次話前話小説目次 

狭間を抜け出たのは貴女自身の力
私達は、他の世界へと続く道筋を解いただけ

絡まった幾重の糸を解すように
貴女が進めるようにしただけ



全ては偶然だったらしい




Illusion sand − 04










「山間部からアバランチの伏兵が出現しました!本陣が襲われてます!」



味方の叫びに、セフィロスは目の前の敵を一気に切り裂くと、遥か後方にある陽炎を見た。
人込の中でも見えるほど大きく燃え上がる炎は、とザックスが居る辺りもすっぽりと飲み込み、壁のように赤い線を引いている。
それは、自分に劣る自軍の兵や、独学の多いアバランチなどの魔法や召喚獣で出来るような代物ではない。
恐らくは、出てきた伏兵に火を放たれて上がったものだろうそれは、範囲的にも、そこに残っていた兵の生死が絶望的だと思わせるのに十分だった。

人が最も油断する明け方の時間を利用した奇襲。
それに加え、身を潜めやすい山間部からの伏兵に、神羅の軍は見事挟み撃ちにされていた。

読めなかった訳ではないが、こうも易々と敵の策に嵌った事への悔しさがこみ上げてくる。

味方拠点陥落かと、士気の落ち始めた前線の神羅軍は、3分の1以下まで減ってしまった目の前の敵にすら押されてしまいそうだった。


「セフィロス、今すぐ戻れ!奴らを食い止めろ!!」


こんな時、自分が前線を離れたらどうなるか、予想出来ない訳でもないだろうに。
完全に冷静さを無くした指揮官は、軍の中腹から護衛で身を固めながら頓珍漢な指示を出す。

これならば、頭に血を上らせて敵に突っ込んでいくハイデッカーの方がまだマシだろうと、セフィロスは敵を前にしながら大きな溜息をついた。
そうだ。これがハイデッカーであったなら、軍の最高指導者の命令だから行ったと責任は取らなくて済む。
出来るなら、この指揮官の言うように今すぐ戻ってしまいたいのに、それが出来ない状況が酷く腹ただしかった。


「英雄セフィロス・・・か。上官命令だろ。行かなくていいのか?」


恐らく今回の襲撃の指導者だろう、他の者に比べれば幾分か身なりの良い青年が、静かにセフィロスの前に立ちはだかった。
余裕の笑みさえ浮かべ、しかし剣を手に隙の無い彼は、遠くの炎を眺めながら勝利を確信したかのように落ち着いている。

戦場で恐れられる英雄を前に、堂々としている男の自身は、自惚れだけで作られるものではないだろう。
とはいえ、今だ本気の半分も出していないセフィロスを前に、既に勝利を確信しているこの男の技量は知れている。


「何をしているセフィロス!戻れと言っただろうが!全滅させたいのか!!」
「おーおー。お宅の隊長さんは元気がい「ファイガ」


悠長に敵の御託にかまってやる義理は無い。
戦況が思わしくない今、目の前の敵を殲滅し苦戦している味方を助けるのが最優先事項なのだ。
素早く結論を出したセフィロスは、嘲笑うかのように言葉を紡いでいた男を無視し、目に見える敵全てに得意の炎系高等魔法を放った。

爆風に吹き飛ばされた敵の武器が指揮官に向かっていこうと、知った事ではない。
半分はわざとなのだから。
当たったら運が良かった。当たらなくても運が良かったと言ってやれば良い。

セフィロスが繰り出した魔法の威力に、それまで血気盛んに向かってきていた敵が一斉に怯み出した。
彼がその隙を逃すはずは無く、炭化した死体の上を駆けると、慌てて武器を構えようとする敵の一団を一振りで切り伏せ、次の瞬間には別の敵に向かっていく。

その姿に、一気に士気を上げた神羅軍は、残りわずかとなったアバランチの軍勢に怒涛のように襲い掛かった。

数える程しか居なくなったアバランチの軍に、もはや勝機など無い。
これ以上の流血は無意味と悟ると、セフィロスは残りの敵を捕虜にするよう指示し、今だ燃え続ける炎へと身を翻した。

