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「だぁああ!あの餓鬼んちょども、何処行ったんだよーー!!」

草がまばらな大地を過ぎ、大きな岩が迷路のように視界を遮る場所で、ザックスはヤケクソに怒鳴る。
ソルジャーの足の速さと言っても、まだ修行途中の新人3rd。

追いかけていた二人の生徒は、途中背中こそ見えはしたものの、意味の無い蛇行をしたり、二手に別れたりと、追いかける彼を撹乱した。

結局ザックスは、達からは随分離れた場所まで来てしまった上に、目的の人物まで見失う始末。
大失態だと、自分が情けなくなるが、落ち込んでいる暇があるなら挽回しなくては。

潜むに良し、奇襲をかけるに良しのこの地形には、少しだけ罠の気配がした。
危険かと思うのも一瞬。虎穴に入らずんば何とやらだと、ザックスは剣を抜いて付近の様子を伺う。
これだけの地の利を得ながら、よもやこの期に及んで逃走するなどという事は、あの二人もしないだろう。

傾き始めた太陽と、肌に纏わりつくような湿った風に、ザックスは微かに目を細めた。
雨と夜が来る前に此処を抜けなければ、視界は更に悪くなり、音すら頼りに出来なくなるだろう。

本当にこれがCランク任務なのかと溜息をつくと、ザックスは岩陰に隠れて辺りの気配を伺った。
岩の間を抜ける風がヒューヒューと鳴り、欲しい音を遮る。
流石実習旅行に選ぶだけの場所だと、心の中で毒づきながら、彼はじりじりと移動を始めた。


彼が追うジョヴァンニとガイが、とっくの昔にその岩場を去っている事など、その時の彼には知る由も無かった。







Illusion sand − 65






「雨が来るな」


それまで吹いていた砂交じりの風から、湿気を帯びて殊更冷たくなった風に、はポツリと漏らす。
その声に、アーサーは彼女に目をやり、アレンはちらりと空を見上げ、カーフェイは俯いたまま動かなかった。


友の度重なる離脱に、戸惑いを隠せない3人の為、8班は今、先進をやめて長い休憩をとっている。
先の戦いの場から少し歩いた場所に、何処かの班が残した昨夜の野営跡を見つけた。

半分地面に埋まって、少し窪んだ岩は、多少だが雨風を凌ぐ事が出来る。
その分、この地を下調べしているアバランチの者達には、目星をつけられやすい場所だったが、現状を考えると、襲われる可能性は少なかった。
そこに腰を下ろしてから既に一時間が経とうとしている。


成績優秀者の集まりであるこの班は、本来であれば最前を行っていたはずだろう。
だが、本土への当到着の遅延、地図が無い為の迷走、昨夜のアバランチ襲撃によるルートの後退。
それらの時間的差と、既に他の班の戦闘の音も聞こえない事を考えると、この第8班が最後尾を歩いているのは間違いない。

昨夜始末したアバランチらは、そのアジトの場所や、のんびり野営していた事から察するに、進行する生徒らの後方から襲撃する予定だったのだろう。

後顧の憂いは絶ったのだから、後は進んでゆけば良いとも考えられるが・・・この現状では無理があるように思えた。


アーサーの寝言のお陰で、雰囲気が和んだのは最初のうちだけ。
アレンは、雑念を振り払うかのように、黙々と筋肉トレーニングをしている。
アーサーは、カーフェイの隣に座り、今回のアバランチの事について説明し、その後はずっと考え込んだまま。
ロベルトの事で荒れていたカーフェイは、もはや騒ぐ気力も失せ、一言も喋らない。



4日間ある実習旅行は、今日で二日目だ。
予定通りであれば、明日にはミディールに着く予定だったが、彼らの状態を見る限り先は長そうだ。
最大日程である二日後。
本来休養日であった4日目に何とか辿り着ければ上出来かもしれないが・・・恐らく、彼らも自分も、ただ進むために歩く事はしないだろう。


「残り時間は僅か・・・か」


それは何のタイムリミットか。

自分が呟いた言葉に、は自問し、出てきた幾つもの考えを全て答えだと考える。
地図を広げ、魔力を介して召喚獣達に呼びかけると、それぞれが知りうる他の班の居場所が伝えられた。

どうやらアバランチ側の教官達は、揃って昨夜失踪したらしい。
現在襲撃されている生徒はおらず、引率を失った班はそれぞれ班長の指示の元ミディールを目指しているとの事。
彼らには、今オーディンやシヴァがこっそりついてまわっているらしい。
他にも、ソルジャーと思われる者が数人エリア内を歩いているという情報も来た。

