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よ、幼き頃より感じていたはずだ。人間に・・・我らにすら聞こえぬクリスタルの声を、お前は感じる事が出来た」
「・・・それが・・・?少し変わってただけだろう?」

「次元の狭間に落ちながら、お前は数百年に渡って生きた。狭間に捕らえられた人間は、皆時を止め、瞬き一つ出来ぬのに」
「蜃気楼の街の人間とは・・・違う」

「否。お前は人とは違うのだ。元より・・・・生れ落ちた時より、お前は人ではない」
「・・・・・・・・・」


いつもの自分なら、こんな時どう言葉を返しただろうか。
止まった思考の裏で、そんな事をぼんやりと考えるは、放心したようにオーディンを見つめていた。
理解を拒む心と、何処か納得している脳に、頭がぼうっとしてくる。

力なく下ろされた手を、大きく温かなものが包んだが、それが何か確認する気すら起きなかった。
握られた手に引かれ、体はストンと椅子の上に腰を下ろす。
視界の端に覗いた銀色に、それがセフィロスの手なのだと漠然と考えるが、笑みを向けるだけの余裕は無かった。


大人しくなったに、オーディンは小さく息をつくと椅子に腰掛る。
彼女の隣にいる銀髪の男から向けられる、いやに冷たい視線に眉を寄せながら、事の発端を記憶の中から引き出した。



「古い話になる。千年前、まだお前が生まれる前の話だ」







Illusion sand − 40







その世界は血と闇に染まっていた。

終わる事の無い戦に、人々は嘆き悲しみ憎み奪い合う。
希望すら失った人々の頃には、様々な負の感情が満ち、それは滅びへの望みとなって、一つの霊樹木へと注がれた。
人が作り上げた様々な悪意を受け入れた霊樹は、やがて意思を持ち、人の形をもってエクスデスとなった。

滅びを与え、全てを消し去る為に。
様々な知を持つ彼は、世界を支える大いなる力を破壊する為、自らの力を更に望む。
血に濡れた大地を彷徨えば、自ずと溢れる力に、策など考える必要は無いかと思われた。

だが、彼の狙いは大国の王が崩御した事により、阻まれる事となる。
血と剣に酔いしれたかのように侵略を繰り返していた国は、新たに掲げた新王の意思により、ピタリとその争いをやめた。
それにより、争いあっていた他の国々も、次々と剣を鞘に収め始めたのだ。

穢れた大地の上に吹く風には、確かに人々の歓喜と希望が見えた。
そして彼は、その身を形作る憎悪と狂気と衝動で、再び大地を血で染め上げる為に、自ら動き出した。

長きに渡る人々の悪意を糧とするエクスデスに、敵う者などいるはずがない。
ただ一つ、その世界を支えるクリスタルの力を除いては。

それは彼にとって、唯一絶対の脅威だった。
故に、彼は如何にすればクリスタルの力を削ぐ事が出来るかと考える。
そんな折、偶然見つけた一人の女に一つの可能性を見つけ出した。

美しい女だった。
その容姿が、エクスデスの目を偶然にでも引き付けたのが、彼女の最たる不幸だろう。
女は身重であり、元は諸国を回る旅の一座の踊り子であったという。
だが、さる国で王宮の宴に招かれた折、その王族の者から一夜の寵を受け、腹の子を授かった。

しかし、それが喜ばれる事のはずがない。
女がいた一座は、例え王族といえど、客に身を売る事を許さない者達だった。
そして腹の子の父もまた、たった一夜共にしただけの女を引き取るはずなどない。
仮に引き取ったところで、王位継承問題に巻き込まれ、またはそれを良い隠れ蓑に始末される可能性もある。

僅かな金と腹の子だけを残し、行き場を無くした女は、薄汚い路地で宙を見上げていた。
服に引っかかっていた薬草は、大凡薬とは思えない毒草ばかり。
己が命を絶つ事も出来ず、腹の子すら殺せなかった女は、エクスデスが最も美しいと思う絶望の色の目をしていた。

