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面接結果の書類を手に、レノは病室のドアを開いた。 まだ朝の気配が残る室内では、相変わらず差し入れの菓子を処理するザックスと。 それを横目に新聞を広げるセフィロスの姿に、レノは少々の驚きと同等の納得をする。 余程暇なのか、それともただそうしたかったのか。 仕事でもないのに、人様の見舞いに訪れ、する事が無いと帰るでもなく、そこで時間を潰す。 自分が知り、想像していたセフィロスとは随分違うと思うものの、その過保護ぶりを予想している自分もいるのだ。 しかし、セフィロスの本質的な部分が、によって変わっている訳では無い。 恐らく、それはただ、そんな彼を自分が知らなかっただけの事。 近しい者にしか見せない姿なのだろう。 今、この手の中にある現実が、それらをどう左右するのか。 これより僅か先にある未来に、何を起してくれるのか。 待ち受けているのは、暴かれる過去か、作り上げられる未来か、それとも過去の清算なのか。 彼らが待ちわびる主人公が、果たしてどれ程自分を魅せてくれるのか。 投げ入れる虫食いの台本を、彼女がどう完成させてくれるのかと、観客の自分は期待する。 舞台の幕を開け、早速ライトの下を走り抜けた4人の珍客を思い浮かべながら、レノは微かに口の端を歪めた。 怪訝な顔をする騎士達を無視し、レノは眉を上げたに片手を上げて挨拶をする。 幾許かの警戒を持ったその耳に、彼はゆっくり唇を近づけ、彼女の父と教えられた名を囁いた。 Illusion sand − 38 囁かれた言葉に、は微かに目を見開く。 更に笑みを深くしたレノは、問うようなセフィロスの視線を無視して、彼女の次の反応を待った。 明らかな動揺を映す瞳は、彼の赤い髪を映しながら揺れる。 恐れ、戸惑い、驚愕の色を期待し、レノは濃茶をした彼女の瞳を見つめた。 だが、彼の気持ちに反し、見えた彼女の目にそれらの色は無かった。 差し替えてそこにあったのは、自問自答をするように、何処か遠くに思いを馳せる瞳。 思い出の引き出しの奥底を捜すようなそれは、数度泳ぎ真白のシーツの上に落ち着いたが、確信を得た瞳にはならなかった。 嘘の情報を与えられたか、それともが思い出せないだけなのか。 急な変化は得られなかったが、まだその心を揺れ動かすだけの手は残っていると、レノは喉元に詰まる答えを探すような彼女を見下ろした。 見上げてくる彼女の瞳は迷いを残すが、導き出される答えはレノが期待した感情を映し、彼は愉快そうに口の端を吊り上げた。 「その名前に覚えはあるか?」 「レノ・・・・何故、お前がその名を知っている?」 途端、彼女は見せていた感情を閉じ込め、一切の道化を許さないような冷徹さを顔に貼り付ける。 一気に穏やかさの無くなった空気に、事の次第を知らないセフィロスとザックスは、緊張の汗を浮かべながら二人を見た。 逸らす事までも咎となりそうなの瞳に、同じ部屋の空気を吸っている二人の事も、レノには意識外へ消える。 自身を捕らえる彼女の視線に、寒気とも快感とも言えないゾクリとした感覚が身を包み、レノは小さく身を震わせた。 「焦るなよ、と」 「・・・・・・」 「な、何だよ?・・・どうしたんだ?」 「・・・・・・・・・」 険悪ささえ漂う空気の中、見詰め合う二人に、ザックスは仲裁に入ろうとする。 彼に向けられた助けを求めるような目に、セフィロスも広げていた新聞を畳んだが、止めるでもなく腕を組んで壁に背を預けた。 穏便とは言えない雰囲気であるものの、別段二人は喧嘩している訳でも無い。 子供でもあるまいし、これから言い争いをする気も無いだろうと、傍観を決め込んだ。 