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抜け出た魂が遠く離れ、繋ぐ糸が無くなれば、狭間への道は完全に閉ざされる。
流れる砂に覆われ、歪む時に押しつぶされ
戻る事も帰る事も出来ないように、引き戻される事も捉えられる事も無いように

消え行く扉に彼らは泣いた。

止まること無い運命と、組み込まれた歯車に
伸ばせなくなるその腕に、語れなくなるその声に

見守る事も出来ない未来
別れる事しか出来ない世界の仕組み
伝えきれない言葉の数に

胸に微笑む彼女の手が、二度と血に濡れぬよう
守られ支えられた彼女の腕が、二度と剣を握らぬように

叶わぬ願いを捧げては、薄れる世界は砂に消え
慟哭までも流されて、あるべき世界へ帰る

伝えきれない言葉を残し、変えられない未来を残し、救えない彼女を残し
流れ始めた時空の砂に、彼らの心は大地の底へ
生まれし母なる世界のもとへ

吹き抜ける風となり、流れ行く水となり、燃え盛る炎となり、育む大地に溶け合いながら、新たな生に変わり行く。


終わらぬ命の輪廻の中に、欠けた仲間を探しながら、帰らぬ彼女を探しながら、会えぬ彼女を待ちながら、永久の流れに目を閉じる
遠き世界に生きる彼女へ、どうか幸ある未来をと、届かぬ願いを祈りながら

訪れる運命に目を伏せた








さよなら  













Illusion sand − 12







「正直、意外だな・・・」


部屋を出て暫く廊下を歩いていると、ツォンはボソリと呟いた。

何を指して言っているのかわからないまま、は首をかしげながら彼を見た。
噂より美人でなかったのか、社長からの誘いを断ったからか、他にも考えられる事由は多々ある。


「貴方は随分セフィロスに気に入られているようだ」
「元の彼がどんな人かは知りませんが・・・まぁ、何となくわかります」


気に入られてなきゃ、頭撫でられて抵抗しない事は無いだろう。
今朝顔を合わせた時には、夜のことなど無かったようにお互い振舞ったが、視線が重なる回数は多くなった。
照れとプライドに隠しても、漏れる所は漏れているのが可愛らしい。


「彼は・・・それほど人に執着などしない」
「それは・・・どうでしょうね?」

「・・・と言うと?」
「あの人は、不器用ですが、優しい人ですよ。
 まぁ、それ以上はまだわかりませんが・・・。後は御自身で考えて知って下さい。
 貴方が彼と親しくしたいのなら、彼をよく見ておく事。
 そうでなければ、その必要はないでしょう」

「・・・・・・・・・・・」


あの冷徹な英雄を優しいと言う彼女に、ツォンは柄にも無く目を丸くして呆然とした。
見ればいつも冷めた顔で物を見ているセフィロスに、優しいなんて思ったことは無い。

思う人間などいないだろう。
それでなくても、彼は英雄という、一見輝かしく見える血塗られた名を持っているのだ。

浮かれた興味か、恐怖以外の何の感情を持つだろう。
だが、そんな物で近づけば彼は拒絶か排除、どちらかしか返さない。

ツォンでも、他の誰から見ても、セフィロスは抜き身の剣そのものなのだ。
下手に触れれば、自分が血を流す事になる。
故に、社長ですら飼いならしていると言う裏側では、いつか裏切るのではと恐怖を持っているのに。

彼女は、セフィロスに何を見ているのか


「変わっているな・・・貴女は」
「記憶が飛んでいる分、考えも飛んでいるのでしょう」

「そうか・・・・」


小さく笑うに、ツォンはそうではないだろうと、心の中で呟く。
この数日で、どれだけ深く彼と関わったのかと、聞く趣味など無いが考えてしまう。
ただの洞察力だけでは、あれほどセフィロスの心を引く事など出来ないだろう。

人の心に入り込むのは、思っている以上に難しいのだ。
その心に自分の場所を作る事は、その何倍も。

考えながら、脳裏に浮かんだ少女の顔にツォンは微かに目を伏せる。
自分ですら思うように行かない、立場の違いがあるからこそ余計にそうなってしまう自分に、今更ながらの溜息をつきそうになる。
抱く感情は違えど、見知らぬ他人から、偶然と言う運命でそれを成したの事が、今だけ羨ましく思えた。


「通り過ぎてるぞ、と!」


扉を開ける音と同時に叫ばれた声に、二人は慌てて振り向いた。
見れば、ツォンと同じ服を着崩した赤毛の青年が、何処か呆れた顔をしてこちらを眺めている。


「ああ、すまないレノ。ぼんやりしていたようだ」
「珍しい事もあるもんだ、と。
 で、アンタが噂の遭難者だな」
と申します」

「俺はレノ。タークスのエースだぞ、と。
 今日のヘリの操縦と、その後の護衛もあるから、よろしくな、と。
 出来れば、その後も仲良くして欲しいぞ・・・と」


近づき、そっと耳元で囁いたレノに、は先程セフィロスに睨まれていた社長を思い出す。
出会い頭、同じような事を言う彼に、まさかと思いつつはツォンを見た。
完全に呆れきった顔で、諦めの混じった顔をする彼に、は間直にあるレノの顔を眺める。
似てはいないが・・・・


