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よ、お前は今幾つになった?』
『7つになります、父上』

『そうだな。そして今日より誇り高きカルナックの兵の一人となった・・・。
 私が初めて剣を持ったのは、今のお前ぐらいの年だった。
 そして13でようやく、先代に兵となる事を許された』
『・・・・・』

『だがな、。私は女子であるお前に、歩き始めた頃より剣を持たせた事。
 書を教え、魔法を学ばせた事、後悔してはおらぬ』
『私は・・・生きる術を与えてくださった事、感謝しております』

『そうか・・・だが、いずれお前の道は、茨のものとなろう。
 大いなる力に阻まれる事があるやもしれん。それには、今のお前の力ではまだまだ足りぬ』
『・・・大いなる・・・力とは?』 

『時が来れば・・・いずれ解る事になろう。知らず生きられるならば、それでも良い』
『・・・・・』

『如何なる未来があろうとも、道が無くば切り開き、光が無ければ炎を灯せ。
 立ち止まる事があろうと、膝を着いてはならぬ。逃げる事も恥ではない。それもまた勇気だ』
『父上・・・?』

『だがよ、一つだけ忘れるな
 どんな時も、生きるという事を諦めてはならぬ』
『・・・・』

『それは絶望を誘い、希望を殺し、未来を闇に染めるだけでしかない。
 これより先、お前の道は更に険しいものとなろう。今の言葉、決して忘れるな』
『・・・はい・・・・父上』


私の返事に、父上は柔らかく微笑んだ。
けれど、父が珍しく笑った後は、必ず土砂降りの雨が降った。
大笑いしてた次の日には、洪水が起きたっけな・・・。






Illusion sand − 37










瞳に染みる光に目を細めると、茜の光が窓から差し込んでいた。
同じ色に変わった室内を見回すと、ベッドに突っ伏す黒髪が見える。

5と6の間を指す時計を眺め、体を起すと、は小さな吐き気を覚えた。
やはり来たかと思いながら、冷たい床に足をつき、冷蔵庫の上に乗せられた薬の篭から、医師に貰った胃薬を手に取る。
ツンとくる匂いに顔を顰め、ベッドへ戻ると、水差しの水と一緒にその粉末を喉に流し込んだ。

早速胃からこみ上げてくる独特の匂いに、逆に出てくる吐き気を堪え、さらに水を飲み込む。
コップ2杯の水を一気に胃に入れ、ようやく落ち着いた胃薬の吐き気に溜息を吐くと、残る胸やけに薬の空を握りつぶした。


「・・・・ルーファウスめ・・・・」


空を捨てようとしたゴミ箱の中は、休憩に眠る前まで食べていた菓子の空が山になっていた。
四六時中間食ばかりしているおかげか、幾らか肉のついた体に、は立ち上がり鏡を覗く。

顔色も良く、頬の骨も目立たなくなってきたようだが、そろそろこの生活も止めなければ体が重くなるだろう。
太らせるとレノ達は言っていたが、何も丸々させるつもりは無いのだから。

プラスチックのスプーンを握ったまま眠るザックスは、完全に寝入っているようで、まだ目覚める気配は無い。
話し相手も暇つぶしも無いそこに居るのも、時間が勿体無いように思えた。

水差しの脇にあるメモ用紙に、はサラサラと文字を綴り、眠るザックスの傍に置く。
床に落ちているブランケットを拾い、彼の背にかけると、は音を潜めて部屋を後にした。




包帯を巻いた患者や、器具を乗せた台車を押す看護士とすれ違いながら、は物珍しげに廊下を歩く。
病院特有の消毒の匂いは、何処の世界でも同じだと考えながら、彼女は階下へ向うエレベーターに乗った。

別段目的があって乗った訳ではなく、それはただの散歩だった。
適当に1階から見て回れば、何か興味をひくものでもあるだろうという、適当な考えだ。

部屋にレノが戻ってきた形跡が無かった事を考えると、もしかしたら下でバッタリ会うかもしれない。
そうなれば、強制的に部屋に戻され、また甘味類と戦う事になるのは明白だった。
とはいえ、そう偶然があるはずがないだろうと考えると、は開かれたエレベーターの扉から出る。

