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大きな戦いの後は必ず決まった夢を見る
恨みがましい目をした亡霊達が無数に湧き出てこの身を掴む

殺した奴の顔なんて逐一覚えていない
目の前の亡霊達も朽ちて顔など解りはしない

騒音のような恨み言に相手をするのも面倒だった
だから俺は奴らに二度目の死を与える

後から後から湧いてくる黒い亡霊は足元からも現れる
黒い手に握られた場所は目覚めればいつも赤い跡が付いている

相手をするのも面倒になっていた
悪夢を見るのも慣れていた

いつもの事だ







Illusion sand − 09






今日もその夢を見ていた。

いつものように、無数の手が髪や身体を捉えて暗い闇に引きずり込もうとする。
振り払えば消えるのに、後から後から湧いてくる。

恐怖を抱く事など一度も無かった。
ただ、目が覚めてからも残る手の感触に、鬱陶しさが募るのだ。

眠ってる間ぐらい疲れずにいたい。
だから有る程度は為すがままにさせておく。

俺はソルジャーだ。
命令に従い動く事しかしなければ、自ら会社の為に動く気も無い。

恨むなら俺を戦場に行かせるハイデッカーの所に行けば良いものを
誰かが詠い始めた名声のせいで、戦いの後は寝ても覚めても休む事が出来ない。

いい加減にしてくれ



身体に纏わりつく、リアルな腕の感触を、セフィロスは溜息をつきなが振り払う。
諦める事を知らないような亡霊達に、あとどれくらい構ってやれば朝が来るのか。

視界を埋め尽くす亡霊に、今日の戦闘で随分数が増えたと、流石に身の危険を感じる。
混ざり合うように渦を捲くそれらに、今までには無い夢だと知った。
このままでは、闇に連れて行かれるかもしれない。

だが、これは所詮夢であり現実ではない。

不安定な世界でしか姿を見せられない奴らに、同情すら感じた。
力が及ばないのは、誰のせいでもない自分自身の責任だろう。
戦いに向うなら、勝利と敗北・生と死を、同じだけ覚悟すべきだろう。
それすら分らないまま、こうして夢に現れるのか。


「愚かな事だ・・・」


呟いた途端、黒い霧になった亡霊が八方から襲い掛かってくる。
触れた部分が凍えるほど冷たく、凍りついたように痛み出した。

だが、抵抗する気はない。
もがき、振り払い、逃げる事を奴らが望んでいる事ぐらい解るのだ。
馬鹿馬鹿しい。


「満足か?」


やりたい事があるならさっさと終わらせてくれ。
どうせ何時もみたいに、結局何も出来ないのがオチだろう。

身体を包んでいく霧から伝わる、亡霊達の憎悪にセフィロスは僅かに顔を顰める。
今日はいつもより手強いかも知れないと考えながら、結局朝になるまで何も変わりはしないのだという諦めに目を伏せた。

いつもそうだ。
夢も、現実も、自分を助けてくれるのは自分しか居ない。
自分を救えるのは自分しか居ない。
救わなくとも、自分は自分だ。
結局何も変わらない。


全身を覆う霧の感覚に、寒さが身を凍えさせるようだった。
いつもより幾分か強いような、縛り上げられるような感覚に段々と体の感覚が無くなっていく。
今日は随分頑張るようだと小さく感心した途端、それまで立っていた場所が消える感覚に、閉じていた目を開ける。
だが夢は覚めない。

引きずり込まれるような感覚と、浮遊感と、痛みと息苦しさに、ようやく身の危険を感じた。
このままでは、暗い闇の淵から二度と這い上がれなくなるのだと、直感が教える。
夢を見ている自分の、意識そのものが引き摺られていく感覚に、セフィロスは纏わりつく霧を払った。

だが、いつもは消えるはずのそれが、今日に限って一瞬の霧散だけで再び身体を捉え始める。
段々と、落下の終わりが近づいてくるに従い、体の感覚が無くなっていく。
霧に溶けるように、霧が溶けるように、足の先から段々と自分が無くなっていく感覚に、セフィロスは見上げた瞳をきつく閉じた。


!!」


叫びと同時に、閉じた目にも解る程の強烈な光が辺りに広がった。

聞いた事の無い男の声だった。
自分とを勘違いしたのだろうか?

