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意図したわけではない
以外に姿を見せる気なんぞ、ワシらには毛頭無かった
じゃが

あの若造がの時計を持っておった

数百年積もったあの子の思い
長きに渡りその帰りを待ち続けたレナ達の思い
姿を見せる事も出来なかった、不甲斐ない年寄りの思い

ワシらの心が動かしていた時計を持っていた
故に彼はワシらが見えた

それはただの偶然じゃった







Illusion sand − 10









放心したように見上げていたセフィロスの視線の先で、彼女が動く気配がした。
それで、ようやく現実にもどってこれたセフィロスは、起き上がり振り向いた彼女と視線を重ねる。


「どうしました?」
「・・・・今・・・いや、何でもない」


寝起きにしては、随分はっきりした口調で言うに、彼は先程の事を聞こうとするが、過ぎった考えに口を噤んだ。
それに彼女は首を傾げたが、すぐに目元を緩め、あの光のような柔らかな空気を作り出す。


「来ませんか?」


かけられた言葉に、セフィロスは伏せていた顔を静かに上げた。
月明かりに照らされながら、軽く目で空を見た彼女に、悪くないと考えると、セフィロスは足を踏み出そうとした。
が、手に持ったままの剣に目をやり、トラックに視線を移した。


「待っていろ」


言い残すと、セフィロスはテントの中に入り、寝場所に剣を置くとすぐに外へ戻った。
出てきた彼に納得したような顔をしたは、幌の上の埃を軽く払い、彼を迎える。
流石と思えるほど、物音を立てず幌の上に登ってきたセフィロスは、静かに彼女の隣に腰を下ろした。

下にいるより幾分か感じる風が髪で遊ぶが、心地よいそれに静かに目を伏せる。
は話題を振ることもせず、黙って隣にいるだけだったが、不快には思わなかった。

セフィロスが話をするのを待っているようにさえ思えるが、無理強いするような雰囲気は無い。
聞きたい事が無い言えば嘘になるが、それを口にするべきでは無いと、セフィロスは思った。


それは彼女の中の聖域に、土足で踏み入る事のように思える。


昼間話している時、彼女は仲間の事について詳しく言う事は無かった。
ただ、『お節介好きで世話の焼ける馬鹿ばかりだった。色々あったけど・・・お陰で私も少しだけ馬鹿がうつったな』とだけ。

過去は過去だと言い、それが本心であるのは目を見れば理解できたが、それ以上の思いもあるのだろう。
二度と戻れないと言っていた世界の、何より尊い記憶の影を、他人の自分が易々と口にするべきではない。
それが、既にこの世に無く、手の届かない存在ならば尚更だ。



「空を見て楽し・・・いん・・だろう・・・な・・・」


言いながら、セフィロスはしまったと内心溜息をついた。
適当な話題と考えていたが、見事に赤線を踏んでしまった。
長い間、閉鎖された空間に閉じ込められた彼女が、この当たり前の空を惜しまないはずがない。
そうでもなければ、こんな夜中にわざわざ出て来る事も無いというのに。

そんな彼に、は昼間のザックスを思い出し、つい軽く噴出しながら、視線を上げた。
満天の星空に行き交う雲の断片が、二人の上を通り過ぎ、吹いた風には心地よさ気に目を伏せた。



「ええ・・・星を見たのは暫くぶりです。風も・・・・」

「・・・・同じか?」
「?」

「お前の世界と・・・・此処の・・・」

「・・・・・・・・・さぁ・・・昔すぎて覚えてません。
 でも・・・・きっと良く似ている」


また『昔』
どれだけの時間を指して、彼女が『昔』と言うのか、セフィロスにはわからなかった。
彼は風や空を忘れるほどの年月がどれくらいか知りもしなければ、忘れ方も知らない。
ほんの少しの間だけだったのだろうかとも思うが、ではどれだけ濃い時間だったのかと考える。

