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To dear friends - 1 「だぁーかぁーらぁー!は俺の班に入る運命なんだって!きっと!間違いない!」 「何を根拠に…」 「まだ決まってないんだろ?じゃぁ希望出しちまえって。女の子は大歓迎だから!な?」 「…うーん…」 満面の笑みで誘ってくるカーフェイに、はシャープペンを握ったまま頬杖をつく。 放課後の教室には、今二人しか残っていない。 彼女の前の席のカーフェイは、椅子の背もたれを跨いで後ろ向きに座り、かれこれ30分近く彼女を説得している。 根気良いというか、しつこいと言うか…。 しかし、誰の名前も書いていない、の実習旅行班員希望用紙は到底提出できるようなものではなく、しかも期限は今日の午後4時だった。 あと10分しかない。 対するカーフェイの希望用紙には、3つある欄のうち、一つ目にの名が書かれてある。 あとの二つは、彼らしいと言えば彼らしいが、性格が良くて可愛くて彼氏がいない女子の名前が書かれていた。 「あのさ…何で私なの?」 「…………つ…強いから?」 「じゃぁアーサーとかロベルトの名前にすればいいじゃん」 「男じゃん!」 カーフェイらしい…。 それまでの笑みから一編、真面目な顔で声を上げた彼に、は何とも言えない気持ちになる。 自分を第一希望にしてくれる人がいる。その事に喜ばないわけではないが、彼が言う理由を考えると、どうも素直に喜べなかった。 「…………」 「な、なにその目!?見ないで?そんな目で私を見ないで!?」 「馬鹿じゃないの…」 「いいよ、馬鹿でも。ってかもう時間ねーよ?」 裏声で体をクネらせるカーフェイに、は脱力して机に突っ伏す。 その反応に小さく笑う彼は、彼女のつむじを指先で突付くと、視線を合わせるように机の上に頭を置いた。 「俺の名前書いちゃえって」 女好きじゃなきゃドキッとするんだけどなー…。 息がかかりそうなほど近くにあるカーフェイの顔を眺めながら、はそんな事を考えていた。 確かにカーフェイは格好良い部類に入る。顔は整っているし、身だしなみもきちんとしている。 ロベルト程ではないが清潔感もあるし、今も彼の爽やかで少し甘い香水の匂いがする。 成績だって、特待生で入っただけの実力はあり、アーサーやロベルトといつも3位以内を争っている。 しかもそれは殆ど0.1点や0.2点差の世界だ。 女の子には優しいし、でも男子だって一人でいる人は放っておけなくて輪に入れるし。 明るいけど五月蝿すぎないし、他の同い年の男子と比べても、全然気遣いとか出来る。 だが… だが…!! 女子の集団を見る、緩み切った顔。 風が吹いてスカートが捲れようものなら、鼻の下を伸ばしに伸ばしている情け無い顔。 階段を昇る度、必ず女子の後を歩いて、隙あらばスカートの中を覗こうとする姿。 席について足を組んでる女子の、ギリギリまで見えてる太腿を眺める幸せそうな顔。 鞄の中に常に3冊は入っているHな本。 「情けない…」 「え?」 その女好きが、アンタの男前を台無しにしてるよ、カーフェイ。 何故本人じゃないのに、こんなに残念な気持ちになってしまうのか。 の気持ちなど全くわかっていないカーフェイは、首を傾げながら顔を上げる。 ゆっくりと体を起した彼女は、腕を組んで自分を見下ろす彼に、心の底から勿体無いと思った。 「よし、わかったぞ」 「何が?」 「俺、実力行使に出る」 「は?」 要点が分らない言葉を出した彼は、首を傾げるを横目に、鞄の中からペンケースを出した。 開いた鞄から覗くHな本に、やはり今日も持ってきているのかと考えていると、カーフェイは自分の希望用紙に消しゴムをかけ始めた。 何をするつもりかとが眺めていると、彼は名前が消された第2、第3希望の欄にの名を書く。 1から3まで、全ての欄にの名前を入れてしまった彼は、呆然とする彼女の希望用紙を引っ手繰った。 「ちょ、何すんの?」 「実力行使」 口を尖らせながら答えた彼は、の希望用紙に殴り書きでペンを走らせる。 汚い字で、第一希望に自分の名を書いた彼は、第2、第3希望を書かないまま席を立った。 「は!?カーフェイ!?まさかそれ…」 「提出してくる」 「何いぃぃぃ!?」 「機嫌よう」 スチャッと手を上げると、彼は驚くを置き去りにして教室から駆け出す。 慌てて鞄を手に廊下に出ただったが、既にカーフェイの姿はなく、階段を駆け上る音だけが響いていた。 「この…バカーフェイー!!」 「いいねーそれ」 「ひぎゃっ!」 「今度僕も使ってみようかなぁ〜」 突然後ろからかけられた声に、は思わず悲鳴を上げる。 が、声の主はそんな彼女などお構い無しに、暢気な声で自分の言葉を続けていた。 