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「ホッホッホ。一本とられたのうオーディンや」
「おぉぉぉぉおお!?」

突如足元から出現したハゲ頭に、レノは悲鳴を上げてひっくり返った。






Illusion sand − 41






「久しぶりじゃのー。元気じゃったか?」
「・・あ、ああ・・・」


机の下などという、明らかに間違った場所から出現した白髭の老人は、それまでの雰囲気を木っ端微塵に粉砕した。
理解が追いついていないレノは、目を丸くして老人を見上げているが、彼は全く気にしないようにオーディンの元へ行く。
セフィロスの言葉による戸惑いから脱していないオーディンは、何処か縋るような目で老人を見上げた。


「ラムウ・・・我は・・・」
「・・・・てい!」

ゴッ


突如振り下ろされた老人の杖が、オーディンの脳天に直撃する。
容赦無い一撃を見事に食らった彼は、指先から小さな火花を散らすと、悲鳴を上げる間もなく意識を失った。

ゴトリという鈍い音を立ててテーブルに突っ伏したオーディンに、セフィロスとレノは目を丸くする。
だがは動揺する事もなく、その光景を懐かしむような瞳で見ていた。


「やはりお主に任せたのはイカンかったのー。イフリートよりはマシじゃと思っとったんじゃが・・・」


深い溜息をついたラムウは、失神しているオーディンを椅子から引き摺り下ろすと、何事も無かったかのような顔でそこに腰掛ける。
床に転がったオーディンから、またも鈍い音が聞こえたが、彼は全く気にしていないようだった。


「久しぶりじゃの、。変わりないようで安心したわい」
「ええ。貴方も、お元気そうで何よりです」

「ホッホッホ!それだけが取り得みたいなもんじゃからな」
「ご謙遜を・・・」

「ホッホ・・・・さて・・・・話は大凡オーディンから聞いた通りじゃ。が・・・・・どうしたもんかのう」



先程のセフィロスの言葉に思うところがあるらしく、ラムウは白髭を撫でながら彼を見た。
薄く開いた瞼から覗く薄蒼の瞳は、青年の艶やかな銀髪に一瞬目を奪われ、次いでその目を楽しそうに細めた。

ワシの髭を頭に乗せたら・・・・カツラになるかのぉ。モッサモッサで面白そうじゃの・・・。


「ホッホッホ!こりゃ愉快!!」
「「?!」」
「・・・・・・・・・・」

突然笑い出したラムウに、レノとセフィロスは目を丸くする。
二人に挟まれたは、どうせまたロクでも無い事を考えていたのだろうと、ラムウに呆れた視線を送った。


「ラムウ・・・」
「おお、スマンの。さて・・・・お主の持っておる力じゃが、確かにその若いのが言う事は正しい。
 それが真実じゃろう。気付けなかったのは、ワシらの不慮。
 しかしお主を元の世界へ連れて行かねばならぬ事に変わりは無いのじゃ。
 何せ、力はお主のその肉体にこそ宿っておる。
 その力が無ければ、いずれ大いなる災いが訪れた時・・・お主らが倒したエクスデスのような者が現れた時、彼の世界は簡単に崩壊するじゃろう」

「・・・・相変わらず・・・」


人を黙らせるのが上手い人だ。


こう言われては、たとえの希望がどうあろうと、断れるはずがない。
自ら命を賭して救った世界が、自らの為に崩れ去る事実を傍観したがる者が何処にいようか。

一つの世界の安寧と、己の意思を天秤にかける事事態が慢心でしかない。
抵抗は我儘でしかないのだと思う心とは裏腹に、馬鹿みたいに自分に正直な体は、繋いだ手を放したがらなかった。
だが、今ならそれを手放す事が出来るのも事実。
そうしなければ、これからも自分は何かある度にセフィロスの手に救いを求めるようになるだろう。
それが気休めでしかなかったとしても、その心地良さに甘え、手放せなくなるかもしれない。

そう考えたところで、何故これほどに心弱くなったのかと、自問が浮かんだ。
同時に、今の状況を思い出し、彼女は慌てて意識をラムウへ戻す。


「ホントはの〜・・・無理矢理にでも連れ帰るつもりだったんじゃが・・・。
 や、お主、帰りたくないんじゃろ?」
「・・・・・」


大げさではなく、これは一つの世界の命運を分ける話し合いのはず。
にも拘らず、全く緊張感の欠片さえ無く、例え何処かから投げかけられてもそのまま投げ捨てそうなラムウの態度は何だろうか。
自分のペースに相手を引き込み、有耶無耶の内に相手を納得させる気があるわけでも無さそうだ。
それこそ、本当に本音をぼやいているようにしか見えない。

