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セフィロスとの事について、好き勝手な事を書き連ねる新聞を読んだのか
今朝の社長は昨日に引き続き、頗る機嫌が悪そうだった。

無言の朝食の後、一足先にミッドガルへ戻ると言った社長に、ツォンとハイデッカーも続いて席を外す。
同時に、これ以上の騒がれないため、已む無く3人と共にミッドガルへ戻ることとなったセフィロスもそれに続いた。

が、ふと何かを思いついたように彼は踵を反し、振り向く社長達を無視してへ歩み寄った。
腰を屈め、椅子に座った彼女の耳元で何事か囁くと、一瞬だけ視線をレノとルーファウスに向ける。

すぐにその意味を察した彼らは、頷くでも返事をするでもなく、微かに笑みを浮かべ、背を向けて去っていく彼を見ていた。

やがて、食事を終えた彼らが戻ると、セフィロスの部屋には既に清掃員が出入りしている。
見えた部屋は彼らしくも無く乱雑に散らかり、出発の慌しさを伺わせた。


「セフィロスに言われるまでもないが・・・、暫くは私とレノがお前の面倒を見る」
「まぁ平気だろうけど、俺達に任せて置けよ、と」
「よろしくお願いします・・・お二人の御身、私が必ずお守りしましょう」

「・・・男の面目が丸つぶれだな・・・」
「心配しなくても、そう次々と騒動が起こったりはしないぞ、と」
「確かにそうですねぇ・・・」


窓の外を飛んで行く、今しがたホテルの屋上から飛び立ったヘリを眺めながら、3人はのんびり紅茶をすすっていた。






Illusion sand − 28






「当博物館は、世界でも数少ない貴重なマテリアを24種類も展示しておりまして、その数は世界第2位。中には未だ未知の力を秘めていると言われるものもございます。こちらが・・・」


昨日のホテルマン同様、博物館の従業員は満面の笑みでルーファウス達に館内を案内をしていた。
硝子ケースの中に入れられたマテリアは、様々な色に輝き、一見宝石の原石のようにも見える。

普通の女性なら、その美しさに瞳を輝かせるものなのだろうが、は終始穏やかな笑みを浮かべたままだった。
隣を歩くルーファウスも、時折展示物に目を向けはするものの、気になるのは外見ではなくその効力なのだろう。
完全に受け流しの体勢を作ったまま崩さない二人の後ろで、レノは時折辺りを見回し、警戒を怠らない。

セフィロスが居なくなった事により、警護も随分薄くなり、今日はレノの他に数人の神羅兵がいるだけだった。


「館内のご案内は以上でございます。何かご質問はございませんか?」
「いや、とても解りやすい案内だった。展示物も内装も申し分ない」

「それは宜しゅうございました。ルーファウス様にそのように言っていただけるとは、光栄でございます」
「いや、こちらも貴重な物を見せてもらって感謝している。彼女も満足しているようだ」
「ええ。大変興味深い内容でした(マテリアって、使わなきゃ意味ないんじゃないのか・・・?)」


鈴の鳴くような声でゆっくりと答え、薔薇のような微笑を浮かべたに、従業員は軽く頬を染めて頭を下げる。
同じように頬を染めて呆然とする神羅兵に、レノとルーファウスは呆れと感心の混じった視線を向けていた。





本日の予定はジュノン観光。

観光とは聞こえがいいが、実際ルーファウスの視察への同行でしかないと知っているレノは、彼女に小さく同情する。
とはいえ、彼女もそれを薄々感づいているのか、出るはずの疑問は一切口にしなかった。

朝9時にホテルを発ち、まず初めに向ったのは神羅のジュノン基地。
その後、軍の病院、市役所、先ほどの博物館と、怒涛のように連れまわされているのだが、は行く先々で終始笑みを崩さない。

車のドアが開いた瞬間から、仕草も表情もガラリと変わる彼女に、当初二人も目を丸くしたものだ。


終始崩れない鉄壁のような穏やかな笑み。
洗練された上品な仕草。
受け答えの時に聞く心地の良い声色と、同時に見える極上の微笑み。
作り上げる穏やかな雰囲気を一瞬たりとも崩さないものの、常にルーファウスを引き立たせるように、決して自らの存在を誇示しない。


全くもって大層な猫かぶりっぷりである。


それは知らなければ全く気がつかない程自然であり、レノとルーファウスを唖然とさせた。
いくらかの猫は被ってもらうつもりだったが、まさかここまで出来るとは、彼らにも予想外だったらしい。
何処かの令嬢と言っても通じそうな彼女に、二人は平静を装いながらも、心の底から賛称した。
実際彼女は貴族出身なので、令嬢である事には変わりないが、それを知るのは彼女自身だけである。

