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「・・・・っ・・・」
「目が覚めましたか?」

頭上から聞こえた声に、ルーファウスはぼんやりと視線を上げた。
暗闇に溶け込むような髪の隙間から覗く肌と、見下ろす視線に、もたれかかっていた彼女の肩から身体を起す。
痛みも眩暈も無く、むしろ良好すぎる体調に違和感を覚えて記憶を手繰れば、首筋に感じた痛みを思い出した。

「私は・・・どうしたんだ?」
「書棚に毒針を持つモンスターが潜んでいた。すぐに始末して、貴方の回復をしたが、それほど時間は経っていない」

「そうか・・・・礼を言う」
「いえ」




Illusion sand − 19




「どうやって倒したんだ?」

足元に散らばる白い針を拾い上げながら、ルーファウスは横目でを見た。
霜がはっている石畳は、指先が近づいただけで痛くなりそうな程冷たい。

見渡せば、部屋の壁や天井も、床と同じように凍りつき、気付いた途端肌を掠める寒さに身震いした。
モンスターが居たという書棚には、鋭い氷の柱が突き出し、床には黒い破片が散らばっている。


「私は、どうもマテリアの使い方が下手なようで・・・。先程の蜘蛛は・・・ああ、貴方を襲ったモンスターだが、その蜘蛛はブリザドで倒した。が、少々加減が出来なかったようでね。部屋の壁まで・・・この通り」

「そこに落ちてる破片は、その蜘蛛という事か」
「ええ」


苦笑いを浮かべて凍った床を眺めるに、ルーファウスはまじまじと部屋の中を見回した。
つまり魔法が暴発したと言いたいのだろうが、マテリアの使い方云々で魔法を失敗するなんて聞いた事も無い。
だが、普通の魔法を使って、ここまで見事な冷凍室を作る事など出来るとは思えず、彼は、今の所は・・・と考えながらの言葉に頷いておいた。

先程のドラゴンとの戦闘といい、この室内の状況といい、まぐれで何とか出来る状況ではない事は、ルーファウスでなくてもわかる。
にも関わらず、後ろめたさを全く表に出さず、偶然だと言う彼女に、疑惑を通り越して感嘆の息を漏らしそうになった。
彼女自身、自分が疑っていると知りながら、開き直って堂々嘘をつくのだから、そういう事にしても悪くないとさえ思えてしまう。

いまだ目の前のドアに辿り着けずにいるものの、予想より早く到着したらしい助けに、彼女が何かしたのだという事は容易に想像出来た。
武器も無く10人近い敵に囲まれて、言われるがままに森の中を歩かされたので、普通の方法では目印など付けられない。
だが、それでも絶対に彼女が何かしたのだろうという、根拠の無い憶測も自信を持ててしまう。

彼女なら、どんな不可能な事でも有りのような気がして、随分前から知っているような感覚すらする。
だが、ふと、まだ出会ってから1日も経っていない事や、互いを知るには不足すぎる会話しかしていない事に気がつき、ルーファウスは口の端を吊り上げた。

今ですら面白いと思える彼女と、これからまだ時を共にしていれば、どれだけ面白い時間を過ごせるのか。
プレゼントを前にした子供のようなドキドキに、彼は益々愉快と笑みを浮かべた。


、お前は何者だ?」
「はい?」


黙ったかと思ったら、ニターっと不気味な笑みを浮かべたルーファウスに、は何処かの神経が切れでもしたのかと素っ頓狂な返事をした。
怪訝な顔をしながら、じりっとソファーの上の尻をずらし、彼との距離をとろうとする。
だが、引いたら少しは冷静になるかという彼女の期待を裏切り、ルーファウスはその笑みを益々深くし、その上見下ろすような視線まで加えて見つめてきた。

本人がどういうつもりかは知らないが、には今のルーファウスがただの変態にしか見えない。
暗がりの中で、頬の筋肉が深い影を作ったせいで、その表情の不気味さに輪をかける。