援軍と言えば聞こえはいいが・・・申し訳無いが、あまり歓迎したい気分ではない。

先程のケアルガで通常以上の魔力を使った事もあるが、そうでなくとも彼女の魔力の減少率は、当初の予想を超えていた。
加減を見誤ったつもりはないが、エリクサーを飲んでも3時間程しか持たなくなっている。
召喚獣の数は減らしているにも関わらず、穴が飽いた鍋のように漏れていく魔力はどういう事か。
オーディンとシヴァが大技を使っている気配は無く、それでなくとも慎重な性格の二人だ。
ましてシヴァは昨夜に忠告した張本人。無理をするはずが無い。

広範囲に廻らせる魔力を、何処からか盗み取られているのかとも考えてみたが、それは人間業とは言い難いだろう。
人間業でないと言えば、今がしている事もそうなのだが、今考えるべきはそこではない。
魔力を吸収するモンスターが群れているならば、この現状も納得出来なくも無いが、このエリアにいるモンスターはそれらに当てはまらない。

一度全ての魔力の流れを経ち、それぞれの召喚獣を目の前に呼び出せば、それ以外に向かう間両の流れから原因を知る事は可能だ。
だが、生徒を見守らせている現状では、万が一の時の事を考えると難しいものだった。
召喚獣が目を離した隙に、彼らの現在地がわからなくなっても困る。
八方塞とまではいかないが、どちらにしろ暫くはこのままでいるしかないらしい。

厄介な事になってきたと、今更ながら考えると、はラムウを呼び出した。
意識だけではなく、肉体をもって召喚された老人は、音も無く現れると、彼女の耳に顔を近づけ、何か耳打ちする。
突然召喚魔法を使った彼女に、生徒達は目を丸くし、ラムウが消えるとに手招きされた。


「厄介な事になってきた」
「・・・何ですか?」
「今更・・・これ以上厄介になるって?」
「・・・・・・・・」

沈んだ声の彼らに、彼女はまだ少し早いだろうかと一瞬考え、だが、そう暢気にはしていられないと気を引き締める。
そんな彼女の雰囲気が伝わった3人は、僅かに顔色を変え、その瞳に恐れと悲しみを映した。


「・・・先程行ったザックス。彼がソルジャーなのは知っているな?」
「ああ」

「後詰・・・新たに何人かのソルジャーがこのエリアに来ているそうだ。目的は、今回の実習旅行を狙う反神羅組織の殲滅だろう。この意味がわかるか?」


それは本来歓迎すべき援軍。
だが、それを心から喜ぶ事が出来ない彼らは、ソルジャー達の目的という言葉に、此処にはいない友を思い出した。
瞬間、湧き出た恐れが、凍りつかせたように彼らの体を強張らせる。

敵になったのだという思いと、それでも彼らは友だという思いがぶつかり合い、答えを眩ませた。
もし、どちらかを選んだなら、どちらかを捨てなければならない。
分っていながら、分っているからこそ惑う彼らに、はそれぞれの瞳を見つめ、数秒考えると背を向けて歩き出した。


「行くぞ。立ち止まって考えている時間はない」


早足に近いぐらいの速さで歩く彼女を、3人は慌てて追う。
たった4人だけになった今は、順序など必要なく、彼らはの1歩後ろを横に並んで追った。

友の離反から与えられた休憩は、長いとも言えないが短くはなかった。
だが、続けて直面したこの事態に、休む間も考える間も与えない彼女に、彼らは少しだけ戸惑う。


「ラムウの話では、2,4,7,10,11,13班は、昨夜のうちに引率の教員が失踪したそうだ。
 今は各班長の指示でミディールに向かっている。全て、明日の昼にはミディールに着くだろう。
 事が起きるとするなら今夜だ。日が沈むまでに、追いつける距離まで移動する。
 悪いが、考え事は歩きながらにしなさい。戦闘は全て私が引き受けよう」


背を向けたまま言うに、3人は顔を見合わせ、小さく返事をするとそれぞれの思いに思考を向ける。
進むごとに増えていく草と、近くなっていく雨雲を眺め、微かに雷鳴を届ける暗雲には顔を顰めた。
少しだけ後ろの彼らに注意を向けたが、生憎迂回や雨宿りする時間など無い。
体力が削られるのは少し気にかかったが、無理を承知の強行軍だ。今更だろう。

こちらの姿を見つけ、徐々に距離を縮ませるモンスターを、は殺気を出して威嚇する。
それだけで力の差を理解したモンスターは、彼女が殺気を緩めた途端、文字通り尻尾を巻いて逃げていった。
後ろをついてくる生徒だけではない。もまた、出来るなら無駄な体力は使いたくないのだ。