昔もそうだったが、未だに何を考えているのか解らない老人に、は怪訝な顔をしながらも小さく頷いた。
どう反応を返したところで、帰らなければならない事実は変わらないのなら、取り繕う必要も無い。

腹を括りかけたを眺めたラムウは、眉間に皺をよせると苦々しい表情で大きく溜息をついた。


「随分・・・待たせてしもうたからの」


呟くように言い、スッと立ち上がったラムウに、セフィロスは繋いでいた手を強く握り、レノは懐の銃に手を伸ばした。
それまで静かだったのが嘘のように、敵意を剥き出しにする男達に、ラムウは目を丸くすると、次の瞬間満面の笑みを浮かべた。


「そう威嚇するでないわ小童ども。心配せんでも、お前さんらからを取り上げはせんわい」
「何だって・・・?」
「・・・・それは・・・」
「ラムウ・・・」


「100年じゃ」


人受けの良い、年寄り染みた笑みを浮かべたラムウの言葉に、3人は目を丸くする。
放り投げられた希望に疑念を拭えない中、何処か縋るような瞳を向けられ、ラムウは柔らかに目を細めた。


「100年後、またお主を迎えに来よう。その時は決して譲らぬぞ」


こんな年月の猶予、が相手でなければ出来ないものだ。
両脇の二人は、100年という言葉に呆け、次の瞬間納得したような複雑な表情を浮かべている。
100年も経てば、今隣に居る彼らも生きていないだろう。
長いのか、それとも短いのかは分らないが、彼からの意外な譲歩が、今のにとって有り難い事に変わりは無かった。



「・・・・すまない」
「気にするでないわい。お主が来るまでは・・・・」


白い歯を見せて笑うラムウは、皺だらけの指を伸ばす。
が首から下げているクリスタルにそっと触れ、何事か小さく呟くと、彼はゆっくりと腕を下ろした。


「そのクリスタルを通じ、お主の力を僅かずつではあるが、彼の世界へ送ろう。
 暇があれば魔力を注ぐが良い。
 お主程の力が添えられるならば、例え災いが起きようともクリスタルは持ちこたえられよう」
「・・・・・・ああ」

「・・・もしかすると・・・・・」
「・・・・・・?」

「・・・いや、何でもないわい。気にせんでくれ」
「はぁ・・・・」


の持つクリスタルを眺め、ラムウは一瞬考え込む。
だが、言い淀み、続く言葉を飲み込むと、床に転がったままになっていたオーディンの襟首を掴み上げた。
ぐぇっと、聞き捨てなら無い悲鳴が聞こえたが、ラムウは聞こえて居ないのか無視しているのか、目を向ける事も無い。


「では、そろそろワシらは帰ろうかの」
「ええ・・・。あの、オーディンの首が絞まってますが・・・」

「召喚獣はこれぐらいじゃ死なんわい。
 ではな。何かあったら呼び出してくれてかまわんぞ。
 イフリートなんぞ心配して五月蝿いったらないわい」
「覚えておきます」

「達者での〜」



グッタリとしたオーディンと共に、ラムウの姿は霧のように掻き消えた。
いつの間にか茜色に変わっていた窓の外に、3人は顔を見合わせ、何とも言えない表情を浮かべる。


「一件落着だな・・・と」
「ええ・・・・お二人とも、どうもありがとうございました」
「礼を言われる事はしていない」

「実際俺は何もしてないしな、と」
「そんな事は・・・居て下さっただけでも、心強くありましたので」
「・・・・・・・そうか」


珍しく頬を緩めるセフィロスに、レノは多少驚きながら同じように笑みを浮かべる。
思春期の子供のような、青臭いような照れ臭い雰囲気が漂うが、悪くはないと思った。
正直、100年という猶予に、との隔たりを感じた事は否めない。
だが、少なくとも自分が死ぬまでは彼女がこの世界に存在する事は間違いない。それだけで、今は十分に思えた。

