次話前話小説目次 

レノの攻撃。神経技を使った。
の精神に480のダメージ。

アビリティ・カウンターによりがレノを投げ飛ばした。
レノの身体に50のダメージ。
レノの精神に5000のダメージ。

の攻撃。
レノの身体に30のダメージ。
レノの精神に4000のダメージ。

レノをやっつけた。
32の経験値を獲得。
は『精神技』をラーニングした。


後に、それが覚えなくても良い技だと知る事など、その時の彼女は全く知りもしなかった・・・。





Illusion sand − 23





腹を探るのを諦めたのか、その後のレノとの会話はごくごく普通のものだった。
先程使われた神経技の事について話を出すと、彼は呆れたような顔をしたので、この世界では基礎的な戦闘術なのかとは考える。
接近戦でしか使えない上に、そんな事をする前に昏倒させれば良いのだから、にとっては不要と言えただろう。
だが、何処か裏のありそうな笑顔を浮かべるレノが、楽しそうにコツを教えて来たため、彼女は大人しく彼の言う事を聞いていた。

もしかしたら、何かの役に立つかもしれないし、自分の知識や技術が向上するのは、いつだって嬉しいものだ。
嬉しそうに指導するレノを見ていると、昔会った誰かを思い出せるようで、悪い気分ではない。

元来た道を戻り、ルーファウスの部屋の前まで着くと、丁度出てきたセフィロスが見えた。
明らかに疲れた表情をしている彼に、余程ルーファウスに遊ばれたのだろうと同情しながら、二人は彼の元に向った。


「丁度よかったぞ、と」
「お疲れ様です」
「・・・もういいのか・・・」

「ああ。久々に楽しめるデートだったぞ、と」
「お楽しみいただけたなら幸いです・・・が、これはデートなんですか?」
「その様子では、何もされなかったようだな・・・・・」


この英雄はどういう目で自分を見ているのだろう。
少々不服に感じながらも、未遂とはいえ彼女の唇を頂戴しかけた事を思い出し、『何も無かった』わけではないと、レノはニヤリと嫌な笑みを浮かべた。
それに対し、セフィロスの表情が怪訝なものへと変わり、どこか剣呑な雰囲気が漂い始める。
彼の表情を面白そうに眺めるレノは、その笑みを柔らかなものへ変えると、そっとに顔を近づけた。


、秘密にした方がいいのか?と」
「・・・は?何をですか?」


意味深な雰囲気でセフィロスを挑発しようとしていたはずが、まったく理解していないと言わんばかりのの返答に、レノは笑顔のまま固まった。
心なしか、その瞳に悲しみの色が映っているが、それに気付く者はここにはいない。


「レノさん・・・悲しいぞ、と」
「もしや、貴方が不埒な真似をして私が投げ飛ばしてしまった事ですか?」

「一言多いぞ、と!!」
「・・・・・・・・・・・・私が貴方を投げ飛ばした事ですか?」
「省く言葉が逆だろう・・・」


彼女の思考は、悉くレノの意図と正反対に向う。
挑発どころか自分の失態を二度も口にされた挙句、セフィロスに言を指摘されたレノは、項垂れながら大きく溜息を吐いた。
同情と呆れの混じった視線を向けるセフィロスと、またも不埒呼ばわりするに、彼の胸には切なさが募る。


「本気で悲しいぞ・・・と」
「はぁ・・・・申し訳ない・・・」
「・・・・・・・」


本格的に落ち込み始めたレノに、は何をそんなに気落ちしているのかと考えながら、彼を眺めていた。
とりあえず、自分の言動により彼を落ち込ませてしまった事は間違いないので、謝罪を口にする。

だが、「不埒な真似をした」と「投げ飛ばされた」のどちらかを省くとなれば、前者を省くのが普通なのではないだろうか?
それとも、彼はその如何わしい行動に誇りでも持っているのか・・・いや、それはないだろう。
確かに男が女に投げ飛ばされたというのは、あまり言ってほしくないかもしれないが、不埒呼ばわりされるよりマシだと思う。

