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時は

新たな運命を刻み始める




Illusion sand − 01




砂煙を上げながら進む鉄の塊は、長い列をなしながら黒い排気ガスを撒き散らし、生い茂る草を踏み潰してゆく。
幌を被ったトラックの荷台で、数日後に血に染まった大地に着く戦士達は、時折大きくなる揺れにも慣れたように、武器を抱えていた。

昨夕乗り込んだ運搬船は早朝に常夏の町へ着き、険しい山々を越えた頃には、雲の切れ間から午後の太陽が顔を覗かせていた。
微かに砂の混じる風から身を避けるようにトラックへ乗り込んでから、もうすぐ5時間が経つだろうか。
段々と砂に変わっていく大地はまだその先を見せず、空が橙に染まり始めた頃、鉄の板1枚で隔てられた運転席から、無線の声が入る。
幾度か連絡を取り合った後、方向転換をした車に、荷台に乗っていた数人の青年達が体制を崩し、小さく舌打ちしながら運転席の壁を叩いた。
やがて静かに止まった車に、ぞろぞろと車から降りた青年達は、一番奥から姿を現した銀髪の青年を確認すると、運転席から降りた兵士の元へ向かった。


「この先は流砂で時間がかかるから今日は此処で野営だ。
 出立は明日の朝6時だから、遅れるなってさ」


長らく運転を続け、鈍った体を伸ばしながら、用件を完結に言った運転手は早速今夜の寝床を組み立てようと二台から荷物を運び出す。
ぞろぞろと続く10数人の青年達も彼に続き、軍用の大きなテントを建て始めた。

程なく沈んだ太陽が景色を濃紺に隠しはじめ、白く立ち上っていた夕食の煙は、時間とともに消えていく喧騒に空へ帰ってゆく。
これから戦場に向かうからこそ、と、平穏を過ごす彼らは既定の時間になるとほぼ同時に、冷えた空気から熱い毛布へと身を預けた。
昨日までの町の喧騒や、遠い故郷で聞いた虫の声も無い、沈黙だけの砂漠に青年達は思い思いの夢を見る。
泡沫の世界に思いを馳せ、深い眠りにつく兵達の中、一人の青年が静かに寝台から離れると、長い刃の刀を手にテントの外へと出た。


満天の星と青く月に照らされた砂漠を見渡し、他にテントから抜け出す兵がいないか確認する。と、自分と同じテントから出てきた一人の青年に目を留めた。

寝ぼけているとは思えない覚醒した目は、何処を確認するでもなく自分を見つめ、十中八苦自分を追ってきたのだと想像がつく。
普通であれば、神羅兵の鎧姿と相反するような、背負った大剣に違和感と興味を与えるのかもしれないが、彼にとってはそれも興味の対象にはならなかった。


「英雄セフィロスでも、こんな夜中に抜け出してんのが見つかったら、怒られるんじゃないの?」
「それはお前もだろう」


言い捨てて砂漠を歩くセフィロスに、青年は微かな笑みを浮かべると、その後ろを歩いた。
刀を向けられないという事は、ついて来られても気にはしないということだろう。
気まぐれか、自分と同じ事を考えているのか。どちらかはわからないが、この英雄についていけば、この砂漠で死ぬ事はまず無い。


「俺、ザックス。よろしくな」
「・・・・あぁ」
「今はまだ一般兵だけどさぁ、すぐソルジャーになってアンタに追いつくから覚えといてくれよ」
「・・・好きにしろ」


素っ気無い返事ではあるものの、憧れの対象と会話出来た事に満足気なザックスは、背負っていた剣を手に持つと、まるで感じられないモンスターの気配を探し始めた。
故郷からミッドガルへ向かう旅路で、この砂漠の近くを通った事はあったが、今夜のように1度もモンスターに遭遇しない事など考えられない。
それを危惧し、浅い眠りの中で目を伏せていた時、テントから抜け出したこの英雄の考えも、刀を手に砂漠を歩く背中が、自分と同じであると言っていた。

乾いた風は長く流れる髪を攫い、その後姿は空虚な砂の世界さえ絵画のように思わせる。
静謐と激甚が混ざりあうような背中に見惚れていたザックスは、突然立ち止まった彼にぶつかりそうになりながら、何とか避けるも勢い良く前につんのめった。


「セフィロス、いきなり立ち止まるなよ」
「・・・・・・妙だな」
「は?」


足元を見つめ、段々と遠くを見渡したセフィロスに、ザックスは遥か遠い地平の彼方を眺める。
緑溢れる村で育ち、遠目にしか見ることがなかった砂の景色に、セフィロスの言う『妙』という様子は感じなかった。


