとして、一体どんな趣味か。

混乱を引き摺るの脳は、時折あらぬ方向へ思考を向かせそうになりながら、必死に考えを巡らせる。

掛けられたドレスに、何処か覚えがある気がして、はそれをじっと眺めた。
何処で見たのか。
新しい記憶である事は間違いないと考えながら、彼女はもう一度ドレスを上から下まで見た。

と、そこでようやくは、それが十数時間前袖を通した物だと思い出し、謎が解けた事に安堵する。


いや、待て。


目の前にかけられているのは、式典用にとルーファウスが用意したドレス。
あやふやではあるが、ヘリを降りてセフィロスに会って記憶が途切れるまで、それを脱いだ覚えは無い。
しかし、目の前には着ていたはずのドレスがある。

壁にあるのは着ていたはずの服。では今着ているのは・・・・


「・・・・・・!?」


行き着く答えに、はバッと自分の体に目をやった。
だが、視界に映った体はしっかりとシャツを着ており、ボタンも上までしめられていた。
セフィロスが何をした、しないという事ではなく、全裸では無かった事には大きく安堵の息を吐く。

ガブガブのシャツは、座っているだけなのに彼女の膝の先まで隠し、まるで子供が大人の服を着ているようだ。
肌触りの良いそれは寝巻きらしく、独特の光沢に絹なのだと分った。
懐かしい感触に、は腿の上にある生地を楽しもうかと腕を伸ばす。

しかし、長すぎる袖に隠れた手は、袖の中の生地に触れるだけで、膝の上の生地には触れない。
随分大きいシャツだと考えながら、彼女は袖に隠れた手を自分の目線まで上げる。
ダラリと余る裾に腕を見れば、肩の部分はの二の腕の中ほどの位置にあった。


「・・・・・・・・・・・・」


これ、誰のシャツだ?



答えなど分っているだろうに、彼女は揺れる袖を見ながら固まった。
今日はよく固まる日だと、暢気な事を考えているのは、軽い現実逃避をしているからだろう。

混乱に混乱を極めた時、人は逆に冷静になるものである。

なるほど、セフィロスが寝巻きを貸してくれたのかと考え、薄っぺらな冷静さにしがみ付いているはベッドから出た。

そんな時の冷静さが、嵐の前の静けさである事を、彼女は完全に失念している。


静かな家の中、ドアの向こうからテレビの音が漏れ聞こえる。
セフィロスと思われる人が歩き回る音が聞こえ、会えば言わずとも説明してくれるだろうと、は寝室を出た。

廊下に出ると、玄関とは逆の方向に扉が開けられたままのリビングが見える。
彼女が寝室を出た音に、壁から顔を覗かせたセフィロスは、彼女の姿に動きを止め一瞬だけ気まずそうに目を逸らした。

彼らしからぬ態度に、再び混乱しそうになっただったが、自分の格好が格好なのだから仕方無いと無理矢理納得する。


「・・・具合はもういいのか?」
「ええ、もう大丈夫です。ご迷惑をおかけしました」

「いや、気にするな」
「ありがとうございます」

「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」


混乱と元々丈夫な体のお陰か、の頭痛はすっかり吹っ飛んでいた。
気を取り直したようにかけられたセフィロスの声に、もまた勤めて平静を装い言葉を返す。
が、それ以上会話が続かず、二人は互いに見つめ合ったままになった。

元来セフィロスも喋る方ではなく、もお喋りではない。
いつもならば、から何かしら言葉をかけるところだが、理性に遮られた下で混乱している今の彼女には、それは無理な話だった。

彼女の混乱を察しているセフィロスも、早々に説明すべきと分っている。
だが、自分のシャツ1枚で出てきたに、正常な男性であるセフィロスの心中は穏やかではない。
それは邪な意味ではなく、ごく普通の戸惑い故。

それに加え、数時間前に彼女が呟いた『ファリス』という名の存在に、彼の胸の内には据え置けないわだかまりがあった。
ただ、それを口にするのはどうも子供くさく思え、また、気にしている事を知られるのも男のプライドが許せず、彼は結局口を噤む事にした。
今は混乱もあり鈍っているとはいえ、勘の良い彼女に気付かれたくないと、セフィロスは悶々とした思いを振り払う。


