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「さささささささむいぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」


拭きぬける風が肌を刺し、辛うじて風が和らぐ岩陰に腰を下ろしているザックスは、ガチガチと噛み合わない口で悲鳴を上げていた。
気を抜けば垂れそうになる鼻水を何度もすすり、必死に腕を摩る彼の目には、雨とは違う雫がじわりと浮かんでいる。
バケツをひっくり返したような雨は、天井にしている岩の上から滝のように流れ、必死に岩に身を寄せる彼の膝下を汚していた。
視界が曇る程の雨に足止めされてから、もうすぐ30分になるだろうか。

当初こそ、雨ぐらい何でもないと思っていた彼だったが、迷路のような岩場は視界が悪くなると簡単に方向感覚を奪った。
自然の岩場に道があるはずもなく、時には岩を登らねばならないのだが、濡れた岩は滑りやすく、彼の行く手を阻む。
一向に止む気配の無い空に、彼は感覚の無くなった手を必死に動かしては、指先に息を吹きかける事を繰り返していた。

幾らソルジャーが丈夫だからといって、寒さを感じないわけじゃない。
寒いものは寒いと、心の中で叫びながら、ザックスはひたすら雨が止むのを待っていた。

ズビズビとなる鼻に、少しだけ息苦しさを感じながら、彼はひたすら天を仰ぎ見る。
こんな時がいてくれたら、魔法でパパッと暖めてくれるのにと考えると、彼女を恋しくて仕方なかった。


ーーー!会いてえよーー!!」
「童、を知っておるのか?」

「え?」


突然隣から返された言葉に、ザックスは目を丸くして振り向く。
ぶわりと感じた熱に、一瞬目を覆った彼は、次の瞬間瞳に映った大きな獣に、目も口も開きに開いた顔をした。


「丁度良い。我もに会いたかったところよ。共に行かぬか?」
「・・・・・・・・」

「子供達を見守れと頼まれたのだが、目を放した隙に見失ってな。気付けばこんな所まで来てしまった」
「い、い、い、い、い、い、い・・・・」


溶岩を秘めるかのように、赤い光を帯びる黒い大きな角と、鋭い爪。
燃え盛る炎の鬣を持ち、二本足で立つ獣は、喋る度に口から小さな炎が出ていた。



「お主の口ぶりでは、とは知己なのであろう?」
「イフリートォォオオ?!」

先程までの寒さが嘘のような温かさと、いつの間にか乾いている服や髪など気付く余裕もない。
少し恥かしそうに話すイフリートを見上げ、ザックスはただ驚きの絶叫を上げるしか出来なかった。





Illusion sand − 66







「随分時間がかかりましたね、ロベルト君」


鬱葱と茂る木々の中、溶け込むように佇んでいたマクスウェルは、雨に濡れた少年に柔らかく微笑む。
無表情にそれを一瞥したロベルトは、ポケットから1枚のカードを取り出すと、手を差し出したマクスウェルの足元にそれを投げ捨てた。
礼に欠く行動に、わざとらしく肩を竦めたマクスウェルは、濡れた草の上に落ちたそれを拾い上げる。

厚めの紙に写真を貼り、学校印を押しただけの簡素な身分証明書は、染み込んだ雨でインクが滲んでいた。
水を吸って歪んだ写真は、金の髪をした青年がまっすぐこちらを見つめている。


「予定通りですね。流石はロベルト君です。やはり彼を殺す役目は、君に任せて正解だった」
「・・・・・・・・」

「アーサー君がいなくなった今、こちらは大分有利になったと言えるでしょう。・・・と、言いたいところですが・・・」
「・・・・・」

「ソルジャーが何人かやってきてしまいましてね・・・。しかし、問題は無いでしょう。
 幾ら大勢いるとはいえ、彼らの最優先は生徒の保護のようだ。
 それに、後続隊が目を引いてくれます。こちらはただ、予定通りに動けば良い」
「・・・・・・」