当たり前の、そこに有るのが当然と思うものの記憶すら無くなるには、他にどれだけ多くのものを忘れなければならないのか。
どうしたら耐えられるのか。

風に乱される髪を押さえるのが面倒になったのか、寝転がったをセフィロスは見下ろしていた。
頭上から消えた雲に、降り注ぐ星を眺める目は、憂いの欠片すらなく、ただ至福をかみ締めている。



「何故・・・そんな顔が出来る?」
「幸せ・・・・だからですよ」
「・・・・・・・・どうして耐えられるんだ?誰も・・・居ない場所で長い間・・・・・」
「・・・・・・・・・・」



自分が何を言っているのか、何故そんな事を聞くのかわからない。
そんな顔で見てくるセフィロスに、は開きかけた口を噤み、頬を緩ませながら起き上がった。
近くなった視線に、一瞬視線を合わせた彼は、言いたい言葉が解らないように、視線を外す。
自分自身に戸惑う彼に、は微かに目を細め、銀の光に艶めく髪にそっと手を乗せた。

その感触に、微かにビクリとしたセフィロスは、信じられないような目で、ゆっくりと彼女に視線を向ける。
自分とは真逆のような、闇色の髪をした彼女は、そんな自分の事さえ知っていたように、柔らかな笑みを浮かべて頭を撫でた。


夕餉の頃より、少しだけ様子の変わった彼に、は内心首を傾げていた。
人目が無いとはいえ、セフィロスが、こんな話題を出して心を覗きたがる人間とは思っていなかった。
それだけ懐かれているのだろうかと、妙なくすぐったさには目を細める。

彼の防衛本能に似た冷たさは、会ってすぐにわかった。
鉄面皮で感情を隠すのも、他人への不干渉もそれだ。

常人の物差しで考えれば、十分大人なはずな彼を、まるで小さな子供だと思う。
知らず溜まっているだろう精神的な負担に、まだその心が壊れていないのが幸いだと思った。





「優しい子だ」





彼女が何を言っているのか、誰に対して言ったのか、不覚にも理解するのに数秒かかった。
冷たい、非情だと言われ慣れるような自分に、そんな事を言う人間など居た験しがない。
だが、例え今自分がどう言い返そうとも、彼女を言い負かす事など出来ないだろうという事だけは、漠然とだがわかった。


これまで、誰かに頭を撫でられる事など一度も無かったし、許す事も無かった。
しようという人間もいなければ、自分を馬鹿にされているようにさえ思えるそれを、して欲しいとも思わなかった。


だが、いまそれをされて、この温かな手の感触を心地よいと思う自分が居る。
誰のものとも、特に代わり映えの無いはずの手が、何故かとても温かいものに思えた。

何故そんな風に思うのか、解らなかった。



「どんな気持ちなんだ・・・?
 元の世界・・・自分が生まれ育った場所を考える時・・・」
「・・・・・・・・」
「俺には故郷がないから・・・親も、仲間と呼べる人間も居ない。
 思い出して・・・お前みたいに幸せな顔が出来る思い出も無い・・・だから・・・解らない。
 解れないんだ・・・この先も、解ることは出来ない」



叩けば折れてしまう氷塔のようだと、は思った。
彼は見るべきものを見れぬまま、知るべきことを知らぬまま大人になった子供のようだ。
もっとも、にとっては10代も40代も孫ぐらいの子供である事には変わりない。
だが、だからこそ、そんな子供を受け入れられる年甲斐もあった。

普通は多くの人間を見て、多くの生死、人生を見てそう考えられるようになるのだろう。
閉鎖された場所に居たが、そんな風になるのは特殊と言えるかも知れないが、それは元の器がそういった気質だったのかもしれない。