何度も彼女の名を呼び、差し伸べる手は自分に向かっている。


、大丈夫だったか!?」
「クェー!」
「・・・・・・」


セフィロスの身体を包む霧を、瞬く間に切り裂いていく光に、彼はただ呆然とそれを眺めていた。
人の形のように見える光は、輝く剣を持ち、立ち込める闇を難なく払っていく。


「コイツにどんな恨みがあるかは知らねぇが、俺と仲間はコイツに命救われたんでな!!」
「クェックェックェーーー!!!」
「・・・・・・・・おい」


段々と光に目が慣れ、目の前で剣を振るう青年の姿が段々と見えてくる。
が初めに着ていた服と似た雰囲気の服を着て、長いマントを靡かせる、人の形をした光。
纏う光は、彼の強さが映し出されるように若く生気に満ち、新緑を運ぶ風のようにセフィロスの身体に纏わりつく闇を払っていく。

金色に輝くチョコボに跨りながら、意気揚々と現れた彼はセフィロスを背に庇った。
いつの間にか光で満たされた視界の中、目の前で蠢く闇の固まりに、光の人影は鞘から剣を抜き出す。
目の前で、鳴き声に合わせて振られるチョコボの尻に、セフィロスが話しかけるが、彼は聞くく耳持たずに剣を構えた。


「死人の相手は死人がしてやるよ!!俺の仲間を痛めつけた借りは高いからな!」
「クェックェックエクェェェーーー!!」
「・・っ・・・・・おい」


興奮するチョコボのフワフワ尻に顔をくすぐられ、セフィロスは心地よいのか不快なのか判断しかねながら、再度青年に話しかける。
が、完全に人の声を聞いちゃいない青年は、軽く手綱を持ち直すと、闇に向って剣を据え再び叫び始めた。
恐らく、ザックスと同じタイプの性格なのだろう。


「こちとら世界救った最強集団だ!敵うと思うならかかって来い!行くぞボコ!!」
「クェエエ!!」
「・・・・・・・」


少しは周りを見て動いたらどうなのか。
そう思っているうちに、青年はチョコボを駆り、見事な剣技で闇を切り裂いていく。
何時になったら、この男は間違いに気付くのだろうか・・・。


「何だか呆気ないな・・・ま、俺たちの友情に敵う奴なんか居ないって事だな!」
「クェッ!」


剣を鞘に収め、高らかに言うと笑出だした青年に、セフィロスは大きく溜息をついた。
話しかけるのも無駄な気がして、セフィロスが黙っていると、青年は笑顔で振り向きようやく人相が解った。
思ったより若い、人の良さそうな整った顔立ちだが、何処の町でも一人ぐらいいそうな、平凡な容姿。

そして、振り向いた青年は、セフィロスの姿を確認した瞬間輝く笑顔のまま固まった。


「・・・・・・・・・・・・」
「お前は誰だ?」
「・・・・・・・・・あれ?」


飼い主と同じ顔をしながら固まるチョコボ。
理解がついていかないのか、表情を固めたまま首を捻る青年。


「・・・おかしいな・・・だと思ったんだけど・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・ん?アンタの胸・・・あぁ、そうか。だからか・・・」
「?」


考え込んだと思ったら、一人ブツブツ言いながら勝手に納得する青年に、今度はセフィロスが首を傾げた。
と勘違いされたのだろうという事だけはわかるが、それ以外は全くもって意味が解らない。
一体この男は誰なんだ?


「何者だ?」
「俺は・・・いや、名乗る程の者じゃないさ!」
「・・・・」


爽やかに言われても、助けられたといっても、怪しい事に変わりは無い。
死人らしいが、本当にこの男は何なんだ?


「・・・・・・・・・・」
「あれ?助けられたの気にしてんのか?
 ん〜・・・あ!ホラ、アンタはを助けてくれただろ?
 今のは・・・そう!仲間を助けてくれたせめてもの礼だと思ってくれよ!」
「・・・・・」
「じゃ、用も済んだし、俺行くな!
 の事・・・・よろしく頼む」
「・・・・?おい」



勝手に人の夢に出てきて、勝手に別れを告げる青年に、セフィロスは眉間に皺を寄せた。
何一つ質問に答えない男に、セフィロスは手を伸ばそうとするが、その途端彼の体は光の粒子に変わり消えていく。
柄ではないが、今回ばかりはせめて礼の一つぐらい言わせても良いものを。
そう思う間に、彼の体から溢れた光が辺りを包み、視界が黒に変わった。

今度は何だ?