段々と消えていく炎の傍には、彼女を任せた若い神羅兵も、拠点の守りに当たっていた味方も大勢いる。
眠り続けるがいる。

コートに包まれ、注意しなければ死んでいるのかと思うほど、小さな寝息を繰り返していた彼女を思い出した。
抱き上げた体は、鍛えられていながら、あまりにも軽く小さいものに思える。
一夜、二夜と目覚めない彼女に、限界なのだろうかと諦める度、誰かを呼ぶ小さな寝言がその予感を拭い去った。
彼女の言っていた、自分の知らない場所の、昔の夢でも見ていたのだろうか。
ならば、せめて夢の中に居る間に命を落としてしまった方が幸せだったかもしれない。

彼女から預かった剣は、騒動に流されるまま荷物と一緒に置いてきたが、彼女が目覚めなければ、それも意味を成さない。
それに、仮に目覚めていたとしても、病み上がりでそれを扱える可能性は皆無に等しい。
扱えたとしても、それを手にする事は無いだろうと、セフィロスは漠然と思っていた。
彼自身、自分が理解出来ない心のどこかで、自分に剣を預けると言った彼女の言葉を信じてしまっているのかもしれない。

それ故ザックスを彼女の守りに向かわせたのだが、あの状況を目にしては悠々と戻る事など出来なかった。

何の関係も無い、何の抵抗も出来ない人間を戦いに巻き込んでしまった事。
たった一つの命も守れなかった自分に憤りを覚え、同時に、何故自分がこれほど心乱しているのかと考えながら、セフィロスは勝利に喜ぶ兵の間を走った。
















が、彼の不安はテントの前に縛られた伏兵だったと思われる捕虜と、仁王立ちする&ザックスによって、見事に打ち砕かれた。











「正当防衛ですからね。私は悪くありませんよ」
「俺は神羅の兵だから当然だしな」
「ザックスは私の命の恩人の一人。その方をお守りするのは道理です。
 含む所もあるかもしれませんが、納得して下さい」
「あ、あと俺、セフィロスにを守れって言われたし、上官命令でもあるんだからな。悪く思うなよ?」



ほんの数時間前まで、自分の寝床で青い顔をして眠っていたはずの女性が、何がどうしてこうも見事な復活をしているのか。
伏兵だったアバランチの集団は、二人の前で所々青痣をつけながら気絶しており、中には意識はあるものの何故か正座させられている者までいる。

一面の焼け野原を想像していた自軍の拠点は、全くと言って良いほど何の被害も無かった。
ボロボロのテントを前に、目の前の光景を理解できないセフィロスは、半ば呆然としながら責任転嫁し合う二人の元へ歩く。


「無事なようだな」
「あ、セフィロス!お疲れさ〜ん」
「お疲れ様です。お怪我は・・・無いようですね」
「ああ。ところで、先程炎が見えた気がしたんだが・・・オレの見間違いか?」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・黙っていないで説明しろ」



セフィロスの有無を言わせぬ迫力に、二人は顔を見合わせると、誰に言われるでもなく地面に正座した。
周りからの視線を痛いほど感じながら冷や汗をかくザックスと、それらを全く意に介さない顔のは、静かにそれまでの事を話し始める。











、まだ平気そうか!?」
「はい」


苦戦する味方に集まってきたアバランチに囲まれながら、ザックスとは次々と目の前の敵を倒していた。
が、その時、神羅兵の傍で闘っていたの姿に、いつの間にかアバランチの中からこの場に居ない男の名が上がった。


「セ、セフィロスがいるぞ!」
「前線に出たんじゃなかったのか!?」
「全員死ぬ気でかかれ!!」


射るような夜明けの太陽に、西から攻めてきたアバランチには闘う神羅兵の顔など見えてはいない。
長い髪。黒い服。艶麗な顔立ち。武器を持たずとも見せ付けられる圧倒的な戦闘能力。
対峙する瞬間に倒れていく味方に、おおかまな特徴しか捉えられないアバランチは、をセフィロスと勘違いしたらしい。