「何にもねぇじゃん?どうしたんだよ?」
「・・・ここら一帯は砂漠の中心へと向かう流砂が流れていたはずだ」
「ふーん・・・ここまで来た事ねぇから分かんねぇな。俺はモンスターが居ない方が気に・・・・・」
「どうした?」


言って振り向こうとした瞬間、微かに吹いた風に異臭が混ざっている気がして、セフィロスは辺りに目を向けた。
鼻腔ではなく脳の奥で匂いを感じた事に気付かず、血と肉と腐臭が混ざった臭いに微かに眉を潜める。
見渡す視界に臭いの元らしいものは見当たらず、砂に埋もれた死骸の臭いが届いたのだろうかと振り向いたセフィロスは、呆然と立ちすくんだザックスに驚いた。
取り憑かれたように見つめる彼の視線を辿れば、なだらかに積もる砂の1点を見つめている。
陰になった斜面に目を凝らせば、確かに何かの足跡のようなものがあり、それを辿る間にも、半分透けた黒い何かが新たな足跡を作っていく。


「セセセセセフィロス!アンタ・・・幽霊って信じるか?俺は信じない!絶対信じないぞ!」
「好きにしろ。俺は行く」
「わっ、ちょ、一人にしないでくれよ!!」


情けない声を出して着いてくるザックスに振り向く事もなく、セフィロスは荒波のように起伏する砂地を突き進んだ。
1歩進むごとに確実に縮んでいく影との距離に、それが蜃気楼ではないらしいと思いながら、未だこちらの気配にも気づいていない影に、念のためと刀を利き手に持ち変える。


「まさか、アレに近づいたり話かけるんじゃないよな!?」
「嫌ならそこに居てかまわん」
「に・・・二メートル手前まではついてくよ!」


近づくほどに強くなっていく死臭に、セフィロスは亡霊でも迎えに着たのかと、思わず自嘲の笑みを零した。
半透明であるせいか、余計闇に溶けているように見える影の姿がよく見える辺りまで近づいたとき、その形が人であった事にセフィロスは小さく息を呑む。
足を止め、ここから見ていると言ったザックスに一瞬目を向けたセフィロスは、すぐそこまで近づいても自分の存在に気づかない影をじっと観察した。

闇に慣れた目で陰を注意深く観察すれば、それは確かに人の形を成しており、身の丈は自分の胸元ほどまでしかない。
歩く度に倒れそうなほど揺れる体は、身に付けている衣服さえ赤黒く染まり、既に元の色さえ判別出来ない。
汚れた身なりの中、唯一穢れを知らぬように銀の光を反射する剣も、握り締めた柄の部分は固まった血で装飾の有無も判別できなかった。

砂丘の合間から零れた月光が一瞬だけそれを照らし、曇り硝子を通したような影が砂の上に落ちる。
一瞬垣間見えた、何も映していない空ろな瞳が、それが幻ではなく、確かに目の前に存在するのだと証明するようだった。

引きずるように足を動かし続けるその人影は、セフィロスの存在などまるで見えていないかのように目の前を通り過ぎる。
確かに存在し、けれど向こう側の風景を透過するそれに呆然としていた彼は、人影の腰元に下げられた銀色の何かが反射した光に、ハっと我に返った。


「お前は・・・・人か?」


行き着く所は同じにしても、随分間抜けな聞き方をしまったような気がする。
が、その声が届いた瞬間、セフィロスが小さく後悔する間もなく、人影は立ち止まり勢いよく振り向いた。
途端、半透明だった体は胸元から出た淡い光に包まれ、確かな実体となって砂を踏みしめる。

有るはずの無いものを見たとでも言うように、驚きを露にする人影に次の言葉をかけようとした瞬間、それはグラリと傾く。
突然力尽きたように倒れこんだ黒い人物に、セフィロスは慌てて手を伸ばし、外傷に響かないよう極力優しく受け止めた。
親しくしていた女性にさえ、こんなに気を使った事は無いと自分でも驚きながら、腕に感じた柔らかさと幼子を支えているかのような軽さに、セフィロスはその顔を見る。
力を振り絞るように開かれた瞼に、深い闇を溶かしたような濃茶色の瞳が光を宿す。
絶望か、希望か。感情の入り混じる瞳は、驚きながら、何か訴えるようにセフィロスを見つめ、目をそらせなくなった自分に彼は驚いた。


やがて静かに目を伏せた彼女に、その身を腕に抱いたセフィロスは、後ろから覗き込むザックスを見る。
姿形で何とか人であると判別できるものの、赤黒い血で全身を染め上げ、性別どころか容姿すらわか無いほど汚れた生き物に、ザックスは小さく息を呑むとセフィロスを見た。