「君は知りませんかね。今日の明け方、2機のヘリでゾロゾロやってきました。
 まったく・・・もう少し隠れて来れば、あちらも有利だったでしょうに。
本当に作戦立てて来てるんですかねぇ。
 普通あんなに堂々来るもんじゃないと思うんですけどねぇ・・・」
「・・・・・・・・・」


呆れ顔でブツブツ言っているマクスウェルを一瞥し、ロベルトは昨夜会ったザックスの話を思い出す。
単独で出されたと胸を張って言っていた彼に嘘の気配は感じられず、ならば知らぬ間に後詰を出されたのだろうと考える。
連絡を取っていた姿も無かった事を考えると、マクスウェルの言う通り、本当に作戦を立てているのか疑問に思えた。

しかし、それらも全てが神羅側の策であったなら、足元を掬われるのはこちらだろう。
それでなくとも、後続隊であった味方は、昨夜の内にによって殲滅させられている。

何故それを知らせないのだと言う自分に、惑う心は耳を塞ぎ、何がしたいと問う心から彼は目を背けた。

情報も無く、という新人講師の力を見誤る目の前の男は、既に策に溺れている。
それとも、それはただ仲間と作戦を信じているだけの事なのだろうか。
どちらにしろ、この男の慌てふためく顔が見れるかもしれないと、ロベルトはどちらにも傾けない心で、マクスウェルを眺めていた。


「では、ロベルト君は此処で他の3人を待っていて下さい」
「3人?」

「ジョヴァンニ君、アルヴァ君、ガイ君ですよ」
「・・・・アルヴァはそちらと一緒では?」

「いいえ。彼は君と一緒にいたでしょう?・・・と言っても、サングラスをかけてましたからね。間違えるのも無理は無い。
 私も出発直前までわかりませんでした。目の色を除けば、あの二人は瓜二つですから」
「・・・・・・・・」

「まぁ、いきなり坊主頭でしたからねぇ。皆そちらにばかり注意がいって、目の色までは見なかったのでしょう。
 私も、人の事は言えませんけどね」
「・・・・・・・・・」

「しかし、一緒にいたのがガイだろうとアルヴァだろうと、大して変わりはないでしょう?
 あの二人の違いなんて、元々無いようなものです。むしろ判別しやすくなったかもしれませんね。ガイは髪を切ってませんから」
「・・・・・・・・・」

「理解できませんよ。撹乱させて戦うのが彼らの上等手段だったのに、それを自ら捨てるなんて。
 しかもガイはこちらの指示を無視して単独行動に走った。
 今も何処をほっつき歩いているのやら・・・。まったく・・・厄介な子供ですよ。彼も君達も・・・」
「・・・・・・・・・・・」


目を細めて見つめるマクスウェルに、ロベルトは何の感情も無い視線を返す。
厄介だと思うのは、それを治める才が無いからだろうと考えながら、彼は銃を懐に仕舞う。
意図せず己の無能さを露呈するマクスウェルは、わざとらしく深い溜息をつくと、笑みを深くして彼の肩をそっと掴んだ。


「今回は目を瞑ってあげましょう。無駄に戦力を削ぐ事はしたくありません。そう伝えておいて下さい」
「・・・」

「ですが・・・そう、これだけは忘れないで下さい。
 駒は駒らしく、言われた通りに動かなくては・・・切り捨てなければならなくなります」


貼り付けた笑みに剣呑さを漂わせ、マクスウェルは小さい子供に言い聞かせるように言う。
それを、先程から変わらない無表情で見下ろすロベルトは、暫く目を伏せると、やがて一度だけ小さく頷いた。


「では、私はそろそろ行きますよ。
 もし生徒が迷い込んできたら始末をお願いします。楽勝でしょう?
 しかし、ソルジャーは極力相手にしないように。こちらの奥の手を読まれる事は無いようにしてくださいね」
「間に合うんですか?」

「ええ。不思議とね、予想以上に順調なんですよ。
 間に合うかどうか、正直少しだけ不安だったのですが・・・あれの目覚めは、もうすぐそこです」
「・・・・・・・・・・」