予想外の場所に出現した強敵に、彼らは決死の覚悟でその力をぶつけてきた。
それにより、とザックスの周りにはどんどん敵が集中し、同時に倒された敵の山が出来ていく。


「何言ってんだ・・・コイツら?、セフィロスいるか?」
「いえ、見当たりません」
「だよなぁ・・・・」


首を傾げながら剣を振るうザックスは既に肩で息をし、対照のようなは汗をかくどころか息一つ乱していない。
それどころか、自分の背後を守るように背を合わせたまま決して離れる事無く、ともすれば一撃で数人の敵を倒していた。

お陰でザックスは前方の敵のみに集中する事が出来るが、当初の護衛という立場は完全に逆転している。
女性に守られるとは男として情け無いと思いつつも、彼女がいなければ自分はとっくに血まみれで転がっているだろうと、敵の喉笛を切り裂きながら考えた。

一撃で確実に急所を突かねば敵に呑まれる自分に比べ、同じ一撃でも同時に複数の意識を完全に飛ばすだけの攻撃をするの方が、遥かに技量が上だという事は、ザックスでなくてもわかる。

と、その強さに、ふと先程の敵の言葉が脳裏をかすめた。

考えてみれば、体格・性別は違えど、確かに特徴は同じ。
美辞麗句で例えるしかない容姿は、顔つきは違えど言葉のみで聞く以上勘違いしても仕方がないかもしれない。

よもや、この芋洗いに似た状況は、彼女のせいではないかという予感がザックスの中に生まれ、そしてそれは次の瞬間確信に変わった。


「セフィロス、覚悟!!」
「何故私に向かって来る・・・」
「・・・・やっぱし・・・・」



セフィロスの名を叫びに向かう敵に、ザックスは内心溜息をついた。
やむ事の無い攻撃と集ってくる敵に苛立ちが募っていくが、ふと周りを注意深く見てみると、少ない味方の神羅軍の表情が段々と良いものに変わっている。
敵の中から上がったセフィロスという名に、彼が戻ってきたのかと勘違いした味方の士気が、明らかに上がっているのだ。

とザックスの姿は敵に囲まれ、そこに居るのがセフィロスでないと知っているのはザックスだけだった。
災い転じて福となるとはまさにこの事なのか。
段々と押し始めた神羅軍に、元々大人数ではなかったアバランチは押され始め、徐々にその数を減らしてく。


「ザックス・・・・セフィロスは前線にいるはずですよね」
「・・・・ああ」
「先程から、彼らがセフィロスの名を呼んでいる気がするのですが・・・」
「・・・・・・・・気が・・・・動転してるんじゃないかな・・・・」


流石に、あんな長身で愛想の悪い、ついでに威圧タップリの男に間違われたようだなんて、女性相手に言えるはずもない。
苦し紛れとはわかっているものの、ザックスはの自尊心を尊重し、知らないフリをする事に決めた。
自分だって、万に一つも無いだろうが、女に間違われた上に集中攻撃たらショックだ。

残り僅かとなった敵は、周りにいた神羅兵と戦い始め、ようやく落ち着いてきた戦況にザックスは剣を下ろした。
振り返ってみると、同じく周りに敵が居なくなったも腕を伸ばし、大きく伸びをしている。

と、ようやく終わったかと気を緩めたザックス達の目に、先程の伏兵と同じ場所から出てくる新たな一団が目に入った。
先程より小規模ではあるが、武器は剣や銃の他に大きな機関銃を持ち、仕舞いにはモンスターまで引き連れて、扇のように広がりながら近づいてくる。


「マジかよ・・・・こりゃ大変だ」


再び剣を構え、ザックスは向かって来る敵に走り出す。
が、数歩進んだところで、共に来ると思っていたの気配が無い事に気がつき、慌てて振り向いた。


動く事も無く、その場で遠くを見つめているは、明らかに闘志の欠片も無い顔をしている。
病み上がりの彼女だ。
もしや、先程までは体に鞭を打って戦っていたのかと、ザックスは彼女に歩み寄った。


