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深く
暗く
眩しく
遠い

夢を切り離し導かれた場所は
私に何を求める?




Illusion sand − 31






意識を沈め、思いを遠く深い場所へ向ける。
夜の闇の中ベッドに横たわったは、クリスタルを握り締め、黄昏の頃着きかけた場所へ再び向った。

夢の続きを見るように、一瞬で白に変わった世界を行けば、先程は見られなかった霧のような闇が行く手を阻んだ。
意識を形にしないままでは通れないそれに、は仕方無しに心を肉体に模る。

黒く禍々しさの伺える霧を振り払うべく腕を伸ばすが、黒い霧は彼女の体が触れた途端、弾けるようにそれを避けた。
首を傾げる間にも、漂う霧は彼女を恐れるかのように蠢くと、人のような魔物のような姿を模り、そのまま何処かへ逃げ去っていく。


『何だ?』


再び白に包まれた世界に、霧が消えていった方を見ながらは小さく呟く。
だが、それと代わり現われたような青緑の流れが、1度目の接触の時のように彼女の腕を捕らえた。


『急かすな』


触れた腕から、喜びのような感情が伺え、彼女は苦笑いを浮かべながら、絡みつく流れを解く。

期待に答え、そのまま進もうかと考えるが、行く先にある力は此処より遥かに強事を漠然と感じ、はその足を止めた。
進む事は可能だが、恐らくすぐにこの半精神体では限界を感じ事になるだろう。



『裏切るなよ?』



足元で回る流れを見下ろし、裏のない導きの力に、は軽く口の端を上げながら告げると、肉体に残した精神の半体を此処へと寄せた。
万が一の場合のリスクは相当嵩むが、そう何度も無駄足を運ぶ訳にはいかない。
戻るまで、肉体は意識の無い状態になるが、一夜だけならば問題は無いと判断した。

体を包み始めた力の流れに、彼女は身を任せるように目を伏せる。
引き寄せられる感覚に体の力を抜けば、意識は流れに導かれるまま白の世界を流されていった。






上も下も、右も左も解らない。
方向感覚どころか時間の感覚さえ無くなりそうな中、通り過ぎていく膜のような壁は、半精神体で超えられなかっただろう。
仮に超えられたとしても、近づくにつれ増していく心地よい光に、意識は溶けて霧散してしまうかもしれない。

自分で進むより何倍も早く進む先には、この世界の力の根本ともいえる場所が、すぐそこまで近づいている。
穏やかになっていく流れに、存外早く着いたものだと感じながら、地と思える場所に足を着く。
白で囲まれる中、ゆっくりと足を踏み出すと、薄い膜を取りすぎるような感覚がした。

これが最後の扉だと、漠然と感じながら進むと、やがて景色は白から黒に変わった。

先程の霧とは違う、穏やかな闇が目の前に広がる。
その中で、淡く輝く白い光に、それが自分を導いたこの世界の力の元なのだと感じた。


『来てやったが?』






ずっと見続けていたいと思わせる光は、遠い故郷に溢れていた力に似ている。
風と、水と、炎と、土と。
4つのクリスタルを一つにしたなら、こんな感じだろうか。
世界は違えど、作り上げ支える力は似ているものだと考えながら、は身の丈程の光を眺めた。






『おい・・・・』




『・・・・・・・用があるんじゃないのか?』






『・・・・・・・・・』





一向に反応の無い光に、は小さく溜息を吐きながら言葉をかける。
首をかしげ、腕を組みながら怪訝な顔をする彼女にも、光は何を返すでもなくただそこにあるだけだった。




『用は無いのか?』




『・・・・・・・・・・・・・どうなんだ?』




何のつもりか、ここまで連れてきておきながら、相手は何の反応も無い。
単に自分に会いたいだけだったのか、それともただの気まぐれか。
どちらにしろ、用が無いならば長居する必要は無いと、は無駄にした時間に大きく溜息を吐いた。


『帰らせてもらう』


そう言ってもまだ反応も返さない光に、彼女は意味が解らないと思いながら、組んでいた腕を解く。

だが、いざ帰ろうと踵を反した瞬間、人の手のような感触が彼女の首を押さえつけた。


『ぐっ』


呼吸を止めるでもなく、だが苦しめるには十分な力に、はくぐもった声を漏らす。
精神体である今、首を絞められても肉体の呼吸が止まる事は無いが、ダメージは十分に受けるのだ。
今この状態で死を迎えたなら、良くて肉体の崩壊、悪くて一生眠り続ける事になる。

