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「ここの壁は、もう少し厚く作り直した方が良さそうだな。今の会話が筒抜けだった」
「そうか」

「立っていないで座ったらどうだ?そう構えずに寛げ」
「・・・・・・・」


これでもかという程大きな溜息をつきながら、セフィロスは年下の副社長に促されるままソファに腰を下ろした。
差し出されたブラックコーヒーに胃の中が渦を巻きそうな気がして、普段は入れないクリームを4つも使う。

唖然とするルーファウスを無視し、これはコーヒー牛乳だと自分に無理矢理言い聞かせると、セフィロスはその中身を口に含んだ。







Illusion sand − 21







「へぇ〜。だからずっと上にいたのか、と」
「ええ。ですが・・・」

「・・・・ま、無理に思い出す必要も無いだろ、と。
 セフィロスの言う通り、今はゆっくり羽根を伸ばすべきだぞ、と」
「お気遣い、ありがとうございます」



当たり障り内会話とは裏腹に、は細い緊張の糸を手放さないよう、レノに微笑を返す。
並んで廊下を歩く彼は、本音と探りを匠に使いながら、こちらの腹を探ろうとする。
途切れる事の無い会話に、飽きる事は無いのだが、油断ならない話術は、流石あの社長息子が気に入る男だと思わせる。

気を抜けない会話が懐かしいと感じながら、この程度の探りも交わせないとは自分の舌筆も頭の回転も落ちたものだと思った。
だが、考えてみれば、100年以上誰とも会話などしていなかったのだから、無理も無いかもしれない。

甲板は先程までずっと居たと言ったら、では内部を案内しようと、彼は兵の船室から操縦室まで案内してくれる。
デートだと言った割には、完全に見回りの随行でしかないではないかと内心考えながら、はレノからの言葉を流していた。

突っ込んでくる質問には、知らぬ存ぜぬ解りませぬ。
こんな感じがしたけれど、良く解らないのだと曖昧な返事をすれば、記憶喪失という手前楽にやり過ごせた。

全く素晴らしい虚言を用意してくれたと、今頃あの小生意気な小僧・・・もとい、ルーファウスにやんわりネットリ問い詰められているだろうセフィロスに感謝した。

時間が経つにつれ、彼に感謝する回数が増え、もはやこの借りは返しきれないのではないかと、は小さく苦笑いを零す。



「どうした?俺の顔に何かついてるのか?と」



積みあがる木箱と、コンテナを眺めていたレノが、微かに頬を緩めながら不思議そうに顔をを覗き込んでくる。
ボーっとしていたは、声をかけられてようやく自分の視線がレノの方向に向いていた事に気がついた。
いつの間にか倉庫まで来ていたらしいと考えながら、睨まれたと勘違いしたらしいレノに慌てて弁明を考える。

一方のレノは、に睨まれているなどとは思っておらず、むしろ見つめられていたのだと思っていた。
単に何処を見るとも無く向けていた視界にレノが入っていただけだったなど、彼は全く気付いていない。

だが、セフィロスとルーファウスの遣り取りを想像し、自然と緩んだの視線は、その容貌のせいもあり、勘違いさせるには十分だった。
彼女の容姿は、見る瞬間によって、温かなものと冷たいものに印象が別れる。
その上で、穏やかな目線を向けられたとなれば、勘違いしたり期待してしまうのは無理も無かった。
レノもまた然り。


ただ外見だけに惑わされる男ではないと自他共に知るレノではあったが、の容姿に全く惹かれなかったわけでもない。
セフィロスが気に入り、社長親子が気に入っているように、レノが初めて会ったとき彼女に言った「個人的に仲良く」という言葉も嘘ではなかった。


容姿を鼻にかけ、無駄に言い寄ってこないのも。
ただの女のように誰かの背に隠れ、支えを求めたりしない所も。
記憶喪失という割りに、妙に落ち着いている所や、誘拐されても暢気にしている心意気と知れない力。