慌てて振り向いた彼女の目の前には、男子生徒の制服を着て二本足で立つ・・・白馬。 「ぎゃーーーモガッ!!」 「うるさーい。悲鳴色気なーい」 慌てるの口を片手で押さえつけた馬は、不満気な声を上げて自分の鬣を掴む。 ズルリと上に引っ張られた馬の顔の下に、馬は脱皮出来るのかと考える。 だが、馬の下から出てきたのは、いつも結んでいる、胸の下までの髪を下ろしている、学校一の不思議君ガイだった。 「ただの被り物でしょ〜?ビビりすぎ〜」 「……あんた、何してんの?」 「学生」 「そうじゃないよ。何で放課後に校内で馬の被り物して徘徊してんのかって聞いてんだよ!」 「えー?それぐらいわかんないの〜?七不思議作りに決まってるじゃーん」 「決まってねぇよ!っつか、何でそんなの作ってんのアンタ!?」 「声うるさーい。あのねー、世の中全ての事に理由があるわけじゃないんだよー?わかるー?」 「アンタ通報されるよ?いつか必ず通報されるよ不審者として。ってゆーか今私が通報していい?」 「酷ーい。そんな事したら僕、きゃー!!誰かー!が僕の大きな●●●を握って離さないー!!って叫んじゃうよ?」 「もう叫んでるだろドアホー!!」 「いい加減怒るのやめなよ〜。やっちゃったものは仕方ないでしょー?」 「お前が言うか。お前が言うのかその台詞を」 ガイが廊下で爆弾発言をした後、は彼の襟首を掴んで逃げるように学校から出た。 そのまま入った近くの公園で、ベンチに座ろうとしただったが、ガイが嫌がったために、二人でブランコに腰掛けている。 時折通りかかる同じ制服を着た生徒が、珍しい組み合わせにチラチラと見てくる度、は顔を背けていた。 が、そんな彼女の気持ちを知らず…否。知っているだろうガイはあえて彼らに手を振ったり声をかけたりと、目立つ行動ばかりをする。 段々と不機嫌になっていくとは対照に、それを見るガイの機嫌は最高の状態だった。 「根に持ちすぎー。あ、自販機だ〜。、僕オレンジジュース飲みたーい」 「謝らないどころか驕れってか。本当にいい性格してるねアンタ」 「ー…本気で怒ってるの?」 「…本気ってゆーか…」 「仕方ないなー。じゃぁ今日は特別に僕がジュース買ってあげるよ。それで機嫌直して〜?」 「随分安いな私の機嫌。まぁいいけど…」 「決まり〜。じゃぁ買ってあげる御礼に、今度僕の盾になってね!」 「詫びる気持ち無いだろお前!!」 『当たり前じゃーん』と、無邪気な笑顔を返したガイは、脱力するを尻目に自販機へ走る。 その姿を見送る彼女は、何とも言えない気持ちになりながらブランコを漕いだ。 ギーギーと音を立てるブランコは、かなり危険な気がするが、見た目は結構新しい。 油を差していないのだろうかと金具を見つめながら漕いでいた彼女は、いつの間にか自分の正面でしゃがみ込んでいたガイに思考が止った。 「水色〜」 「………」 「かーわいーい」 「何見てんだお前ーー!!」 悪びれ無くニコッと笑ったガイに、は慌ててブランコを止めながら片手でスカートを抑える。 見えなくなった事に彼は心底残念そうな顔をすると、持っていたジュースを1本に渡し、先程まで座っていたブランコに腰掛けた。 「注意してあげるついでに見ただけじゃーん」 「見るな。注意だけしろ」 「見ちゃったものは仕方ないもーん」 「アンタ変態だよ。カーフェイ以上の変態だよ」 「カーフェイはHなだけで変態じゃないよー?」 「ああ、確かに…」 カーフェイは好機であれば見ようとするが、わざわざ相手の傍まで行ってしゃがみ込んだりはしない。 今のような場合は、見る前に注意するか、他の人に見えないように隠そうとするだろう。 ってゆーか、コイツ自分が変態だって否定してねぇ…。 「カーフェイと何してたの?」 「実習旅行の班員希望調査書」 「ふーん。同じ班になりたいの?」 「そんなに…誰でもいいし」 「命に関わるかもしれないんだから、ちゃんと考えなよー」 「…ガイって、真面目な事言えるんだね」 「だって弱い奴と一緒になって足引っ張られるの嫌だもん」 「確かに。でも希望とったって、どうせ班員は先生達が決めるんでしょ」 恐らく班員は、平均レベルが同じになるよう振り分けられる。 成績が10位以内に入るガイの班には、間違いなく成績下位の者が組み込まれるだろう。 平然と毒を吐く彼と一緒となると、その生徒はかなり嫌な実習になるだろうと、は小さな同情を覚えた。 ギーギーという音にガイを見ると、彼は器用にもジュースを飲みながらブランコを漕いでいる。 よく咽ないものだ。 「実習旅行、は行くの?」 「何その質問?」 「やめちゃえばー?」 「は?」 「モンスターいっぱいいるよ〜?死ぬかもしれないじゃん。