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『父上!貴方が死ぬ事は無い!』

独特の浮遊感と、目の前で叫んでいる少女に、それが過去の夢を見ているのだと悟った。
まだ10代半ば頃の自分は、緋色の軍服を纏い、同じ服を着た男達に取り押さえられている。

『貴方は何もしていない!貴方が死ぬ理由など何処にも無い!』

−これはあの日の光景か−

『諦めないで下さい!!どんな時も生きることを諦めてはならないと、そう教えたのは貴方だ!!』


向けられる言葉に目を向けること無く、兵に拘束された赤茶色の髪の男は、石台の上に頭を押し付けられた。
羽交い絞めにされる自分は、振り上げられた斬首の刃に、喉を裂くような声を上げる。


−何故今更こんなものを夢に見る?−


『父上ーーー!!』


傷だらけの首に刃が食い込む前に、過去の自分が出した悲鳴を振り払い、は意識を引き摺り上げた。
開かれた瞼に先程の光景はなく、ただ薄暗い天井の陰が見える。



−寝つきが最悪なら夢見も最悪か−








Illusion sand − 27








静寂に響く規則的な音に辺りを見渡せば、時計の針と微かに明るくなった窓の外が夜明けを告げる。
時間的には不十分だが、脳はそれ以上の睡眠を望まず、夢のお陰か完全に冴えてしまった意識に、はベッドから出た。

覚醒しきった意識とは対象に、眠気の残る身体で窓辺に向えば、並んだビルの隙間から、暁に裾を焼かれた夜空が見える。
見下ろした窓の外は、街頭の下を歩く人も無く、町はまだ眠りの中にあった。


明け方の夢は現実になるというが、こればっかりはどうひっくり返しても現実にはならないだろう。
夢には意味があるものと無いものがあるが、今しがた見ていたのは間違いなく後者だ。
仮にあったとしても、それは父の死に際を思い出せた事ぐらいだろう。

既に仇も討ち、心の整理もついているそれについて考えても、出る答えはこれまで出してきたものと変わりは無い。
強烈ではあるが、断片でしかない記憶についてこれ以上考える必要はないと判断すると、は着替えを手に風呂場に入った。


昨夕の水滴が残るシャワーカーテンを引くと、飛んだ雫が濡れたバスタブの底に小さな波紋を作る。
蛇口を捻っただけで暖かいお湯がでるなど、本当に便利な世界だと思いながら、は寝巻きにしていたバスローブを脱ぎ捨てた。



踏み入れた足の裏にバスタブの冷たさを感じながら、もう片方の足を入れる。
が、白く骨ばったそれに、夢で目を背けた赤い雫が見えた気がして、は驚き目を向けた。

その瞬間、急ぎ体勢を変えたせいで、壁についていた手が滑る。
支えが無くなった上体を、水で滑る不安定な足が支えられるはずもなく、急な体重移動に案の定ズルリと足が動いた。


「ぬぁ!!」

ズダーン!!ゴッ!

「う゛!!」


天井が見えたと思った瞬間、腰の下に衝撃を感じると同時に鈍い音が浴室に響き渡る。
続けざまに頭に響くような鈍い音がしたかと思うと、の視界は一気に真っ白になった。

飛びそうになる意識の片隅で、老人のようだと考えながら、そういえば自分はそういう年だと変に納得する。
だが、その後人に発見されるまで失神するなど、年など関係なく恥である事に変わりは無い。
しかも、今のは轢かれた蛙のような体勢なのだから尚更だ。

朦朧とする意識を必死でつかみ、慌てて頭に回復魔法をかける。
引いていく後頭部の痛みと、はっきりしていく意識に、は心底胸をなでおろした。

仮にここで意識を失ったとして、自分で気付かなかった場合、発見者は恐らくセフィロスかレノだろう。

@が起きてこない
A呼んでも返事が無い
B鍵を開けて中に進入
C部屋の中に姿が無い
D風呂場に何かいた

全裸で潰れた蛙のような体勢をしながら、バスタブの中で白目をむく黒髪の女など、若い青年達のトラウマになりかねない。
自分にとっても大層な生き恥である。


とりあえずその危険性は去った所で、は慎重に起き上がった。
人から見れば情け無い姿だが、今しがた転んだばかりの本人はいたって真面目である。
他人に見られているわけではないのだから、小さな動きに一々構ってもいない。