時折何処か遠くを見るものの、裏表などないように油断した笑みを向ける。
ただの鈍感な馬鹿女かと思えば、情報を引き出そうとする言葉は目ざとく見つけて回避する。

逆にこちらが油断出来ないと思ってしまうのに、本人は全く意識がないようで、だが尻尾は決してつかませない。
神羅の・・・タークスの権力を使い、怪しいと手錠をかけて尋問すれば、彼女の後生は無いものなのに、それを恐れる影も無い。

そもそも、神羅とは実際何をどうして、どんな権力と、どんな武力と、どんな地位があるのかという、常識的なことまで知らない。
仕舞には、語られた政治内容に呆れた顔をして、興味無さげな返事と『そんな統治では、あと20年もしないうちにば反乱が起きて繁栄が薄れ、民の心も離れるでしょう』などという予言までくれた。

それも神羅に保護され、その軍事船の中で、一応上層部にいる自分を前にだ。
それが度胸なのか馬鹿なのか、恐らく両方だろうが、こうもバッサリ言われると逆に気持ちがいい。


実際自分もそう思っていたのだが、息子のルーファウスが良い統治者となるかも微妙なところだ。
口には出せないが、あのボンクラが社長になった暁には、更なる恐怖政治が始まるかもしれない。

今ですら、度重なる戦争で人々の心は神羅から離れはじめている。
ルーファウスに世代交代すれば、あの顔のお陰で女性層の支持が大幅に上がるのは間違いないが、如何せん性格と政策の指針がアレでは・・・・。

「市民」や、「人民」ではなく「民」という古めかしい言葉を使う彼女に、時代錯誤的な感覚はしたが、何故かそれは気にならなかった。
だが、それを不自然と思わせず、20年とは早急だと言う自分に、『人民は気に入らない巨大権力に対しては我儘で短気になる性質がある』と言う。

随分解ったような口を利くといえば、そう思っただけだと返され、何故そう思うのかと聞けば、よくわからないと返される。
言を濁すでもなく、あっけらかんと答えるので、レノもそれ以上突っ込みはしなかったが、彼女が普通の女でない事は解った。


否、考えてみれば彼女は最初から普通の女らしくない。
変な女だ。
というか、変な人間だ。


話の方向を変え、ではその20年の間にアンタが反乱でも起こすのかと聞くと、「自分の事に手がいっぱいなのに、人の面倒まで見れない。それ以前に興味が無い」と言われた。

普通はあんな予言染みた事を言って、興味無いなんて返答は無いだろう。

特殊な職業柄、今まで変な人間には会ってきたが、ここまで変で興味をそそる人間は稀少だった。
そのくせ、この容姿と何処か品のある動作というギャップに加え、男らしいとも女らしいとも言える雰囲気。

確かに彼女の容姿はかなりの高得点。
・・・高得点なんて言葉で済まされるものじゃないが、それを抜きにしても、彼女はレノの興味をそそる要素を十二分に持っていた。

それは、人としての興味も、異性としての興味も同じ程に。


権力や地位を抜きにしても、男として認めても良いと考えていたセフィロスとルーファウスが好敵手になるかもしれない。
それが、彼の静かな闘争心に油を注いいでいるのは自覚しているが、あとは火がつくのを待つばかりだという事にまでは、レノ自身気付いていなかった。

結局の所、誰が狙っているとは言え、相手はただの一般人。
かなり変人だが普通・・・?の女。


セフィロスは、感情がまだ男女のそれになるに至っていない上、本人も自覚が無い。
ルーファウスは、に相当興味があるようだが、拉致事件の帰路に見ていたの態度で、相当警戒され関わらないようにされているのだと、何となしに解った。

それに対して自分は、まだ恋愛感情と言うには早急すぎるが、この船内での会話でその芽は十分と言えるほど出来上がってしまい、自覚もある。
その上、ルーファウスのように重度の警戒もされていない。

恐らく、いや間違いなく、この3人の中で最も出だしが好調となるのは自分だ。
船内の散策が段々本来の目的から自分を離してきているのは明らかだが、コレは仕事だと戒める自分は揺らぐ事が無い。
前途多難な恋路になるかもしれないと考えながら、彼女の瞳に映った自分の姿に、レノは思ったよりイケるかもと、内心満面の笑みを浮かべた。