やはり、彼が何故落ち込んでいるのか、にはわからなかった。
そもそも、レノは何を秘密にするかと聞いてきたのだろう。


「ハァ・・・俺はそろそろ仕事にもどるぞ、と。じゃぁな」
「お気をつけて」
「・・・・・」


どんよりと肩を落とし、去っていくレノを、はどうしたのかと。
セフィロスは成仏してくれと思いながら見送った。

とりあえず、レノがに対して何かしたのは確かだ。
しかし、彼女の言葉や今の仕打ちを見る限り、それの3倍ぐらいにして返されたのは、多少同情を覚える。

不埒な真似をしたと言うのだから、正当防衛なのだとはわかるが、同じ男としてこんな細腕をした女に投げ飛ばされるのは、確かに切ないものがある。

この後の予定も特に無く、するべき事も無いセフィロスは、今後の話し合いをするべく、彼女を連れて宛がわれた部屋へ向った。
・・・と言っても、話す内容はルーファウスの誘いにどう対応すべきか、という事が主になるのだろうが・・・・。












神羅兵の制服の中、私服に近い格好で歩く二人組を、すれ違う兵達はチラチラと盗み見ながら、会釈しては通り過ぎていく。
すれ違う兵達に会話を聞かれないよう、話の間合いに注意しながら、二人は廊下を歩いた。
同乗する兵達にとって、格好の話題になっていると、珍しく女性と会話しながら歩くセフィロス。

兵達の視線は一度二人に止まり、次の瞬間にはへと向うと、すれ違う間際まで穴が開くほど彼女を見ていた。
それに律儀に礼をすると、僅かに視線を向けるだけのセフィロスは非常に対照的だ。
普段ならば、彼女のように礼をするはずのセフィロスだったが、通り過ぎてから仲間内とヒソヒソ話す兵達に苛立ち、その表情はあまり思わしくない。

確かにはかなり変わった人間だが、どんな人間であれこんな反応は気に掛かるものだ。
どうでも良いと考えているようにも、我慢しているようにも見えない彼女の表情は、何かを懐かしむ時のそれに似ていた。
この兵達の反応も、過去に何処かで慣れていたのだろうか。







それにしても、この視線は勘弁願いたい。

二人の姿を見つけるや否や、一緒に居た者とこちらを凝視する視線。
廊下を横切り、別室に入った瞬間驚いたようにドアから顔を出す視線。
何処からか情報がいったのか、ドアに群がって小さな窓から必死に覗き込む大勢の視線。
すれ違った後、何度もこちらを振り返る視線。

視線。
視線。
視線。



背中や扉の向こうから僅かに聞こえる兵達の会話は、当然の如くの事だった。
確かにこの視線は耐え難いものではあるが、英雄という名を持つ彼はそれにある程度慣れているし、話題にされる本人ではないセフィロスが気にすることでもない。
気にすることでもないのだが、鼻の下を伸ばしたり顔を赤らめたりと、情けない顔で彼女を見る兵達に対し、彼は視線のうざったさ以上に妙な苛立ちを感じた。

廊下を進み、野次馬根性を出す兵達が増える度に、自分の眉間に皺が寄っていくのがわかる。
目つきも悪くなっていると自覚しているのに、それを直そうとしないのは、自分の顔を見た兵が、情けない表情を瞬時に直すからだった。

彼らが怯えようと、青ざめようと、今の彼には大した問題ではない。
ちらりと隣を見てみれば、の表情も呆れに変わっている。
敵意を露にした表情のまま、彼が辺りをぐるりと睨みまわすと、兵達は蜘蛛の子を散らすように持ち場に戻っていった。

ルーファウスが今の自分を見たら、先程の比では無い程からかわれるかもしれないが、その考えも脳の片隅に欠片ほどある程度だ。

明らかに過剰だと自分でもわかっている。
だがそれも、不用意に彼女に近づき、無駄な情報を得させないための防衛だと、セフィロスは自分の中で結論を出した。

彼が、それが『執着』と『独占欲』であるという事に気付くのも、彼女がそんな彼に気付くのも、まだまだ先の話のようだ。


尚もメゲずに扉の窓からこちらを盗み見る視線に、彼はの手を取り、人通りの少ない廊下へと進んだ。
回り道になるのは解っていたが、あのまま進んでいても同じことの繰り返しだっただろう。