反射的に捕らえようと伸ばした手に、布のような感触が触れ、はそれを掴む。
捕らえたそれは男の腕のようであり、顔をしかめた彼女が一度瞬きをすると、次の瞬間目の前には遠い記憶の底にいた男の顔があった。



『・・お前・・・は・・・』
「俺はタダじゃ殺されない。覚えておけ」



いつの間にか変わった風景は、記憶の彼方にある祖国の城内だった。

薄暗い石畳の廊下を、所々灯された松明が照らし、冷たい空気が肌の上を滑る。
立ち込めるカビ臭さに、地下牢へ続く場所かと考えたところで、それに重なる記憶を思い出した。
同時に、この世界の目的云々を別とした苛立ちがこみ上げる。


憎悪と恐怖が混じる瞳は、きつくを睨みつけるが、遠い記憶の空にある彼の名を思い出す事は出来なかった。
ただ、一昨日の夢のせいか、唯一思い起こせた彼の家名に、彼もまた自分が殺したうちの一人である事を思い出す。


「今日よりこのクラウスがアレクサー家の当主となった。下賎の血が継ぐ家など、俺が・・我がアレクサー家が叩き潰してやる」

−この後1年もせず、私に殺されただろうが−


「何がクリスタルの波動だ。誰もそんなもの感じはしない。お前の気がふれているだけだろうが!」

−そんなもの、私だって解らん−


「狂ったメス豚が・・・。俺も・・兄上も、父上も、女王陛下さえ頂けなかった、炎のクリスタルの加護を受けるなど・・・。その上、タイクーンの風のクリスタルまで、お前を前に光輝いたなど・・・。そんなもの俺は絶対に信じない。絶対に許さない!!」

−ただの僻みだろ−


「覚えておけ!お前も・・・お前の父親のように、我がアレクサー家が斬首台に送ってやる!!」

−その警告が挑発になったなんて、知りもしないんだろうな−


朧な記憶に見えた過去のように、男は首を絞めていた手を離そうとする。
が、繰り返す情景と、この光景を作る者の意図を振り払うように、彼女は首を男の腕を乱暴に払った。
瞬間、視界は再び変わり、記憶には無い別の場所へと変わる。








冷えた空気とかび臭さは変わらないが、薄暗いそこは人工の洞窟のようで、足元を照らす光も無かった。
微かに感じた風は冷たく、閉鎖されている訳では無さそうだが、人の気配があるようでもない。


『何なんだ・・・?』


今の事で、完全に機嫌が悪くなったは、大きく舌打ちをすると見知らぬ地下道を歩いた。
溜まった埃の上には、つい最近人が歩いた形跡がある。

他に何かあるわけでもなく、そのまま黙っていても埒が明かないと、は仕方なくその足跡を追う事にした。
幾つか大きさの違う足跡は、大きさから考えて大人の男性のものだろう。
所々駆けるような足跡の主とは違い、には靴跡も僅かな足音さえ無かった。


全くもって理解出来ないこの世界の意思に、は考えを廻らせるのも億劫になってきた。
何か得られるならそれでよし。
何もなければそれまで。
歩きながら、諦めで腹をくくっていると、辿っていた足跡は一つの扉の前で止まっていた。



薄く開いたそこからは僅かだが光が漏れ、床板の上を歩く音がする。
全く記憶に無い場所だが、とりあえず誰かが居る事は確かだろうと、は木製の扉を開いた。

相当年季の入った扉は、足音や足跡に同じく、音も立てず無く開くと、彼女が空ける前と同じ隙間を作り戻る。
それを横目で眺め、顔を上げた彼女の前には、天井から下がった電灯に照らされた部屋があった。



例の如く放置され月日が経っているらしい室内には、大きな寝台と人一人入れるような硝子の筒が2つある。
その下にある装置からは色のついたロープのようなものが伸び、床の上に転がっていた。
何かの装置のようだが、知りえる文明の違うには解らないものだ。


その反対。
寝台を挟んだ向かいにある壁には、埃を被った本棚が並び、最近取り出したらしい場所だけ綺麗に木目が見える。
読み終えたらしい本は元の場所に戻されたわけでもなく、床に積み上げられていた。



何に関するものなのか、開いたままの本の文面や重なる本の背表紙を眺めて見るが、綴られた文字は理解できない。
表紙の下に書かれた神羅カンパニーの文字が、辛うじて解る程度だった。