、どうしたんだ?具合悪いのか?」
「いえ、ただ・・・・・・・・面倒になってきました」
「・・・・・」


生命の危機を前に一体何を言い出すのかと、ザックスはを見つめたまま頭が真っ白になった。
段々と近づいてくる敵を眺める彼女の表情は、何か考えているようだが、纏うオーラは気だるさ散漫である。
このまま敵に捕まる気も、味方に任せて休む気も無さそうではあるが、彼女が何を考えているのかザックスにはさっぱりわからない。


「彼らの動きを止め、戦意を喪失させれば・・・・これ以上攻撃される事もありませんね」
「え・・・?そりゃ・・・まぁ。でも、そんな方法・・・・」


言葉を遮るように、片手を天に向かい掲げたに、ザックスは首を傾げる。
途端、鳥肌が立つ程の魔力の揺れが風のように辺りを包み、彼女の口が僅か開いた途端、先回りするかのように敵に向かっていく。


「ファイア」
「!?」


恐ろしい速さで流れる魔力が炎へと変わり、空気中の酸素を取り込みながら広がった。
一瞬で出来上がった厚い炎の壁は、敵軍の左右限界まで伸びるとそのまま後方へ進み、あっという間に敵を囲い込む。

突如出来上がった灼熱の檻に、敵は慌てて中央に集まり、それに比例して炎の輪も小さくなっていった。
中から氷結系の魔法で逃れようとする様が微かに見えるが、炎が弱まる気配は無い。

炎系魔法の基本とは思えない威力と形状に、ザックスは呆然としながらに視線を移すが、その表情に疲労の色など欠片も無い。
それどころか、まるで普通の事のように敵を見ている彼女に、ザックスには恐怖すら覚えた。

敵に回したくない相手、とはこういう人なのだろうかと考えながら、数日前に感じていた彼女が人外ではないかという不安が彼の胸に広がっていく。
この戦いで目の当たりにした、彼女の並外れた戦闘能力と、見せ付けられた強大な魔力を前にして、それを思い返さずにいられるだろうか。


一方のは、自分を凝視するザックスの視線に、内心小さく舌打ちした。

自分が元いた世界では、実力のある黒魔道士が魔法の形状を変化させる事が稀にある。
もっとも、それには魔導史上に名を連ねるだけの強大な魔力が必要だったが、100年以上もモンスターの巣に住んでいたに出来ないはずはなかった。

食事では当たり前にファイアで火を使い、余った料理はブリザドで冷凍保存。
残飯はサンダーで塵にして捨て、水浴びの後はエアロで髪を乾かす。
日常生活における殆どに魔法を使っていたにとっては、魔法は敵を倒す力ではなく生活する為の力であり、形状変化など包丁で野菜を切るのと同じ事だった。

が、常人であるザックスがそれに驚かないはずはなく、得体の知れない女が使ったとなれば不安と恐怖を抱くのは必然。
きっと、仲間と旅を始める前の自分が見ても、ザックスと同じ反応をするだろう。

後々の事を考えると、悪風に成りかねない反応に、は心の中で謝罪しつつ、一芝居打つことにした。


「ザックス・・・」
「・・・何だ?」
「もう無理です」
「は?」


ザックスが声を返すと同時に、はそのままダラリと手を下ろした。
途端、周りの空気が一気に静かになり、魔力を絶たれた魔法は、一瞬大きく揺らめくと跡形も無く消え去る。
腰を抜かして座り込んでいるアバランチと、大きく息を吐いて額の汗を拭う仕草をしたを交互に見たザックスは、状況を理解出来ず立ち尽くしていた。


・・・・どうしたんだ?」
「・・・力みすぎて・・・・MPが0になりました」
「・・・・・・・・」
「中央一点を狙ったつもりだったんですが・・・」
「・・・・・・」


もしかして、もしかしなくても、この子は馬鹿なのだろうか。
そんな目で見てくるザックスに、は一先ず安心しながら、次々と捉えられていく敵を眺めた。
狙い通り、完全に意気消沈したアバランチは、神羅兵のなすがままに縛られ、力なく引きずられていく。


「生きてる・・・・のか?」
「規模は大きかったですが、その分攻撃力は減ったと思います。
 元々相手の戦意を無くすのが目的でしたし、精々軽い火傷をするぐらいの熱さにしかならなかったかと・・・・」
「・・・・・・まぁ、な。お疲れさん」
「いえ、勝手な真似をして申し訳ありません」
「いいって!気にすんなよ。お陰で俺らは余計な犠牲出さずに助かったんだしさ」


