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「・・着いたか?」
『ああ。でも、ホテルには居ないみたいだ』

「・・・・・何?」
『お、俺に怒るなよ!っつか、3人とも居ないみたいだけど?』

「・・・・・・・・そうか」


ミッドガル中央 神羅本社ビル
午後7時を過ぎた社内の廊下は、僅かにいる夜勤の従業員が時折通る以外殆ど人気が無い。
廊下の突き当たりを曲がった先にある小さな袋小路は、電灯すら消され、人目を忍ぶには絶好といえた。
いかにもと思える場所だからこそ、逆に人が寄り付かないそこに、黒のコートで闇に紛れた青年が一人。
壁に背を預け、声を潜める彼は、手の中にある端末の先にいる人物と言葉を交わしていた。


『探すか?』
「いや、いい。お前も今日はもう休め」

『了解。じゃ、久しぶりに飲みに行ってくるな。任務頑張れよ〜』
「ああ」


用件のみの簡潔な会話を終えると、彼は携帯の電源ボタンを押し、それをコートの中に仕舞った。
結局返す機会を逃したまま、また暫く懐に忍ばせる事となった銀時計の鎖がカシャリと鳴る。
置き場所が無く、やむを得ずロッカーに入れている彼女の剣も、一体いつになったら返せるのかと、彼は小さく溜息を吐いた。



Illusion sand − 29



「・・・という事でな、シルドラは最後の力で私達を救ってくれたんだ・・・っ・・・シルドラ・・・うぅ」
「・・・・・そうか」
、ちょっと飲みすぎじゃないか?と」

「む・・・そうかもしれん。だがこの話には続きがあるんだ。
 暫く経ってから海賊のアジトに行ったら、ファリスがシルドラの亡霊を見たんだ。
 私には見えなくてな、てっきりファリスがイっちゃったのかと思って慌てたんだが・・・違った。
 シルドラは召喚獣として私達に力を貸してくれるために出てきてくれたんだ・・・。
 あの時ばかりは、彼の肉を非常食用にしなくて良かったと思ったよ・・・シルドラ・・」
「ああ。いい奴だなシルドラとやらは。ところで、そろそろ水に代えたらどうだ?」
「すみませーん、水下さーい。4リットルぐらい」

「本当に綺麗な龍だったんだ。長い尾が水面を滑り、油の乗った腿は本当に美味そうで・・・」
「美味そうな仲間だったんだな。さて、少し落ち着こうか」
「ホラ、水だぞ、と。一気に飲んで落ち着けよ、と」


涙目で昔話をするの手を、さり気無く酒から水に持ち替えさせると、二人は半強制的にそれを飲ませた。
酒のせいか涙のせいか、真っ赤な顔でグラスの水を飲み干すに、同伴の二人は目を合わせて苦笑いを浮かべる。

ブラックライトが照らす薄暗いバーの中、カウンターに並ぶ見目麗しい3人組は、例の如く意図せず人目を集めていた。
午後の散策を終え、散々遊び回ったルーファウスとは、つい1時間ほど前に別の店でレノと合流した。

決して強い酒を渡したわけではなかったのだが、の様子が変わり始めたのは、二人に進められたカクテルを2杯程飲んだ後だろうか。
銀の龍が描かれたレノの白いパンツをじっと眺め、首をかしげた彼が彼女に問いかけた瞬間、突如彼女の目に涙が浮かんだのである。
その時ばかりは、レノもルーファウスも目を丸くして驚いた。
その後彼女が涙混じりに語った『シルドラ伝説』は、事ある毎に美味そうだったという言葉をつけながらも、かれこれ20分程止まらなかった。

せめて一度、その潤んだ目を自分の視線と交わらせてくれるか、泣きついてくれたなら下心も出るというもの。
しかし、その間の視線はずっとレノのパンツの龍に注がれているのである。
別の意味で悉く期待と予想に答えてくれる彼女は、流石といえるだろう。
水を飲ませた事で、ようやく彼女の視線から逃れる事が出来たレノは、内心安堵しながら自分の酒に口をつけた。

酔っているとはいえ、いきなり涙を浮かべるなど、彼女の警戒心が薄れている事に他ならない。
おそらく半日ルーファウスに付き合い、街中をウロついて疲れたためだろう。
普段なら、何食わぬ顔で、懐かしむような目をしながら淡々と語ってくれる過去も、酒の力が加わるだけでこうも違うとは。


「やはりお前は面白いな・・・」
「それは良かった・・・」
「・・・・・・」


面白がっているのはルーファウスだけである。
つい数秒前まで、今にも零れそうな涙を浮かべていたは、水を飲んだ直後常の態度に戻っていた。
流石酔っ払いである。

酔ったフリをして甘えたがる女を可愛いと思えていた時期もあったが、今はそれ程そそられはしない。
だがしかし、此処まで明けっ広に酔ってくれる女もどうか・・・。
オッサンくさくないのが、救いだと思ってよいのだろうか。それは女として最低ラインである。

ただ綺麗で強いだけの女と見られる事は、彼女にとって屈辱ではないのだろうか?
素であるために、屈辱も何も無いのだろうか?
それともこれは、女として見られず、自分に手を出されない為の策なのか?