「星は、私達に味方しているのかもしれませんよ、ロベルト」
「・・・・・・・・・」


少しだけ、恍惚とした表情になったマクスウェルは、また元の貼り付けた笑みに戻ると、小さく手を振って去る。
木々が作る、少しだけ早い闇に消える無防備な背中を見送ると、ロベルトは少しだけ自分の足元を見つめ、自分が来た道を振り返った。

道と言っても、それは彼が歩いた場所だけ、草が踏みつけられているだけに過ぎない。
獣道とも呼べないその跡の先は、沈み落ちるような雨雲に日の光を遮られ、既に闇と混じり始めていた。

サワサワと揺れる木の葉の音と共に、濡れた体に冷たい風が張り付き、肩が一度だけ小さく震える。
鳥肌が立つ自身の腕にそっと触れてみるが、その掌は暖めるどころか新たな冷たさを感じさせるだけだった。
鈍くなった指先の感覚を確かめるように、強く腕を掴んでみるが、少しの圧迫感があるだけで、何の温みも感じられない。
服から染み出た雨は、指の間を伝い、手の甲を流れるが、雫となって落ちるより先に、袖口に染み込んでいった。

欲しい温かさは何か。
不意に過ぎった問いに、考えずとも辿り着いてしまう答えから避けるように、ロベルトは首を振る。

この程度で体調を崩すほど、体力が無いわけではない。

妙に寒さを感じる体にそう言い聞かせると、彼は程なく訪れる待ち人達を迎えるべく、深い森の闇へ歩いていった。












進むごとに、頬を湿らせる小雨は、やがて大粒の雨へと変わっていく。
夜の闇を早める空を眺め、それでも歩みを止めない彼らは、休む事無く雨に濡れる草地を進んでいた。

体温を奪う雨に打たれても、さほどの寒さを感じない事に違和感を覚えながら、アーサー達は黙々との後に続く。
時折吹く暖かい風は、強張る体を解すようで、疲労すら和らぐ気がする。
自然では有りえるはずのないその風が、誰によって作られているものなのか、彼らには知る由もなかった。

アーサーは当初、強固であったはずの覚悟を打ち砕かれたような感覚に、自問ばかりしていた。
だが、今は大分落ち着いたのか、が与えた言葉から新たな答えを見つけたようだった。
ただ一人、死を見据えていたアーサーへ一瞬の憤りを覚えたアレンも、出すべき言葉をに持っていかれたようで、何も考えず前に進んでいた。
迷いに惑いを重ねるカーフェイは、自身が出した出口を知りながらも、彼らの思いを考えると足元が揺らぐ。
アーサーが落ち着いた姿を察してからは、彼も大分落ち着き、普段の顔に戻っていた。


先程の群れで全て逃げ切ったのか、辺りにモンスターの気配は全く無い。
何本目かもわからないエリクサーを飲み干したは、残り2本になったそれを見ると小さく舌打ちした。
後ろを行く彼らは、もう落ち着いただろうか。
強くなる風雨をエアロで和らげながら、彼女は削られた魔力にこの先を思いやる。

下手に欲を張れば身を滅ぼす事になるだろうと己を戒め、は感覚を澄ませると、遠い地を行く召喚獣の力を探す。
彼女の魔力を持って召喚した者達だ。
その所在を知るのは容易く、知るとはミディールに近い場所にいた1体を戻した。

現状を知るべく、魔力を介す声をかけようとも思ったが、気配を手繰るだけで、また何処からか魔力が吸い取られていく。
2体召喚したうちの、残された1体が誰かはわからないが、うまく立ち回ってくれる事を願った。
とはいえ、ソルジャーが到着した今、後は全て彼らに任せるのが得策だから・・・という理由もあるのだが。