妊婦とは思えないほどに痩せた女に、手を差し伸べた所で不審な事は無いだろう。
エクスデスは、もっともらしい事を言い、彼女に食事と柔らかいベッドを与えた。
彼の真意を知らぬ彼女にとって、その手はどれ程冷たかろうと、とても温かいものに思えた。

だが、彼が欲しいのは腹の子だった。
母の胎内にある、不完全で未知の可能性を持つ肉体こそ、クリスタルの力を受け入れる生命力がある。
何も知らぬ女は簡単に心を許し、彼もまた簡単に女と胎児を手に入れた。

エクスデスは彼女を連れ、各地を回りクリスタルから力を奪っては、それを腹の子に移し与えた。
だが、クリスタルは彼の予想を上回る力を持ち、その輝きを奪うまでには至らない。
その力を完全に奪う事は出来なかったが、彼が与えた陰りにより、いつかクリスタルは力を失い、世界諸共滅ぶだろう。
エクスデスにそう思わせるほど、その世界は穢れに満ちていた。

神聖な輝きが腹の子に与えられる事に、女は何も疑いはしない。

生まれくる命に、クリスタルの恩恵が一際与えられるよう。
4つのクリスタルの元へ行き、祈りを捧げ、加護を受けた子が健やかに育つよう。

疑う事など思いつかなかったのか、疑う事を恐れていたのか。
彼が語る偽りを、彼女は初めてその手を取った時のように信じ続けた。


月日は流れ、女の腹は見てわかるほど大きくなっていた。
旅の最中、エクスデスは後に暁の4戦士と呼ばれる男達に何度か襲われていた。
それ故、彼が静かな場所で産もうと言った時も、女は何も言わず頷いた。
山々に囲まれた森の奥深くは、人の手どころか魔物すらいなかった。

やがて女は臨月を迎え、嵐の夜に女の子を産む。
だが生まれた赤子は産声を上げる事もせず、取り上げたエクスデスをじっと見つめていた。

それは明らかに異常であり、恐ろしい光景だろうに、彼は愉快そうに顔をゆがめる。
計画の成功、時を待たず崩壊するだろうクリスタル、手の中にある未来の良き道具。
開かれた赤子の瞳を介し、クリスタルが自分の魂胆を見透かしている事など、男は気付かなかった。

いつになっても産声を上げぬ子に、女は不安の声を上げる。
途端、赤子は思い出したように顔を顰め、小さな口をいっぱいに開けて泣き始めた。
何くわぬ顔で赤子の体を拭いたエクスデスは、安堵する女の手に赤子を渡す。
破壊と絶望に塗り替えられていくだろう未来に思いを馳せ、彼はその顔に柔らかな笑みを浮かべた。

だが、彼のその喜びもまた、長く続くものではなかったのだ。
赤子が生まれて幾日が過ぎた日、彼は怒りに顔を歪めながら、赤子の首を掴み上げた。
その腕に絡みつく闇色の炎で、赤子の力を引き出そうとするが、その子はただ泣き喚くだけだった。

その身に宿っているかと思われたクリスタルの力は塵ほども無く、あの時確かに奪ったはずの力も欠片すら見当たらない。
その赤子は、彼が願っていた生き物ではなく、ただ人の子でしかなかった。

御産の翌日、彼に全てを聞かされた女は、その光景をただ見つめていた。
我が子を殺そうとする男を止める事も無く、ただ人形のように部屋の隅から二人を眺める。
欺かれていた悲しみ、己が加担してしまった罪に、赤子を殺す勇気など無い女は、誰に向けるでもなく殺してくれと呟き続けていた。

幾日が経ったか、あるいはそれほど日など過ぎていないのかもしれない。
女は赤子と共に崖から身を投げた。

だがそれは失敗し、谷底の川に流された女は、遠く離れた川辺で目を覚ます。
傍らにいた赤子にもまだ息はあり、迷った女は魔物が潜む森の中へ向かった。

程なく女は魔物に囲まれ、その中に赤子を放り込む。
魔物が赤子に飛びつくと同時に、女の体にも魔物が牙を立てその体を地面に転がした。

その時、何処からか放たれた一本の矢が、魔物の目を射抜き、次の瞬間現れた数人の兵達によって魔物は倒された。
自らの体から流れた血に染まりながら、女は最後の言葉を紡ぐ。