「今、荷物が届く。そのままではいられんだろう」
「そうですね、ありがとうございます」

「何か飲むか?」
「はい。出来れば水を」

「分った。座っていろ」
「はい」


妙な緊張を押し隠し、をリビングに行かせると、セフィロスは冷蔵庫の中からミネラルウォーターのボトルを出した。
背筋を真っ直ぐ伸ばして歩く彼女に、二日酔いは無いようだと、彼は用意していた薬を棚の中に戻す。

自分の家に彼女がいる事だけで十分不思議な光景に思えるが、リビングのソファに座っている彼女を見るとその思いは更に強くなる。
とはいえ、保護直後、神羅が彼女の面倒を見ると言わなければ、もっと早くこの光景を見ることになっていたのだろう。
女を家に上げたのは初めてではないが、それもまだセフィロスが此処に引っ越す前の家。
かなり前の事だが、場所はどうあれ、相手が違えばやはり勝手は違うようだ。

仮宿と人が生活している場所は置いている物が違う。
落ち着いて座っているように見えるものの、の興味は室内の色々な所に伸び、注意力散漫な彼女にセフィロスは内心笑みを零した。
その姿は、見知らぬ場所に連れてこられ、警戒しながら興味津々な様子を隠す犬猫である。
耳があったならさぞ引っ切り無しに動いているだろうと、顔に出そうになった笑いを、彼は掌で口元拭う事で誤魔化した。

水を受け取ったは、向かいに腰掛けたセフィロスに礼を言い、それを一気に飲み干す。
彼女がグラスをテーブルの上に置くのを確認すると、彼はちらりと時計を見やり、再び彼女に視線を戻した。


「誤解・・・は、していないと思うが、一応言っておく。
 服は汚れていたので脱がせたが、それ以上は何もしていない」
「はい」

「脱がせた事は、詫びておこう」
「いえ、お気になさらないでください。・・・一度、見られてますからね」


苦笑いを浮かべて返すに、セフィロスは小さく安堵する。
が、「一度」という言葉に、保護したばかりの頃トラックの中で見た彼女の裸を思い出し、彼は返す言葉に詰まった。

それに引き摺られるように、彼女が知らないだろう別の記憶。
保護直後意識の無い彼女の体を洗ってやった事を思い出し、仕方ないとはいえ、その体のほぼ全てに触れた事まで思い出した。

彼女にとっては、見られるまでは仕方ないで済まされるのだろうが、触ったとなれば誰であろうと話は別だろう。
以前であれば、セフィロス自身も仕方が無いで済ませ、何食わぬ顔で黙秘していた。
が、今は何の勝手が違ってしまったのか。彼の背中には妙な汗が浮かび、頬はその意図とは対照に熱くなっていった。

余計な記憶まで蘇り、セフィロスはの視線から逃げるように目を逸らす。
対するは、突然赤くなり、よそよそしい態度になった彼に、目を丸くして首をかしげた。
いつもならば小さく溜息を吐き、適当に話題を変えるだろうに、突然の反応の変化は何なのか。


「セフィロス?」
「・・・・何でもない」

「ですが・・・いえ、何でもありません」
「・・・・・・・・・・」


遅い思春期でも迎えたのだろうか。
それとも女の裸に関する事で、何か彼に赤っ恥でもあるのか。

どちらにしても本人にいきなり聞くような内容ではなく、別に理由があるならば、必要な時に言うだろうと、は詮索するのを止めた。
自分だって、思い出して顔が赤くなるような恥を聞かれたいとは思わない。
放っておけば適当に何とかなるだろうと、彼女は話題を変えるべく思考を切り替えた。


「お手数をおかけしてしまって・・・寝所までお貸しくださり、ありがとうございます」
「いや・・・」


が冷静でいてくれるお陰もあり、セフィロスはすぐさま平静に戻る。
セフィロスの早い立ち直りに微かに、頬を緩めたは、これからの事を聞こうとした。
が、彼女が口を開きかけた丁度その時、玄関の方からインターホンが鳴る。

の荷物が来たかと、セフィロスは立ち上がり廊下へ向かう。
彼女が座るソファからは、首を伸ばせば玄関が見えた。
首から下は見えない位置だが、相手が誰であれ今の格好は見せない方が良いだろうと、は少し浅く座り直した。