継続する召喚が1体減り、魔力の減少も幾分か和らいだ。
残された1体を引かせるのは、エリクサーが残り1本になった頃で良いだろう。



緑が増え、鬱葱と茂る森の前に着くと、は足を止めた。
中から感じる人の気配は、待ち伏せか、それとも根城か。

きっと彼らもいるのだろうと、離れていった3人の顔を思い出すと、彼女は同じく後ろで立ち止まった3人を見た。
その瞳に迷いを残しながら、確たる意思を覗かせる少年達に、は微かに笑みを浮かべる。
どうやら、思いは固まったらしい。



「恐らく、この先にいる」



誰が・・・と、言わずとも察した3人は、その顔に少しだけ緊張を見せる。
当然の反応にさして思う事も無いは、その上で彼らが出す答えを、言葉という形の決意として欲した。


「お前達はどうしたい?」


問う彼女に、彼らは彷徨わせていた視線を上げる。
胸の奥深くに語りかけるような、柔らかく、しかし鋭さも持つ彼女の声に、彼らは微かに目を丸くした。
全て知っているかのように・・・実際彼女はその先を予想しているだけだが、微笑む彼女は、彼らの中で出た答えを受け入れるかのようだった。

それは、未だ惑い、立ち止まりたがる心の手を引くようで、回り道をするはずの答えへ、いとも簡単に自分達を導く。

神羅の士官学校の講師が許す答えでは無いだろうと思いながら、しかしそれ以外の答えを出したいとも思わない。
の立場から考えると、それはあまりに滅茶苦茶すぎる気がして、教員らしくないと笑いそうになる。
それ以前に、ここまでの道すがら、やる事成す事全て教員らしくないのだが、それはつまり『彼女らしい』という事なのだと思った。
士官学校の教員がそれで良いのだろうかという疑問は、彼女の前には愚問である気がした。


「敵は、殺し、捕らえる他に、見逃すという選択肢もある・・・だったよな。さん?」
「・・・向こうの出方次第だけど・・・やりたいようにやる。それに変わりは無いね」
「あのさ・・・・皆でミッドガルに帰りたい・・・ってのは、ダメか?」


顔色を伺うように言ったカーフェイに、アーサーとアレンは目を丸くし、は笑みを深くした。
驚く二人に、少し苦い顔をした彼だったが、次の瞬間笑みを浮かべた彼らに、少しだけホッとした顔をする。


「俺はそのつもりだけど?」
「骨が折れそうだけど、悪くないんじゃない?」
「・・・そっか。うん、ならよかった。俺・・・あいつら敵になったけどさ・・・でもやっぱ、誰も・・・無くしたくない」

「・・・皆が幸せになるんじゃない。皆で幸せになる・・・だな」
「いいんじゃない?・・・でも、それ・・・・」
「ああ。・・・アーサーの言葉っつーより・・・・・・・なぁ、それ誰の言葉だ?」

「う、うっせぇ!いいだろ誰でも!」
「・・・・じゃ、そういう事にしといてあげようか」
「・・・何かある人の・・・あ、いや、何でもない」

「・・・?とにかく、そんな感じだ。どんな形になっても・・・な」
「だね」
「ああ。やる気出てきた」


それぞれの意思を確かめるように、静かに呟いたアーサーへ、カーフェイとアレンも視線を向ける。
互いに見合い、その思いが同じである事を確認すると、彼らは頷き合ってを見た。

期待していた通りの反応をしてくれる彼らに、は嬉しく思いながら頷き返す。
今の彼らならば、この先も、今度こそ何の憂いも無く進む事が出来るだろう。


「行こう、さん」
「ああ。だが、中にソルジャーがいる可能性もある。その時は・・・」

「はい。ソルジャーを・・・仕留めます」
「待てい」


それが意味する所はわかるが、言う事に無理がありすぎて、はアーサーに制止の言葉をかけた。
確かに彼らは腕が立つが、何人いるかわからないソルジャーを相手にして勝算など無いだろうに。