ただでさえ社長息子のお陰で疲れているというのに、これ以上は勘弁願いたいと選んだ道は、どうやら正解だったらしい。
本来は勤務時間帯であることもあり、進んだ廊下に人はいなかった。
壁にあるドアは窓がなかったので、先程のような視線も無い。
少し肩の力を抜いたに、セフィロスは辺りを軽く警戒しながら、彼女にだけ聞き取れる程の声量で話し始めた。




「レノはどうだった?」
「不埒な方ですね」

「そうじゃない」


レノのに対する反応。
警戒のし具合がどんなものか聞きたかったのに、印象を答えられても少々困る。

どうだと聞かれて不埒と答えられるレノもどうかと思うが・・・。
即答で「不埒」と呼ばれるなど、一体奴は彼女に何をしたのだろうか。
だが、その質問は今するべき内容でもなく、とレノの問題だ。
気にならないと言えば嘘になるが、それは所詮興味本位でしかなく、平然としている彼女を見る限り、それほど大きな事はされていないだろう。

とはいえ、彼女は裸を見られても「見たものは仕方がない」という人間なので、実際どうかはわからないが・・・。
いや、考えてみれば、その「仕方がない」で済ませる彼女に、不埒と呼ばれるなど、レノは本当に一体何を仕出かしたのだろう。



「警戒はそれ程ではありませんでしたが、情報を得る努力は惜しんでいなかったようです。
 もっとも、大した事は教えてあげませんでしたけど」
「そうか・・・」


まだまだケツが青いわ。
とでも言いたげに、小さく鼻で笑いながら言うを、セフィロスは横目で眺めていた。
この様子では、やはり何か大きな事をされたわけではないのだろう。
大した事は教えていないという彼女に、いらぬ心配だったかと、彼は小さく安堵した。


「とはいえ・・・結果的には怯えさせてしまったようです。危うくあの銃とかいう武器で身体に風穴を開けられるところでした」
「・・・・・・・・」


何がどうしてそんな事になったんだ?
これはもう、二人の個人的な問題や不埒な行動を気にする前に、何があったのかしっかり聞かなくてはならない。
もし、レノとまでルーファウスと同様のやりとりをする事になるなら、自分の胃袋には間違いなく大きな穴が開く。
恐らく彼女も、既に後々の事を考え、二人にはある程度の情報を与えた方が良いと考えているだろう。
そこで、彼らの助力を受けるかどうかは、その意思次第だが。


「詳しいお話は、部屋に入ってからにしましょう」
「そうしてくれ」


一喜一憂する自分にも疲れ始め、考えるのは彼女の話を聞いた後の方が良いとかんがえると、セフィロスは辿り着いた部屋の扉を開けた。
自分に宛がわれた部屋と同等の広さがある彼の部屋は、一般兵の船室の4倍はあるだろう。
本来であれば彼も、他の兵達と同じ大きさの部屋に通されるのだが、の部屋近くとなると、同じ乗客用の場所しかない。
最低限とはいえ、乗組員のそれより遥かに設備が整っている室内も、彼の性格故だろうかベッド意外はあまり使っているように見えなかった。

椅子の上には彼の荷物が置かれ、組になっている小さな机の上には、彼の刀と手入れの道具が途中のまま置かれていた。
そういえば、こちらに来てから自分の剣を彼に預けた為、全く手入れしていなかったと考えながら、は布に包まれたまま壁にかけられている自分の剣を眺める。

立ったまま話すわけでも無いだとうと考えながら、腰掛られるものが無い室内を軽く見回すと、は仕方なく彼のベッドの上に腰を下ろした。

相手がレノや社長達ならば椅子の上を空けさせるが、セフィロスが相手という事で無駄な心配はしなかった。
もし、彼が万が一何かしようとしたとしても、レノ同様投げ飛ばされるのがオチである。
以前の、運転手耳たぶ凍結事件や、アバランチ説教事件で、馬鹿な真似をしたらどうなるか、セフィロスもわかっているだろう。
そもそも、自分に手を出すような気が彼にあるとは思えないし、自分を女として見てもいないだろう・・・多分。

そんな風にに思われているとは露知らず、セフィロスは普通にベッドに腰を下ろした彼女に固まっていた。
それは椅子が使えない以上仕方ない事であるし、そこに腰を下ろしたからといって大した事ではない。
自分が何かする気もないので、問題がないといえば問題がないが・・・・彼女は自分が男であるという事や、此処が男の部屋であるという事を忘れては居ないだろうか?