『この子は災い。どうかこの子を殺して』

恐らくは赤子の母だろう女が残した言葉に、男は驚きと行き場の無い怒りを感じた。
己の腕の中にいる、酷く弱った赤子を見つめ、男は血と泥で汚れた小さな手をそっと包む。

女が残した災いという言葉に引っかかりを覚えながら、しかし腕の中の小さな命を奪う事などどうして出来ようか。
彼は女の遺言を胸に仕舞い込み、泣く力も無い赤子に名を与え、そして己という父親を与えた。

男の家に迎えられた赤子は、家人に守られ、何不自由なく成長していくかに思われた。
だが、赤子を引き取って数日の後、回復した赤子はその身の内に宿る力を暴走させる。
それは破滅を与える死気ではなく、汚れを消し去る浄化の力であったが、過ぎた力は多くを傷つける結果にしかならない。

男は赤子の力を封じるべく、古代図書館の奥に潜む幻獣の元へ向かった。
迷路のような書棚の奥で見つけた炎の幻獣は、男に抱かれた赤子を見るなり、その力の全てを見抜く。

男の願いを聞き入れた幻獣は、御しきれない赤子の力を自らの体内に封じた。
同時に、男に赤子に秘められた力の正体を教える。




これはクリスタルが与えた、邪悪なる者を打つ為の力。

クリスタルは、清浄なる力を奪われていると見せかけ、無垢な肉体に力の一部を与えた。
邪悪なる者が、近い未来世界に破滅をもたらす時、それに対抗しうる力を。
4つのクリスタルが砕かれ、世界が均衡を失った時、その力で世界を支える柱となるように。

懐刀が諸刃の剣に変えられている事など気付かぬまま、エクスデスは全てのクリスタルから赤子に力を与えた。
そしてクリスタルは、邪悪なる者を打ち、世界を支えるだけの力を赤子に与えた。

この幼子の歩む未来は、いずれ茨の道となり、時に大いなる力に阻まれる事もあるだろう。
だがこの子はこの世界の最後の希望。
邪悪なる者を倒し、やがてその身が土に帰ると共に、与えられた力もまたクリスタルの元へ帰るだろう。









「その赤子がお前だ、

名を呼ばれ、彼女はゆっくりとオーディンの瞳を見る。
戸惑いも驚きも通り越してしまった彼女には何の表情も無く、逃避にも似た疲労の色だけがあった。


「本来、お前は最後の戦いで死ぬはずだった。
 例え生き残ったとしても、時をおかずその肉体は朽ちる帰る運命にあった」


いつも現実に引き止めてくれるセフィロスの手すら、握り返す力も無い。
受け入れ難いと思いながら、納得している自分もいて、心の蔵のあたりにモヤつく感情が何かも分らなかった。

「・・・・だが、お前はこうして生き延び、彼の世界の力は欠けたままだ。
 わかるか。今お前が存在する事は許されぬ事なのだ」


今、遠ざけたこの自尊心を呼び寄せてしまえば、きっと自分はオーディンを傷つけるだろう。
先の事を考えろと、理性が脳を働かせていくが、結局答えを出すには至らなかった。

最後の希望などと、どんな綺麗な言い方をしようと、結局はただの捨て駒でしかない。
その捨て駒が、役目を終えても消えず、手元にも戻らず、他の世界にまで干渉を始めたため、慌てて手を打った。
そんなところなのだろう。

馬鹿馬鹿しいと吐き捨てる気力も起きず、流されようとも思えない。
考える事も、此処にいる事すら放棄したくなるだったが、指先から伝わる温かさが、そんな自分を引き止めた。