かすかに笑みを浮かべながら静かに頭を下げたに、ザックスは苦笑いしながら安堵の息を吐いた。
丁度その時、前線から大きな爆音が鳴り響き、数秒後に歓声が沸きあがる。
あちらも決着がついたのかと、二人は朝日に昇る黒煙を眺め目を細めた。


と、その時、背後で倒れていた数人の残党が立ち上がる気配に、二人は同時に振り返る。
脇や腹から血を流し、息も絶え絶えな男達は、剣を構え、血を吐く咆哮と共に二人に襲い掛かってきた。


「チッ!しつけぇ奴は女の子に嫌われるぞ!!」


敵の第一撃を交わし、懐に潜り込んだザックスは、大剣で敵を上下に真っ二つに裂き、崩れ落ちる体を踏みつけて別の敵の前に出た。
続けて向かってきた敵の刃を難なく剣で受け、弾き返そうとした瞬間、敵は突然後方へ引き間合いを取った。


「どうした?怖気づいたか?」
「動くな」
「?!」
「この女の首が飛ぶぜ?」


後方からの言葉に、ザックスは驚き慌てて振り返る。
まさかと思い見開いた彼の眼には、の体に手を回し、首元に刃を突きつける男の姿があった。


!」
「動くなっつってんだろ?黙って武器を捨てろ」


勝ち誇った笑みを浮かべながら、彼女の首筋を切っ先でなぞる男に、ザックスは強く奥歯を噛み締めると剣を放り投げた。
対峙していた男は静かにザックスに近づき、剣の先でゆっくりと彼の頬に赤い筋を作ってゆく。

二人の人質を前に身動きが取れない周りの神羅兵は、皆一様に悔しそうな顔をして敵を睨みつける。
が、次の瞬間、彼らの瞳にはの拳で見事空中に舞う男と、その隙に放ったザックスの蹴りで吹き飛ぶ男の姿が映った。


「女を盾にするたぁ、随分なんじゃねぇか?」
「全くだ。君達少し正座しなさい」


倒れた男達を引き摺り、一箇所に集めた二人は手近にあったロープで彼らを縛ると、怒気を含んだ声で言い放った。















「・・・・で、そしたら丁度セフィロスが来たってワケ」
「・・・・・・」



説明の間に頬の傷を治したザックスは、痺れた足に響かないよう、首だけ回してに同意を求めた。
慣れているのか、耐えているのか。
足の痺れなど全く感じさせず、表情の変わらないは、静かに頷くとセフィロスに目をやる。


「差し出がましい真似をして申し訳ありませんでした」
「・・・・・」
「ちょ、が謝る事無いだろ?
 が居てくれなきゃ俺は死んでたし、そこら辺に居る奴らだってどうなってたか・・・・」

「ですが、これは貴方方の戦いであり、私が不用意に手を出すべきものではありません。
 如何に自分の身を守る為とはいえ、先ほどの魔法は彼らの警戒心を煽るには十分。
 後の戦いへの影響は、決して少ないとは言えないでしょう。
 それに、軍隊である以上は体面的にも、上層部への報告にも問題があります」
「でも・・・」
「ザックス、いい。お前の言いたい事は解った」

「如何様にも御処分下さい」
・・・セフィロス・・・」



淡々と語るに、ザックスは二人を見合わせてただうろたえるばかりだった。
だが、彼女の視線はセフィロスから離れる事は無く、静かに見詰め合う。

己の危惧を見事見抜いた彼女に、セフィロスは昔を語った彼女の言葉を思い出した。
『元王宮兵士』と言っても、恐らくただの兵士ではなく軍の中枢に近い場所にいたのだろう。
その考えは、明らかに凡庸な兵士や一般女子が考えるような内容ではない。

MPが0と言う割りに、平然としているの嘘は見抜いているものの、それは懸命な対処と言える。
先ほどザックスが説明し彼女の魔法は、威力と範囲を足して割ったとしても、明らかに自分を超える力を持っているとわかった。