長い廊下は診察時間を終えた今でも人通りがあった。
各課の受付の前を、さして感心も無く眺め、売店の前を差し掛かったとき、の視界に赤い頭が映る。
棚の上にはみ出した赤毛の青年は、見慣れた黒いスーツを着て、レジで順番待ちをしていた。

こんなに早く見つかっては面白くないと、は素早く回れ右をすると、近くの細い廊下に入る。
そのまま振り返る事も無く、彼女は大体の勘でエレベーターとは間逆の方角へ向った。


その先は、総合受付とロビーしか無いが、そこまで行けばまだ残る人込みに紛れる事が出来るだろう。
と、その時、角を曲がったところで見えた女子トイレに、はこれ幸いと素早く駆け込んだ。

中にいた女性と一瞬目が合ったが、は別段気にする事も無く、適当に手を洗うとバサバサの髪を直す。
一度梳かしてから出てくれば良かったと考えながら、だが歩き回れば意味は無くなるかと考えていると、隣に居た女性と鏡越しに目が合った。

見事な金髪をアップにし、真っ赤なドレスを着た女性は、白で統一される病院では非常に浮いている。
高そうな装飾品をジャラジャラとつけてはいるが、センスが良いのかケバケバしさは感じられなかった。

よく目が合うと思いながら、はまた知らぬフリをして髪を直す。
それ程念入りに直す気も無かったのだが、前髪に出来た寝癖がなかなかなおらず、彼女はまた手を水に濡らした。

寝癖に集中しているフリをしながら、は先程の女性から向けられる視線に、内心首を傾げる。
ジュノンでの映像を見た人間だろうかと考えるが、わざわざ話しかけようという気も起きない。
こんな女性と知り合いになった覚えも無く、所詮好奇の視線だろうと、片付ける事にした。


「ねぇ・・・」
「?はい」


突然話しかけてきた女性に、は予想外だと思いながら、髪をいじる手を止めて振り返る。
何処か偉そうな雰囲気を出す彼女に、何処かのお偉いさんかお嬢さんかと考えていると、女性は不躾にも、まじまじとの顔を見てきた。


「アンタ、セフィロスが連れてきた女?」
「ええ、彼に保護していただいた者です」

「キャハハ!やっぱりね!!」
「貴方は?」

「あらゴメンなさい。私はスカーレット。神羅兵器開発部門の統括をしてるわ」
「そうでしたか。初めましてと申します。神羅の皆様には、大変お世話になっております」

「まあね。・・・ふーん・・・あのセフィロスも、なかなかイイ目してるじゃない」
「・・・と、申しますと?」

「でも、やっぱり男はダメね。全然ダメ。やっぱりアタシが一番よ!キャハハハハハ!!」
「・・・・・・」


何だろうこの小娘は・・・。

笑い声が非常に五月蝿いスカーレットに、は内心唖然としながら真顔で対応をする。
彼女の言っている言葉の意味が解らず、何が言いたいのだろうかと考えていると、スカーレットは突然の手を掴んだ。


「これから時間あるわね?」
「多少ではありますが・・・」

「呼び出されても気にする事無いわ。私が言えばタークスだって口出し出来ないわよ」
「そうですか。何をなさるので?」

「キャハハハハ!それは来てからのお楽しみよ。私も丁度仕事が終ったの。さ、行くわよ」
「は?行く?」

「キャハハハハ!!」
「・・・・」


世話になっている以上、神羅上層部に逆らえるはずも無く、は耳を押さえたいのを我慢しながらスカーレットに引き摺られていった。
すれ違う病院の職員が、院内では静かにと注意するが、スカーレットの笑い声は止まらない。
まるで笑い袋のようだと彼女を眺めながら、レノとザックスの呆れ顔が目に浮かぶようで、は知られぬように小さく溜息をついた。


ズンスン進むスカーレットは、が向おうとしていたロビーとは逆に向い、病院の裏口へと歩いていく。
まさか外に出るつもりかと考えるが、どうやらそのまさからしい。
自分はパジャマのままな上に、下着も着けていなければ、足は裸足で院内用のスリッパだ。
流石に外に行く格好では無いだろうと思ってはみるものの、スカーレットはそんなものどうでもいいらしい。