強打した腰も多少痛むが、放って置いても問題ないそれに魔法は使わなかった。
下階の住人は起きたかもしれないと、内心頭を下げるが、だとするなら廊下にも聞こえているかもしれない。
この時間帯なら、ベッドから落ちたぐらいで片付けられるだろうと自分を誤魔化すと、は蛇口を勢いよく捻った。

降り注ぐ湯を頭から被れば、冷えた浴室は一気に湯気に覆われる。
じわりと身体に染みていく暖かさの中、何気なく視線を落としたは、足元から排水溝に流れる異色の筋に固まった。
同時に、先程の転倒の原因を思い出し、慌てて身体を確認してみるが傷など何処にも見当たらない。
体液の元を辿り、太腿に出来た筋を視線でなぞったは、その出元に再び思考を停止させた。



・・・・・・・・・・痔か?


・・・・いやこれは・・・・ぬ?


それは紛れも無くその血であるのだが、自分の記憶が正しければそれはかなりの間お目にかかってはいない。
狭間に居た頃から途絶え、年齢的にも完全に上がったものだとばかり思っていたが、百余年を経て再び訪れるとは思っても見なかった。

とりあえず、セフィロスが用意してくれた物の中にそれらしきものがあったはずと、は妙な彼の気遣いに感謝する。
彼が用意した・・・と言っても、実際は指示を受けた女性社員が中心に買い出したそうなのだから、あっても違和感はないのだが。

もし用意をしてくれなければ、危うくレノやセフィロスに自分の口から言う事になっていただろう。
女性だからくれる心遣いに、は顔も知らない女性達に心の中で頭を下げた。


そもそも、これは孕む女にあるものなのだが、相手が居なければ意味が無い。
一人でいた頃と違い、今は大昔のように周りに男性ばかりいるが、100歳も年が離れた死に損ないを抱く気は起きないだろう。

抱かれる方としても良心が痛む上に、高齢出産もいいところである。
とりあえず、それが可能なのだという他は、感想らしい感想は無いに等しかった。
レナが、誰かと共に生きる事を考えた事は無いかと言っていた気がするが、本人にその意思がなければどうしようもない。

とはいえ、大事な仲間の言葉をそう無碍にするのも、些か気が引けるというもの。
申し訳程度ではあるが、彼女の意思を少なからず尊重する意味で、はそんな未来を想像してみた。



平凡な家庭というイメージで、安易に農民を思い浮かべ、畑仕事に精を出す自分と、それを手伝いながら自然と戯れる子供。
思い描いた風景の中、我が子の顔がモーグリなのはあえて気にしないことにした。
必死に鍬で土を耕す自分の傍に、別の影を思い浮かべ、そこにこれまで会った面子を手当たり次第に思い出してみる。






〜社長の場合〜

子供「クポポ〜」
「社長、そろそろ肥料を撒いてはどうか?」
社長「ふん。何故私がこんな真似をせねばならない」

「貴様が肥料になりたいか?」
子供「クポ!?」


−終了−

問題外であった。
そもそも妻子ある者を当てはめる方が間違っている。
というか社長と家庭など御免被る。





〜ハイデッカーの場合〜

「ハイデッカー、肥料も撒いたし、土を均そうか」
ハイデ「ガハハハハハハハハ!そんなもの自分でやれ!!」
子供「クポ!?」

「転がしてやるから身体で均してくれるな?」


−終了−

だから何故問題外人物No2を当てはめる必要がある。





〜ルーファウスの場合〜

「ルーファウス、土も均した事だ。種は選んであるか?」
ルーファウス「、私がその程度の初歩的なミスをすると思っているのか?」
子供「クッポポ〜」

「それは良かった。では早速撒こうか」
ルーファウス「ああ、しかし・・・・鍬を片手に農作業するお前も、なかなか面白いな」

「白スーツで農作業するお前の方が面白いが?」
ルーファウス「ムキになるな。お前は農婦姿も様になるな。全く観察のし甲斐がある」
子供「ク・・・ポ・・・?」

「そんなに観察が好きなら、そこの草むらでカマキリでも見てこい」


−終了−

ダメだ。あの根性を叩きなおさねば無理だ。
そもそも友人と肉体関係にはなれん。




〜レノの場合〜

「レノ、もういい加減種を撒こう」
レノ「急かすなよ、と。せっかくなら、俺達の未来の種を撒いていたいぞ、と」
子供「・・・・グポ!?」

「は・・・?まぁ、未来に必要な種な事は変わりないが・・・。まぁいい。早くしなければ日が暮れてしまう」
レノ「明るいほうが好みか?結構大胆なんだな、と」
子供「クポ!?」