「そんなに見つめられると、流石の俺も照れるんだけどな・・・と」
「見・・・?ああ、すみません」




何だよ睨んでるんじゃなくて見つめてると思ったのか。

実際視界の中にあったとはいえ、別にはレノを見ていたわけではない。
断じて無い。
むしろ、彼の向こうにある木箱の角辺りを眺めていたのだが、流石にそれを言うのは彼の自尊心を大きく傷つける。

近すぎず、遠すぎずの微妙な顔の距離で見つめてくるレノに、はどうしたもんかと考えながら、随分小奇麗な顔をしているとレノを見ていた。

運が良いのか悪いのか、その時倉庫には二人以外人は居らず、鉄作りの船室へ、壁越しに聞こえる機械の音が妙に耳につく。
ふとその音を、懐かしいな・・・などと考えながら、自然と頬が緩んだ瞬間、目の前のレノの目が、微かに驚きに似た色に変わった。

次の瞬間には真剣なものに変わった彼の顔に、無礼に当たったかと、は顔の筋肉を引き締めなおそうとする。
と、同時に、伸ばされたレノの指先が頬に触れた。





む?




それが何の意味なのかわからず、頭に疑問符を浮かべた彼女の頬を、レノの指先がそっと撫ぜた。
ゴミかススでもついていたのかと、は礼を述べようと口を開く。
が、それと同時に彼の手が頬を包み、その指先が耳元に触れた瞬間、彼女の背中をゾクリした妙な感覚が襲った。

ピクリと揺れた肩に、レノは一瞬目を丸くし、微笑を浮かべると、もう片方が手で彼女の首筋に触れる。

再び襲う悪寒にも似た感覚に、どんな神経技を使ったのかと、は目を見開きながら顔を引き攣らせた。
だが、ゆっくり近づくレノの顔と、熱を帯びたようなその瞳に、はようやくここにある雰囲気がおかしい事に気がつく。

それが何なのかは解らないが、未だかつて経験した事の無い状況に、彼女の脳内は大混乱に陥った。



・・・・殺すか?
いや、殴るか!?何だ今の神経技は!?魔族か!?何故殺気が無い!?何だこの男の目は!?この雰囲気は何だ!?理解出来ん!!




「アンタの態度・・・誘ってるって受け取っちまうぞ、と?」



何を!?






『殺し合いならする気はありません』

そう言おうと口を開いた瞬間、首筋に触れていた手が頬に移り、またもは身体を強張らせた。
『ぐぉっ』と喉の奥で悲鳴を押し殺すも、ガチガチになった体は動かし方を忘れてしまったように固まっている。

そんなとは対照に、レノの手は柔らかく彼女の両頬を包み、妙に鮮明な指の感触が触れた彼の体温を頬に伝える。
綺麗で、だが男らしく大きくてゴツゴツしたような手の感触は、霞の彼方にある誰かのそれと重なった。
それが誰だったか、記憶を探ろうとする間も、そっと上を向かせるレノの手が邪魔をして思考を許さない。



「そんな目で見つめられると、期待しちまうんだけど・・・・」



・・・・何を?




混乱している。



それだけはハッキリとわかるが、それ故に、マトモな思考は実にも花にも変わらなかった。

見下ろすレノの顔は普段の距離より明らかに近く、何が、とは解らないがとにかく危険だと思った。
命の危機であるなら、身体は勝手に反応してくれるはずだが、これは命云々の危険ではない。

鼻腔を擽った爽やかな匂いに、これはレノの香水の匂いかと考える冷静な自分が居た。
だがそれも、脳の奥を痺れさせるような感覚と、触れる手の暖かさに溶かされるように消えていく。

近い距離で見つめ合う事に、何故か恥ずかしいと思う事は無かった。
ただ、瞳の奥を覗き込む彼の青に、鏡のように自分が映っているのが不思議だった。
レノの二つの瞳の中に、彼の大きな手に包まれ、何処か物欲しそうに薄く口を開けて、微かに潤んだ瞳をする自分がいる。