勢い良く裏のドアを開け、近くに止めていた真っ赤な車の前に連れて行かれると、スカーレットは助手席のドアを開ける。
流石に遠出は問題があるだろうと、がスカーレットを見ると、その後ろに天の助けを見つけた。


「セ、セフィロス!!」
「!?」
「セフィロスですってぇ?」


丁度タクシーから降りてきた彼は、思いもよらない方向から聞こえた声に、ハッと顔を上げる。
ド派手な車のお陰ですぐに見つけた二人の女性に、彼は驚くとすぐにこちらへ走ってきた。
彼の名に顔を顰めたスカーレットは、セフィロスに振り向くと、走る彼を鼻で笑う。


!」
「随分必死ねぇ・・・」


必死なのは、が一人になった時、何を仕出かすか解らないからです。

その上相手は、最も信用ならない神羅上層部その4・スカーレットである。
銀の髪を靡かせて走る彼には、スカーレットがを拉致しようとているように見えていた。

一方のは、セフィロスが来たのだから、後は何とかなるだろうと、既に気を抜き始めている。
スカーレットは、別段セフィロスの登場に驚くでもなく、何時に無く必死な彼を気の無い顔で眺めていた。

必死なのは、セフィロスだけである。



「スカーレット・・・彼女を何処に連れて行く気だ」
「殺気立たないでよ。ちょっと借りるだけじゃない」
「お久しぶりです、セフィロス」

「・・・・ああ」
「まぁいいわ。荷物持ちぐらいにはなるわね。さ、とっとと乗りなさい!」
「は?うわ!!」

!おい、どういう・・・」
「五月蝿いわね。アンタも乗るのよ!キャハハハハハ!!」


まともな会話などしないまま、スカーレットはを助手席に押し込める。
どういうつもりかと睨みつけるセフィロスも何のその。
スカーレットは耳につく笑い声を上げながら、彼をも後部座席に突っ込んだ。

訳が解らない二人を無視し、スカーレットは運転席に乗り込む。
素早くシートベルトを締めたかと思うと、彼女は2人を確認する事無くキーを回し、そのまま勢い良く車を発進させた。
ガクンと体を揺さぶられ、は慌ててシートベルトを締める。
後ろにいるセフィロスは、シートに頭をぶつけながら、シートベルトを探していた。

狭い駐車場の中を、危険な速度で縫っていくスカーレットは、料金所の手前でブレーキを踏み込む。
グンっと体が前に傾き、止まったシートベルトが胸部を圧迫した。
同時に、シートの後ろから何かがぶつかる衝撃を感じ、次いでセフィロスの小さな呻き声が聞こえる。


「セフィロス、大丈夫ですか?!」
「鼻を打った・・・」
「ソルジャーなんだからそれぐらい平気でしょ?キャハハハハハハ!!」

「・・・・・・」
「もっとゆっくり走れ・・・」
「これぐらい普通よ。嫌ならしっかりシートベルト着けるのね。キャハハハ」

「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「ホラ、もう出るわよ?」


窓を閉めながら言うスカーレットに、セフィロスは慌ててシートベルトを締めた。
一体何処に行くつもりなのかは知らないが、下手に脱出をしようものなら大怪我をする事は間違いない。
再び勢い良く道路へ飛び出した車に、二人は遠心力で揺さぶられ、咄嗟にシートベルトを掴む。


「あら?何よ混んでるじゃない」
「ラッシュ時間だからな」
「これは、ゆっくり行くしかなさそうですね」

「・・・チッ!いいわ。脇道抜けるわよ!!」


混雑しはじめた道に安心するのも束の間。
スカーレットはアクセルを踏み込むと同時にハンドルを大きく切り、すぐ傍の細い道に入った。



「キャハハハハハ!!邪魔よ!どきなさい!!」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

「もっと端歩きなさいよ!轢かれたいの!?」
「犯罪だ」
「・・・・・・・」


何時何処にぶつかってもおかしくない運転をするスカーレットに、は視界に入るもの全てに無言でプロテスをかける。
通行人や野良犬はともかく、物に効くかどうかはわからないが、それは気分の問題だった。