「暗くなっては見えんだろう。いい加減撒かねば、時期がずれて作物が育たん」
レノ「アンタがその花を開いてくれれば、俺はいつでも実をつけさせてやるぞ、と」
子供「・・・・・・・・クポー・・・」

「・・・・レノ、お前が考えている事。私の予想と同じなら、お前を山に捨ててきたいんだが?」


−終了−
いかん。レノにはどうも不届きなイメージが根付いている。
子役のモーグリが居るにも関わらず、そっちの関係は心底無理そうだ。




落ち着け私。
何だ?マトモな人間が全く居ないのは気のせいか?
人選が悪いのか、彼らがおかしいのかどちらだ!?

常識人だ。常識人を思い浮かべろ!




〜ツォンの場合〜

「ツォン、種まきをしよう」
ツォン「そうだな」
子供「クポポ〜」

「・・・・・・・・・」
ツォン「・・・・・・・・・」
子供「クポ〜」


−終了−

何だこれは。ある意味最悪ではないか!!何も想像出来ん。
そもそも彼とはそれほど話した事が無いのだから、想像するのも無理に決まっているだろうが。




〜ルードの場合〜


「芽が出たか。ルード、水をまこう」
ルード「・・・・・・・・・・」
子供「クポポポポ〜」

「天気がいいな。日差しがきつい」
ルード「・・・・・・・・」
子供「クッポポッポポ〜」


−終了−

ツォンを超える逸材が居た・・・・。
というかそれ以前に、彼の顔を覚えていなくて、唯一印象に残っているサングラスしか思い出せん。
イメージの中のルードが、サングラスそのものじゃないか。
人間ですらない。



〜ザックスの場合〜

「ザックス、作物も大分育ってきたな」
ザックス「そうだな。これならもうすぐ収穫できるかもしれないな!」
子供「クッポポ〜」

「ああ、笑顔がまぶしいよ。やはりお前は私の心のオアシスだ・・・」
ザックス「大げさだな〜。そんなに疲れた顔するなって。な?」
子供「クポ〜」

「そうだな。すまない。つい先程までの苦労で老け込んでしまったようだ」
ザックス「苦労したんだな・・・。まぁ、ホラ!これまでの事は忘れて、親子3人楽しくやろう!」
子供「クポー!」

「ああ。ありがとうザックス。お前と、私と、お前と私の子と・・・・お前と私の・・・子・・・」
ザックス「どうした?俺との子がどうかしたか?」
子供「クポー?」

「・・・ぬぁあああ!すまない!私は・・・私はお前との間に子を!!」
ザックス「!?今更どうしたんだよ?何か問題あったか?」
子供「クポポポポ〜!!?」

「問題大有りだ!よりにもよってお前と・・・孫のようだと思っていたお前と一線を越えるなど」
ザックス「おいおい・・・やっちまったもんは仕方ないだろ?」

「言わないでくれー!!この償いは死んで詫びる他ない!」
ザックス「いや、死ねない体だろ」

「そうだった・・・。では、せめて今からお前の御両親に土下座してくる!!」
ザックス「は!?」

「そしてそのまま旅に出る!一日7回ザックスの方角に土下座しながら、贖罪の旅路に向う!」
ザックス「!?ちょ、待てよ!ってばーーー!!」
子供「クポポポポポポーーー!?」



−終了−

ダメだ!
申し訳なさ過ぎてダメだ!!




〜セフィロスの場合〜

「・・・それで、家を飛び出してきてしまったんです」
セフィロス「・・・・そうか」


−終了−

最速か。
いや、仕方が無い事だろう。何しろセフィロスとは・・・最も想像出来ん。
子供の姿どころか、平凡な家庭像すら消滅している。
決して嫌いではなく、むしろ彼の事は好ましく思っているはずなのに、驚くほど先が見えないのは何故だろう。






「私は何を真剣に想像しているんだ・・・?」


申し訳なさ程度だったはずが、いつのまにか本気で考えに没頭していた自分に、は呆れながらお湯を止める。
適当に身体をふき、バスタオル1枚を身体に巻くと、荷物の中から必要な物を探す為、彼女は早足で浴室を出た。
が、扉を開けた瞬間、ソファに腰掛けている長い銀髪の青年をみつけ、彼女は思考も動きも停止した。