胸に下げるクリスタルが、何故だか妙に騒いでいる気がする。
時折大きく削られる魔力に、一瞬だけ微かな眩暈を感じながら、そこにある違和感に表情は自然と厳しくなった。



そんな彼女の背中を見つめて歩く3人は、僅かではあるが張り詰めてきているその空気を何とはなしに感じていた。
それでも、何でもないと言うように、穏やかさを揺るがさない背中に、彼らは恐れも緊張も感じないのだ。

決して大きな背中ではない。
普通の女性と何ら変わらない小さな背中だというのに、人が違うだけでこれ程大きく思えるのかと、そんな事を考えていた。
目の前にいるはずなのに、後ろを歩く自分達は、右も左も背中も守られているような気がする。
気がする、と言うより、事実そうなのだろうと考えながら、振り向く事無く歩くその姿に、少しだけ羨望を抱いた。


暢気な事を考えている。と、アーサーは誰にも知られぬよう自嘲に似た笑みを零す。
今頃彼らはどうしているのだろうと、近くなった雨雲を眺め、その下で影に包まれる地平へ視線を移した。

霞む緑と灰色の雲が、不意に友の泣き顔を思い出させる。
その時の叫びと、零れ落ちた一滴の涙を思い出す度、アーサーの思考は都合の良い推測を立てた。
問わなければわからない。だが、自分が聞いたところで、ロベルトは素直に答えはしないだろう。
それでも、共に過ごした日々と、いつかの思い出と重なった『大嫌い』の言葉に、彼を信じている自分もいた。

彼は何を裏切ったのだろうか?

信頼か、友情か。
しかしロベルトは誰一人傷つける事無く姿を消した。
その気になれば、同じテントで眠っていた自分を、音も無く殺す事だって出来ただろうに、何故彼はそうしなかったのか。

考える度に、都合の良い結末を望む自分に、アーサーは浮かべそうになる苦笑いを堪えた。
もし違っていたならと考えた結末さえ、そこで自分が選ぶだろう決断に、そんな未来も悪くないと考えている。

それは、とうの昔に決めてしまった覚悟のせいだろうか。

それをもって、全てが上手くいくようにと、夢のような事を真剣に考えている自分は本当に子供だ。
だが他に、どんな道があるだろうか。

何かを成し遂げる為には、否が応でも犠牲がつく。
今、脳裏に浮かぶ、両手で数え足りる友の僅かな幸せと、その行く先を求めるなら、その代償も大きなものだろう。
誰かを生かし、誰かを守り、その先に誰かが貧乏くじを引かねばならないのなら・・・。
きっと自分は、迷わずそれを掴むだろう。


こんな事を考えていると知ったら、何と言われるだろうと考えながら、アーサーは再びの背中に視線を戻す。
頷いてくれるのか、それとも否定するのか。それだけは、聞かなければ答えはわからないと思った。


勝手に死ぬ覚悟をしている自分をどう思うだろうと、アーサーは隣を歩く二人を見る。

アレンを挟んで向こうにいるカーフェイは、義兄が死んだ次の日に見た表情に少し似ていた。
ただ、今はそこに、あの時僅かに燻っていた憎しみが見えない。ただ迷い、深い場所を行ったり来たりしている顔だった。
親友がいなくなったアレンはどうかと、アーサーは少し視線を下げてみたが・・・残念ながら旋毛しか見えない。


「何?」
「・・・いや」

「そう・・・・」
「・・・・・」


視線に気付いて顔を上げたアレンに、アーサーは少し驚いた顔を見せた。
だが、アレンは別段気に留める事は無く、短く返事をすると視線を前へ戻す。

両隣で散々悩んでいる二人とは対照に、アレンの心中は普段と何ら変わりなかった。
親友が敵であった事に、ショックが無かったわけではないが、悩んだ所で事実は変わらない。

彼の行いを裏切りと言うなら、その親友に、この実習旅行で起こる事を何一つ告げずに連れてきた自分も同罪だろう。
おかしな考えかもしれないが、彼が敵となった事で、少しだけ罪の意識が軽くなった気もする。

それに、『騙された』『裏切られた』という認識も、アレンには無い。
ジョヴァンニは、自分が反神羅組織であった事を言わなかった。
アレンは、実習旅行にその組織が絡んでいる事を言わなかった。
つまり、どっちもどっちなのである。

彼もきっとそう考えているだろう。

考えが淡白すぎるかもしれないが、それは性格によるものだとアレンは開き直る。
半年と少ししか共に過ごしていなくても、ジョヴァンニが彼の親友である事に変わりは無く、勿論お互いの性格もわかっていた。

