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セフィロス、貴方は言いましたね。 ヘリは落ちない。落ちても皆仲良く死ぬだけだと。 あの時の空はとても穏やかで、貴方に肩を貸しながら、見下ろす山々に懐かしさを感じていました。 しかし今日。 嵐の中で揺れに揺れるこのヘリの中は、それが嘘のように賑やかです。 前に座るザックスの足が膝に飛んできたり、隣に座るルーファウスの腕が脇腹に飛んできたり、時折操縦するレノの呻き声が聞こえてきたり。 景色を楽しむ暇も、油断する暇も無く、私はヘリが激しく揺れる度に、エアロラで風を防いでいます。 真正面を見るルーファスの顔色も、危険なほど青くなり、悲鳴も段々消えてきました。 無事ミッドガルに着けるでしょうか・・・。 Illusion sand − 30 早朝ジュノンを発った、ルーファウス、レノ、ザックスの4人は、数時間ヘリに乗り、世界の中心ミッドガルへと到着した。 ジュノンから山脈にかけて張り出した低気圧のせいで、嵐の中飛んだヘリから降りた4人は、全員足元が覚束無い。 仰々しく迎える兵に支えられ、真っ青な顔のルーファウスが先に運ばれてゆく。 暫く会えなくなるだろうに、マトモな別れ方も挨拶も出来ないまま、彼はビルの中へと消えていった。 揺れと操縦に神経をすり減らしているレノ。 墜落の恐怖と、いつ降りかかるかもわからないルーファウスの嘔吐に怯えていたザックス。 色々攻撃を喰らいながら、引っ切り無しに風系魔法でヘリを守っていた。 この3人も多少顔色は優れないが、体力の違いかルーファウス程フラフラではない。 とりあえず生きてミッドガルへ着いた事に安堵しながら、3人は風の吹きつける屋上のヘリポートから、ビルの中へと入っていった。 主の居ない社長室のソファからは、それ以上動けなくなったのだろう、ルーファウスの足がはみ出していた。 洗面器代わりのゴミ箱を持つ兵と、薬を取りに走る兵を眺めながら、挨拶をする気力も無くなった3人は階段を降りる。 ゾンビのような顔で降りてきた3人組に、下階にいた秘書達は当然驚いたが、構うのも億劫な彼らはフラフラと廊下に出た。 すれ違う社員達も、秘書達のように驚き道を開けるが、礼を言う気力すら出ない。 今エレベータを使えば、ルーファウスのように動けなくなるのは明白。 僅かではあったが、回復してきた体調に、3人は今にも落ちるのではないかという足取りで階段を下りた。 薄暗い階段を暫く降り、やがて着いたのはレノのデスクがある部屋だった。 大きな彼の机の上は綺麗に整頓され、他に人気の無い室内には、同じように整理された大きめの机がいくつかある。 少し目を離せば、電気の消えた場所に、その倍程の数だけ二周り程小さな机がいくつも並んでいた。 恐らく物置き用か、あるいは複数の人間が共同で使っているだろうそれらは、書類が椅子の上まで乱雑に乗せられていた。 「そこら辺に適当に座ってくれよ、と」 心底疲れたと言うように、自分の椅子に腰掛けたレノに促され、とザックスは傍らにある応接用のソファに腰を下ろす。 ヘリポートからこの部屋までの移動で、はほぼ全快になったが、レノとザックスはまだ少し具合が悪いようだ。 椅子にもたれかかり天井を仰ぐザックスを横目に、は室内をぐるりと見回す。 この十数日である程度この世界の物も慣れはしたものの、こうして仕事場というものに足を踏み入れると、やはり見たことの無いものは多い。 いずれそれらにも慣れ、珍しがる事も無くなるのだろうと考えながら、は書類に目を通しているレノに目を向けた。 パラパラと紙を捲っていく様子は、一見眺めているだけのようだが、意識は完全に集中しているようだ。 敏腕というのは嘘ではなかったのかと、が無礼な感心をしていると、書類を読み終えたレノがゆっくり椅子から立ち上がった。 「今日から、アンタの面倒は俺が見る事になったぞ、と。セフィロスも副社長も、暫く会えそうにない」 「承知いたしました」 「俺は?」 「お前も俺と一緒に護衛だぞ、と。