質問の意味を理解する以前に、は彼の正気を疑っていた。


「ふん・・・まぁ、お前が何者であろうと私にはどうでもいい」
「ああ・・・そう・・・」



警戒しながらも、は元の位置へ座りなおした。
その様子に満足げにふんぞり返ったルーファウスは、足を組んで閉ざされた扉に目を向けた。

鼻で笑い、不気味な笑みから不敵な笑みへと表情を変えているものの、それが更にの危機感を煽った事に、ルーファウスは気付いていない。

身の危険を感じたら、迷わず殴って昏倒させようと密かにが決めていることなど、ルーファウスは気付きもしなかった。




、お前の今後の一切の不審な行動については目を瞑ってやろう」
「不審?」

「隠し事が多くて気苦労が耐えないんじゃないか?」
「隠し・・・?」

「記憶喪失は嘘だろう?」
「はい?」

「ここまでボロを出しておいて、しらばっくれるとはな・・・」
「・・・・あの・・・」

「・・・・・・・強情だな」
「だから何が?」



これでもかという程とぼけるに、ルーファウスは段々と怪訝な顔つきになっていく。

ここまで言われれば、多少表情や声色に焦りの色が見えるはずなのだが、彼女にはそれらしいものが全く見えない。
訳が分らないのではなく、呆れたような表情になったに、彼の心に自分の考えが外れたのかという不安がよぎった。
嘘が上手いのか、自分の言葉が的外れなのか、二つに一つなのだが、彼女の態度はルーファウスを不安にさせるに十分だった。

それまでの行動と、今の態度と。
ルーファウスを混乱させるには十分だった。



「どうやったらこんなブリザドが出る?」
「悪かったな。どうせ魔法下手だよ」

「解毒魔法や回復魔法はマトモに使えるのだろう?でなければ、私は今頃死体になっているからな」
「ああ、それは何とか失敗しなかった。だって、失敗したらルーファウスが死ぬでしょう?MPも、規定以上は減らなかったし、今回だけは成功したみたいだ」

「慣れていないフリ、下手なフリをしているだけだろう」
「慣れてて下手じゃないなら、こんな所で長々黙ってないで、どうにかしてとっくに脱出してるでしょう」

「どうやってあのドラゴンを倒したんだ?」
「・・・あれは・・・あんまり覚えてない」

「大した外傷も与えずに倒すなど、普通の人間に出来るか?」
「普通じゃなくて悪かったな」

「そうやって話の腰を折るな。、お前は私の・・・いや、常識では考えられないような方法で奴を倒したのだろう?」
「そんな事言われても・・・・」

「アレを倒して・・・その他にも戦闘をしながら、お前はカスリ傷一つ無い」
「当たったら痛いんだから避けるだろ」

「・・・・そういう事じゃない。、いい加減諦めて認めろ。無駄にとぼけるな。これまでのお前の行動を垣間見ても、お前をただの女だの、一般人だのと言って納得できない点が多すぎると言っているんだ」
「・・・・・・・・・・・」



一生懸命トボケて、一生懸命ルーファウスの質問をかわして、一生懸命ボロを隠して、一所懸命普通っぽくしていたのに・・・。
ただの女・・・それどころか、一般人にさえ見えないとまで言われ、は自分の苦労が泡と消えた事に素でショックを受けた。
こちらが認めなければ、セフィロスが来るまで延々と同じ問答を繰り返すことが出来るが、彼の最後の一言は正直辛いものがある。

自分では、これで見事一般人。すれ違う町人Aにも匹敵する存在感の無さだと思い込んでいただけに、空しさが一気にこみ上げてきた。
いっその事、開き直って歩く戦艦の如く敵をなぎ倒して脱出してしまおうかと考えてしまう。

だが、この屈辱に耐え、あと数時間踏ん張っていれば、セフィロスという強い味方が現れる。
自棄にならず、淡々と会話を交わしていけば、彼が到着した時に二人がかりで普通さをアピールできるのだ。

耐えろ私。
何だ。
こんな10年や20年生きた子供に努力を踏み時にじられたくらいで・・・・。
これは子供特有の好奇心なんだ。気にする事は無い。
む、昔は、結構この手法で最後まで騙されてた奴だっているし、かなり通じてたんだぞ?
向こうの世界の・・・1000年ぐらい前だけど・・・。