しかしやはり彼女も人間。
観光開始から3時間目にして、段々と疲れが見えてきたようだった。
車に乗り込み、動き出すと同時に脱力する彼女には、出発時に見えた覇気がいくらか薄れているように見える。
もっとも、こんな所で気迫を出されても困るのだが・・・。





「・・・・顔の筋肉が痙攣してきた・・・」
「そりゃそうだ、と」
「見事な猫かぶりっぷりだな」


シートにもたれて頬の筋肉を揉み解すに、レノは苦笑いしながらハンドルを握っていた。
の隣でペットボトルの水を飲むルーファウスも、先ほどとは打って変わった彼女の雰囲気に小さく笑みを零す。
そんな二人を一瞥したは、小さく息を吐くと、ルーファウスから自分の分の水を受け取った。

昼時になった町は、オフィスから出てきた人々が行き交い、幾分か賑やかさが増す。
車の量も増えた道路を、ゆっくりと進む達の車は、前後を警備兵の乗った車に挟まれていた。
3台列になって走る高級車を、信号待ちをしていた数人が目で追うが、それは今日の移動の合間何度も見た光景だった。



「安心しろ。次は昼食だ」
「誰が来るんですか?」
「此処で弁当だぞ、と」

「マジですか」
「嘘だぞ、と」

「・・・おのれ・・・」
「本気にするなよ、と・・・ププ・・・」
「レノ、あまり苛めてやるな。、昼食は私達だけだ」


苦笑いを浮かべながら襟を緩めるルーファウスは、絞められたネクタイを解くと、それを乱雑にシートの上に捨てる。
オールバックにしていた髪をかき上げ、軽く首を振ると、長い髪が頬の上をさらりと流れた。

髪を下ろしただけで幾分も若く見える今の彼は、年相応の外見をしている。
底意地が悪くても、まだまだ子供だったんだな・・・と、無礼なのかそうでないのか解らない印象を持ちながら、は窓の外を眺めた。


、午後からの予定は、そう肩に力を入れるものではない」
「・・・ありがとうございます」


気休めだろうと、少々の気を使ってくれるルーファウスには小さく笑みを返す。
恐らく夕方までずっとこの笑みを作り続けなければならないのだろうが、僅かな間の息抜きに甘え、彼女は自身に油断を許した。



やがて車はいかにも高級そうな店の前に停まり、前後の車に乗っていた兵が慌しく付近の警備に回り始める。
それを確認したレノは車から降りると後部座席のドアを空けた。
先に降りたルーファウスが、中にいるに手を差し伸べると、そこには早くも猫を被った彼女が穏やかに微笑んでいる。

心なしかピクピクと痙攣している口元に、ルーファウスもレノも小さく噴出すがすぐに押さえ、何食わぬ顔で店の中に入って行った。
相当限界に近いのか、その間にも彼女の表情はどんどん強張っていく。
ルーファウスは腹筋に力を入れながらさり気無く目を逸らすが、店内に入っても警護に気を向けているレノには、嫌でもの様子がわかってしまった。



、笑わせるな」
「そんなつもりは無いんですがね・・・」
「こ・・・こめかみも・・・ピクピクいってるぞ・・と・・・ンぶふっ!!」

「くっ・・・レノ、耐えろ。私まで笑ってしまうだろう・・・!」
「人の努力を笑うな」
「空回り・・・・報われないな、と・・・」


覚えておれよ小僧共・・・

歪だった彼女の微笑が、ゆっくりと自然なものとなり、だが段々と嘲笑の表情へ変わっていく。
針で指先を突付くように、じわじわと張り詰めていく空気に、素早く身の危険を感じた二人は本能的に笑が止まった。

先ほどののように、至極自然な微笑を顔に貼り付け、何事もなかったかのように奥の席へ彼女を促す。
引かれた椅子に腰を下ろした彼女は、すぐに二人を固めている空気を解き、小さく息を吐いた。




間もなく食事が運ばれ、和んだ雰囲気に二人は他愛ない会話をしながらフォークを動かす。
軽食程度のそれを食べている間に、気がつけばレノの姿は無くなっていた。
ボディーガードが不在というのは、本来あってはならない事だが、がいるとなれば問題は無いのだろう。
恐らく彼も今頃昼食をとっているに違いない。


「セフィロスが不在の今、夜に予定していた集会は中止だ」
「そうですね・・・話し合うべき事も、特に無さそうですし」

「たった1日セフィロスを早く帰らせた所で、大した意味は無さそうだが・・・。
 ふむ・・・まぁ、マスコミにはいい餌になるだろうな。社長も無駄な事をするものだ」
「ですが、それだけで終わりはしないでしょう。彼に会えるのは、暫く先になると思いますが・・・?」