「セ、セフィロス、それ人か?」
「・・・多分な。女だ」



静かに彼女を抱きかかえたセフィロスは、ポカンとしているザックスに一瞥すると、元来た道を歩き始めた。
セフィロスの口から出た「女だ」という言葉に驚き、しかしどこか安心したのか、ザックスはすぐ様我に変えるとセフィロスの隣につき、彼の腕の中にいる酷く汚れた女性を見る。

動くたびにパラパラと体から落ちる血の粉は、服どころか長く伸びた髪にまでべっとりと張り付き、既に身に着けた衣服と同化しているようにさえ見えた。
色さえ解らない程血濡れた髪に隠れ、僅かに見えた顔も、衣服同様赤黒く染まり、容姿など解らない。
よくこれで、女だとわかったものだと、ザックスは妙に感心してしまった。


「・・・生きてるのか?」
「衰弱しているが・・・まだ息はしている」


口元に耳を近づけなければ解らない程、小さな呼吸をする彼女に、よく女一人がこの砂漠で生きていたと、安堵にも似た大きな溜息をついた。
彼女の手には未だ剣が握られており、流石に危ないだろうと取り上げようとするが、解こうとした指は血で完全に柄に張り付いている。
無理に引き剥がせば、皮膚を傷つける可能性があると、彼は仕方なく剣を取る事を諦め、遠くに灯る野営の明かりを眺めた。


「なぁ、セフィロス。連れて行くのはいいけどよ、どういい訳するんだ?」
「有のままを話せばいいだろう」
「んな事言ったって・・・・いいのか?一応軍隊だろ?」
「俺達は砂漠で迷っていた人間を保護しただけだ」
「ま、アンタに逆らう奴なんかいないか・・・」


昼間の熱気が嘘のように冷えた砂漠の夜に、小さく身震いしながら両手を上げるザックスを、セフィロスは横目で眺めた。
彼の危惧するように、得体の知れない、しかもこんなに汚れた怪しい人物を軍の中に連れて行くのは、上官の小言を増やすに違いない。
だがそれも、ザックスの言うように、上官すら自分に逆らう事が無いという事実の前には、無用な心配にしかならないのだ。
こんな時、自分が英雄でよかったと、いつに無く現金な自分が居た。

腕の中の女性と、隣を歩く下級兵士と。
踏みしめる度に鳴る砂の音に、セフィロスはふと違和感を感じた。
気のせいだろうかと歩き続けるが、前に進めば進むほど、彼の耳に二人では到底響くはずも無い大きな砂の音が聞こえる。
横目でちらりとザックスを見れば、彼も苦笑いを浮かべながら、セフィロスに異変を訴える。

モンスターとは思えない。けれど、砂の揺れ動くザラザラという音は次第に大きくなり、セフィロスがついた大きな溜息を合図にするように、二人は同時に後方を振り返った。

そこには、過去何度か見た事のあるコレルの砂漠が広がる。
広大な砂の世界と、流れ始めた流砂に、二人は顔を見合わせた。

先程までは、幻想的とも言える、大きな起伏を繰り返す砂漠があったはずなのに、今背後に広がっている世界は何だろう。
止まった時が動き始めたように、徐々に大きくなっていく砂の流れに、二人は小さく頷くと、ほぼ同時に走り出した。

随分遠くまで来てしまったのだろうか。
つい今しがたまでは、さしたる距離でもないと思っていた陣営までの距離が、自然という脅威の前では遥か遠いように感じる。
柔らかな砂地に足をとられながら、ザックスは人を抱きかかえたまま走るセフィロスを見た。
息切れ一つせず、腕の中の人物を気遣い、衝撃を少なく走る彼に内心驚きながら、甚振るように足元に迫る流砂に小さく舌打ちする。
何故突然砂が動き出したのか。
こんな事態であればマトモに働いてくれる頭も、逃げる事で手いっぱいな彼には、流砂にストップをかけたら止まるだろうかという、奇抜にも程があるアイディアを出すだけで精一杯なようだ。


「セフィロス、流砂にストップかけたら、止まるかな!?」
「俺達にヘイストをかけた方が効果的だと思うが」
「じかんマテリア持ってるのか?!」
「お前が持っているんじゃないのか」
「・・・・・・・」
「・・・・急ぐぞ」


せき止められていた水が決壊したように、うねりながら迫る砂に二人は速度を上げた。
本当に、自然の前では人は何の力も無い。


ようやく砂を振り切り、宿営地にたどり着いた二人は、突然動き出した流砂に騒然とする兵士達に紛れ、医療班の元へと向かった。



2005.01.07 Rika
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