「・・・・・・」
「・・・・・・」



何故彼が此処に居るのだろうか。
真っ先に思った疑問に、は浴室の戸を半開きのまま、振り向いたセフィロスと数秒みつめあった。

彼を部屋に泊めた覚えもなければ、朝彼の姿を見た覚えも無い。
実は此処はセフィロスの部屋だったなどという事もあるはずがなく、暁に染まった部屋に彼が居るのは謎でしかなかった。


「・・・せめて何か着てから出てきたらどうだ・・・?」
「あ・・・いや、ちょっと忘れ物がありましたので」


彼女の姿に、セフィロスは気まずそうに言いながら、顔の向きを戻す。
その態度に自分の格好を思い出しただったが、当初の目的を思い出し、背を向ける彼の後ろを通って荷物の中から小さな包みを手に取った。

そのまま言葉発することも無く、慌しく浴室に戻った彼女は、エアロで髪を乾かしながら手早く着替えを済ませる。
コスタ・デル・ソルにいた時、セフィロスにドライヤーというものの使い方を教えてもらったが、時間がかかるそれを使う気にはならなかった。
自分の髪の長さでは、その道具を使った場合いつまでたっても終わりそうに無い。

明朝の訪問者に、何の用事だろうかと考えながら浴室から出ると、未だソファにもたれたままのセフィロスがこちらに目を向けた。


「おはようございます」
「ああ」


かなり眠気の混じる声で返したセフィロスに、火急の用なのかと思いながら、はソファに腰を下ろす。
だが、急ぎであれば風呂場に声をかけるはずであり、彼が何の用で此処に居るのか、彼女は検討がつかなかった。

テーブルの上には、昨日ルーファウスと飲んだワインのボトルが置いたままで、摘んでいた菓子もまだ少し残っている。
テレビをつけることもしないで、ずっと黙っていたらしいセフィロスに、は軽く首を傾げた。


「随分早い時間ですが、何か御用でも?」
「ああ。様子を見に来た」


眉間に皺を寄せ、辛そうに瞼を上げるセフィロスの言葉は、何時に無く順序もバラバラで、ともすれば寝言とも思える。
今にもソファに倒れて眠りそうな彼に、は面白い物を見れたと思いながら、見に来られるような事をしたかと疑問をもった。


「何故無理に起きてまで様子を見に?」
「見張りが、お前の部屋から大きな物音を聞いたと言って、起こされた」

「・・・・・・・」
「待っている間、眠くなってな・・・」



スンマセンでした。

それは間違いなく、先程風呂場で転んだ音だろう。

所々寝癖のついた髪で、欠伸を噛み殺す彼に、は言葉を続けられないまま微妙な苦笑いを浮かべる。
本当に起き抜けに来たのだろう。
グッタリとソファにもたれかかる彼は、いつもの黒いパンツこそ履いているものの、上はシャツをボタンもとめずに羽織るだけに留まっている。
胸どころか腹筋やヘソまで晒している彼に、もうすこし恥じらいをもったら如何かと考えるは、自分が裸体を見られたことなど棚に置いていた。
グローブもはめていなければ、当然あの長くて面倒そうなブーツも履いていない。
硝子に透けて見えた彼の足には、ホテルのスリッパが着用されているが、あんまりにもあんまりで見なかったことにした。



「・・・何かあったのか?」
「いえ・・その・・・まぁアレです。ちょっとベッドから転がり落ちただけです」

「そうか・・・そうだな。怪我は無いな・・・」
「ええ」



流石に、風呂場でひっくり返ったとは言えなかった。
ボソボソと物を言うセフィロスの目は殆ど閉じ、今にもそのまま眠ってしまいそうだった。
文句の一つぐらいは言われると思っていたものの、殆ど寝顔になっている彼の眉間に皺はなくなっていた。
呼吸が寝息と同じリズムになり始め、それでも何とか意識を保とうとするセフィロスは、猫のように頭をフラフラさせている。

相当眠いらしい彼は、ソファにもたれたまま、思い出したように呼吸を正す。
話が終わっても席を立たないのは、部屋を出る気が無いのではなく、眠気に邪魔されて出来ないだけなのだろう。