女として無防備だと思えてしまう彼女の行動。
それでありながら、過度の油断も無く、何時でも戦い出せるような隙の無さ。
全く持って珍しい人間である。


何時までも彼女を眺めているわけにもいかず、だがベッドに座らせたままにしておくのも気が引けて、セフィロスは椅子の上の荷物を下ろした。



「こっちに座ってくれ」
「わかりました」


言われて腰を上げたを確認し、セフィロスはが座っていた場所へ腰を下ろした。
やはり何処か微妙な気がするが、先ほどよりは幾らかましなので、良しと考える。


「それで・・・レノの事でしたか・・・」
「ああ」

「・・・・・彼は・・・」


不埒という言葉は出なかったものの、が語るレノとの大まかな会話に、セフィロス予想通りと納得しした。
タークスである彼を欺こうとするのは、普通の人間のそれより何倍も無理がある。

ルーファウスの事を踏まえても、深刻な状況などではないのだから、楽観的に考える事は幾らでも出来た。
これからの事を考えるなら、二人の事は「そこそこ強い味方」と考えて良いだろう。


「私の国も、この船と似た物を持っていたのですよ」
「似てるもの・・・?」

「ええ」


炎のクリスタルの力を使った火力船。
犯してはいけない領域に手を伸ばした人間への咎は、国のみならず世界も巻き込む罰となって落ちた。
もっと強く陛下を止めていれば良かったのか、それでも結果は変わらなかったのか。

多くのものを失ったが、過ぎてしまった今では、どうにもならない。
けれど、100年以上経ってもそう考えてしまう自分を止められずにいる。

あの頃の私は、きっと幸せすぎたのだろう。



微かに自嘲の笑みを浮かべる彼女の話を理解しながら、彼は寝台から起き上がれずにいた彼女の話を思い出していた。
あの時、欠片ばかりに得た彼女の言葉。

王宮兵士と彼女は言っていたが、一介の兵が主君を止めるなど出来はしない。

神羅に置き換えればすぐに納得できる。
一般兵は社長に話しかける事なんて出来やしない。
タークスでさえ、社長に対し「この企画はやめるべきです」なんて言っても相手にされない上にクビだ。

それが国家というものになれば、主君に対しそんな事を言えば相応の処分になるのだろう。
『陛下を止める』という事は、国家での計画であり、それに賛否を唱えられるとなるとかなりの地位になる。
それでも免れない不敬の上で、『もっと強く』と言えるならば、地位的にも関係的にも統治者に近くなければならないはずだ。

反神羅組織を撃退した後に語った、軍事的な考え方も、その予測を裏付ける大きな要因になっている。



そして、もう一つ理解した事。

眠りに落ちながら語った『幾百の年月』という言葉。
聞き違いかと思っていたが、今目の前で目を開けている彼女は、確かに『100年以上経っても』と言った。
風の匂いを忘れ、空に瞬く星を忘れ、数え切れない間狭間で過ごしていたと。

彼女は、この世界での人としての寿命を遥かに超えている。
不老不死という事なのか、それとも彼女の世界の人間が、こちらの世界の人間より年をとらないのか。

何処か年寄り染みた見方や反応も、生き続けた長さを考えると、ようやく納得できた気がした。
だが、此処まで年の差がありすぎると、逆にこちらの感覚が麻痺してしまうようだ。

世界が違うだけで十分なのだから今更と思っているのか、それともだからなのか。
見た目は自分とさして歳の変わらない彼女に、彼はこの期に及んでどう特別視する意識も無くなっていた。

その性格を見るあたり、彼女を年下扱いする事も、女として見る事も出来る自分が居るのだ。




ただ、冷静に考える脳とは対象に、彼は何度目かの祖国を語った彼女の瞳を見つめたまま、目を離せずにいた。
星夜の時のような、注意しなくては見えないものではない。
その目に、初めて誰もが見て取れるような大きな憂いを見せた彼女に、セフィロスは追いやられていく思考さえ気に止める事は出来なかった。