そんなまさか・・・と普段なら思えてしまう事も、相手がだと素直に否定出来ないレノの脳は、酔いもあって軽い混乱に見舞われる。
何しろ彼女は、唇を求める素振りをしながら大の男を背負い投げた女である。
未だに根に持つのもどうかと思うが、一度植えつけられた驚きと恐怖はなかなか消えるものではない。




「少し失礼する」

トイレへ向うを見送ると、反対の出入り口から新たな客が店の中に入ってくる。
時間も過ぎ、段々と混み始めた店内は、自分たちと同じ年の頃の若者達が多かった。

人込みの中、しっかりとした足取りで、誰にぶつかる事無くすり抜けていくは流石である。
しかも彼女は、ご丁寧に気配まで消し、全く存在感無く人の波に紛れていく。
そこまですれば、彼女が傍を通っても気付く者は無く、もしいたとしても、それは運良く彼女の顔を目に留めた者だけだろう。
こんな状況ですら、絡まれないための防衛策をするとは、やはり本当は酔ってなどいなかったのかとレノは苦笑いを浮かべた。



距離を置くつもりは無く、だが決して自分が手を出す事の無いように、手を出せないように仕向けてくる。
セフィロス、ルーファウスを追い抜いたとしても、そこには当の本人が壁となって、この指をその心に触れさせない。

障害がある恋は燃える。
それが愛に成らなくとも、手に入れる達成感と極上の女は、後悔になる事は無い。
溺れてしまうのも、偶には悪く無いだろう。
そうなれば彼女を心ごと掻っ攫ってしまえば良い。

避ける為の策が、どれだけ自分を燃えさせる事になるのか、彼女はきっと気付いていないだろう。
色恋に興味が無いというなら、その気を変えれば良いだけの事だ。




彼女とすれ違った男たちのうち、その顔を目に入れた何人かが口笛を吹きながらその背を見送る。
視線を送ったまま連れと相談する彼らを眺め、その目を集める女が自分の連れだという事に、子供染みた優越感すら覚えた。


戻した視線の中には、いつもなら迷わず引っ掛けてしまおうと思える女性も何人かいた。
だが、今日はそんな気分になれない上に、彼女たちの容姿に内心ダメ出ししてしまう自分がいる。


ふと目があった数席隣の女性は、一瞬品定めするようにレノを見ると、意味深な笑みを浮かべてみせる。
隣にいた同伴の女性に小突かれ、顔を覗かせた別の女性は、レノと1席空けて座っていたルーファウスの顔を覗いた。
共にいた女性と笑みを交し合うと、二人揃ってこちらに合図を送るようにみつめてくる。

自分の長所を知り、それをよりよく見せる彼女達は、後腐れも無さそうで、確かに一夜の相手には申し分ない。
太くもなく細すぎるでもなく、それなりに魅惑的な体をしている二人には、そこそこ色気もある。


だが、それでも何か足りないと思い、足を向ける気になれないのは、無意識に数秒前まで隣にいたと比べてしまうせいだろう。



顔の作りなど言うまでも無く、醸し出す雰囲気も、無意識とはいえ香る色気も、到底には及ばない。
もしが、この女性達のように誰かを誘う気になったなら、それこそセフィロスも呑まれるような色気を出すだろう。
比べる対象が男というのも如何なものかと思ってしまうが、彼は自分のそれもあり、女にはかなり耐性を持った男だ。




そもそも、確かに自分とルーファウスは一クラス上の容姿をしてはいるが、だからと言って簡単に声をかけてくる女は如何なものか。
流してしまえば今夜の相手にも出来そうではあるが、簡単に手に入ってしまう女は、今の気分じゃない。
自分たちと並んで見劣りするかと言えば、そうでは無い容姿の持ち主達だが、残念ながら今空いている真ん中の席には、それより更に上を行く女がいたのだ。


ちらりと視線を向けたルーファウスは、彼女たちの視線に一瞬目を向けるが、全く興味をそそられた様子も無い。
予想はしていたが、ならば自分も付き合う必要は無いだろうと、レノは彼女たちに断りの苦笑いを向けると、グラスの中の氷で遊び始めた。