意識があるとはいえ、寝顔を見られているようなものだ。
この状態になった人間を見ているのは正直楽しいのだが、そのまま彼が行動を起すのを待つというのは少々酷である。


「この後は、部屋でお休みになるんですか?」
「いや・・・寝ても・・・多分・・起こされる・・・奴らに」

「では、暫くベッドを貸しましょう。6時になったら起します」
「・・・・助かる」

「いえ、元は私のせいですから」
「・・・・・・・・」


夢の中に殆ど浸かってしまっていた彼も、彼女の言葉に答えると気だるそうに身体を起す。
ゆっくりと立ち上がった彼は、先程より幾分か目が開いているが、ここで『やはり部屋に戻る』と言わない辺り、意識は半分以上寝ているのだろう。



器用なものだ・・・。



ベッドへ向おうとする彼に歩み寄り、はその身体を支えた。
が、それに気を抜いたのか、それとも限界だったのか、もしくは自分で移動するのが面倒になったのか。
彼女が背に手を添えた途端、セフィロスの身体はゆっくりの方に傾いていった。

体重をかけて段々と覆いかぶさってくるセフィロスに、そのままでは潰されてまた潰れ蛙になると、彼女は彼にレビテトをかける。
ふわりと浮いた身体に、眠気が完全に身体を支配した彼は、遠慮する事無くの上にもたれかかった。

意識の無い人間ほど重いものは無く、それでなくても彼は体格がいい。
幾ら戦闘技術に長けたと言えど、殴り飛ばすのと持ち上げるのでは訳が違う。

他の女性より多少力は勝るといえど、だって一応は女性である。
細身とはいえ十分筋肉のついた大男を持ち上げるのは、魔法の力なしには不可能だった。


普通は逆ではないのかと考えながら、は軽くなったセフィロスの体をそっと抱きかかえる。
今までで一番近く感じる彼の体温と香りに、支える腕とは逆に自身を包まれているようで、は胸の奥がむず痒かった。

それに気付くと同時に、その更に奥で、異質な空間に足を踏み入れる時のような感覚がする。
吹いた風に僅かに揺れた水面に似るそれは、胸の騒がしさに覆い隠され、僅かな鳥肌だけを余韻のように残した。



・・・・・何だ・・・これ・・・?



ゆっくりとベッドに近づきながら、モヤつきだす胸に彼女は内心首を傾げる。
感じた事の無いそれは大きな違和感となり、はちらりと自分の胸元に目をやった。



遂に心臓に毛でも生えたか・・・?



いや・・・いくらなんでもまさかな・・・。




万が一に胸毛が生える事があったとしても(あるわきゃないが)、流石に心臓にまでは生えないはずだと、は自分に言い聞かせる。
セフィロスを運ぶのが嫌なのかと言えばそうでもなく、人に見られて怪力と思われるのは勘弁したいぐらいだった。

違和感と言えど、それほど不快ではないのだから、気にする必要は無いかもしれない。
そう考えると、恐らく結果は出ないだろう思考を停止し、はセフィロスをベッドの上に下ろした。
人に運ばせておきながら、既に熟睡し始めている彼に、は小さく笑みを零す。

ふと、幼い頃、自分も彼のように寝こけて、父親に運んでもらった事を思い出した。
が、それに今の状況を当てはめてしまうと、セフィロスは意図するしないは別として、女である自分を父親として見た事になる。


・・・・・・・・。


気付かなければよかったと、は小さく項垂れたが、あまりに熟睡するセフィロスに苦笑いするだけに留まった。
肌蹴たシャツのボタンを情け程度に2〜3個とめ、静かな呼吸を繰り返す彼に布団をかける。

皺になるだろうとは思ったものの、寝ている彼の服を脱がせられるほど、は男の肌に免疫は無かった。
とはいえ、顔を赤らめて恥らうような乙女心も無いのだが。
着替えを見られても平然としていながら、他人の肌から目を背ける彼女は、少々特殊なのかもしれない。
そうでなければ、それはセフィロスが意識せず垂れ流す色気のせいだろう。


頬にかかる銀の髪をそっと払うと、彼は擽ったそうに顔を背けた。
つられてさらりと流れた髪の隙間に、男性特有の骨ばった喉筋が見え、彼女はふと、それに触れた日の事を思い出す。
あの時は運良く1度成功したが、その後思わぬ報復をいただいてしまった。