多くを無くしたと彼女は言った。
幸せすぎたと彼女は笑う。

絶望を知る目で砂漠に現れ、慈しむように空を見上げた。

何故と問われればわからない。
だが、だから彼女の隣は心地よいのだろうと。

そんな事を漠然と考えていた。




「本当に懐かしい・・・。
 試作品に乗ったら毎回のように故障して止まらなくなって、何度も座礁しましたよ。
 いい加減にやめろと言っても、計画は止まらないし・・・・。1度、陸地に突っ込みそうになった事もありましてね。巻き添えで死ぬのが嫌だったので、近くにいた知らない船団に飛び移ったんですが、それが海賊船で。随分ボロいとは思っていたんですが、どこかの商船だと思っていたので驚きました」

「・・・・・」


そりゃぁ海賊の方ももびっくりしただろう。

真面目な雰囲気になったはずなのに、どうして次の話が思い出の笑い話なのだろう。
予測できない彼女の思考回路に、セフィロスは益々妙な女だと、を見つめていた。




「それで、動力炉や倉庫は雰囲気が似ているので懐かしくて、つい感傷に浸ってしまいました」
「・・・・そうか」

思い出がいっぱいだな。


「それで、ボーっとしていたら、視界の先にレノがいたようなんですよ」
「ああ」

案内人をオプション扱いか・・・。


「よくわかりませんが神経技を使われまして、接吻されそうになったので投げ飛ばしました」
「・・・・・・・・・・・・・・」


は?


の口から出た予想外の言葉に、セフィロスは耳を疑った。
言葉を失い固まる彼のことなど気付かないまま、彼女はレノの行動を思い出し、恥ずかしさに表情を崩す。


「その後武器を出されてしまいましたので、匂わせる程度に私の力量を・・・」
「ちょっと待て」

「はい?」
「今何と言った?」

「・・・全く不埒な方です」
「レノが不埒なのはわかった。その前だ」


その言葉もどうか。
完全に不埒者決定されているレノの事など無視し、セフィロスは再度彼女の言葉を聞きなおそうと、言葉を急かした。
至極真面目に、どこか不機嫌に声を低めた彼に、は首を傾げながら先程の言葉を思い出す。


「投げ飛・・・・ああ、せ・・・接吻されそうになりました・・・ですか?」


聞き違いではなかった。
その唇から紡がれた二度目の言葉に、彼はどこか気持ちが落ち込んでいくのを感じた。

彼女を送り出したときも、戻ってきた時も、何かあっても自分は関係ないと彼は思っていたはずだ。
だが、いざ実際に、未遂とはいえあったのだと、彼女の口から聞くと、少なからずショックを受けている自分が居る。

しかし、何故ショックを受けているのかがわからない。
彼女の容姿なら、別にそれなりの経験があってもおかしくはないはずだ。


アレだろうか?
自分の子供ががどこぞの馬の骨に手を出された父親の心境なのだろうか?
だが、自分がを見る目を考えると、それとも何か違う気がする。
気に入った玩具を取られた子供・・・とも異なる。


「・・・・・・・本当か?」
「ええ」

「・・・・・・・・・・」
「何か?」

「・・・・・・・・」
「・・・セフィロス?」


この怒りは何だろう。

何故かレノに対して感じてしまう小さな苛立ちと、直後に投げ飛ばされた彼に感じる男としての同情に、セフィロスは益々自分がわからなくなった。

黙りこくったセフィロスを、は何なんだと彼を見る。
声をかけても反応しないまま、感情を抑えるように無表情になった彼に、もしや彼はレノが好きなのかという考えが頭を過ぎる。

が、あまり想像したくない図に、すぐさまその思考を脳外へ追いやった。
他人の趣味をどう言う気は無いが、そのような憶測で事を考えるのは良くない。
自分の精神衛生上も良くない。

馬鹿げた想像に自分を殴りたくなる衝動を抑え、彼女は思考を切り替えた。
このままではいつまで経っても話が終わらないだろう。

「セフィロス、説明を続けても・・・?」
「・・・ああ」

「かなり警戒していましたが、敵意が無い以上問題は無いという結論に・・・・」



再々すぐに頭を切り替えてくれたセフィロスのお陰で、その後の説明は難なく終えることが出来た。
ドラゴンの倒し方について、彼にも説明してみたが、やはりと言うか、驚いた顔をしてくれる。
ただ、レノのように警戒を強めるような事は無く、自分相手にはそれはしないという事を彼もわかってくれていたようだ。