が、その笑みを勘違いしたのか、二人組の女性達は顔を見合わせると席を立ち、レノ達の元へ向ってきた。



「ねぇ、二人だけ?」
「アタシ達もなんだけど、一緒に飲まなーい?」



グラスを手に、小首を傾げながら見つめてくる女性達は、近くで見ても相応の可愛らしさがあった。
せめて昨日であったなら、喜んで相手をしたものの、彼女達も自分も運が悪い事だ。
横目に二人組みを眺め、小さく舌打ちしたルーファウスは、そのままレノを睨みつける。

随分機嫌の悪い反応だと内心首を傾げたレノだったが、二人の間の椅子、の席に腰掛けようと手を置く女性に納得した。
視線を合わせてしまったのは自分。責任をとって何とかしろという事だろう。



「男二人だけじゃつまんないでしょ?」
「それとも、男同士の話し合い?」

「・・・レノ」
「はいはい、と。悪いが、連れがこう言ってるんでね。また今度声をかけてほしいぞ、と」

「レノっていうんだー。ね、そっちの金髪さんは?」
「すごい機嫌悪そうだけど、どうしたの?話きくよー?」

「・・・・・・・」
「・・・(早くも無視かよ)もう一人連れがいてね、間に合ってるぞ、と」

「いいじゃんいいじゃん。人数が多いほうが楽しいよー?」


「・・・ご歓談中失礼します。その席、よろしいですか?」



背後から割って入った声に、二人組は驚いて振り向いた。
数秒前からその姿が視界に入っていたレノは微かに微笑み、背を向けていたルーファウスも表情は変えないまま振り向く。


「随分遅かったな、
「待ってたぞ、と」
「すみません。少々絡まれまして」


突然現れた、彼らのもう一人の連れと思われる女に、そこにいた二人は目を丸くしてその顔を眺めていた。
大方その連れも男だと思っていたのだろう。
期待を裏切りまごう事なき女性であった上、それが思いもよらぬ美貌をもっていたのだから、その驚きは無理も無い事かもしれない。


呆然とする謎の女性達と、何処か機嫌が悪そうなルーファウスに、は大まかであるが状況を理解した。
こんな可愛らしい女性に声をかけられて、何故受けないのかと思いつつも、自分が同伴しているせいだろうと、内心彼らに頭を下げる。
きっと自分を連れている手前、他の女性に現を抜かす事は出来ないと諦めてしまったのだろう。
もし二人でいたなら、今頃どこぞの連れ込み宿で、ウッフンvアッハンvな楽しい一夜を過ごそうと店を出れていただろうに・・・。
健全な青年達に、全くもって不憫な事をしてしまった。



、お前の考えている事は大方想像がつくが、ハズレだ」
「む?」

「鋭いのか鈍いのかハッキリしろよ、と。・・・その気になれないだけだぞ、と」
「何と・・・!?」



たった数週間で早くも自分の思考を分ってしまう二人に、は小さな衝撃を覚える。
これでも人を欺くのは得意な方だったつもりだが、どうやらこの世界に来てから自分は素直になりすぎたらしい。
このままでは、いつか軽い悪戯を仕掛けようと思った時も、きっと通用しなくなるのではないかと、先の楽しみが減った事に彼女は少なからず落胆した。

が、すぐに思考を戻し、は呆然としたままの二人組に目をやる。
座ろうにも、自分の席に手をかけている女性がいるために、戻ってからこの会話の間、は二人の後ろに立ったままである。


何となく、彼らがこの二人を何とかしろと言っている気がしてルーファウスに目をやれば、既に全権を預けたように視線を前に戻していた。
それにちらりと目をやり、に目で訴えるレノも、自分でどうこうする気は無さそうだ。



男ならハッキリ断れば良いものを、一体何をしているのか。
そもそも、普通は男が女を助けるものが通例のように思えるし、この女性達も誘った相手に異性の連れが居たなら早々に立ち去るのが礼儀ではないだろうか?


