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願いは人を動かし

祈りは天を動かす


作りかけの運命は一つの偶然で狂い始めた





Illusion sand − 02




水面に沈んだ月の上に、泣きそうな顔をしたレナがいた。
囲む樹木の葉から落ちた雫が、水に落ちた音と共に、彼女の謝罪が耳に届いた。

何故謝る事があるのか、聞こうと足を踏み出そうとするのに、体は石化したように動かなかった。
頬を撫でた風に懐かしい匂いを感じた瞬間、懐かしいガラフの手が優しく頭を撫でる感覚がする。


「幸せに生きて欲しかったんじゃ。騎士としてではなく、一人の娘として……一人の人間としてのぅ」


瞳さえ動かせないまま、意味のわからない彼の言葉に、全て終わったのだろうかとボンヤリ考える。
ならば、現状は改善されている。
生きて帰る事は出来なかったが、死して彼らと再会できたのなら、それでいいと思った。
もう孤独に耐える日々は終わったのだから。


は生きてるよ。ちゃんと、生きてるの。これからもずっと・・・・だから・・・ごめんね」


今にも泣き出しそうな声で言うクルルの言葉に、内心ぬか喜びだったかと正直残念だった。
だが、目を閉じる直前に見た銀髪の青年がいるのなら、孤独でない事に変わりは無い。
もしかしたら、彼は自分より先に人として与えられた時間を終えてしまうかもしれない。
けれど、誰か一人だけでも共に存在してくれるなら、今までの日々よりはずっといい。
なのに、何故彼女達が謝り続けるのかまだ分らない。


「戻す事は出来なかった。だから、新しい世界で見つけて欲しかったんだ」



闇の中に揺れた影が形を成し、そっとレナの隣に寄り添う。
唇をかみ締めたファリスは、酷く悲しそうな目で、波紋の広がる水面を見ていた。
握り締められた拳をそっと握ったレナは、一瞬目を伏せると、零れそうになる涙を堪えながら、再び視線をこちらに戻す。


が寄り添える人。ずっと一緒にいてくれる人。誰より大切だと思える人見つけて欲しかったの。
 幸せになってほしかっただけなのに・・・どうして上手くいかないのかしら・・・こんなはずじゃなかったのに」


鉛のような足をようやく動かし、彼女が立つ水面に足を踏み入れる。
レビテトを使っている時のような妙な浮遊感を感じながら、歩く度に小さな波紋を作り上げた。
時折水音を立てる水は真下に姿を映し出す。
突然大きく揺れた波紋の中に、自分の姿とは異なるものを見つけ、は足を止めた。

ゆらゆらと静まっていく波紋に、段々と形を取り戻したそこには、見たことも無い赤い服を着た黒髪の男がいた。
赤という色に、昔戦った魔族の男を思い出すが、その容姿は似ても似つかない別人だった。
角も妙な紋様もない男は恐らく人間であるに違いなく、自分と同じように、足元に移った姿に驚いている。

これは誰かと、ファリスに問おうとした瞬間、周りの景色が煙のように消えてゆく。
慌てて辺りを見渡せば、先程まで傍にいたはずの仲間は景色と共に真っ白な光に飲まれはじめていた。

何が起きているのかわからないまま、自分だけが白の世界に取り残されてゆく。
足元に見えていた男の姿さえ無くなり、立ち尽くしていた彼女の体が、暖かいものに包まれた。
後ろから伸ばされた腕は、ぼんやりと形を成しながら、呆然とする彼女を強く抱きしめる。


「無力だな・・・」


肩にかかる重みを感じた瞬間、薄茶色のクセ毛が頬を擽った。
久しく目にした腕の装具に、その腕が旅人のものであると思い出しながら、何故彼がこんな事をするのかとは新たな疑問に思考をめぐらせる。
が、肩に伝わる体温とは別の温みに、その思考は中断された。


「俺は・・・と、ずっと一緒にいたかった」
「・・・・バッツ?」


声を出し、振り向こうとした瞬間、彼の姿は消え去り、辺りを包んだ光にの体は飲まれていく。
眩しさに目をくらませながら、彼らの名を呼ぼうとした声は、突然のしかかった体のダルさに抑えられた。









何が起きたのかと、ようやく開けた目には、それまで目にしていたはずの空間はなく、簡易的なテントの天井が映る。
耳に届いた遠くの喧騒と、故郷でいつも耳にしていた機械の音に懐かしさを感じ、大きく息を吐いた途端、目の前の景色に見覚えが無い事に気がついた。