ソルジャーやタークスに勧誘されたと言ったら、少しだけ表情を変えたが、気になるほどでもなかった。


「まぁ・・・こんな所ですね」
「そうか・・・・」

「そちらは大丈夫でしたか?」
「・・・・・・・・・」


ルーファウスとの会話についてどうだったか。
それを聴いた瞬間、セフィロスの眉間に一気に眉間に皺がよった。

ここまで感情を顔に出されるのは珍しいと思いながら、彼にこんな分り易い反応をさたルーファウスに感心する。
出てくる感情の種類に多少問題があるが、それはあえて考えないようにした。


「個人的にとは言っていたが、お前を全面的にサポートしてくれるようだ」
「やはりそうきましたか」

「・・・どういう意味だ?」
「いずれわかります。まぁ、大した事ではありません。ご安心を」


予想通りと言いながら、まだ別の一つ含みがあるような彼女の言葉に、セフィロスは小さな引っ掛かりを覚える。
が、微かに口の端を上げながら静かに流したに、彼はそれ以上の言及を阻まれた。

彼女がそう言うからには、自分にはそれほど影響の無い事なのだろう。


「後々の事を考え、此処は彼の好意に甘える事にします。
 いつまでも貴方にばかり頼っているのは、申し訳ありませんし」
「俺は別に・・・・・」

「既にかなりのご心労をおかけしていますからね」
「・・・・お前が気にする事じゃない。俺が勝手にやっている事だ」


そう言って目を逸らしたセフィロスに、は笑みを零す。
その顔は無表情で、どこか不機嫌さが伺えるが、口にしてしまった言葉がある以上、照れているだけだとモロバレである。

普段押さえている感情が、こうも表に出てしまうのだ。
いくらか心を許してもらっているのだとしても、セフィロスが相当疲れている事に変わりはない。


ゆっくりと手を伸ばし、彼の頭に乗せると、その目が微かに驚いたように変わる。
銀の細糸に指を絡め、そっと梳いてみれば、彼は一瞬不服そうな顔をして、次の瞬間溜息をついて目を伏せた。

あの夜のように素直な反応をもらえたわけではないが、まだ2度目のそれに抵抗しないという事は嫌ではないのだろう。
瞼を伏せた彼の顔が、どこか子供の表情に変わる所を見ると、嫌というよりも好ましく思っているように感じる。

甘え方を知らない、大きな子供・・・と言ったところか。


彼を子供としてみているわけではないが、時折何処かを見ている彼の目が酷く空虚な色に見える。
それを見たときも、こうしている今も、彼の危うさを危惧してしまうのだ。


指の間を通る彼の髪は触り心地が良い。
昔、自分も誰かにこうしてもらったと、は遠い記憶を漠然と思い浮かべていた。

と、ふと自分の指先を見て、は先程レノから教えてもらった新技の事を思い出した。
いきなりやるのはどうかとも思うが、前もって言っても拒否されそうだ。
ザックスがいない今、他に試して許してくれそうな相手もいないし、痛いわけでも痕が残るわけでもないのだから大丈夫かもしれない。

レノは出来るだけ人にやるなと言っていたが、それでは何の為の技なのか。
それより使える神経技や関節技をはいくつも知っているが、せっかく身に付けられる技なら完璧にしたいのが武人の性というものだ。


申し訳ござらん。


心の中でセフィロスに謝ると、は彼の髪に絡めた指を静かに落とした。

優しく撫でていた手が離れ、セフィロスはゆっくり瞼を上げる。
夢から覚めたように、微かに視線を彷徨わせた幼子の瞳は、目の前にいた彼女の苦笑いに、すぐに大人のそれになった。

どうかしたのか?
そう聞こうと口を開きかけた瞬間、彼は首筋に触れるものを感じた。
それが彼女の指なのだという事はわかったが、そこから殺意のようなものは感じられない。
何をするつもりなのかという思考も、肌の上を滑った指先により途端に吹き飛ばされた。