「・・・・私の連れに、何か御用でも?」
「え、あ、いえ、何でも」
「行こ!」


かけられた声に、慌てた二人組は逃げるように自分の席へ戻っていく。
脅したわけでも、不愉快そうにしたわけでもなく、至極普通に声をかけただけで、何故怯えられねばならないのか。
人込の中に見えなくなった彼女たちの背を見送りながら、は何処か腑に落ちない気持ちを抱えながら、自分の椅子に腰を下ろした。




「存外あっけなかったな・・・」
「残念。もっと楽しめるかと思ったんだけどな、と」
「・・・・・は?」


グラスに口を付けながら呟いたルーファウスとレノの言葉に、は新たに出されたグラスを持ちながら首を傾げる。
追い返せと目で訴えていたのは自分達だろうに、何を楽しみたかったと言うのか。



想像出来なくも無いが、認めると頭にきそうなので、は考えないようにした。
ここで怒っては、誘拐事件の時のように見下すような、馬鹿にするような目で薄笑いを浮かべられるだけである。


そもそも、大した理由も無いのにわざわざ見ず知らずの他人と喧嘩する気にもなれない。
相手が女性とあれば尚の事。
女同士の喧嘩というのは確かに見ていて面白いものだが、やってる本人達は女のプライドを守るために必死なのだ。
その上、仮に相手が泣きに逃げた場合、原因や勝敗に関わらず、傍観者には悪人の目で見られる。

最悪の場合は、殴り合いや髪の毛引っ張り合い、顔引っかき合いの罵り合いになる。
それはそれは恐ろしい戦いだったと、過去目の前でそれを繰り広げてくれた金髪ポニーテールの少女を思い出した。
脳裏に浮かんだ呼び起こされる記憶に、その時感じた驚きと呆れ、女の恐ろしさと醜さまで鮮明に蘇る。



げんなりしていく気持ちを、グラスの中で揺らめく琥珀色と共に喉に流し込むと、目を留めた掛け時計の短針は9と10の間を指していた。



「そろそろ戻りませんか?明日は早いのでしょう?」
「ん?・・・ああ、もうそんな時間なんだな、と」
「では、行くか」



の声に、二人は帰り支度を始める。
人の合間から見える出入口に目をやったレノに代わり、は辺りの人間に目を向けて警戒する。
その間にルーファウスが会計を済ませると、3人は席を立った。


ルーファウスを真ん中に、人の合間を抜けて出口へと向かう。
と、最後尾を歩いていたの肩が、突然後ろから誰かの手によって掴まれた。



「待てよ」
「・・・・」


事に気づいたレノとルーファウスが振り向き、同時に彼女の肩を掴んでいる見知らぬ男に目を丸くした。
ただ絡まれているだけならば、すぐにの元へ駆け寄るものだ。
だが、青く腫れて見事曲がった男の鼻と、その下にある血を拭ったような跡に、二人はまさかとを見る。


「またお前か。まだ何かあるのか?」
「何かじゃねぇだろうがこのアマ!この鼻どうしてくれんだよアァ!?」


大声で喚き散らす男に、周りの客も注目し、1歩さがって二人を見守る。
酒が入って頭に血が上っている男はの服の襟を掴み上げるが、全く怯えもしないに、ギャラリーは助ける事も忘れ傍観していた。



「しつこい男だな。女性に嫌われる要素は満点だ。そして悪役要素も十分だ。まさにヤられキャラだな」
、コイツは何なんだ?と」
「この鼻、お前か?」

「あぁ、先程席を外した時、絡まれまして。あまりに無礼なので軽く殴りました」



軽く殴って鼻折れちゃうんですねさん。

頭蓋骨まで割らずに良かったと言うべきか、死んでなくてよかったと言うべきか。
どちらも違う気がするが、こんな時に限って適当な言葉が浮かばず、レノとルーファウスはただ哀れむような目を男に向ける。



が手を上げるとなるのだから、恐らく余程礼に欠く行為があったのだろう。
無惨に曲がった鼻が痛々しくはあるものの、元はと言えば彼女が手を上げるまで絡んだ男が悪い。
人は見かけによらないという言葉の意味を、本当に痛いほど解っただろうに、それでもまた彼女に絡むこの男は・・・少々頭が悪いようだ。



「ゴチャゴチャうるせぇな!オイ、お前!この落とし前、きっちりつけてもらおうか?」
「断る。眠い」

「な!?」
「そもそも突然襲い掛かってきたのは貴様だろうが。返り討ちに合ったぐらいで騒ぎ立てるなど、見苦しさが増すだけだが?」

「うるせぇ!!」
「都合が悪ければ『五月蝿い』か。随分我儘な餓鬼だな・・・。そういきり立たんでも、曲がった鼻ぐらいすぐに真っ直ぐにしてやるわ」

「あぁ?」


怪訝な顔をする男の鼻に、の手が伸びる。
まさかと顔を引き攣らせたレノとルーファウスも気にせず、理解出来ていない男とギャラリーの前で、は男の曲がった鼻を逆に曲げた。