人の気配にそれが現実だと理解し、慌てて飛び跳ねようとするものの、その体は意に反してベッドの中に沈み込み、力すら入らなかった。

肘の内側に針の刺さったような違和感はあるが、手足が拘束されている感覚はない。
針から伸びていると思われる透明な管を辿ってみると、何か液体の入ったものがあった。

服は脱がされ、薄手の簡易的な衣類を着せられているようだが、これも見たことが無い造りである。
時代が流れたのか、全く知らない世界なのか、まずは情報を手に入れなければならなかった。

見た事もないものが何であるか、一人で考えて解るはずが無い。
仕方無しに天井を見上げると、は思索の先を別の方向へ向ける事にした。


夢にしてはリアル過ぎる腕の感覚は目が覚めた今も体に残り、彼らの言葉も眠気に淀むことなく脳に刻み込まれている。
見ていたときは、遂に彼らも頭の螺子が飛んだのかと思ったが、今の自分の状況を考えれば、彼らの言葉も理解でてくる。



ガラフの最初の言葉は、相変わらず耄碌がきているのか理解に苦しむ。
一人の娘の幸せというのは一体何なのか。
剣を持つ事だけを考えて生きていた自分に、そんな抽象的な事を言われても、具体的に何も思い浮かばない。


ククルの言葉は・・・・もしかして自分は嫌われていたのだろうか?
生きていてゴメンナサイとは、まさか死んだほうが良かったという事か?
動物語か、モーグリ語を混ぜられてしまったのだろうか。一応まだ人間でいるつもりなんだが・・・・。
とりあえず自分が生きている事は、目の前の景色と体の感覚で理解できた。


ファリスの言葉は、レナの言葉と二つでようやく意味が出来上がるのだろう。
自分を元の世界に戻せないから、新しい世界に連れて来たが、不都合が起きたという事を言いたかったようだが、一体何が起きたというのか。
だが、自分を狭間から助け出してくれた事には、どれ程感謝しても足りないくらいだ。

いや、待て。

それ以前に彼女達にそんな力があっただろうか。
自分が知っている限り、素手で9999のダメージを与える彼女達でも、そんな事が出来るなんて話は聞いたことがないし、見たことも無い。

それ以前に、既に死んだ老戦士はともかく、彼らに他人の夢にまで出る力があった覚えも無い。
自分が次元の狭間にいる間、砂漠を歩いている間に、揃って天寿を全っとうしていたとしたならば、納得出来なくも無い。
彼らなら、どんな事でもやってしまいそうだ。


バッツ言った『無力だ』という言葉は、別の事をいっているように思えたが、何に対してかは主語が無いので分らない。
だが、一緒にいたかったという言葉は、共に闘った仲間として、やはり嬉しかったが、その他の説明が無かったのは残念だ。


まとめてしまうなら、「自分達は何も出来ないが、を生きたまま他の世界に飛ばしたので、そこで新しい仲間を作って幸せになってくれ」という事だろう。
誰か彼らのまとめ役をやってくれる人が欲しい。


仲間が言いたかった事を何とかまとめただったが、それが自分の作り上げた夢でないという保証は無い。
出てきた結論を参考項目として脳裏に置きながら、は大きく息を吐くと視線だけで辺りを見回した。

見覚えは無いが、何処か覚えのある雰囲気は、そこが軍用のテントに似ているからかもしれない。
しかし、記憶の中から軍を持つ国を思い出すが、目の前のそれらはどれに当てはまるとも限らず、考えても意味の無い事だった。






結局の所、これからは自分の行動次第でしかないと考えていると、ベッドを囲んでいたカーテンに近づく足音が聞こえた。



「誰・・・だ?」


弱弱しく掠れた声に、は自分自身で驚いた。
これが、嘗て炎の守護国の騎士を務め、近衛にまでなった人間の声だろうかと、情けなさを通り越して笑いがこみ上げてくる。


「目が覚めたのか!?」
「ザックス、静かにしろ」


勢い良く飛び込んで来た黒髪の青年に目を丸くしたは、静かに咎めた銀髪の青年に慌てて起き上がろうとした。
が、何処をどうしたのか、体は一瞬ビクリと動いただけで、まったく思うように動かない。