・・・・・・・・・・・・・・・・


何だこの腑抜けた顔は。



途端、頭が冷静さを取り戻しはじめた。
彼の瞳に映るの表情は変わる事無く、だが、その脳内で彼女は自分を散々叱咤罵倒している。

微かに口を開いたレノに、ふと瞳の中にいる自分から意識を離すと、熱でも出てきたのか、微かに頬に赤みの差した彼の顔があった。
そういえば、まだ詫びを言っていなかったと唇を動かすと、彼は微かに表情を緩め、そのまま顔を近づけてきた。


なぬ?!



瞬間、彼女の脳内は驚くべき速さで混乱と共に回り始めた。

瞬時に冷静に状況を理解し、そこから出しえる彼の行動を予測する。
近すぎる距離と、顔を捉える手。
ゆっくりと伏せられる瞼と近づいてくる顔に、この先の行為が『接吻』であると理解した。
何故もっと早く気がつかなかったのかと金槌で頭を殴られるような衝撃と同時に、この窮地を脱する術を脳内からはじき出す。

その間、0.2秒。





「愚か者ーーーーーーーーー!!!」



叫ぶのと、レノの体が宙を舞うのは同時だった。

頬を包んでいたレノの両腕を掴み、引き剥がすと同時にその足を払う。
崩れた彼の体に無理が掛からないように方腕を放すと、掴んでいたもう片方の腕を掴みなおし、彼の懐に入り込んでスーツの襟を掴んだ。
彼の胸元に背を合わせ、掴んだ腕と襟を引けば、彼の体が浮き上がる。
そのまま手を離せば、数メートル前方にあるコンテナへの衝突は必死なため、ギリギリまで背と胸を離さずに、彼を足から着地させた。
次の瞬間、衝撃が少ないようにその身体を放し、レノはゆっくり床に尻を着いた。

常人の視力では到底追いつけない速さのそれを、投げられたレノが理解できるはずもない。
目を伏せかけていたのならば尚更。

レノにしてみれば、今まさに唇が触れるかという瞬間に、重力が反転し、唇を重ねるはずだった彼女の怒号が響いたのだ。
もちろん、叫んだ言葉の意味を理解する時間などありはしない。

突然足から床に尻餅を着き、開いた目の先に、コンテナにプリントされた神羅のロゴマークが現れた。
一体何が起きたのか、完全に目を閉じる前でなかったので、理解出来なくも無い。
だが、先程までの雰囲気から一転した、予想外の状況に、レノは呆然とせざるをえなかった。


「・・・・・・・・・・・」
「・・・あまり驚かせないで下さい」


それはこっちの台詞だ。
と、レノは思った。

一体何がどうして、彼女と自分の唇でなく、床と尻がくっついているのだろう。


軍艦の中で女に喜ばれる場所など殆ど無い。
だが、会話を楽しみながら、特に行く場所も無いままの散策を、も楽しんでいるようだった。
別に案内する必要は無かったが、このままハイ、サヨナラとなるのが寂しい気がしたので、用も無い倉庫に連れてきたのだ。

誰も居ないそこに連れてきたのは、彼女を変に・・・女性として警戒させてしまうかと、失敗だと感じた。
だが、は気にする風でもなく、一安心しながら適当に積荷を眺めていた。

正確には、積荷に紛れた密航者が居ないか気配を探していたのだが、運搬船ではなく軍艦に乗り込む馬鹿は居ない。
いい加減副社長とセフィロスの話しも終わっただろうと、に話しかけようとした瞬間、こちらを見つめる彼女の瞳に思考が止まった。

偶然だと考えながら、だが微かにではあるが穏やかで優しい目をしていた彼女に、こじ付けでも良いかと、からかいの言葉をかけた。
まぁ、多分・・・・それがであっても、他の女であっても同じ事をしただろうが。