「・・・故郷・・・って・・・・どんな感じなんだ・・・・?」
「・・・生まれた場所・・・育った場所だけが、故郷なのではない」


強い声で言ったに、セフィロスはハッとしたように彼女を見た。
そんな彼も気にせず、は遠くの空を眺めるように、淡々と言葉を続ける。


「確かに私は、一つの場所で人の手を借り、武を学び心を学び育った。
 此処とは異なる世界に生まれ、戦い、生き、多くのかけがえの無いものを得た。
 それは、故郷と呼ぶに十分だろう。
 だが・・・それだけが全てではない」

「何故・・・?」



首を傾げる幼子に、は柔らかに微笑むと手を伸ばした。
銀糸に覗く額に触れ、そっと手を下ろすと、目を覆う手の裏で、彼の瞼が伏せられる。



「目を閉じて、思い浮かぶ場所はあるか?」
「・・・・・」

「貴方の心の中には何処がある?」
「・・・・・何も・・・無い・・・何処も・・・」

「それは、まだ己が故郷と呼べる場所を見つけていないからだ。
 故郷は在るものかもしれない。だが、見つけ、出来る事だってある」
「・・・・」



そっと離れた手に、開けてゆく瞼から青緑の双瞳が姿を見せる。
迷い子のように彷徨う瞳はすぐに大人のそれに変わり、だが、まだそこに有った幼さを残したまま彼女を映した。
柔らかなの笑みは変わる事無く、だがその瞳は、目を覆われる前とは違う強さを映す。



「確かにあの世界は私の故郷だ。
 その生を終えて尚私を支える仲間の魂も、心も、思い出もそこに在った。
 だが・・・思い出は、どんな時も美しいものだ。
 それが例え血に塗れた日であろうとな。
 所詮、過去は過去でしかなく、今には成り得ぬ。
 捕らえられたとて、戻れる事は無い。
 今この瞼に残る情景も、流れ行く時の前には、やがて消えてゆくだけだ。
 故に・・・・私は今ここにいる。
 この世界、この空の下、この大地の上に。
 今、此処に、貴方の隣にいる」
「・・・・・・・・」


「セフィロス、貴方はまだ若い。
 これから多くのものを知り、沢山の景色を見るだろう。
 その中で、故郷は出来上がっていく。
 その時が来れば、自ずと解るのだ。
 その手に刃を携え戦う時、何に変えても守ろうと思える場所。
 やがて肉体が滅び土に返る時、その心が帰る場所
 それは、ただ生まれただけの故郷しか知らぬ者には、得る事の出来ぬ幸福だ。
 貴方はそれを手に入れる事が出来る」



言って、再び柔らかく微笑んだ彼女を、セフィロスはただ見つめていた。
目の前の女性の言葉は、自分とさして歳も変わらないようなのに、まるで長く生きた人間に言われているような錯覚を与える。
そんな事を考える冷静な自分が見つめる中、その言葉、その声の心地よさに、彼は贖う事も忘れたようだった。

ただ、いつか見つける故郷と呼べる場所は、今の彼女のように、この心を穏やかにしてくれる場所なのだろうかと。
そうれあれば良いと、そんな事を考えていた。



「私も・・・いつかこの世界の何処かを故郷と言う日が来るだろう」




長く生き過ぎたこの魂は、肉体の檻から離れても、遠く懐かしい場所へ帰れはしないだろう。
いつか、この世界で見つけるだろう安息の地に帰るだけだ。
その先があの世界に繋がっていれば・・・・いや、神が作り上げる世界の仕組みはそれ程優しく出来てはいないだろう。

吹き抜ける風に意識を流し、どこか陰った瞳で遠くを眺める彼女の隣で、セフィロスは受け取った言葉を反芻していた。
理想論、戯言だと、いつもなら言い捨てるはずの言葉は、静かに心の中に染み込んでいく。

それは、どこか夢幻の中に身を浸しているようでもあった。



「喋りすぎましたね。こんな話は退屈でしょう?」
「・・・・いや・・・・」



突然、それまでとは声色も口調も変え、昼間の顔に戻ったに、セフィロスは小さく言葉を返すしか出来なかった。
それは確かな現実だったが、まるで狐につままれたような感覚すらする。