「先程も言ったが、私はお前が何者であろうとどうでもいい」
「あー・・・そう・・・」

「お前といると退屈しなからな。それに、段々と追い詰めていくのも面白い」
「・・・・・変態」

「何か言ったか?」
「ん?何も?」

「・・・ふん。とにかく、私はお前が気に入った」
「へぇ〜・・・・どうも」

「私の傍に居る気は無いか?心配しなくとも、下心は無い。純粋に、お前という人間に興味が湧いたのだ」
「そんな事言われても・・・軽々しく返事は出来ない。今後自分がどうなるのか、私自身それも解っていないんだし」

「私を誰だと思っている?会社も悪いようにはしないだろうが、私にもお前にも都合が良いようになど、いくらでも手をうてる。考えておけ」
「はいはい・・・」


どうしてこんなに気に入られるのか、ルーファウスの趣向が全くもってには理解できない。
普通はここまで質問にしらばっくれていれば、気分を害するものではないだろうか?
もしくは、答えたくないのだろうと察し、会話を終わらせるものではないのか?

強引なのか、しつこいのか。それとも単に我侭なのか。
好意は有り難いと思いつつも、面倒ごとが増えてしまったと、は内心小さく溜息を漏らした。

間違いなく、セフィロスの手間と気苦労が増えた。





ルーファウスも目覚め、適度な休憩をとったところで、次はどうしようかと、は部屋の外の気配を伺った。
彼が気を失っている間に、静かに賑やかになってきた気配は、相当な数に増えているに違いない。
扉を開けて外を覗く事はしなかったが、無事助けがここまでこれるかと少々不安になった。

自分が出てもよいかと考えはするが、手加減して倒している間にルーファウスが戦闘不能になる可能性も大いにある。
面倒事ばかりが増えて、気だるげに欠伸を噛み殺すと、は室内に張り巡らせた凍結呪文を解いた。


「ルーファウス、部屋の外にモンスターがごまんと居るみたいだが、どうする?」
「さてな・・・助けに来た奴が何とかするだろう」

「手に負える数では無さそうだがね。貴方が気絶してる間、かなり集まったようだから」
「魔法で一掃できないのか?得意の『失敗』で、一瞬だろう」

「嫌味か?」
「本当の事だろう?まあ気にするな。適当に調子は合わせてやる。
 お前が故意に魔法の威力を増徴させたり、形状を変えては失敗と言い逃れて、普通のフリをしているなど私は思っていないから、安心しろ。
 それでいてMPは普通の量しか減っていないなんて、私は全く気付いていない。
 ドラゴンも、実はアタリを引いたわけでもなく、単に楽勝だっただけだろうことも知らん。
 お前の拳でドラゴンの体が浮き上がったなど、私の目の錯覚だからな。
 大人しく此処まで連れてこられたのも、縄で縛られていたのも、いつでも逃げられるからだったとは思っていない。
 お前は魔法の扱いが下手なだけのごくごく普通の人間だと私は分っている。そうだろう?
 さ、遠慮なく魔法でドアの前のモンスターを一掃するがいい。好きなだけ失敗してかまわんぞ」

「・・・・・・・・・・」


勝ち誇った笑みを浮かべるルーファウスに、は何て可愛気の無いクソガキだろうと心の中で毒づいた。
呆れたフリをした方が良いのか、礼を述べて天然なフリをした方が良いのか悩んだ挙句、彼女の頬は引き攣った笑みを作る。
その反応に、ルーファウスの笑みが益々深くなり、の悔しさが倍増した。


「そう心配するな。最近退屈していたところだ」
「ははははは。それはそれは、楽しんでいただけて光栄です」


と、お互い満面の笑みで見詰め合っていたその時、扉の向こうに居るモンスターの気配がざわつき出した。
迎えか、別のモンスターのどちらかが現れたに違いないだろうと、は立ち上がり、服に付いた埃を払った。
続くルーファウスも、彼女の1歩後ろにつき、適当に埃を払うと彼女に目配せする。

ポケットの中にあるマテリアの種類を確認すると、は観念したように大きく溜息を吐き、そっと扉に手をかけた。
廊下から、「気色悪い!」という男の悲鳴が聞こえると同時に、勢い良く扉を開け放ち、間髪入れずに魔法を放つ。