僅かばかりではあるが、自身の口からの事を教えられているセフィロスには、その先の事を信じさせる布石にもなった。
これほど歴然とした力の差の前には、例え警戒したとしても無駄でしかない。

それほどの力をもちながら、済生の恩に報いるためにザックスを守ったというのならば、敵意が無い事は間違いないだろう。

だが、それらは全て、目で見た訳ではないセフィロスにとって、予測の範囲を出ずにいる。
己の内の問題と共に、多方面からの問題を考慮しても、彼女の意思を知る何か明確な答えが必要だった。


、二つ質問をする。正直に答えてくれ」
「・・・・はい」

「俺はお前の剣をテントに置いたまま出た。
 なのに何故それを使わず素手で戦った?」
「私の剣は、先日貴方にお預かりいただきました。
 それを使うという事は、貴方への裏切りになります」


やはりそうかと、セフィロスは自分の予感が当たった事に少し驚きながら、静かに納得した。
どこか喜びにも似た感覚と安堵を覚える自分に気付かないまま、段々と出来上がっていく彼女の人物像から、彼は次の質問の答えを予測する。


「・・・わかった。じゃぁ、何故敵を殺さなかった?
 気絶しているとはいえ、一撃で仕留められるなら殺す事も出来ただろう」


もし、彼女が反神羅組織のスパイであったなら。
自分とザックス以外ならば、謎が多い彼女を疑わずにいられないはずである。

此処で下手に飾る言葉を出しても、疑いの芽を作る事にしかならないが、セフィロスの予測では彼女はそれを言い出すだろう。
突き放す言葉を言ったとしても、それは同じ事。

とはいえ、彼女ほどの逸材を野に捨てたいとも、敵に回したいとも思わないセフィロスにとっては、がどういう答えを出そうが結果は既に出ていた。
要は、この敬語で固められた言葉の中からの本音が見えたならそれで良いのだ。

目を伏せ、暫し考えていたが静かに双瞼を開き、暁を反射した瞳が再びセフィロスを捉える。
笑みさえ浮かべ、見透かされるような感覚に、セフィロスは薄紅の唇から紡がれる言葉を待った。



「命は・・・尊きもの。
 如何なる相手であれ、それを奪う事は何者にも許されないと考えています。
 たとえそれを勲章としたとて、憎しみが生まれるのみ。許す事こそ強さではありませんか?」


予測通り、流麗に並べられた言葉は人の心を掴み、周りに居るザックスや兵達の心に残すには十分なものだった。
だが、それで自分が頷くとは、彼女も考えてはいないらしい。

これで十分だろうという顔をするザックスや兵を一瞥し、再び視線を戻したセフィロスの先には、その先を促すようなの瞳があった。
随分期待されているらしいと、緩みそうになる頬を堪えながら射る様な視線を彼女にぶつけ、セフィロスは再び口を開く。



「では、その許そうとした相手が尚も刃を向けたらどうする?説得でもするつもりか?」
「その心に何か残せるのなら、それで十分ではありませんか?
 どれ程無駄と思われる事でも、必ずそこには人の心があり、その意味もいずれ作り上げられていくものと思っています」
「セフィロス、もういいじゃねぇか。のお陰で俺らは無事なんだぞ?」


案の定、仲裁に入ろうとしたザックスに、賛同する視線があちらこちらから向かって来る。
だが、ここで終わらせるようではこの場を作った意味もなく、真意など別に自分は陰口の対象になってしまうと、セフィロスはへ向けるより幾分か強い視線でザックスを黙らせた。
尊敬が混じるへの視線と、非難するような自分への視線。
見事対極になった状況に、セフィロスは沸々と湧き上がる笑いを押さえ込みながら、次の言葉を待つを面白い女だと思った。



「それで、お前が言う『何者にも奪われる事の許されない命』を落とすことになってもか?」
「その者が私を殺す事が出来れば、そうするでしょう。
 ですが、その時は正当防衛で叩き伏せますよ。諦めるまで。何度でも」