迂闊に口を開けば、下を噛む可能性があると、セフィロスは黙り始める。
狭い路地を、よく人や物に当たらずに走れるものだと感心しながら、明日の朝一番にこの女の暴挙を治安維持部門へ報告しようと心に決めた。
命の危険を感じないといえば嘘になるが、恐らくが何とかしてくれるだろうと、彼は平静を保つ。

彼の予想通り、は路地に入ってすぐさま自分達に保護魔法をかけていたが、そこに恐怖心は殆ど無い。
過去、船ごと海に沈んだり、隕石に乗って地面に激突した経験がある彼女にとって、この運転は可愛いものだった。
適応能力が秀でているのは確かだが、他にどうしようもないという開き直りもある。

仮に事故を起したとしても、原因であるスカーレットはさておき、自分は死なない以上セフィロスの身は守れる。
他の第三者に被害を与える事があったとしても、それはスカーレットの自業自得だろうと考えた。



そう考えている間に、車は路地の先にあった駐車場の中に滑り込んだ。
耳が痛くなるようなブレーキの音と、白い煙を上げながら、車は遠心力に揺さぶられる。
またも大きな衝撃を受けたかと思うと、車はそのまま止まり、綺麗に駐車線の中に納まった。


「さぁ着いたわ。裏口だけど、まぁいいでしょ。キャハハハハ!」
「キャハハじゃないだろう」
「相当危険な行為だと思いますが・・・」

「細かい事気にしてんじゃないわよ。楽しかったじゃない!キャハハハハハハ!!」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」


この子には言っても無駄なのだろう。

頭を抱えたくなる気持ちを抑え、二人は言われるままに車を降りる。
何処かのビルの裏側にある駐車場から、揚々と建物の中に入るスカーレットに、はセフィロスを見上げた。


「あの娘は、いつもあんな感じなのですか?」
「見るときは大体ああだ」

「・・・・・苦労してますね」
「奴の部下は特にな。ところで、何故奴と一緒にいた?」

「院内を歩いていたところ、声をかけられたのです。
 貴方に保護していただいた者だと知った途端、そのまま引き摺られてしまい・・・」
「・・・・・・・・・スカーレットが、病院に何の用だったんだ?」


失礼とは思うが、彼女が誰かの見舞いに来るような人間には思えず、その上今日は平日だ。
しかも、面会時間も終る夕暮れ近くに、何故スカーレットが病院にいるのか、セフィロスには引っかかった。

彼女の体を調べた結果が有り得ない数値の羅列という、レノの報告を聞いたせいで、神経過敏になっているのかもしれない。
検査結果の詳細は、既に処分させてあると言うのだから、これほど早く情報が行く事は無いだろう。

ただ、これは神羅内での情報操作ではなく、病院という全く別の場所での作業だ。
幾ら神羅系列であるとはいえ、物には限度がある事は、最初から解っていた。
誤魔化しのための、器具の故障という話も、いい加減限界だ。


疑問の混じる目で見上げてくるも、何でもない顔をしながら、セフィロスの言葉に、僅かではあるがその意思を察したようだった。
表情を変えないまま、だが明らかに思考の方向を変えた彼女は、視線を前に向けると傍らの彼にのみ聞こえる程の声量で話はじめる。


「詳しくは聞いていません。ですが彼女は『丁度仕事は終った』と言ってはいました。
 口ぶりから察する限り、院内に用があったのは確かかと」
「・・・・・奴は兵器開発部だ。間違っても医療関係とは無縁だろう」

「・・・雑務をする身分でも・・・」
「無い」

「でしょうね・・・。気になりますか?」
「多少な。考えすぎかもしれんが・・・」


「ちょっと、何モタモタしてるのよ!」


建物の裏口を開けてキャキャン叫ぶスカーレットに、二人は顔を見合わせると、仕方ないと言いたげに肩をすくめた。











スカーレットに連れてこられた建物。
裏口から入ると、スーツ姿の若い女性が出迎え、三人はそのまま中に案内された。
入ってみれば、そこは女性物の服を置いているらしく、若い女性客の姿がちらほらと見える。
慣れたように店内を見回すスカーレットに、『荷物もち』と言った彼女の言葉を思い出し、二人は顔を見合わせた。