彼はどんな時も嘘をつかない。
言葉として触れずに隠す事はしても、馬鹿がつくほど正直で、偽る事が不得意な男だ。
だから、撃たれた自分を心配した声も、去り際に残した「死ぬな」という言葉も、嘘だとは思っていない。

もしも、それまでもが偽りだったとしても、それは見極められなかった自分のせいだろうとアレンは考えていた。
自分は神羅の人間で、彼はそれに敵対する組織の者なのだ。敵を欺くのも立派な戦略だろう。

ジョヴァンニだけではない。ロベルトも、ガイも、そしてもう一人、昨晩一瞬だけ自分に姿を見せ、今もまだ身を潜める一人も。
誰一人として悪くは無いのだ。
ただ、それぞれの生きる場所や立場が違っていて、互いに敵になった。
それだけの事。

だから、共に過ごした時間全てが嘘になるとは思いたくない。
ただ、自分が知り、自分が信じるジョヴァンニと、他の彼らを信じるだけだった。

先の事など、なってからでなければわからないだろう。
大事なのは、その時、その先に何を求め、どう行動し、どう選択するか。それだけだ。
ゴチャゴチャと考えるのが苦手なのは、自分もジョヴァンニも同じなのだから。



「あのさ・・・」
「ん?」
「何だ、カーフェイ?」


現れた何匹目かのモンスターを、相変わらず殺気で威嚇し追い払うを眺めながら、カーフェイは呟くように二人に話しかける。
それぞれ概ねではあるが心の整理をしてしまった二人は、まだ惑っている彼に、常と変わらない返事を返す。
ちらりと二人を見たカーフェイは、少しだけ視線を遠くに向けると、小雨が降り始めた空を見る。


「ソルジャーの目的が、反神羅組織の殲滅なら・・・あいつらも・・・」


危ないんじゃないか?と、続けようとした言葉を、カーフェイは静かに飲み込む。
神羅に属する者と切れる事無い血の繋がりを持ち、全てを知りながらこの実習旅行に挑んだ二人に、この言葉は愚問だと思った。

確かにロベルト達は敵となった。
だが、カーフェイには、彼らを心の底から敵だと思うことが出来ずにいた。

生ぬるく、甘すぎるだろうかと、何度自問しても、結局出てくる望みは変わってくれない。
彼らだって、相応の覚悟を持ってこの戦いに挑み、生徒として過ごし、離れて行ったに違いない。
こんな中途半端な気持ちで、彼らに会えるのだろうかと考えるが、しかしそこから譲歩する気にもなれないのだ。

立ち止まる時間などないと考えていても、踏み出した先の決断に、誰かの血が流れるのではないかと思うと足が竦む。
また誰かを失うのではないかという恐れは、彼の心に深く根を張り、その自由を奪った。

だからそのまま甘えたくなるのだ。
彼らがいなくなったと知り、共に過ごした日々を思い出し、そこで難なく出てしまった望みに。
神羅の兵となる者には決して許されない選択は、まだその卵である自分に許される選択なのだろうか。


「うざったいわ!!」


突然の怒鳴り声に、カーフェイは驚いて肩を揺らし、同じく驚くアーサー達と共に、前方を歩くを見た。
一瞬自分の事を言われたのかと思ったカーフェイだったが、戦闘を歩いていた彼女は、いつの間にか中型の昆虫系モンスターに囲まれてブ
ンブンいっている。
そのあまりの群がり方に、樹液でも出ているのではないかと思いつつ、カーフェイ達は剣を抜いての元へ走った。


「綺麗な花には虫が集るってやつ?」
「集りすぎだよね」
さん、好かれてるね」
「全く嬉しくない」


どれだけ殺気を出しても逃げないモンスターに、は舌打ちしながら生徒達のからかいに答える。
一太刀で数匹のモンスターを仕留め、横目で彼らの動きを見ては、こっそり心の中で採点していく。

しかし彼らも、流石成績優秀と呼ばれるだけはある。
の物差しで考えた場合、強いか弱いかで言えば、ぶっちぎりで弱い方なのだが、一般人の尺度で見れば強い方だろう。
少し動きに無駄が残り、太刀が荒い部分はあるにせよ、個々の技術を除けば特に問題点の無い戦闘を、は何の注意も無く見守った。
途中から戦線を離脱し、戦闘を生徒に任せたに、カーフェイが不満そうな顔をしたが、知ったことではない。