メキ




「・・・うああああああ!!!」



酷く鈍い音に次いで、男の悲鳴が店内に響き渡る。
唖然とするギャラリーの中、文字通り真っ直ぐになった鼻を押さえる男の指には、流れた鼻血が伝っていた。



治すどころか悪化した男の容態に、レノとルーファウスは『やはり・・・』と、呆れ混じりの苦笑いを浮かべる。
とはいえ、女性を襲うなどという蛮行をする彼に同情する気も毛頭無く、これも慰謝料と思えば安いものだった。
よりにもよって、彼もとんでもない女性を襲ったものである。
一度折れているとはいえ、人差し指と親指で鼻を曲げてしまうの握力については・・・・ちょっと考えないようにした。


「これ以上は別の骨を折られるだけだぞ?もう諦めろ」
「テメェ・・・ぶっ潰してやる!!」



そろそろ帰りたいの気持ちとは裏腹に、男は今の一撃で更に怒りを倍増させた。
まぁ当然だろうと思いながら、やはり手っ取り早く昏倒させてしまおうとが考えていると、飛んで火にいる夏の虫の如く男は拳を振り上げる。


顎か、鳩尾か、脇腹か。
何処を殴れば一番安全に失神させられるかと思いを廻らせた瞬間、と男の間に割って入る者がいた。
レノかと一瞬考えたものの、それは彼よりは背も高く、ガッシリとした体つきをした黒髪の青年だった。




「はい、スト〜ップ」




男の拳を片手で止め、何処かのんびりした声で言う青年に、もルーファウス達も目を丸くする。
突然出てきた彼は、注目する瞳も気にしないように、そのまま男の腕を捻り上げた。



「いっ!何だテメェ!」
「さぁ?でも、女の子助けるのは、男として助けて当然っしょ。な、?」


「・・・・ザックス・・・?」


ニカッと笑いながら振り向いた彼に、は呆然としながらその名を口にする。
何故ここにいるのかと聞きたかったが、首を傾げて答えを急ぐ彼に、出かけた声を止める。





『ザックスを向わせる』


セフィロスは別れ際、そう耳元で囁き教えてくれた。
そのため、ザックスとの早めの再会は知っていたが、はてっきりミッドガル到着後だとばかり思っていた。
しかし、よもやこれほど早く、しかもこんな場所で会うとは予想外である。

ここまでの移動日数を考えると、遅くてもコスタ・デル・ソルを出る頃には手筈を整えていたのだろう。
どこまで予測して物事をなしているのか、それとも単に身が持たないと思ったのか。
恐らく両方だろう。
全く、セフィロスのいる方角へは足を向けて寝られない。

ザックスの服装を見る限り、恐らく偶然居合わせたクチだろう。
偶然にしろ、彼と自分は余程強い縁があるらしい。




悪戯が成功したような笑みを浮かべたザックスは、彼女の傍らに居るレノとルーファウスに会釈すると、捻り上げていた男の腕を引き上げた。
小さく悲鳴を上げた男の腕を放したかと思うと、すぐにその髪を掴み、ザックスは男の顔に自分のそれを近づける。
男は痛みに顔を顰めて口を開こうとするが、冷たく見下ろす彼の瞳に言葉を失い、そのまま凍りついた。
頭一つ分の身長差と、腕の太さだけでも十分解る体格差に加え、圧し掛かるような威圧に、男の戦意は急速に萎んでいく。




「アンタさぁ・・・喧嘩するならよく相手選べって、母ちゃんに教えてもらわなかったか?」
「・・・な・・・なんだと」

「何?何か言いたい事あんの?」
「あ・・・・・いえ」

「・・・そう?じゃ、あっちで自分のお仲間と楽しく飲んでろよ。これいじょう面倒起こして、余計な怪我、したくないだろ?…な?」
「はい・・・・・」




ザックスよ、もしそれが君の本性だと言ったら、おばあちゃん切なくなっちゃうかもしれない。


再会の喜びは何処か遠くへ。
何時もの素直さが無いような、状況的にあっても困るような。
可愛い孫の知らない一面を目の当たりにし、はどこか空しさを感じずにいられなかった。


男を解放したザックスを、ルーファウスとレノに紹介しながら行くホテルへの帰路。
普段の様子に戻ったザックスに、は内心安堵しながら、いつかセフィロスは気遣いのしすぎで倒れるのではないかと考えていた。
勿論感謝は忘れない。






予定を早めてザックス参上。
ザックスの身長、手元に資料なかったんで185cmぐらいに捏造(笑)
ルーファウスが永遠の21歳とか言ってる時点で、この小説は捏造だらけです。
2006.11.06 Rika
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