大人しく消し炭になってくれたモンスターに感謝しつつ、廊下の先に居る二人の人影に、はルーファウスを見た。


「今回は大丈夫みたいだ。まだMPが半分ぐらい残ってる」
「・・・・・話の通り、お前にマテリアを持たせるのは危険なようだな」

「迎えが来たのだから、もう戦わずに済むし、いいでしょう」
「確かにそうだが・・・念のため預かっても良いか?」

「どうぞ。どうせもう使いませんし」
「ああ」


白々しい会話をしながら、はマテリアを全てルーファウスに預けた。
その間も、の目は脅しの色に、ルーファスの目は確信の色にギラギラと輝き、睨みあっている。


「ご苦労。他の敵は片付けたのか?」


愉快な状況になったとほくそえんだルーファウスは、視線の先に居た二人組みの見事な阿呆面に、噴出しそうになるのを押さえて平静を取り繕った。

口の端がピクピク痙攣しているが、それは隣にいる以外には見えていないので、気にはしなかった。
先程のといい、今の二人といい、今日は面白いものばかり見れる。

室内に篭城している間に話された通り、彼女の魔法の失敗は凄まじいものだった。
目の前で見ると、予想以上の『失敗』ぶりだったが、お陰で邪魔だった蜘蛛の集団が始末できたのだから良しと考える。

放心状態でを凝視するレノの口の端からプスッと笑いが漏れるが、何事もなかったかのように、ルーファウスはセフィロスに目をやった。
早速我を取り戻した彼は、上手く読めない表情を貼り付けているが、微かに納得と動揺が見える。


「階上の敵は始末してある。後は・・・まだこのフロアに隠れていれば・・・という程度だ」
「なるほど。上出来だ。帰るぞ」


この地下室がそれほど恋しいわけでもなく、実際の所カビ臭さにも嫌気がさしはじめていたので、ルーファウスはさっさと廊下を歩き始めた。
すぐにが後ろにつき、二人の下へ着くと、ポケットの中のマテリアを全てレノに手渡す。
上機嫌の社長息子に、レノは首をかしげるが、その視線は終始を追っていた。

無理も無い事だと考えながら、横目でを見れば、丁度セフィロスに頭を下げている。


「ご足労おかけしました」
「いや、気にするな。さっきのは・・・また失敗したんだな?」

「ええ。ファイアを出そうとしたんですが、マテリアの区別がつかなくて・・・全部出ました」
「そうか。ここからは、俺達だけで戦う。お前は後ろに隠れていろ」

「はい。お願いします」

直接の会話をせずとも、状況を把握するには十分な言葉を目の前で聞かされ、レノは呆れと感心の混じった顔でを見ていた。



「なあ、一つ教えてほしいぞ、と」
「ん?何ですか?」

「どうやったら魔法は失敗できるんだ?」
「またその質問ですか」
「レノ、何故失敗するのか分っていない人間に、その答えを求めるのは非情というものだ」
「分っていれば、とっくに成功させている」


いくら口裏を合わせるためとはいえ、ルーファウスにもセフィロスにもこんな事を言われ、は段々落ち込みたくなってきた。
彼女にしてみれば、彼らの魔法の威力こそにとっての失敗であり、鼻息程度にしか思えないのに・・・・。

男二人に散々魔法が出来損ないと言われるに、レノの眼差しは同情的なものへと変わっていった。


「元気出せよ、と。それに、女の子はちょっとおっちょこちょいな方が可愛いんだぞ、と」
「ああ・・・・ありがとうございます・・・・」


誰のせいでおっちょこちょいキャラにされていると思ってるのかと、は恨みが増し気な目でレノを見た。
対するレノは、自分の質問のせいで英雄と社長息子に貶されたと言っているのだと思い、苦笑いを返す。


その後の戦闘は、地下室に残っていた数匹の蜘蛛を仕留めるだけに留まり、とルーファウスは、救助組の後ろで突っ立っているだけだった。
時折、レノがうっかり魔法を使い、に申し訳無さ気な目を向けるので、その度に彼女はやりきれない気持ちになった。
申し合わせたように、ルーファウスがこれが正しい魔法の出方だというような事を言ってくるせいで、段々本当に自分が魔法が下手な気さえしてきて、非情に腹立しい。
そんなに、セフィロスは時折視線を向けながらも何も言わず、レノとルーファウスを呆れた目で見ていた。


ようやく建物の外に出る頃には、既に空が暁に変わり森の木々の隙間から太陽が覗きはじめていた。






2006.06.14 Rika
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