「昨日の面接、妙な4人組が飛び入りで来た。 アンタと、アンタの父親を知ってるらしいぞ、と」 「・・・・・その4人組が・・・父上の名を?」 小さく首を縦に振ると、レノはベッドに腰を下ろす。 彼の言う4人組に、は一瞬昔の仲間の事を思い出したが、それにしては頭数が合わない。 そもそも、彼らは既に生きてはいないのだから、彼らである可能性は皆無と言えるだろう。 では、その4人とは一体誰か。何者なのか。 自分ですら、レノの口から言われ、同じ家名である事で、ようやくそれが父の名だと思い出せたのだ。 それ程に遠い昔、遠い世界にいた人間の事を、一体誰が知るというのか。 「何者だ・・・?」 「さぁな。心当たりは無いのか?」 「あったところで・・・思い出せるかどうか」 「・・・・・・・・」 「知る者が・・・いるはずはないのだ。ああ、もしかしたら、適当に言っただけかもしれんな」 「アンタの父親は、アンタが16〜7の頃死んだ。血の繋がりは無し。 母親はアンタが赤ん坊の時。兄弟はいない・・」 「・・・・・・・」 「当たりみたいだな、と」 並べられた言葉に、表情を消したを、レノは見透かすように眺めた。 結ばれた形の良い唇は、白い肌の上に薄紅に映え、通った鼻筋を辿れば、伏せられた瞼に長い睫毛が影を落とす。 一切の感情を消したその顔は、人形のようにも見え、ともすれば生きている事すら忘れそうにさせた。 そう思ったほんの一瞬、レノにはが人の形をした、何か別の生き物のように見えた。 魔物の類ではなく、召喚獣とも違い、幽霊や化け物とも思えない。 それの正体が何か、脳の奥にいる自分は知っているようで、しかし容易に答えとして出ては来なかった。 だが、その先に考えを巡らせる前に、何時の間にか顔を上げていた彼女の瞳が彼を引きとめる。 「・・・レノ、聞いてるんですか?」 「あ・・・?悪い」 「・・・・・・・・疲れているなら、無理に今すぐ話せとは言いません。少しお休みになられては?」 「いや、いい。何の話だ?」 いつの間にか感情を乗せていた表情をしていたは、返された返事が信用できないのか、数秒レノの顔を見つめる。 その顔に、普段と何ら変化は無い事を確認すると、彼女は彼が聞いていなかった言葉を繰り返した。 「・・・その4人組の特徴と、もし分れば名前・・・知っている限りの情報を・・・」 「了解、と」 返事と同時に、レノはそれまで持っていた書類を差し出す。 覚えたての文字で書かれた表紙を眺め、それを受け取ったは、書かれている名に紙を捲る手を止めた。 だが、すぐさまレノの口から、それらが偽名だろうという事を伝えられ、は生返事を返しながら文字を目でなぞる。 読み出した名は覚えがある気もするが、埋もれた記憶の何処からも、その正体を見せはしなかった。 「・・・・・・・グンニグル・・・」 「気になるのか?」 「覚えがあるような気はしますが・・・」 「その次のページに、監視カメラから出した写真があるぞ、と」 言われて紙を捲ると、白黒でボヤけた写真が、紙の上下に2枚印刷されている。 廊下を歩く姿を映したものなのだろう。 その写真には、レノの後ろを歩く4人の男女の姿が、妙な靄と共に映し出されていた。 手前に映るレノには何も無いが、纏わり付くような靄はそれぞれ4人を包んでいる。 アンデット系の魔物かと一瞬思いはしたが、写真を見る限り4人の体が腐敗している様子も無い。 レノも何も言わない事を考えると、モンスターの類では無いのだろう。 この4人、呪われてでもいるのだろうか。 動画から切り取った写真であるため、顔が殆ど判別出来ない4人を眺めながら、は遠い昔に会った人々の顔を思い出そうとする。 だが、どれだけ昔かも分らないそれを容易に思い出す事が出来るはずもなく、小さな溜息を共に彼女は紙を捲った。 