慣れない情交の戯れに似たそれは、ゆっくりと彼の首筋を撫で、喉を這い、理解が追いつかない彼の敏感な場所を探す。
ほんの数秒前まで頭を撫でていた温かな手が耳たぶにそっと触れ、指先が耳にかけていた横髪を絡めた。

そこにきてようやく驚きから脱したセフィロスは、彼女が何をしているのか理解する。
だが、そのまま手を止めた彼女は、欲情を求める表情を浮かべるでもなく、何かを思案するように小さく唸った。



「・・・・・・・上手くいきませんね。
 ・・・セフィロスは効かないタイプなのか・・・いや、私が未熟なんだろうな・・・」
「・・・何がしたいんだ?」


彼女の行動と意図が食い違っているように思え、セフィロスは彼女の腕を掴んだ。
相も変わらず色情とはかけ離れた・・・この状況でもそれが変わらないに、良くも悪くも唯でさえ謎の多い彼女の意図がさらにわからない。


「すみません。失礼とは思ったのですが、レノに教えてもらった神経技を使おうと・・・・」
「・・・・・・・・」


あの男は一体何を教えてくたんだろう。
しかも彼女は何だって自分で試してくれるのだろう。

そういう事はザックス辺りで試して欲しいと思ってしまうが、しかしそれはそれで問題がある。
首に触れていた手の動きを考えると、彼女の言う神経技が、本当に戦闘術かどうかも非情に怪しい。
怪しい怪しくない以前に、恐らくそれは戦う為のものではなく、別のものだろう。


「レノにはあまり人に使うなと言われていたのですが、身に付けられる技や術はどうにも習得したくなる性分で・・・」
「それで・・・俺なのか」

「他に誰も思い浮かばなかったもので。
 痛いわけでもステータス異常が起こるわけでもなかったので・・・
 許していただけないかと思いつつ・・・つい」
「・・・・・・・・」

「申し訳ありません」
・・・・・・それは、覚えなくて良い技だ。絶対に覚えるな。いいな?」


@の貞操が危なくなる。(あまり心配無いが)
Aつられて手を出そうとした相手の身がの反撃によって危険になる。(レノの二の舞である)


何故このぐらいの事も知らないのか・・・。それとも忘れているだけなのか。
セフィロスは妙な所で無知な彼女が心底心配になった。

何時に無く必死にいいきかせるセフィロスに、は少々呆然としながら小さく頷く。
一応の安心に大きく息を吐き、肩の力を抜いた彼に、何がいけないのかと考えながら、彼女は首に触れていた手を引いた。

が、その瞬間、幸か不幸か引き抜いた彼女の指先が偶然彼の首を撫で、体がピクリと反応した。
思わぬ成功にが驚くのも一瞬。
やめろと言われた直後のそれに、彼女が謝ろうとするが、その前にセフィロス手が彼女の腕をがっちりと捕らえた。


「・・・・・・・・」
「す、すみません。偶然です。あ、でも成功したみたいですね」

「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」

「・・・・・・・」
「・・・申し訳無い・・・」


じろりと睨みつけるセフィロスに、は多少引け越しになって頭を下げる。
よもや彼にこんな睨まれかたをされるとは思ってもみなかった。

が、そう考えるのと同時に、彼の目が昔頭突きしようとして押し倒してしまったバッツと重なる。
芋ズル式に呼び起こされたその後の記憶に、つい口の端が厭らしくつり上がり、の顔は意地悪さと腹黒さが混じった嫌な笑みへと変わっていた。
慌てて真面目な顔に戻すものの時既に遅く、彼女の表情の変化をしっかり見てしまったセフィロスは、その表情を益々不機嫌なものへと変え、盛大な溜息を吐く。

これはイカン。


「あー・・・セフィロすぉおお!!」


弁明しようと彼の名を呼びかけた瞬間、指先で耳元を擽った彼の不意打ちに、は男らしい悲鳴を上げた。
あんまりの色気の無さに、セフィロスも一瞬呆けたが、構わず彼女の首筋を撫ぜていた手を引っ込める。