だが、彼女はおどけるでもなく、ただ真っ直ぐに自分を見てきた。
気負いしそうな程真摯な瞳に自分の姿が映って、しかもそれがとんでもない美人ときた。

小さな独占欲というやつだろうか。
その目に自分だけが映る様を見たくて、同時に何か企みあっての演技か探りたくてその瞳の奥を見つめた。
だが、垣間見えた彼女の中は予想以上に真っ直ぐで、それが逆に恐ろしいとさえ思った。

瞳に吸い込まれるという言葉があるが、自分はロマンも色恋臭さも欠片すら無い、嫌な形で知ってしまったらしい。
瞬間、直感的に苦手なタイプだったようだと、盲目になっていた自分に舌打ちしかけた。
だが、穏やかなものに変わった彼女の瞳に心臓が破裂するかと言うほど大きく鳴り響く。

青臭い恋愛感情と、心の裏を掴み取られたような焦り。
思わず顔に出た事に、彼女が意図した訳でなくとも、手の上で踊らされた気がして、悔しさを感じた。

なのに、彼女に触れてみたいと思った。
押さえろと思った時には手遅れで、指先が彼女の頬の感触を味わっていた。

後はもうなし崩しだ。
不覚にも、仕事中という事など、完全に頭の中から消えていた。
全くもって俺らしくない。


腹を探るなんて考えが消えてしまったのは、見つめ返したの瞳が、何も知らない子供みたいだったからに違いない。


青臭いガキの頃に帰ったようで、言うほど純情少年だった覚えなんかないのに、初めて女と口付けた時を思い出した。
もう覚えちゃいないかと思ったのに、一端記憶が引き摺り出されると呆気ないものだ。
だが、そのとき以上に五月蝿く心臓を鳴らす自分に驚いた。

真っ白で暖かい頬は、思っていた以上に触り心地が良くて、指先に触れた髪の感触すら楽しんだ。
ほんの少し、指先が耳を掠めた瞬間、微かに動いたの身体は、拒絶されるかと心臓を飛び上がらせた。
だが、目を逸らさないまま、何が起きたのか解らない目をする彼女に、本当に何も知らない子供のようだと思わず笑みが零れるた。

細く白い首筋に、誘われるように手を伸ばせば、その身体は面白いぐらい反応する。
じわじわと浮かんできた彼女の涙が、真っ直ぐだった瞳をイヤらしいぐらい潤んだものに変えた。
何か言うつもりだったのか、開きかけた唇が自分のそれを誘っているようで、その表情に理性が一気に傾いたのを感じた。

触れていた首筋をそっと指先で撫でれば、喉の奥で押し殺した嬌声が色気の無い音になった。

変に甲高い声を上げられるより自然で、逆に白ける事が出来なくなったなんて、は考えもしなかっただろう。
確かに色気は無かったが、表情だけでも十分な攻撃力はあった。
お陰で、そのまま濡れ場に・・・なんて考えずに済んだし。
そういう意味では、あの嬌声とは決して言えない不恰好な悲鳴も、なかなかの攻撃力だっただろう。

顔を包み込んで、それだけで彼女を手に入れられたような自己満足を得た。
恋敵になるかもしれない奴らの事なんて、そんな状況で考えるほど野暮じゃない。

整い過ぎた彼女の顔の、綺麗な唇の味が知ってみたかった。
多分、上手いか下手かと考えたら、一連の反応からして下手なんだろうと思ったが、そんな事はどうでも良かった。

自信過剰かもしれないが、自分の味を病みつきにさせる自信はある。
まぁ、実際その時はそんな事考える余裕なんか無かった。不覚だが。

不恰好で色気が無くても、呆れるぐらい変人でも、この際もしの顔がちょっと悪かったとしても、絶対に飽きないだろうと思った。
確かに・・・確かにこの容姿は相当な高ポイントだ。容姿だけが女の全てじゃない事はレノだって経験している。
だが、此処まで自分に、早急に求めさせたのは、間違いなくこの美貌のせいだろう。