同じく印刷された写真は、別のカメラから撮ったものらしく、4人のうちの三人だけ大きく写されている。 その三人の真ん中、後ろから2番目に映っている人物に、はふと何か記憶に引っかかる気がして目を留めた。 長い髭を持つ長身の老人は、その年齢のわりに背筋を真っ直ぐに伸ばしている。 他の三名同様、この老人の周りにも靄がかかっており、容貌も相俟って心霊写真のようにも見えた。 まるで妖怪のようだと無礼千万な事を考えながら、は確かに覚えのあるその顔を眺めた。 喉元まで出始めた記憶を急かし、その先にある記憶を引き出そうとすると、脳裏に暗い森の景色が思い起こされる。 それが一体何処なのか、答えが出る前に記憶は霧散するが、森と老人という二つの事柄で、彼女の脳はようやく彼の正体を出した。 「森の仙人が・・・何故・・・」 「え?ラムウじゃないの?」 の口から出た予想外の答えに、レノは思わず言葉を漏らす。 それにちらりと目を向けたは、何事も無かったかのように言葉を直したが、口癖すら飛んでいるレノは目を丸くしていた。 「・・・・知ってるんじゃないですか・・・」 「・・・あ、いや、そうだけど・・・」 ラムウは森の仙人なのだろうか。 そう考えるレノを無視し、はもう一度写真を最初から眺めた。 だが、一人思い出せれば、後は芋蔓式にその正体がわかるだろうという希望とは裏腹に、映る人物達の顔は記憶から露ほども出てこない。 銀髪の女性だけは、その雰囲気と僅かな記憶からシヴァと分るが、他の二人の顔を見ても、なかなか思い出せないのだ。 グンニグルと名乗る男の正体は、大凡の見当がつく。 だが、鉄の仮面を被る騎士の素顔を見た事が無いために、確信にはなりえない。 そして、イストリーという男は、この面子の中で最も誰か分らない。 その名には何処か覚えがある気がしないでも無いが、所詮は古ぼけた記憶。 見当の『け』の字も思い当たらなかった。 「女は・・・恐らくシヴァだな。グンニグルという男はオーディーンのようだが・・・イストリーとやらは解りません」 「アンタの事、一番詳しかったのはコイツだ。アンタの親父とも知り合いらしいぞ、と」 「父上と?まさか・・・そんなはずありませんよ」 「どうしてだ?」 「この面子・・・召喚獣の中には、確かに私の父を知る方がいらっしゃいます。ですが、その方は半獣。この写真の方のように完全な人型ではありません」 「ほー」 本当に覚えが無さそうなの態度に、レノは少々予想外と、幾分か気の抜けた返事を返した。 てっきりイフリートとの答えが帰ってくると思ったが、彼の容姿は彼女の知るものではないらしい。 だが、面接時嫌と言うほど食らった熱風を思い出すと、がその姿の状態を知らないだけなのだろう。 どちらにしろ、彼らに心当たりがある事には変わらず、約束の日に出向かなければならないのは間違いない。 その後どうするのかは彼女次第だが、そのまま自分の世界に帰ると言われるのは、どうも良い気がしなかった。 かといって、この世界に留まると言うのも、召喚獣という特性を考えると納得出来ない。 「コイツら、何が目的なんだ?」 「さぁ・・・私は彼らではありませんから。何故今になって来るのかも、解りません」 「・・・俺がシヴァに教えた」 「え?」 「・・・・貴方が?」 「・・・・・・・ああ」 それまで黙って聞いていたセフィロスの一言に、二人は同時に振り向いた。 既に何の事を話しているのか解らなくなったらしいザックスは、一人雑誌を読んでいる。 軽い驚きの表情を見せたレノに、セフィロスはチラリと視線を向ける。 だが、次いでこちらを見たの、あからさまに機嫌の悪そうな目と声に、二人は驚き固まった。 