先生サボってるし!ずりい!」
「何を言う。これは生徒の為の実習旅行だ。主役はお前らだろう」

「さっき戦闘は任せろって言ったじゃないッスかぁ!」
「もう戦えるのだろう?ならば戦え。それに、私は虫が大嫌いだ」

「だ、それ本音でしょ!?絶対それが本当の理由でしょ先生!」
「頑張れ、カーフェイ。勇ましいお前は男前だ」

「ま、マジっすか!?俺スッゲェ頑張りますよ!?しっかり見ててくださいね!そんで惚れて下さいね?!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」

「ダマッチャッタ・・・」


調子に乗って喋りすぎたカーフェイに、はどう言葉を返して良いかわからず、口を閉ざす。
彼の自尊心を傷つけない返答を考えていたのだが、それを無視と判断した彼は、少し悲しげな顔をすると、すぐにモンスターに向き合った。

プッと笑ったアーサーとアレンに、カーフェイは小さな声で「同情して」と言ってみるが、「ヘッ」という笑い声しか返してもらえない。
そんな冷たい友情に、カーフェイはモンスターへ八つ当たりを始めたが、その背中と太刀筋は何処か哀愁が漂っていた。


「よくやった。味方を上回る相手の戦闘でも、問題は無いな」


散々生徒に虫を駆除させたは、息一つ上がっていない彼らに目を細めながら、メモ帳に今の戦闘の評価を書き込む。
分っていたとはいえ、こんな事態でさえ成績を見る彼女に、3人は少しだけ嫌そうな顔をして武器を仕舞った。

大分近くなった雨雲は、霧のような雨から段々と大きな雫を落とし始める。
こんな天候で、羽がある虫型モンスターが出現する事に、は引っ掛かりを覚えた。

モンスターといえど、その多くは普通の昆虫のように、羽が濡れれば飛べなくなる。
そのため、虫型は雨天時には身を潜め、それに代わって、湿度に誘われた爬虫類系が数多く闊歩するようになるのだ。
この世界と元の世界は違うとはいえ、それぞれの習性に大きな違いのだと、以前セフィロスと話していて知っている。

生徒らはどう思っているかと、は彼らに目を向けたが、3人はそこまで考えが至っていないらしく、彼女の視線に首を傾げていた。
考え過ぎだろうかと思いながら、は再び足を進めようとする。
だが、前方から迫る黒い影と、それに従い聞こえてくる騒音に、彼女は目を凝らした。

音に気付いたアーサー達も、迫ってくる影を見つけるが、その正体がわからず暢気な顔でを見る。
近づく音が幾多の羽音と足音であると分かった、足早に彼らの傍に寄り、少し離れて立っていたカーフェイの腕を引っ張った。


「身を低くしろ」


早口で言った彼女は、カーフェイの頭を抱え込むように、その場に屈みこむ。
聞こえてくる音は地響きさえしそうな程大きくなり、どんどん4人の方へ近づいていた。
目で見て分かるほど近くなった影に、その正体を知ったアーサーとアレンは、慌ててその場にしゃがみ込む。

それをが横目で確認すると同時に、辺りを冷気が包み、騒音が和らいだ。
目を丸くして顔を上げたアーサーとアレンの目に映る景色は、それまで見ていた一繋がりではなく、割れた鏡を張り巡らせたような世界に
なる。
それが厚い氷の壁なのだと理解した瞬間、それまで見ていた乱反射の景色が真っ黒になった。

氷を隔てて聞こえる騒音の中、時折何かが氷の壁にぶつかり、赤い血が氷の外側に伝う。
数秒間似たような衝撃が続き、ようやく収まった頃には、先程の騒音も遠のいていた。

氷の壁の向こうには、体の所々が潰れたモンスターの死骸が転がっている。
きっと今の氷の壁にぶつかった後、他のモンスターに踏み潰されたのだろう。
今の群れから遅れた数匹のモンスターが、遠くを走りぬける姿を眺めていると、彼らを包んでいた氷の壁が音も無く砕け散った。

粉々になった破片は、内側から爆発したように飛び、一瞬で空気に溶ける。
ゆっくり立ち上がったは、モンスターが去った方角を眺め、アーサー達も腰を上げた。

自分達を狙ってきたのかと思ったが、氷の壁で身を守っていたとはいえ、遠ざかっていくモンスターの群れは、自分達に見向きもしない。
異常としか思えないそれに、アーサーはじっと群れを見つめるを見た。


さん、今の・・・?」
「・・・・・・・」


当然の戸惑いを抱き、答えを求めるアーサーに、は暫し考え込む。
自身、こんな光景を見た事も遭遇した事も初めてで、明確な答えが見つからない。
だが、今の光景に似たような話ならば、少しだけ思い出す事が出来た。