「・・・・そんなに見つめられると・・・このままその唇、塞いじまいたくな「社長のご子息ですか?」
「プッ!」


予想外ではあるが、納得できてしまうの言葉に、ツォンは思わず口を押さえた。
微妙に波に乗りかけ、口説きの1手目を出した途端、別方向から叩き落された部下に、溜まらず噴出しそうになる。
普通に断られるより何倍も酷い返し方をされたレノは、彼女の言葉に目を丸くして放心していた。

が、すぐさまその意味を理解したのか、大きな溜息をついて肩を落とす。
どう言ったのかは知らないが、あの社長と自分に似通う部分があった事に、落胆を隠し切れない。
そして、滅多に笑わないツォンに笑われたという事も。


「それは酷すぎるぞ・・・と・・・・ハァ・・・・」
、レノは社長と何の血縁も無い。
 社長の息子はルーファウス様という。コスタ・デル・ソルで合流する」
「それは失礼。出会い頭に同じような事を申されましたので・・・つい」

「・・・っ・・・・ショックだ・・・」
、今レノが出てきた部屋に、貴方の服を用意してある。
 いつまでも、神羅兵の格好でいさせるわけにはいかないからな」
「御恩遇、感謝します」


顔を覆い、項垂れるレノを無視し、ツォンは表情に戻った。
レノが出てきた部屋まで戻り、中を一応確認すると、そのまま彼女を促す。

中に足を踏み入れたは、テーブルの上に置かれた衣服の数に一瞬目を丸くした。
大量というわけでもないが、一着ぐらいだろうと思っていた彼女の目の前には、積み重ねられた服の山が4つはある。
床には同じ程の量の靴が並び、傍には口を開けた大きな空の鞄があった。

セフィロスに言われ用意したようだが、幾らなんでも、多すぎではないだろうか。
これからの事を考えるならば、少なくはないと考えられる量だが、流石のも驚いて言葉を失った。


「あの、これは・・・」
「セフィロスの指示だ。遠慮はいらん」
「こういう時は甘えるもんだぞ、と」

「彼に、また借りが増えましたね・・・」
「・・・・彼はそんなつもりではないでしょう」
「アンタ、守られる立場なんだぞ、と。
 貸しも借りも、あの英雄様は考えちゃいねぇ」

「解ってます。でも、だからこそ、返さなければならないんですよ」


柔らかに微笑んで扉を閉めたに、二人は豆鉄砲を食らったような顔で扉を眺めた。


「なるほどな・・・と。あの笑顔で英雄様はオチたわけか・・・」
「外れてはいないが、当たりでもないだろうな」

「どういう意味だ?」
「私にもまだわからん。だが、いずれ解る・・・・多分な」

「訳がわからないぞ、と」


首を傾げるレノを一瞥し、ツォンは腕を組むと壁に背を預けた。

彼女がセフィロスに受けたという恩。
命を救い、保護し、後の生活への工面。
一見当たり前の事かもしれないが、にとって、それは何より大きなものだ。
それは、他人の自分から考えてもわかる。

同じだけの対価を払うのは、そう容易なことではないだろう。
だが、彼女は、物質的なものや金銭的なもの意外で、それを既に返し始めているように見えた。

最強と呼ばれる英雄の、誰の知らない心の中に、彼女は既に入り込んでいる。
彼女にもその自覚はあり、それはつまり、誰にも救えない小さな揺らぎを止める事も出来るのだ。
誰も見なかった、見せられなかったセフィロスの裏側に、既に触れているのかもしれない。

孤高にいる彼に、それがどれだけ貴重な人間か。
解らないほどツォンも馬鹿ではない。

今はまだ、それは小さな変化に過ぎない。
だが、やがて時を重ねる先に、それは大きな変化となり、あの英雄を変えていくかもしれない。


「良い風が・・・迷い込んだようだな・・・」



誰に言うでもなく呟いた言葉に、レノは微かに首をかしげた。
だが、その意図するところを何とはなしに察し、微かに口の端を上げる。


「早い者勝ちなんて、誰も決めてないぞ、と」
「・・・・やめておけ」

「障害が多いほど、燃えるタチでね」


悪戯っぽく笑う部下に、大きく溜息をつきながら、ツォンは風の吹き行く先を眺めた。






ツォンさんに続き、レノ登場。
今回は短かったっすね。5のキャラは次回にチョロっと出て見納めです。
2006.05.05 Rika
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