「都合の良い話である事に代わりはないな」
「何?」
「・・・・セフィロス・・・」


血濡れで砂漠を歩いていた日に戻るように、色を失っていくの瞳に、セフィロスはその手を強く握る。
これ以上の会話は不可能だろう彼女の手は、自分が知る彼女の温かさが嘘であったかのように冷たかった。


「お前ならどうする?人を物と扱う世界・・・お前がであったなら、この仕打ちの上にどう選択する?」
「我らの意思は関係無いと言ったはずだ。を彼の世界へ連れ戻す。それが我らの使命である」

「違うな・・・お前達は大きな勘違いをしている」
「何だと?」


頑なな金の瞳は、呟くように語る青緑の瞳をまっすぐに見つめる。
本来無関係であるはずのセフィロスの、まるで全てを知っているかのような言葉に、オーディンは微かな苛立ちを感じる。
付き合いの長い彼の方が、の事を知り、彼女からの信頼もあるはずなのだという、僅かばかりの嫉妬もあったかのかもしれない。


「お前の世界が求めているのは・・・ではない」
「馬鹿な事を。の身に宿る力は・・・」

「そう。それだ」
「?」

「求められているのは、自身ではなく、彼女が持つ力。それだけだ」
「?!そのような・・・」

「違わないはずは無い。自身が必要ならば、先程の昔話は不要なはずだ。
 何の力があろうと・・・・。違うか?」
「・・・・・・・・・・」


セフィロスの言葉に、オーディンの顔には此処に来て初めて当惑の色が浮かんだ。
冷たかった彼女の手は、いつの間にか温りを取り戻し、本来あるべき光を取り戻したその瞳に、彼は僅かに目を細めた。


「本当に存在する事が許されないのなら、初めから・・・出会う事だって無かったはずだ」




押さえ切れなかった感情が、温もりを取り戻した手を震わせた。
上手く力の入らない手で握り締めたセフィロスの手は、遠い日に誰かのように、温かさを分け、この震えごと包み込んでくれる。



この感情は何だろうか。

幸福に似た、何処か懐かしい気さえする温かさが、胸の内に広がっていくのをは感じた。
それはまるで初めて感じるもののようで、微かな不安さえ覚える。
だがそれすらも何処か柔らかいもののように思え、彼女の顔は自然と笑みを浮かべていた。

やはり、自分にとって彼は闇を照らしてくれる光明なのだろう。
ほんの少し前まであったはずの不安と失望、迷いさえ、彼の言葉一つでいとも簡単に拭い去られていた。

明確になった己の意思が、本来の自分を呼び戻す。

故郷によく似たこの世界に、生まれ育った大地を重ねていたのも間違いではない。
だが、二つの世界はたとえ天地の色が同じであっても、あまりにも違いすぎた。
似ているからこそ、きっと心の何処かでは、恋しがっていたのかもしれない。
どれ程瞼の裏に浮かんだ情景に夢見たところで、先に進める事は無い。
辿り着いたとしても、きっと進む事は出来ていないだろう。

時が流れる世界はどれ程存在するか。
命ある世界はどれだけ存在するか。

数多の世界の中、例え偶然に乗じる導きがあったとしても、自分はこの世界に来た事をずっと感謝し続けるだろう。
それによって出会う事が出来た、まだ数十年の年しか生きていない、小さな命が与えてくれたものは、それ程に大きかった。


この世界に来た時、命ある世界であるならそれだけで良いと思った。
規則的な時が流れる世界なら、それだけで良いと思った。

だが今、迷いが晴れた心の底から、彼女は初めてこの世界にいたいと願った。







レノ何処いった・・・?(笑)
完全に主人公設定話です。もうちょっと端折ってもよかったかもなぁ・・・。
プロローグから始まり40話目にして、ようやく主人公の死なない理由を書けたっす。
寄り道したしな・・・うん。
まぁ、アレね。それぐらいの理由が無いと、不老不死にも最強にもなれんだろう・・・と。
特に不老不死なんて、自然の法則に逆らってるわけですから、その自然の力(5世界だとクリスタルの力ね)が無ければ無理じゃろ・・・みたいな、私流の屁理屈(笑)
2007.04.01 Rika
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