「グゴォォォォ・・・ん〜・・・・ハラ減ったア〜ン・・・」
「・・・・・・」


耳に届いたザックスの寝言と、周りで眠る兵の寝息に、セフィロスは目が覚めた事を理解した。
目の前には、闇に浮かぶようなテントの天井。
まだ夜が開けるには時間が早いらしく、真っ暗な視界の中で確かに感じる部下達の気配に、彼は大きく息を吐くと先ほどの夢を思い出す。



の名を呼んでいたのだから、彼女の知り合いに間違いはないだろう。
それに、あの青年は、自分が死んでいるような事を言っていた。

今日話で聞いた、彼女の昔の仲間と考えるのが妥当だろう。
死んでも守ってくれる仲間・・・・・・・・俺には無縁の話だ。

が、如何せん夢の話しという以上決定とは言えない。
自分自身が作り上げた偶像でしかないかもしれないのだ。

確かめる方法も無ければ、そんな事をする気も無い。
仮に口にしても、寝ぼけているか頭がおかしくなったと思われるだけだ。

どうせ、また同じ夢を見たとしても、あの男が現れる事は無い。
何の事は無い、所詮夢は夢なのだ。



すっかり冴えてしまった頭に、このままの就寝は無理と考えると、散歩でもするかとセフィロスは身を起す。
バサリと捲れた毛布の音と同時に、胸元から聞こえたシャラリという音に、セフィロスはふと中を探った。

指先に触れた小さな鎖を引くと、自分のものではない銀の懐中時計が零れ落ちる。
すっかり汚れの取れたそれは、隙間から入る月明かりを反射しながら、静かに針を動かしていた。


『・・・ん?アンタの胸・・・あぁ、そうか。だからか・・・』


あの言葉・・・そういう意味だったのか・・・?
返す時は、剣と一緒にと考え持っていたが、これがと自分を間違えた原因だろうか。



所詮夢



だが・・・












考えてどう答えが出る事でもないと、大きな溜息をつくと、セフィロスは正宗を手にそっとテントを出た。
数人の見張りがいる陣の中、所々に付けられた明かりが辺りを照らし、西の空に浮かぶ月から白銀の光が降り注いでいた。

見上げた天上には数多の星々が輝き、物言わず地上を見下ろす。
明け方にも似た風の静けさに、雲は僅かに形を変えながらゆっくりと流れていた。


欠伸を噛み殺す兵達に会釈されながら、セフィロスは見回りがてら散策を始めた。
今宵は魔物達でさえ、この空に眠りついているらしい。
どの見張りも、いつもは忍び寄る魔物の気配に気を張り詰めているというのに、今日は随分暢気にしていられるようだ。

外れまで歩けば、海の上にゲルニカの灯りが見えた。
今日の戦の指揮者は、今頃中でイビキをかいているか女と戯れでもしているのだろう。
それとも、明日こちらに来る社長と電話してガハガハ笑っているだろうか。
どれであろうと、ご苦労な事だ。

異変も魔物の気配も無い以上、武器を手に歩き回るのは兵達の不安を作る事になる。
セフィロスは軽く辺りを見回すと、自分のテントに向かい歩き出した。



今日、戦いが終わった後、セフィロスはハイデッカーに呼び出された。
話の内容はもちろんの事である。
あまり話題にはしたくなかったが、今ミッドガルで彼女の事が格好の話題となっているらしく、セフィロスは話をはぐらかす事も出来なくなった。

当初本部へ報告した時、セフィロス自ら、あまり騒ぎ立てるなと社長に言った。
最初の告知は多少大げさでも、二度目からは小さなニュースにしたほうが後腐れないというセフィロスの言葉に、会社は従うつもりだった。
セフィロスを溺愛する社長が、どんな説明で頷いたのかは知った所ではないが、少なくともセフィロス自身、神羅の為にと助言したわけでは無いだろう。
社長はセフィロスの指示をそのままタークスに回し、メディアに伝えていたのだ。

が、人々の感心はこんな時に限ってどこへ向くのかわからない。

の事は、あまり人目には触れさせずにいたつもりでいた。
遠征中の軍の中では、外への情報手段など限られてくる。
が、何処でどう漏れたのか、ミッドガルではの事を『砂に過去を流された謎の美女』と呼び、毎日ある事無い事新聞で騒ぎ立てているらしい。

確かにの容姿が美しい事は、セフィロスも解っているつもりだ。
下手に誰かの傍に置けばそれが引き立て役にしかならず、自分の傍に置いたほうが相殺されて幾分かカムフラージュになる。
目を引くことには変わりないが、軍の中の誰かから、情報が行ったのは確かだろう。

が、考えてしまう訂正点はそこではない。
セフィロスの記憶が正しければ、砂に流されていたのではなく、砂の流れを止めていたような気がする。
あれが彼女の仕業という証拠は無いが、状況的に考えれば間違いではないだろう。