何か解る文字はないかと、は本を手にとろうとする。
だが、重ねられた本はまるで本ごと床やその下の地面とくっついているように離れなかった。
首を傾げながら、開かれた本のページを捲ろうとするが、それすら同じように全く動かない。
試しに軽く蹴り飛ばしてみるが、本が散らばる事も、蹴った音が響く事も無く、の足に小さな痛みが生まれただけだった。


『つま先で蹴らなくて正解だな・・・』


そしたら涙を浮かべて足を押さえる所だったと、妙な安心をすると、は視線を誰かの足跡に戻した。
通路の先から聞こえる足音は止まず、時折何かを呟くような声が聞こえる。
その声に、何処か覚えがある気がして、彼女は人がいるらしい方へ足を進めた。


・・・」


呼ばれた名と、その声に、彼女は書棚の前で天を仰ぐ背中を見つけ立ち尽くす。
薄暗く汚れた空気に満ちた部屋の中、長く伸びた彼の銀髪が電灯の光を映していた。
覇気の無い背中は酷く小さく見え、彼を包む悲しみと絶望が、精神体である彼女に直に伝わってくる。

触れてさえいないのに、胸をえぐり喉を絞めるような苦しみは、血と共に体を廻り内側から引き裂くようだ。
指先から足の先まで支配するそれは、重圧と共に体にのしかかった。


そこには居ない誰かを渇望し、言葉で、心で呼ばなければ耐えられない、死すら温いと思えてしまう感覚。
まるで同じ感覚を知る心が思い起こすその正体は、狭間で生きていた自分を常に苦しめていた孤独だった。

全てを投げ出し、諦め、塵すら残らないまで消えてしまいたいという願い。
初めから何も、自分の存在も、生きていた日々も、最初から無かったかほうが幸せだったと、叫ぶ事すら諦めへ変わる絶望。


思い起こす苦痛に、胸を押さえる事も出来ない彼女の前に、今は走り出せる砂漠は無い。
狂ってしまえるならばそれで良いと、足を取る砂の上を歩いた先で見つけてくれた彼が今、あの時の自分のように立ち尽くしている。


進み行く道も、逃げ道も無いこの場所で、耐えられるはずがない。


彼の感情の影響を受け、その感情の大きさに精神体が不安定になる。
誰もが目を背け、逃げ出したくなるような苦さの中、は影すら作らない自分の体に鞭を打つように、彼の元へ歩いた。



別人のように小さく見える彼の背中は、震える事すら出来ないまま、小さな電灯が下がる天井を見上げていた。
いたる所に積み重ねられた本は部屋を覆うようで、それを成した彼は、ともすれば無機物に溶け込むように生気が無い。

近づくにつれ増していく痛みと苦しさに、彼女はたまらず顔を顰める。
ゆっくりと机に腰を下ろした彼の手から、手にしていた本がズルリと滑り、静寂の中大きな音を立てて床に落ちた。


・・・・」


搾り出すような声は、胸の内から零れた悲鳴のように、空気を震わせる。
名を呼ばれると同時に、伝わった彼の感情は、彼女の胸に刃を突き刺さすような痛みを与えた。

触れたら血を吐くだろうかと、汗も出ない精神体で考えながら、はゆっくり彼との距離を縮める。
黒いコートは埃に汚れ、青白い顔は人形のように何の感情も見えない。
だが、虚空を見つめる青緑色の瞳には、僅かな希望が、最後の願いのように小さく揺らめいていた。



「どうしてこんな時、傍に居てくれない?」

『セフィロス』



天を仰いだまま呟き続ける彼の瞳には、目の前に居るの姿は映っていなかった。
空虚な瞳は、照らす電灯の灯りを反射しながら、見る間に光を無くしていく。



「お前が居たら・・・耐えられるか?」

『セフィロス、どうしたんです?』


残っていた希望の、僅かな燻りさえ消えていく彼に、の声は届いていないのだろう。
薄汚れた天井は高く、彼の小さな声さえ静寂の中は大きく反響する。
言葉を返す彼女の声は、音となりながら別世界のもののように、この場所に響く事は無かった。



「何処にいるんだ・・・?」

『セフィロス』



どんどん増していく感情の苦痛は止む気配も無く、だがそれも持ち主であるセフィロスのそれには及ばない。
どれ程抱え込むつもりか、逃げる事すら出来ないのか。

精神体である今、これほどの感情を出す彼に触れる事は、相当のリスクがある。
だが、だからと言って何もせずに見ている事が出来るはずもなく、そんな事も許せず、はそっと彼の頬に触れた。