「・・・雑用ですか」
「らしいな。何故俺達が・・・」

「お互い、目立ってますね」
「ああ」


スタッフルームから出てきた三人。
特にセフィロスの姿に、店に居た客は驚き、顔を赤くしながら視線を送っていた。
同時に、彼の傍らに居るにも、好奇の視線をチラチラと向ける。
居づらい事この上ない。

パジャマとスリッパのせいで注目度倍増のは、明らかに場に合わない自分の格好に、とりあえずセフィロスの後ろに隠れようとする。
が、一歩下がろうとしたの体は、何枚ものドレスを手にしたスカーレットに引き摺られ、あっという間に試着室の中に放り込まれた。

同時に入ったスカーレットに、パジャマを剥ぎ取られ、下着が無いと怒鳴られ。
メジャーを手に笑顔で中に入ってきた店員に、体中のサイズを測られたかと思うと、抱えるほどに差し出された下着をつけられていく。



「ひぎゃ!ちょ、何処を触ってギョハッ!」
「もう、黙って着けなさい!」
「お客様、こちらもお似合いですわ」

「ぐあわっ!ひぃ!セ、セ、セフィロス〜〜!タスケテェェェェ!!」
「うっさいわねぇ!!」
「今度はこちらの色はどうでしょう?新作ですよ」



類を見ない事態に、は悲鳴を上げてセフィロスに助けを求めるが、彼が助けにいけるはずも無い。
服の試着であれば、声をかける事ぐらいはしてやるが、下着を着けているとなると、それも気が引けた。

騒ぐ事十数分。
ようやく開けられたカーテンから出てきたは、淡いピンク色のドレスを纏いながら、傷物になったような顔をしていた。
その後休む間もなく、はスカーレットに差し出された服を試着し続け、今に至る。

体力がある分疲れてはいないが、完全に着せ替え人形にされるの目は、死んだ魚のそれになりつつあった。




「キャハハ!やっぱりアタシが選んだ服のほうが似合うわね!次はコレよ!」
「まだ着るんですか?」
「もう10着以上試着しているだろう」

「まだまだ序の口よ。キャハハハハ!!」
「序・・・あまりやりすぎては店の方に迷惑になりますよ」
「・・・・・・・・・・」

「平気よぉ。いつもの事だもの!キャハハハハ!!」
「「・・・・」」


つまりスカーレットはいつも店に迷惑をかけているのかと、セフィロスは出されたコーヒーを啜った。
彼女達はそれなりに楽しいのかもしれないが、男一人放置されているセフィロスは、女物しかない店内では何もする事が無い。
荷物もちと言われても、まだ買い物も何もしていないのだから持つものがある訳でも無し。


見かねた店員が椅子を出してくれたが、レジの近くに置かれたせいか、会計をする客が来る度に熱い視線を向けられていた。
睨まれるのも困るものだが、こういう視線もまた困る。
だからと言って見ず知らずの人間に話しかける気が起きるはずもなく、セフィロスはひたすら気付かないフリをして試着室を眺めていた。

何だかんだと退屈せずにいるのは、カーテンを開ける度に生気が失せていくの様子が面白いからだろう。
意地の悪い事だと思うが、楽しいものは仕方が無い。

気のせいでなければ、先程から随分店に入ってくる女性が増え、それに比例し向けられる視線も増えている。
目立つ場所にいるとこれだから面倒だと、未だ自分を此処に縛り付けるスカーレットの背中に、セフィロスは小さく息を吐いた。


「まぁ、確かにそろそろ時間が無くなってきたわね」
「ええ。それに、店も忙しくなってきたようですよ」

「そうね。まだ行きたい所はあるし。キャハハ!」
「・・・・・・・」



散々騒いでおきながら、まだこの子は何処かに行くつもりなのだろうか。
元気の良い事だと、は内心呆れつつ、彼女の言葉に眉を動かしたセフィロスを見た。

無表情だが、嫌だというオーラを出す彼に、もスカーレットの運転を思い出す。
またあれに乗るのかと思うと、かなり気が引けるが、おそらく彼女は出発時同様力ずくで自分達を連れて行くだろう。
今後の行動の主導権を握るスカーレットは、に試着させた服のうち半分を店員に渡し、支払いをしていた。