呆れた顔をするに、アーサーはムッとした顔をし、アレンは微かに眉を寄せ、カーフェイは梃子でも動かないような顔をする。

そうじゃない。
そういう意味の『待て』じゃないと、は勘違いする少年達に深い溜息をついた。


「功を焦るな。お前達ではソルジャーには勝てない」
「でも、ソルジャー1人を3人で袋にすれば何とかなるかもしれない」

「捕まりたいのかお前らは。3人で相手をしても無理だ」
「・・・何と言われても、俺達は行く」

「それはいい。行くのは私も止めない。・・・アーサー、私が言っているのは、ソルジャーを相手にはするなという事だ」
「けど・・・」

「焦るなと言っているだろう。とにかくソルジャーを相手にするのは駄目だ。いいな?」
「・・・・・・・・・」

「事を起す前に捕まりたいのか?それでは本末転倒だろう」
「・・・・・・・はい」


渋々了承するアーサーに、は一先ず安心すると、他の二人に了解するよう視線を向ける。
大人しく頷いた彼らに、少々の不安も感じたが、目的を見失って暴走する事は無いだろう。


「あの、先生・・・」


では早く出発しようと森に足を向けたに、カーフェイが少し目を泳がせながら声をかける。
便所かと一瞬思った彼女だったが、じっと見つめてくる彼の様子を見る限り、それは違うかもしれない。


「何だ?カーフェイ」
「・・・何でその・・・許すんですか?」

「許す・・・とは?」
「俺達の・・・したい事。なのに・・・バレたら先生、クビっすよ?」


・・・・・・・・確かに。
そういえばそうだったと、今更気付いただったが、流石にこの期に及んで顔に出すわけにもいかない。
クビで済めば良い方なのだが、それに今気付いた事を、少年達に気付かれるのも少し嫌だ。
気遣いではなく、自尊心の為に嫌だ。

この実習旅行ではタークスからの頼み事という念が強かったせいか、は自分が今雇われの身で教員だった事すら念頭から消え去っていた。
流石に立場は危ういだろうが、今更引き返す気も、言った事を取り消す気も無い。
そもそも、例え教員だからと四六時中考えていたとしても、自分の行動に変わりはなかっただろう。
無言で歩き始めたに、少年達は再びその後ろをついていく。

空を覆いう木の葉は、降り注ぐ雨を和らげたが、代わりに葉に打ち付ける雫の音が五月蝿くなった。


「友を殺せ」


唐突にそう言い放ったに、カーフェイもアーサーもアレンも、驚いて足を止める。
そのまま数歩進んだ彼女は、立ち止まると、驚き、困惑する顔の彼らに振り向いた。


「そう・・・言わせたいのか?」
「・・・いえ」


少し呆けながら答えた彼に、彼女はすぐに踵を返すとまた歩き始める。
互いに顔を見合った少年達は、微かに笑みを浮かべると、小走りでの後を追った。
今度は後ろではなく横に着いた彼らに、彼女はちらりと目をやり、すぐに前を向く。

この旅行が終ったら、就職活動か。
またタークスの伝で紹介されれば良いが、もし無ければルーファウスのボディーガードという職を提供されるのだろう。
地道に仕事を探すか、それともからかわれるのを承知で彼と親睦を深めるか。
その前に、セフィロスに謝らなければならないと思いながら、居候は森の中を見渡した。


「カーフェイ、今何時だ?」
「今?4時半ッスね。16時35分です」

「この森、ミディールまでは丸1日の距離だな」
「他の班にも大分近づいたんじゃないッスか?此処までモンスターいなかったし、その分ロスも無かったんで」

「此処でどれだけ時間を食うかはわからん。手っ取り早く、向こうから集まってもらうか」
「はい?」
「その必要は無いよ」


の言葉に首を傾げたカーフェイに続き、彼らが良く知る声が森の中から聞こえた。
濡れた草を踏みしめる足音に4人が目を向けると、肩まである金の髪を雨にぬらした、見覚えのある少年が姿を現す。