「落ちる城には鼠も逃げる・・・だったか。いや、天変地異か・・・?」
「え?」

「今のモンスターは、何かから逃げていたのだろう。
 地震が起きる前、動物達が一斉にその地を離れる事があると、昔聞いた覚えがある。
 戦に落ちる城からも、忽然とそれらが逃げていなくなったという故事も・・・大昔に聞いた。
 何からかはわからないが、動物は人間より第6感が働くらしい。モンスターも同じだろう」
「じゃぁ・・・この先大地震とか、何かあるって事?」

「・・・そうとも限らんが、否定も出来ないな。何も無ければ、それでいいが・・・とにかく進むぞ。時間が無い事に変わりは無い」
「ああ」

「お前達は私が守る。何が起きてもな。今の事は、あまり気にす・・・」


言いながら、歩き出そうと踵を返したは、足元でしゃがみ込んだままのカーフェイに言葉を止めた。
間違って何処か凍らせたかと一瞬思ったが、どうやらそうではないらしい。
横たわるモンスターの死骸の前に膝を着いた彼は、その体に手を伸ばし、傷だらけで血塗れの顔をそっと撫でていた。


「どうした、カーフェイ?」
「・・・親父と・・・同じだと思って」

「同じ?」
「アバランチが爆破テロして、親父も、こんな風に人に踏・・・・・・あ・・・・やっぱ、なし!今の話、いいッス。忘れて下さい」

「・・・・・・・そうか」


慌てて手を振り、立ち上がったカーフェイは、いつもの笑みを作って見せる。
無闇に踏み込む場所ではないそれに、は短く答えを返し、再び暗い雨雲に覆われる地を見た。

今の防御壁に出したブリザドだけで、いつもの倍程魔力が消耗している。
魔法に費やしたというより、発動と同時に何処からか吸い取られたような感覚を覚えた。

魔力を吸い取る土地など、聞いた事が無いと思うが、此処はまだ自分が多くを知らない世界だ。
しかし、もし本当にそんな土地があるならば、実習旅行前に言われるはずである。
何より、行き先を知っていたセフィロスが何も言わなかった。

やはり何かあるのだろうかと、目を細めたは、今すぐにでも歩き出せる3人を見る。


「・・・どちらにせよ、此処から先は危地。心しておけ」
「今更でしょ」
「とっくにわかってます」
「ってか、正念場って言ってくださいよー」

「・・・そうだな」


それぞれの顔を見ながら、は小さく笑みを浮かべる。
だが、ふとアーサーの表情に、他の二人とは違うものを感じて笑みを消した。
首を傾げた彼を見つめ、そこに見える陰りのようなものに、何処かで知っているものだと霞の彼方の記憶が言う。
曖昧すぎる記憶はすぐに答えを出してくれず、漠然とする感覚に従うように、彼女は思考を切り替えた。

歩き出したに、3人はその後を追い、今度はその後ろではなく隣につく。
考え事が終わり、腹が決まったのだろうと思いながら、彼女は前を見つめながら口を開いた。


「お前達、戦の経験は?」
「いくさって・・・さん・・・何つーか、古・・・風?だよね」
「いいでしょ何でも。当たり前だけど、モンスター倒した事ぐらいはありますよ」
「俺も、ミッドガルの外とか、スラムとか、結構いるし」

「私が言っているのは、戦争の話だ。人間同士が争う戦いを経験した事があるかと聞ている」
「それは・・・無い」
「学生だから、戦地には行かされないんですよ」
「・・・見てるだけだったってのは・・・経験になるんですか?」

「多少だな。しかし、実際その中に身を置くのとは大分違う。その中でなければわからない事もある。そうだろう?」
「・・・ああ」
「今、まさに・・・ってやつですか」
「・・・・・・・・」


やはり、まだ『知る』には至っていないのか。
しかし彼らの反応を見れば、それも当然だと、分かりきっていた答えを確認したは言葉を続けた。


「死ぬ覚悟はあるか?」


胸の奥を突くような言葉に、アレンとカーフェイは思わず立ち止まる。
数歩進んだは、一度彼らに振り向くと、まだ隣にいるアーサーに目をやった。
なるほど、先程感じたのはこれだったのかと納得しながら、同時に怒りの感情が生まれる。
再び歩き出した彼女に、アーサーは変わらず隣を行き、アレンとカーフェイが少し小走りで追いついた。


「アーサー」
「何?」

「お前はどんな覚悟をしている?」
「どんなって・・・」

「言ってみろ」
「・・・・・・・」


怒りを含むの声に、アーサーは少し戸惑いながら、不安そうな顔をする二人を見た。
これを言えと言うのかと思いながら、しかし黙る事も許されない気がして、彼はゆっくり息を吸いこんだ。