彼女が何を考えているのかはわからないが、出あって間もない人間に、衣服を買ってもらうのは流石にどうか。
しかも、この店にある物自体、相場より数割高い値札が下がっている上、スカーレットが買おうとしている中にはドレスも入っている。
何時何処で着ろと言うのか。


「スカーレット、そのドレスは・・・?」
「キャハハハハ!気にすんじゃないわよ!!
 あ、その服そのまま着てくから、タグ取って頂戴。靴の方もね」
「かしこまりました」

「ですが・・・」
「遠慮してんじゃないわよ!どうせただの気まぐれよ!!キャハハハ!!」

「しかし・・・」
「うるさいわねぇ。いいのよ、金なんかあまってるもの!キャハハハハハハ!」

「はぁ・・・」



やっぱりこの子は色々と言葉が通じない。

止めたところでどうせ聞きはしないだろうと、早くもスカーレットの性格を把握したは、一応セフィロスを見る。
助言があるなら聞きたいところだったが、どうやら彼もお手上げらしく、微かに眉を動かしながらスカーレットに視線を向けた。

ルーファウスが使っていたものと似た、金色のカードを財布に仕舞ったスカーレットは、を見て満足そうに笑う。
完全にお人形状態のも、店員に着ている服の値札を切られながら、引き攣った笑みを返した。

視界の隅では、早速店員から紙袋を受け取ったセフィロスが溜息をついてスカーレットを見る。
恐らくまだまだ荷物は増えるのだろうが、そもそもの所を考えてみると、何故自分達は彼女の買い物に付き合っているのだろう。
そして何故は服を買われ下着を買われ玩具にされているのか。

所詮スカーレットの気まぐれという事か、全くもって思考の方向が特殊な女性である。
金持ちだからとも、女だからとも説明しがたい行動は、やはり彼女の個性なのだろう。
あの運転さえ無ければ良い人と思えただろうが、残念な事にその数分間が彼女の性格を大きく物語ってしまった。
垣間見えた人間性に、これらの行動をどう咎める気が起きなくなってしまったのは、仕方が無い事なのかもしれない。

実際、とんずらする事も可能だが、それは相当な無礼に当たる。
持て成してくれる人に対しての礼、女性に対する礼、世話になっている団体(神羅)の幹部に対する礼、他人に対する基本的な礼。

あの運転で、既にそれらに目を瞑るだけの非礼は働かれている気もするが、スカーレット自身に自覚が無いのだから差し引きは出来ない。



既に暗くなった店の外を眺め、今頃自分を探しているだろうレノとザックスに、は心の中で頭を下げた。
連絡する術が無い以上、スカーレットが早く自分達を解放してくれるのを待つしか無いが、この様子では相当時間がかるだろう。

外出許可すら貰っていないとうのに、何も言わず、しかも夜に居なくなったのだ。
怒る二人の顔が目に浮かぶようで、は人知れず大きな溜息をついた。



「さ、次行くわよ!!キャハハハハハ!!」
「はい・・・・」


含む所もあるだろうに、何だかんだと言葉を挟みかけながら、結局はスカーレットに付き合っている。
押しに弱いのか、執着する理由が無いのか。
恐らく両方だろうと思いながら、セフィロスは紙袋を両手に、店の裏口へ向った。

前を行く二人を眺めながら、よく耳を押さえないものだと、穏やかな雰囲気を崩さないに、彼は感嘆を覚える。
だがセフィロスは、彼女が浮かべる自然な笑顔に、以前目にしたそれとの違和感を覚えた。
それは、彼女の笑みが作り物であるが故と、すぐさま答えを導き出す。
同時に、の表情の微々たる違いを見つけ、早速確信と苦笑いに変わった。

細めた目の開き具合、緩められる眉の僅かな力み、口の端の上がり方、纏っている空気の微かな緊張感と、彼女自身の気配。
後半はさておき、前半の違いに、何故そこまで見ているのだと、彼は自嘲の笑みを飲み込む。

きっと、彼女が向けてくれた本当の微笑が、自分が思っていた以上に心地よかったせいかもしれない。
だが、思い起すそれは、穏やかなものや食えないもの、明るいものや挑発染みたものと、あまりに多種多様すぎた。
それだけ多くの表情を覚えている事も驚きだが、それは多分に興味があるせいだろうと結論は出る。