「・・・ガ・・イ?」
「お前、その髪・・・」
「生え・・・るにしては早すぎるな。ヅラか・・・」
「違ーう」


坊主頭から一転、数日前までの髪型に戻っているガイに、カーフェイ・アーサー・の目は釘付けになった。
の一言で、カツラ装備決定されそうになった彼は、素早くそれを否定すると、射るような瞳のアレンに目を向ける。


「アレンは昨日の夜・・・俺の事を見ちゃったからね」
「ああ。で、君はどっちなわけ?ガイ?それとも僕らが知らない人?」

「俺はガイだよ。本物のガイ。生まれたときから、ずっとこの名前」
「じゃ、あのボーズ頭が、偽者のガイか」

「偽者とか言わないでよ。・・・確かに俺はガイで、アイツはガイじゃないけど、皆が知ってるガイは俺じゃなくて彼なんだ」
「・・・意味がわからないね」

「だろうね。だから説明してあげるよ。他の3人も分ってないみたいだからね」


言って、首をかしげるアーサー、カーフェイ、を見たガイは、クスリと笑って肩をすくめた。

ロベルトがいなくなった昨夜。
その就寝前、とアーサーと話したアレンは、その時海岸の崖下にいたガイを見ていた。
実習旅行前までは馴染みがあった肩までの金髪と、特徴のあるアイスブルーの瞳をした彼がいたのだ。
だが、慌ててロベルト達の方を見たアレンの視線の先にも、坊主頭ではあるが、ガイの姿はあった。

同じ人間が二人いるという事態に、アレンは幻でも見たかと思ったが、その目でしっかり見た以上気のせいとも言いがたい。
ならばこの坊主頭が偽者だろうかと思ったものの、彼の実習中の言動や行動は普段と変わらなかった。

昼間、去っていくガイの瞳は、本来のアイスブルーではなくダークグレイだった事で、アレンの中の疑問は確信へと変わった。
ガイが時折、その瞳の色からカラーコンタクトを付けるという話を聞いた事はあった。
だが、その理由は目つきが悪く見えて因縁をつけられやすいからであって、学校ではつけていた記憶が無い。
そもそも、街中でもないこんな辺境で行われる実習旅行に、そんなものをつけてくるはずがないのだ。

アレンとは違い、ガイへの疑問へ繋がるヒントが無かった達は、当然ながら今の二人の会話の意味がわからない。
視線で言葉の先を促すに、ガイは満面の笑みを浮かべると見振り手振りをあわせて説明を始めた。


「もう分ってるだろうけど、俺達はこの実習旅行のために士官学校に入った。
 ロベルト、ジョヴァンニ、俺、そしてアルヴァの4人でね」
「アルヴァとは?」

「昨日一昨日一緒にいたでしょ?坊主頭で目の色が黒い方。彼がアルヴァだよ。
 従兄弟なんだけど、気色悪いぐらい顔似てるんだよね。
 で、皆を騙すために、普段から俺とアルヴァは交代で学校にいってたんだ」
「二人で一人を演じていたのか」

「その通り。俺達は、学校にはガイの名前で入ったんだ。
 でも、性格・・・ってゆーか、行動は、俺じゃなくてアルヴァなんだよね」
「・・・ガイと名乗るが、内面はアルヴァ・・・という事か?」

「そうそう。流石先生だね。よ!鬼殺し!」
「・・・・・・・・・・」


褒めているつもりなのかこの子は・・・。

半ば呆れるなど気にもとめず、ガイは手を叩いて褒め称える。
彼女の補足で、何とかガイが言う事を理解した3人だったが、納得とまではいかない顔でガイを見ていた。
いまいちピンとこない彼らに、ガイはまだ説明が必要なのかと頭を捻ったが、それより先にが口を開く。


「偽りに偽りを重ねたのだ。『アルヴァの性格をしたガイ』その役を、二人で演じていたという事だろう?」
「そうそう。まさにその通り。・・・やっぱり俺説明苦手だなー。ゴメンね皆。分かりづらかったでしょ?」