「・・・だろうな。ミッドガルには遅くても明日の夕方には着くだろうが・・」
「今頃、急遽任務を言い渡され、夕方には別の場所へ・・・」

「最低2週間はみたほうがいいだろう・・・。
 記憶喪失の女性から一番頼りにしている人間を離すとは、酷な事をするものだ」
「そして明日には貴方ともお別れ・・・でしょうね」


神羅副社長である彼の立場を考えるなら、それは当然の予測だろう。
今朝テレビで騒がれた人間の中には、ルーファウスの名もあったのだ。
一先ず最も名を上げられているセフィロスを離す事はしたものの、次に目を向けられるのが誰か解らないほど彼らは鈍感ではない。
本来であれば、明日のミッドガル到着後もセフィロスがについているはずだったが、予定は変わってしまった。

ルーファウスも仕事柄自由の利く身ではなく、副社長といえど出来る事は限られていた。
実際、ミッドガルへ向かう事も月末の総会に合わせるためであり、それが終われば別の支社を回る日々が戻ってくるのだ。


「・・・・・・・レノは傍にいさせよう」


少し俯きながら与えられた彼の優しさに、は自然と頬を緩める。
それは彼が出来る最大の配慮であり、彼女にとっても安心できるものだった。

一人で生きる術を持つといっても、未だこの世界に不慣れな彼女の傍に、何も知らない人間を置く事が出来ないのは事実だった。
レノの役職ならば、傍に置いたとしても不自然ではなく、異論も返しやすい。

本来であれば、セフィロスを此処までへ同行させる事を許したのも特別な措置。
当初を使い、神羅のイメージアップを計ろうとしていた目論見も、社長らにとっては逆効果に近いものになっていた。

一介のソルジャーといえど、名高い英雄は神羅の顔と言っても過言では無い。
その彼に、妙な女の影をチラつかせるわけにはいかず、よもや彼が女に現を抜かして駄々をこねたと言われてはひとたまりもない。
配慮と言って容認していたものの、客観的に述べてしまえば現実は後者だった。

そこにどんな感情や思慮があろうと、他人には目に映る事実が現実であり、真実など本人達しか知らないのだ。
他人に教えたからといって、何かが大きく変わるかといえばそうではなく、ならば流れに任せるのも道の一つ。
仮に今その流れに逆らっても、状況が改善される見込みは少なかった。

幸いにも、はそれを理解し受け入れる事が出来る。
ならば、後にどう行動を起そうと、今は異論を唱えず、社長達の腹を満足させてやるべきなのだろう。


「ルーファウス、貴方は私に十分すぎるほど良くしてくれている・・・多少意地悪ですが」
「ついからかいたくなるのでな」

「わかっていますよ。
 ですが・・・ですから、貴方がそんな顔をする事は無い。私は貴方に感謝している」
「友人の力になるのは当然だろう?」


いつもの意地の悪い笑みとは違う、柔らかな笑みを浮かべたルーファウスに、も自然と同じような笑みを浮かべた。
言葉を返す必要は無いのだろうと、何も言わずグラスの水に手を伸ばすと、彼も気にしないように腕時計に目をやる。


「そろそろレノが戻ってくる頃だな」


言ってルーファウスが立ち上がると同時に、店の奥から両手に袋を持った赤髪の青年が現れた。
先ほどの笑みから、いつもの意地悪さが伺える満足気な笑みに変わったルーファウスは、ニヤリと笑うレノから片方の袋を受け取る。


、レノについていけ」


そう言ったルーファウスは、彼女の返事も待たず出口とは逆方向へ向っていった。
何処か浮かれる彼の様子に首を傾げ、レノに目を向ければ彼はついて来いと歩き出す。
明らかに何か企んでいるようだが悪い気はせず、本当に悪戯をする子供のような雰囲気の彼に、は何も言わず後を追った。
.


向ったのは、レノが出てきた店の奥。
目の前にある扉には、この世界の文字で書かれたプレートが貼ってあるが、にはこの世界の文字が読めなかった。
場所的にも、スタッフルームか何かだろう。

レノが扉を軽くノックし、返事が無い事を確認すると、彼は持っていた袋をに手渡した。


「コレに着替えて、今着てる服は袋に入れてくれ。
 終わったら呼んでくれよ、と。」
「はあ・・・」

「出来るだけいそげよ、と」
「わかりました」


何時もより早口で言う彼に、は言われるまま室内に入った。
それ程広くない部屋の壁には従業員が使っていると思われるロッカーが並び、中央には小さなテーブルがあった。
そこに持っていた袋を置き、中身を取り出すと、中には今自分が着ているものとは違うイメージの衣類が出てくる。
街中で見かけた若者が着ているものと似た系統の服に、彼らの考えを知り、は小さく笑いながら手早く着ているものを脱いだ。