「最初から・・・こうなる事はわかってた。だから・・・都合いいけど、でも、誰も死なせたくない。
 俺は・・・俺が・・・どうなっても・・・この実習を終らせるつもりです」


静かにはっきりと言いきった彼に、アレンとカーフェイは少し驚いたような、何処か納得したような顔をする。
確かに二人の反応も、アーサーの考えも納得できるものだと理解するだったが、抱いた感情は思考とは別だった。


「・・・死ぬ覚悟・・・か」
「はい」

「今すぐ捨てろ」
「なっ・・・!?」


強く言った彼女に、アーサーは驚き、他の二人も彼女を見る。
足を止めてアーサーに向き合ったは、その胸にある感情とは対照な静かな目で彼を見つめていた。


「そんな覚悟、戦場にはいらん。そんな物を持つ者は生き残れん」
「・・・けど・・・」

「お前が死んで、その後はどうする?誰が残る?何が残る?残された者はどうする?」
「・・・・・・・・」


問われた彼は、答えを口に出来ず俯いた。
それでも視界に見える彼女は、アーサーの瞳から目を逸らす事無くまっすぐ見つめ、数秒の後、惑う彼に微かに目を伏せた。


「己が死ぬ事で、全てが終わってくれるわけじゃない」
「・・・・・・・」

「己が死に様を隠したところで、残された者は希望に縋る。
 己が死に様を見せても、残された者は苦痛と共に生きる。例え乗り越えたとしても、跡は必ず残るのだ」
「・・・・・・・・・」


洒落にならない体験談を教えながら、は腰に下げている剣を取る。
鞘に入ったままのそれを地面に立て、赤い石の中に刻まれた祖国の紋章を一度見ると、少年達の顔を一人一人見た。


「覚えておきなさい。
 戦場に必要なのは、死ぬ覚悟ではない。生き残る覚悟だ。
 死の為の戦いはするな。殺す為の戦いもするな。
 それは争いの為の争いにしかならない。
 何時の時代も、何処の世も、戦いとは全て、何かを守る為に行われる。
 己の命一つ守る覚悟すら捨てる者に、守れる物などありはしない。
 剣とは、守り、生かすために生まれた。
 己の命、仲間の命、それらが背負う多くの命、そして誇り、心。それらを生かし、守る為に剣はあるのだ」


これは、一体どれ程昔に教えられた事だっただろうか。
止まる事無く唇から紡がれた自分の言葉に、は一瞬だけ遠い記憶に思いを馳せる。
幾百の月日を経て尚、この手の内にある剣にある祖国の象徴は、その輝きを損なう事は無い。
瞼の裏に蘇るかの地に霞を立てるのは、生き過ぎた歳月と、この世界が与えた日々だろう。

今は無駄な懐古だと、漂う思考を押し留めると、は剣を腰に戻し、再び足を進める。
少し遅れて歩き出した少年達は、言葉を受け止めるにも、答えを出すにも、少しだけ時間がかかると思った。
















救援に出されたソルジャーが現地に到着して12時間。
明け方に到着した彼らは、それぞれ単独でエリア内を歩き回っていた。
無線機からは、時折戦闘の結果報告や、現在地の連絡が入るが、敵の数は思ったより少ない。

何か企んでいるのか、それとも元々数が少なかっただけなのか。
大掛かりな下準備をしている割に、やっている事が腑に落ちないと考えながら、遅れて到着したセフィロスは襲い掛かるモンスターを一刀
の元に切り捨てた。

血とは違う赤に染まる景色から、同じ色に変わった空を眺め、日没に揺らめく太陽を見る。
今頃彼女はどうしているだろうかと、同じ大地にいながら居場所が知れないに、彼は無事を分っていながら思いを馳せた。

だが、彼女がいながらアバランチは姿を隠し、今も身を潜めて期をうかがっている。
それが、全て彼らの思うとおりに事が運んでいる気がして、セフィロスは違和感を拭えなかった。

何かしらの騒動はおきている事を覚悟し、もしかしたら着いた頃には全て終っているかもしれないとさえ考えて、彼は此処に着た。
だが、現状は生徒が襲撃された痕跡も無く、いくつかの班が引率を失いながら自力で動いているだけ。

いつかのルーファウス誘拐事件のように、そのエリアにいないはずのモンスターが徘徊しているという事も無い。
引率の失踪を除けば、向こうの行動はあまりにも大人しすぎた。