蛇足とするなら、程よく引き締まった体と、形良く柔らかそうなム・・・・いやいやいや!エロオヤジか俺は!
そうじゃない。それはあくまで蛇足であって、無くても別にいい。
多少タルんでても多分気にしなかった。俺はエロオヤジじゃない。
第一その時の体がどうとかなんて、考えてもいなかった。
考えられるわきゃない。

その時は彼女の瞳に映った自分に、自分の姿を瞳に映す彼女に酔いそうになっていた。
微かに動いた彼女の唇が、その先をせがんでいるようで、柄にも無く熱くなっている自分の顔に、たまらず顔が緩む。

此処まで来て引くほど馬鹿な男じゃない。
此処まで来て引ける訳がない。

その表情を焼き付けるように静かに瞼を閉じながら、何処の青ガキだと思わせるぐらい、ゆっくり彼女に顔を近づけた。


そしたら、投げられた。


しかも



愚か者って・・・・・



愚か者って



愚か者?!




・・・・・・・・・・・・・・・


意味わかんねぇ・・・・・




呆ける事十数秒。
ようやく現実に追いついてきたレノは、横から伸ばされたの手に、その顔を見上げた。
何事も無かったかのように落ち着いている彼女に、もしや先程の表情は妄想が見せた幻だったのではないかと不安になる。
だが、まだ耳に残っている彼女の怒号を幻聴では無いと思いながら、彼は彼女の手を掴んだ。

その手を支えに立ち上がろうとして、繋がった手の暖かさにふと思い留まる。
平然とした彼女に、照れ隠しなどしていないとは思うのだが、散々詮索を交わされた手前、演技ではないかと疑心が生まれた。

自惚れているわけではないのだが、悪戯してみたいと思い、繋いだ彼女の手に体重をかけて引く。
普通の女なら、よろけて自分の胸に飛び込んでくるか、慌てて避けて床に転がるか。

どちらの反応も面白そうだと考えていたレノに対し、は体をグラつかせる事も無く、足を踏ん張った。
以外に反応が良く、足腰を鍛えていると、彼は内心関心する。

そのまま立ち上がると思っていたレノに手を引かれ、腰でも抜かしてしまったかと、は腕に力を込める。
難なく立ち上がった彼に、大丈夫そうだと思いながら、呆けた顔のままのレノが自分を見下ろしていた。



「平気ですか?」
「アンタ、結構力あるんだな」

「そうですか?」
「・・・・・・・普通の女は、大の男を片腕で立ち上がらせるなんて出来ねぇぞ、と」



やっちまったーー!!


レノの言葉に、ふと常識と言うものを思い出したは、首を傾げてとぼけながら、内心叫びを上げた。
先程までの表情とは一変、剣呑な顔つきになったレノに、彼女はどうすべきかと頭を働かせる。
が、ここでとぼけても誤魔化しても、事態は悪化するだけだろうと考えると、小さく息を吐いて開き直りの表情を浮かべた。


「このぐらいの力が無ければ貴方を投げ飛ばす事など出来ないでしょう?」


仕方ないと言わんばかりな彼女の顔に、レノは『化けの皮剥がれたり』と思うものの、その口から出た言葉に顔を歪めた。
つい先程の彼女の表情を思い出し、それに絆された自分の甘さに大きく舌打ちする。

だが、彼女の行動や態度に今ひとつ納得もいかず、険しくなる目を正す事も無くを見下ろした。



「アンタ何者だ?」
「・・・・覚えてないと言っているでしょう」


またこの質問かと、は面倒臭そうな表情を隠す事も無く大きく溜息をついた。
その態度をレノは冷ややかに見下ろすと、静かに懐から出した拳銃を突きつける。

引き金を引けば、命は確実になくなる。
相手が誰であろうと関係は無い。
今レノの前に居るのは、女性でも遭難者でもなく、ターゲットになっただった。




レノ夢・・・・?・・・・ま、逆ハーですわ。うん。
レノ×夢 から、 レノVS夢 になりましたね。どんな流れじゃ・・・・(笑)
2006.07.04 Rika
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