「平気か?!痛いところないか?!自分の名前、わかるか!?」
「お前は・・・俺の話を聞いているのか?」
「だって、心配じゃねぇのかよ」
「いきなり質問攻めにする奴があるか」


苦笑いをする黒髪の青年に、呆れた顔をした銀髪の青年は、彼のベルトを掴み乱暴に隣に立たせると、が寝ているベッドの横まで移動する。
壁に背を預けて見る彼に、喋る状況をくれたのだと理解すると、感覚の朦朧とする腕に力を入れて起き上がった。

慌てて腕を伸ばした黒髪の青年の手を借りる事も無く、自力で起き上がったに、銀髪の青年は微かに驚き目を見開く。


「私の名は。助けてくださったのは貴方ですね」
「そういう事になる。覚えているのか」
「一瞬ですが・・・。御好意、感謝致します」
「あ、俺も一応その場にいたんだからな!3日間眠りっぱなしだったんばぞ?元気になったみたいでよかったなぁ!」
「はい。ありがとうございます」


先程から好奇心いっぱいに話す黒髪の青年に、は思わず零れる笑みを堪えながら静かに礼をした。
まるで子供のようだと思ってしまうのは、対照的な銀髪の青年のせいだけではないだろう。
寝起きとは思えないほど覚醒した様子のに、黒髪の青年は安心したように隣の青年に笑いかける。
それに一瞥しただけで、表情を変えなかった銀髪の青年に、単純にはいかない人間のようだと、笑ってしまいそうになる顔を正す。


「俺ザックス!コイツは、セフィロス」
「ザックス、意識は確認したんだ。お前はもう行け」
「えぇ!?何だよ・・・まだ全然話してねぇじゃんか!
 ま、そろそろ部隊長に呼ばれる頃だしな・・・後で聞かせろよ!
 じゃぁな。また見にくるからな!
 何か変な事されたら叫べよ!すぐ飛んで来てやるからな!!
 コイツ意外とムッツリかもしれないし、油断するなよ!」
「・・・早く行け」
「ぅっ・・・そんなに睨むなよ・・・。じゃ、じゃぁな〜」


嵐のように去っていったザックスに、半ば呆然としていたは、大きなため息をついたセフィロスに思わず噴出しそうになる。
胸の内で膨らむ暖かな感覚に驚きながら、人と話をしたのはかなり久方ぶりだと思い出し、こみ上げた懐かしさに彼女の表情は知らずに緩んでいた。

ベッドの下から椅子を出したセフィロスに、ようやく現状を確認する会話が出来るだろうかと、は意識を現実に向ける。
が、彼女の意とは逆に、セフィロスはに腕を伸ばし、驚いたままの彼女をベッドの上に横たえた。
「平気だ」と言おうとしたものの、支えられながらも一瞬グニャリと歪んだ視界に、その言葉を飲み込む。
3日で目を覚ましたのは培った体力の賜物だが、流石に全快にはなれなかったらしい。

重くなった体に、ザックスとの短い会話だけで随分体力を消耗してしまったと、弱った体には内心ため息をついた。
指一つ動かそうとするだけで、全身の骨と筋肉が軋むようだ。
今なら、ゴブリンにでさえ殺される事も可能だろう。


「その状態で、よく自力で起き上がれたものだ」
「体力はあるようです。が・・・はやり見破られましたか」
「解らない奴が馬鹿なだけだ。少し質問するが、答えられるか?」
「恐らく」


隠せるだろうかと考えていたが、セフィロスには全く通じなかったらしい。
何気にザックスを馬鹿と言っているようだが、掘り下げるのも面倒で、はそれについて触れない事にした。

警戒心は薄れているが、油断しているわけでもない。
とはいえ、こちらの体を十分すぎる程気遣っていた彼の手の感触に、が警戒するのは不敬だろう。
聞きたいことは山程あるが、助けてもらった相手に礼を欠く真似をする気も無く、彼女は会話の主導権を彼に預ける事にした。


「じゃぁ一つ目の質問だ。、お前は何者だ?」
「・・・・・・・・何者とは、どういう意味でですか?」
「お前を見つけた時・・・お前が人ではない気がした。
 お前の体は透けていた。俺が声をかけた瞬間、今のように、目に見える肉体に変わったように見えた」
「・・・・そうですか」