玄関に着いたセフィロスの物音に、扉の向こうで訪問者が大きな声で会話をする。
言い合いのようなそれに、彼が眉を寄せながら鍵を開けると、彼らはすぐに話をやめた。


「セフィロス、の荷物届けにきたぞ!」
「俺だ。早く空けてくれ」

「・・・・・・」

ザックスともう一人、馴染みのある同僚の声に、セフィロスはドアノブを掴んだまま固まる。
聞き違いだろうかとも思うが、考えていても五月蝿くなるだけだろうと、彼は静かに扉を開けた。


「アンジール・・・・」


ザックスはレノから荷物を受け取る手前分るとして、何故出張中だった彼がここにいるのか。
もしや昨日の騒動で呼び出されたクチだろうかと考えながら、妙な組み合わせの二人にセフィロスは言葉を捜す。
だが、長年の付き合い故か、その考えをすぐに察したアンジールは、彼が言葉を出す前に簡単な説明をした。


「昨日の騒動で急遽呼び出されてな。着いたのはさっきだ。が、呼び出したはいいものの、自宅待機なんて言われてな」
「レノさん所で荷物もらったら、この人・・・あ、いや、アンジールが丁度いてさ。セフィロスん家行くって言ったら案内してくれたんだ」
「・・・・そうか」


に留守番をさせて取りに行った方が良かったと思いながら、セフィロスはザックスに手を差し出す。
届けてもらって申し訳無いが、彼女の格好が格好だけに、無駄な誤解を生まない為にも早々に帰ってもらうべきだろう。

別段普段と変わりないセフィロスの態度に、アンジールは持っていた荷物を扉の向こうの床に置く。
ザックスもまた、顔を見せないにまだ休んでいるのだろうと考えると、彼女の荷物が入った袋をセフィロスに渡そうとした。
が、その為半歩中に足を踏み入れたザックスは、廊下の先にあるリビングの物陰に、人影を見つけてしまった。

黒髪の後頭部が、半分ほど壁から覗くだけだが、今セフィロスの家に居る黒髪の人間など一人しかいない。


!目、覚めてたのか」


人懐っこい笑顔で声を上げたザックスに、セフィロスはビクリと肩を揺らしリビングを見る。
同じく驚いた顔をしていると目が合った瞬間、限界まで浅く座っていた彼女はソファから軽く滑り落ちた。

流石にこの格好で人前に出るのは問題があるとは考えるが、挨拶をされては無視する事も出来ないだろう。
ゆっくりソファに座り直した彼女は、極力姿が見えないよう、首を伸ばして玄関にいるザックスに顔を向けた。

暢気に手を振る彼と、無表情だが焦りを抑えているセフィロス、そして初めて目にするだろう知らない男。
セフィロスの同僚か何かだろうと考えながら、彼女はザックスに軽く手を振り替えした。

これで引き下がってくれるだろう。
そう思っていたとセフィロスだったが、対するザックスは手を振った彼女の、余った袖を見てそのまま凍りついた。


「・・・・・・・・」
「ん?おい・・・」
「・・・・どうした?」

・・・・何着てんのそれぇえええ!!!?」


悲鳴のような叫びを上げたザックスに、は目を丸くし、傍にいた二人は驚きビクリと肩を震わせた。
だが、そんな事など眼中に入っていないザックスは、とセフィロスを交互に見て、アンジールの腕を掴む。


「それ・・・それ・・・どういう事!?ねぇどうゆう事!?あの大きいの誰の服!?」
「お、落ち着けよ・・・」
「・・・・・・・・」

「落ち着いてられないっつの!だって、だって、あれってそういう事だろ!?、セフィロスの服きちゃって・・・それで着替え持って来いって!!」
「静かにしろって、近所迷惑だろうが!」
「・・・・・・・」

「もうそれ、そういう事でしょ!?ねぇいつの間にそんなんなってんの!?聞いてないよ俺!!俺・・・俺、まだとデートしてないのにー!!!」
「五月蝿いつってんだろうが!犬かお前は!!セフィロス、またな!!」
「・・・ああ」


余程ショックだったのか、涙目で騒ぐザックスを、アンジールは無理矢理扉の外へ引きずり出す。
あまりの暴走に弁解する気も起きず、そんな暇さえ与えられなかったセフィロスは、半ば唖然としながらすぐさま扉を閉じた。
1stに引きずられてゆく3rdの新米の声が、近所迷惑など顧みないように扉を隔てた廊下から聞こえてくる。

見事誤解してくれたザックスに少々の罪悪感を持ちながら、セフィロスは今日一番の大きな溜息をついた。






セフィロス、ガンバレ(笑)
2007.05.30 Rika
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