やはり、普通の人間とは何か違う。



「大分冷えてきましたし、もう寝ましょうか」



言って、音もなくトラックから降りた彼女に、セフィロスは小さな感嘆を覚える。
彼も大概馬鹿ではない。
それが意識しているか無意識なのかぐらいはすぐに解った。

落ちきらない血の匂い以上に、それは身体に染み付いているのだろう。



見上げて待つに手を差し伸べられ、普通逆ではないかと考えながらセフィロスは地に下りた。
同じように降りてみたが、やはり物音は消せない。

触れた掌は自分のそれにすっぽり包めるほど小さく、よくこれで戦うものだと思った。
手袋越しでは体温は伝わらないが、何故か温かさを感じる。
それは、適当に寄って来て事を済ますだけの女達とは全く違う、別の温かさ。
どこか懐かしいような、だが覚えの無い温もりだった。




「明日、海に止まっている運搬船に行く。その後、社長と会ってそのままミッドガルだ」
「詳しい話は、明日の朝・・・ですね?」
「ああ」



短い会話を済ませると、セフィロスは幌の戸を開けた。
促されて、また物音を立てずに乗り込んだに、幌から手を離すと、そのままテントに向かう。


「お待ちください」
「?」
「何か忘れていらっしゃいませんか?」


1歩踏み出した瞬間、呼び止めたの言葉に、セフィロスは怪訝な顔をした。
何かあったかと考えるが、先の会話ではそれらしい事も思い浮かばない。
帰り際、呼び止められることで何かあったかと考えた瞬間、逐一覚える事も無い女達の最後の強請りを思い出した。

よもやがそんな事を欲しがるとも思えないが、この状況ではそれぐらいしか思い浮かばない。
たかだか唇の一つや二つ、一体何が嬉しいのか。
反応しなければ向こうから勝手にしてくるそれを、まさかまで欲しがるというのだろうか。

が、首を捻った彼の前に居るには、強請る素振りや誘う雰囲気は微塵も無い。



「寝る前、休む前はオヤスミナサイの一言を言うのが礼儀でしょう」
「・・・・・・・・」



からかわれているのかと、セフィロスは一瞬眉間に皺を寄せかけた。
が、至極真面目な顔をするに、そうではないと解ると、溜息より先に小さな笑みが零れた。

やはりこの女面白い。


「お休みなさいませ」
「・・・おやすみ」


返された返事に、満足気に頷いた彼女は、中に入るとすぐさま毛布に包まった。
余程眠かったのだろうか。

ものの10秒もしないうちに聞こえてきた寝息に、セフィロスは半ば呆れながら、自分のテントへ戻っていった。

転がっていた刀の位置を直すと、すっかり冷えた毛布に包まり、静かに目を伏せる。
残っている彼女の手の感触が、まだ頭を撫でているようで、彼は小さく笑みを零すと薄く開けた目から天幕を眺めた。

と、その時、ふと視線を感じ、セフィロスはその主に目をやった。



「・・・ズルイ・・・」
「・・・・・・・」


そこには、恨めしげな顔をして自分を見つめるザックスの姿。
そういえば、戻ってきた時彼のイビキがしなかった。



「俺もと夜のデートしたかった・・・・」
「・・・・・デートじゃない・・・」
「・・・デートだろ。・・・セフィロスズルイ・・・」
「・・・・・・・寝ろ・・」
「俺も・・・いつかとデートしてやる〜・・・・・」


さめざめと泣くザックスに溜息をつくと、セフィロスは背を向けて目を伏せた。
こうなったザックスは本当に面倒な事この上ないと、幌上縛りつけ車両暴走事件で痛感している。

おかげで、彼女の手の余韻は無くなっていた。








2006.05.02 Rika
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