包み隠さず出された言葉に、セフィロスは驚くと同時に、益々愉快と身を乗り出した。
たまらず緩んだ頬を気にする事も無く、今度は自分が彼女を急かすような視線を向ける。
楽しんでいる顔で答える彼女の周りは、先ほどまでの言葉とは一転したような彼女の言葉と、笑みを浮かべたセフィロスに驚き呆然としていたが、そんな事など彼にとってはどうでもいい。


「諦めなかったらどうする?
 もしもお前の周りに居る人間に危害を加えようとしたら?」

「地の果てまで追いかけ、赤く燃える鉄の鞭で頭を叩き割ってやります。
 とでも言わせたいのですか?」

「ククッ・・・燃える鞭か!それはいい!!是非見てみたいな!!」


飄々と答えた彼女の言葉に、セフィロスは溜まらず声を上げて笑った。
周りの兵が驚き目を見開いているが、彼はそんな事を気に留める事も無く、の答えとその内容に益々彼女の事が気に入っていく。
一頻り笑った後、セフィロスは満足そうな笑みを浮かべると、不敵な笑みを浮かべた彼女に視線を戻した。


「で、どうするんだ?」 

「残念ながら私自身、容念の限界を超えた事が無いのでわかりませんね。
 ですが、誰であろうと、私の罪を被るような真似をさせる訳にはいきません。
 望まれるなら、永劫の牢獄へも供し、この身を盾にして守ります」

「なるほどな。もういい、この話は終わりだ」



満足気なと、上機嫌のセフィロスに、ザックス達は口を開けたまま呆然としていた。
セフィロスが、彼女の言葉の何処を気に入ったのか、この遣り取りでの目的は一体何なのか。
疑問は大きなものであったが、どんな説明をされても自分達の理解出来る範囲ではないだろうと、ザックスは一先ず安堵の息を吐いた。


「俺はこれからの指示を聞きにいく。
 ザックス、を医療班の所へ連れて行って診察してもらえ。
 他の奴はここを片付けろ。以上だ」


そういい捨てて去っていくセフィロスの背を、一同は黙ったまま見送っていた。
今にも鼻歌を歌ってスキップまでしそうなほど高揚とした雰囲気の彼に、悪寒さえ感じてしまう。


「セフィロス・・・・なかなか面白い方ですね」
「俺はの方が面白いよ・・・・色んな意味で」


にこやかに言い放つに、ザックスは一気に力が抜けるのと、凍るように広がる頭痛を感じた。
馬鹿なのか、賢いのか、強いのか、弱いのか。
考えても仕方ない。これから見ていけば解る事だと、痺れの収まった足で立ち上がると、ザックスはの手を取った。


「む!?」
「此処にいたら邪魔んなるだろ。さっさと行こうぜ」
「いえ、まだ、今暫・・・ぬぁあああああ!!」
「!?」


手を引いた途端、悲鳴のような呻き声を上げて倒れ込んだに、ザックスも周りの兵も驚いて彼女を凝視する。
軽く痙攣を起しながら、ひっくり返るに、ザックスはそっとしゃがみ込むと、微動だにしない彼女の足を軽くつついた。


「ぐぁっ・・・ザックス!!」
「・・・・・やせ我慢してたのか・・・・?」
「今暫し・・・今暫しお待ち下さい・・・・ぐぁああああ!!」
「・・・ここか?ここが痺れてるのか?」
「お止め下さい・・・・どうかぁあああ!!・・・・」
「どうした?ここがいいんだろ?素直に言えよ」
「ザックス・・・・貴まぅぅおぉぉあぁあああ!!い、如何わしい物言いをなされるな!」
「ははは!悪い。でも、痺れた時は揉んだ方が早く収まるんだぞ?ほら」
「ぐああああああああ!!やめろ!やめろぉおお!!」


まるでその身を刃で貫かれたように、苦渋の表情で懇願するに、ザックスは心底楽しそうに彼女の足を掴み筋肉を揉み解した。
必死に地を這って逃げるを嬉々として捕まえるザックスの声は、本部から次の指示を受けたセフィロスが戻ってくるまで響いていた。

その後、移動を始めたトラックの天井からは、助けを求めるザックスの声がひたすら響いていたという。

2006.03.02 Rika
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