何となく理解出来なくも無いという程度の3人は、顔を見合わせ、生返事を返す。
それに苦笑いを浮かべたガイは、自分も最初訳がわからなかったと言うと、さも当然のように達の横に並んだ。


「・・・おい」
「何?」

「何じゃないだろ。何お前普通に隣に並んでんだよ」
「え、ダメ?」

「いや、ダメっつーか・・・」


目を丸くして首をかしげるガイに、アーサーは、一応敵なのだから、普通は横に並ばないだろうと呟く。
賛同するように頷いたアレンとカーフェイ、無表情のままのに、ガイはヘラっとした笑いを返した。


「いいんだって。俺、アバランチやめる事にしたから」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」

「って事で、今からアーサー達の味方ね。ヨロシクー」
「いや、よろしくじゃないだろお前!?」
「いきなりすぎるよ!」
「やべぇ。俺もう何がなんだかわかんなくなってきた」
「・・・どういう心境の変化だ?」


サラッと裏切り宣言をしたガイに、4人は理解が追いつかず数秒呆ける。
ようやく彼の言葉を理解し、それぞれに言葉を出した4人に、ガイはケラケラと声を上げて笑った。

転がりすぎる現状に、頭がついていかないカーフェイは、地面に丸や矢印を書いてなんとか理解しようと試みる。
どうやら今ので、ガイとアルヴァの区別もよくわからなくなったらしい。

そんな彼の傍に寄ったガイは、しゃがみ込んだカーフェイのベルトの裏側に手を突っ込み、指先を動かし始めた。
くすぐったさに、声を上げて身を捩ったカーフェイは、アーサーの足を掴んで転倒を防ぐ。
手を引っ込めたガイは、4人の前に指を出し、中指と人差し指の間にある小豆程の小さな機械を見せた。

盗聴器か・・・と、以前それを目にした事があるは、機械からガイへ視線を移す。
自分のズボンのポケットを探ったガイは、掌に納まる小さな機械を出すと、指の間にある機械を口元に寄せた。


『あー、あー、実はー、盗聴器なんか仕込んじゃってたんだよねー』


ガイが盗聴器に向かって声を出すと、逆の手にある機械の小さなスピーカーから、同じ声が出た。
早くも事の次第を理解したと、目を丸くするアーサー達に、彼はニヤリと笑いながら言葉を続ける。

『仕込んだのは昨日。アルヴァが寒くてカーフェイにくっついてた時だよ。
 それから、俺はずっとみんなの会話聞いてた。カーフェイの消化音をBGMにね』
「し、仕方ないだろ消化音は!」

『だから、色々考えちゃったんだよねー。考えて、考えて、アーサー達と一緒に戦う事にした。
 後悔しない選択、自分の本当の気持ちを選んだら、こっちだったんだ。
 ごめんね・・・でも、皆もちゃんと考えなよ。俺達は人間で・・・駒じゃないんだから』


言い終えると同時に、ガイは湿った地面に盗聴器を落とし、踏みつける。
最後の言葉がどういう意味か、首をかしげたカーフェイ達に、ガイはニッコリ笑うと、手の中にあったスピーカーを投げ捨てた。


「受信機持ってるのは僕だけじゃない。アルヴァ達も持ってるんだよ。
 だから、みんなの気持ちも、先生の言葉も、聞いてたんだ。勿論、今の会話も聞いてる」


困ったように笑ったガイは、濡れて額に張りついた前髪をかき上げながら、森の奥を眺める。

その先に待っている彼らは、今の彼の言葉にどんな思いを抱いているのか。
考えながら、真夜中のような静けさを保つ闇を見据えると、少年達はへと視線を向けた。


「それぞれが、後悔しない選択をしろ。それだけだ。行くぞ」


気合や勢いを出す言葉でも、励ましや応援の言葉でもない。
淡々と言って歩き出したに、少年達は顔を見合わせると、小さく笑い合って彼女に続いた。




ガイとアルヴァについては、ちょっと端折って進みます(汗)
長くなりそうなんで。ええ。
2007.12.06 Rika
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