明日はどうかと知れない仕事である事は、レノもセフィロスも同じである。
だが、こうして僅かな時でも、底の浅い夢を見られる僅かな幸せが嬉しかった。

「・・・って、何手ぇ繋いでるんだ、と!!」

しかしその雰囲気も、とセフィロスが繋いでいる手をレノが強制的に断ち切った事によって掻き消えた。









「ラムウ、どういう事だ!!」
「暑い」


心地良い闇が支配する空間に、赤い炎を纏う魔人の声が響く。
人の形ではなく、召喚獣本来の姿をしたイフリートは、オーディンのみを連れ帰ってきたラムウに吠え掛かった。
傍らから苦情を言うシヴァもまた、イフリート同様ラムウに視線で返答を求める。


を連れ帰る・・・そう言ったのはそなたであろう?」
「そうじゃったかの〜?そう言われればそうじゃったかもしれんの〜」


掴んでいたオーディンを、そこら辺にポイっと捨てると、冷たく睨むシヴァにラムウは深く息を吐いた。



達がエクスデスを倒したのは、何年前じゃったか覚えておるか?」
「さてな。・・・狭間と外界では時の流れは違う。貴殿も解っておられるはずだが?」

「そうさの。あの時ワシらは、狭間から帰ってこなかったを死んだものと思っておった。10年、20年と経ち、クリスタルの力に変化が無く、あ奴が生きておるかもしれんと思った。しかしワシらはそんなはずは無いと、確かめる事もせんかった」
「あの狭間、我らでは行けぬ場所にあったではないか」

「ワシら皆の力を合わせれば、不可能ではなかったかもしれん。そう希望を持ち腰を上げる事もせんかった。あ奴の仲間が、時空を隔て、僅かな間とはいえ仲間に会わせる事が出来たというに、ワシらはその希望を芽吹かせよとせなんだ。
 結局あ奴の生まれた世界はそのまま1000年の時が経ち、ワシらはクリスタルの力を感じる度に疑問を持ち、しかし何もせんかった。ワシらは、が生きておることを何処かで知りながら、結局何もせんかった。いずれ何者かが狭間への扉を開く時、塵となった肉体と共にクリスタルの力も帰ってくる・・・そう思う事にして逃げておった。見てみぬフリをしていたんじゃよ」
「それは・・・」

「しかしは生きておった。いつか帰る事が出来る日を待っての・・・。ワシらがそんな風に思っていたこと等知らんで・・・100年の猶予すら喜んで受け入れるほど待たせたのじゃ。シヴァよ、ワシらにあ奴を止める権利などあるじゃろうか?をそれ程待たせたのは、我らではないのか?」
「・・・・・・・・・・」

「今度はワシらが待つ番じゃ。何、100年なんぞあっという間じゃ。ワシらが失わせてしもうた時を、取り戻させてやろうではないか。ただの女子として生きるのも、また幸せというやつじゃ。それが例え泡沫の時であろうとな」
「しかし・・・の傍らに居た男は・・・セトラの民を滅ぼした者の気配を持つ」

「それもまた、天の巡り合せと言うやつじゃろう。心配せんでも、は己で道を切り開く、無ければ無理矢理作る奴じゃ。信じて待ってやろうではないか」
「・・・貴方がそう仰るならば・・・信じましょう」


苦々しく答えたシヴァに、ラムウは柔らかく目を細める。
真っ直ぐに向けられる笑みに、彼女は胸の内に燻る不安を押し込めるように、小さく深呼吸した。


「ラムウよ、我はそんな事を言っているのではないぞ!!」


二人がひと段落したと思っていたところ、それまで黙っていたイフリートが耐え切れないと言うように声を荒げた。
一際広がる赤い炎に、シヴァは思いっきり顔をしかめるが、彼の眼中には入っていない。
この期に及んで何を言うのかと、二人は融通の聞かない彼に眉を潜めた。


「肝心な事がわからぬではないか!ラムウ、あの男、と手を繋いでいた男は何なのだ!?」
「ホ?」

「ホ?ではない!!我はが赤子の頃より、その成長を見守ってきた!いわば第二の父親ぞ!?その我に断りも無く、娘の体に触れるとは何たる不埒!ええい許さぬ!!あの小僧はの何なのだ!?ラムウ、答えよ!」

「・・・・・」
「・・・・・」


馬鹿じゃないのか?

そんな冷え切った眼差しで見つめる二人の視線にも気付かぬまま、イフリートは暫くその空間で叫びを上げていた。

オーディンはまだ目覚めない。






なんだか長かった気がする召喚獣編、終了です。
レノ、殆ど出なかったな・・・居た意味あるのか・・・?
2007.04.30 Rika
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