それは多少機嫌が悪い程度で、二人にとっては怖くも何ともないが、そんななど彼らは見た事が無い。 それもそうだろう。これまで見てきた彼女は、喜び以外の感情は殆ど表に出さなかった。 負の感情を持つ事が無かったのか、あったとしても全く表に出さなかったのか。 八つ当たりのような気がしないでもないが、自分が何かしたとは思えず、さして気にする必要も無いだろうと、セフィロスはシヴァに会った時の事を話した。 がこの世界にいる事が、シヴァにとって予想外のようでもあったと伝えると、彼女は何も言わず考え込む。 先程の機嫌の悪さは無くなったようだが、昔馴染みとの再会を喜ぶような気配も無い。 だが、今その理由を聞いたとしても、まだ考えがまとまっていないらしい彼女が答えるようにも見えなかった。 彼女の気分が落ち着いた頃に聞けば良いと、セフィロスはレノと頷きあい、彼女の手から書類を引き抜いた。 「一週間後、コイツらとまた会う事になってるぞ、と。アンタも来るだろ?」 「・・・・はい」 「俺も行こう」 「俺も!」 「話聞いてたのか?」 「おう!」 読んでいた雑誌を閉じ、挙手するザックスに、レノは呆れたように言う。 自信満々に答えるザックスは、に向かってニッコリ微笑み、小さく笑い返した彼女に、更に笑みを深くした。 が、次の瞬間、何故か何時に無い程冷たい視線を向けるセフィロスに、ザックスは訳がわからないまま固まる。 「セフィロス・・・・・あの・・・・・何?」 「・・・・・・・」 何か悪い事をしてしまったのだろうかと、冷や汗をかきながら問うザックスに、セフィロスは何も言わず視線を外す。 それはザックスに対し嫉妬したのだろうと思うが、何故そんなものをするのか、彼自身明確な答えが見つけられなかった。 とはいえ、どうせという存在への、幼心に似た独占欲だろうと予想できる。 だが、その時はそれだけが理由ではなく、あからさまに態度の違うへの苛立ち。その八つ当たりも含まれていた。 「来週・・水曜日か。丁度ソルジャー試験の日だな」 「え・・・・あぁ!!」 ボソリと漏らしたセフィロスの言葉に、ザックスは暦を見て悲鳴を上げる。 持っていた雑誌をバサリと落とし、真っ青になった彼は、意地悪く口の端を吊り上げた英雄に目を留める。 妙に瞳を輝かせるザックスに、三人が怪訝な顔をしていると、彼は鞄の中から数冊のテキストを取り出した。 「セフィロス、俺・・・」 「断る」 「まだ何も言ってないだろ!?」 「大方勉強を見て欲しいのだろう?」 「さっすがセフィロス!解っていらっしゃ・・・」 「眠くなってきたな。、ベッドを貸してくれ」 「はい」 「病人からベッド奪うなよ。も了承するなって!」 「体調は良好らしい。問題無いだろう」 「では、私は散歩にでも行ってきます」 「つきあうぞ、と」 「え?俺一人?レノさん、セフィロスに代わって俺の勉強見てくれるとかいう優しさは・・・」 「4時になったら起せ」 「では、行ってきます。ザックス、頑張って下さいね」 「ちゃんと集中してオベンキョしろよ、と」 「ちょ、待・・俺来週の試験・・相当ヤバいんだけど・・・」 うろたえるザックスに激励の言葉を残し、とレノは病室を後にした。 よもや、眠りに入ったセフィロスを起すという真似を、彼が出来るはずも無い。 途方に暮れるザックスの気配を背中で感じながら、狸寝入りの英雄はニヤリとほくそ笑むのだった。 |
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何で・・・レノが悪役っぽく・・・・?あれ??(汗) 2007.02.03 Rika |
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