よくそのまま斬り捨てなかったものだと、は関心しながらセフィロスを見た。
自分なら間違いなくホーリーで瞬殺してしまっただろう。

随分常識離れした登場の仕方をしたのだと、自分自身に驚きはするが、如何せん過去の経歴が経歴だけに、自分は何でも有りな生き物になったと考えざるを得ない。

若年で軍国の上層部まで駆け上がり、正体のハッキリしない仲間と旅を始め、世界を蝕む邪悪を倒したと思ったら、次元の狭間に残って古代文明の厄災を倒し、数百年老いもしないでいき続けて、極めつけに半透明の珍生物に変化。

改めて思い返すと、幾ら端折っていても、本当に人間業とは思えない経歴である。
特に後半部分。
事実である以上認めざるを得ないが、流石に胸を張って自分を人間だと言う事は出来なかった。



「どうした?」
「いえ、何でも・・・。とりあえず、私は人の腹から生まれて、人として育てられてました。
 貴方が私を人間だと思われるなら、人間に間違いないと思います。」
「・・・・・・・そうか」



無闇に言い切る事をしても、突っ込んだ質問をされた場合に困るのは目に見えている。
事の判断は、彼に委ねるのが、今の最善だと思えた。
言われた本人は困りものだろうが、こちらがどうとも言えないという事は伝わっただろう。
そもそも、半透明で現れた人物に「人間です」と言われ、「はいそうですか」と言える人は居ない。


「お前は、どこから来た?」
「きっと・・・・・貴方の知らない場所です」


何処まで話して良いものか。
セフィロスの質問はもっともなものだが、それ故に返答に困る。
彼が次元の狭間を知っているかどうかも知れない。それどころか、此処が元の世界であったという保障は無いのだ。
先まで見ていた夢の、仲間の言葉を信じてしまうなら、ここは自分の生きていた世界ではない。


「答えられない事ばかりだな」
「出来れば納得できる答えを返したいのですが・・・」
「言えないのか」
「説明している間に私が寝そうなんですよ。それに、貴方が信じるかどうかも・・・」


不安など微塵も無く、笑みさえ浮かべて返すに、セフィロスは微かに顔をしかめた。
言う気が無いわけではなさそうだが、彼女の体力を考えても、無理に長い話をさせる事は出来ないだろう。
既にその口調はだんだんと遅く、目も眠たげにゆっくりとした瞬きを繰り返している。


「体力が戻り次第、説明してもらう。悪いが、それまでお前の武器は預からせてもらう」
「剣は騎士の誇り。手放すのは気が引けます。・・・・が、仕方ありませんね」
「騎士?」
「ええ。これでも王宮兵士でしたから」


うわ言のように話すに、セフィロスは彼女の言葉を頭の中で反芻した。

神羅の力に支配されたこの星に国家など既に無く、神羅が各地の制圧を始める以前に、国らしい国があったような記録は無い。
辛うじて彼の記憶にあるのは、歴史書の中に小さく残っている数百年前の小国ぐらいだった。
現実、時の権力者達に書き換えられ続けた歴史など宛てになるかどうかもわからない。

どう見ても20歳代にしか見えない彼女が、まさか百以上の歳を数えているなど、常人の物差しで考えるセフィロスが思いつく訳はなかった。

が過去や異世界から来たなどという考えは、普通であれば脳裏を掠めることすらしない。
が、それを裏付ける要因がある今、可能性の中にそれ加えても、彼は違和感など感じなかった。

夢現のように現れた彼女も、彼女の着ていた服や持ち物の造りも、ある程度の博識を持つセフィロスでさえ知らないものだったのだから。



「国の名は?」
「名は・・・もう忘れてしまいました」
「自分の国の名をか?」
「流れ行く幾百の歳月は・・・記憶を蝕む」
「・・・・何を言っている?」



言い間違いだろうかと、セフィロスは首を傾げながらを見た。
既に眠りに落ち始め、目を閉じていなければ、既に眠っているようにさえ見える彼女の言葉は、信じがたいものである。
だが、先程からずっと感じていた、呆然とした顔をしながらも一部の隙も無い彼女に、意識はしっかりしているのだと思わされる。

仮にここで刀を振り下ろしても、身動きの取れないに防げる術は無いが、恐らくは何の狼狽も無くその様を見ているだろう。
もっとも、身動きの取れない女を相手に、そんな非情な事を出来るほど、今のセフィロスは冷たくは無いが。