細かい装飾品はレノに任せようと別にしたは、扉の向こうに居る彼を呼んだ。
すぐさま滑り込むように中に入ってきたレノは、彼女の姿を確認すると、軽く口の端を上げていつの間にか持っていた箱をテーブルに置いた。


「早かったな、と。アクセサリーはつけなかったのか?」
「付け方がわからなかったもので」

「了解、と」


返事を聞くと、彼は素早く置かれたままのアクセサリーに手を伸ばし、につけていく。
丁寧ではあるがゆっくりしているわけでもなく、むしろ急いでそれらの作業を進めるレノは、彼女が着ている上着のボタンを外した。


「・・・レノ?」
「こういう服は、上着のボタンを外すもんなんだぞ、と」

「そうなんですか・・・・」
「残念ながら、今は下心出してる時間は無いんでね」

「ざ・・・・」


残念という言葉に、冗談であれはやり彼はそういう系統の人間なのかと、は心持気を引き締めた。
そうしている間に、レノは持ってきた箱を空け、から化粧道具を出すと彼女の顎を上げて上を向かせる。
慌しく顔に乗せられていく化粧に、は抵抗する事も無く彼に身を任せ、すぐにそれを終えた彼は荷物をしまう事無く扉へ向う。

ついて来いという彼の言葉に早足で続くと、彼は店の奥の奥。
従業員の出入り口と思われる扉まで来ると、そこには同様にスーツから若者の服へ着替えたルーファウスがいた。


「お待たせしました、と」
「いや、丁度今来た所だ。後は頼んだ。場所は予定通り」
「・・・・?」

「はいよ、と。じゃぁ、、後でな」
「行くぞ、
「は?はい・・・?」


何をするかも言われぬまま、はルーファウスに手を引かれ扉をくぐった。
再び慌しく去っていくレノの背中を横目で見送り、ルーファウスの方を見れば、その後ろには灰色の壁に挟まれた狭い裏路地が延びている。


「暫く私のボディーガードをしてくれるな?」
「かまいませんが・・・」

「後でレノとも合流する。行くぞ」
「はあ・・・」


掴んでいた手を離し、歩き始めたルーファウスに、はやはり予想が当たったと小さく笑みを零しながら彼の隣についた。
大方このまま一般人に紛れて街中を歩き回ろうという計画だろう。
急襲の事前回避など造作も無く、このために午前に予定を全て詰め込んだのだと容易に察しはついた。

一言ぐらい言ってくれてもと思うものの、そうしなかったのは自分を驚かせたいという彼らの少年臭さ故だろう。
南国での散策のように、肩の力が抜けたルーファウスの背中に、は口の端を上げる。

この状況が遠い何かと重なるような錯覚を覚え、形にならない記憶が微かな懐かしさと共に胸元を掠める。
何処の世界でも、上に立つ人間は、稀に与えられた僅かな時に、立場と責任で織られたマントを脱ぎ捨てたくなるのだろう。

従者を困らせ、口を塞がせて歩くのが好きなのは、何処の主君も同じなのかもしれない。
信頼してこそ許される同伴を、当然のように許されては、文句を言う気も無くなってしまう。
友人関係とはいえ、警護を言い渡された今は平行して主従の関係がある。
根が従者気質なには、否と考える思考も無く、与えられる信頼は栄誉とも思えるものだった。

1週間弱とはいえ、早くも彼女の性格、根本を捕らえ、それを活用出来るルーファウスの能力は、上に立つものの必要最低条件の一つ。
持ち前のカリスマ性と冷静さ、判断力や洞察力等。
その他諸々の彼の能力をから、意地の悪さを差し引いても、が従う第一段階はクリアしていた。
とはいえ、調子づかせるのもからかわれるのも御免被るので、決して口に出す気は無いが・・・。



「・・・従ってみるのも悪くない・・・か・・・」

「?何か言ったか?」


ぽつりと漏らした言葉は、表通りの喧騒にかき消されたかと思ったが、ルーファウスの耳には届いていたらしい。
振り向き、見下ろした彼に、一瞬誰かと思いそうになったが、そういえば彼は髪を下ろしていたのだと思い出す。
全く印象の変わった偏屈王子に、黙っていれば可愛いものを・・・と思いながら、は小さく首を横に振った。


「今回は、みすみす攫われてやる事も無いだろう?」
「貴方の御身は、必ず・・・」

「期待している・・・が、それ程気を張る必要は無い」
「気晴らし・・・だろう?」

「お互い・・・大人しく篭に仕舞われる鳥では無いようだからな」




2006.10.16 Rika
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