「何をするか!!」
「お前は、これの意味がわかっていないだろう・・・」

「相手の不意をつき、その隙に攻撃をする」
「・・・・・・・・・」





全く的外れな答えを正解だと思い込んでいるは、何を言っているのだろうとセフィロスを見た。
明らかに違う答えを自信満々に言ってのける彼女に、彼はまた盛大な溜息を吐くと、彼女の腕を掴んだまま立ち上がる。

何をする気だと首を傾げるの片足を掴み、腕を捕らえていた手で腰を掴んでも、彼女は大人しく彼の行動を見ていた。
彼女の身体を持ち上げ、ベッドの上に乱暴に放り投げた彼に、は『やはり不意打ちで攻撃で合っているはないか!!』と小さく喜ぶ。

が、その喜びも、自分以外の重さに軋んだベッドのスプリングと、顔に掛かった銀の髪によって一気に拭き飛んだ。


ポカーンと口を開けて呆気にとられる彼女の上には、先程と同じく不機嫌そうなセフィロスの顔。


驚きだとか、戸惑いだとか、恥じらいだとか。

そんなものは別世界に置忘れてきたのではと思うほど、全く色気の無い阿呆面のにセフィロスは大きな物足りなさを感じた。
せめてその口を閉じてくれていたなら、まだ欲情のしようもあるというのに・・・・。


まだ解っていないの顔に、セフィロスは何て手間のかかる女だと思いながら、彼女の細く白い首筋に顔を埋めた。
以前に比べ血の匂いは格段に薄くなり、それを覆い隠すような石鹸の香りがする。
まだ、タークスやベテランソルジャーを欺くには足りないと考えながら、彼は象牙の肌に舌を這わせた。

ビクリと反応した彼女の喉から「ぐひっ」という、先程同様色気の欠片もない悲鳴が漏れる。
何がとはわからないが、本当に彼女はどうしようもない。

首筋から胸元を指で辿りながら、唾液で濡れた首筋に唇を寄せ、雪のような白に薄紅の花弁を一枚残した。
小さな痛みに反応した彼女の腕を押さえつけ、顔を上げるとようやく理解した彼女の顔がある。

薄く涙ぐんだ目に、これ以上は自制心も自分の身も危険だと考えながら、セフィロスは彼女の耳元に唇を寄せた。


「こういう意味だ・・・わかったな?」


言い終えると同時に軽く舐め上げれば、返事の代わりに色気のない悲鳴が漏れる。
その無様な悲鳴がらしい・・・と失礼極まりない事を考えながら、彼女の上から退いた彼は、何事もなかったかのように、先程腰掛けていた椅子に座りなおした。

一方のは、覆いかぶさっていたセフィロスが視界から居なくなっても、放心したように天井を見上げたまま動かない。

彼の行動に理解が追いつかないのが一つ。
自分が試してしまった神経技の意味に呆然としているのが一つ。
セフィロスが男であり、自分が女であるということを、すっかり忘れていた事が一つ。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・平気か・・・?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・


暫く黙ったまま固まっている彼女に、流石に心配になったセフィロスは軽く彼女の頬を叩く。
復活の兆しが見えない彼女に、やりすぎたかと反省しかけた途端、彼女の表情が微かに動いた。



「おのれ・・・・レノめがぁあああああああ!!!」


羞恥に顔を真っ赤にしながら、は勢い良く起き上がった。
茹蛸とはまさにこの事。
耳どころか首まで赤くなった彼女は、怒りの表情を浮かべ此処に居ない不埒者へ憎しみを露にその名を叫ぶ。


「落ち着け。レノは今仕事中だ」
「・・・・何と・・・何という失態を・・・!!
 私にそのような事を教えるなど・・・私を欺くなど・・・
 知らぬとはいえこのような誑かしにまんまと騙されるとは・・・・!!」

・・・・」
「恥だ!私は誇り高き家の名に泥を塗ってしまったぁああああ!!」

「・・・・・・・」
「もうしわけありません父上ーーー!!セフィロス、私を斬ってくれ!バッサリやってくれ!!」

「断る」
「生き恥だぁあああああ!!!」




その後、燃え尽きたように落ち込んだは、セフィロスに連れ添われ自室に戻った後、ジュノンへ着く前日の夕方まで、部屋に閉じ篭った。

食事もとらず、会話もドア越しに行い、本当に、本当に部屋から出てこなかった。






2006.08.15 Rika
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