理解に苦しむ内容ではあるが、行軍の途中で民間人を保護した手前、セフィロスは彼女の情報をある程度手に入れておかなければならなかった。
とはいえ、こんな内容を報告書に書く訳にもいかないので、彼の頭の中には既に「長期間における遭難のため精神的疲労が溜まり、記憶の混濁がある。保護される以前の記憶は喪失している」という文面が出来上がっているが、それはあくまで建前である。
要は、報告書の上で必要なのは、神羅にとってマイナスか、そうでないかだけなのだ。

仮に彼女がウータイの残党やアバランチ等の反神羅組織であるならば、こんな事をせず始末しなければならない所だが、彼女はそのどれにも当てはまらない気がした。

反神羅組織の連中は、何故か共通して結束が固く倫理的である。
幾ら巨大な力を消す為であっても、女一人を血まみれにして砂漠に放置するような事など、まず無いだろう。

これ程の技量と精神力を持つ人間ならば尚更、手放す道理が無い。
結果、セフィロスには彼女が神羅に仇を成すか否かでシロになったのだ。

これ以上の話を聞いて、何かメリットがあるかと言えばそうではない。
セフィロス自身、何故彼女の言葉に耳を傾けているのか分らなかったが、それはこの不可思議な人物に対する興味本位だろうと、自分を納得させていた。
他人に対しこれほど興味つ事が不思議に思えたが、あんな形で保護した手前、仕方の無い事だと考えた。


「でも・・・・・・は覚えてます」
「・・・ん、すまない。聞いてなかった。・・・何を覚えているんだ?」
「色・・・です」
「色?」
「ええ・・・
 赤い・・・国でした。
 いつも・・・炎が燃えて・・・
 空も・・・心までも全て・・・赤く照らして
 ・・・懐かしい
 ・・・・・我が祖国は・・・炎と科学に支えられし・・・燃ゆる都
 炎の守護国と謳われた・・・誇り高き炎の国・・・
 散り際までも・・・赤く・・・
 嘗て世界に誇っていた科学も・・・繁栄も・・・全ては大地に帰り・・・」



まるで未完成な御伽噺を聞いているように、セフィロスはの言葉に耳を傾けていた。
酷く懐かしむように、静かに語る彼女の声に、見たことも無い世界を垣間見る。
遠くで呼ぶ兵の声も、通路を歩く人の足音さえ耳に届かないまま、彼の意識はの声だけを鼓膜に届けていた。




「けれど・・・民は生きて・・・・新たな国を作っているでしょう
 我が国の民は・・・強い。
 残された命は・・・新たな命と共に・・・きっと・・・・私の知らぬ歴史を作り上げ・・・」




目を閉じると浮かぶ幻影は、幼子の見る夢に似ているのかもしれない。
風に消え入るような小さな声が、彼の知らぬ間に、その心に一瞬の安息を与えている事など、そこにいる二人でさえ知りはしなかった。



「あぁ・・・そういえば・・・新たな国を見守るという言葉・・・
 私は・・・守る事が出来なかった・・・な・・・・・
 ・・ずっと・・・・・忘れて・・・・・・・・・」







「・・・・・・・・・・・・・・・・?・・・・・・寝たのか・・・」





途絶えた言葉に目を開けたセフィロスは、目を伏せた彼女から聞こえる小さな寝息に、コートのポケットを探った。
中から出てきた銀色の懐中時計は、思っていたより針を進め、それほど彼女の話を聞いていたのかと横になった彼女を見やる。
蓋の裏側に書かれた見知らぬ文字に、今度何と書かれているか彼女に聞いてみようかと考えながら、金具の隙間に残っている血の粉を拭っい落とした。




「セフィロス、彼女、意識は戻りましたか?」
「ああ。だが、また眠った」
「あらららら。まぁ、随分疲れてたみたいですし、仕方ないですかねぇ」


軽く頭をかきながらカーテンを開けた軍医に、セフィロスはそっと時計をポケットに仕舞うと、血がこびり付いたまま壁に立てかけられていた剣を掴んだ。
地面に落ちた赤黒い粉末に、微かに顔をしかめた軍医はすぐさま顔を直すと、懐から出したペンライトを手にの瞼を軽く開けて軽い診察をする。



「熟睡してますねぇ。普通こんな事されたら嫌でも起きるんですけど・・・・本当に意識戻ったんですか?」
「ああ。名はというらしい」
「歳は?」
「知らん。遭難のショックで記憶が混濁しているようだ。名前以外の事は覚えていないかもな」
「そうですか・・・可愛そうに。あの砂漠から生きて出られる方が奇跡ですし、幸せかもしれませんが・・・」