見ていて飽きないのだから、それだけ観察してもいるだろう。
故に、その微々たる変化で、自分はの嘘と誠を知れるようになったのかもしれない。


しかし、常よりは随分身構えていると、セフィロスは隙の無い背中を見ながら考えた。
癖だと本人は言っていたが、しかし油断が全く無い。

共に居るのが神羅上層部だからという事もあるのだろうか。
セフィロスが手にする紙袋の音にさえ、僅かに神経を向ける彼女に、よく続くものだとセフィロスは呆れすら感じた。




一旦車に荷物を乗せ、近くの店に行くからと歩き始めたスカーレットは、やはりを傍に置く。
相当気に入られたのだろうと考えると、納得と共に同情する所だが、セフィロスはこのスカーレットの気まぐれが、どうも引っかかった。

この行動も、スカーレットの性格を考えれば否定出来なくも無いのだが、胸の内の何処かに妙な不安がある。
それが予感というものなのか、考えすぎなのか、彼には判断しかねるものだった。



「ところで、スカーレット。貴方は兵器開発部だそうですが、病院でも兵器を?」
「ハァ!?やっだ、そんな訳ないじゃない!何で病院で兵器が必要なのよ!キャハハハハ!!」

「では・・・?」
「年に一度、神羅から病院に寄付を出すのよ。その寄贈式典に出てたの。
 いつもなら社長や市長が行くんだけど、今回に限ってどいつもこいつも外せないらしくてね。
 私にお鉢が回ってきたってわけ。マスコミも来るから、嫌でも上層部が出なくちゃならないのよ」

「そうだったのですか。お疲れさまです」
「ホントよ。面倒臭いだけの事に、わざわざアタシの時間を使わないで欲しいわ」


そんな事をしていたのか、と、セフィロスは二人の会話を聞きながら考えていた。
確かにそれならば、スカーレットが病院にいた十分な理由になる。
そもそも、病院への寄付は、時期こそ違えど毎年行われており、別段怪しむようなものではなかった。

社長が多忙なのはいつもの事で、副社長のルーファウスもミッドガルに居ながら過密なスケジュールを強いられていると聞く。
市長と都市開発部長は、今日本社に顔を出したとき廊下を走り回っている姿を見た。
ハイデッカーは、報告書を持っていったとき、ジュノンの基地に出張だと彼の秘書に聞いた。
宝条は、寄付を持って行ったまま入院させられるか、まっすぐ棺桶に入れられるか、下手をすれば、病人を実験体に拉致しそうな気さえする。

そこでスカーレットに仕事が回されるのは、当然といえば当然だが、別に部下に回しても良かっただろう。
兵器開発部などという、病院とは対極にある部署に寄付を届けさせるなど、言い出した人物などすぐに想像はつく。
もっとも病院の世話になっているだろう治安維持部門が、そんな無礼を働くなど・・・・。
とはいえ、そちらの統括様に、その部下が逆らったところで、殴られるのは目に見えているのだから、言えるはずも無いだろう。
それについて指摘し、秘密裏に代役を作らないのも、如何なものかと思うが、その代役が許されない程高額な寄付なのか・・・。


「さぁ、次はこの店に入るわよ!キャハハハ!!」



何時になったらを病院に帰せるのか。
意気揚々と店のドアを開けるスカーレットと、従順にそれについていくの背中を見ながら、セフィロスは星の無い天を仰いだ。







3時間後、二人は漸くスカーレットに解放され病院へ戻る事が出来た。
両手に大量の紙袋を提げて戻ってきたと、何故か一緒に居たセフィロスに、を探していたレノとザックスは数十秒固まる。
突然居なくなったのだから、彼らの焦りは相当だったのだろう。
憔悴しきったレノとザックスは、まるで死霊のように生気の失せた顔で、恨みがまし気に二人を見てくる。

何度も溜息を吐き、ボソボソと慰め合っていた彼らだったが、生憎スカーレットの笑い声で耳がおかしくなっているとセフィロスには、何を言っているのかさっぱり分っていなかった。


2006.12.26 Rika
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