ジュノンでの騒動で、居ても不思議は無くなった」 「・・・あれはセフィロスとルーファウスが・・・」 「残念ながら、そうでもなくなったぞ、と」 呆れたような顔で、レノは先程まで目を通してた書類の1枚をに差し出した。 並ぶ文字に眉を寄せたに、隣にいたザックスも横から顔を出し書かれている文字を目で追う。 「・・・ハハ・・・流石っつーか、何つーか・・・スゲェな」 「解ったか?」 「・・・・・・・・・・」 「ま、お陰で俺が護衛に付いても不思議じゃなくなるんだし、気にするなよ」 「タークスが専属で付くなんて、VIP待遇だぞ、と。・・・どうした?難しそうな顔して。不満なのか?と」 「いえ・・・不満とかそういう事ではなく・・・・」 「じゃぁ、何だ?」 「まさか吐くとか言わないでくれよ、と」 「いえ、そうではなく・・・・・・字が・・読めないのですが・・・・」 「・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・」 「・・・・・黙らないで下さい・・・」 ここに来て思い出した言語の壁。 言葉が通じていたため失念していたが、が異世界から来たという事を、レノもザックスも今のいままですっかり忘れていた。 文化が違うのだから、文字が違っていてもおかしくは無いが、それを今まで感じさせなかったのは彼女の堂々たる態度のせいだろう。 普通の神経ならば、まず何故文字が違うのに言葉が通じるのかと考える。 そしてそこに何かしらの不安を見せるはずだが、尋常の太さではない彼女の神経に、それを求めるのも不毛だろう。 書類の内容を言葉にしながら、これからは毎日文字を教える時間を作らなければと、レノは予定していた1日の時間配分を組みなおす。 デスクの上にある別の書類には、数日の通院予定やメディアを使った彼女の身内の情報募集について書かれていた。 だが、通院で行う健康診断はさておき、身内の情報などあるはずが無い。 全く情報が無かった場合の書類には、戸籍準備等諸々の項目が並び、それを終えた後は能力に応じた神羅系列会社への入社が予定されている。 だが、このままでは就職どころか、日常生活も支障が出るのは明白。 出来るだけ文字を使わずに済む仕事を探してやるのは当然だが、それにも限界というものがあるのだ。 手っ取り早いと思っていた神羅兵やソルジャーへの推薦は、任務の度に作る専門用語だらけの報告書があるので却下になる。 タークスなど更に論外。 いっその事、ルーファウスに頼んで私的ボディーガードにしてもらった方が、何かと楽かもしれない。 もっとも、マスコミや社長に散々目をつけられてる今、そんな事は騒ぎを更に大きくする為、得策ではないが。 レノが読んだ書類に書かれていたのは、先日の新聞やニュースにあった、セフィロスやルーファウスとの関係に気をつける事。 それらについて、余計な騒ぎを起されないよう、ほとぼりが冷めるまではレノとザックスが傍に居る事。 それらの人物とは、極力交流のある場面を人に見られないよう気をつける事。 又、ジュノン到着時の映像がテレビで流れた為、本人目当ての人間も出てきたので、それにも気をつける事だった。 付け加え、暫く文字を教えるという事を伝えると、レノは書類を机の上に戻し、の向かいに腰を下ろした。 「とりあえず、アンタが使える文字を教えてくれ」 「それ程多くはありませんよ。 元居た世界で常用されている文字と魔道書に使われている古代語ぐらいです。 あとは、海賊が使う暗号の文字でしょうか・・・。 狭間にあった異世界の本に使われていた文字も、ある程度はわかりますが、この世界の文字ではないようです」 「なぁ、俺今『海賊』とか聞こえたんだけど気のせいだよな?」 「俺もそう聞こえたし、気のせいじゃないみたいだぞ・・と」 「ええ。昔の仲間の一人が海賊でしたし。 確かその前は賊を取り締まる仕事もしていた気が・・・って、ザックス、何ですかその目は?」 「いや、何か、てっきりが海賊だったのかと思って・・・」 ザックス・・・・私はそれ程粗暴な行動をしたか? 思い返せば、確かにはザックスの前では人に暴力を振るう回数が多いが、それはあくまでやむを得ずである。 