保護した時、軍医をはじめ他の兵達には、の事を砂漠で散歩中に偶然見つけた遭難者だと言っていた。
彼女が、常人の域を超えた形で現れたのを見たのは自分とザックスだけであり、例え真実を言ったとしても、誰も信じはしないだろう。
状況的に考えて、精神的な負担の過多で記憶がおかしくなってしまっているとでも言った方が、今後の事を考えても、何かと誤魔化し易かったのだ。

仮に彼らがの言葉を信じたとしても、彼女身体など二の次のまま本社に連衡され、宝条の実験サンプルになるのは目に見えている。
セフィロスが元々宝条を好かないという事もあるが、宝条が彼女に触れるのが何故か酷く嫌だった。

言わなければバレないのだから、黙っていればいいだけの話だ。

その話に、ザックスが迷わず首を縦に振ったのは言うまでも無い。
身体についた血を全て綺麗に落とすまで、彼女が人かと半信半疑だった彼だが、先程の態度を見る限り疑いは無くなったらしい。

腹の内では、まだ半信半疑な部分があるかもしれないが、『彼女の正体が人型のモンスターであったとしても、自分が倒す』と言ったセフィロスの言葉も、安心したのかもしれない。
それに加え、軍医の診察結果が普通の人間相手の結果だった事に、彼はようやく彼女を人と認定したようだ。
それでも駄目なら前線送りにし、彼を適当に始末してしまおうとも考えたが、その必要は無いらしい。


現時点のは、多少身なりにおかしな所があっても、言葉も通じ、人であるというのだから、さして問題はないというのがセフィロス判断だ。
それに、ここまで助けていきなり道端に捨てるというのも、目覚めが悪い事この上ない。


一般人を軍の中に連れ込んだという事実に、ハイデッカーあたりは間違いなく怒り出すだろう。
彼はどんな理由があろうと、気に食わなければ人を殴り物を壊す。

が、市民の心を集め名声を欲する社長には、喜ばれることは間違いなかった。
『神羅の軍が遠征中砂漠で行き倒れていた女性を助け、介抱している』という話は、戦争への不満を持つ一部市民の心を多少なりとも解す、良い材料にもなるのだ。

彼女を会社の為に使わせるのは良い気はしないが、顔と名前さえ出さなければ問題無い。
流石にそこまでやれば、恩着せがましいという市民の声が出るのは、社長自身理解しているだろう。

だが、もしそれらを断り、の保護を問題と言うなら、自分が神羅を辞めるとでも言えばいいだけの話である。
時に寒気すら覚えるほど、セフィロスに執心している社長だが、そこまで言えば何も言わなくなる。


と、考えた瞬間、にそこまでする自分の考えに、セフィロスは引っ掛かりを覚えた。
確かに彼女に興味はあるが、別に一生物の仕事を捨てる事もないだろう。
むしろ、暫く生活出来るだけの金を渡してどこかで働いて暮らせと言ったほうが、自分は職無しにならないのではないだろうか?
そもそも3日前に出会って保護しただけの、事実正体不明の人間にそこまでする道理が無い。
自分はそこまで倫理的な人間でも、熱苦しい心意気の人間でもないのだから。

女が欲しいのだろうかと考えてもみるが、その気になればいくらでも侍らせられるのだからそれも考え難い。
纏わりついて媚を売られるのも鬱陶しく、めげずに追いかけてくる女性共々、完膚なきまでに言葉で打ちのめしているのに、今更女を欲しがっている訳が無い。


「まだ若いし、こんなに美人なのにねぇ」
「・・・・・そうか?」
「アンタ、自分の顔基準に考えてるでしょ・・・。嫌だなぁ!こういう自分の顔の良さを自覚しすぎてる男って!!」
「・・・・そんなつもりは無い」
「へぇ〜・・・・そ。
 でも、この・・・さんだっけ?アンタの隣に居ても、絶対アンタより視線集めるよ」
「女の顔が男より美しいのは当たり前だろう」
「セフィロス、それ、他の女の人・・・いや、男の人の前でも言わない方がいいよ?」
「当たり前だ。下らん遊びに付き合わされるのも面倒だからな」