ソルジャーと出くわしたそれらの班は、そのソルジャーを引率とし、ミディールを目指している。
神羅側である引率がついている班も、後の事を考え、見つけ次第そのソルジャーが同行していた。
12ある班のうち、既に半数がソルジャーと会い、ともに行動している。
現状はまずまずと言った所だが、夜になる前に全ての班を見つけることが第一だった。


残る時間は2日。
生徒がミディールに着くまでと考えると、残り時間は24時間を切っているのだ。

訪れ始めた夜に、セフィロスは微かに眉を寄せ、暫く沈黙したままの無線機を手に取る。
恐らく、ソルジャー達の考えは皆同じ。向こうは今夜事を起すに違いない、と。
そろそろアンジールから何かしらの指示が出るだろうと考えた彼だったが、手の中の機械は彼が言葉を伝えるより先に、別の2ndソルジャーの声を届けた。

新たに引率が失踪した班を見つけたという報告と、班員全員の無事、現在地。
このまま彼らの引率としてミディールまで同行するという報告をすると、そのソルジャーは無線を切った。


『アンジールだ。現在の状況を確認する』


数秒の後聞こえてきた声に、セフィロスも他のソルジャーに混じって返事をする。
内容は、現在ソルジャーの保護下にある班の確認と、これからの動向についてだった。

今ソルジャーがついているのは、1・2・4・6・7・10・12班の7つ。
まだ発見されていないのが、3・5・8・9・11班の5つだった。

まだ単独で動いているソルジャーは、夜までに行方が知れない5つの班と合流するようにという言葉と、事が起きるのは今夜だろうという注意が出される。
次いで、第1班の引率をしているアベル教官が、まだ行方の知れない班の引率と、班員の名を知らせた。


元ソルジャーの彼は、今回救援に来た者達の中にも、顔を知っている者がいる。
生憎セフィロスには、名を聞いても誰かわからなかったが、顔を見れば少しぐらい思いだすだろうと考えていた。

しかし今は、事態を忘れられる程暢気な状況ではなく、無駄話は早々に終わる。
アンジールから、明日の夜、全員無事ミディールで会おうという言葉が出され、それを最後に無線は切れた。





秋の夜に吹く肌寒い風に髪を遊ばれながら、セフィロスは無線機を仕舞う。
遠くに見える森に暗い影を落とす雨雲の上には、ゆるやかに茜から紺へ変わる空が広がり、一番星が淡く輝き始めていた。


まだ確認されていない班の引率に名を上げられた彼女の事を思い、彼は僅かな不安を持ちながら、北の暗雲に向かって歩き始める。
雨雲に追いつく事は出来なくとも、今雨を受ける場所ならば、夜中には着けるだろう。

がいて、大事があるとは思えないが、そう分っていても何故か胸の内がざわついた。
嫌な予感とはこういう事を言うのかと、頭の片隅で考えながら、そんなもの冗談じゃないと負に向かう思考を振り払う。
拭えない焦燥感に突き動かされるように、彼の歩みは早くなり、走り出したがる体を理性で抑えた。


胸ポケットに入れていた時計の鎖がシャラリと鳴らし、途端それまで静かだった針の音が耳につきはじめる。
静かな場所で耳を澄まさなければ聞こえないはずのそれに、セフィロスは考えるより先に時計を取り出した。
純銀のズシリとした感触は変わらず、だが掌から伝わるかのような秒針の音に、彼は歩きながら蓋を開く。

その瞬間、手にあった重さが消え、規則的だった針の音は歪んで、ザラザラという砂の音に変わった。
掌から伝わる砂の音が一気に広がり、此処にあるはずのない砂漠の景色が、一瞬だけ彼の視界に広がる。
蓋に掘られたの故郷の文字が霞み、それと同時に、セフィロスの中に幾人かの声が響いた。


−親愛なる友へ−


静寂に響くような、柔らかで何処か悲しみが滲む声は、彼の耳よりも脳へ刻まれる。
だが、それも瞬きをするようなほんの一瞬。
次の瞬間景色は草地に戻り、砂の音も、ただの針の音に戻っていた。



「・・・・・・・・・・・・?」



立ち止まったセフィロスは、時計をみつめたまま、呆然と彼女の名を呟く。
掠れた声は頬を滑る冷たい風に流され、静まった針の音も攫われていった。

ぶわりと広がる胸のざわつきに、彼は時計を仕舞うと走り出す。
冷たくなった手を握り締め、騎士の誓いを立てた彼女の姿を思い出しながら、どうかこの予感だけは当たらないでくれと願った。







加筆しすぎて長くなってしまった・・・(汗) 2007.12.03 Rika
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