が、レノへの怒りが収まった今、その事を冷静に考えてみると、どうも放置出来ないことがあったような気がしてならない。
確かに、あの神経技の正体を教えてくれたセフィロスは、よく理解していなかった自分にとって、最も明瞭な答えを教えてくれた。

だがしかし、押し倒すまでは百歩譲って気にしないにしても、首に口付けた上に跡まで残さなくてもよかったのではないだろうか。
そこまでしなければ理解出来ない程頭が悪いと思われていたのだろうか・・・。


そうかもしれない。


これまで生きてきた中で得た知識は、食える草から始まり、国政、魔道まで、かなりのものがあるだろう。
しかしそれらは、生えてる草も違えば国家すらなく、魔法の使い方が違うかと思えば鉄の塊が空を飛ぶ科学力をもつこの世界では、全くの無意味ないのだ。

今のは、言葉を知り頭が働く分まだマシかもしれないが、実際この世界での知識は子供のようなものである。
逐一説明を受けねば物を扱えないこの状況では、頭の回転が悪いと思われる事があっても無理は無いかもしれない。




「・・・そこまで頭は悪くないんだが・・・」



今ここでどう言っても、早くこの世界の一般的な知識に慣れなければ、それは負け惜しみにしかならないだろう。
唇に口付けたぐらいで、責任を取れと言うほども重い女ではないので、言及する気はさらさらない。
だが、特別な感情がある訳でも無いだろうに、それで跡を残す理由はよくわからなかった。

考えれば考えるほど、セフィロスはレノよりも遥かに不埒かもしれないという考えが大きくなっていく。
事実であったなら仕方ないが、憶測の域を出ないうちは、そんな風に思いたくはないのが正直なところだ。
初めからセフィロスは誠実だったと思い返してみるが、この世界で初めて目覚めた日にザックスが言っていた言葉が思い起こされる。




『コイツ意外とムッツリかもしれないし、油断するなよ!』




・・・・・・・・・。



『何か変な事されたら叫べよ!』



・・・・・・・・・。





脳裏に思い浮かんだ、生き生きとしているザックスの顔に、はどうしたもんかと眠りこけるセフィロスを見る。

だが、彼が自分を丁重に扱ってくれているのは事実であり、自分の部隊を置いたまま、ずっと自分に付き添って来てくれている。
自分の為に時間も気もかなり割いてくれている彼に、邪な顔など見えはしなかった。

それに、仮にそんな気があったなら、行動を起す隙はいくらでもあっただろう。
にも関わらず、彼は何もしなかったではないか。

恐らく魔が差したぐらいの感覚だったに違いない。
そもそも、根本を引っ張り出せば、男も女も欲情や邪な面は必ずあるものなのだ。




蚊に刺されたぐらいに思えば良いか・・・。




その瞬間、自分がセフィロスを蚊扱いした事など、思考を終えたは気付きもしなかった。

立ち上がった彼女は、床に落ちているセフィロスのスリッパ見つけ、ベッドの脇に揃える。
普段なら決してお目にかかれなかっただろう、彼の私服は新鮮だったが、無意識に装備されていたスリッパの新鮮さの方が、遥かにそれを凌駕していた。

人間、寝ぼけていると、何を仕出かすかわからないものである。


寝息を立てるセフィロスにちらりと視線を向けると、は赤く染まった窓の外を眺めた。
随分と長い朝に、それも悪くないと考えると、ソファに腰掛けてテレビの電源を入れる。

朝も早くからカメラの前で原稿を読む女性に感心しながら、は朝のニュースを眺めていた。






−1時間後−
に起されたセフィロスは、彼女との会話開始直後からぷっつりと切れた記憶に、本日最初の溜息を吐く。
挨拶もそこそこに部屋を去った彼は、見張りのソルジャー達に意味深な目線を送られ、目覚め5分で眉間に皺を寄せながら自室へ戻った。


その後、『ボタンかけ違え』『スリッパソルジャー』という単語が廊下で囁かれていた事を、彼は知らない。




月のモノが来るのは、ちょっと後に必要になるので入れました。
ついでに最近苦労しているセフィロスに、ちょっとした息抜きをあげようと思ったんですが・・・・逆効果?
今回は、軽く実験をしつつ書きました。台詞だけで進める形式の部分なのです。
うん、楽かと思ったんですが、そうでもなかったですね。書き手も読み手も疲れますネェ・・・ダメじゃん。テンポいいだけじゃダメだわ。もうやらんと思われ・・・。
2006.10.05 Rika
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