アバランチ襲撃の時も、運転手撃退の時も、昨日の酔っ払い男も全て不可抗力。 彼女自身、別に暴れるのが好きな訳ではなく、人並みに平和を好み、穏便に物が運ぶなら最良と思っていた。 現実そうもいかないので手を上げるという手段になるのだが、それは決して彼女のせいではない。 「ザックス・・・私は基本的に争いは好まないのですが・・・」 「「え?」」 声を揃えて顔を上げたザックスとレノに、の頬は引き攣り続く言葉が見つからなくなる。 凍りかけた空気にいち早く気付いたザックスは、照れ隠しのような笑みを浮かべ、は諦めたように小さく息を吐いた。 訪れる夜に追われた太陽は、黄昏の尾を引き摺りながら海の彼方に去っていく。 青かった海は燃えるような空の色を映し、宵闇を迎える揺り篭のような波が、時折小さな星のように輝いていた。 だがその光景も、不夜城と呼ばれるミッドガルの街からはただの闇に覆い隠される。 遠い西の空の端、ビルの合間から見える空は、黒に塗られた中に目を凝らし見える僅かな紫だけだった。 街灯に照らされた街は明るく、遠くに見える魔光炉の光が空に映る。 星も見えず、月も霞む空は、人工的な光の上で深海のような青緑を広げていた。 乱立する建造物達に風は遮られ、吹き溜まる空気は生気のない淀みをあちらこちらに作り上げていく。 大通りに面したホテルの10階。 仮住まいにと用意された簡素なシングルルームから、人工物に溢れ、不自然な光に満ちた街をは見下ろしていた。 首から下げたクリスタルに触れ、指先に感じる暖かさに、それを包み込むように握り締める。 さらりと流れた黒髪が頬の横をすべり、顔を伏せた彼女の表情を隠した。 彼方の世界を支えた強大な力の結晶に、大地と風が作る清浄な秩序を思い起こす。 目を伏せ、対を成すような眼下の世界に感覚を澄ませば、朧気なこの世界の力が見えた。 徐々に霞が取れていくそれは、遥か地の底に歪みの渦を作りながら、不規則に廻り流れていく。 だが、濁流と渓流の入り混じる流れは何処か空白が見え、赤の滴る傷を庇うようなそこからは、死の香りに似たものさえ感じた。 それは、クリスタルが砕けてしまった時に感じた、世界の歪みと傾きによく似ている。 無力だった頃ではない今、綻び始めたこの世界に力を注き、その命を永らえさせる事も出来るが、今の目的はそれではない。 伏せていた瞼をゆっくりと開いたは、再び目に映った街を切り捨てるようにカーテンを閉めた。 遮断された不夜の街に背を向け、室内の照明を消して沈黙と闇を作り上げる。 握り締めたクリスタルから手を離さないまま、ベッドの上に寝転がると、彼女は再び意識を流れの中に戻した。 目指すのは更に奥。 絡まった糸のような流れに、浮遊するような感覚を更に研ぎ澄ませ、世界の力が出ずる場所に通じる一筋を探す。 やがて見えたそれを見失わないよう、強大な流れに飲み込まれないよう注意しながら、はこの世界の元へ感覚を伸ばした。 脳の奥に叩き込まれるような悲鳴。その中に混じって聞こえる歓喜には、自分を歓迎する意思が見える。 『この世界に来たのは偶然』 そう仲間は言っていたが、この世界はその偶然に何か思う所でもあるのか、時折嫌な耳鳴りと脳へ直接響く悲鳴で何かを訴えてくる。 コスタ・デル・ソルやジュノンでは、気に留める程のものでもなかったが、ミッドガルに着いてからは別だった。 青緑の光を放つ魔光炉を見ると、それは特に酷くなり、顔を顰める事もしばしばだった。 昼間は、文字が読めないという自分に、レノが早速子供用の学習教本を用意してくれた。 だが、その文面や文書の並びを良く見れば、それは次元の狭間にあった異世界の本に使われていたものと何処か似ている。 全く同じではないものの、お陰で学習は思いのほか順調に進んだが、気を抜けば耳鳴りかこの世界の声が響き、完全な集中は出来なかった。 とはいえ、それを二人に言った所で、医者に連れて行かれるだけだろう。 渡された教本の内容を頭に叩き込んでいると、気付けばこの仮住まいにチェックインする時間を過ぎていた。 