しれっとして答えたセフィロスに、軍医は『あぁ、つまり前に言っちゃって嫌がらせとかされたんだ』と、出そうになる笑いをかみ殺した。
それに気付いたセフィロスにジロリと睨まれるが、小さく咳払いをして思わぬ英雄の失敗談を一時意識から遠ざける。


「まだ暫く休ませられるか?」
「えぇ。あと1日点滴して、そのあと普通の食事を・・・・ん?」


突然騒がしくなったテントの外に、二人は視線を向けた。
敵襲かと一瞬考えるが、銃声が聞こえてくる様子は無く、代わりに数人の兵が脚から血を流した兵を抱えテントに飛び込んでくる。


「先生、急患頼みます!」
「ウワァ。随分酷いねぇ。どうしたの?」
「敵襲か?」
「え、セフィロス?あ、と、いえ、違います!」


軍医の後ろにいたセフィロスに、兵は予想外と言わんばかりにうろたえながら、同じく驚いている兵を見る。
怪我をしている兵は、痛みのせいで酷く汗をかき、駆け寄ってきた医者の手が脚に触れると、奥歯をかみ締めながら低く呻いた。


「敵にも会ってないのに、どうしたの?」
「あ〜・・・その、よくわかんないんですけど、踊ってたら転んで、運悪く通りかかったトラックに踏まれたみたいなんです」
「・・・・・」
「見事に骨が折れてるね。まずは止血かな」


呆れ顔で見るセフィロスの顔色を伺うように、たどたどしく言った兵士は、彼の視線を避けるように怪我人に向き直った。
怪我の理由に、思わず『馬鹿か』と言いたくなったセフィロスだったが、病人を労わる心にそれは口から出ることは無かった。
も眠り、軍医も仕事が入ってしまったのだから、邪魔になる前に自分は戻ろうかと考えていると、困り顔をした軍医が目に入った。


「ん〜・・・今ベッドがねぇ・・・・」


彼の呟きに、セフィロスはテントの中を見回した。
一応カーテンで仕切られて入るものの、決して広いと言えないそこは、狭い場所を十分活用出来る工夫がされている。
が、やはり病院などのような場所ではない為に、置かれているベッドは3つ程しかなかった。
が眠っている場所以外の2つも、ここまで来る途中、モンスターと戦い傷ついた兵が使っており、たった今運ばれてきた兵が入れる余裕は無い。

折りたたみ式の椅子に怪我人を座らせ、治療に使う器具を出す軍医を眺めると、セフィロスはの眠るベッドを振り返った。
点滴を続ける彼女が万全とはいえないが、外傷が無いのだからこのまま眠らせてさえおけば問題は無い。
先程の軍医の口ぶりから察しても、彼女には特に心配は無さそうだった。
それよりも、目の前で汗をかきながら治療を受ける馬鹿の方が重症だろう。


「治療はするけど、そのまま自分のトラックの中で安静にしてもらおうか」
「う・・・っ・・・はい・・・・」
「ここで治療してやれ」


開けられたカーテンの中から聞こえた思いもかけない言葉に、軍医と兵達は驚いて顔を上げた。
口を開けて見つめる彼らに、セフィロスは一瞬目を向けながら、着ていたコートを脱ぎ、に掛けられた布団を捲る。


「そいつの方が重症だ」
「いや、でもベッドが・・・・」
「今彼女が使っているベッドを使え。眠っているだけだから、じき目を覚ます。
 点滴が終わればそれでいいんだろう?だったら場所は関係ない。俺のトラックに連れて行く」


言いながら彼女をコートに包むと、セフィロスはその身体を静かに抱き上げ、固まる兵達を見た。
言った言葉もそうだが、無防備に肌を出している事も気にせず、気に入っていると言うコートを脱いで他人を包み、大事そうに抱える英雄に、彼らはただただ阿呆面でその光景を眺めるしかない。

表情を見る限り、本人がそれに気付いている様子はないが、それが逆に衝撃だった。


「誰か、彼女の荷物を持って来い」


言われて、阿呆面で見ていた付き添いの一人が慌てて病室の中に入った。
洗った後であるとは分るものの、見た事も無い程血が染み込んで汚れた衣服と、立てかけられた血まみれの剣に一瞬たじろぐ。
が、既にテントから出て行こうとするセフィロスに、慌ててそれらを手にすると駆け足で彼の後を追った。

残された兵と軍医は、その光景を目で追いながら、脚の事もすっかり忘れ暫し呆然としているのだった。



2006.02.20 Rika
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