行くのやめちゃえ」 「そこで生き残れなきゃ、軍に入ってからも生き残れないでしょ」 「じゃぁ軍に入るのやめちゃえ」 「士官学校通ってる人に言う台詞じゃないよ」 「ああ…そうだったね」 いきなり声のトーンを落としたかと思うと、ガイは地面に足をつけてブランコを止める。 少し様子が変わった彼に、が首を傾げていると、彼は立ち上がってズボンについた埃を払った。 「僕ね、の事結構気に入ってるよ?」 「は?そうなの?」 「うん。からかうと面白いもん」 「アリガトウ」 この野郎… 軽く頭を小突いてやろうかと思いながら、は彼を見上げる。 が、そこにいるガイは、いつもの能天気な雰囲気が嘘のような、神妙な顔をしていた。 いつも纏めている髪を下ろしているから、そう思うのだろうか。 奇抜な行動と掴めない性格をしているが、良く見れば彼も彼で綺麗な顔立ちをしている。 カーフェイと同じく、内面的な部分で損をしているタイプなのだろうか。 瞳孔が目立つアイスブルーの瞳は、笑みを浮かべていなければ寒気がしそうな程冷たい印象になる。 それとも、単に今の彼が冷たい目をしているだけなのか。 しかし理由がなければそんな目をしている訳が無い。 「の事気に入ってるの、僕だけじゃないんだ」 「…はあ…」 「他にもいっぱいお気に入りはいるんだよ?でもそれぞれ違ってて、結局どれも大切じゃないんだよね」 「…?」 「………」 「……ガイ?」 何処か遠くを見ているような彼に、は出所の知れない寒気を感じて彼を呼ぶ。 だが、振り向いた彼の瞳は、彼女が思っていた以上に冷えていて、その奥に狂気すら垣間見えそうだった。 「は強いけど…一緒の班にはなりたくないなぁ…」 「何で…」 「甘ったれがうつっちゃいそう」 「………は?」 「誰でも…一緒なのかな…」 「や、何が?」 「……さぁ?じゃ、俺、用事あるから帰るねー」 「え?や、ちょっと…」 「ばいばーい」 目を丸くするを置き去りにして、ガイは自分の荷物を手に取ると走って行ってしまった。 あっという間に、そして突然いなくなってしまった彼に、彼女は暫く呆然と立ち尽くす。 いつもと違った彼に少し引っかかりを覚え、心配にはなるが、追いかけようにも当の本人は既にいない。 彼の用事の行き先も、彼の家も知らない。 そもそもとガイは、わざわざ出向いてまでして、心の中に踏み込むような間柄でも無かった。 「意味わかんないっつの…」 ああ、でも彼が変なのは今に始まった事でもないか…。 今日の馬の被り物や、普段の彼の奇行を思い出し、今のそれは少し特殊だったが、変な事には変わり無い。 いつも通りと思えばいつも通りの彼に、は考えるのも無駄だろうと自分の鞄を手に取った。 彼がくれた缶ジュースに目を止め、彼が誰かに物を買うなど珍しいと思いながらプルタブに指先を引っ掛ける。 「ん?ガイさっき『俺』って…」 ブショァァァァァァァァァ!! 「ぎゃぼばばはぁぁー!?」 封を切った途端、噴水のように噴出したジュースを、は顔面で受け止めた。 見事鼻に入ってきた炭酸は、容赦なく彼女の鼻腔を刺激し、激しい痛みが彼女の鼻の奥を襲う。 「ガフッ!ゲフッゲフッ!ゴホッ!ゲェッホォッ!」 ボロボロと涙を零しながら咳き込むは、ブランコの鎖を握り締めながら荒い息をする。 遊具で遊んでいた子供達や、通行人の注目を集めているが、とても構える状態ではない。 缶の中身を半分程食らった為、彼女の髪も制服もびしょ濡れになっており、俯いた鼻先から落ちるオレンジ色の水滴が、地面に吸い込まれていった。 きっとガイは、これを見越して逃げて行ったのだろう。 「おぼえてろよ…ケホッ!う〜…」 「平気か?」 覚えがある声に視線を向けたの前には、小さな子供達と、ハンカチを差し出す大人の手。 それを辿って顔を上げると、そこには呆れた顔で自分を見下ろすアーサーがいた。 「アーサ…ぐっ…」 「お姉ちゃん大丈夫ー?」 「お兄ちゃん、このお姉ちゃん苦しそうだよ?」 「そうだね。…皆は向こうで遊んでおいて。お兄ちゃんは、このお姉ちゃんを送ってくから」 心配そうな子供達に、アーサーは視線を合わせると、その頭を撫でながら笑顔で彼らに言い聞かせる。 学校にいる時より3割増しの笑顔と、優しい声色に、は鼻の痛みも忘れて呆然とした。 無邪気に手を振る子供達に、ロベルトにも匹敵する笑顔で手を振り返すアーサー。 「に…偽者?」 「そんな訳無いだろ」 の言葉にそっけなく返すアーサーの声は、子供が去ったせいかいつもの低いそれにもどり、笑顔も消え去っていた。 | ||
2007.11.01 Rika | ||
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