知らぬ間に起きていた社会現象に、セフィロスは何処から呆れて良いものかと、ただただ深く溜息をついた。

後の事を、彼女がどう決めるかはセフィロスには解らない。
だが、だからこそ、どう動く事もできるように、目立たずにおきたいのは解っていた。
話しにしか聞かないが、この様子ではミッドガルへ戻った途端、彼女の周りは大騒ぎになるだろう。

明日、を上層部の人間達の元へ連れて行かなくてはならない。
随分と暇なのか、格好の話題にされている彼女への興味なのか。
ただの一人の一般人に対するその待遇は、今だ聴いたことも無いものだった。

その後は社長達と共にヘリでミッドガルへ戻り、今後についての話し合いが始まる。
と言っても、社長直々に相談にのるはずもなければ、本人にその気も全く無い。
タークスか、市長辺りが既に手筈を整えているのだろう。

通常であれば、暫くはホテル暮らし。
その後は、適当な神羅系列の会社に放り出されてサヨナラだ。
もっとも、それは運が良ければの話である。

に事情を話せば、有る程度は自分で誤魔化せるだろう。
だが、万が一ボロを出してしまえば、本人の意思など無視のまま、尋問されて宝条の研究室行きだ。
彼女の技量から考えれば、逃げる事など造作も無いだろうが、神羅を敵に回す事はこの世界で良く生きるには不便である。
人として生きる事すら難しい。


もちろん、その話を聞いたとき、セフィロスは自分も同行する事をハイデッカーに了承させた。

この世界の事を知らなすぎる彼女を、一人で行かせるわけにはいかない。
まだ、彼女には教えておかなければならない注意点が五万とあるのに、この状況は芳しくない。
彼女も、きっとそう思う事だろう。


妙な顔をしたハイデッカーを見ながら、セフィロス自身も、何時にない自分の態度におかしいと思った。
他人の心配で、彼がここまでするなど、今までは無かっただろう。


期待を裏切らない受け答え。
並みの人間には無い度胸。
測り知れない武の力。
予想外の行動。
知らない世界を見せてくれる言葉。
耳障りにならない声。
雑多さの中に時折見える品格。


何より、彼女の傍は何故か心地良さを覚えた。

そのせいか、今まで自分には無いと思っていた部分が、彼女といると次々と見つかるのだ。

結局の所、セフィロスがを気に入ってしまったからに他ならない。
随分子供染みた理由だと、出てきた答えにセフィロスは自嘲の笑みを零した。

何だかんだと言われながら、結局自分も人間らしい。


考えて歩いている間に、気がつけばセフィロスは自分のテントの前まで戻って来ていた。
まだ眠る気にはなれないが、このままウロウロしようとも思わない。
静かにテントの扉を引き、暗闇に変わる視界の片隅に、ふと淡い光が過ぎった気がした。

思わず立ち止まり、辺りを見回すが、見えるのは神羅のロゴを胴体に印刷された投光機の灯りのみ。
月の光を見間違えただけだろうかと、上を見上げた瞬間、目に入った光景にセフィロスは息を呑んだ。

が眠るトラックの、幌の上に腰を下ろす二つの人影。
先ほどの光の正体だとは理解できるが、見た事も無いそれにセフィロスの思考は止まったままだった。

淡く光るそれは、柔らかに微笑む、年老いた男と、長いリボンを付けた少女にも見える。
敵意も気配も感じられないそれは、その存在だけが別の世界であるかのように存在していた。

何をするでもなく、ただ自分達の足元に手を伸ばすそれに、セフィロスは夢に居た男を思い出す。
現実に、幽霊だの魂だのを目にしたのは初めてだった。

これも、胸に仕舞いこんだままの、彼女から預かっている時計のせいなのだろうか。

人はこんな時、恐怖をもつというが、あの光がもつ柔らかな空気のせいか、それは全く無かった。
やはり、彼女の昔の仲間なのだろうか。
それがもつ空気は、何処と無くに似ている気がした。



どれ程の時間、それを見上げていたのかわからない。
呆然としたままだったセフィロスは、ふと、彼らの手元に、彼らとは違う、生身の人間と思われる人影がある事に気がついた。
考えるまでも無く、それがだと感じた瞬間、それまでそこにあった光は薄れ、夜空に溶けるように消えていった。


目の前で起きた光景に、何が起きたのか解らないまま、セフィロスは立ち尽くす。
微かに髪を撫でた風にこれが夢ではないと教えられるが、今だ現実に戻れない彼は、呼吸以外の全てを忘れてしまったようだった。

そんな自分にも驚きながら、彼はただ、何も無い空を眺めていた。





2006.04.28 Rika
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