『っ・・・!』


案の定、セフィロスに触れた途端、その感情が一気に体に流れ込んでくる。
血を吐く事も、魔法で癒す事も出来ない痛みと苦しみが全身を包み、は奥歯を強く噛んだ。
不安定になる体は震え、気を抜けば崩れていきそうになるのを堪えながら、自分の存在を知らない彼の頬を彼女は両手で包む。

幾ら心の強い人間でも、こんなものに悲鳴も上げず耐えられるはずがない。
肉体への痛みではなく、心へのそれならば尚の事。
それでなくとも、セフィロスの心には、僅かとはいえ危機感を覚える脆さがある。

壊れてしまうのも、時間の問題だった。




「何処へ行けばお前に会えるんだ・・・?」




『私は此処に居ます。セフィロス、貴方の傍に、貴方が望むならずっと共に』




・・・・」





喉を切り裂くような痛みと、心臓を刃でえぐるような痛み。
目の前にいる自分を映さず、ただ遠い追憶を眺めるセフィロスが名を呼ぶ度に、呼吸すら止まりそうな息苦しさが増していった。
砂粒ほども届かない自分の声と、受け入れる感情に耐える事しか出来ない自分に歯がゆさを感じる。

何故彼に自分が見えないのか。
それは自身が精神体であるからではなく、これが遠い未来の事だからなのだろうと、伸びた彼の髪と語る言葉から漠然と理解した。
だが、綻び始めた心で自分を呼ぶ彼を、届く事は無いと切り捨てるなど、出来るはずも無い。

名を呼ぶ事で、僅かでもその心を保つだけの存在になれるなら、十分大きな事と言えるだろう。
だが、肝心な時、今ここで何も出来ないのでは、それは意味の無い事だった。
ともすれば、喉を震わせ呼ぶ声にも答えてくれない自分の存在など、更に苦しみを増すだけだ。


手を伸ばし、温かな頬に触れ、流れ来る苦しみを得ても、それを拭い去る事も出来ない。
どうか、ほんの一欠けでもこの声が届いて欲しいと、成す術を持たない彼女は願いを込めるように彼の体を包んだ。

薄汚れた肩口に顔を埋めながら、綻び始めたの体は、触れても流れる事無い銀髪をすり抜ける。
腕の中の暖かさと、心音と共に伝わってくる感情は、包まれる腕など知る事無く、ただ痛みだけを伝えた。


綴る言葉は、ともすれば愛の囁きとも受け取れるかもしれない。
だが、今は言葉など心を伝えられればそれでよく、感情など後からいくらでも考えられる。

“誰かを助ける事に理由など必要無い”

だからこの手を差し伸べ、この苦しみから救いたいと願うのだ。
初めて会った日にそう教えてくれた仲間のように、セフィロスもまた捨て置く事の出来る状況で、理由無く自分を救ってくれた。




『貴方が私を見つけ、救ってくれたように、私が貴方の心を守ります』


「俺は・・・・」



『貴方をその苦しみから救ってみせる。私が貴方の心を守る。だから・・・』



「・・・・・・・・・一人か?」



『貴方が泣く事は無い』







きつく抱きしめる腕も、吐き出した声も、埃の舞う部屋の中で静寂に溶けていく。


一度揺れ、小さく消えてゆく蝋燭の炎のように、薄れていく苦しさに、は期待と、僅かな恐れを抱いた。
嵐の夜の海のように、荒れていた彼の心は急激に静まり、風の無い泉の上に浮かぶ月の静謐へ変わる。


この声が届いたのか、それとも、最悪の形となったのか。
掠めた疑問は、垣間見えた燻りの炎が、すぐさま答えを出した。


静かな海に立ち込めた霧のような感覚が、痛みにひび割れた心を埋めるように体中を廻る。
だが、それは穏やかなものではなく、遠く忘れ去っていた過去、血を求めた自分の心を染めていた感情によく似ていた。



『セフィロス・・・・?』



砕け、壊れた心の断片は、憎悪で塗り固められ歪に模られていく。
静かに立ち上がったセフィロスは、その身を包んでいた彼女の体をすり抜け、先の見えない闇の中漂うように歩き始めた。


止めなければと開きかけたの口も、届かない声では意味も無く、例え彼の耳に届いたとしてもその足を止めるには至らないだろう。
深い悲しみの中では誰の言葉も届かず、身の内で踊る憎しみの中にあっては誰の温もりも光も見えはしない。
その先には何も無く、何も残りはしないと知りながら、そうあらなければ心は耐えられない事も知っている。