ある程度を頭に入れてしまえば、後は適当な本でも読んで自分で身に付けられる。 扱えるようになるまでは少々面倒だが、いずれ覚えなければならない事だ。 むしろ、異世界に来ておきながら、言葉が通じるだけでも相当な幸運だろう。 これから世話になる場所。 求められるならば力を貸してやるのが道理だろうと考えた結果が、この世界の意思との接触である。 とはいえ、本当にこの世界に意思があるかどうかも怪しい上、接触の方法も彼女が生まれた世界でクリスタルの波動を感じる方法と同じなのだから、成功するかどうかは疑問である。 かの世界から与えられたクリスタルの力を介せば何とかなるかと、実際適当な考えだったが、どうやら当たりらしい。 罠ではないようだが、随分単純に行くものだ。 だが、それはつまり、この世界が自分と直接的な接触を求めているという勘が当たったと考えて良いだろう。 仮に罠だとして、自分を陥れるつもりだったなら、後にこの星の大地がどうなるか、解らないほど馬鹿ではないのだろうし。 追い出す気になれば、この世界はいつだって歪みを作り、自分を追い返す事が出来るのだ。 この力の流れから、この意識を追い出すことも。 手繰り寄せるように進む中、引っ切り無しに響く脳への声に、力の鼓動のようなものが混じる。 ただでさえ、常人の精神力では耐えられないそれを受け入れているのに、余計なものまで付加してくれるなと、は内心舌打ちをした。 肉体が魔光に直接触れていない今の状況では、頭の奥でざわつく知識や意思は霞がかり、気をつけていれば飲まれる事は無い。 だが、逆に意識のみでこの力の流れの中にあるというのは、肉体と共に晒されるより余程危険なものだった。 その中で、下手に意識を眠りにつかせれば、それは瞬く間にこの力に溶けてしまうだろう。 もっとも、クリスタルの力を加護にしている今、その危険性については、彼女が油断しなければ良いだけの事だったが。 時間の感覚も麻痺しそうな光の中、あとどれだけそうしていれば良いのかと、は力の根本を探る。 近づくにつれ感じる、人工的ではない歪みの気配に小さな疑問を持ちながら、手短に出来ないかと目印にしていた光の筋に意識を触れた。 途端、それは彼女の意を汲むように、だが急激に流れを止めて意識に絡みついてくる。 触れてはならなかったかと舌打ちする間も無く、精神体だけのは青緑の光に捕らえられ、その源流に引き込まれていった。 状況は芳しくないが、引き摺る光には敵意があるわけでもない。 手短にという意思に答えてくれたのかもしれないが、随分手荒いものだと考えているうち、彼女の意識は白い光の中に放り出された。 「〜、飯だぞ〜」 ドアの外から聞こえた声に、の捕らえていた世界は白から黒に変わった。 目の前に広がる暗闇の中、灯りの消えた照明の影が、天井の中央にうっすらと見える。 「〜、寝てるのかー?」 「すぐに行きます」 せめてあと五分後にしてくれれば良かったと思いながら、は現実に引き戻してくれたザックスに声を返した。 意識を引き戻した後も、頭に残るこの世界の声は名残のような悲鳴を上げる。 気を散らせるには十分なそれに顔を顰めながら上体を起すと、は未だ握ったままだったクリスタルを枕元に置いた。 繋ぎ目が途切れた事で、薄れた脳内の五月蝿さに小さく息をつきながら、彼女は立ち上がりドアを開ける。 「よ・・・・・・どうした?」 「何がですか?」 「顔、真っ青だぞ?」 「・・・元々青白い人間なのですが」 「そういう意味じゃないんだけど・・・まぁいいや。具合悪くなったら言えよ?」 「はい」 顔色の原因は、受注八苦先程の事のせいだろう。 出迎えた笑顔から一転、心配気に覗き込むザックスを適当にやり過ごすと、は彼の隣につき歩いた。 |
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何か中途半端ですが、今回はココまで。 酷い別れ方ですが、これにて暫くルーファウスとはお別れです。 2006.11.10 Rika |
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