だが、このままセフィロスを行かせて、彼を救える訳が無い。
何も出来ないまま、ただ見ていることしか出来ないなど、耐えられなかった。


憎む先が己であったなら、幾らでも受けてみせよう。
だが、繋ぎとめた最後の糸が断たれる時、名を呼ぶ声にも、心にも、憎しみは無かった。


それはまるで、命の灯火が消える瞬間に捧げる願いのようで、だからこそ、この手で救えるのなら血を吐いてでも手を伸ばそうと思える。


静かに歩く彼は、書棚に立てかけた刀に手を伸ばす。
薄れた痛みに変わり、胸の内から指先まで塗り替えるのは、闇夜のように深い憎しみだった。


誰を斬るのか、何を成し遂げようとするのか。


光の消えた瞳で刃を手にする彼に、未だ綻んだままの体では手を伸ばした。
触れることも出来なくなった精神体で、止められるはずが無いと知りながら、悪足掻きでもかまわないと思う。


『セフィロス!!』



「・・・・・・・」



叫ぶの声に、歩みかけたセフィロスの足が止まった。
精神体で叫ぶ声が、何時の未来かに生きる彼に届くはずはない。
だが、背を向けていたセフィロスは、ゆっくりと振り返り、彼女がいる方向へ視線を向けていた。



『セフィロス・・・』


「・・・・・」


『行くな』



この声が、届いているのだろうか。

振り向いた彼は、微かに視線を彷徨わせ、やがてとは少し離れた場所を眺めると、ゆっくりと微笑んだ。
星夜の下で見た柔らかな笑みに似たそれは、細めた瞳に大きな憂いを映し、泣き顔のようにさえ見える。
揺れた瞳を隠すように、伏せられた瞼の裏に、彼は何を映しているのか。

微かに開いた唇は、『』と、声にならないまま彼女の名を呟き、浮かべる微笑も色褪せるように薄れていった。



「凡庸な生活・・・」


「凡庸な結婚・・・凡庸な幸せ・・」


「子を成して・・・孫が出来て・・凡庸な老後を向え・・・」


「いつか・・・同じ日、同じ時、同じ場所で死に・・・


 同じ墓、同じ棺桶に入れられて・・・・・同じ場所で眠る」






思い出すように、静かに言葉を紡ぐ声は暖かく、穏やかな響きが静まる部屋の中に響く。
泣き顔のような微笑に、潤むことも無いその青緑色の瞳は、色濃い憂いを浮かべながら、緩やかに細められた。




「お前と・・・・・・・叶えてみたかった」


『・・・・・・・セフィロス・・?』




遠く思いを馳せるように呟き、微かに目を伏せたセフィロスに、は理解が追いつかない中、彼の名を呼ぶ。
だが、その声が再びセフィロスに届く事は無く、開かれた瞳は憎しみが生む狂気に捕らわれていた。


『セフィロス!』


踵を反し、部屋を後にする彼には再び彼の名を叫ぶ。
だが、もはや届かなくなった声に彼が振り返る事は無く、その背は先にある闇に飲まれるように、1歩1歩遠くなっていった。


『行くなセフィ・・!?』


引きとめようと踏み出した足に、絡みつく何かを感じては下を見る。
白い靄のような光が、彼を追うことを拒むように、足から胴へと伸び彼女の体を捕らえていく。


『クッ・・・邪魔するな!消されたいか!?』


振り払う腕にさえ絡みつき、徐々に体を包んでいく光に、は憎悪すら感じながらもがく。
だが、足掻けば足掻くほどそれは彼女の自由を奪い、白へ変わっていく世界にその身を引き摺っていった。


『セフィロス、行くな!セフィロス!!』


暗く古びた景色が、覆い尽くす白の中に消えていく。
目が眩むような光の中、遠ざかる銀の髪は、叫ぶ彼女の声も届かぬまま、闇の中に飲まれ、光の中で薄れていった。





はい。31話っす。
セフィロスがいた場所は、お解かりでしょうか?神羅屋敷の地下室です。ニブルヘイム事件のアレ。

その直前に、いきなり首絞めてきたクラウス・アレクサーさんはオリキャラ。
まぁ、さんが過去に面識のあった方ですわ。出した意味とかあんまり無いですけどね。
2006.11.13 Rika
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